キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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03:臨むは葬送戦

 

          □□□

 

 

 仲間達及び整合騎士達と協力し、キリトは央都の外へと退避していた。

 

 カセドラルから大群で押し寄せてきた機械人間を相手にしつつ、逃げ遅れた人々を助け、誘導し、ところどころ黒煙の上がっている央都から避難させる事に成功した。

 

 人界に暮らす人々の過半数を内包しているのが央都セントリアだったものだから、そこから連れ出して避難させた人の数も万に達するほどであった。

 

 そして央都から避難させた人々は四帝国のいずれかの街や村に向かわせ、そこへ機械人間が入ってこないようにクィネラは央都外壁に背が高く滑りやすい防壁を展開。央都を完全隔離状態にした。

 

 央都セントリアは四帝国全てに(またが)っている都であるため、そんな外壁を作り出すのにも相当な時間を要するはずだったが、クィネラはリランとユピテルという二人の姉兄(きょうだい)に接続してもらう事で半ば強引に出力を上昇させ、ごく短時間のうちに央都を壁で覆ったのだった。

 

 そんな央都を襲っていた機械人間の行動は、悔しい事に理に適っていると言えた。

 

 央都セントリアほど人の暮らす場所はない。つまり新たな機械人間を作り出すための素材を集めるにはもってこいの場所だったという事だ。

 

 この襲撃によって、アドミニストレータが人界の人々を本格的に機械人間の素材としか思っておらず、機械人間を増産するためならば手段を選ばなくなっているのだと、クィネラとカーディナルを中心とした対策本部は判断。

 

 同時に、カセドラルそのものに変化が起きているのを確認した。

 

 《カセドラル・シダー》の要塞と化している最上部が、地上に接近してきていたのだ。

 

 これまで、カセドラルの最上部は《カセドラル・シダー》に覆い尽くされ、どんな方法を用いても外部から侵入する事ができなかった。最上階にだけは誰も入らせないという(いびつ)(よこしま)な執念によって、防壁が築かれていたかのように。

 

 そうであったために、対策本部は如何にして最上階に侵入し、内部を調査すべきかと足踏みし続けていた。

 

 その《カセドラル・シダー》の要塞が地上へ接近している。それはつまり、カセドラルの内部に入って昇っていけば、最上階に辿り着けるのではないかとキリトは推測し、クィネラとカーディナル、ベルクーリに話した。

 

 三人は「その可能性は高そうだ」と答えた。これまで侵入を拒んでいた最上部が自ら降りてきたという事は、もう外部の侵入を拒むのをやめて、扉を開いたという事なのかもしれない。

 

 何より、カセドラルの最上部が降りてきたのと時を合わせるようにして機械人間の大群が襲来してくるようになったという事は、カセドラルの最上部にこそ機械人間の根源――(すなわ)現実世界(リアルワールド)で言うところの工場があるかもしれないという事だ。

 

 そしてその開かれた最上階にて、全ての元凶たるアドミニストレータとハァシリアンが刻一刻とダークテリトリーへの侵攻計画を進めている可能性が高い。

 

 いずれにしても、対策本部にとってカセドラル最上階は突入すべき場所以外の何物でもないという状況下にあった。央都外周の草原の一角に集まったキリト達は急遽準備を整え、白亜の塔への突入作戦へ臨もうとしているのだった。

 

 クィネラ特製の回復薬――病気は治せない――や枯渇した空間神聖力を短時間満ちさせる事のできる道具等を懐に入れ、武器の点検を行う。《夜空の剣》、《リメインズ・ハート》のどちらも最大の切れ味になっており、刃こぼれなどもない。そして《EGO(イージーオー)》も問題なし。

 

 これで準備万端だ。その後に皆の方へ向かったところ、全ての仲間達が準備万端であると答えてきた。後はカセドラルに突入するのみ。

 

 そう思ってカセドラルの方を見たその時だった。

 

 

「よし、行こうぜキリト」

 

