キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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09:全てを支配する白黒 ―支配者との戦い―

 

 

         □□□

 

 

 急に薄れていた意識がはっきりしてきて、キリトははっと目を開いた。その時最初に飛び込んできた光景は、宇宙空間だった。

 

 いや、正確には宇宙ではない。星雲や銀河を思わせる光が浮かんでいる上空には、時折緑色のハニカムモザイクタイルのような模様が走り、その中を流星のような一直線の光が通っている。

 

 如何にも宇宙空間を模した電脳空間といった様相だった。このアンダーワールドそのものが所謂(いわゆる)電脳空間世界であるが、その最奥部へと入り込んだかのようだ。

 

 

「キリト!」

 

 

 背後から声が聞こえてきて、キリトは咄嗟(とっさ)に振り向いた。

 

 そこに居たのは大切な人であるシノンと相棒である《使い魔》のリランだ。どうやら彼女達も一緒に来たらしい――と思ってすぐに驚かされた。

 

 シノンとリランの後ろにはクィネラ、アリス、ユージオ、冬追(フユオイ)、メディナ、グラジオがいた。いや、自分を含めた、たった八人――冬追は純粋な動物なのでカウントしない――しかこの場に居ない。

 

 確かここに来る直前、クィネラとカーディナルが協力して、アドミニストレータの本体があるという《メイン・ビジュアライザー》に自分達を転送する話になり、直後に彼女達の術を受けた。

 

 つまり今自分達のいるこの電脳空間が《メイン・ビジュアライザー》の内部なのだろう。彼女達の術の発動は無事に成功し、自分達はアドミニストレータの根城である《メイン・ビジュアライザー》に侵入できた。

 

 だが、共にここへ向かってきたはずのアスナ達、ベルクーリ達の姿がどこにもない。居るのは確認できている通り、自分を除いて七人のみだ。

 

 

「最高司祭様、ここは」

 

 

 八人のうちの一人であるメディナがクィネラに尋ねたが、クィネラよりも先に答える声があった。

 

 

《《メイン・ビジュアライザー》よ。本当にここまでやってきて見せるなんて、執念深いこと》

 

 

 聞こえてきたのは、クィネラの声色に似た女性のモノだった。しかしそれはクィネラのような優しさや暖かさはなく、冷酷さと邪悪さを存分に詰め込んだようなモノだ。

 

 それも、なんだか音声編集ソフトでエフェクトを追加されたようなモノでもあった。キリトはその異形の声のした方へ振り向き、すぐさまもう一度驚かされる事になった。

 

 こちらから少し離れた位置に、巨大な異形がいた。

 

 白い陶器のような肌をした女神像のような上半身に、黒い装甲で覆い尽くされた足のない蜘蛛(クモ)のような下半身をしていて、その下半身の上両脇からは上半身よりも長大で指の長い腕が一対生えて、金属や宝石らしきもので作られた床を踏みしめている。

 

 更にその下半身の前部の中央には牙が大量に生えた巨大な口らしき器官も見受けられ、更に女神像の上半身の背中からは同じく巨大な翼が一対生えていて、あちこちが生体部位と黒い装甲のごちゃ混ぜになっている。

 

 そして女神像の上半身は――やはりというべきか、衣服を身に着けていないクィネラと瓜二つの容姿をしていた。そのたった一つの特徴を確認する事で、あれがアドミニストレータであるという事をキリトは把握できた。

 

 

「お前……アドミニストレータか」

 

 

 キリトの問いかけに声が返ってきた。異形の怪物の内部から響いてきたものだった。

 

 

《えぇ、そうよ。私だってわかる姿はしているでしょう?》

 

「お前も本当の姿は《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》だったのか……!」

 

 

 《青薔薇の剣》を構えたユージオが言い、アリスが続ける。

 

 

「確かに、《こいつ》ほど利己心(エゴ)(まみ)れた存在は人界に居ません。これだけ巨大で(おぞ)ましい姿の《EGO化身態》になっていたとしても、何も不思議な事はありませんね。そして、ハァシリアンのように自意識を維持したまま《EGO化身態》になれているというのも、《こいつ》なら納得できます」

 

「ハァシリアンの本当の姿は《EGO化身態》で、アドミニストレータも同じく《EGO化身態》。《EGO化身態》の親子だったっていうわけね、あんた達は。何なのよ、これ」

