キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 キリト・イン・ビーストテイマーの終章、開始。

 


―ラスト・リコレクション 01―
01:暗黒界の使者


 

          □□□

 

 

 

「このまま突っ込むぞ! ドロシー、サライを離すな!」

 

 暴れ狂う風の音に混ざって兄の声が聞こえた。指示を受けたドロシーは、今まさに兄と自分の間に居る子供をしっかり挟むようにして力を入れる。

 

 少し苦しいかもしれない。だけど、ここで自分が力を(ゆる)めて手を放そうものならば、(またた)く間にこの飛竜の背中から投げ出され、地面に叩き付けられて終わりだ。そんな事は絶対にさせない。

 

 何としてでも、これから起こりうる大厄災を防ぐための役目を果たし、無事に生還しなければならない。そのために、ここにいる三人の誰かが欠けてはいけないのだ。

 

 後ろから禍々しい叫び声が聞こえる。自分達を追うミニオンの出す咆吼(ほうこう)だ。先程に続いて、もう一度遠距離攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。

 

 彼の者達からの逃避行に突入してから、既に十回以上攻撃を受けているが、その都度自分達を載せる飛竜は全ての攻撃を回避してくれていた。それは兄の手腕によるものだった。

 

 しかし、この飛竜も随分(ずいぶん)と長い間飛んでいるうえ、急な回避行動を繰り返させられている。飛竜は(すで)に疲労し、徐々に飛行速度を落とし始めていた。次の攻撃を回避できるかどうかも怪しいかもしれない。

 

 だからこそ、ドロシーは口を開き、呪文を唱えた。

 

「災厄の神は笑わない。この身は常に勝利する……我が道の征く先には栄光を……その背には屍を。あらゆる剣も槍も、我が身を貫く事はない……!」

 

 それは危機に(ひん)した時、ドロシーを守ってくれるようにと祈る言葉でもあった。

 

「常勝の戦士の名は『ドロシー・イザヤ・エリシュヴァ』……」

 

 我が身に如何なる危機が訪れようと、それは全て跳ね除けられる。どんな敵が立ち塞がろうとも、最後に勝つのは自分達。これまでずっと自分を支えてきた呪文を、ドロシーは繰り返し口にしようとした。

 

「あう゛ッッ」

 

 それは叶わなかった。途中で背中と腕に衝撃が走った。間もなく焼けつくような熱さと痛みが襲い来て、その部位から感覚が消失した。

 

 自分の身に何が起きたのか、ドロシーは瞬時に理解する事ができた。ミニオンの攻撃に当たってしまったらしい。ミニオン達は正確に狙う事をやめて、小規模な弾幕を放つ事で、意地でも攻撃を当てようとしてきた。

 

 結果的にそれは成功し、出鱈目に放たれた暗黒術砲弾のうちの一発がドロシーに命中した。腕に力を入れられなくなったのを感じた時、ドロシーは宙を舞っていた。

 

 今の一瞬で、兄の駆る飛竜の身体から投げ出された。

 

 そしてそれは最悪な事に、ドロシーだけではなく、兄と共に守っていた、黒い髪の小さな少女サライも一緒だった。背後から支えていたドロシーの手が離れたうえ、ドロシーが受けた衝撃を同じように受けてしまったからだろう。

 

 しかし、幸いな事にサライに怪我は見受けられなかった。確認したドロシーは籠手(こて)を壊されて傷だらけになった両腕に力を入れ直そうとした。腕が今にも千切れてしまいそうな痛みが襲い来て、全身にまで廻ろうとする。

 

 それでもドロシーは力を入れて、サライを抱き寄せた。そのままドロシーが下になる形で地面へ落ちる。

 

「ドロシー――――ッ!! サライ――――ッ!!」

 

 兄の絶叫が耳に届いた。目を向けたところ、こちらに飛び込んでくる兄と、遠ざかる飛竜の姿が見えた。

 

