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「ユージオ、アリスッ!!」
キリトは腹の底から叫んで、大図書館の扉を
今ここで繰り広げられているとされる悲劇が嘘である事を確認するために、キリトは部屋の中を見回そうとしたが、それよりも前に見つけ出した。
ルコの言葉は嘘ではなかった。そもそもルコも、リランやユピテルやクィネラと同じで嘘を吐かない娘だ。だから、最初からルコの言っていた事は真実であるとわかっていたが、頭と心が受け入れる事を拒んでいた。
その拒絶を否が応でもやめなければならなくなった。すっかりがらんどうになったセントラル・カセドラルの最上階で、戦闘が起こっていた。
それは人同士の戦いでも、人対怪物の戦いでもない。
怪物同士の殺し合いだった。
片方は黄金色と黒色の装甲がごちゃ混ぜになった鎧に全身をほとんどくまなく包んだ、人間に近しい骨格になった狼竜形態のリランのような姿をして、左右で全く形の異なる翼を背中から、
もう片方も狼だった。しかし狼にしてはどっしりとした後ろ脚で、あろう事か二足歩行しており、背中や肩から氷の棘らしきものを生やしている。対峙している異形のドラゴンと同じくらいの巨躯は黒と青の装甲で構成された鎧に隙間なく包み込まれ、胸部には青い光を放つ結晶のようなものがある。まるで甲殻と鎧で全身を構成した狼と狼男の中間のような姿だった。
どちらも禍々しい姿をしていて、
ここに来る前にルコがあんな
その姿に至ったのは、アリスとユージオ。金と黒のドラゴンがアリスであり、青と黒の狼男がユージオであろう。幼馴染――恋人との再会を夢見て戦い続け、最後の難敵を討ち滅ぼした二人が行き着いた姿が、あの怪物。
何故なんだ。ここに居るべきなのは、ようやく再会を果たして歓喜に包み込まれ、互いに目一杯の愛情を注ぎ合っているユージオとアリスであるはずだ。
それがあのような怪物同士になっているなど、何が間違ってしまったためにこうなったというのか。
この世界に生きる人間、動物、植物を《EGO化身態》という名の怪物に変えてしまうのは《
もう何もかもが信じられなくなりそうだった。それくらいまで、目の前で繰り広げられているのは最悪の光景だった。
このアンダーワールドは元々かなりの不条理や理不尽に
「なに、これ……」
アリスとユージオの二人を自分の傍で共に見てきたシノンが声を漏らす。すぐにでも消えてしまいそうなくらいにか細い声だった。恐らく自分も今声を出したら、そんな声しか出せないだろう。
その中でキリトは、殺し合う怪物同士を離れたところから見ている重要人物の二人組を見つけ出した。カーディナルとクィネラだった。どちらもアリスの記憶を元に戻すための術の話をし、その実行に取り掛かるべくセントラル・カセドラル最上階に残っていた。
つまりは、この光景が繰り広げられるようになるまでの過程を見ていた張本人達。その二人もまたこちらに気が付き、かなり焦った様子で走ってきた。
「皆様……!」
「クィネラ、カーディナル、これは……何なんだ……?」
キリトに続いてベルクーリがクィネラに尋ねる。
「最高司祭殿、こりゃあ何の間違いだ!? あそこで暴れてんのはアリスの嬢ちゃんとユージオだっていうのか!?」
クィネラは
「……はい。アリス様の記憶を元に戻すための術を使ったところ、上手くいったのですが、最後の最後でアリス様が不安定化し、そのまま《EGO化身態》となってしまったのです……」
「そしてその有様を見たユージオもまた、《EGO化身態》になった。アリスに共鳴して集まってきた《進想力》の影響を受けたのか、それともアリスと同じように《進想力》が共鳴したのか……えぇい、どうしてこうなるのじゃ!?」
カーディナルは悔しさを全面的に
彼女はアリスの記憶を再生させる術を、クィネラよりも上手くやるつもりでいたのだろう。アリスから何度もその願いを聞いていたために、一刻も早く成就させてやろうと思って、取りかかってくれたのだ。
