キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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05:《最良品》

 

「そうですよ、メディナ・オルティナノス。僕は君の曾祖父(そうそふ)です。君は僕とミリアムの間にできた子供の孫なのですよ」

 

 

 その言葉はキリト達から一切の声を奪い去るのに十分だった。

 

 メディナはハァシリアンの曾孫(ひまご)であり、ハァシリアンはメディナの家族。ありとあらゆる外道の行いをしてきたハァシリアンが、メディナの血の源流に存在する。

 

 全く持って信じられないし、信じたくない話だ。

 

 だが、ハァシリアンが嘘を言っているようにも見えない。どういうわけか、リランやユピテル、クィネラやユイのように真実だけを述べているようにしか思えなかった。

 

 そのせいでハァシリアンがメディナの子孫であるという事実が強く叩き付けられ、頭の中が麻痺してくる。

 

 

「君はあの()によく似ている。顔立ちとかはほぼミリアムそっくりですし、ちょっと鈍感なところとか、目的のために手段を選ばなくなったりするところとかも……あ、その辺は僕由来ですか。いずれにしても君は僕から産まれた――」

 

《があああああああああああああああああッ!!!》

 

 

 ハァシリアンの言葉は途中から(とどろ)いた咆吼に掻き消された。メディナとハァシリアンの間に、茜色(あかねいろ)の鋼鉄の鎧で身体を作ったグリフォンナイトが割り込み、ハァシリアン目掛けてその得物である両手剣で一閃を放っていた。

 

 茜色の刀身がハァシリアンの胴体を真っ二つに斬り裂こうとしたその刹那。鋭い金属が同じ性質を持った金属とぶつかり合ったような、とてつもない金属音が鳴り響き、爆発に似た突風が吹いてきた。

 

 風が止んだタイミングを掴んで目を向けたところ、鋼鉄のグリフォンの両手剣はハァシリアンに届いていなかった。ハァシリアンの持つ錫杖(しゃくじょう)が、その刃を受け止めていたのだ。

 

 そんな光景を認め、ハァシリアンはあろう事か(あき)れたような顔をする。

 

 

「……ねぇ、メディナが激昂して斬りかかってくるのならわかりますよ。なんで君の方が激昂して僕に斬りかかってくるんです?」

 

 

 グリフォンの中からグラジオ――今となってはメディナの正式な婚約者――の怒号が放たれる。

 

 

《お前のせいで……お前達のせいでメディナ先輩は、メディナ先輩のご先祖様は苦しめられてきたんだ! メディナ先輩が《欠陥品》呼ばわりされていたのも、全部お前達のせいだ!!》

 

「確かにそうですよ。だけどね、僕はオルティナノス家を《欠陥品》から救ってあげたんですよ。僕とミリアムの間にできたメディナの祖父に当たる子供は、モジュールの稼働率がこれまでと比較にならないくらいに上がっていて、母様の望んでいた結果に近しい結果を出せるようになっていた。

 そしてメディナの父に世代が移ると、モジュールの稼働率は更に上がっていた。オルティナノス家に搭載されたモジュールは世代を重ねるごとに段々と機能するようになっていってたんですよ。僕とミリアムの子供を皮切りにしてね」

 

「じゃあ、私の力は……」

 

 

 当の本人であるメディナが零すように言うと、ハァシリアンはグラジオの剣を受け止めたままそちらに向いた。

 

 

「そうそう、メディナに代が移った時ですよ、モジュールの稼働率が百パーセントに到達したのは。そしてメディナは母様の当初の望みの通り、完全なる《安全弁》となった。メディナの力の覚醒を(もっ)て、オルティナノス家は《欠陥品》ではなくなり、《最良品》となったのです!」

 

 

 《安全弁》。またしても初耳の単語が登場してきた。いや、この言葉自体は聞いた事があるものの、人界やアンダーワールドにおけるそれがどういうものなのかはわからない。

 

