□□□
「でけえのが来るぞ! 《
整合騎士団長ベルクーリの号令を受け、《EGO》を獲得している整合騎士達は戦場の前線へ突撃、すぐさま防御の姿勢を取った。そこに向かって異形の怪物――《
ベルク―リ、ファナティオ、エルドリエ、シェータの四人が《EGO》を前方へ構える事で作り出される盾に、ハァシリアンの巨剣は受け止められた。
がぁんという轟音が鳴り響き、小さな地震のような震動が床を伝い、リランの背中に跨るキリトの腹の中にまで届いてきた。
しかしそんな衝撃が
《EGO化身態》は《EGO》による攻撃に弱く、《EGO》は《EGO化身態》からの攻撃を効果的に防ぐ。その仕組みは例え有知能型《EGO化身態》であるハァシリアンが相手でも変わらない。
《
整合騎士達よりもずっとアドミニストレータに重宝されてきた息子であるハァシリアンは――いったいどこから出しているのかわからない――怒りの声を放ち、左手の巨大な球体鎚を振り上げた。今度はあれで叩き潰すつもりだろう。
「させぬ!」
「これでも喰らいなさい!」
「行けッ、《
そこでデュソルバートとシノンが矢を放ち、レンリが一対のブーメランのような専用神器、《雙翼刃》を投げ付けた。デュソルバートもシノンも器用な事に、一度に三本の矢を放ち、合計六本をハァシリアンの左手に突き立てた。
《EGO》という特効武器の攻撃を受けたハァシリアンは左手の動きを止め、更にそこにレンリの《雙翼刃》が襲来する。
片翼を失った鳥同士が組み合い、補い合う事で再び空へ羽ばたいたとされる伝説を基に作られたという《神器》は、片翼を取り戻した鳥のように飛翔し、ハァシリアンの左手を切り裂き、続けて本物のブーメランのように高速回転して連続斬りをお見舞いする。
ハァシリアンの左腕からどす黒い血が噴き出し、球体鎚は滑落。どぉんという音を立てて床に衝突したが、しかしすぐさま後方の左腕が拾い直し、元の態勢へ戻る。
《やってくれましたね。これでも喰らったらいい!》
ハァシリアンは声を放ち、球体鎚を勢いよく振り下ろしてきた。そこに居たのはベルクーリ達だったが、彼らは即座に散開する事でその一撃を回避してみせた。
日頃の訓練の成果もあるのだろうが、ほとんどはアドミニストレータによって調整された結果の身のこなしと判断力であろう。アドミニストレータからすれば、自身を守る最強の兵器が自身に牙を剥いてきているのだから、腹立たしいったらありゃしないに違いない。
キリトのその推測は当たっていた。上空の観客席でこちらの戦いを見下ろしているアドミニストレータから声が聞こえてきた。
「やるじゃないのよ。私が眠っている間に《器》さんに再調整されて、もっと強い戦闘マシンにされたのかしら?」
アドミニストレータのクィネラそっくりの声色には明らかな
「いいえ、全て整合騎士の皆様の自由意思によるものです。皆様の自由な意思が、ここまで皆様を強くしたのです」
「……私のやり方が間違っていたとでも言いたいのかしら?」
アドミニストレータは更に苛立ちを
「あぁ、お前のやっていた事は間違いだらけだ。整合騎士達は前よりずっと強くなっているうえに前よりも何万倍も楽しそうだし、人界はお前が支配していた時よりもずっと健全になっているからな。平和じゃないのは、お前が《カラント》で魔獣や《EGO化身態》を呼び寄せて
《小賢しい事言ってるんじゃあない! 母様のやる事はいつも正しい。間違っているのはお前達の方だと何故わからないのか!》
挑発に乗ってきたのはアドミニストレータではなく、息子のハァシリアンの方だった。右手の巨剣を垂直に振り下ろし、こちらを一刀両断しようとしてきた。
かなりの速度で迫り来た穢れた歯の刀身を、キリトを乗せるリランはサイドステップで回避する。寸での回避でもなく、比較的余裕を持って範囲内から脱する事ができた。
それまでキリトとリランの居た空間を巨剣が斬り裂き、刀身は床へ衝突。再びどぉんという轟音が鳴り響き、縦揺れの地震のような震動が起きて、腹の辺りにまで響いてきた。
ハァシリアンの全長と全高はリランよりも大きく、その手に持たされている武器も必然的に巨大である。あんなものを喰らえば一溜りもないだろう。実際ハァシリアンは一撃で殺すためにそうしているに違いない。
