キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 アリシゼーション・リコリス編最終回。

 


14:帰還と暗雲

 

          □□□

 

 

「……ジオ……ユージオ……ユージオ!」

 

 

 ここに至るまでにすっかり聞き慣れた声が、ユージオの意識を浮上させた。

 

 目元に力を少しだけ入れて(まぶた)を開くと、一人の青年――まだ少年というべきなのだろうか――の顔がすぐそこにあったのが認められた。こちらの顔をずっと(のぞ)き込んでいたのは間違いなかった。

 

 

「キリ……ト……?」

 

 

 黒髪と黒い瞳をした青年の名を口から出すと、彼はその目を見開かせた。何か驚かせるような事を言ったのだろうか。

 

 不意にそんな事を思ったユージオに、キリトはもう一度言葉をかけてくる。

 

 

「ユージオ、俺がわかるんだな」

 

「あぁ……わからないわけないだろう。君はキリトだ。僕の……親友」

 

 

 できる限り彼を安心させられそうな言葉をかけ、ユージオは上体を起こした。その時何となく身体に違和を感じられ、ふとそこを見る。

 

 いつの間にやら服装が変わっていた。

 

 これまでずっとこのセントラル・カセドラルに初めて突入した際に立ち寄った武器庫で調達した青い服を着ていたが、今の自分を包んでいるのは、群青色の簡単な下穿(したば)きと薄手の衣だった。

 

 これもまた何となくであるが、ベルクーリさんの着ている服に似ていなくもない。そしてそんな服に着替えた記憶は、ユージオにはなかった。だからこそ最初に違和感を抱いたのだった。

 

 

「僕は……いったい……?」

 

「キリトのように言えば、すごい事になっていた、だな」

 

 

 率直に思った事を言うと、キリトとは違う声が聞こえてきた。よく通る凛とした少女の声。目を向けてみたところ、キリトの左隣に金髪と赤い目をした少女が腰を下ろしていた。

 

 人間の姿になっている時のリランだった。彼女からの言葉にユージオは少し喉を鳴らす。

 

 

「すごい事って……どんな……」

 

 

 ふと頭に手を添えてみたところで、一気に記憶が蘇ってきた。

 

 今この瞬間に至っている経緯(いきさつ)。まず、アドミニストレータを倒した後、アリスにアリス・ツーベルクの記憶を取り戻させる術がクィネラ様とカーディナルさんによって施された。

 

 その時ユージオはようやくアリスに再会できると思い、これ以上ないくらいに胸を高鳴らせていた。だが、実際に術が終わってみれば、アリスは無数の禍々しい光の粒子に包み込まれ、怪物となった。

 

 その光景を見た途端(とたん)、頭の中に《声》が響いてきて。

 

 アリスを取り戻したいという事しか考えられなくなって――そこからは記憶がない。

 

 いや、ぼんやりと憶えているような気もする。何だか身体がとても大きくなったような感覚に包まれた後に、とにかくアリスをこの手で取り戻したい気持ちに駆られ、そのための行動に無我夢中になっていた。

 

 その中で何度もアリスの名を呼び、時に咆吼していたような気もする。全身を苦痛が襲う事もあったが、アリスを取り戻すためと強く思う事で耐える事ができた。

 

 そんな有耶無耶(うやむや)な時間を経て、今ここに居るという事を、ユージオはキリトとリランに話した。その時にわかったが、キリトとリランの隣にはシノンとルコ、何故かデュソルバートさんとシェータさん、レンリさんの姿もあった。

 

 

「……お前はそういうふうに感じていたのか。我らとは大分(だいぶ)異なる体験をしたのだな」

 

 

 デュソルバートさんがいつも通りの真面目な顔で言った。ユージオが首を傾げたところ、シノンが話してきた。

 

 

「あんた、《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》になっていたのよ。それで、《EGO化身態》になったアリスと戦ってたの」

 

「ユージオ、アリスに、勝った。アリス、ユージオ、一緒に、元に戻った」

 

 

 ルコが付け加えてきたところで、ユージオは目を見開いた。

 

 自分が《EGO化身態》になっていたというのには納得できた。

 

 問題はその後だ。アリスも元に戻っただって?

