キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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08:不死身の亡霊

 

 

          □□□

 

 

 

《見事だ……見事だよ、メディナ……》

 

 

 黒い炎を全身から噴き上がらせながら、ハァシリアンは声を飛ばしてきていた。メディナという直系の曾孫(ひまご)にとどめを刺された彼は、断末魔を上げる事なく倒れ、今まさに消えようとしていた。

 

 なのに、その目はメディナを(とら)え続けていた。

 

 

《この僕を倒してみせたんだ……君は(まぎ)れもなく、オルティナノス家の最高傑作……できれば君の子供というものも見てみたかったなぁ……》

 

 

 ハァシリアンは譫言(うわごと)のように言っていた。いや、実際そうなのだろう。しかしそうなっても尚母様(かかさま)のためにというのが消えていない。

 

 メディナとグラジオの間に産まれるであろう子供も、きっと母様のために役に立ってくれる。だからこそ見てみたかった――そういうふうに考えているのだ。

 

 最早(もはや)魂に達する域でアドミニストレータに心酔している。それは呪いであろう。このハァシリアンもまた整合騎士達のようにアドミニストレータに呪われた被害者だったのだ。今ならばそういうふうに思えた。

 

 

《母様……僕は……お役に立てたでしょうか……》

 

 

 ハァシリアンは振り返る事なく母に問うた。部屋の上空で戦いをずっと見ていた母は、黒い炎で間もなく炭化しようとしている息子に答える。

 

 

「えぇ。メディナちゃんがお前にとっての最高傑作であったように、私にとってお前は最高傑作だったわ。後は私に任せなさい。メディナちゃんのモジュールと残りの力は、必ず手に入れるから」

 

 

 アドミニストレータは慈母のように優しく告げた。その様子が本当に母親のようだったものだから、キリトは思わず驚いてしまった。

 

 整合騎士だろうが何だろうが、自身の支配をより効率的にするための道具程度にしか思っていない奴なのがアドミニストレータだと思っていた。ハァシリアンもその程度の扱いしかしていないのだと考えていたが、そうではなかったのだろうか。

 

 

《ごめんなさい……母様……もっと……お役に立とうと思っていたと……いう……のに……》

 

 

 ハァシリアンは母からの最期の贈り物を受け取るなり、その場に深く崩れた。

 

 間もなく黒い炎が全身に及び、ハァシリアン自体が黒い炎の塊と化した。その時(すで)に声を出す事もできなくなっており、ハァシリアンは言葉の一切を出す事なく燃え続け――やがてその身体の一切をこの世界に残さずに消えた。

 

 アドミニストレータのために人界をどこまでも引っ掻き回し、その血を数々の上級貴族の間に広め続けていた悪鬼に等しい男であり、メディナ・オルティナノスの曾祖父(そうそふ)でもある者の、呆気ない最期であった。

 

 そんな曾祖父がこの世から消え去る瞬間を見届けた曾孫メディナは顔を上げた。その鋭い目で捉えているのは、後頭部にある半円状の装飾以外に何も着ていない事、冷酷な闇を多分に含んだ釣り目をしている事以外、クィネラに瓜二つの見た目をしている女。

 

 人界のありとあらゆる厄災の元凶である《悪霊》アドミニストレータである。

 

 

「残すところはお前だけだな、アドミニストレータ」

 

 

 メディナが鋭い声で言い放ったが、当のアドミニストレータは平常心をしっかり保った顔をしていた。いや、どちらかと言えば何かを残念に思っているような顔かもしれない。

 

 

「ハァシリアン……百年以上かけて作り上げた自信作だったのだけれど、ついに壊されてしまったわねぇ」

 

 

 アドミニストレータが溜息交じりに言うなり、皆は驚いた様子を見せていた。だが、キリトは特に驚いたりせず、(むし)ろアドミニストレータの言った事に深く納得していた。

 