 どうやら、結局のところ三人同時に落ちてしまったらしい。いや、オーガ族という亜人族の身でありながら、暗黒界人である自分を本当の妹のように可愛がってくれた、心優しい兄の事だ、自ら飛竜と自身を繋ぐ縄を手放し、助けに来てくれたのだろう。

 

 三人一緒になって地面へと落ち行く中で、(よみがえ)る記憶があった。

 

 それは兄の師匠でもあった、かあさんが生きていた頃の記憶だ。

 

 まだ幼かったある時、ドロシーはかあさんに尋ねた。

 

「世界が終わるのと自分が死ぬの、何が違いがあるの。

 世界というものは、私が認識して初めて、私にとって『世界』になる。私が死ねば、私が見ている『世界』もおしまい。

 私が死ねば、私は世界を見る事ができない。だからそれは、世界の死と同じなのでは」

 

 と、不安そうに尋ねるドロシーに、かあさんは言った。

 

「かあさんが死んでも、その思い出はドロシーの中で生きている。とうさんの思い出も、かあさんの中で生きている。自分が死んだとしても、命はそこで終わりじゃないんだよ。

 決して見えずとも、続いていくものが確かにある。世界はそうして、自分が消えた後もちゃんと続いていくんだ」

 

 かあさんの言っていた事が本当ならば、私の命も誰かの中で生き続ける。きっと、無駄じゃない――そうドロシーが胸中で思ったところで、首元からふわりと浮かび上がって、視界に入ってきたものがあった。

 

 青い宝石が銀色の金属で縁取られた、丸みがかった菱形のペンダント。かあさんの形見だった。落下の風に煽られて浮かんできたようだ。

 

 命は死んでも終わらない。大切な人の中で生き続けている。ならば、かあさんは自分と兄の中にまだ生きているというのだろうか。

 

 もしそうなのであれば、かあさん、応答してください。

 

 どうか、答えてください。

 

 どうか、答えて――。

 

 ペンダントは沈黙していた。かあさんは応答してくれなかった。それでもドロシーは願い続けたままサライ、兄共々落下し続けた。

 

 途中で兄が追い付き、ドロシーとサライの下に回り込み、自らを下敷きにしようとした。それもまた優しい兄らしい行動だった。

 

 そして三人は、地面に衝突した。

 

 身体が叩き付けられた地面は――硬くなかった。

 

 多少は硬かったものの、ドロシーが想像していたよりは(はる)かに柔らかかった。まるで少し硬めの高級なベッドのようだ。

 

 えっ、地面ってこんなに柔らかいものなの――ドロシーは胸中で驚きながら、ふと目を開けた。空が流れていっている。いや、雲も岩山も、目に映る全てのものが遠くへと流れていっていた。

 

 それは、飛竜に載っている時に空を見上げた時に見える光景そのものだった。

 

「よかった、間に合った!」

 

「間一髪だったわね!」

 

 ドロシーの方から見て上方向から声がした。聞いた事のない男性と女性の声だった。何が起きているのか全く(つか)めず、ドロシーはサライを抱きかかえたまま身体を起こす。

 

「な、なんだこれは……?」

 

 同じように身体を起こした兄の声も聞こえたが、ドロシーは周囲を見回した。そこは――飛竜の背中の上だった。

 

 だが、その飛竜はドロシーの知る飛竜とは違い、鱗ではなく、白い毛に身体を包み、翼膜のある翼ではなく、羽毛で構成された巨大な翼で空を飛んでいる。何より、飛竜よりもずっと大きかった。

 

 そんな全く見た事のない生き物の背中が、今のドロシーの居る場所だった。この生き物はいったい何なのだろう。自分達はどうしてここに居るというのだろうか。

 

 と思った次の瞬間、下から突き上げてくるような衝撃が襲ってきた。自分達を載せる白い生き物が起こしているものなのは間違いなかった。

 

「どこでもいいから掴まれ! 振り落とされるな!」

 

 また聞いた事のない男性の声がした。間もなくして、兄の声が続いてきた。

 