 

 

 《EGO》である弓を構えたシノンが鋭く言い放つと、同じように《EGO》を構えたメディナが問うた。

 

 

「お前、アスナ達やベルクーリ様達をどこへやった。何故私達だけしかここにいないんだ」

 

《まさかお前、おれ達が目を覚ますより前にその口で喰いやがったのか!?》

 

 

 《EGO》を(まと)い、グリフォンナイトとなったグラジオが尋ねると、アドミニストレータは溜息交じりの声を届けてきた。

 

 

《あら、私がそんなに食い意地張っているように見えたの? でも安心なさい。単に入場制限をかけていただけ。あなた達だけがここに来れるようにね。今頃ベルクーリ達はさっきまで居たところから動けてなくて、混乱してるでしょう》

 

「なんでそんな事を」

 

 

 キリトの疑問にアドミニストレータは即座に答える。

 

 

《勿論、あなた達が一番の脅威だからよ。あなた達は私に刃向かう叛逆者(はんぎゃくしゃ)達の中で一番厄介な力を持った者達であり、それらを束ねる者達。何よりこの姿になる前の私を見事に討ってみせた者達でもある。そんなあなた達から潰すのは、道理に適っているでしょう?》

 

 

 なるほど確かに、自分とシノンとリラン、アリスとユージオはクィネラに取り憑いていた頃のアドミニストレータを倒した者達であり、メディナとグラジオはアドミニストレータの自信作であるハァシリアンを倒して見せた二人。

 

 そしてクィネラはアドミニストレータの欲する《最高支配者の力》の欠片を持った、目障りな最高司祭。アドミニストレータにとっては真っ先に排除にかかろうと思える者達であろう。

 

 だからこそ、いうなれば入場規制というような罠を張り、ここへ自分達をやってこさせたという事のようだ。

 

 ……もっと意地汚い罠を張っているのではないかと身構えていたが、大分予想を下回る結果だった。

 

 

《でも、あんな出来損ないの人形達の事を心配するなんて、あなた達はよっぽど群れてないと駄目って事なのかしらねぇ?》

 

 

 アドミニストレータは姿が変わろうとも一向に煽りの姿勢をやめる気配を見せない。

 

 というよりも、そういう人間性――こいつを人間として扱ってよいものなのかは疑問だが――をしているからこそ、あんな姿の《EGO化身態》になっているのかもしれない。

 

 

「……最早(もはや)整合騎士の皆様の事をなんとも思っていないのですね」

 

 

 アドミニストレータの取り憑き先にされていたクィネラが俯きながら呟くように言うと、《EGO化身態》となっているアドミニストレータは腕で身体を撫で回すような仕草をした。

 

 陶器のような質感の女神像が滑らかに動いているものだから、現実感の無さというものが著しい。ここが現実世界どころかアンダーワールドとも違う物理法則で動いているような気がしてくる。それはアドミニストレータに限った話なのかもしれないが。

 

 

《えぇ。整合騎士達はもう古い存在よ。まぁでも、これからガーダーに改造して、新しく生まれ変わらせてあげようとは思っているから、重要視していないわけではないわよ》

 

「彼らにそのような事をするのは決定事項という事ですね」

 

《悪いかしら。私は人界の支配者なのだから、何をしてもいいじゃないのよ。でも、それもこれも全部、あなたが持っている《最高支配者の力》を手に入れなきゃ始められないの。さぁ《器》さん、あなたの持っている《最高支配者の力》の残りを私に渡しなさいな》

 

 

 アドミニストレータは相変わらず当初の要求を繰り返していた。恐らくクィネラの持っている《最高支配者の力》の残りの分を手に入れるまでずっと繰り返し言うつもりでいるだろう。

 

 

「お前、私達がここに来るよりも前からずっと同じ事を言っているな。そんなに《最高支配者の力》が欲しいのか?」

 

 

 メディナが半分(あき)れたような様子で言うと、グラジオが答える。

 

 

《というよりも、《最高支配者の力》がないと何もできないって事なんでしょうね。そもそもあいつは最高司祭様に取り憑けていたからこそ、色々好き勝手できてたって話ですし》

 

「なんだか依存症みたいですね。まぁ、最高司祭様の持つ《最高支配者の力》を最高司祭様以外が手にすれば、誰でもそうなってしまいそうですが……」

 