 今まさにアドミニストレータはハァシリアンを最高傑作だと言って、彼の死を看取った。だがアドミニストレータは最初からハァシリアンを最愛の息子だとか、そういうふうには思っておらず、ただただ自身の言う事を素直に聞き、自身の支配の拡大に最大限協力してくれる道具程度にしか思っていなかったのだ。

 

 どんな人物であろうとも誰一人として大切には思わないし、愛やら支配やらを口にしていてもそこに真実のそれなどなく、愛情というものが本来どういうものなのかを理解する気など微塵もない。

 

 アドミニストレータはそういう思考回路の持ち主――クィネラとカーディナルから嫌というほど聞かされていたから、今の発言に対する驚きなど湧いてこなかった。

 

 

「お前……ハァシリアンはあれだけお前に忠誠を誓って、尽くしていたっていうのに、そんな言い方しかできないのかよ!?」

 

 

 《EGO(イージーオー)》を(まと)うのを一旦やめ、元の姿に戻ったグラジオが非難するが、アドミニストレータはどこ吹く風の様子のまま変わらない。

 

 それどころかグラジオを筆頭としたキリトの仲間達、かつての自身の従者である整合騎士達の事を不思議そうな顔で見ている有様だった。

 

 

「あら? 私はこれでも悲しんでいるのよ。ハァシリアン程役に立つ子はいなかったもの。それが壊されてしまったのだから、悲しくて仕方がないわ」

 

 

 全く説得力がない。この女は最早全ての仕草がそうだ。もしアドミニストレータがここで泣き崩れてハァシリアンの死を悼んだとしても、心からそうしているとは思わなかっただろう。

 

 

「全然そんなふうには見えないわね。というか人が死んだ時、その人が壊されたとか普通言わないわよ。あんたハァシリアンの事さえも人間扱いしてなかったのね」

 

 

 シノンがずばりと指摘すると、アドミニストレータは「そんなふうに見える?」とはぐらかすような素振りを見せた。

 

 どこまで言っても平行線が崩れないのは、アドミニストレータが先程からずっと余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だからだ。

 

 最高の右腕であったハァシリアンが死んで、追い詰められた状態であるはずだというのに、アドミニストレータは全然気にしていないように見える。ハァシリアンが死んだ事も、ここに《EGO》使いが十人以上居て、その全てが敵に回っている事も、大した事とは思っていないかのようだ。

 

 クィネラは「アドミニストレータがただで蘇ってくるとは思えない、何かを仕組んでいるはず」と言っていたが、その通りなのだろう。

 

 だが、こいつは何をしてみせたというのだろうか。こちらの目に見えないところで、何を仕組んだのだからこそ、こいつはここまで余裕なのだろうか。

 

 

「さてと、この次はどうするつもりかしら、坊や達。私を倒すつもりでいるの?」

 

 

 アドミニストレータは余裕さを一切崩さずに問うてくる。それに答えたのはアリスだった。

 

 

「わかりませんか。私達はお前を倒し、人界を救うためにここまでやってきたのです」

 

 

 アリスの返答に合わせて皆が各々の武器を構える。それをぐるりと見回した直後に、アドミニストレータは急に大笑いを始めた。

 

 

「あっははははははははは! 本当に私を倒すつもりでいるのね。どこまで滑稽なの、貴方達って! そんな事できやしないのにね!」

 

 

 アドミニストレータから出てくる笑いは背筋が凍りそうになるほどの邪悪さを含んでいた。そのクィネラと瓜二つの身体に満ちる邪悪を人界へ振りまいているかのようだ。だが、キリトが何よりも気にしたのはそこではなく、アドミニストレータの言葉だった。

 

 私を倒す事なんてできやしない。如何にもそれらしい言葉だが、何故アドミニストレータがそう言ったのかが気になった。

 

 自分達が束になってかかっても倒せないくらいに強くなったのか。それとも――死自体を克服したのか。

 