 

 不意に声が掛けられてきた。振り返ってみたところ、ベルクーリの姿がそこにあった。これから戦いに行くような顔をしている。

 

 それを意外に思ったキリトを見て、ベルクーリが笑う。

 

 

「まさかとは思うが、オレ達の事を忘れてたんじゃねえだろうな」

 

「ベルクーリさん、大丈夫なのか。これから俺達が向かうのはカセドラルの最上階だよ」

 

「おぅ、そうだな。カセドラルの最上階へ(おもむ)き、《アレ》を倒す。そうだろ?」

 

 

 ベルクーリの言う《アレ》とはアドミニストレータの事だ。そのアドミニストレータが整合騎士達にとっての最大の問題である。

 

 整合騎士達には全員《支配(パイエティ)モジュール》なるモノが埋め込まれており、これの作用によってアドミニストレータに反逆したり、剣を向けたりできないようにされている。

 

 四帝国の各地に出現したアドミニストレータの残したモノとされるカラントを斬る事ができなかったのもそのためだ。

 

 そんな整合騎士達がアドミニストレータに挑んだところで、《支配モジュール》によって一切の攻撃を寸止めされたうえに身動きを封じられ、飛んできた容赦ない一撃で殺害されてしまうのが関の山。

 

 キリトはそんな認識でいたために、ベルクーリ達には機械人間の討伐のみを頼もうと考えていた。しかし当の本人達を見る限り、自分達と共にカセドラル最上階へ乗り込み、アドミニストレータに直接対決を挑もうとしている。

 

 アドミニストレータと戦う――そんな事が彼らにできるというのだろうか。

 

 その事について尋ねてみたところ、ベルクーリは少しだけ複雑そうな表情で答えてきた。

 

 

「……確かにそうだ。《アレ》こそがオレ達を整合騎士に変えた存在であり、絶対の忠誠を誓っていた相手だ。そして《アレ》に埋め込まれた《支配モジュール》のせいで、オレ達は《アレ》に攻撃できなかった。だからこそ、オレ達はお前さん達にカラントの討伐を依頼していた。だけど、それは以前までの話だ」

 

「えっ?」

 

 

 キリトが首を(かし)げたそこで話に加わってきたのが、ベルクーリのすぐ右後ろにいたファナティオだった。

 

 

「央都がこうなる前……坊や達がもう一度西帝国に向かっていた頃だったかしらね。その時にクィネラ猊下が《あいつ》に対する想いを聞かせてくれたの。()()()()()()()()()()()()()()()()というのに、無理矢理生き返ろうとして、またこの世界を支配しようとしている《あいつ》を哀れに思うってね。

 そこで私達は気付かされたの。私達に呪いをかけ、縛り続けていると思っていた《あいつ》は、もう既に坊や達の剣で命を落とし、最高司祭という地位と権限をクィネラ猊下に譲り渡し、この世を去ってるって。今まさに(よみがえ)ったとされる《あいつ》は、もう《あいつ》ではなく、《あいつ》の偽者だってね」

 

「蘇ったアドミニストレータが偽者……?」

 

「だって坊や、猊下から切り離された《あいつ》に止めを刺して、肉体も魂も消滅させたのでしょう」

 

 

 キリトは(うなづ)いた。ファナティオの言う通り、確かにカセドラル最上階での決戦の時、自分はクィネラから分離させられたアドミニストレータに《EGO》を突き刺し、その命と魂を完全に消滅させた。

 

 この時を以て、アドミニストレータという存在はアンダーワールドから完全に消え失せたと言っていいだろう。

 

 にも(かかわ)らず、後に現れてきた《カセドラル・シダー》やカラントと言った存在がアドミニストレータの心意を(まと)っていると聞かされたものだから、驚いたものだ。

 

 