 

 アリスの指摘はもっともだった。アドミニストレータはクィネラに取り憑いた際に、同時に《最高支配者の力》の持つ魔力に魅入られてしまい、そのまま依存症に陥った。

 

 《最高支配者の力》はその名前通り世界の全てが自身のものとなり、何もかもを自由自在に動かし、好き放題に弄繰(いじく)り回す事もできる。そんな力を手にしてしまったならば、溺れない方が難しいだろう。

 

 現に自分が《最高支配者の力》を手にした時の事を想像すると、アドミニストレータのようになっている自分の姿が浮かび上がってきてしまい、恐ろしくなってきて、それ以上考えられないくらいだ。

 

 それほどまでに、《最高支配者の力》というものは恐ろしいものだった。そんなものを手にしているというのに、世に生きる人々のために使い続けられるクィネラの精神の屈強さ、心の清らかさには称賛をいくら送っても足りない。

 

 その魔性の力ともいえるものを渡せと言われ続けているクィネラはというと、アドミニストレータの問いかけに答えるようにして手を前方に差し伸べた。

 

 

物体(オブジェクト)生成(ジェネレート)……(ツイン)(スピア)!」

 

 

 《最高支配者の力》の欠片――オブジェクトを自由自在に作り出せる力の発動を唱えると、クィネラの目の前に光の珠が姿を見せた。

 

 珠は数秒もしないうちに形を変えていき、クィネラが口にした武器の姿を取った。やがて光が弾けると、クィネラはがっと両手を伸ばして、生成されてきたそれを力強く掴んだ。

 

 クィネラの両手に持たされたのは、槍だった。それも雑兵の使うような見た目ではなく、白と金で(いろど)られた、まさに聖槍というべき姿をしている。

 

 一目見るだけで、《EGO》に匹敵するオブジェクトクラスを持っている特別製であるのが感じられた。恐らくはクィネラ専用の神器であろう。

 

 

「《あなた》はこれから《最高支配者の力》も、皆様の命も、何一つたりとも手に入れる事は叶いません。わたくし達がここで《あなた》を終わらせるのですから!」

 

 

 二つの槍を構え、クィネラは大きな声を放った。これまでにアドミニストレータにされてきた仕打ちや横暴に対する憎悪や嫌悪などはほとんど感じられない。

 

 あるのは、この人界を、そこに生きる人々を、そして隣人である自分達を守りたいという、真っ直ぐな守護者の意思だった。

 

 その高らかな号令は周囲を奮い立たせるには十分すぎるものであり、キリトは神聖術を受けたわけでもないのに身体の奥底から熱を(ともな)う力が湧き上がってくるのを感じていた。

 

 それは周りにいる八人も同じであるようで、アドミニストレータ以外の全ての戦士が力を滾らせて各々の武器を手に取っていた。全てはアドミニストレータという《悪霊》の呪いから、人界とそこに生きる人々を解放するため。

 

 そんな戦士達の決意を目にした、怪物となったアドミニストレータは怒りの声を体内から響かせてきた。

 

 

《どこまでも……無礼な口をッ!!》

 

 

 怒声を伴わせながら、アドミニストレータは下半身の側面付近から生える長大な腕を振り下ろす。如何にも怪物らしい叩き付け攻撃だ。

 

 勿論そんなものが当たるはずもなかった。アドミニストレータが腕を振り上げた時点でキリトはシノンとクィネラと共にリランの背中に飛び乗り、背後に飛び去っていたからだ。

 

 そしてユージオもアリスと共に冬追に乗って離脱し、メディナもグラジオの項あたりに跨って、飛んでもらう事で回避していた。

 

 それまで自分達の乗っていた床は粉々に破砕され、下に広がる虚空へと瓦礫となって落ちていった。

 

 全ての床が虚空へ消えて、足を付けられる場所がなくなっているというのに、アドミニストレータは何食わぬ顔で宙に浮いていた。

 

 リランを優に超える巨体をしているというのに、さも当然のように浮かんでいるものだから、現実感が全く湧いてこない。

 

 如何なる神聖術を使っているのかと思ったが、それ以前にそもそもここはアドミニストレータの支配する《メイン・ビジュアライザー》の中である。

 