 キリトを含め、誰もが意味や真意を掴めずにいる。だが、その中で一人だけアドミニストレータとハァシリアンの話の理解者がいた。

 

 それは当然というべきか、アドミニストレータの取り憑き先にされていたクィネラであった。

 

 

「……そういう事でしたか。《あなた》はわたくしが把握するよりもずっと前に、ガーダー増産計画を考えていたのですね」

 

「クィネラちゃん? それってどういう事なの?」

 

 

 リーファが尋ねるなり、クィネラは一歩踏み出した。アドミニストレータを(にら)み付けたまま、口を開く。

 

 

「メディナ様がお持ちになられている力について、わたくしとカーディナル様で解析を行っておりました。そしてつい先日、詳しい情報を掴む事に成功したのですが、皆様にお伝えするより前に《あの人》が復活し、話しそびれてしまいました」

 

 

 メディナの持っているモジュール。それは《戦力補充モジュール》と言えるものだ。

 

 《戦力補充モジュール》とは、人界の戦力が著しく低下してしまった時、外の世界から新たなる戦士達――つまり人格データを召喚し、使役する能力を持つモノ。

 

 この《戦力補充モジュール》の機能によって、記憶喪失であるものの戦闘行為が可能な程の力を持ったNPC達がこの人界のあちこちに召喚され、《ベクタの迷子》として彷徨(さまよ)うようになっていた。

 

 そしてそれらはモジュールの所有者から接触を受ける事で、モジュールの所有者を《救世主》と呼んで付き従うようになり、後に自分達から《冒険者達》と呼ばれる人界の戦力となっていたのだ――というのが、クィネラからの説明であり、メディナの力の種明かしであった。

 

 

「《ベクタの迷子》はわたくしが《あなた》から切り離され、《あなた》が一時的に消滅したのを境目に大量発生し、メディナ様に《冒険者達》として使われるようになった。一時期よりかは落ち着いたかもしれませんが、今も《ベクタの迷子》の発生自体は続いているでしょう。人界を守護する管理者の持つ《最高支配者の力》が不完全なものとなり、結果として人界そのものの戦力は大きく弱体化してしまっているのですから」

 

 

 同じ顔の女であるアドミニストレータは「ふぅん」と呟く。

 

 

「私はその事を《あの者》から聞かされたのだけれど……器さんは最初から知っていたのね。まぁ、人界の管理者なのだから当然かしら」

 

《お前をクィネラに取り憑かせた奴の入れ知恵であったか。どこまでも余計な事をやりおる》

 

 

 リランは《声》を飛ばしつつも唸り続けていた。どうやらアドミニストレータは思いの(ほか)、クィネラへ取り憑くよう仕組んだ外部の者――ラースの研究員のいずれか――から知恵と知識をもらっていたらしい。

 

 それは母親であるイリスから様々な事を教育されていたクィネラと同様であるが、彼女達のそれと違って陰湿で邪悪なものであり、本来ならば受けるべきではない闇の教育であっただろう。

 

 

「人界の戦力が低下した時に、外部から戦えるNPCを召喚する事でバランスを取る。だから《安全弁》って事か」

 

 

 キリトはそう(つぶや)いたが、そこである事に気が付いた。何故アドミニストレータがここまでして《戦力補充モジュール》を持つオルティナノス家に実験を重ね、ハァシリアンの血も使って《戦力補充モジュール》を完全にしようとしたのか。

 

 クィネラが既に辿(たど)り着いたであろう答えを、キリトは掴んだ。しかしその内容を話す事はクィネラに譲った。

 

 

「その《安全弁》の持つ力でNPCを大量召喚して、その人達を全て機械人間に改造して人界を埋め尽くし、ダークテリトリーに攻め込む。そういう計画を立てていたのでしょう」

 

 

 アドミニストレータは「あはははは!」と笑った。純粋さも何もない、傲慢で邪悪な笑い方だった。これもアドミニストレータ特有のものだ。

 

 