「ドロシー、サライ、拙者に掴まれ!」

 

 振り向くと、兄が白い生き物の剛毛を掴んで背中を向けていた。ドロシーは咄嗟(とっさ)の判断で兄の身体に腕を廻した。焼けるような痛みが腕を襲い続けているものの、ドロシーはしっかりと兄の身体に掴まった。

 

 間もなく自分の身体にも腕が廻されてくる。兄の指示を聞き入れたサライが掴まってくれたのだ。これで何とか安全は確保できた――かもしれない。

 

「リラン、飛ばせ!」

 

 男性の号令の直後、白い生き物はその大きな翼を羽ばたかせて、力強い飛行を開始した。直後、遠くからミニオンの咆吼が聞こえてきた。身体を少し動かして顔をそちらに向けてみたところ、ミニオンが追ってきて、暗黒術砲弾を放ってくるのが見えた。

 

 白い生き物は、後ろが見えていないはずなのに、暗黒術砲弾が迫り来るや否や、兄の駆る飛竜を超える驚異的な速度と身のこなしでひらりと回避して見せた。

 

 あまりの反応と運動にドロシーが呆気に取られていると、白い生き物はもう一度速度を出して飛翔し、ミニオン達との距離を一気に離す。直後に上昇と旋回を行い、ミニオン達の方へ身体の向きを変える。

 

「ぶちかませッ!」

 

 男性の指示がもう一度響くと、白い生き物はかっと(あぎと)を開き、口内から燃え盛る火炎弾を連射した。大砲を発射した時のような爆音と共に放たれた火炎弾は空を裂いて真っ直ぐ突進し、襲い来るミニオン達の内の一匹に着弾した。

 

 火炎弾はドロシーが想像していたよりも大きな爆発を引き起こし、着弾点となったミニオンの周囲に固まっていたミニオン達を吹き飛ばし、消し炭に変えた。

 

 しかし全滅させるまでには至らなかった。巻き起こった爆炎を切り裂いて、三匹ほどのミニオンが突撃してきた。

 

 白い生き物はもう一度火炎弾を数発放って迎撃するが、ミニオン達も学習したようで、向かってきた火炎弾を全て回避した。

 

 ミニオン達が反撃として再び暗黒術砲弾を放とうとすると、白い生き物は反転してミニオン達に背を向け、そのまま速度を出して飛翔を再開した。

 

 そのままミニオン達との追い合いに入るのかと思いきや、城壁がすぐ目の前に見えてきた辺りで勢いよく地面に着陸した。大きな衝撃が襲って来るかと思ったが、白い生き物は先程から存分に見せている身のこなしで衝撃を全く起こさずに着地して見せた。

 

 そこでようやく、自分達の前方に人が乗っていた事にドロシーは気が付いた。

 

 一人は黒い髪に黒い服を着ている剣士。もう片方は白水色の髪に、肌の露出が何となく多い青と白の軽装に身を包んだ弓使いの女性だった。二人のどちらかが、この白い生き物の主なのだろうか。

 

 二人は白い生き物から飛び降りて、それぞれの得物を構える。すぐさま、ミニオン達が彼らのすぐ前方にまで迫り来た。

 

「何なんだ、こいつら。魔獣なのか」

 

「どうかしらね。だけど、随分(ずいぶん)と気持ち悪い見た目した奴らなのは確かじゃない?」

 

「あぁ。ヤツメウナギとガーゴイルを合体させたら事故ってこうなったみたいな奴らだな」

 

 ヤツメウナギにガーゴイル? どれもドロシーの知らない言葉だった。だが、彼らはこの者達が何なのか把握できていないらしい。

 

 それもそうだろう。あれらは人界には存在しないものなのだから。その正体を口にしたのは、彼らに続いて白い生き物から飛び降りた兄だった。

 

「あれはミニオンだ。暗黒界の暗黒術師ギルドの連中が土塊(つちくれ)から作り出した魔獣でな。それなりの戦闘力を持っているから気を付けろ!」

 

