キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 ハッピーバースデー、アスナ。



02:捕獲型機械人間

          □□□

 

 

 三人の悲鳴と怒声の発生源へとキリトは急いだ。既に央都の中は大パニックに(おちい)っており、あちこちから人々の悲鳴と破壊音が(とどろ)いてくる。しかしその最中であっても、悲鳴と怒号がどこから来たものなのか把握できていた。

 

 

「キリト!」

 

「キリト先輩!」

 

 

 すぐ隣からの呼び声を受け、キリトはそちらへ向く。右隣にユージオが、左隣にグラジオが合流してきていた。キリトが二人の存在を認めた直後、ユージオが前方を見ながら声掛けを続けてくる。

 

 

「今、ティーゼの悲鳴が聞こえた気がしたんだ。君も聞いたんだろ!?」

 

「あぁ、この先からティーゼとロニエの悲鳴がした。リーナ先輩もいるらしい!」

 

「ティーゼ、ロニエ……まさか機械人間に襲われてるんじゃ!?」

 

 

 二人の少女の友達であるというグラジオが焦っているような声を出していた。キリトも気を抜けばそんな声が出てしまいそうだった。

 

 グラジオの推測は当たっているだろう。この先にあるのはセントラル・カセドラル。そう、機械人間達がどこからともなく湧いて出ている地点――いわばポップポイントだ。

 

 そこから程近い場所から三人の声がしていて、うち二人が悲鳴を上げているならば、考えられる事は一つしかない。

 

 

「その可能性は高そうだ。三人を助けるぞ!」

 

 

 キリトは二人に呼びかけ、もっと早く走れるように足に力を込め、地面を蹴り続けた。

 

 ティーゼ、ロニエ、ソルティリーナ先輩、どうか無事でいてくれ――そんな願いを胸に抱いてダッシュし続けたところ、声の発生源に辿(たど)り着いた。

 

 そこはティーゼやロニエと言った、対策本部に協力している修剣士達の天幕の集まっている地区だった。出向く事は少なかったものの、ロニエやグラジオの誘いで足を運ぶ事もあった場所であるため、どういう光景の広がるところなのかの認識はあった。

 

 改めて出向いたその場所にて見えてきた光景は、キリトに言葉を失わせるのに十分なくらいほどの衝撃を与えてくるものだった。

 

 沢山の修剣士達が――それなりに楽しく――過ごしていたであろう天幕はほとんど薙ぎ倒されていて、残骸と化したそれらを踏み潰す形で機械人間達が闊歩(かっぽ)していた。

 

 

「いやああッ、いやあああああああああッッ」

 

 

 見ていると吐き気が込み上げてきそうになる程の嫌悪感を与えてくる機械人間の群れが出す駆動音らしきそれに混ざって、もう一度聞き覚えのある声による悲鳴が届いてきた。

 

 すぐさまそちらに目を向けたところで、その発生源を見つける事ができた。

 

 やはりティーゼだった。ユージオの《傍付き練士》であり、グラジオの数少ない友達の一人である彼女こそが悲鳴の発生源だった。そして、すぐさま彼女が悲鳴を上げている原因を見出す事ができた。

 

 カセドラルから央都へと雪崩れ込んできたうちの一体であろう機械人間が、ティーゼを捕らえていたのだ。その華奢な胴体を、暴力的な手で強引に掴む事によって。

 

 ティーゼは何とか逃れようとして暴れたりしているが、全く効果がなく、宙ぶらりんの状態だった。その足元には地面に尻餅をついているロニエと、ロニエを守るようにして両手剣を構えているソルティリーナの姿があった。

 

 

「「ティーゼ!!」」

 

 

 キリトよりも先にユージオとグラジオが声を出し、一目散に彼女と彼女を捕まえる機械人間の元へ走り出す。キリトも後を追ったが、その中で機械人間の特徴を確認した。

 

 ティーゼを捕えている機械人間は、先程カセドラルの外壁で見たそれとまた異なる姿をしていた。全身を白銀の鎧で覆っているのと、下半身が異形である事こそ変わりないが、その下半身が問題だった。