「だから、私達はこう思う事にしたのよ。今、私達が忠誠を誓うべき相手はクィネラ猊下であり、クィネラ猊下に取り憑いて、私達に呪いをかけていた《あの悪霊》は既に討ち(はら)われてこの世界には存在しないし、私達は勝手に呪われていると信じ込んでいただけ。

 そして、蘇ってきた《あの悪霊》は本人じゃなく、《あの悪霊》を鏡に写したような似姿とやり方と考え方をしている全くの別物。猊下の偽者のそのまた偽者ってね。こう思う事で、私達は《支配モジュール》に縛られる事なく《あいつ》と戦えるようになったの」

 

 

 つまり、アドミニストレータは既に死んでいて、今蘇ったとされるアドミニストレータはその偽者だと思う事によって、彼の者への反意を抱けるようになった――という事なのだろうか。

 

 

「それ、クィネラに確認してみたのか」

 

「おうよ。最高司祭殿も目から鱗みたいだったみたいでな。カラントや《カセドラル・シダー》、そして新たな肉体を得て復活した《アレ》や《アレ》の身の回りのモノを本人だと思わない事で、《支配モジュール》の作動を防げる可能性は十分にあるらしい」

 

 

 ベルクーリとファナティオが嘘を言っている様子は一切見受けられなかった。

 

 キリトはその場で気と力が抜けきってしまいそうだった。整合騎士達は複雑なプロセスで縛られていると思いきや、全部ある種の思い込みと誤った認識が原因だっただなんて。

 

 まんまとしてやられた。物事を複雑に考える癖が付いていたせいで、全く気付けなかった。

 

 ……いや、複雑怪奇なメカニズムによって構成されていると予想させ、思い込ませる事で、実は単純な仕組みでできている事を掴ませないようにしていたのかもしれない。シンプルでありながらとても効果的なやり方だ。

 

 

「そうだったのか……俺はてっきりクィネラとカーディナルが最大限に力を使わないと、どうにもできない問題って思ってた」

 

 

 ベルクーリは「ははは」と苦笑いし、ファナティオは普通に笑っていた。直後、ベルクーリが緩んだ顔のまま伝えてくる。

 

 

「その最高司祭殿から聞いた、あの人の《アレ》への気持ちだが……実のところ、オレも似たような事を考えていたんだ」

 

 

 ベルクーリはカセドラルの方角を見つめた。何かを思い出しているかのような様子だった。

 

 

「それまで本気で信じてきた最高司祭殿が実は本物じゃなかったってわかった時とか、ファナティオを強引に《EGO化身態(イージーオーけしんたい)》に変えた時とかは、そりゃあ確かに頭に血が上ったもんだ。《アレ》の事が許せねえって思ったさ。

 だけど、《アレ》に扱き使われてた頃と、うんざりするほど長い一生を思い返してみると……結構面白かったりして、良い一生だったって思えるものだったんだ。まぁ、本物の最高司祭殿に扱き使われる時ほどじゃねえけどな。んで、その中で見てきた《アレ》は、かなり苦しんでいたんだ」

 

「苦しんでいた?」

 

「あぁ。《アレ》は本物の最高司祭殿と比べると、全然自由じゃなかった。《アレ》はあの手この手で人界の掌握と支配を目論み、実際に支配してみせてたわけだが、同時に『支配するという事そのもの』に支配されちまって、他に何もないような状態に(おちい)っていた。まるで支配してなきゃ自分の存在意義はない……そんなふうに思うしかなくなってるみたいでな。いくらでも人界を自由に好き勝手できるっていうのに、支配する事以外何にも考えられなくて、本物の最高司祭殿みたいに自由に振る舞えなくて、さぞかし苦しかったと思うぜ」

 

 

 言われてみれば確かに、アドミニストレータは何かと支配という言葉を口にしていた。「愛は支配、支配は欲望」とか言っていたのも記憶に新しいし、「私の存在意義は支配する事にある」みたいな事を言っていたのも印象に残っている。

 

 まるで『支配するという事』に支配されているよう――ベルクーリの言う通りだと、キリトは思い直していた。

 