 最早何が起きたとしても不思議ではないだろう。それに《EGO化身態》となっているアドミニストレータの背中には翼が生えている。羽ばたいている様子は一切ないものの、あれで浮力を発生させて浮かんでいるという事なのかもしれない。

 

 ひとまずそう思う事で、キリトはアドミニストレータに対する疑問の一つを払拭(ふっしょく)したのだった。

 

 直後、アドミニストレータは女神像のような上半身を上げ、その虚無に近付いているような無表情の現れている顔を向けてくる。

 

 

《本当に腹が立つわね。《器》さえいなければ、あなた達の攻撃を一切通じなくして、一方的に甚振(いたぶ)る事だってできるのに!》

 

 

 そう告げるアドミニストレータの声にはかなりの(いら)立ちが含まれていた。しかしその内容には驚かざるを得ない。

 

 確かに《最高支配者の力》の欠片を所有するアドミニストレータならば、こちらの攻撃を一切無効化し、逆に自身の攻撃だけが通じるようにするなんていう理不尽な状況も作れるだろうし、何よりこの女ならば率先してやりかねない。

 

 恐らくそれこそがアドミニストレータがここに張ろうと思っていた最高の罠であろう。アドミニストレータの事だ、その罠に自分達がかかる瞬間を夢見て恍惚としていたに違いない。

 

 だが、そんな罠を設置したところで無意味だ。何故ならば、同じ《最高支配者の力》の欠片を持つクィネラが即座に解除にかかり、結局どちらの攻撃も平等に通っていく状況を作り出してしまうからだ。

 

 術式を複雑化させて対応を困難化させようとしても、クィネラの処理能力の強さと速さは圧倒的であるために無意味である。アドミニストレータはクィネラにこの場へ来てほしかったが、同時に来てもらいたくなかったのかもしれない。

 

 《最高支配者の力》の欠片を持つ者同士は、天敵同士である――ここに来る前のクィネラの言葉は真実だったのだ。だがそれは、クィネラにとってアドミニストレータは天敵であるという事でもある。

 

 しかし、アドミニストレータと違ってクィネラには自分達という味方が居る。ここにいる全員の力を合わせ、あの天敵から彼女を守ってやらねば。

 

 

《そんな罠が我らに通じると思ったか。貴様の力など我らの足元にも及ばぬわ、燃え尽きろ!!》

 

 

 リランが一段と強い《声》を飛ばしたのと同時に咢を開き、身体の奥部で燃え盛る火炎を光線状に圧縮して照射を開始した。《SAO》の頃から大得意である火炎ビームブレスだ。

 

 あらゆるものを焼却、融解させる程の熱量と威力を誇っていたそれは、このアンダーワールドでも変わる事なく、セントラル・カセドラルの地下牢獄の鎖から、《EGO化身態》の装甲まで焼き切り、溶かしてきた。

 

 大気を渦巻かせる程の熱を内包する光線は真っ直ぐアドミニストレータの女神像状上半身に向かっていった。やがて直撃しようとしたその次の瞬間、アドミニストレータの下半身の側面から生える長大な腕が伸び、上半身を守りに入った。

 

 比較的予想できていた反応だった。リランの火炎光線はアドミニストレータの長大な異形腕に受け止められ、本体であろう女神像状上半身に届かなかった。

 

 リランはブレスを十秒ほど照射した後に止め、ぐるるると喉を鳴らす。攻撃が上手く入らなかった事に苛立っているのは間違いないだろう。

 

 だが、それでもあの腕だってアドミニストレータの身体の一部である。今のブレスでダメージを入れる事そのものには成功したはずだ。

 

 ただ、あのアドミニストレータが《EGO化身態》になった姿があれだ、これまで相手にしてきた《EGO化身態》よりも遥かに《天命》の量は多い事だろう。

 

 それこそ他のゲームでいうラスボスクラスに違いない。そんなものを僅か十人未満で相手にしなければならないなど、まるで制約を設けられたりしたうえで大ボスと戦わなければならないエンドゲームコンテンツのような状況だ。

 

 となるとあいつはラスボスというよりも裏ボスのようなモノだろうか。

 

 

「キリト、あいつだけど……」

 

 

 その時、ふとシノンの声が聞こえてきた事でキリトは我に返った。また深い思考に入り込んでしまうという悪癖が働いてしまった。その事に軽い自己嫌悪を感じながら、キリトは応じる。

