キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 いつものように原作から大改変入っています。


04:蔓延する優秀な血

 

          □□□

 

 

 その子供は、選別された。

 

 セントラル・カセドラルと、そこを囲う都の建築が完了して間もない頃。人界を統一する公理教会の最高司祭は、生まれたばかりの赤ん坊をあちこちから連れてこさせていた。

 

 人界で生まれた子供には、悪神に遣わされた悪鬼が()いている場合がある。悪鬼は子供がある程度成長した時に具現化し、両親も隣人も皆殺しにする厄災となってしまう。しかし、公理教会の最高司祭ならば、その子供から悪鬼を(はら)い落とす事ができる。

 

 美術品の何もかもを凌駕する美貌(びぼう)と、全てを抱擁する優しさと慈悲で溢れた彼女は人界中の人々に伝わるようにそう告げた。すると、それを聞いた親達が、四帝国のあちこちから焦燥した様子で殺到してきた。

 

 

「私達の子供には悪鬼が憑いているのでしょうか。もしそうなのだとしたら、どうかそれを祓ってください」

 

 

 親達は口々にそう言って、抱いていた赤ん坊を最高司祭へと差し出した。自分達の子供は大丈夫か、そうではないのかという不安に塗れた顔のまま、最高司祭の返事を待ち続ける。

 

 その中で最高司祭は己だけが使える神聖術を使い、赤ん坊を診た。術を使い終えた最高司祭は――安心を与える顔で答えた。

 

 

「良かったわね。この子には悪鬼は憑いていないわ」

 

 

 そう告げて最高司祭から赤ん坊を返されるなり、両親は心底安堵したような顔になり、涙しながら礼を言い、帰っていった。

 

 すぐさま次の親達が我が子を調べてくれるよう頼んでくる。最高司祭はやってきた全ての赤ん坊達を調べていった。やはりどの赤ん坊にも悪鬼は憑いていなかった。最高司祭は親達を安心させる顔を続け、手渡されてきた赤ん坊達を返していった。

 

 そんな日々を三〇日ほど続けたが、話に出していた悪鬼憑きの赤ん坊は一向に現れず、自分の子供に悪鬼が憑いているのではないかと心配していた親達は安心して帰っていき、最高司祭はその背中を見送る一方だった。

 

 だが、三一日目の最後に渡されてきた鼠色の髪をした赤ん坊を抱き、神聖術を使った時、それまでと違う事が起きた。

 

 赤ん坊の両親は「大丈夫だ。悪鬼憑きはいなかった。私達の子供もきっとそうだ」と既に安心しきっている顔をしていた。そんな二人に向け、最高司祭は悲しげな顔で告げる。

 

 

「残念だけど、この子には悪鬼が憑いてしまっているわ」

 

 

 二人は雷に打たれたかのような衝撃を受けた反応をした。すぐさま「どうすれば良いのですか」と尋ねてくる。最高司祭は即座に応答した。

 

 

「公理教会にて(しか)るべき処置を行って悪鬼を祓うわ。祓いが完了したら無事にあなた達の元へ帰らせるから、どうかそれまで待っていて」

 

 

 今にも泣き出してしまいそうな顔の両親は「お願いいたします、最高司祭様」と言い、頭を深々と下げてきた。最後の一組への応対を終えた最高司祭は、胸に赤ん坊を抱いたまま(きびす)を返し、塔の中へと戻った。

 

 しばらく進み、自分以外の人気がなくなったのを確認すると、赤ん坊を見下ろした。母親と同じ鼠色の髪をした赤ん坊は目を閉じたまますやすやと眠っていた。母親と違う女に抱かれているというのに、泣く気配もない。

 

 

「はっ、悪鬼憑き? そんなものいるわけないじゃない。ころりと騙されちゃって、ちょろいものね」

 

 

 最高司祭は赤ん坊をまんまと渡してきた両親を嘲笑した。まさか自分がこの赤ん坊を返すとでも思っているのだろうか。だとすれば甘すぎる考えだ。

 

 ……いや、(むし)ろそれくらいに愚かであってもらった方が支配するのには都合がいい。

 

 

「生まれつき《神聖術行使権限》の高い、イレギュラーユニット……まさかこの私以外にそんなものが存在しているとはね」

 

 

 最高司祭は何も知らないであろう赤ん坊の額を撫でた。柔らかく、暖かい。そして何よりも無垢である事を肌で感じられた。

 