「せいかーい! 整合騎士とハァシリアンと人造竜を作った後に、機械と人間を融合させた汎用兵器ガーダーを思い付いた時、私は思い出したのよ。ずっと前に興味を持っていた、《戦力補充モジュール》を搭載したオルティナノス家の者達を使えば、簡単にガーダーを量産できるってね。

 最初は《戦力補充モジュール》を後々何かに使えるだろうから取っておこう程度にしか思っていなかったせいで、実験を続けているうちにオルティナノス家の者達には飽きちゃったけど、最終的に取っておいて正解だったし、途中でハァシリアンの血を分け与えたのも大正解だった」

 

 

 アドミニストレータは得々と語っていた。この女は自身の支配のための道具にするべく、どこまでもメディナの一族を愚弄(ぐろう)してきた。それがどれほど理不尽なものであったのかは最早(もはや)想像しなくてもわかる。

 

 そして自身の望む結果そのものとなったメディナを、機械人間を量産するために利用しようとしている。

 

 こいつの事だ、大方メディナを物言わぬNPC召喚装置に、召喚されてきたNPC達をこれまで見てきたそれらよりももっと凶悪な侵略型機械人間にでもするつもりなのだろう。

 

 

「メディナ、君はこの世界にNPC達を呼び込む力を完全なものとしただけじゃなく、全ての《冒険者達》を殺されても尚立ち上がり、ここまでやってくるだけの精神力も持っている。繰り返すが、君はもう《欠陥品》などではなく、真逆の《最良品》だ。我が救世主、いや、我らの救世主となったのだよ。君のおかげでオルティナノス家の先祖達はついに報われた」

 

 

 ハァシリアンがグラジオの剣を抑えたまま口を開くと、メディナは(うつむ)いた。

 

 

「さぁ、おいでなさいメディナ・オルティナノス。あなた達一族の《欠陥品》の汚名を取り消し、あなたに整合騎士以上の身分を与えましょう。そしてあなたの持っている力を思う存分に使いなさい。私達に協力するという事は、人界を守るという事なのだから」

 

 

 アドミニストレータは急に優しい声をメディナへかけた。

 

 普段の優しさに溢れた、まさしく慈母のように周りと接するクィネラに似ている声であったが、その本質は慈母ではなく、慈母のふりをした凶悪な夜叉(やしゃ)だとわかるものだった。

 

 

「メディナ!」

 

「メディナさん!」

 

「メディナ殿!」

 

 

 シノン、アスナ、アリスの順にメディナへ声が飛び、更に他の者達もメディナへ呼びかける。誰もが「そちらへ行っては駄目だ」「あいつらはあなたを騙そうとしているのよ」と語りかけている。

 

 メディナがもうあの者達の誘惑に負けるわけがない――キリトはこれまでの彼女を見てきた事で理解しているが、それでもメディナが反応を示さないものだから、やがて心配になってきてしまい、メディナの方を向いた。

 

 メディナは相変わらず俯いたままだった。後ろからは仲間達の呼び止めが飛来し続けている。

 

 どういう答えを返そうかと考えを巡らせているのか。

 

 まさかアドミニストレータの元へ行くべきかと迷っているというのか。

 

 俯かれているせいで表情を伺えず、キリトはメディナの考えを読み取れなかった。が、その時だった。

 

 

「……つく」

 

「ん?」

 

「あら?」

 

 

 メディナが小さな声を漏らすように出した。ハァシリアンとアドミニストレータが首を傾げたところ、メディナは口を徐々に大きく開けていった。

 

 

「むかつく……むかつく……むかつくむかつくむかつくむかつくッ!!」

 

 

 久々にその言葉を吐き散らしたメディナはぐあっと顔を上げ、アドミニストレータを指差した。

 

 

「今日この日まで私達オルティナノス家を《欠陥品》と侮辱して(けな)して迫害させておきながら! よくも今ここで! そんな事が言えたよな!!」

 

 