だのに、このような結果になったものだから、悔しさと悲しさと怒りが彼女の内側でないまぜになり、顔に出てきているのだろう。
アドミニストレータが支配者として君臨していた頃、カーディナルがそうなったのは一度や二度ではない事は知っている。
そのアドミニストレータが消え去り、これ以上の理不尽や不条理が起こらなくなったと誰もが思っていたし、カーディナルもまたそう思って安心していたのだろう。
それがこんなふうに
次に取るべき行動はなんだ。何をすればいいというのだろうか。これまでは何かが起きた時には取るべき行動を思い付けて、その通りに動けたというのに、今の頭の中には何も浮かんでいない。
頭が、脳が、麻痺し切ってしまっている。
「カーディナル……どうすればいいんだ。俺達は何をしたらいい」
いつにもなく情けない言葉しか出せなかった。こんな事を言おうものならば仲間達――特にリランからどつかれるに違いない。
しかしそのどつきは飛んでこなかった。いつもなら最速でやるべき行動を示してくれるはずのリランでさえ、二匹の怪物が繰り広げる死闘に呆気を取られ、絶句している有様だった。
そんな中、後悔と怒りと焦燥を抱いているであろうカーディナルが声を上げた。
「……鎮圧じゃ。全員で力を合わせて戦うぞ。少しでも早くアリスとユージオを元に戻すのじゃ!」
そう言って、出来る限り自分達を鼓舞しようとしてくれた、その時だった。
《…………アリス…………》
不意に《声》が聞こえてきた。狼竜形態になっているリラン、《使い魔》形態のユピテルが出すそれと同じように、頭の中に直接響いてくるようなものだった。
その声色は――ユージオのモノに酷似していた。ユージオは今、《EGO化身態》となって、同じく《EGO化身態》となったアリスを叩き潰すべく死闘を繰り広げているのだが、しかしその《声》が確かに頭の中に響いた気がした。
《アリス……取り返す……取り戻すッ……!!》
またしても《声》が頭に響いた。聞こえているのは自分だけなのだろうか――とキリトが思ったその直後に、声を出したのはメディナだった。
「これは、ユージオの《声》……?」
続けてその隣にいるグラジオが口を開ける。
「どういう事なんですか。どうしてユージオ先輩の《声》がするんですか……!?」
二人は自分同様にユージオの《声》が聞こえていたらしい。ふと周りを見てみる。アスナ達
どうやら、ここに居る全員にユージオの《声》は届いていたようだ。
しかし、どうしてなのだろうか。ユージオはアリス共々《EGO化身態》となっていて、自我はなくなっているはずなのに。だからこそ大切な恋人であるはずのアリスを襲い、叩き潰そうと――。
「……待てよ?」
これまで見てきた《EGO化身態》の中で、二つだけ例外的な存在が居た。それはつい先程《メイン・ビジュアライザー》内で倒して成仏させたアドミニストレータと、その息子ハァシリアンだ。
どちらも《恐るべき力》を持った《EGO化身態》となって自分達を襲ってきていたが、その《恐るべき力》の中でも特筆すべき力は――自我を保ったまま《EGO化身態》の強大な力を振るう事ができるというものだった。
極めて
まさか、ユージオもアドミニストレータとハァシリアン同様に自我を持ったままの《EGO化身態》となったのではないだろうか。
だからこそ、こうして頭の中に《声》が届いてくるのではないか。最早そうとしか思えなくなってきた。
いや、そう思いたがっている。少しでも希望的観測に
「ユージオあいつ……意識を持ったまま《EGO化身態》になっているのか!?」
キリトが言うと、皆が一斉に驚いたような声を上げた。そのうちの一人であるアスナが、驚いた時の声色のまま尋ねてくる。
「意識を持ったまま《EGO化身態》になっているって……アドミニストレータやハァシリアンみたいに?」
「あぁ、だからこんなふうに《声》が聞こえてくるんだよ」
キリトはここまで苦楽を共にした親友に呼びかける。
「ユージオ、おい! 俺の声が聞こえるか!? 助けに来たぞ!」