 しかしその赤ん坊の中に流れる血は、愚か者達とは一線を(かく)したものだ。

 

 

「偶然そういうふうに生まれてきたのだろうけれども……何がどうであれ、あなたはお馬鹿に育ってしまってはいけない子よ。私がしっかり育ててあげる。あなたの中に流れる優秀な血を力に変えて、存分に発揮できる子にね」

 

 

 赤ん坊は小さく「うーん」と言った。ぐずっているわけでもないが、喜びを感じて笑おうとしているようにも見えなかった。

 

 今はそれでも構わない。いずれは様々な事に喜びを感じて、よく笑うようになるのだから。

 

 

「私が一緒だから、禁忌目録を気にしないでいいわ。どんどん権限を上げていって……神聖術も沢山教えてあげる。そうして、私の支配のための力そのものにしてあげるわ」

 

 

 最高司祭の言葉に赤ん坊はもう一度「ううーん」と言った。そう言えば、この赤ん坊の名前をどうするべきか。あの両親から名前を聞き出すより前に塔に戻ってきてしまった。

 

 いや、そもそもあの両親が付けた名前など必要ない。この子はもう、私の作る公理教会の、この私の子なのだから。

 

 

「さて、あなたに名前を与えてあげましょう。あなたの名前は――」

 

 

 

 

          □□□

 

 

「アドミニストレータ!」

 

 

 数多の機械人間が跋扈(ばっこ)するセントラル・カセドラルの内部を昇り続け、キリト達はついに最上階へと到達した。

 

 かつてクィネラに憑いていた悪霊の本拠地であったそこは、相変わらず円形の闘技場にも似た風貌をしていたが、壁はびっしりと《カセドラル・シダー》の根で覆われており、ここが《カセドラル・シダー》の根源であるという事を嫌でも感じられた。

 

 そしてその中央に、元凶達は待ち構えていた。何も着ていない事と、冷酷で鋭い目をしている事を除けばクィネラと瓜二つの姿をしている女と、それを守る近衛兵のような立ち位置に居る、法衣のような白い服に身を包んだ鼠色の髪の男。

 

 本来の人界の管理者であるクィネラに取り憑く事で全ての権限を掴み、人界を自身らにとって都合の良い形に作り変えて支配していたアドミニストレータと、その従僕であるハァシリアンだった。

 

 

「ようこそ、来訪者(ビジター)の皆さん。歓迎しましょう」

 

 

 最初に口を開いてきたのはハァシリアンだった。声色には随分(ずいぶん)と余裕を感じられる。アドミニストレータが蘇った事で自身らの完全勝利を確信しているかのようだ。

 

 その一言を聞くなり、メディナとグラジオがぎりっと敵意を剥き出しにしてハァシリアンを睨み付ける。

 

 

「ハァシリアン、貴様……!」

 

「これまでよくも酷い事を散々やってくれたもんだな! おまけにまたわけわからない事言いやがって!」

 

 

 二人が言うなり、ハァシリアンは笑った。余裕を隠そうともしていない。しかし次に口を開いたのはアドミニストレータの方だった。

 

 

「久しぶりね、イレギュラーユニットの坊や達と整合騎士のお人形さん達。そして、《器》さん?」

 

 

 アドミニストレータもまた余裕の笑みを浮かべていた。その目にした男女を虜にする美貌を放つ身体からは刺々しく濃密な邪気が発せられていた。そんな彼の女と同じ――というよりも元となった――姿のクィネラが、キリトの隣に並んで、彼の女を睨み付けながら答える。

 

 

「《あなた》……やはり蘇ってきたのですね」

 

「当然よ。二百年以上も私と一緒に居たのだから、私が潔く死なない事くらいわかっていたでしょう?」

 

「そうですね……《あなた》はそういう人です。これまでうんざりするくらいに見てきましたからね」

 

 

 双方共に似たような声をしていたが、どちらの声がどちらのものなのかの判断はキリトには付いていた。

 

 冷酷さと鋭さを全面的に押し出しているのがアドミニストレータで、逆に暖かさと優しさ、ある種の良い弱々しさを感じさせてくるのがクィネラのものだ。

 

 

「そうでしょう。ところであなた、随分と間抜けになったんじゃない? 私のところに自らやってきて、私から奪った力を返してくれるだなんて」

 