しかしそれでも《EGO》ならば受け止める事ができるというのは、先程のベルクーリ達を見る事で把握できている。そしてこの場にいる過半数の仲間達が《EGO》持ちであるため、あまり心配ないようにも見えるだろう。
だがその中でルコ、アリス、ユージオ、リネル、フィゼル、レンリは《EGO》を獲得できていない。
この場どころかカセドラルへの突入前から姿の見えないカーディナル曰く、「《EGO》を獲得できているのは稀な方であるので、獲得できていなくても問題はない」との事だが、《EGO化身態》には《EGO》の攻撃が最も効果的であり、《EGO》は《EGO化身態》の攻撃を受け止められるとわかった今となっては、《EGO》を持っていない者は《EGO化身態》戦で
これをハァシリアンは理解しているのだろうか。
……いや、アドミニストレータという人界に住む者からすれば全能存在であるクィネラに取り憑き、《最高支配者の力》と現実世界に
だからこそ、まずはこの六人から潰そうとしてくるかもしれない。特に神聖術を操るルコと、《EGO》となっていないものの神器を持っているアリスはハァシリアンからすれば目の上のたん
そんな彼女達があんな巨剣やハンマーに狙われようものならば一溜りもない。何としてでも守らなければならないであろう。いや、彼女達以外の仲間達全員が、今の自分の守るべき人々だ。
彼らはダークテリトリーの軍勢との戦いになった際に欠かす事のできない力を持った存在であり、それ以前に今日ここに至るまで苦楽を共にしてきた仲間達だ。今後も共に困難に立ち向かい、乗り越えていき、共に様々な事を分かち合っていきたいと思っている者達である。
そんな彼らを、誰一人として死なせるわけにはいかない。ハァシリアンとアドミニストレータという倒すべき悪鬼に、ここにいる全員のうちの誰かを殺させるわけにはいかないのだ。
キリトがそう思っていると、皆の動きはより素早くなった。ハァシリアンを
実際その腹積もりだったらしく、アリス、エルドリエ、リネル、フィゼルがハァシリアンの攻撃を誘い、直後に繰り出されてきた巨剣や球体鎚の一撃を回避。すかさず側面に回り込んでいたベルクーリとファナティオとシェータが《EGO》による一撃をお見舞いする。
《EGO化身態》に特効を持つ《EGO》による攻撃を受け、ハァシリアンは明確な悲鳴を上げた。しかしそれはハァシリアンの声ではなく、
どうやら、あの口からハァシリアンの声が出ていたわけではないらしい。だとするとハァシリアンはこれまで聞こえてきていた声をどこから出していたのかが気になってきた。
《使い魔》形態のリランやユピテルの出す《声》のように頭の中に直接響いてくるわけではなく、確かに現在のハァシリアンの身体から聞こえる。どこに発声器官があるというのだろう。
そんな事を考えている場合ではないというのに、何故か考えてしまった。そのような思考状態に入っているキリトを乗せたリランは駆け出し、ベルクーリ達の攻撃を受けて態勢を崩したハァシリアンに急接近。
《喰らえ!》
頭の中に響いてくる《声》を出し、右手で思い切りパンチをぶちかました。《EGO》ほどではないものの、並みの金属を
リランが切り裂いたのはハァシリアンの最前部の身体だった。傷口から勢いよく血が溢れ出たのが見えたが、それは先程の整合騎士達の攻撃によって出ていた血と同様、どす黒い色をしていた。
《EGO化身態》は傷付くとどす黒い血を流すというのが、これまでずっと確認されていたが、それはハァシリアンも変わりない。つまりこいつはこれまで相手取ってきた《EGO化身態》達と本質は同じ。
人間の知性を保っているという極めて厄介な特性こそあれど、鎮圧自体はできるはずだ。
「攻撃、効いています! このまま続けてください!」
周囲にはっきりと聞こえる声でそう告げてきたのはクィネラだった。口ぶりこそは変わっているものの、その状況分析とアナウンスは《ALO》でナビゲートピクシーをやっていた時と変わらない。
これまで何度も思ってきた事であるが、やはり今のクィネラはあの時のクィネラが成長した姿なのだ。キリトは改めてそう実感した。
《続けさせるものか!》
ハァシリアンは声を轟かせるなり、自身の身体に手を突っ込み、何かを取り出した。前から二番目の右手に持たされたのは、大砲らしき武器だった。
まるでSF作品などに出てくる、腕に装着してビーム光線を照射するアームキャノンのような姿をしている。それを見るなり、キリトは頭の中でとあるものを思い出した。