 

 カセドラルから央都へ襲撃してきている機械人間達は、下半身が金属の鎧で構成された尻尾と鋏のない(さそり)のような形をしていたが、ティーゼを捕まえている機械人間の下半身は蠍ではなく、(あり)に酷似したものになっていた。

 

 蟻の胴体に当たる部分から人間の上半身が生えていて、その上半身とバランスの取れていない大きさをした腕でティーゼを捕まえている。

 

 その蟻のような下半身もまた異形だった。頭部には目らしきものが見受けられず、大きな顎と口が存在しているだけだった。

 

 そして最後部に位置する腹部はというと、異様な大きさに膨れ上がった袋のようになっていて、どこまでも生理的嫌悪を促してくる見た目になっていた。

 

 まるで機械と鉄で作られたグロテスクなミツツボアリの背中から人間の上半身が生えているような風貌(ふうぼう)だ。あまりにも気色悪くて目を(そむ)けたくなってくるが、そんな真似は許されない。

 

 

素材(マテリアル)捕獲(キャプチャー)

 

 

 機械人間の陶器のような頭部、その口元から声が聞こえた。自動音声のような声だった。それを発した機械人間はその長くて大きな腕を――あろう事か蟻の頭部に近付けていった。

 

 巨大な鉄の蟻の頭部が口を開けたのと、ティーゼが恐怖の表情で顔を満たし、絶叫するのは同時だった。

 

 

「助けて、助けて先輩、ユージオせんぱいいいいいいいいいいいいッ!!」

 

「ティーゼッ!!」

 

 

 助けを求められたユージオは右手に氷のナイフを瞬時に生成し、ティーゼを捕らえる機械人間の腕目掛けて投げ付けた。しかし、その時だった。

 

 機械人間は異様な動作速度を出し、ティーゼを蟻の頭部の口内へ押し込んだ。

 

 蟻の頭部は咀嚼(そしゃく)する事なく餌をごくりと呑み込み、機械人間は腕を蟻の頭部から引き抜いた。

 

 

「ティー……ゼ……?」

 

 

 ユージオは愕然として走るのを止めた。少し遠くにいるロニエとソルティリーナも、信じられないものを見たような顔で瞠目(どうもく)していた。

 

 

「う……そ……」

 

「ティーゼ……そんな……」

 

 

 その場に居る全員が足を止め、必要最低限の言葉しか出せなくなっていた。ティーゼが機械人間に喰われて死んだ。そう思ったのだろう。

 

 だが、キリトはそう思っていなかった。機械人間の変化を認める事ができていたからだ。

 

 今まさにティーゼを捕食したように見えた機械人間の下半身、ミツツボアリの腹部にも見えるそれは白銀色の鉄の鎧に包み込まれているのだが、そこには一部、ガラスのように透けている部分があった。

 

 機械人間の蟻の頭部がティーゼを飲み込んだ直後、その透けている部位から、呑み込まれたティーゼの姿が見えた。そしてティーゼは、そこで動いていた。

 

 ティーゼは喰われて死んだのではなく、あの腹袋に捕らわれただけなのだ。このまま放っておけば消化されてしまう可能性も捨てきれないが、今すぐに助け出せばなんとかなるはず。

 

 キリトは絶望に落ちそうになっている者達のうちの一人、グラジオに大声で伝えた。

 

 

「グラジオ、お前の《EGO(イージーオー)》であいつの腹を切り落とすんだ!」

 

「えっ?」

 

 

 グラジオは絶望と失意と驚きが混ざったような顔を向けてくる。そんな顔をするにはまだ早い。

 

 

「あいつがティーゼを呑み込んだ後、腹の中でティーゼが動いてるのが見えた。ティーゼはまだ助けられるぞ!」

 

 

 キリトの説明で皆に一気に意志が戻った。すぐさまユージオがグラジオに呼びかける。

 

 

「グラジオ、お願い!」

 

「……任されました!」

 

 