「お前のモノではありませんよ。最高司祭クィネラ様のモノです」

 

 

 アリスが真っ当な指摘を入れるが、アドミニストレータには聞こえていないようだった。自身こそ《最高支配者の力》の本当の持ち主だと信じて疑わないようだ。盗人猛々しいという言葉がどこまでも当てはまる女だった。

 

 

「いいえ、そいつの持っている力の全てを手にするべきなのは母様(かかさま)です。母様こそがこの人界を統率するに相応しいお方。わかりきっている事でしょうに」

 

 

 ハァシリアンの反論に皆が目を見開いた。聞き間違いでないならば、今、ハァシリアンはアドミニストレータを指して《母様》と言った。彼はアドミニストレータの忠実な下僕や配下か何かと思っていたが……まさか、息子であるというのだろうか。

 

 

「母様? 《ソレ》に息子などいないはずだがな。少なくともオレは知らねえぞ」

 

 

 かつてのアドミニストレータの忠実な配下である整合騎士の長であるベルクーリの質問に、ハァシリアンはまたしても笑う。今度は嘲笑だ。

 

 

「まぁ、知らないでしょうね。お前達人形は記憶を何度も消され、書き換えられてるわけですし。私と違ってね」

 

「ハァシリアン、貴様はいったい……!?」

 

 

 メディナが零すように言ったそこで、ハァシリアンは「んー?」と声を出し、アドミニストレータに向き直った。

 

 

「母様、あの少女が誰なのか、わかりますよね?」

 

 

 アドミニストレータは「ふふん」と笑った。

 

 

「えぇ、実にわかりやすいわねぇ。オルティナノス家の者でしょう?」

 

 

 ハァシリアンは軽く拍手をした。全く持って場違いな乾いた音が数回鳴り響く。

 

 

「正解です。流石は母様です」

 

「というよりも、オルティナノス家の血は濃いから、外見の遺伝情報がほとんど同一のものとして引き継がれるのよ。時折別な()()()()が入ったとしても、そう簡単に濃い血が薄れてしまう事はないわ」

 

「ほうほう、記憶も知識もしっかりしておられるようですね。やはり私のやり方は上手くいっていたというわけだ」

 

「えぇ。全てはお前がちゃんと私の遺した手順に従って、整合騎士達から記憶情報を集めてくれたおかげね」

 

 

 そこで整合騎士全員が反応を示した。直後にファナティオが口を開ける。

 

 

「……ついさっき本物の猊下から聞かせてもらったけれど、お前達が集めていたのは、私達が持っているお前達の記憶情報だったそうね」

 

 

 ハァシリアンは首を横に振る。「おいおい」とでも言いたそうだ。

 

 

「その通りです。ですが、記憶情報なんて淡白な言い方はしないでいただきたいですね。母様を復活へ導いたのは、整合騎士達が抱く最高司祭様への憧憬の思い。そして、愛ですよ」

 

 

 キリトは「は?」と思わず言った。皆も似たような反応をしている。

 

 

「最高司祭猊下への愛? どういう事だ?」

 

 

 もう既に《EGO(イージーオー)》である弓を構えて臨戦態勢を取っているデュソルバートの問いに、ハァシリアンは率直に答える。

 

 

「そのままの意味ですよ。整合騎士の記憶の中にある想いや愛を集め、母様の意識を再構築するのに充てたんです。いやはや、お前達がこんな形で役立ってくれるとは思ってもみませんでしたよ」

 

「なるほど、《あなた》達の罠にかかってしまったキリトにいさまの意識を取り戻させるため、皆様の持つキリトにいさまへの想いや気持ちを利用したのと同じ理屈ですね。しかし、そのようなものまで使ってくるとは……」

 

 

 ハァシリアンとアドミニストレータから話を聞いたクィネラは戦慄しているようだった。ここまで生への執着心を見せるのかと思っているのは間違いない。実際アドミニストレータは死して尚暗躍し、あの手この手で蘇る方法を模索して実行し、そして蘇る事に成功した。

 

 こんなもの、生と、この世界の支配への並み大抵ではない執念がなければできない事だ。まさしく怨霊のやり方である。ここまでするのかというクィネラの戦慄を、キリトも覚えそうになっていた。

 

 

「話を戻すわ。もしかして、今回でやっとオルティナノスは《欠陥品》じゃなくなったんじゃないかしら?」

 