 

 

「アリスは、アリスは今どこにいるんだ!? 無事なのか!?」

 

「ユー…………ジオ…………?」

 

 

 叫びに答える声があったのを、ユージオは聞き逃さなかった。

 

 今、確かに呼ばれた。

 

 ずっとこの耳に再び届く事を渇望していた声が、確かに自分を呼んだ。

 

 誘われるようにユージオは立ち上がり、その発生源へと足を進めた。そこには多くの仲間達の姿があった。正確に言えば自分が起きた時に周りに居なかったアスナ達、ベルクーリさん達、そしてカーディナルさんとクィネラ様だった。

 

 彼女達は何かを取り囲むような立ち位置に居た。彼女達が取り囲むものの正体はもう掴めており、ユージオはそこを目指して進んだ。仲間達はユージオの接近を把握するなり、そっと道を空けてくれた。

 

 「ごめん、ありがとう」。そう繰り返してユージオは仲間達の間を進み、やがて彼女達が織り成す円形の中心部に辿り着いた。

 

 

「……!」

 

 

 そこに居た人にユージオは思わず目を奪われた。仲間達に取り囲まれていたのは、一人の女性だった。

 

 癖が一切ない真っ直ぐで艶やかな長い金髪は、結ばれたりせずに解き放たれていた。肌は透明感のある真っ白い色をしているが、確かな温もりが宿っている。

 

 だが、ユージオが何よりも目を向けていたのは、その瞳だった。

 

 ほんの少しだけ切れ上がった、深い湖を作る水のような青い目には、ずっとユージオが追い求めていた光が蓄えられている気がした。その人の名前を、ユージオは細い声で口にする。

 

 

「ア……リス……?」

 

 

 アリス――アリス・シンセシス・サーティ。今は成仏してこの世界を去ったアドミニストレータによる改造で記憶を抜き取られ、整合騎士とされていた剣士であり、ユージオの幼馴染。

 

 彼女と、目の前にいる女性の姿は完全に同じだった。だが、これまで見てきた整合騎士アリスと、今の彼女は何か異なっているように感じられる。黄金の鎧ではなく、簡素な白い服に身を包んでいるからではない。

 

 ……彼女を包み込んでいる雰囲気だろうか。

 

 これまでの彼女と言えば、整合騎士という人界の守護者が放つに相応しい気高さと強さをまざまざと感じさせる、凛とした美しい雰囲気に包まれていた。

 

 しかし、今の彼女を包む雰囲気はというと、気高さだとか強さだとかは何となく感じられる程度にまで鳴りを潜め、代わりに整合騎士らしからぬ――それこそティーゼやロニエ、今現在のメディナやシノンといった《年頃の少女や女性らしさ》が、強く現れている。

 

 これはどういう事なんだろう――この期に及んでそんな事が気になって仕方がなくなっているユージオを、アリスはじっと見つめていたが、やがてユージオを驚かせる反応を見せた。

 

 その深く青い瞳が一瞬揺れたかと思うと、その目元に涙が浮かび上がった。つぅと頬へと流れるや否や、大粒の涙がぽろぽろと絶え間なく零れていき、涙の通った頬に赤みが射す。

 

 

「えっ、ええっ」

 

 

 ユージオは思わず驚いて我に返った。アリスが急に泣き出した理由が――いつもそうではあるのだけれども――全く掴めない。

 

 僕は何か悪い事をしたのだろうか。

 

 もしかして、こんなふうにまじまじと見られるのがとても嫌だったのだろうか。

 

 

「ええっと、アリス――」

 

 

 ひとまず何とかしてアリスを慰めようと思ったその次の瞬間、ユージオを極限付近まで驚かす出来事が起きた。

 

 今にも泣きじゃくってしまいそうになっているアリスが急に両手を伸ばし、ユージオの両頬を包み込んだ。かなり早い動作だったというのに、とても柔らかく、優しく包んでいた。

 

 そしてそのままアリスは自らの顔を一気にユージオの顔に近付け――その柔らかい唇で、驚きっぱなしのユージオの唇を塞ぐように重ねた。

 

 これまで感じた事がないくらいに、暖かくて優しい感触が唇から全身へと流れ込んできて、ユージオは声を発する事も、身動きを取る事もできなくなった。音も聞こえなくなり、頭の中が完全なる静寂に満たされる。

 

 それくらいにまで、今自分の身に起きている事が理解できなかった。いや、理解する事はできるものの、そこまでにひどく時間を要するようになっていた。

 