 (うなづ)いたグラジオは地面を蹴って機械人間の元へ走り出した。そうして機械人間の目の前まで辿り着いたところで《EGO》を呼び出し、全身を巨大な茜色(あかねいろ)の鎧に包み込んだグリフォンとなる。

 

 外敵の出現を認めた機械人間はその異様に長く巨大な腕でグラジオに掴みかかったが、果たして彼は伸ばされてきた腕を掴み返し、そのまま機械人間の顔面に渾身の膝蹴りをお見舞いした。

 

 どごぉんという如何にも重い巨大物体がぶつかったような音が鳴り、機械人間は声を出さずに仰け反り、動きを止めた。機械人間の腕の次にチャンスを掴んだグラジオは茜色の両手剣を召喚して手に持ち、ステップ。

 

 動きを麻痺させている機械人間の側面に回り込み、両手剣を振り被った。

 

 

《どぉりゃあああッ!!》

 

 

 ここまで聞こえてくる程の掛け声を放ち、グラジオは機械人間の下半身――蟻のような形状の胴体と腹部を繋ぐ部位を一刀両断した。

 

 金属が切断されるような鋭い音が鳴り響き、撒き散らされた大量の火花によって辺り一面が一気に明るくなる。次の瞬間、ティーゼを捕らえていた蟻の腹部は胴体から切り離されて地面に落ちた。

 

 

被害(セビュー)甚大(ダメージ)被害(セビュー)甚大(ダメージ)被害(セビュー)甚大(ダメージ)

 

 

 機械人間は自動音声のような声で繰り返していた。英語――この世界における神聖語――で被害甚大と言っているようだ。

 

 腹部を斬り落とされたものの、足や胴体と言った部位にダメージは入っていない。しかしそれでも甚大な被害を受けた扱いになるらしい。

 

 

被害(セビュー)甚大(ダメージ)被害(セビュー)甚大(ダメージ)被害(セビュー)甚大(ダメージ)被害(セビュー)甚大(ダメージ)被害(セビュー)甚大(ダメージ)

 

《うるさいんだよッ!!》

 

 

 直後、ほぼ瞬時に身体を向け直したグラジオが怒鳴り、もう一度両手剣を振り下ろした。美しい茜色の刀身は神聖語を繰り返し口にする機械人間の上半身を斬り裂き、強引に沈黙させた。

 

 間もなく機械人間の全身に亀裂が走り、激しい光が漏れ出す。そして蟻の下半身が力なくその場に崩れると、内部から破裂するように爆発。

 

 血と少しの肉片と金属片をばら撒きつつも、共に起きた爆炎によってそれらをほとんど消し炭にしながら、機械人間は消え去ったのだった。

 

 

「ティーゼ!!」

 

 

 ユージオが叫び、機械人間から切り離された腹袋へ近付いていった。キリトもその後を追い、腹袋のすぐ傍にまで駆け寄った。

 

 まるで鉄の鎧で作られたかのような風貌の腹袋には、胴体と繋がっていた部分に穴があった。仰向けになった大人一人もしくは二人くらいが通り抜けられそうな大きさがあるが、腹袋自体が球体状になっているためなのか、穴のある位置が丁度上を向いてしまっており、入り込めそうになかった。

 

 そこで《EGO》を(まと)ったままのグラジオがやってきて、穴に指を突っ込んだ。そのまま力を入れて強引に穴を広げようとする。

 

 そんなやり方で上手く行くのか――とキリトが不安に思った直後、機械人間から切り離された腹袋はべきべきと音を立てて()()()()()。どうやら腹袋を構成する金属の鎧には繋ぎ目のような比較的(もろ)い部分があったらしい。

 

 

《これで……!!》

 

 

 十分に穴を広げたグラジオは穴の中の手を突っ込み、そのまま一気に広げた。腹袋だったものは繋ぎ目を引き千切られて二枚貝のように上下に分かれて真っ二つになり、中身を曝け出した。

 

 そこにティーゼの姿があった。彼女は腹袋の中心付近で倒れていた。

 

 

「ティーゼ!!」

 

 