出来る限りの声量で伝えたが、果たして《
《金黒の狼竜》と言えるかもしれない姿のアリスの、腕の薙ぎ払い攻撃をバックステップで回避し、距離を取る。
アリスが追撃を仕掛けるべく突進を開始したところで、ユージオの胸元が水色の光を放った。それはこれまでよく見てきた、ユージオの胸に埋め込まれたという《フロスト・コア》の光と酷似していた。
間もなくして、ユージオの両手に真っ白な冷気が湧き上がり、瞬く間に左手に大盾、右手に片手長剣が出来上がった。どちらも氷で構成されていて、《青薔薇の剣》のような優美な姿ではなく、武骨な形をしていた。
《だあああッ!!》
そのうちの片手長剣を、ユージオは《声》を
切り口から《EGO化身態》特有のどす黒い血が噴き出した。それは返り血となってユージオに振りかかろうとしたが、彼の身体に付着するよりも前に凍り付いて床へと落ちた。今のユージオは全身から常に強い冷気を放っているらしい。
氷の武器防具を瞬時に生成する力、全身から冷気を常に放出する力は、これまでユージオが幾度となく見せてきた。そしてその力に自分はずっと助けられてきた。《フロスト・コア》というアドミニストレータ由来のものだったとはいえ、とても頼もしい力だった。
しかし、今の彼が使っている力は、明らかに規模が大きくなっている。
ユージオが《EGO化身態》になった事に
全て本人に問いただしたいところだが、ユージオは相変わらず、こちらの声掛けには無反応で、目の前にいるアリスを叩きのめす事にだけ集中していた。
《フロスト・コア》は天命を消費して冷気を操り、氷を自由自在に生成する。それが暴走状態になっているのであれば、何が起こるかなど明白だ。
その事がわかっているのか、そうではないのか
迫り来たアリスの右手を、ユージオは左手の大盾で受け止めた。次の瞬間、大盾はがしゃあんと大きなガラスが割れるような音を立てて粉々に砕けてなくなった。
《EGO化身態》のアリスからの攻撃を一発防げる程度の強度しかなかったのか、それともアリスの力が強すぎるのかはわからなかった。
いずれにしても、アリスの一撃を自分達が喰らおうものならば一溜りもなかっただろう。今のアリスの力がアドミニストレータの自信作であるソードゴーレムのそれを優に超えているのは確実だった。
彼女の攻撃を受けた事で大盾を失い、左手がフリーになったユージオはというと、即座にそこへ冷気及び砕けた氷の大盾の欠片を集中させ、左手そのものを丸みを帯びた形状の氷塊に作り変えた。
そこから繰り出される一撃をキリトが想像するよりも前に、ユージオは放った。愚直とさえ思えるくらいの左ストレートだ。頑丈な氷塊で覆われた拳がアリスの顔面に思い切り叩き付けられた。
現在の鼻と口元からどす黒い血が噴き出し、アリスは大きく後退させられる。アリスがユージオに顔面を殴りつけられるなど、どちらも《EGO化身態》という人外の姿になっているからこそ許されるような光景だった。
しかしアリスは押されっぱなしではなかった。後退する途中でくっと顔を上げて青い光を放つ球体にしか思えない目でユージオを
一度に四本の腕で掴みかかられると思っていなかったであろうユージオは
どぉんという重く鈍い音は、ユージオの腹から背中を衝撃が貫いた事をまざまざと感じさせた。
その証拠にユージオはがはっと声を出して血を吐き出す。やはりというべきか、その血もまたアリスと同様にどす黒い色をしていた。
彼らの立っている付近の床は既にどす黒い血で汚されているが、どちらが流したものなのか最早判別がつかない。
最初はユージオがアリスを押している――つまり《EGO化身態》としての力はユージオの方が上だと思っていたが、今はどちらも五分五分のように見えていた。
怪物同士の殺し合いを見ているしかなくなっている、この場に居る仲間の一人であるシリカが《EGO化身態》になった時にわかった事。
《EGO化身態》は《