 そんな状態に置かれて十数秒後、ユージオの唇を満たしていた、これ以上ないくらいに好ましい感触は去っていった。アリスがゆっくりと離れていったのだ。

 

 しかし彼女は軽くユージオから離れた程度で動きを止めた。結局、すぐ目の前に彼女の顔があるのは変わらなかった。

 

 ユージオは絶句して彼女の顔を見ているしかなかった。そこでようやく思考が現状把握に追いつき、自分の身に起きた事が掴めた。今しがた自分はアリスに――。

 

 

「わたし……こんなに……お互いにこんなに大きくなるまで……時間をかけてしまったのね……」

 

 

 音を聞く事をやめていたはずの耳に声が届けられてきた。その声色は、つい先程自分を呼んだそれと完全に同じだった。そしてそれを発したのは、目の前にいるアリスだった。

 

 

「君は……まさか……アリ……ス…………?」

 

 

 思わずか細い声で呼びかけた直後、アリスは俯き加減だった顔を上げてきた。涙が通った後がくっきりと残っているその表情は、大いなる喜びと安らぎに満たされた笑顔だった。

 

 

「……全部思い出したわ。ようやくまた会えたわね……ユージオ」

 

 

 そう呼びかけられた瞬間、頭の中を激しく力強い閃光が走った。見る見るうちに、記憶が呼び覚まされていく。それは辛かったものや苦しかったものではなく、楽しかったもの。

 

 その楽しさと喜びに満ちていた思い出の中に共通して登場している、一人の少女。

 

 青い服の上から白いエプロンを身に着けていて、艶やかな長い金髪と、青い瞳が可愛らしい、ユージオの幼馴染。

 

 アリス・ツーベルク。

 

 思い出されたその姿が、目の前にいる女性――アリスと重なり、一つとなった。

 

 

「アリス……君なのかい……アリス……?」

 

 

 いまだに信じられなくて、ユージオはその手をアリスへ伸ばした。

 

 先程彼女がそうしてくれていたようにアリスの両頬を包み込むと、やはりとても好ましい触感が、心地良い温もりが手から腕を伝い、全身へ広がっていった。

 

 

「えぇ……八年もかかってしまったけれど、やっと、あなたのところに帰ってこられたわ」

 

 

 アリスはそう言って、頬を包むユージオの両手に自身の手を重ねた。ただでさえ暖かい手が、より暖かく、心地良くなる。

 

 そして、いつか再び見る事を夢見ていた微笑みを顔に浮かべ、アリスは続けた。

 

 

「ただいま、ユージオ」

 

 

 次の瞬間、ユージオは全身を縛っていた見えない鎖が砕け散ったのを感じた。ここに居るのは、自分の目の前に居るのは、アリスだ。

 

 そう、ずっと再会する瞬間を望み続け、そのためならば全てを擲っても構わないと思っていたアリス・ツーベルク。彼女がようやく帰ってきてくれた。

 

 奇跡が、起きた――そう理解した時、ユージオは涙を止める事ができなくなっていた。アリスの身体に手を伸ばして抱き締め、子供に戻ったように泣きじゃくるしか、できなかった。

 

 

「アリスっ、アリ゛スっ、よかった、よ゛かっだ……うあ、う゛あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」

 

「ええ……ええっ……本当に、よかった……ちゃんと……帰ってこれた……あなたの、ところに……ユージオの、傍に……うっ、うう゛っ……あああ゛っ……」

 

 

 アリスも次第に嗚咽を混じらせた泣き声になり始めた。やがてユージオとアリスは抱き合ったまま、大きな声で泣き出してしまった。

 

 どちらも、これまで出した事がないくらいに大きな声で、セントラル・カセドラルから人界中に響かせようとしているかのように、全身を震わせて泣いた。

 

 溢れ出す涙は不安と恐怖から解き放たれた歓喜と安堵で満たされていて、悲しみなど一切なかった。そんな涙を一粒流すたびに、ユージオは全身と心が軽くなっていくのを感じていた。

 

 それは抱き合っている彼女もまたそうなのだろうか。いや、そんな事はどうでもよい――ユージオは抑え込まれていた全てを解き放つように、ただただ泣き続けたのだった。

 

 

「えぇっと、嬢ちゃん」

 

 

 しばらくして二人で泣き止んだ頃に、話しかけてきたのはベルクーリさんだった。涙を拭って向き直ってみると、彼はファナティオさんと一緒に近付いてきていて、何やら不安そうな顔をしていた。