 ユージオが我先にと言わんばかりに駆け付け、ぐったりとしているティーゼを抱き起こした。キリトもロニエとソルティリーナと共に向かった時、ティーゼは目を開けた。どうやら気絶していたわけではないらしい。

 

 だが、当然ながら尋常ならざる恐怖に晒されていたために、ユージオの事を視界に入れた途端、

 

 

「ユージオ……せんぱ……う、うっ、う゛わ゛ああああああああああああんッ!!」

 

 

 と、大きな声を出してユージオに泣き付いた。

 

 

「怖い思いをさせてしまってごめんよ。もう、大丈夫だから……」

 

 

 ユージオは深い安堵(あんど)の溜息を吐き、泣きじゃくるティーゼの髪を優しく撫でていた。

 

 その光景を目にしたキリトはひとまず安心した。とりあえずティーゼは助けられた。様子を見る限り、身体のどこも悪くしてないようだ。

 

 

「ティーゼ、良かった……」

 

 

 ロニエが今にも泣き出してしまいそうな様子でその場に膝をつく。友達が助かって強く安堵したのだろう。

 

 そんな彼女を横に、キリトはソルティリーナに声をかけた。聞かねばならない事、話さねばならない事がそれなりにある。

 

 

「リーナ先輩、何があったんですか」

 

「あぁ、それなんだが……」

 

 

 なんでも、ある時突然セントラル・カセドラルの方から爆発のような音がしたかと思うと、あの異形の化け物達がカセドラルの方から大群で現れ、向かってきたのだという。

 

 そしてそのうちの一体が、集まって話をしていたティーゼとロニエとソルティリーナに襲い掛かってきて、何かしらの神聖語を口にしながらティーゼを捕らえたというのが、今しがたの出来事の発端である――というのが、ソルティリーナからの説明だった。

 

 

「キリト、今の化け物はなんだ。怪物……《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》でもなかったようなのだが」

 

「手短に言うと、あれはクィネラに取り憑いていた悪霊が作った兵器です。だけど、普通の兵器とは違って、人間の尊厳を踏みにじったうえで作られる最悪のものです」

 

「人間の尊厳を踏みにじったうえで作られる? どういう事なんだ、それは」

 

 

 そこでキリトは気が付いた。

 

 そう言えば、機械人間の存在は無用な混乱が起きる事を防ぐため、クィネラとカーディナル、彼女達に付き従う整合騎士達と、現実世界(リアルワールド)から来た自分達だけが共有を許されている秘匿情報として扱われていて、修剣士達や近衛兵といった対策本部の一般協力者達には共有されていないのだった。

 

 なので、ソルティリーナ達にとって機械人間は未知の化け物としか思えなかったのだ。当然、その正体も製造方法も素材も知る由はない。

 

 

「あいつらは――」

 

 

 いよいよ機械人間の事を教える時が来た――とキリトが思ったその時だった。

 

 

「キリト――!」

 

「ユージオ――!」

 

「グラジオ、無事か――!」

 

 

 後方から三人の声がした。振り返ってみると、シノン、アリス、メディナがキリト達の通ってきた道を同じように通って走ってきていた。

 

 

「シノン!」

 

 

 キリトの呼びかけに応じるように、シノンが真っ先に辿り着いてきた。彼女はキリトをまず眼中に収めると、続けてロニエとソルティリーナの方を見た。

 

 

「キリト、ロニエ、リーナ先輩、大丈夫?」

 

「あぁ、ティーゼが襲われてたけど、助けたよ」

 

 

 シノンに続いてキリトの元へ歩み寄ってきたアリスが、今まさに助け出されたティーゼとユージオを見る。

 

 

「機械人間がティーゼ達三人を襲っていたのですか」

 

「それもさっきカセドラルの外壁を這い回ってた連中とは違う形をしてた。鉄と機械で作った蟻みたいなのに人間の上半身が生えてたような奴で……大分(だいぶ)見ていて気持ち悪くなるような奴でもあった」

 

 