しかし同時に《EGO化身態》は同じ《EGO化身態》による攻撃にも弱く、《EGO化身態》は《EGO使い》と《EGO化身態》を天敵としている。
つまり今のユージオとアリスは互いに天敵同士であり、お互いの攻撃が最もよく入る者同士。
だからこそユージオの剣撃を受けたアリスは大きなダメージを負い、アリスの殴打を受けたユージオは血を吐くほどのダメージを負った。
力自体は互角だ。どちらが勝つのかは全く見えてこない。
だが、それでもキリトにはユージオに勝機があると思えていた。こちらの声は通じていなくても、ユージオはアドミニストレータやハァシリアンのように自我を持ったまま《EGO化身態》となっている。
完全に自我を失って獣へ堕ちてしまっているアリスと異なり、まだ獣ではない。だから、勝機はユージオの方にあるはずだ。それもまたキリトにとっては希望的観測であった。
どちらかが生き残ったならば、その生き残った方を自分達が鎮圧しなければならない。しかしキリトは、ユージオとアリスの両者どちらも相手にしたくなかった。
だからこそ、こちらの言葉が届かなくなっているものの、自我が保たれているユージオの方に勝ってほしいと思っている。
ユージオに言葉が届いていかないのは、彼がそれほどまでにこの戦いに、アリスを取り戻すための死闘に集中しているためであるはずだ。現に彼の戦いに対する集中力はすさまじいものであり、時に自分さえも超えるくらいの集中を発揮する事もあったくらいだ。
この戦いが終わりさえすれば、きっとユージオもこちらの言葉が聞けるようになり、自分の知るいつもの彼に戻ってくれるはず。
それで元の姿に戻れるかどうかもまた定かではないが、少なくともユージオを鎮圧しなければならないなんて事には繋がらないはずだ。頼む、どうかそうであってくれ。キリトは人知れず願いを込めながら、二匹の怪物の戦いを見つめていた。
「ねぇ、あたし達このままでいいの? ユージオに加勢しないで居ていいの!?」
その時、不安を抱いたような声をリズベットが出した。よく見てみたところ、この場にいる《EGO》使い全員がそれぞれの《EGO》を構えて、臨戦態勢に近い姿勢を取っていた。
カーディナルが先程「急いで鎮圧にかかれ」と言ったため、皆はその言葉通りに鎮圧にかかるつもりで居た。
しかしすぐさまキリトによって、ユージオが自我を持ったまま《EGO化身態》になっているかもしれないと告げられたために、鎮圧に取りかかれず、戦うべきなのかそうではないのかの間で板挟みになってしまったのだった。
「
他の皆同様に《EGO》を構えたファナティオが二人に訴えるように問うと、クィネラが答えた。
「下がってください! ユージオ様は普通の《EGO化身態》ではありません。アリス様を助けよう、取り戻そうという明確な意思を持って戦っているのです。もしわたくし達が加勢しようものならば、妨害する敵が現れたと誤解して攻撃してくる可能性が高いです」
続けてカーディナルが説明する。
「それにアリスもユージオも、メディナやシリカに匹敵する、厄災そのものと言っていいほどの力を持った《EGO化身態》じゃ。そんなものを一度に二体相手にするなど、わしとクィネラが居たとしても無謀過ぎる。
「じゃあ、嬢ちゃんとユージオの戦いをここで見てるしかないって事なのか。どっちかが倒れるまで待ってるしかないってか?」
ベルクーリが比較的冷静な声で伝えると、カーディナルは頷いた。
「……正直わしもかなり心苦しいが、そうするしかない。ただ、さっきから見ている限り、どちらも戦闘能力は五分五分といったところじゃ。ユージオがアリスに勝つ可能性もあるが、逆にアリスがユージオを倒す可能性もないわけではない。そしてアリスは完全に自我を失った暴走状態に陥っておる。ユージオが倒されたら次の標的はわしらになる。いつでも鎮圧戦に入れる準備だけはしておけ」
カーディナルは苦虫を噛み潰したような顔と声で指示を伝えた。キリトもその言葉に従い、ひとまず《EGO》と《リメインズ・ハート》を構えて臨戦態勢に入る。