 後者はどんな事があったとしてもあり得ないはずだが、何故だか今のアドミニストレータならばそれくらいやれるのではないかと思えてしまうから恐ろしかった。

 

 

「本当に(おぞ)ましい化け物に成り果ておったな、《悪霊》めが」

 

 

 その時、どこからともなく声が響いてきた。一見すると少女のモノに聞こえるが、叡智(えいち)に匹敵する膨大な量の知識をその身に宿す賢者のような雰囲気も感じられる声色。無論キリトにとっては何度も聞いたものだった。

 

 

「その声は……」

 

 

 アドミニストレータが反応を示すなり、キリト達とアドミニストレータの間に光で構成された扉が出現した。間もなく開かれた扉の内側から、この場へと歩んできたのは、黒みがかった赤色のローブと帽子を身に着けた、栗色の巻き毛をした小柄な少女。

 

 アドミニストレータの因縁の相手であり、自分達にとって最高の味方である賢人カーディナルだった。

 

 

「「カーディナル様!」」

 

「カーディナル!」

 

 

 クィネラとアリス、キリトの声が重なった。

 

 カーディナルは央都に機械人間が雪崩れ込んできて、央都に住まう人々の全員が避難した辺りから姿が見えなくなっており、いつも(そば)に居るクィネラでさえもその行き先がわからないと言っているような状態だった。

 

 それはセントラル・カセドラルへの突入作戦が開始されるまで変わらず、結局カーディナル抜きでアドミニストレータと戦う運びになっていた。今、この時を迎えるまで。

 

 

「あら、久しぶりねリセリスちゃん。ちょっと見ない間に随分と沢山の取り巻きを連れるようになったみたいじゃない?」

 

 

 アドミニストレータは相変わらずカーディナルを挑発するような口振りだった。

 

 

「あぁ、万年一人ぼっちのお前と違ってな。わしには沢山の仲間ができたものじゃよ」

 

「ふぅん、随分偉そうにもなったのね。けど、その小さな身体で精一杯偉そうにしたって、私との間にある絶望的な実力差は埋まらないわよ」

 

 

 アドミニストレータは既にカーディナルと戦う気満々のようだ。こいつの事だ、カーディナルという因縁の敵を散々痛めつけてボロボロにしてから殺すつもりでいるのだろう。

 

 いや、きっとクィネラの事もそうするつもりであろうし、自分達の事もボロきれにしてやろうと思っている事だろう。

 

 

「それはどうかな。少なくともわしは、お前がこうして(よみがえ)った方法は突き止めたぞ」

 

 

 カーディナルの宣言によって皆の間に驚きが広がる。そのうちの一人であるアリスが尋ねる。

 

 

「本当なのですか、カーディナル様」

 

「うむ。わしが《カセドラル・シダー》を分析している最中に、こやつは復活のための術式を行使したのじゃ。おかげでどのような術式を使い、何が行われたのかを掴む事ができた」

 

「それはいったい……?」

 

 

 クィネラの問いかけにカーディナルが答えるより先に、アドミニストレータが言ってきた。最早変わる事のない挑発の態度のまま。

 

 

「ふうん。それならリセリスちゃん、皆に早く言ってあげたらどう。私を倒す事は不可能になったのだって」

 

 

 アドミニストレータを倒す事はできない。カセドラルに突入するより前にクィネラとベルクーリが危惧していた事であるが、ここまで彼の女が繰り返し言っているという事は、まさか絵空事ではないとでも言うのだろうか。

 

 

「……その通りじゃな。お前は本当に意地汚い化け物じゃよ。ここまでの事をやってのけてまで生に固執するとはな」

 

 

 カーディナルは溜息交じりにそう告げた。今度は皆の間に静かな驚きが広がる。

 

 

「カーディナル、それはどういう意味だ」

 

 

 キリトの問いかけを受けたカーディナルは振り返り、とある場所へ歩いていった。そこはアドミニストレータの取り憑き先であったクィネラの目の前だった。

 