そうだ、飛行型機械人間の装備していたビーム砲だ。どす黒い色をしていて、
「あれは、空を飛ぶ機械人間の持っていた光線砲……!?」
飛行型機械人間、及びその攻撃の目撃者であるアリスが驚きながら言うと、即座にクィネラが付け加える。
「そうです。あれは
《ほぅ、鋭いですね。ですが、ガーダーの持つアレと僕のを一緒にしないでいただきたい》
声を出すなり、ハァシリアンはアームキャノンの砲口をこちらに向けてきた。内部から真っ直ぐ赤い光の線が伸びる。恐らくも何も、狙いを定めるためのレーザーであろう。もしくは《GGO》における《
この世界の文明レベルから浮きまくっているレーザーは全く泳いだりする事なく、アスナやリズベット、リーファやシリカのいる位置に狙いを定めた。アスナ達を直接狙っていないのは、放たれるビーム光線が起こす爆発でまとめて攻撃しようとしているからだろう。
《消し炭になれ》
ハァシリアンは冷たく言い放ったのと同時に照準を固定した。間もなくその後方の右腕に持たされている黒い大砲の砲口の内部が光を放ち、ぴしゅんという空気を裂く音を出しながら一本の青白い光線が発射された。
弓矢や
「皆ッ!」
キリトが呼びかけたその時だった。一瞬のうちにアスナ達の目の前に人影が躍り出た。紫がかった銀色の長髪をなびかせ、優しさと暖かさ、そして強かさの光を蓄える本紫の瞳であらゆる物事を捉えるその女性は、クィネラだった。
突然の登場に皆が驚き、声をかけようとした次の瞬間、クィネラは両手を前方へ突き出した。
「システムコール・
高らかな号令の刹那、クィネラ達とハァシリアンの間に巨大な壁がそそり立った。それもただの壁ではなく、五メートルくらいの分厚さがあり、アドミニストレータの開発した悪魔の兵器ソードゴーレムと同様の黄金の金属で構成されていた。
間もなくしてハァシリアンの放ったビーム光線が巨壁に衝突し、大爆発を引き起こした。猛烈な轟音が部屋全体に響き渡り、壁の外に居たキリト達へ烈風が吹き荒れてきた。
腕で目元を覆って風が止むのを待ち、止んだタイミングで見直したところ、ハァシリアンとクィネラ達を隔てる壁は円形状の黒い焦げ跡が作られたのみで、平然と立ち続けていた。
アドミニストレータによって育まれ、やがて意思を持ったままの《EGO化身態》となったハァシリアンと、真実の最高司祭クィネラの力比べ。一度目はクィネラの余裕の勝利だ。
恐らく《最高支配者の力》の片鱗を持っているからこそできた所業なのかもしれないが、成長して大人の女性となり、その優しさで人々を慈しみ、営まれる世界を大いなる力で守る慈母となったクィネラだからこそできたものだとキリトは思った。
やはり《最高支配者の力》を真に手にすべき存在はクィネラの方だ。アドミニストレータの方では決してない。
「
クィネラが再度呪文を唱えると、黄金の壁は一瞬のうちに崩れて素材へ返還された。反撃に出るかと思いきや、走り出したのはアスナ達の方だった。四人の《EGO》使いの少女達は一斉にハァシリアンに突進し、瞬く間に接敵する。
「やあああああああああッ!!」
「はあああああああああッ!!」
先陣を切ったのはアスナとリーファだった。アスナは細剣にリーファは片手直剣に光を宿らせ、どちらも渾身の突きを放った。
単発突攻撃細剣ソードスキル《シューティング・スター》、同じく単発突攻撃片手剣ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。
黄金の光を纏った刀身はハァシリアンの闇色の身体に吸い込まれるように突き刺さり、ハァシリアンは悲鳴を上げながら大きく後退した。しかしそこで終わらせないのが彼女達だった。
「喰らえ女の敵――ッ!!」
「もういい加減にして――ッ!!」
《EGO》に光を
あっという間にアスナとリーファを追い越し、リズベットは渾身の振り下ろしを、シリカは目にも留まらぬ連撃を繰り出した。
重攻撃片手棍ソードスキル《ミョルニルハンマー》、連続攻撃短剣ソードスキル《アクセル・レイド》。
砕と斬という二種の攻撃がハァシリアンの《天命》を一気に削り取る。当然《EGO化身態》への特効を持つ《EGO》によるものなので、その減り方は普通の武器でやられた時の比ではない。
傷口と口内からどす黒い血を吐き出しながら、ハァシリアンは大きくよろけた。