 キリトが率直にあの機械人間への第一印象を述べると、メディナがグラジオへと近付いていった。彼はずっと《EGO》を纏ったままである。これならば遠くからでも一目で存在を確認できた事だろう。

 

 

「グラジオ、お前がその機械人間を倒したって事で合ってるのか?」

 

 

 茜色の鋼鉄のグリフォンは頷いた。正確には中に居るグラジオの動作なのだが。

 

 

《はい。ティーゼが機械人間に喰われてたんですけど、キリト先輩がまだ助けられるって言って、助ける方法を教えてくれて……その通りにやったら、ティーゼを救えました》

 

 

 メディナは「ふっ」と笑んだ。後輩の働きを誇らしく思っているのが一目でわかる笑み方だった。

 

 

「なるほど、良い働きをしたな。だが、やはり最高司祭様の仰った事をやらねばならない状態になっているようだ」

 

「クィネラが何か言っていたのか?」

 

 

 答えたのはメディナではなく、アリスだった。

 

 

「最高司祭様から非常事態宣言と、央都に居る全ての人々を街の外へ退避させるよう(めい)が下りました。我々対策本部には至急、人々の避難誘導及び防衛に取り掛かってほしいとの事です」

 

「なんだって? 央都に住む人全員を逃がすのか!?」

 

 

 キリトは思わず声を上げて驚いてしまったが――すぐさま考え直し、納得した。

 

 央都に住まう人々を全員街の外へ避難させるだなんて、あまりにも前代未聞な大規模作戦過ぎるが、カセドラルから機械人間の大群が雪崩れ込んできているのが現状なのだから、それくらいの事をやらなければならないだろう。

 

 と思っていたその時、カセドラルのある方角から大きな音と衝撃が響いてきた。機械人間が再度こちらに向かって襲来してきていた。つい先程ティーゼを捕まえようとしていた、下半身が異形の蟻のようになっているタイプだ。

 

 六、七体で徒党を組んで、建物や家々を踏み壊しながら迫ってくる。

 

 

「あいつら、まだ居たのか!」

 

 

 ティーゼをソルティリーナに預け、ユージオが《青薔薇の剣》を構えた。即座に《金木犀の剣》を抜刀したアリスがその横に並ぶ。

 

 

「あれです、ユージオ。あれが、人々を外に避難させないといけない理由です」

 

 

 アリスはユージオに言っていたが、キリトにも周りの皆にも聞こえていた。あの異形の蟻の下半身を持つ機械人間が、人々を外に連れ出さなければならない理由そのものだって?

 

 その話を腑に落とした直後、キリトは頭の中で閃くのを感じた。

 

 あの形の機械人間はティーゼを捕まえ、その腹の中に収めていたが、それ以上の事はやろうとしていなかった。まるでティーゼ――人間を捕らえる事そのものが目的だったかのように。

 

 ここから導かれる答えを、キリトは口にした。

 

 

「まさかあいつらは、人間を捕まえるための機械人間だっていうのか!?」

 

「クィネラから聞いた話だと、そういう事らしいわ。なんでも、捕獲型(アブダクションタイプ)機械人間(ガーダー)とかいう名前だそうよ」

 

 

 あの機械人間達の正式名称らしき単語を口にし、シノンは自身の《EGO》である《アニヒレート・レイ》の弦を引き、矢を放った。

 

 矢は真っ直ぐ空を裂いて飛翔し、迫り来る機械人間のうちの一体の頭部に突き立てられた。攻撃を受けた機械人間は崩れ落ちるようにその場に倒れたが、そいつを踏み越えて別な機械人間が進撃してきていた。迫り来ているのは全て捕獲型機械人間だった。

 

 あれらは皆、この人界のどこかに住んでいた誰かが悪魔の所業によって改造され、兵器に変えられてしまった姿だ。

 

 それが今、他の罪のない誰かを捕まえようとしている。その目的は恐らくも何も、捕まえた人々を自らと同じ存在へ変える事であろう。

 

 そうして機械人間にされた人々もまた、自身と同じ存在を増やすために人々を捕まえにかかる。そんな最悪のループが繰り返された先に辿り着くのが、アドミニストレータの望んだ世界だ。