 

 

「小父様……!」

 

 

 アリスが呼びかけに応じると、ベルクーリさんは目を丸くした。

 

 

「嬢ちゃん、オレの事がわかるのか。ユージオの事が本当にわかるようになった代わりに、オレ達の事がわからなくなってるだとか、そういうのはないのか?」

 

 

 アリスもまたユージオ同様に涙を拭い、笑顔で答えた。

 

 

「忘れるわけがありませんよ。小父様やファナティオ殿……ここまでわたしを連れてきてくれた皆の事を」

 

 

 ありのままの全てを包んだ言葉をアリスが告げたその時、ベルクーリさんよりも先に反応を示したのはカーディナルさんだった。

 

 

「上手く、いったのじゃな。アリス・ツーベルクとアリス・シンセシス・サーティ……その両方の記憶を一つに融合させる術は」

 

 

 アリスはカーディナルさんの方へ向き直り、頭を下げた。

 

 

「はい。最高司祭様とカーディナル様のおかげです。お二人のお導きのおかげで、わたしは全てを取り戻す事ができました。本当に、何と感謝したらよいのか、皆目見当が付かないくらいです」

 

 

 カーディナルさんは少し苦笑いしているような声を出した。

 

 

「おいおい、お主をここまで導いたのは、わしとクィネラだけではないであろうに」

 

 

 そう言われたアリスは顔を上げて、カーディナルさんが指し示す方を見た。そこに居たのは、キリトとシノンとリランとルコ、その仲間達だった。ここまでずっと一緒に戦ってくれて、自分達をここまで連れてきてくれた張本人達であり、ユージオにとってかけがえのない恩人達だった。

 

 その筆頭であるキリトが、シノン、リラン、ルコを連れて歩み寄ってきた。

 

 

「アリス」

 

「……キリト」

 

 

 アリスから呼ばれるなり、キリトは顔にとても柔らかい笑みを浮かべた。今しがたアリスが見せてくれた笑顔にそっくりだった。

 

 

「その様子だと、全部思い出せたみたいだな」

 

「えぇ、何もかも思い出す事ができたわ。ユージオの事も、あなたの事も。まさか、本当にわたしを迎えに来て、全てを取り戻させてくれるだなんてね」

 

「あぁ、ここに居る皆と、ユージオのおかげだよ」

 

 

 アリスはキリトと、その周りの皆を見回して、再度微笑んだ。

 

 

「ありがとう、キリト。ありがとう、皆」

 

 

 アリスの素直なお礼に、仲間達は「よかったね、アリスさん」「どういたしまして!」と言って答えた。誰もが皆、弾むような笑顔でアリスを見つめていたのだった。

 

 

「あ……」

 

 

 その直後、そんな皆が驚くような出来事が起きた。カーディナルさんの隣に立っていたクィネラ様が、突然その場に腰を落とした。

 

 自らそうしたのではなく、何か――例えるならば《心意の腕》みたいなものだろうか――に引っ張られるようにすとんと落ちたものだから、皆揃ってびっくりしてしまった。

 

 

「げ、猊下(げいか)!? どうなさったのですか!?」

 

 

 近くに居たファナティオさんが焦ると、クィネラ様はひどくきょとんとしたような顔で答えた。

 

 

「……なんだか、アリス様とユージオ様の事を見ていたら……これまで経験した事がないくらいに安心できてしまって……そしたら急に、身体に力が入らなくなってしまいまして……」

 

 

 皆が「ああ――……」という声を漏らす。「何だ、そんな事かぁ」と心底安心したのだろう。

 

 実際、クィネラ様もまたアドミニストレータというもう一人の自分自身を逝くべきところに逝かせる事ができて、そして最後に残っていた、アリスの記憶を修復させるという役目を無事に終える事ができたのだ。

 

 力が抜けてしまうくらいに安心してしまっても、何も不思議な事はないだろう。クィネラ様だけではなく、この場に居る全員が深い安堵をその胸に抱き、安心に包み込まれていた。

 

 アドミニストレータとハァシリアンの両名を倒してアリスを元に戻すという、対策本部の最終作戦は無事に完了した。

 

 ようやく皆が肩の荷を降ろす時が来たのだから、誰もが安心して当然なのだ。今更ながら気が付いて、ユージオは一人納得していた。

 