 

「だが、《アレ》はお前さん達の剣で倒され、その苦しみから解放された。ようやく何かを支配してなきゃいけないっていう苦しみから解放されて、安らかな眠りに就いたと思うんだよ」

 

「……」

 

「だから、今カセドラルに蘇った《アレ》は《アレ》本人じゃねえ。《アレ》はもう、眠ったんだ。その《アレ》を忠実に真似して、同じ苦しみに(さいな)まれる存在が出現したのだっていうんなら……もういい加減、終わらせてやりてえんだ」

 

 

 そう聞いた途端、キリトの中のアドミニストレータの像が揺らぎ、形を変え出した。

 

 それまでのアドミニストレータは、クィネラに取り憑いて苦痛を与え、人界を良いように支配し、結ばれるはずだったアリスとユージオを引き裂き、メディナの一族に《欠陥品》の汚名を被せて苦しめ、挙句の果てに人界の人々を機械人間という(おぞ)ましい兵器に変えようとしているという、どこまでも凶悪で冷酷な怪物そのものだった。

 

 しかし今のアドミニストレータは、自分達のように誰かと手を取り合ったり、信じ合ったり、時に愛し合ったり、自由に生きたりできず、支配欲という名の業火に身も心も焼かれ続ける、哀れで不完全な獣の姿をしていた。

 

 獣は自分達に狩られる事によって業火と苦痛の全てから解放され、安らかに眠った。しかし獣は自らそれをよく思わず、蘇り、また業火に身を投じようとしている。ようやく解放された苦痛に、再び苛まれようとしているのだ。

 

 そこまで考えたところ、ベルクーリの「終わらせてやりたい」という気持ちがわかった。

 

 アドミニストレータという魔獣も《EGO化身態》も超えるほどの邪悪な怪物をただ打ち倒すのではなく、最早偽物というべき存在になってまでこの世界にしがみつき、支配欲に支配される苦痛に苛まれようとしている執念とこの世界への未練を断ち切り、しかと成仏させる。

 

 悪霊と呼ばれ続けた彼の者を、悪霊という概念から開放するのだ。そして、滅びていく彼の者を自分達で葬送する。

 

 これから臨むのはアドミニストレータの討伐戦であり、葬送戦――キリトはそう思い直していた。

 

 

「ベルクーリさん、ありがとう」

 

「ん?」

 

 

 ベルクーリは不思議そうな顔をしていた。何故礼を言われているのかわからないのだろう。キリトは次の戦い、アドミニストレータとの最終決戦に対する捉え方が変わった事を伝えた。

 

 キリトの話を最後まで聞いたベルクーリは、ファナティオと一緒に柔らかく笑った。

 

 

「そうだな。《アレ》にはなんだかんだ言って世話にはなったし、《アレ》のおかげで得られたものもあった。そして《アレ》のやった事とやられた事に心底むかつきもした。そういうのを全部込めた剣で斬ってやって、しっかり成仏とやらをさせてやろうじゃねえか」

 

「私も同じ気持ちになってきたわ。他の皆にも、猊下ご自身にも伝えてみようかしらね」

 

「あぁ、この事を皆に伝えてからの出撃にしようぜ」

 

 

 そう言ってふとカセドラルの方を見たその時だった。

 

 ここに至るまでに何度経験した事か、背後の方面から呼び声がしてきた。これまでのように振り返ってみたところ、今まさに話に出てきていたアドミニストレータの憑依先にされていた本来の最高司祭、クィネラがこちらに向かって歩いてきていた。

 

 ……のだが、その後ろにはシノン達と整合騎士達の姿もあった。クィネラが彼女達を連れてきたのかと思ったが、果たして当のシノン達は随分と困ったような顔をしていた。

 

 

「クィネラ、それに皆も」

 

 

 キリトが呼びかけるなり、彼女にしては珍しくずんずんと歩いているクィネラを追い越して、シノンが駆け寄ってきた。

 