 

「クィネラ、お前にわしの得た情報を共有するぞ」

 

 

 言われたクィネラが頷くと、カーディナルは右手にどこからともなく光の珠を発生させ、クィネラに手渡した。それを両手で受け取ったクィネラは目を閉じる。

 

 数秒置いて、その目は驚いたようにかっと開かれた。やがて光の珠がクィネラの手に吸い込まれるようにして消えたところで、アドミニストレータを睨み付けた。尋常じゃないくらいの嫌悪が感じられる。

 

 

「……そういう事でしたか。こんな事をしてまで、《あなた》はこの世にしがみ付こうというのですね。確かにこの方法ならば、事実上の不死と言えるでしょう」

 

「クィネラ、何がわかったの」

 

 

 一番の兄であるユピテルが尋ねるが、答えたのはまたしてもアドミニストレータの方だった。その目はキリトに向けられていた。

 

 

「それもこれもあなたのおかげよ、坊や。私が今日まで生き続ける事ができたのは、あなたが大切な記憶をくれたからなのよ。その《ギガスシダー》の記憶をね」

 

 

 キリトはふと背中の鞘にある《夜空の剣》に意識を向けた。

 

 《夜空の剣》は彼の女の言う通り、《ギガスシダー》を素材にして作られた、鋼鉄に劣る事のない切れ味とオブジェクトクラスを持った木剣であり、金属の通らないアドミニストレータの身体に傷を付ける事のできた武器の一つだった。

 

 この《夜空の剣》と《EGO》の組み合わせでアドミニストレータへ挑み、そしてとどめを刺したのが決戦の結末であったが――あのほぼ一瞬のうちに何かされたのだろうか。

 

 

「私は死の瞬間に、これから自分が迎えるであろう状況を悟ったの。そして同時に、起死回生の手段が自分の身体を貫く黒い剣にある事に気付いたのよ」

 

 

 《夜空の剣》に宿る記憶と言えば、当然《ギガスシダー》の記憶である。

 

 その《ギガスシダー》には空間リソースを吸収する能力があり、それによって日中に受けた傷を毎晩ある程度再生させていた。

 

 そのために通常の斧程度ではいくら刃を叩き付けても全く斬り倒す事ができず、《ギガスシダー》を斬り倒す事を《天職》にさせられていたユージオは、長い年月縛り付けられていた。

 

 それらを思い出したキリトはアドミニストレータに尋ねる。

 

 

「《ギガスシダー》のリソース吸収能力に目を付けたのか」

 

「えぇ。それを使えば、死体になったとしてもリソースがある限り、消滅を免れる事ができるってわけ」

 

 

 アドミニストレータが答えた直後、彼の女を複体(ドッペルゲンガー)とするクィネラが話し出す。

 

 

「その間に《この人》は、冬追(フユオイ)を中心としたフラクトライトを持たない動物達の意識や思考が収まる場所である《メイン・ビジュアライザー》に自分自身の意識を構築したのです。

 そしてわたくし達が来るより前に、ハァシリアンは最後の一手を打ったのでしょう。それによって《この人》は《メイン・ビジュアライザー》上に自分自身の意識を確定する事に成功したのです」

 

 

 クィネラは自身と全く同じ姿の女を引き続き睨み続けるが、その目に恐れの色が見え始めていた。

 

 

「今ここにいる《この人》は、先程の真の姿を見せる前のハァシリアンと同じ義体です。《この人》の本体があるのは《メイン・ビジュアライザー》……誰にも触れられない場所です。よって、いくら《この人》を倒したところで《メイン・ビジュアライザー》にある《この人》の本体は無事で……いくらでも義体をアンダーワールドへ送り込んでくる事ができます。事実上、死を克服したような状態と言えます」

 

 

 クィネラの宣言によって、キリトは足の力が抜けそうになった。

 