 

 アドミニストレータから発せられた言葉にメディナは目を見開く。彼女が声を出すよりも先に、ハァシリアンが応じる。

 

 

「えぇ、やっぱり私の見立てに間違いはなかったんです。それにしても彼女の代でようやく完成ですか。全く、ここまでどれだけ遠回りをした事か……」

 

 

 何の話をされているのか全くわからない。恐らくアドミニストレータに憑かれていたクィネラもわかっていないだろう。連中以外に連中の話の理解者がこの場には存在していなかった。

 

 

「……今すぐ叩き斬ってやりたいところだけど、その前に聞いておく。ハァシリアン、お前何者なんだよ。メディナ先輩のご先祖様とも関わりあるんじゃないか」

 

 

 グラジオが《EGO》を呼び出す直前の姿勢をして尋ねた。ハァシリアンはまた「んー」と言ってから答える。癖なのだろうか。

 

 

「まぁ、そろそろ話してあげてもいいですかね。(もっと)も、君の先輩の血筋ぐらいにしか関係のない話なんですが」

 

 

 そう言ったのを皮切りに、ハァシリアンは語り出した。

 

 

「ある時、この人界を統治する最高司祭様は、優秀な子供を必要としました。人界をより効率よく統治できるようあらゆる面で支えてくれ、強い力になってくれる子供をね。最高司祭様はそんな子供を探すべく、人界のあちこちから赤ん坊を集めさせました。

 

 するとただ一人、生まれつき《神聖術行使権限》の高い赤ん坊を見つけ出す事に成功しました。最高司祭様はその赤ん坊こそ相応しいとして選別し、育てていきました。最高司祭様の元でしっかり育てられた子供は神聖術の教育を受け、やがて元老院に監視役、そして処刑人として配置されました。

 

 時にはわざわざリセットするような価値もない、実験に失敗した修道女や修道士を始末し、脱走を試みた者に神聖術による責め苦を与えた事もありました。正義を貫く整合騎士達には到底任されないような仕事をする事が、選別されたその子供に与えられた役目でした。

 

 選別と教育の成功を喜んだ最高司祭様はやがて、その子供の天命を凍結させ、無限の時を生きられるようにしてくれました。子供はその事に感謝し、最高司祭様から、母様から愛されている事を痛感し、もっと母様の役に立ちたいと思うようになり、一生懸命様々な仕事やお役目に打ち込むようになりました」

 

 

 ハァシリアンはひとまず語り終えたようだった。

 

 

「つまり貴様は赤ん坊の頃に《そいつ》に(かどわか)され、お気に入りの駒として育てられたというわけか」

 

 

 人一倍正義感とアドミニストレータへの憎悪の強い傾向にあるエルドリエが言うと、周りの皆が納得したような様子を見せた。彼の言った事がハァシリアンの語ったストーリーを全て簡単にまとめていた。

 

 アドミニストレータは手駒欲しさに無垢な赤ん坊を、理由を付けて事実上の誘拐をしていた。そうしてアドミニストレータに選ばれて、右腕となるように育てられたのが、今ここに居るハァシリアン。

 

 驚くべき点は何もない。アドミニストレータならば過去にどんな悪行をしていても不思議ではないからだ。

 

 

「話はまだ終わってませんよ。この後、母様は更なる要望を出しました。もっと優秀な子供が欲しい。それこそ、人界に攻め入ってくる奴らを容易に蹴散らせるような強い力を持った兵にできる子供が欲しいとね。

 

 そこで母様の優秀な子供――(すなわ)ち僕はある事を思い付いて、母様に進言してみました。僕の中に流れる特別で優秀な血を人界中に広めれば、いずれ僕に匹敵する優秀な子供が生まれてくるのではないかと。母様はそれを許し、実行するように命じてくれました。

 

 (うけたまわ)った僕は、母様のお役に立つべく……沢山の上級貴族達の女と関係を持ち、子を産ませました。怪しまれないように姿も名前も変え、何人も口説き落とし、愛し合う振りをして夫婦関係を結び……子を孕ませていったわけです」

 

 

 そこまで聞いたところ、キリトは背筋に冷たいものが走る感覚に襲われた。

 

 同刻、アスナ、シリカ、リーファ、リズベットは「ひっ……」と言って口を覆って強い恐怖を見せ、シノン、アリス、ファナティオは「このっ……」と言って激しい嫌悪を見せた。