 それは西帝国で交戦した時にも言っていた言葉だった。あの一件から、感情が高ぶったりするとこういう事を言うようになったのだろうか。いずれにしてもメディナの中の明確な変化というものがまざまざと感じられた。

 

 メディナは《EGO(イージーオー)》を抜き払い、その鋭い刃先をアドミニストレータへ向けた。

 

 

「……勘違いしているようだから言ってやる、アドミニストレータ。お前は最高司祭様じゃなく、最高司祭クィネラ様に取り憑いていただけの悪霊だ。そしてお前が私の力を使って素材にしようとしている《冒険者達》はただのNPCとやらじゃない。今この時も私の(そば)に居てくれている、この者達と同じ……私の友だ」

 

 

 メディナは一旦目を閉じる。恐らくだが、ハァシリアンに殺されていったクラリッサ達を思い出しているのだろう。

 

 

「ここにいる皆を、そしてこれから友となるかもしれない《冒険者達》を、あのような哀れな機械人間に改造するつもりならば、それを永遠に繰り返すつもりでいるのであれば、私はお前達を倒す以外の選択肢は取らない」

 

「メディナ……!」

 

 

 ユージオが喜びを抱いた声で呼びかけると、メディナは目を開けてくいっと首を動かした。クィネラを見ろというジェスチャーだ。

 

 

「それに、もう私はここにいる真実の最高司祭様から命を受けていてな。お前達を討伐し、機械人間の増産を永遠に打ち切る事ができれば、《欠陥品》であるというのは誤りであるというのを人界に広め、尚且つ私を正式に整合騎士に採用してくれるそうだ。ベルクーリ様やファナティオ様、アリス様達のような自由で誇り高い整合騎士にな。

 お前達の言っている整合騎士以上の身分なんて、機械人間の素材を呼び出すための装置とか、今まさに央都を襲っている機械人間達以上の力を持った同じモノとか、そんなだろう。自由もなければ思考もできないような、ただの装置に私を改造する。そのつもりなんだろう」

 

 

 メディナの言った事はキリトも思っていた事だった。どうやらメディナもこの場に辿り着くまでに相手にしてきた機械人間達を見て、アドミニストレータの配下の末路とはあぁいうものなのだと把握したらしい。

 

 そんなメディナを見て、ハァシリアンは溜息を吐いた。グラジオの剣を抑えたままという姿勢なものだからシュールさというものが半端ではない。

 

 

「やれやれ、そこの整合騎士達のように母様に叛逆(はんぎゃく)するというのですか。随分と聞き分けのない娘になってしまいましたね、メディナ。母様の元へ来れば、今居るところ以上の幸福が待っているというのに」

 

「機械人間の素材呼び出し装置が幸福なわけないだろうが、曾爺(ヒイジジイ)!」

 

 

 完全に挑発口調で言うなり、メディナはハァシリアンの元へと駆け出した。グラジオの側面を通り、ハァシリアンの背後に回り込む。

 

 

「ッ!」

 

 

 ハァシリアンは顔だけを後ろに向け、メディナに対応しようとした。しかしそこでグラジオが更に力を込めて両手剣でハァシリアンを押し込む。

 

 ハァシリアンは両手で構えた杖でグラジオの両手剣を抑え込んでいるために、杖にかける力を緩めればグラジオの両手剣に押し潰され、かと言って杖から片手を離さなければメディナに応対できない。板挟みの状態になっていた。

 

 偶然の産物であろうが、メディナとグラジオの見事な連携だった。狙いをハァシリアンの背中に定め、メディナは《EGO》となった《陽炎の剣》を振り被る。

 

 

「だああああああああああッ!!」

 

 

 気高き咆吼を放ち、メディナは《EGO》を振り下ろした。刃先は真っ直ぐにハァシリアンの背中を切り裂き、鮮血を舞わせた。

 

 

「ぬあああああああああああッッ」

 

「せぇあッ!!」

 

 