 

「ねぇ、ユージオ」

 

 

 その中で、ユージオの身体から離れたアリスが、もう一度声をかけてきた。ユージオは顔を向け直し、尋ねる。

 

 

「なに?」

 

「急で悪いのだけれど、お願いしたい事があるの」

 

「それって?」

 

 

 アリスは「ふふん」と愛らしく笑んで、ユージオの問いかけに応えた。

 

 

「一緒に冬追の背中に載って、《ルーリッドの村》に行ってほしい」

 

 

 

          □□□

 

 

 アリス・シンセシス・サーティでもあり、アリス・ツーベルクでもある存在となったアリスは、上司達、仲間達と共にセントラル・カセドラルを出た後すぐに、正式に恋人となったユージオと、彼の頼もしき仲間の一人である冬追の背中に載って帰郷を果たした。

 

 これは本人達から聞いた話でしかないのだが、《ルーリッドの村》へ帰って妹のセルカ、父親のガスフトと再会して早々、アリスはまたしても大きな声で泣いてしまったらしい。あれだけユージオと一緒に泣いた後だというのに、だ。

 

 それはセルカもガスフトも同じだったらしく、三人揃って大きな声で泣き、その声は《ルーリッドの村》のどこに居ても聞こえてくるくらいによく響くものだったという。

 

 その夜、村長ガスフトの手引きによって《ルーリッドの村》にて宴会が開催された。それはユージオがギガスシダーを切り倒した日の夜の祭よりも大規模で、夜である事が忘れられてしまうくらいの、どんちゃん騒ぎであったそうだ。

 

 全てを取り戻したアリスは、セルカとガスフト、そしてユージオと共に祭を楽しんでいたという。そんなアリスと正式に恋人となれたユージオもまた、とても喜んで祭を楽しんだらしい。

 

 そしてその祭が終わりに差し掛かった頃に、アリスとユージオの《EGO》が覚醒を果たし、二人の前に現れたのだという。

 

 アドミニストレータによって生成されてアリスに与えられた神器《金木犀(きんもくせい)の剣》、及び北の山脈の洞窟内から発見されて、ユージオの所有物となっていた《青薔薇(あおばら)の剣》は、二人が《EGO化身態》となった時に、《進想力(しんそうりょく)》によって焼失してしまった。

 

 神器と言えど、人間が《EGO化身態》となる時に集まる膨大なエネルギーの奔流(ほんりゅう)には耐えられなかったのだ。

 

 しかし、あれらは物が物であったため、後継品をどうするか悩ましいところだった。

 

 武器を作るのはクィネラやリズベットが得意としており、彼女達ならばアリスとユージオが使いこなしていた《金木犀の剣》と《青薔薇の剣》と同等のものを作り出せる。

 

 だが、仮に作ったとしても、あの二本のようにアリスとユージオの手に馴染み、尚且つ二人と短期間のうちに絆を結べるかは疑問であり、待ち構えているダークテリトリーとの和平交渉とその失敗で起こるであろう大戦には間に合わないのではないかと不安だった。

 

 そんな中に丁度良く現れた二人の《EGO》は、光の紋様を纏っている事以外は、何の偶然か、失われた二本の剣に酷似した見た目をしていた。

 

 それまで二人を守り、二人の力となっていた二本の剣は、二人の《EGO》となって転生し、再び二人を守り、振るわれる力となろうとしているのではないか――帰ってきた二人から話を聞いたキリトはそう思い、伝えた。

 

 これまで以上に親密な様子を見せるようになった二人は、キリトの言葉を聞き入れて、納得したようだった。そして、「これでまたキリト達と一緒に戦える」と二人揃って言ってくれたのだった。

 

 その返答を聞いて、アリスとユージオにはもう何の心配もいらないとキリトは思い、心の底から深い安堵を抱いたのだった。

 

 

 翌日、避難先から央都セントリアへ戻ってきた民達のほとんど全員を集め、クィネラと整合騎士達がとある声明を行った。

 

 それは勿論、メディナの一族であるオルティナノス家の事だ。

 

 オルティナノス家が《欠陥品》であるというのは、公理教会を乗っ取り、人界を支配していた偽りの最高司祭によって流布された身勝手な取り決めである。

 