 

「ちょっとキリト、あなたもクィネラを説得して頂戴(ちょうだい)!」

 

「へっ?」

 

 

 続けて自分の相棒であり、クィネラの実の姉であるリランがシノンの隣に並んできた。やはり困ったような表情を顔に浮かべている。

 

 

「クィネラのやつ、我らと共にカセドラルへ突入すると言って聞かぬのだ」

 

「なんだって!?」

 

 

 思わず周囲に響くくらいの声を出してしまった。

 

 カセドラルに突入する時には、ベルクーリ達整合騎士全員、自分達現実世界勢力全員で向かうつもりでいて、その中にカーディナルは勿論、クィネラを含んではいなかった。

 

 何故ならクィネラは人界の人々を統率し、その営みを守っていくために現実世界から派遣されてきた管理者兼守護者だ。そして今、彼女の守るべき人界は度重なる混沌と騒動の連続によって余裕を失い、ほとんどクィネラの存在と支えなくして成り立たない状態になっている。

 

 そんなクィネラが戦場に向かっていって命を散らすような事があれば、人界は支えてくれる統率者を失い、今以上の混沌に陥ってしまうだろうし、そこでダークテリトリーの者達が侵略戦争を仕掛けてこようものならば、物の数日で制圧されてしまう事だろう。

 

 だからこそ、自分達だけで危険な戦場に向かい、クィネラやカーディナルには戦場の後方に居る人々を守ってもらいつつ、次の作戦を練ってもらうようにしていた。

 

 それをクィネラが自ら破り、戦場に向かおうとしているだって? 勘弁してくれ――そう思ったキリトは追い付いてきたクィネラに声をかけようとしたが、口を開けるのが早かったのはクィネラの方だった。

 

 

「キリトにいさま」

 

「クィネラお前、シノンとリランの言ってる事は本当なのか」

 

「はい。リランねえさまとシノンねえさまの(おっしゃ)っている事は真実でございます。わたくしもキリトにいさま(がた)と共に、セントラル・カセドラルの最上階へ向かいたいと思っております」

 

 

 相変わらずの丁寧語を口にしつつ、クィネラは真剣そのものの表情をしていた。まるで決心を固めているかのようだから、キリトは思わず焦る。

 

 

「待ってくれクィネラ。カセドラルの最上階へ行くって事は、アドミニストレータと戦うつもりなのか」

 

 

 クィネラは素直に頷いた。

 

 

「はい。《あの人》と正面から戦うつもりでいます。そのつもりで、今まで様々な準備を進めてきて……本日全てが整いました。後はキリトにいさま方と共に《あの人》を討つだけなのです」

 

「だから、待ってくれってば」

 

 

 キリトはクィネラが死亡した場合に起こりうる事態、それが起きるような事があってはならない事を話した。最後まで聞き届けたクィネラは(うつむ)く事でキリトから視線を逸らした。

 

 

「……確かにその通りでございます。わたくしが死ねば、人界を守る者は居なくなります。整合騎士の皆様も統率者を失い、本来の実力を発揮する事ができなくなり、勝てる戦にも負けてしまうようになる。人界はこれ以上ないくらいに無防備な状態となり、容易(たやす)く滅んでしまう事でしょう。本来ならば、わたくしは戦場に出るべきではありません。これまでと同じように、人々を守る事に尽力すべきなのでしょう」

 

「そうだろ。だからアドミニストレータは俺達に任せて、お前には人々を機械人間から――」

 

「ですが、今回ばかりはそういうわけにはいきません。わたくしが出なければ、事態は更に悪化の一途を辿る事になります」

 

 

 キリトはもう一度「え?」と言って目を丸くした。クィネラはカセドラルの方を見つめる。

 

 