 

 アドミニストレータの言う事だけを聞き、何も考えもしない機械人間のみが住人となっている沈黙と静寂と荒廃の世界。あれらはそれを作り出さんとするアドミニストレータの先兵だった。

 

 

「あんなものを駆り出してくるっていう事は……」

 

 

 キリトの呟きに等しい言葉にメディナが答える。鋭い目つきで機械人間達を睨み付けて。

 

 

「アドミニストレータは復活早々、本格的に実行し始めたってところだろう。人界の人々全てを機械人間に変える計画をな。ハァシリアンの目的も恐らくそれだ。アドミニストレータを復活させ、人界の人々を機械人間にするために、《カラントの実》を集めていたんだ」

 

 

 すると、メディナの表情に曇りが現れた。申し訳ないという思いと後悔が見える。

 

 

「……私のせいだ。私がハァシリアンの口車に乗り、《冒険者達》を利用して《カラントの実》を集めたばかりに、こんな事態を招いてしまって……」

 

 

 やはりか――キリトはそう思った。

 

 クィネラに条件付きで赦してもらったものの、メディナは未だにハァシリアンとアドミニストレータに協力してしまった事を悔いている。

 

 こうして機械人間が央都を蹂躙し、人々を連れ去ろうとしている事も、自身のせいだと思っているのだろう。だが、そうではないというのをキリト達全員が理解している。

 

 この状況を作り出した元凶は何か。人々を機械人間に変え、世界そのものを機械人間で埋め尽くそうとしているのは誰か。結局悪いのは誰なのか――それを教えようとしたその時だった。

 

 丁度メディナに向かってきていた捕獲型機械人間がこちらから見て左方向にすっ飛んでいった。醜悪な金属の蟻と融合しているような姿をしたそいつは勢いよく地面に衝突して転がり、動かなくなる。

 

 あまりに突然の事に呆気にとられたメディナの眼前で、全身を茜色の鋼鉄の鎧で包み込んだグリフォンが、ドロップキックをぶちかました直後のような姿勢をしていた。

 

 グリフォンは空中でぐるんと一回転して着地し、メディナに向き直る。

 

 

《メディナ先輩、最高司祭様に言われた事、忘れたんですか》

 

「え?」

 

 

 グリフォンの中から聞こえてくるのは、メディナの《傍付き練士》であり、最も親密にしているグラジオの声だった。

 

 

《最高司祭様は、メディナ先輩に言ったじゃないですか。アドミニストレータとハァシリアンを倒して、機械人間増産計画を食い止めろって。そうすれば整合騎士として迎えるって、言ってたじゃないですか》

 

 

 メディナは「あ……」と声を漏らす。《EGO化身態》となった彼女が元に戻った後、クィネラに言われた話を思い出したようだ。

 

 

《これは千載一遇(せんざいいちぐう)ってやつですよ。ここでメディナ先輩がおれ達と一緒に力を合わせて戦って、アドミニストレータとハァシリアンっていう極悪人を倒せれば、もうあいつらに怯える必要はなくなって、街の人達を助けられて、メディナ先輩は《欠陥品》呼ばわりされなくなって、整合騎士として正式採用される。一石何鳥ですか、これ? 落ち込んでる暇なんてないでしょ!》

 

 

 グラジオはまるでメディナを調子付かせようとしているかのような言い方をしていた。元気付けるではなく、煽って調子に乗らせようとしている。はっきり言って言い過ぎではないかと思ったが――果たしてそれは今メディナに一番効果のあるものだった。

 

 メディナが《陽炎の剣》なる(めい)の片刃剣を構え直すと、その深紅の刀身に複雑でありつつも美しい光の紋様が浮かび上がった。中央付近に光の彼岸花(リコリス)が描かれたそれは《陽炎の剣》の、メディナの《EGO》としての姿だった。

 

 

「……そうだな。お前の言う通りだグラジオ。私には立ち止まって落ち込んでいる時間などない。私を信じ、赦してくれた皆のため、私に進むべき道を与えてくれた最高司祭様のため……」