 オルティナノス家の現代の当主であるメディナ・オルティナノスは、先日央都を襲撃し、人々を(おぞ)ましい兵器へ改造しようとしていた偽りの最高司祭を、真実の最高司祭と整合騎士達、勇猛なる剣士達と共に討ち(はら)ってみせた。

 

 央都を襲っていた化け物達が全て倒れ、セントラル・カセドラルが本来の姿を取り戻したのは、自分達の手によって偽りの最高司祭が倒されたため。彼女はその作戦に最大限に協力してくれた功労者である。

 

 彼女は偽りの最高司祭に嵌められて、ありもしない汚名を着せられていたというのに、それをその手で見事に雪いでみせた、《欠陥品》からは程遠い、誇り高き一族の当主である――それがクィネラとカーディナルを中心とした公理教会からの声明だった。

 

 最高司祭であるクィネラからの直々の声明という事で、聞かずにはいられなかった央都の民達は、その事実を告げられた時、ものすごい驚きの声を上げていた。

 

 そして、クィネラからの声明でもあるにも関わらず、メディナの功績を受け入れなかった。

 

 ある者は、

 

「そんなわけあるか。オルティナノスは《欠陥品》であるというのは大昔から存在している事柄だ。そうだろう!?」

 

 と反論して周囲の大衆を扇動し始め、またある者は、

 

「央都が襲われて、我々が死にそうになったのは、オルティナノスのせいだ。オルティナノスがあの化け物共を連れてきたのだ!」

 

 と更に煽り、またある者は、

 

「《欠陥品》オルティナノス家め、最高司祭様を(たぶら)かしたのだな! 消えてしまえ!」

 

 と言って、クィネラの近くにいるメディナに向かって石を投げ付けた。

 

 その一人の行動が皮切りになり、すぐさまその場に集まる民衆の多くが続々とメディナに物を投げ始めてしまった。

 

 安全が保証されていた央都の襲撃を受け、機械人間に連れ去られそうになるという大いなる恐怖に晒された人々――主に大昔にハァシリアンの血の汚染を受けた被害者である上級貴族達――は、胸中に大いなる不安を募らせていた。

 

 その中で、「自身らが散々罵っていたオルティナノス家が《欠陥品》というのは誤りである」、「もうオルティナノス家を蔑んではいけない」なんて言われたのだ、どこにも押し付けようがない不安が怒りと憎悪に変わり、メディナへ向いたのだろう。

 

 実に理不尽極まりないが、央都に暮らす上級貴族達ならばそうやるだろうという予想はできていた。そしてその通りになってしまった。

 

 しかし、怒る大衆が投げ付ける物がメディナを襲う事はなかった。怒声と罵声と共に放たれてきた石やら瓶やらがメディナに着弾する直前で――あろう事かクィネラが盾になるようにその間に入り込み、その身で全て受け止めたのだ。

 

 瓶がクィネラの額を直撃し、血が流れ出る。

 

 流石に最高司祭がメディナを庇って負傷すると思っていなかった民衆達は、驚愕(きょうがく)して動きを止めた。そしてクィネラに呼びかける。

 

「最高司祭様、その娘を突き出してください!」

 

「最高司祭様、下がってください。そいつは邪悪な娘です!」

 

 誰もがメディナへの蔑みを、メディナの排除を止めようとしていなかった。

 

 そこでクィネラは言い放った。

 

「オルティナノス家が《欠陥品》と呼ばれるようになったのはわたくしのせいなのです。わたくしが偽りの最高司祭を恐れて、その横暴を止めようとしなかったから、このような事になったのです。罰せられるべきはわたくし――公理教会の最高司祭なのです」

 

 クィネラはよく届く声で告げて、その場から動こうとしなかった。

 

 それはただ功労者であるメディナを庇おうとしているのではなく、メディナをここまで追い詰め続けた事に対する責任を取ろうとしているかのようだった。

 

 オルティナノス家を苦しめていたのは、公理教会の最高司祭。だから、オルティナノス家に向けられた憎悪と罵倒は全て自身が受けるべきものである――クィネラはそう伝えるように、その場にとどまり続けた。

 

 そんな光景を目の前で見せられたメディナは、当然というべきかクィネラの更に前に躍り出て、大衆とクィネラの間に入り、クィネラを(かば)う姿勢を取った。

 

「私に石や瓶を投げつけるのは構わない。だが、最高司祭様に物を投げつける狼藉(ろうぜき)は許さない!」

 