「カセドラルから人界へと雪崩れ込んできている機械人間達を観察して、わかった事がございます。機械人間達は、ただ人々を連れ去ろうとしているのではないのです。勿論、機械人間を増やすための素材を集めるという目的はあるようですが……本来の目的は異なっています。機械人間達が人々を連れ去っているのは、それ自体を餌にわたくしをおびき出して捕え、《あの人》の元へ連れていくためなのです」

 

 

 周りの皆から驚きと動揺の声が上がり、ざわめきが広がる。それを見てクィネラは事情を話した。

 

 カセドラルから機械人間達が現れて街を襲い始めた時、クィネラはその自ら苦難に飛び込んでしまう行動力を発揮して、護衛の整合騎士達を置き去りにし、街の人々の避難誘導と防衛に当たった。

 

 その際、人々を(さら)うべく襲い掛かっていた機械人間達と交戦する事になったが、彼らはクィネラを見つけるなり目の色を変え、それまで襲っていた人々を即座に放棄し、一目散に向かってきたのだという。

 

 クィネラは咄嗟(とっさ)に大規模神聖術を唱え、襲い来る機械人間達の脚部を全て切断し、一切の身動きを封じた。元々機械人間も人間であるために、殺害しないようにしたのだ。

 

 しかし機械人間達は足を斬られて地面に這いつくばるしかない状態にされても尚、クィネラに迫ろうとしていたそうだ。

 

 この者達、そしてそれらを束ねるアドミニストレータの狙いはわたくしにある――迫り来る機械人間達をなるべく遠くへ跳ね飛ばしたクィネラは、そう思ったのだという。

 

 

「《あの悪霊》はまだ最高司祭様を狙っているというのですか。だとすると何故です? 《あの悪霊》は自分の身体を得て復活していて、最高司祭様に取り憑く必要はなくなっているのでしょう」

 

 

 アドミニストレータとの最終決戦で尽力した者の一人である整合騎士アリスの疑問に、最高司祭クィネラは答える。

 

 

「確かに《あの人》はわたくしに取り憑く必要はなくしていると思われますが、問題はそこではありません。《あの人》は自分の身体を手に入れて復活したまではいいものの、かつての力を完全に取り戻せていないのです。

 《あの人》はわたくしに取り憑く事で間接的に《最高支配者の力》を手に入れ、得意げに振るっておりました。しかしリランねえさまとカーディナル様によってわたくしから分離させられた際、《最高支配者の力》はわたくしが持っている分と《あの人》が持っている分に割れ、不完全な形になりました。《あの人》はわたくしの持っている分の力を狙っているのです。二分された力を再び一つにしなければ、本当の意味で人界の最高支配者に返り咲く事はできませんから」

 

「そのために人々を機械人間に襲わせて、クィネラちゃんを誘い出そうとしているのね……」

 

 

 アスナの言葉にクィネラは頷く。

 

 確かにクィネラがアドミニストレータを分離できたばかりの頃に能力等の話を聞いたところ、オブジェクト生成能力と全ての神聖術を行使できる能力のみが残され、あとはアドミニストレータに持っていかれてしまったと言っていた。

 

 それはアドミニストレータも同じであり、彼の者はクィネラの持っている二つの能力を奪われた状態にある。

 

 アドミニストレータは人界と人々を支配するためならば、如何なる手段を用いる事に一切の躊躇(ためら)いがなく、そして《最高支配者の力》を行使できる事に陶酔している部分もあったとクィネラから度々聞かされていた。

 

 そんなアドミニストレータが、《最高支配者の力》が不完全であるという現状を許すわけがない。かつての完全なる支配者の力を取り戻そうと、これ以上ないくらいに躍起になる事だろう。

 

 いや、なっているが故の央都の惨状だ。

 

 

「わたくしが逃げ続ければ、《あの人》はいくらでも人界の人々をわたくしを誘い出すための餌にし続ける事でしょう。或いは人界の全ての人を機械人間へ改造し、わたくしにけしかける手段を取るかもしれません。いずれにしてもこのまま放置しておけば、罪なき人々が機械人間にされていってしまう事に変わりはないのです」