 《メイン・ビジュアライザー》にアドミニストレータの本体があり、ここにいるクィネラと瓜二つのアドミニストレータは遠隔操作で動く人形。

 

 そして人形をいくら潰しても、本体のアドミニストレータには全く消耗せず、次から次へと本体と同じ力を持った人形を送り込み、いくらでもこちらを滅ぼす事ができる。

 

 普通の生物のように死ぬ事さえないから、いつまでも好きなだけ支配を広げていく事ができ、どんなに強い邪魔者が現れようとも一方的に消耗させ続け、最終的には必ず倒す事が可能。何故ならば何回死のうともその場で蘇り、戦闘と支配を継続する事ができるのだから。

 

 どんな敵が来ようとも、どんな事態に陥れられようとも、不死だから必ず打ち破れる。つまりどんな敵も敵ではない。

 

 こんなものを化け物以外に何と呼べばいいのだろうか。アドミニストレータは本当に最悪の厄災そのものとなった。

 

 絶対に人界に残しておいてはならない存在であり、今すぐにでも潰さなければならないが、事実上の不死身であるというのだから、いよいよ対策が思い付かない。

 

 アドミニストレータは《SA:O》で相手にする事になったチート使いであるジェネシスを軽々と超えたチート使いだ。そしてその絶対的なチートの力を持って人界の全てを支配しようとしている。

 

 こんな奴、どうやって倒せばいいのだ?

 

 

「その通りよ。私の本体は《メイン・ビジュアライザー》の中に存在している。貴方達では手出しできない場所にね。だから、貴方達がどんなに戦ったところで無駄な足掻きにしかならないの。この肉体は永久に滅ぶ事はない。何回殺されようとも復活できるのよ」

 

 

 アドミニストレータはそのクィネラの複体である身体を艶めかしく動かした。明らかに挑発しているのが見て取れる。

 

 

「さぁ、どうする坊や達にお人形さん達。貴方達では私を倒す事は不可能よ。潔く負けを認めて降伏なさい。そうすれば貴方達を最強のガーダーにしてあげる程度で許してあげるわ。それとも、終わりのない私との戦いに挑むつもりかしら?」

 

 

 アドミニストレータはこちらをこれ以上ないくらいに嘲笑していた。

 

 ずっと願っていたであろう自分自身の身体を手に入れられた上に、死を克服した完全神になる事ができたのだから、一切崩れる事のない余裕を抱く事ができ、笑いが止まらなくて仕方がないのだろう。

 

 悔しい事に、その笑いを止める方法をキリトは思い付けそうになかった。これまでどんな強敵でも倒す作戦を叩き出してきた頭をフル回転させても、今のアドミニストレータを倒す方法は全く思い浮かばない。

 

 相手があまりにも常軌を逸し過ぎているのだ。最早、通常の常識では収まらない方法でしか倒せないとしか思えない。そしてそれは当然思い付かない。どこまで思考を巡らせても、だ。

 

 

「……なるほど、そういうおつもりなのですね」

 

 

 その時、口を開いたのがクィネラだった。その声色はアドミニストレータの鏡写しのようだが、彼の女のような邪悪は一切ない。そんな声を出したクィネラに、皆は顔を向ける。

 

 

「最高司祭殿……?」

 

 

 整合騎士長ベルクーリが(つぶや)くように言うと、クィネラは続けた。

 

 

「《あなた》はご自身の本体が《メイン・ビジュアライザー》に存在する事をわたくし達に教えました。教えなければ、わたくし達を誰も知らない安全地帯から一方的に痛め付けられるというのに、わざわざその安全地帯の事を教えてきました。それはつまり、わたくし達に《メイン・ビジュアライザー》に来るように(うなが)しているという事。そういう事ですね」

 

 

 アドミニストレータは「あらぁ……」と言った。よくわかっているじゃないのとでも言いたそうだ。

 

 だが、クィネラの言っている、アドミニストレータの意向というものがいまいち掴めなかった。何故アドミニストレータは自分達を《メイン・ビジュアライザー》に誘い込もうとしているというのだ。