意思を持つ《EGO化身態》となって戦っているユージオに勝ってほしいという気持ちはあるが、彼がアリスに負ける可能性も大いにある。そうなればアリスと戦わなければならないのは自分達だ。
天秤がどちらかに
丁度その時、アリスに組み付かれていたユージオが全身から猛烈な冷気を放った。その周囲が真っ白に染まってしまうほどの冷気がアリスの腕と翼を凍り付かせると、アリスは苦痛に呻くような声を上げて体勢を崩した。
力が抜けた事を認めたユージオは、すかさずアリスの顔に鋭い回し蹴りをお見舞いし、後退。アリスから距離を取った。アリスの顔面はあちこちが血だらけであり、口からも血が流れ出ていた。《EGO化身態》の天命がかなり削れているのは間違いないだろう。
対するユージオも相変わらず二本足で直立しているものの、体勢が若干崩れ気味になっており、肩で息をしていた。ユージオの《EGO化身態》の天命も削れているらしい。
何故だ。ユージオがアリスの攻撃を受けたのは一回だけで、その他にダメージを受けるような事はなかったはず。アリスの攻撃は一回喰らっただけで
「ユージオも弱ってる……!? どうして……!?」
キリトが今まさに思った疑問を、シノンが焦燥を含んだ声で言うと、またしてもクィネラが答えた。
「恐らく《フロスト・コア》の作用によるものです。《あの人》によってユージオ様に与えられた《フロスト・コア》は、天命を削る代わりに強大な冷気を操る事を可能とするもの。ユージオ様はその《フロスト・コア》を《EGO化身態》になっても使い続けています。それ故に、ユージオ様の天命も削がれているのです」
やはりそうだったか。キリトはどこか納得感を覚えていた。つい先程から、ユージオはあんな半暴走状態で《フロスト・コア》の力を引き出して大丈夫なのかと思っていたが、全く大丈夫ではなかった。
ユージオはこれまでと同じように天命を削りながら氷と冷気を生成して、アリスにぶつけていたのだ。そのせいでユージオはアリスから攻撃を受け続けたわけでもないのに、弱ってしまっている。
ユージオは最早攻撃を繰り出すと同時に同じ威力の攻撃を喰らっているのと同じだ。
これが続けばどうなるか。当然早いうちにユージオの《EGO化身態》の天命は尽きるだろう。もしアリスを倒すよりも前に尽きてしまえば、強制的に元の姿に戻ってしまったユージオが《EGO化身態》のアリスの前に放り出される。そうなれば一巻の終わりだ。
ユージオはアリスに殺され、本来の記憶を取り戻したアリスと再会するという願いは叶わなくなる。そして、鎮圧されて元に戻ったアリスが、愛するユージオをその手で殺したという現実に耐えれるとは到底思えない。
恐らく人格崩壊を起こして――死ぬか死んだも同然になるだろう。
そんな事など起こさせてなるものか。やはりユージオに手を貸そう。例え敵視を向けられようとも、アリスを先に倒さなければならない。
キリトは皆に号令をする。
「皆、ユージオを助けるぞ! アリスを鎮圧する――」
《待て、キリト!》
その時リランの《声》が響いた。何事かと思ってそちらに振り向こうとしたが、同時に甲高い咆吼が轟いてきた。
思わずそちらへ向き直ると、そこにはアリスの姿があった。怪物となっている彼女は天を向いて吼え、その身体の周囲に金色の竜巻を発生させていた。
「あれ、アリスの、武装完全支配術!」
ルコが大きな声で叫ぶ。彼女の言う通り、アリスの周囲に発生している黄金の竜巻は、アリスが《金木犀の剣》の力を百パーセント解放した時に放つものと同じだった。
しかし、その規模はアリスが人間の姿をしていた時よりも遥かに大きい。《EGO化身態》になっている事で、武装完全支配術もまた大幅に強化されているのだ。
あの竜巻を構成しているのは、花弁に似た形をした無数の刃。呑み込まれようものならば、一瞬のうちに全身を姿形がなくなってしまうほどに切り刻まれて、一溜まりもないのは容易に想像できる。
あんなものをぶつけようとしているアリスに、ユージオはどう対応するつもりでいるのか。キリトは祈りを込めるような気持ちでユージオの方を見た。