 

「だけど、だからってお前が行ったら、それこそ《あいつ》の思う壺じゃないか。お前が《あいつ》に捕まれば、《あいつ》は完全な《最高支配者の力》を取り戻す。そうなったらもう手の打ちようがない」

 

「……もう既に、キリトにいさま達だけでは手の打ちようがなくなっているのだと思います」

 

「え?」

 

 

 キリトは目を丸くした。皆も同じような様子を見せ、「どういう事ですか?」「手の打ちようがないって?」などと口々に言い出す。

 

 クィネラは静かに答えた。

 

 

「《あの人》はキリトにいさま達に倒される前、自分に全ての金属を弾く防壁を常に張り続けるなどして、とにかく害を被らないよう、殺されないように保身を徹底しておりました。そんな《あの人》が、何の策もなしに蘇ったとは思えません。立ち向かってきたキリトにいさま達がどんなに戦っても倒す事ができないようになっているなどの、卑劣かつ執拗な対策をしているはずです。《あの人》は……そういう人なのです」

 

 

 ずっと取り憑かれていたから、わかるのです――クィネラはそこまで口にする事なく伝えていた。

 

 そしてクィネラの危惧している事は、既に現実になっていると思えた。あのアドミニストレータの事だ、どんな理不尽な対策をしていてもおかしくはない。何なら自身がもう何があっても死なないようにしている可能性だって十分にある。

 

 

「もう手の打ちようがない《あいつ》に手を打てるのが、お前であると?」

 

 

 姉のリランの問いかけに、妹であるクィネラはもう一度頷いた。

 

 確かに、クィネラなしで向かった結果、アドミニストレータを倒せないとなったらもう詰みだ。

 

 だが、みすみすアドミニストレータにクィネラをくれてやるような真似をするのも――。

 

 

「あぁー……こりゃもう駄目だな。キリト、諦めろ」

 

 

 頭の中で考えを巡らせるキリトの意識を、ベルクーリの言葉がその場へ引き戻した。彼は深い溜息を吐いた後のような顔をしていた。

 

 

「最高司祭殿はもう梃子(てこ)でも動かねえ。何を言われて何をされたとしてもオレ達と一緒に来るつもりだ」

 

「ベルクーリさん!? だけど……」

 

「さっきは《アレ》について色々言ったけどよ、《アレ》が簡単にオレ達に倒されてくれるとは到底思えねえ。最高司祭殿が言ったように、オレ達じゃどうにもならねえような方法でしっかり身を守りつつ、オレ達を確実に抹殺する腹積もりでいる可能性は十分に高いだろう。というか、そうやってくるとしか考えられねえ」

 

「……」

 

「もしそうなら、《アレ》に挑んだところでオレ達は何も手出しできず一巻の終わり。残された最高司祭殿も結局追い詰められた末に殺されて、人界も機械人間だらけになってやっぱり終わり。《アレ》に完全勝利を渡す事になっちまう。そうだろ?」

 

 

 またしてもベルクーリの言う通りで、キリトは返す言葉を見つけられなかった。

 

 周りの仲間達もそうだった。先程までは誰もがクィネラを止める気を見せていたが、今はもうクィネラなしで次の戦いに活路を見出す事は難しいと思っているようだ。

 

 その中でキリトの脳内に描かれているのは、クィネラなしでアドミニストレータに最終決戦へ臨んだ結果、無様に敗北する自分達のイメージだった。それ以外のイメージを出そうとするが、全く湧いてこない。

 

 情けない事に、クィネラがいないとアドミニストレータに勝てないという結論に到達してしまい、そこから動けなくなっているようだった。

 

 

「……クィネラ」

 

 

 どこにも行けないような気持ちになってしまい、思わず声をかけたその時だった。

 

 クィネラが唐突に笑んだ。まだ小さかった頃の面影の見える、(まぶ)しくて愛らしい、天使の笑みだった。

 