 と怒鳴り、クィネラの盾になろうとしたが、すぐさまクィネラが姿勢を戻し、メディナを掴んで後ろに動かそうとした。クィネラがメディナを庇おうとして、メディナがクィネラを庇おうとする応酬が繰り返される。

 

 すると、それを見た貴族達は、

 

「もしかして最高司祭様の(おっしゃ)られている事は本当なのか?」

 

 とざわめき出し、

 

「私は最高司祭様とお話をさせていただいた事がある。最高司祭様は私が知りたかった事を全て教えてくださった」

 

「最高司祭様はいつも真実だけを語っておられた」

 

 と、クィネラと実際に会って話をした者達が声を上げ始めた。

 

 その中には、西帝国でハァシリアンに騙されたメディナ達に利用されていた者達も居た。彼らは、

 

「我らをどんなに苦しんでいようと救わないどころか、生贄程度にしか思っていない、偽りの最高司祭が居た」

 

 だとか、

 

「最高司祭様の仰っている事は真実だ。最高司祭様は我らを実際にお救いくださった」

 

 と言い、クィネラの声明の真実性を説得しにかかった。

 

 そして最後にクィネラの前に躍り出たベルクーリが、

 

「こうなった最高司祭殿は梃子(てこ)でも動かねえぞ。それでもお前らは石やら瓶やらを投げつけるのか」

 

 と一喝。

 

 更にそこに、意外にもエルドリエが並び、

 

「貴様らが生きていられるのはメディナ・オルティナノスが我々と共に偽りの最高司祭を討ち祓ったからだ。彼女が戦わなかったら、貴様らは今頃あの悍ましい兵器の腹の中に仲良く収まっていただろう。これ以上狼藉を働こうものならば我らが直接相手になってやるぞ」

 

 と忠告を発した。

 

 そこでようやく大衆は落ち着きを取り戻し、静まり返った。その直後にクィネラが立ち上がり、

 

「受け入れがたい真実かもしれません。ですが、どうか受け入れていただけませんか。メディナ・オルティナノス様のお力添えがあったからこそ、わたくし達は人界を救う事ができ、皆様をお守りする事ができたのです。それが、皆様にお伝えしたかった事でございます」

 

 と懇願するように言った。その宣言でようやく効き目が出たらしく、そこからメディナを非難したりする者は現れなくなったのだった。

 

 

 声明の終了後、メディナはクィネラが出した要求を見事達成したという事で、整合騎士見習いとして正式配備される事となった。

 

 例え《EGO使い》であったとしても、流石に見習いと下級をすっ飛ばして、いきなり上級の整合騎士としてメディナを配備するわけにはいかなかったらしく、クィネラはすまなそうにしていた。

 

 しかし、当のメディナはというと、これまで見た事がないくらいに純粋に喜んでいた。ようやく《欠陥品》呼ばわりされる事がなくなり、ずっと目指し続けていた整合騎士という役職に就く事ができたのだから、当然だろう。

 

 これからメディナ・オルティナノスの快進撃が始まるのかもしれない。いや、(ある)いは一般的な女性らしく暮らしていくのかもしれない。どちらを選ぶかは、もう全て彼女の自由である。ようやく彼女は自由となったのだ――声明の現場を見ていたキリトはそんなふうに思っていた。

 

 メディナの婚約者となったグラジオ・ロレンディアはというと、ティーゼとロニエ同様に修剣学院へ帰る事となった。だが、メディナの《傍付き練士》は変わらずに続けるそうで、尚且つ強力な《EGO》を使えるという事で、整合騎士達のピンチヒッター的な役割も与えられたのだという。

 

 普段は修剣士として学びつつ、メディナの婚約者として過ごし、更に整合騎士達の緊急戦力として現場へ向かう――とても一人の修剣士に被せるべきではない激務だが、それでもグラジオはやる気だった。

 

 やはり婚約者であるメディナと一緒に居られて、整合騎士達に戦力として認められたのが嬉しかったのだろう。

 

 多忙だろうが、それでもあいつなら成し遂げる。キリトは誇らしい後輩の一人を見て、確信を得ていたのだった。

 

 

 そんな濃厚な数日間を経たキリトは今、再びセントラル・カセドラルの最上階へ赴いていた。

 

 近くにはシノン、リランといったいつものメンバーに加え、現実世界からやってきてくれた仲間であるアスナ達の姿もある。

 