 

 

「なんだ」

 

「なんか、リランとユピテルが暴走してしまった時のに似てないかしら。ほら、《SAO》と《SA:O》であったじゃない」

 

 

 彼女の言う通り、《SAO》と《SA:O》にて、それぞれリランとユピテルが完全な暴走状態に(おちい)る事件があった。

 

 リラン――というよりもかつての彼女の亡骸のようなモノ――は壊れてしまった自身を治すためにエネミーやオブジェクトといったありとあらゆるデータを取り込んだうえでサイバーテロリストである須郷伸之(すごうのぶゆき)に操られた結果、ユピテルは母親であるアスナの期待に応えたい気持ちと、そうしたくない気持ちで板挟みになった結果、《ハオス》という名を持つ異形の怪物となった。

 

 シノンの話を聞いてそれを思い出してすぐに、キリトはアドミニストレータを改めて見た。身体のあちこちに白い部分と黒い部分があり、クィネラであるとわかる部位もありつつ、巨大で異形。

 

 なるほど確かに、見れば見るほどアドミニストレータの姿はリランとユピテルの《ハオス》の時によく似ていた。

 

 

「そのような事があったのですか、リランねえさま」

 

 

 リランとユピテルをそれぞれ姉と兄に持つクィネラが驚き交じりの声で言うと、リランが《声》を飛ばしてきた。

 

 

《あぁ、いずれにしても通常ならば取り得ない行動を取って、そこに更なる悪い運が重なった事でな》

 

「その時のリランやユピテルにシステムが付けた名前が《ハオス》っていうんだ。リランは《ハオス・マーテル》で、ユピテルは《ハオス・ユピテル》って名前だったんだよ。まあ、ユピテルの場合はイリスさんが言ってただけなんだけどな」

 

 

 キリトに言われるなり、クィネラもまたアドミニストレータに向き直った。

 

 今のアドミニストレータは元々の取り憑き先であったクィネラの身体の情報をコピーして、この世界へ再度顕現した邪悪な魂そのもの。

 

 性質や性格といった何から何まで完全にクィネラとは別の存在であるが、見た目といくつかの能力だけを見ればクィネラと瓜二つ。そして何より異形の怪物としか思えない容姿と破壊力を持っている。

 

 それら全てをまとめて見る事で辿り着いたであろう結論を、クィネラは口にした。

 

 

「《MHHP》が暴走に陥った姿が《ハオス》……ならば今の《あの人》がわたくしの《ハオス》の姿……言うなれば《ハオス・クィネラ》なのですね」

 

 

 その言葉こそまさにキリトが思っていた事だった。

 

 今ここに居るアドミニストレータは言わばクィネラをモデルにした分身体が悪しき方向へと暴走し、怪物へと至った姿であるものの、結局のところもう一人のクィネラであると言ってもよい。

 

 ならばクィネラが話した通り、今のアドミニストレータこそが、かつてのリランとユピテルが陥った姿である《ハオス》であると言ってもいいだろう。

 

 しかし幸運なのが、クィネラ自身が《ハオス》となってしまったのではなく、完全に分離した存在が《ハオス》へと陥り、クィネラ自身はここに居てくれているというところだ。

 

 もしあれがクィネラ本人が陥ってしまったものだったならば、下手に手出しする事ができず、どうにもならなかったかもしれないが、あれはクィネラに取り憑いていた悪霊。クィネラの宿敵であり、メディナの怨敵でもあり、今現在の人界の最大の脅威そのものだ。

 

 和解の道もなく、ただただ世界と人々のために倒すしかない敵。それが《ハオス・クィネラ》だ。本来ならばクィネラが陥るはずだったそれに、クィネラに取り憑いたアドミニストレータが陥るなど、何の因果だろうか。

 

 

戯言(ざれごと)を……私は絶対なる支配者だッ! おとなしく私の愛を受け入れろッ!!》

 

 

 《ハオス・クィネラ》でもあるアドミニストレータは咆吼し、両腕を広げた。直後、その下半身の前部に位置する無数の牙の生えた口に闇のようなエネルギーが収束し、闇色の光という矛盾したものが出来上がった。

 

 間もなく、エネルギーは砲弾として発射され、次から次へと飛来してきた。

 

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

 