 

「わたくし、キリトにいさまの事が大好きです」

 

「えっ」

 

 

 次の瞬間、その場の空間の全てが一気に凍り付いた。

 

 俺の事が大好き――キリトの頭の中でその言葉が繰り返しリフレインされ、やがて熱さと寒気が作り出される。

 

 いやいや、俺にはシノンっていうかけがえのない伴侶が既にいるんだよ。お前だってわかってるだろうに。麻痺している口を何とか動かして伝えようとしたそこで、クィネラは続きの言葉を口にした。

 

 

「キリトにいさまだけではありません。リランねえさまもユピテルにいさまも、シノンねえさまとアスナねえさま方も、整合騎士の皆様方も、全てわたくしの大好きな方々です。わたくしはそんな皆様と、これからも共にこの世界で生きていきたいと思っております。今はここに居る皆様だけですが、いずれはその輪を広げ、人界の全ての人々と共にアンダーワールドで歩んでいきたいと、思っております」

 

 

 その一言によって凍り付いていた周囲の空気は一瞬にして溶かされ、元の温度を取り戻した。ひとまず自分へ愛の告白をしたのではないとわかり、キリトは胸を撫で下ろす。

 

 しかしその直後、クィネラの少女のような笑みが、強い決意を抱いた大人の女性の表情へ代わる。

 

 

「そんな皆様を、皆様と生きるアンダーワールドを、もう《あの人》に蹂躙(じゅうりん)させなどしません。大好きな皆様を……キリトにいさま達を……」

 

 

 クィネラはキリトのすぐ目前まで行き、その手をキリトの肩に載せた。

 

 

「《あいつ》に奪われてたまるものか、です」

 

 

 そう告げたクィネラの本紫色の瞳は、強い意志の光で満たされていた。

 

 もう絶対に何も奪わせない。

 

 もう絶対に何も蹂躙させない。

 

 全てを守り、悪しき敵を討ち滅ぼす――クィネラはそう決意していた。

 

 それは何があっても揺るがぬものである。キリトはしかとそう認識する事ができた。今まさにこれ以上ないくらいに頼もしき仲間が加わってくれたのだと思った。

 

 だが、すぐさま意識があるところに向いてしまった。

 

 顔だ。今しがた信念を告げたクィネラの顔は、アドミニストレータが取り憑いていた頃、邪悪な計画を得々と語っている時のそれに酷似した雰囲気を醸し出していた。

 

 もうアドミニストレータとは分離されているはずだというのに、顔だけアドミニストレータが憑依していた頃に戻りつつあるように見えているのだ。

 

 そのせいで一気に心配がぶり返してきてしまい、思わず問うた。

 

 

「……クィネラ、お前大丈夫か」

 

「はい、わたくしは大丈夫でございます。そのために準備を進めてきたのですから」

 

「違うそっちじゃない。顔だよ。今お前の顔、アドミニストレータみたいになってんだけど」

 

「ええっ!?」

 

 

 クィネラは一気にびっくりした表情になり、下を向いて顔を触り出した。

 

 

「わたくし、そのような悪い顔を……? そんなつもりは……え、ええ?」

 

 

 その言葉が引き金になった。クィネラと仲良くしていた女の子達全員がぷっと吹き出し、やがて大きな声で笑い出した。

 

 間もなくして、硬く(かしこ)まっていたはずの整合騎士達もつられて笑い出し、周囲は一気に明るく暖かい雰囲気に包み込まれた。これから最終決戦に向かおうとしているというのが嘘のように、皆して笑っていた。

 

 

「キリト」

 

 

 キリトも思わず笑おうとしたその時、近付いてきたのはアリスだった。彼女は柔らかい微笑みを(たた)えていた。

 

 

「カセドラルへ向かいましょう。ここに()られる素敵な最高司祭様と共に!」

 

 

 キリトは頷き、できる限り強気に笑んだ。

 

 

「あぁ、行こうか!」

 

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