 

 

 そこまで言いかけて、メディナは走り出した。

 

 

「私を選んでくれて、婚約者になってくれたお前のため、成すべき事を成さなければな!」

 

「「「「ええっ!?」」」」

 

 

 メディナがグラジオを追い抜き、迫ってきていた機械人間のうちの一体に一閃を浴びせたのと、キリト、シノン、ユージオ、アリスの四人が驚きの声を上げたのはほぼ同時だった。

 

 今、聞き間違いでないのであれば、メディナはグラジオを婚約者だと言った。

 

 勿論そんな話は初耳だ。いつの間にそんな事になった。

 

 ……いや、待てよ。そう言えばメディナが《EGO化身態》から戻ってすぐ、グラジオと二人で北帝国のどこかへ向かっていって、帰ってきた後くらいから、二人がこれまで以上に一緒に居るようになって、これまでよりずっと親密な様子を見せるようになっていたのは確認できていた。

 

 もしかしたら、それは――。

 

 

「メディナとグラジオ、婚約してたんだ……」

 

「あぁ、全然わからなかった……今まで以上に仲良くしてるなぁとは思ってたけど……まさかそこまで進んでただなんて……」

 

 

 ユージオと共に呆気にとられ、キリトは口を開けっ放しにしていた。

 

 あのグラジオがメディナの心を掴むという困難を乗り越えてみせ、婚約関係を結ぶ事に成功したというのが、何だか信じられるようで信じられない。それを今この時まで隠し通していたというのも。

 

 

「……うふふっ、ふふふふふっ」

 

 

 直後、信じがたい――というよりも仰天するような――事が更に起きた。機械人間と交戦状態に入ったメディナとグラジオを見ていたアリスが唐突に笑い出した。

 

 これまで聞いた事がないくらいに天真爛漫(てんしんらんまん)な笑い方だったものだから、衝撃がすごい。

 

 

「えっ、アリス、どうしちゃったの?」

 

 

 キリト同様仰天しっぱなしのユージオが尋ねるなり、アリスは答えてきた。

 

 

「こんな状況でこんな事になっているのはおかしいと十分承知しているのですが、あの二人を見ていたら、なんだかやる気になってきてしまいました」

 

「やる気って、なんで?」

 

 

 アリスは駆け出した直後にくるりと振り返った。桃色に染まる頬と、弾けるような笑顔がそこにあった。

 

 

「カセドラルの最上階に辿り着いてアドミニストレータを倒せば、私はあなたとの全てを思い出し、心からあの二人のようにあなたと一緒に過ごせるようになるんですから!」

 

 

 そう言ってアリスは機械人間に突進していった。

 

 ……そうだった。ユージオとアリスがアドミニストレータを倒そうとしているのは、人界を救うと同時に、カセドラル最上階に保管されているアリス・ツーベルクの記憶を取り戻し――互いに本当の恋人同士となるためだった。

 

 そして今、その全ての元凶たるアドミニストレータは最上階にて復活し、閉ざされていたカセドラルの入り口が機械人間達の襲来に合わせて開かれたと思わしき状況下にある。

 

 なるほど確かに、アリスとユージオの目標を達成しに行ける状態ではあった。そこでメディナとグラジオのやり取りを見たものだから、それが起爆剤となり、アリスの中のやる気のスイッチというものが入ってしまったようだった。

 

 キリトは恐る恐る、アリスの(つがい)となろうとしているユージオを見た。彼は何かに気付いたような顔をしていた。

 

 

「あっ、そうか……そうだ。アドミニストレータを倒せば、アリスは僕を思い出してくれて……僕もちゃんと想いを……」

 

 

 おい、ユージオ――と声をかけようとした直後に、ユージオは顔を上げた。アリス同様に口角を爽やかに上げて。

 

 

「そうだね! もう少しだね、君が記憶を取り戻せるまで! なんだか僕もやる気になってきた!」

 

 

 そう言ってユージオは《フロストコア》の力を使って《青薔薇の剣》の刀身を更に長くし、アリスの後を追って走り出した。

 