《おのれ……この僕がこんな簡単に追い詰められるなど……!》
ハァシリアンははっきりと動揺しているとわかる声を出していた。ここまで追い込まれているのが全く信じられないらしい。
あの者の事だ、《EGO化身態》という真の姿を現せば、自分達を相手取ったところで余裕で勝てると思っていたのだろう。
真の姿で相手取れば、ここにいる自分達を容易に全滅させ、アドミニストレータという最愛の母様に勝利を捧げる事ができると。そう思い込んでいたに違いない。
しかし蓋を開けてみれば、追い詰められたのは自身の方。愚かしくて小賢しい人形達を潰すどころか、逆に潰されそうになっている。巨大な三つの武器で文字通り
そればかりか、《EGO化身態》である自身に最も良く効く《EGO》で効率的に攻撃してきて、尚且つ繰り出す攻撃を上手く防御してくる。
アドミニストレータに育てられたが故に、彼の女同様にプライドの高い彼にとっては、これ以上ないくらいに屈辱的な状況になっていると言えるだろう。
ハァシリアンは人間の知性を持ち合わせたまま《EGO化身態》になっているという、完全に未知なる《EGO化身態》であるが、それでも尚自分達の強さの方が上回っているという事なのかもしれない。
自分達はこれまで幾多の《EGO化身態》と戦い、その都度勝利を収めてきた。その経験がハァシリアンとの間に力の差というものを作り出している。
キリトはいつの間にか高揚感を抱いていた。自分達はアドミニストレータの自信作である兵器ハァシリアンをも超えるほどの力を得たのだ。
そんな気持ちを胸の中に波打たせながらハァシリアンに向き直ったその時――彼は溜息を吐いた。
大きな大きな異形の身体から出された溜息。絶対に匂いを嗅ぎたくない。
《やれやれ……力押しでもいけるんじゃないかと思っていたのですが、仕方ありませんね》
「何?」
キリトが反応を示した次の瞬間、ハァシリアンはかっとこちらに身体ごと向き直った。すぐさま五つ並んだ団子のようになっている身体の、前から数えて三番目の体側から生える右腕を突き上げる。
《僕らしく、頭を使った戦いというものをしようではありませんか。システム・コール!》
ハァシリアンが唱えたのは神聖術の出だしだった。間もなくして、ハァシリアンの巨剣に異変が生じる。赤い光の粒子のようなものがどこからともなく現れ、巨剣に纏わりつこうとしていた。それだけではない。左腕に持たされている球体鎚の周囲にも青い光の粒子が漂っている。
《ジェネレート・サーマル・コールド・エレメント、ディス・チャージ!》
彼の者によって神聖術が完全に唱えられると、ハァシリアンの巨剣が燃え上がり、球体鎚に冷気が宿った。どうやらこれまで見てきたゲームのうちの一部にあるような、武器への属性付与を行ったらしい。
そのような神聖術は、これまで見た事がない。存在する事そのものを今この瞬間に知ったようなものだ。だが納得はできる。この世界も結局は超高性能へと改造されたカーディナル・システムで動いているのだ、そういう神聖術が存在していても不思議ではない。
しかし、そんなものを使ったところで何が変わるというのだろうか。《EGO化身態》に特効を持つ《EGO》を使う者達には、防御されて終わりではないかとしか思えてこない。
だからこそ不気味だった。ハァシリアンはどういった次の一手を打ってくるつもりでいるのか。あの属性エンチャントがどのように働くのか。
「気を付けろ、何か来る!」
キリトが皆へ向けて号令をしたところ、全員が身構えた。何が来ても受け止められる、あるいは避けられるように態勢を取り直したのだ。
間もなくして、ハァシリアンが右腕に持っている炎を纏う巨剣を水平方向に振るってくる。グオオオと音を立てて、巨大な歯の刃が整合騎士達を薙ぎ払わんとした。
「全員防御に入れ――」
というベルクーリの指示は最後まで言い切られなかった。彼を含んだ整合騎士達三人ほどが《EGO》で防御したにもかかわらず、吹っ飛ばされた。
そこから一秒足らずで、後方に居たリネル、フィゼル、レンリ、デュソルバートもまた吹き飛ばされ、《カセドラル・シダー》に埋め尽くされた壁に激突した。
「小父様ッ!?」
「皆!?」
唯一ハァシリアンの攻撃の範囲外に居たために無事だったアリスとユージオが焦ったように声を上げ、整合騎士達が飛んでいった方を見る。