 

 シェータとリネルとフィゼルに至っては無反応のように見えるが、かなり強い軽蔑の念をハァシリアンに向けているのはわかった。

 

 男達も同じだ。ベルクーリからレンリまで、全員が嫌悪と軽蔑の念を抱いてハァシリアンを睨み付けている。

 

 リランは鼻元に(しわ)を寄せ、牙を覗かせて強く(うな)り、ユピテルは力強く構えて身体からばちばちと電気を(ほとばし)らせる。

 

 リランは同姓として、ユピテルは女性を癒す使命を持つ者として、ハァシリアンの行いを許せないのだ。こいつはアドミニストレータのためというのを免罪符にして、上級貴族達を強姦していたようなものなのだから。

 

 そんなキリト達の事をちらと見てから、ハァシリアンは続ける。まるで武勇伝を語っているかのようだった。

 

 

「その中には、後々人界で名を馳せる事になる上級貴族も結構いました。例えばそう……アンティノス、ジーゼック、キュリエアス、ザッカライトとかね」

 

「なん、だって……?」

 

 

 キリトとユージオは信じられないような顔をし、か細い声を出すしかなかった。

 

 アンティノスは、《EGO化身態(イージーオーけしんたい)》となって自分達に討たれたライオス・アンティノスの姓名であり、ジーゼックはそのライオスとつるんでいたウンベールの姓名。

 

 キュリエアスは確か、メディナにライオスとウンベール同様に嫌がらせをしていた元婚約者のオルギスの姓名で、ザッカライトはザッカリアの街の衛兵隊へ入るための剣術大会にて、自分と戦った卑怯者の貴族イゴームの姓名だ。

 

 

「ハァシリアンが……ライオスやウンベールやイゴームの先祖……!?」

 

 

 ユージオが驚愕しきっているような表情を顔に浮かべるなり、ハァシリアンは「お?」と言った。意外な事態に出くわしたような反応である。

 

 

「その様子だと、僕の子孫達と交流があったみたいですね。でも、そいつらってろくでもない連中じゃありませんでした?」

 

「……あぁ。お前みたいにろくでもない連中だったな。どいつもこいつもお前みたいな屑野郎だった」

 

 

 驚きを呑み込み、キリトは正直に話した。ハァシリアンは馬鹿にされているにも関わらず「ははははは!」と笑っていた。

 

 

「そうでしょう。そうなんですよ。僕も最初は上級貴族は誇り高くて能力も優れている者達だと思って接し、血を混ぜてあげました。そう、母様から優秀であるとお墨付きをもらった血をね。僕、結構期待してたんですよ。母様のお役に立てる子供が生まれてきてくれる、と」

 

 

 ハァシリアンはがっくりと肩を落とすような仕草をする。

 

 

「……でもどうですか。生まれてきた子供達なんて全然優秀じゃない。僕みたいに《神聖術行使権限》は高くないし、比較的高度な剣技や神聖術こそ使えはするものの、全然上手い具合に扱えないし、そればかりかその程度の腕前で胡坐(あぐら)を掻いて傲慢に振る舞うなど、人間性も腐っている。そして最終的には《EGO化身態》という怪物に成り果ててしまう始末。期待外れも良いところでした」

 

「それってあんたの血を入れられたせいじゃないの」

 

 

 シノンが今まさにキリトの思った指摘を入れたところ、ハァシリアンは溜息を吐いた。

 

 

「いえいえいえ、その前からですよ。どいつもこいつも、そういう性格や人間性が遥か昔の祖先から続いているような血筋の奴らだったんです。上級貴族は僕と交わう前から腐り果ててました。そうわかった時の徒労感ときたら、お前達にも味わわせてやりたいくらいですよ」

 

 

 その時、ハァシリアンはかっと顔を上げた。

 

 

「でもね、ある時僕はとある存在を見つけ出しました。それは母様自らが様々な実験を行っていたものの、望んだ結果を出してくれる事がなく、最終的に《欠陥品》と呼ばれるようになった一族でした」

 

 

 《欠陥品》。その言葉を出されるなり、メディナとグラジオが目を見開く。

 

 

「まさか、それが――」

 