 機械人間達は突如としてやる気を出して突撃してきた剣士四人に大混乱し、翻弄(ほんろう)され、上手く動けなくなっていた。

 

 

「あいつら……今ここでそんなやる気の出し方するか、普通……」

 

 

 今、央都も人界もアドミニストレータのせいで危機的状況にあり、敵である機械人間も哀しき存在であるというのに、それを忘れてしまっていないだろうか。四人とも実に良い立ち回りをしているのだが、なんだか素直に受け入れる事ができない。

 

 胸の内に呆れに似た感情が出てきそうだった――その時だった。

 

 

「ねぇ、キリト」

 

 

 ふと隣から声がしたのと同時に、手に好ましい感触と暖かさがあった。すぐ左隣にいるシノンが手を繋いできていた。指を絡ませ合う恋人繋ぎで、だ。

 

 

「……シノン?」

 

「アドミニストレータを倒したら、機械人間も魔獣も居なくなって、平和になるのよね?」

 

 

 確かに、アドミニストレータこそが人々を機械人間へ変えていた元凶であり、魔獣も《カラント》から産み出されていたものだから、アドミニストレータさえ倒れればそういった脅威はなくなり、人界は正しき最高司祭クィネラに統治される平和な世界となるだろう。

 

 というか、そうするために今こうして戦っている。

 

 

「そうだな……まぁ、アドミニストレータを倒したら次の大仕事に取りかからなきゃいけないってクィネラが言ってたけど、その大仕事が俺達に振られるまでは、本当に平和に過ごせそうだとは思う」

 

「なら……その……」

 

 

 シノンはぎゅうと手を握り締めてきた。キリトから僅かに背けられているその顔には、赤みが差している。

 

 

「……私達……結婚、しないかしら」

 

「えっ」

 

 

 キリトは思わず目を見開いて声を上げた。身体の中が一気に熱くなってくる。それを感じ取ったかのようにシノンが慌てて付け加えてきた。

 

 

現実世界(リアルワールド)の方じゃないわよ。この世界で、《SAO》と《ALO》、《SA:O》の時みたいに……システム上だとか形式上だとかでもいいから、また夫婦の関係になりたいなって……修剣学院の時はそういうところに居たから、できなかったけど、でも、それももう終わってて、私達の家もあるから……だから……アドミニストレータを倒して平和になったら……」

 

 

 キリトは数回瞬きを繰り返した。そうだ、修剣学院にはもう戻らなくていいし、一軒家もある。そして自分達の年齢は既に一八歳を超えているので、結婚しても良い事になっている。

 

 何より自分達は《SAO》、《ALO》、《SA:O》と、結婚システムがあるゲームに居た時には必ず結婚をするくらいにまで仲を深め合い、互いを伴侶同士だと思っている。

 

 ならば、もう――。

 

 

「……それ、いいな」

 

 

 シノンはくっと顔を向けてきた。きょとんとしているような、とても愛おしい表情だった。

 

 

「本当に?」

 

「あぁ。しよう、結婚。クィネラとカーディナルにこの世界でのやり方とか聞いて、しよう」

 

 

 そう答えると、シノンは柔らかい笑みを顔いっぱいに浮かべた。やはり愛おしくて――気を抜いたらそのまま口付けしてしまいそうだった。

 

 

「それなら……」

 

「あぁ、何としてでもアドミニストレータを倒して、平和を勝ち取らなきゃだな。勿論全員生還でだ」

 

 

 キリトは胸の内から《EGO》を引き抜き、右手に構えた。その時既に前線に出て機械人間と交戦中の四人のやる気が、キリトの中にも宿っていた。

 

 

「リーナ先輩、機械人間は俺達が引き付けて倒します! 先輩方は逃げ遅れた人達の避難誘導と街の外への撤退をお願いします!」

 

 

 後ろに居るソルティリーナに呼びかけ、キリトはシノンと共に前線へ駆け出した。その時、何やらソルティリーナからどんよりとした視線を向けられている気がした。

 

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