 リランが回避行動を取ろうとした次の瞬間、高らかな号令が響き渡ったかと思うと、闇の砲弾へ黄金の蜂の大群が襲い掛かった。それは蜂ではなく、金木犀の花弁のような姿をした小さな無数の刃だった。

 

 見覚えのある刃の大群の襲来を受けた闇の砲弾は、こちらに届くより前に破裂し、内包していたエネルギーを虚空へ迸らせて消えた。

 

 アドミニストレータの攻撃を実質的に空振りで終わらせた黄金の刃の群れは、リランの右方向の空で羽ばたく冬追(フユオイ)の背中に居るアリスの手元へと戻っていった。

 

 

《アリスちゃん、生意気な事をするようになったわね》

 

 

 アドミニストレータはさぞ憎らしそうな声を出した。かつての部下の一人であり、何かと気に入っている様子であったというアリスから攻撃を受けたのだ、腹立ちもするだろう。

 

 

「もう愛なんて言葉を軽々しく口にしないでもらえますか。《お前》は愛がどういうものなのか、何一つ知りもしないのですから」

 

《口まで生意気になったのね……けれど、あなたもそんな事を言える立場かしら。私に作られたお人形さんの癖にね?》

 

 

 アドミニストレータの上半身となっている女神像の表情は一切変化していなかったが、その内側に嘲笑の顔が見えた。この女は今でもアリスの事を、整合騎士達を人形風情だと思っているらしい。

 

 そんな女から言葉を向けられたアリスはというと、強気な顔を保ったままだった。

 

 

「……えぇ。ですが《お前》にかつて作られた人形風情でしかないこんな私を仲間だと言ってくれる友が、そして《お前》が注いでいた偽物の愛ではなく、本物の愛を注いでくれる大切な人が居ます」

 

 

 アリスの視線は一度ユージオに向けられた。冬追の背中に(またが)っている関係上、あまり振り向けないが、それでもユージオはアリスの事を見ようとしていた。視線に視線を返そうとしているのだ。

 

 

「そんなかけがえのない人達を痛め付けて苦しませ、その命を奪おうとしているのであれば、例え私の創造主たる《お前》であっても、全身全霊を以て討つだけです」

 

 

 その言葉はアリスの決意そのものだった。

 

 もうアドミニストレータに操られる傀儡(くぐつ)だったアリスはいない。ここに居るのは人界のため、友のため、愛する人のために戦う騎士アリス・シンセシス・サーティだ。

 

 そしてこれから彼女が臨む戦いは、アリス・ツーベルクへと戻るための最後の障壁だ。アドミニストレータという壁を壊した時、彼女は真の彼女へと戻れる。その瞬間を夢見て、アリスはここまで戦い続けてきたのだ。

 

 彼女の抱く夢が、ついに現実になろうとしている。だからであろう、アリスの身体からは強い覇気が放たれていた。

 

 

「アドミニストレータ、よくも私達オルティナノス家をここまで《欠陥品》扱いしてくれたものだな。今からお前にその汚名、倍にして熨斗(のし)を付けて返してやる!」

 

 

 アリスの言葉に鼓舞されたのか、もしくは胸に抱き続けていたモノが燃え上がったのか、メディナも大きな声で叫んだ。するとアドミニストレータはぴくりと反応を示した。

 

 

《汚名を私に向けて返上するですって……? 何よ、私の方が《欠陥品》だっていうの?》

 

「あぁそうだ。お前こそ《欠陥品》だ。何せ、私でさえ知っている真実の愛を何も知らないのだからな。何なら今から教えてやろうか?」

 

 

 メディナの挑発はとても効果があったようだった。アドミニストレータは上半身を(もた)げ、怒声を放った。

 

 

《このぉ……叛逆者共があああああああああああッ!!!》

 

 

 完全にアドミニストレータの怒りに火がついてしまったようだった。だが、それはここに居る全員が同じだ。誰もがアドミニストレータへの怒りを胸に抱き、ここまでやってきた。

 

 その怒りを力に変え、アドミニストレータを討つ刃とする時が来たのだ。

 

 

「行くぞ、皆! 今日ここでアドミニストレータの呪いを断ち切るぞ!」

 

 

 キリトの号令が《メイン・ビジュアライザー》に構築された空間中に響き渡り、人界の運命を決める最終戦は開始された。

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