「そう、オルティナノス家でした。母様はオルティナノス家の最初の当主から五代目当主に至るまで、様々な実験や責め苦をするように僕に命じ、僕はその通りに色々な責め苦や実験の数々を施していきました」

 

「オルティナノス家の者達って面白かったのよ。どんなに責め苦を受けても、どんな実験に使われようとも、決して誇りを失わなかった。そして何より、特別なモジュールを持っていた」

 

 

 ハァシリアンの説明にアドミニストレータが付け加えるように言うと、キリトの横のクィネラが悔しそうな仕草を見せる。暴挙を止められなかった事への悔恨が見えていた。

 

 

「モジュールっていうのは、私の持つ力の事なんだそうだな? 《ベクタの迷子》達に触れる事で《冒険者達》に変え、従うようにする力……」

 

 

 メディナの怒気と戸惑いの(こも)った声に、アドミニストレータは(うなづ)く。

 

 

「えぇ、そうよ。最初はモジュールが起動しなくて困ったから、日常的にフラクトライトへ負担をかけるようにした。とはいえ、フラクトライトに負担をかければモジュールの機能が少しは稼働するものの、実験は失敗に終わってしまう。だからわざと近親婚をさせて、血を濃くしていって、徐々に耐えられる器を作るつもりだったわ。

 でも全然上手くいかなかったのよ。代々どのオルティナノスも実験に失敗しちゃう一方で、私の望む結果を出してくれなかった。だから《欠陥品》って言い渡してあげたわけ。だって実験を繰り返しても失敗ばかりするのよ? こんなの《欠陥品》って言わないでなんて言うの」

 

「そんな……そんな身勝手な事のためにメディナさんの一族を……!?」

 

 

 恐怖を振り払ったアスナが怒りを募らせた声で伝えるが、アドミニストレータは先程のハァシリアンのような溜息を吐いた。

 

 

「実験は五代目くらいまで続けた。その代のオルティナノスが駄目なら次の代って感じで、ハァシリアンの管理する《白き牢獄》に次から次へと運び込んで、実験させたわ。でも全然期待通りにならないから、もう私も飽きてきちゃってね。五代目に至ったところでオルティナノスの事を見捨てる事にしたわ。だけど、そこに食いついてきたのがその子だったのよ」

 

 

 母親に目を向けられ、息子は「ふふん」と笑った。自然に笑っているつもりなのだろうが、その笑みにはたっぷりと邪悪が含まれていた。

 

 

「僕はまたしても思ったわけですよ。この者達にこそ優秀な血を与えてみればいいんじゃないかとね。オルティナノス家の者達は強靭な精神を持ち、どんな責め苦を受けようとも誇りを失わなかった。そう、腐ってなかったんです。そのうえ未知のモジュール持ち。他の腐った上級貴族達と根本的に異なる特別な素質がある。なので、僕はこれで最後にするつもりで……オルティナノス家の五代目当主ミリアム・オルティナノスと関係を持ち、子を孕ませました。

 しかしそうしたところ、ミリアムの名前はオルティナノス家と周りの貴族達の記録から消えてしまった。オルティナノス家をも含んだ貴族達は、優秀な血筋の僕をミリアムの伴侶と認めず、ミリアムは非正規婚姻で身籠ったとしてしまったのですよ。酷いですよねぇ、生まれてきた子供はこれまでのオルティナノス家の者達は勿論、周りの貴族達とも一線を画すほどの潜在能力を持っていて、ミリアムはその誇り高き母親だというのに」

 

 

 直後、メディナは目を限界付近まで見開き、身構えるのをやめてしまった。それを見ているキリトも目を見開いていた。

 

 ハァシリアンは人界の上級貴族達の女達――幸いソルティリーナやティーゼ、ロニエやグラジオの祖先は外れているらしい――と関係を持ち、子を産ませていた。そしてそれは最終的にオルティナノス家の五代目当主ミリアムにも及んだ。

 

 つまりミリアムがハァシリアンとの間に設けた子供の末裔は――。

 

 

「まさ、か……きさ、まは……」

 

 

 途切れ途切れの言葉を何とか紡ぐメディナに、ハァシリアンは歩み寄った。

 

 彼女のすぐ目の前付近まで近付いたところで足を止め、そして宣言する。

 

 

 

「そうですよ、メディナ・オルティナノス。僕は君の曾祖父(そうそふ)です。君は僕とミリアムの間にできた子供の孫なのですよ」

 

 

 

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