 

 キリトはその事を尋ねる。

 

 

「クィネラ、どういう事なんだ。なんでアドミニストレータは俺達に《メイン・ビジュアライザー》に本体がある事を教えて、来るよう促してるっていうんだ?」

 

「簡単でございます。《あの人》が求めている、わたくしの持つ《最高支配者の力》を取り込むためです。今しがたわたくし達の目の前に出現させている義体では、わたくしをどんなに痛め付けたところで、《最高支配者の力》を奪って取り込む事はできません。

 《あの人》が完全なる《最高支配者の力》を得るには、本体でわたくしを直接相手取って殺害し、吸収する必要があるのです。もし今ここで、義体でわたくしを殺害しようものならば、《最高支配者の力》は誰にも継承されたり、吸収されたりしないまま消滅してしまいます」

 

 

 だから、アドミニストレータは自分達に《メイン・ビジュアライザー》の話をしたというわけか。全てはクィネラの持っている《最高支配者の力》を完全にして取り込むために――納得するキリトの目の前で、アドミニストレータが不服そうにする。

 

 

「何故かそこはどうにもならなかったのよね。本当ならこの義体でも《器》さんの持っている力を奪い取れればよかったのだけれど、どうやっても上手く行ってくれなくて……これも《器》さんお得意の妨害工作の成果かしらね?」

 

 

 アドミニストレータは心底――メディナのよく言う――むかついている様子だった。まだクィネラに取り憑いていた頃に邪魔をされていた事を思い出しているらしい。

 

 

「最高司祭様、もしかして《メイン・ビジュアライザー》へ向かう方法があるというのですか」

 

 

 キリトも気にしていた事をアリスが尋ねると、クィネラは即座に頷いた。

 

 

「はい。わたくしとカーディナル様の持っている術の中に、《メイン・ビジュアライザー》へ侵入するための術は存在しています。《この人》はわたくし達にそれを使って《メイン・ビジュアライザー》へ来るように誘っています」

 

「待ってクィネラちゃん。アドミニストレータが誘ってるって事は、クィネラちゃんを確実に殺すための罠を仕掛けてるって事なんじゃない?」

 

 

 アスナの危惧した事はキリトも思っていた事だ。アドミニストレータが罠を仕掛けずに待ち構えているとは到底思えない。

 

 あの女の事だ。これ以上ないくらいに理不尽且つ悪趣味な罠を仕掛け、のこのこやってきたクィネラを嵌めないわけがない。《メイン・ビジュアライザー》へ向かうのにはあまりにも危険が多すぎる。

 

 

「……そうでしょうね」

 

「あら、来ないのかしら。それじゃあ、今から戦いをしなくてはいけないわねぇ。私という不死身の絶対者へ挑む、不毛で無意味な終わりのない戦いを」

 

 

 アドミニストレータはやはりこちらを嘲笑していた。早く《メイン・ビジュアライザー》に来てほしくて仕方がないのだろう。

 

 いや、正確には《最高支配者の力》を完全にしたくてたまらないのだ。自身を全知全能の絶対者へ変えてくれる素晴らしい力をもう一度手にする瞬間を、この女は待ちわびている。

 

 だからこそこうして挑発を何回も繰り返しているのだ。

 

 

「……《この人》の言う通り、《メイン・ビジュアライザー》へと向かわなければ、《この人》の本体を叩く事は不可能です。このまま《この人》との戦いに突入したところで、人界に平穏を取り戻すというわたくし達の最終目標を達成する事はできません」

 

 

 クィネラの言っている事は真実だった。

 

 《メイン・ビジュアライザー》にどのような罠が仕掛けられているかは定かではないが、《メイン・ビジュアライザー》に突入しなければ、アドミニストレータの本体を消滅へ導く事はできない。

 