 これまで幾度となく危機や困難に立ち向かい、その都度乗り越えてきた仲間達と共にキリトは、大理石で作られたコンピューターのような端末を操作している者を見つめていた。

 

 

「クィネラ、どうだ? 繋がりそうか」

 

 

 このアンダーワールドの人界の管理者として実装された存在であるクィネラは、端末から手を離した。間もなくこちらに向き直ったかと思うと、首を横に振る。

 

 

「……申し訳ございません、キリトにいさま。通信は隔絶されたままのようです。菊岡様にも、かあさまにも、一向に繋がりません」

 

 

 そんな反応をするべきではないとわかっていたものの、キリトは落胆の溜息を吐いてしまった。

 

 

「やっぱり駄目か……今ならいけると思ったんだけどなぁ」

 

「外部と通信できなかったのは、アドミニストレータのせいじゃなかったのね」

 

 

 キリト同様溜息交じりのシノンの呟きに、クィネラは頷く。

 

 

「はい。ですが、《システム・コンソール》自体は正常に稼働しております。問題は完全にラース……現実世界(リアルワールド)側にあるようです」

 

「あっちの方で何か障害が起きてるとか、そういう事なのかな」

 

 

 アスナの問いかけにクィネラは「わかりません」と答える。

 

 納得できなかったのか、リランがクィネラの隣に並び、《システム・コンソール》の操作に取り掛かった。

 

 

「この辺はどうだ。それともこことか……どこかに見落としがあったりするのではないか」

 

「わたくしもそう思って設定などを見直したりしました。しかし、どこも正常なのです」

 

 

 数秒操作を繰り返したリランは端末から手を放し、「そのようだな……」と溜息を吐いた。

 

 アスナ達の話によると、今のラースにはリランの育ての母親である神代(こうじろ)凛子(りんこ)博士も居るとの事だ。

 

 リランは表には出さないものの、凛子博士との再会を待ち望んでいたから、《システム・コンソール》が使えるようになれば、凛子博士とまた話せると思っていたのだろう。

 

 だからこそなのか、今のリランからは落胆が大分強めに出ているように感じられた。

 

 

「って事はやっぱり、《最終負荷実験》はあたし達で何とかするしかないって事なのかな」

 

 

 リーファが不安そうな顔で言うと、キリトは顎元に手を添えた。

 

 もしここで現実世界と通信が繋がったならば、ログアウト処理をしてもらって帰還し、菊岡と愛莉(あいり)に《最終負荷実験》を中止してもらうよう頼み、説得するつもりだった。

 

 だが、その菊岡と愛莉以前に、外部との連絡が繋がらないのであれば、どうにもならない。

 

 

「そうするしかないな。前から考えていた暗黒界との和平交渉をやるしかなさそうだ」

 

「ねぇ、それって本当に上手くいきそうなの?」

 

 

 リズベットからの問いかけにキリトは「ううーん」と言ってしまう。

 

 正直なところ、ダークテリトリーの者達がどれほど信頼してよいものなのかは、全くわからないに等しい。

 

 一応ゴブリン族やジャイアント族と接触した事はあるが、連中はこちらを完全に敵と見なしており、何の話も聞いてくれず、攻撃を仕掛けてくるだけだった。彼らはこちらに殺意以外の感情を抱いていないようだった。

 

 そんな連中が大半を占めるであろうダークテリトリーの中にも、こちらとの大戦を望んでいない者達だっているはずだが――果たして、そんな者達を運よく見つけられて、尚且つ大戦を望む派閥を説得してもらう事ができるかどうかは未知数だ。

 

 

「それはやってみない事には……だけど、ダークテリトリーの人達にだって、人界との大戦を望んでいない人達がいるはず――」

 

「最高司祭様――!」

 

 

 と言いかけたところで、後方から飛び込んできた声があった。皆で軽く驚いて振り向いてみたところ、一人の少女がこちらに走ってきていた。アリスだった。

 

 

「どうされたのですか、アリス様」

 

 

 クィネラが応対にかかると、アリスはひどく焦った顔で答えてきた。

 

 

「東の大門に、暗黒界の飛竜が一体、飛来してきました!」

 

 

 

《キリト・イン・ビーストテイマー アリシゼーション・リコリス 終わり》

 





 次回から、キリト・イン・ビーストテイマーの終章『ラスト・リコレクション』編。
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