 ハァシリアンがついに明確な悲鳴を上げると、メディナは続けて突きを放った。アドミニストレータによって虐げられてきたオルティナノス家の先祖代々が遺した深紅の剣が、現在の当主の曾祖父の背中を突き抜け、胸から飛び出す。

 

 位置取りからして、背中から心臓を串刺しにされているのは明白だった。

 

 

「が……ふ……」

 

 

 ハァシリアンは大量に血を吐き出したが、すぐさま前方から迫り来ていたグラジオの両手剣に叩きのめされた。どぉんという轟音が鳴り響くと同時に床が破砕されて、クレーターが出来上がる。

 

 メディナとグラジオという二人の《EGO》の一撃を受けたのだ、ハァシリアンと言えども一溜りもなかっただろう。

 

 キリトのその推測は当たっていた。グラジオが振り下ろした両手剣を戻して後退したところ、クレーターの真ん中で仰向けに倒れたハァシリアンの姿が確認できた。彼は血溜まりの中心にいて、顔も胸も血で真っ赤に染め上げられていた。

 

 動く気配はない。どうやら今の一瞬のうちに絶命したようだ。

 

 

「終わったな、ハァシリアン」

 

 

 メディナはぶんと《EGO》を振り、刀身に纏わり付いていた血を振り払った。

 

 アドミニストレータが周到に育て上げ、上級貴族にその血をばら撒き、オルティナノス家をずっと苦しめ続けた元凶の最期というものは、実に呆気ないものだった。

 

 恐らく暗躍して表舞台やそこに居る人々を利用する事にばかり特化していたために、実際の戦闘力、身体能力はそこまで高いものではなかったのだろう。

 

 アドミニストレータの作った機械人間に全てを任せていたために自身の戦闘力や耐久力をおざなりにしていた醜い道化師のチュデルキンと同じようなものだ。

 

 アドミニストレータの手下はあのような者達ばかりか。思わず呆れが出てくる。

 

 

「キリト!」

 

 

 その時、ふと下方向から声がしてきた。何かと思ってそちらへ向き直った時、シノンの隣にいたルコがキリトのすぐ近くに駆け寄ってきていた。

 

 

「ルコ、どうした」

 

「あいつ、まだ、いる! あいつ、本物、違う!」

 

 

 ルコは蒼褪めた顔でそう答えた。その表情を見た途端、キリトははっとさせられる。

 

 今のルコの顔は、リーファ、メディナ、シリカが《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》になる直前に見せていたそれと全く同じだったのだ。

 

 そんなルコが告げた言葉は「あいつはまだいる。あいつは本物ではない」。

 

 という事はまさか――。

 

 

《ふははははははははは! まさか泥人形一つ壊した程度で勝ち誇った気になったのですか? やっぱり甘いですね、お前達は。本当に頭の中が平穏なお花畑になっていて笑えるったらありはしない!》

 

 

 どこからともなく声が響いてきた。《使い魔》形態となっているリランやユピテルのように頭の中に響いてくるようなものではなく、《EGO》を纏っている時のグラジオのようなものだった。

 

 そしてその声色と煽るような口調は、紛れもなくハァシリアンのものだ。今まさに目の前で死んでいるはずの。声を聞いてびっくりしたようにメディナが大きな声で答える。

 

 

「ハァシリアン!?」

 

「どうなっているの!? 確かに死んだはずじゃ……!?」

 

 

 シノンが周囲をきょろきょろと見回しながら言う。他の者達も同じように辺り一面の確認を急いでいた。キリトもそこに加わるが、見えてくるのは《カセドラル・シダー》の根に覆い尽くされた壁と、凹んだ床くらいだ。

 

 

「言っておくけど、ハァシリアンは私の自信作よ。あなた達じゃ想像も付かないような事もできるの」

 

 

 それまでと変化が見受けられない空間の中で、アドミニストレータはいつの間にか宙に浮かんでいた。まるで専用の席を作ってこちらを観戦しているかのようだ。そして私を楽しませるために戦いなさいとでも言いそうな姿勢である。

 

 