 結局のところ、自分達には《メイン・ビジュアライザー》へ向かう以外の選択肢は与えられていないのだ。

 

 

「じゃあ、仕方ねえな。最高司祭殿、オレ達を《メイン・ビジュアライザー》とやらに送ってくれ」

 

 

 整合騎士のリーダーであるベルクーリが言うなり、クィネラは驚いたように振り返った。

 

 

「ベルクーリ様?」

 

「おいおい、なんで驚いてんだよ。まさか自分一人だけで《メイン・ビジュアライザー》とやらに向かうつもりだったのか? 悪いがそれは叶わねえ願いだぜ」

 

「私達はあなたをお守りする事が役目ですし、その役目がなかったとしても、貴方を守るために戦いたいと思っています。断られたとしても勝手にお供いたします、最高司祭猊下」

 

 

 ベルクーリに続いてファナティオが言い、整合騎士達全員が同じように頷く。全員がやる気を見せ付けていた。

 

 

「抜け駆けなんてさせないわよ、クィネラ。ここはねえさま達に任せなさいっての」

 

 

 《EGO》であるハンマー片手にリズベットが声をかけると、周りの少女達全員が「そうだよ」「一緒に行きましょう」とクィネラに告げる。

 

 クィネラは引き続き驚いた様子で周りの皆を見ていた。

 

 

「皆様……」

 

 

 キリトは、隣にいる彼女の姉と共にクィネラへ呼びかけた。

 

 

「行こうぜクィネラ。《メイン・ビジュアライザー》にいるアドミニストレータをとっちめるぞ」

 

《最早どのような罠があろうとも飛び込むしかあるまい。だが、例え何が襲い掛かってやろうとも、我が守ってやる》

 

 

 クィネラは再度周囲の仲間達をぐるりと見回した。誰もが「大丈夫だ」と顔で伝え、クィネラを安心させようとしていた。そんな皆の中に混ざっていたカーディナルが、クィネラに言葉をかける。

 

 

「この者達と向かえば大丈夫じゃと、お前が一番よく知っておろう?」

 

 

 ずっと傍で支えてきた賢人の言葉を受けたクィネラはきょとんとしたような顔になった。しかしそれは数秒後に笑みに変わる。安堵や頼もしさを感じているような笑顔だった。

 

 

「……そうでしたね。皆様は、今この時までに繰り広げられた全ての戦いを勝ち抜いてきた、頼もしすぎる戦士の方々です。そのお力を借りない方が、おかしな話でしたね」

 

 

 クィネラは前方に向き直った。そこにいるのはもう一人のクィネラ。正確にはクィネラの身体的情報を盗み取って具現化した悪霊。

 

 《最高支配者の力》の欠片を手にする事に執着し、それが現実となった時の事を想像して恍惚としているであろうそいつに、クィネラははっきりとした声で告げた。

 

 

「……アドミニストレータ。あなたのお誘いに乗る事にしましょう」

 

「えぇ、来て頂戴(ちょうだい)な。私の作った罠にしっかり嵌めたうえで、確実にあなたの《最高支配者の力》を手に入れてあげるから」

 

 

 相変わらず挑発を崩さないアドミニストレータを見てから、クィネラはその右腕を振り上げた。同時にカーディナルも杖を振り上げる。

 

 

「ならば、《メイン・ビジュアライザー》の中でお教えいたします。《最高支配者の力》の欠片を持つ者同士は、天敵同士であるいう事を!」

 

 

 これまで以上に勇ましい声を放った直後に、クィネラはカーディナルと共に叫んだ。

 

 

「「コネクト・トゥ・メイン・ビジュアライザー!!」」

 

 

 恐らく《最高支配者の力》やそれに匹敵する権限を持った者のみが使う事を許されるであろうその術が発動された次の瞬間、辺り一面が白い光に包み込まれた。

 

 全てが白に塗り潰された世界の中で、キリトは意識が遠い場所に引っ張られるのを感じた。

 

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