《フロスト・コア》の多用で天命が刻一刻と削れて行っている《氷鎧の人狼》は、背中の氷棘を粉砕させたかと思うと、鎧の背部を展開させた。
隙間から黒い筋肉が見えるようになったかと思いきや、そこから勢いよく冷気が噴出するようになる。まさかあれは、《GGO》でリランが使っていたバーニアやブースターみたいなものであるというのだろうか。
呆気に取られているキリト達の視線を浴びたユージオは、続けて思い切り右足を振り上げた。直後、ユージオを中心に冷気の旋風が吹き荒れて、アリスが今まさに放とうとしているそれと同じくらいの規模の真っ白な竜巻となる。
極まった凍素系神聖術や、《青薔薇の剣》の武装完全支配術でも放てそうにない冷気の竜巻によってユージオの姿が見えなくなったすぐ後に、アリスは咆吼し、黄金の花竜巻をユージオ目掛けて放った。
ありとあらゆるものを微塵に切り裂くであろう竜巻は轟音を立ててユージオの元へ向かったが、予想通りユージオは迎撃に入った。
だぁんっという硬いものが打ち付けられるような音が鳴り響いたかと思うと、ユージオを中心に渦巻いていた冷気の竜巻がアリスを目掛けて動き出した。
どちらもかなりの速度を出して向かい合い、やがて衝突すると、大爆発のような暴風が吹き荒れた。飛ばされないようにその場に剣を刺して踏ん張ったものの、あまりの風で目を開ける事が困難だった。
これで何が起きる。戦況はどこへ進むというのだ。そんな言葉を胸中で念じていると、風が止んだ。そのタイミングをいち早く掴んだキリトは、かっと目を開けて戦場を再確認する。
セントラル・カセドラルの最上階以外で起きていたならば、民家は勿論、人も動物も何もかも吹き飛ばしていたであろう竜巻は姿を消していた。
アリスの放った竜巻を構成していた無数の黄金の小刃は凍り付いて続々と墜落し、落ち行く中で光を浴びてきらきらと
ユージオだった。アリスの全力の一撃を
金髪のような毛が乱れに乱れ、目元が隠れてしまっているようにも見えるアリスは、くっとそちらへ顔を向け、翼でユージオを迎え撃った。
まるでもう一つの腕のようにしならせて、飛び込んできたユージオの顔面に拳を炸裂させた。不意打ちを決められたユージオは、しかし勢いを殺さず、背中から冷気を噴出させて急加速、アリスの懐へと飛び込んだ。
《はああああああああああああッ!!》
頭の中に絶叫が轟くと、ユージオは冷気で真っ白に染まった右手をアリスの胸部へと突き立てた。黄金と黒の鎧を割られて内部組織に手を入れられたアリスは獣の咆吼のような絶叫を上げる。
それでもまだユージオへ攻撃を仕掛けようとした次の瞬間だった。
《……アリス》
ユージオの《声》がもう一度響いたその
今の一瞬で何が起きたのか。ユージオがアリスの体内に膨大な冷気を送り込み、瞬時に氷の棘に変えて飛び出させたのだ。何故かキリトはすぐさま状況を理解する事ができた。
そして、ユージオの一撃はアリスにとどめを刺した。アリスを体内から貫いた氷の棘が砕けると、アリスは何も言わずに床へ崩れるように倒れ伏した。
やがてずたずたに貫かれたその身体は光の粒子へと分解されていく。
そして光の粒子の群れが去ると、うつ伏せに倒れる一人の女性の姿が確認できた。元の姿を取り戻したアリスだった。
「嬢ちゃん……!」
「アリス……!」
ベルクーリとカーディナルが思わず呼びかけたその直後だった。戦いを終えて立ち尽くしていた氷鎧の人狼ユージオがぐらりと身体を揺らしたかと思うと、そのまま床へ崩れるように倒れた。
アリスと同じうつ伏せの姿勢で横たわったユージオは、間もなく数秒前のアリスと同様にその身体を光の粒子へと変えていった。そして分解が終わった頃に目を向けてみたところ、本来の姿へ戻ったユージオがうつ伏せになって倒れているのが見えた。
「ユージオ、アリスッ!!」
この部屋に入ってきた時と同じように二人の名を呼び、キリトは一目散に駆け付けた。
次回、アリシゼーション・リコリス編最終回。