今の一瞬で何が起きたのか、キリトには全て見えていた。ハァシリアンの巨剣による攻撃はベルクーリ、ファナティオ、エルドリエによって防がれていた。
しかしその刹那とも言える時間で炎の嵐が発生し、彼らを枯れ葉のように吹き飛ばしたのだ。そしてそれは後方にいたデュソルバート達にまで届き、やはり彼らを吹っ飛ばした。ベルクーリ達はハァシリアンの巨剣の衝突ではなく、追撃してきた炎にやられたのだ。
《ほぉら、まだ終わりませんよ!》
間髪置かず、ハァシリアンは左腕で持つ球体鎚の叩き付けを繰り出してきた。咄嗟にリランが火炎弾ブレスを放って妨害しようとしたが、その振り下ろしをやめさせる事はできなかった。
アスナ達がいる場所の手前を球体鎚が叩いた次の瞬間、猛烈な冷気の嵐が放たれると同時に床から巨大な氷の棘が次々と生じ、アスナ達の元へと向かっていった。
ビーム光線ほどではないものの、かなりの速度で向かってくる氷雪の嵐と地面から突き出してくる氷の棘の群れを、アスナ達は範囲から離れる事で回避しようとしたが、嵐の方が一足早かった。
氷の嵐の到達を受けたアスナ達は身動きが極端なまでに遅くなった。超低温により身体の表面が凍り付いているのが見える。そしてすかさず、地面から突き出した氷の棘が彼女達を上空へ打ち上げた。
「きゃあああッッ」
「うわあああッッ」
よく聞こえたのはアスナとリズベットの悲鳴だった。四人は数秒の内に床に叩き付けられ、そのまま動きを見せなくなってしまった。今のでかなりのダメージを負わされてしまったらしい。
このアンダーワールドには《
今のハァシリアンの攻撃は尋常じゃない痛みと苦しみのを受けるものであっただろう。だからこそ、ベルクーリ達もアスナ達も身動きが取れなくなっているのだ。
このほぼ一瞬のうちに起きた形勢逆転の光景を見て、キリトは察した。ハァシリアンの使った神聖術は武器に属性を纏わせるシンプルなものだ。しかし纏われた属性エネルギーは尋常じゃないくらいに強く、一度振るうだけで嵐を起こせるほど。
そして武器による攻撃そのものは《EGO》で防げても、属性の嵐の追撃は容易には防げない。ベルクーリ達とアスナ達が吹き飛ばされたのはそのためだ。
ハァシリアンは《EGO化身態》であるが故に自身の持っている武器では効果的にダメージを与えられないと判断したからこそ、属性エンチャントでこちらの防御を破ろうとしてきたのだろう。
それは実際上手くいってしまった。彼にとって忌まわしい《EGO》使い達をものの見事に叩き伏せる事に成功した。恐らく彼は今にも笑い出したい気持ちになっている事だろう。
直後、ほぼ奇跡的にハァシリアンの攻撃範囲から外れていたルコ、ユピテル、クィネラが倒れた仲間達の元へ駆け付け、治癒系神聖術の使用に取り掛かるが、そこにハァシリアンの視線は向けられていた。
次の狙いは被害を受けずに済んだ三人と、そのうちの一人である最高司祭クィネラだ。クィネラはアドミニストレータの求める《最高支配者の力》の欠片を持っており、最初からハァシリアンとアドミニストレータに狙いを向けられていた。
そのクィネラは今、整合騎士達とキリトの仲間達を回復させることに集中しており、身動きを封じられていた。ハァシリアンにとってはまたとないチャンスだ。
《さぁ沈め! 沈んで母様に力を渡せ、《器》!!》
ハァシリアンは叫び、冷気を纏った球体鎚を振り下ろそうとした。咄嗟にリランが火炎弾ブレスを放って阻止しようとしたが、間に合わなかった。
ハァシリアンの身体を爆発が襲うよりも前に氷の嵐が放たれ、クィネラと倒れる仲間達の元へ吹き荒れていった。既にぼこぼこになっている床から大きな氷の棘がいくつも飛び出し、クィネラ達を貫こうと迫る。
「クィネラ、皆ッ!!」
キリトが叫び、リランが駆け出そうとした次の瞬間だった。
「だあッ!!!」
一際大きな声が部屋いっぱいに鳴り響いたかと思うと、氷の嵐と棘の群れがクィネラ達の元へ辿り着く直前で止まった。何かに勢いよく衝突し、弾き返されたかのようにして消えてなくなる。
「えっ!?」
キリトは思わず声を出して驚いたが、それはリランも同じであったらしく、キリトを乗せたまま急停止した。そこでキリトは氷の嵐が消えた場所を再度確認する。
クィネラ達の前方に、一人の少女が躍り出ていた。手に持った《EGO》で一閃を放った後の姿勢をしているその人は、メディナだった。
「メディナ!?」