「俺達じゃ想像も付かない事だって? どういう事だ」

 

「キリトにいさま!」

 

 

 急に呼びかけてきたのはクィネラだった。ハァシリアンの死体を見て焦っているらしい。そのまま続けてくる。

 

 

「ハァシリアンの死体は《ミニオン》です。主にダークテリトリーの魔術師達が使うとされている、泥を素材にして作る人形です」

 

「なんだって? あいつはダークテリトリーの住民達が使う術を使っていたのか」

 

「いいえ、そういうわけではないようです。ただ、ハァシリアンが泥人形を遠隔操作する神聖術を使い、これまで活動してきた事は間違いありません。そして彼は死んではいません。どこかでわたくし達を見ています」

 

 

 クィネラが言うなり、皆は一斉に再度周囲を確認し始めた。しかしどこにもハァシリアンらしき存在は確認できない。

 

 完全に周囲の風景に溶け込んで、敵から視認されなくなるような神聖術でも使っているのだろうか。それとも、まさか《カセドラル・シダー》そのものがハァシリアンだったりするのか。

 

 考えを巡らせ、五感を鋭くしても、ハァシリアンがどこに存在しているのかを掴む事はできなかった。

 

 

《母様の目的はメディナと、そこにいる器の持つ力を手に入れる事。そうですよね?》

 

 

 またしてもハァシリアンの声が響いた。言葉をかけられたアドミニストレータは頷く。

 

 

「えぇ、そうよ。あなたが《最良品》に仕立て上げたあの娘と、《器》さんの持っている力が必要なの。これがないと私は人界の支配を効率よくこなせないのよ」

 

《ならば僕にお任せを。母様はゆっくりとくつろいでいてください》

 

「あら、言うようになったじゃないの。なら、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」

 

 

 アドミニストレータが答えた次の瞬間、下から突き上げられてくるような縦揺れが襲ってきた。地震ではないようだが、足を取られて上手く身動きが取れなくなってしまった。

 

 直後、それまでハァシリアンの死体の横たわる床に穴が開いた。物理的な穴ではなく、ワームホールやワープゲートといった空間そのものに開かれた黒紫の穴だった。それも狼竜形態となっているリランの身体が入っても尚余裕があるくらいに巨大だ。

 

 

「なんだ!?」

 

「何か来るわよ!」

 

 

 リズベットが号令するように言い、皆がそれぞれの武器や《EGO》を構えた直後、ワームホールから何かがゆっくりと這い出てきた。その正体を確認した時、キリトは思わず言葉を失った。

 

 ワームホールから現れてきたのは、異形の怪物だった。

 

 五つの球体が串団子のように繋がり合ったような身体をしていて、体色は闇のようにどす黒く、身体の下部には少し明るい黒色の装甲が装着されている。

 

 その周辺から生える二対の足で床を踏みしめており、球体状の身体の側面からは一対の太い腕が生えている。いずれも闇色であり、ところどころに黒い装甲が見て取れる。

 

 一番手前にある球体――これが頭部に該当する部位なのだろう――には何もかもを頬張り、噛み砕き、飲み込んでしまいそうなほどの巨大な口があるのだが、恐ろしいのはそこではない。

 

 視線を向けてしまうのは、紫色の塗料をぶちまけられた陶器のような質感の、何の感情も感じられない表情をした、怪物の全身のあちこちに浮き上がっている不気味な仮面の群れだった。

 

 まるで無数の怨念や無念を抱いた亡者達が寄せ集まり、闇鍋のようにかき混ぜられたうえで煮込まれ、一つの形を取ったような存在。それがハァシリアンの泥人形を踏み潰して現れた異形だった。

 

 

「な、なんだこいつは!?」

 

「何と醜い怪物だ。こんなものが人界に存在する事が信じられぬ……」

 

 

 如何にも恐ろしいものを見て驚いている顔のレンリが言い、デュソルバートが矢を放つ直前の姿勢を取る。その他の皆も臨戦態勢を取ってはいるものの、戸惑いと驚きと焦燥を隠せない表情をしている。

 

 皆をそんなふうにしたのは、目の前にいる巨大怪物であるが――先程から確認できている通り、怪物の身体のあちこちには黒い装甲と人工物のような部位が存在している。それは怪物が《EGO化身態》である事を証明していた。

 

 

「《EGO化身態》、だと……!?」

 

 

 キリトが思わず声を零した直後、再び声が聞こえてきた。

 

 

《この姿でお会いするのは初めてですね、大罪人とそれに与する叛逆者達よ。初めましてとでもいえばいいのかな?》

 

 

 そこでまた驚愕させられる。耳に届いてきたのはハァシリアンの声だった。あろう事かそれは、《EGO》を纏ったグラジオが喋っている時のように、異形の怪物から聞こえてきていた。

 

 その声を聞いた者のうち、メディナとグラジオが尋ねるように言う。

 

 

「まさか、ハァシリアン、なのか……!?」

 

《嘘だろ……どう見たって《EGO化身態》じゃねえか!? なんで喋れてるんだよ!?》

 

 

 グラジオの言っている事こそ、キリトの言いたい事だった。《EGO化身態》は意識を持っておらず、その元となった人物が抱いていた強い利己心の赴くままに暴れ回り、破壊と殺戮(さつりく)を撒き散らす怪物だ。言葉を喋ったり、明確な意識を見せたりする事など一切ない。

 

 そのはずだというのに、この《EGO化身態》からはハァシリアンの声がする。スピーカーを内蔵しているというわけではなく、明確な意思を持って本当に喋っている。そうであるとしか感じられない。

 

 

「すごいでしょ? ハァシリアンはずっと昔に自然に《EGO化身態》になったのだけれども、意識の消失や暴走を引き起こさないでいられているのよ。まさかここまでの事ができるだなんて思ってもみなくて、私も驚いたものだわ」

 

 

 アドミニストレータは誇らしそうにしていた。どうやら息子であるハァシリアンが《EGO化身態》になっても尚、人格を保つ事に成功しているのは予想外だったらしい。

 

 

(……そういう事か)

 

 

 アドミニストレータが整合騎士達よりもハァシリアンを重宝するわけだ。整合騎士達は《EGO化身態》になれば、これまで確認されたそれと同じように意思を失って暴走し、破壊の限りを尽くさんとしていた。

 

 しかしハァシリアンはそうではない。人間の知性、意思疎通ができる状態を保ったまま、異形の怪物となれている。

 

 並みの人間を二、三回程度で殺せるほどの威力を持った攻撃を、人間の知性を持ったうえで放つ事ができ、これまでハァシリアンが習得してきたであろう神聖術も引き続き使用可能。アリスもベルクーリも辿り着けなかった段階へ辿り着いた、唯一無二の有知能の《EGO化身態》。

 

 これを優秀な人材と言わずに何と言う。

 

 

「さぁハァシリアン、母様の役に立って頂戴。メディナと器さんの力を奪い取るのよ。そのための障害になる叛逆者達は、粉々に擦り潰してあげなさい」

 

 

 母親の号令に、優秀なる息子は咆吼の後に答えた。

 

 

《かつて一度母様を殺してみせた大罪人共よ。今度はお前達が殺される番です》

 

 

 その声のすぐ後に、異形の怪物ハァシリアンは身体に手を突っ込み、左手に丸みを帯びた巨大なハンマーらしき鈍器を、右手に歯らしきものが刃を形成する巨大な黒き剣を引きずり出した。

 

 

《せいぜい足掻くがいい!》

 

 

 更に付け加えるようにそう言い放ち、ハァシリアンは咆吼した。完全に戦闘態勢へ入ったようだ。

 

 

「やるぞ、皆!!」

 

 

 キリトは集結した仲間達に呼びかけ、左手に《リメインズ・ハート》を構えてジャンプし、リランの背中に(またが)った。

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