 兄はそう言って彼らに並び、右手に槍を、左手に短銃を構えた。様々な武器を使う者達が集う暗黒騎士団の中でも特異とされる取り合わせだ。ドロシーもその後に続き、兄の隣へ向かう。

 

「人界の名のある剣士とお見受けする。お目通りを願いたい!」

 

 兄に並んだドロシーは剣士と弓使いに呼びかけたが、果たして彼らは妙に驚いていた。ドロシーではなく、兄を見てだ。彼らはきっと人界に閉じ籠って暮らしていたが故に、オーガ族を知らなかったのだろう。

 

 彼らの事情を何となく考えながら、背負っていた大鎌(おおがま)を引き抜いて構える。だが、そこでまたしても腕に焼けるような痛みが走り、持っていた大鎌を落としてしまった。

 

 その音が人界の剣士と弓使いを我に返らせたらしく、そのうちの剣士の方が駆け寄ってきた。

 

「……これは俺の予想だけど、君達は人界の誰かに用がある。それで、こちらに危害を加えるつもりはない。それどころか、俺達を助けようとしてくれている。そしてあいつらを倒さない限りはおちおち話をする事もできない。これで合ってるか?」

 

 両手に剣を持つという、兄と似た特異な構えをする黒髪の剣士の問いかけに、ドロシーは頷きで答えた。彼の言っている事は今まさに自分が言おうと思っていた事だったからだ。

 

 随分と考えの巡る人だ。いや、それとも自分の考えている事が顔から出てしまっていたか。

 

「人界の剣士達よ、助力願えるか」

 

「あぁ、やってやるよ!」

 

 兄の呼びかけに黒髪の剣士は答え、ミニオンに斬りかかっていった。

 

 新たなる敵を視認したミニオン達は一斉に咆吼し、先程同様に口元に闇の力を収束させた。直後、その口内に溜め込んだ闇の力を暗黒術砲弾として放つ。轟音と共に発射された暗黒術砲弾は、真っ直ぐ剣士の元へと突進する。

 

 黒髪の剣士はぎりぎりのところまで暗黒術砲弾を引き付けてから、横方向に飛び込むようにして回避した。ついさっき自分達を助けてくれた白い翼の生き物に引けを取らないほどの見事な身のこなしだった。

 

 黒い髪の剣士という標的を見失った暗黒術砲弾は何も居ないところへ飛んでいき、やがて地面に着弾。狭い範囲しか巻き込めない程度の爆発を起こして消滅した。ミニオンは回避される事を想定していなかったのか、怒りのそれと思わしき奇声を上げて剣士に襲いかかる。

 

「ミニオンの爪は存外鋭いぞ! 斬られないように注意しろ!」

 

 兄が注意喚起すると、黒髪の剣士は背中を見せながら「わかった!」と答えた。次の瞬間、黒髪の剣士に接敵したミニオンがその鋭い爪で斬りかかった。

 

 黒髪の剣士は自分達の着込んでいる鎧ではなく、黒いコートのような軽装に身を包んでいる。とてもミニオンの爪を受け止められそうには見えない。

 

「避けてください――」

 

 ドロシーが呼びかけたその時、ひゅんっと何かが素早く横切っていったのが感じられた。間もなくして、剣士の目の前に居たミニオンが悲鳴を上げて体勢を崩した。何事かと驚いて、目を向けてみたところ、ミニオンの胸部付近に矢が突き刺さっているのが確認できた。

 

 あの矢はいったい――そう思って咄嗟に振り返ったところ、射手を見つけ出せた。黒髪の剣士と共に白い生き物に乗っていた白水色の弓使いの女性が、矢を放った直後の姿勢をしていたのだ。

 

 どうやら、この女性が黒髪の剣士への援護射撃を行ったらしい。ミニオンは暗黒術砲弾を回避される事は想定できていたものの、剣士の後方から矢が飛んでくる事は想定していなかったようで、完全に不意を突かれたようによろけた。

 

「はあッ!」

 

 隙だらけになったミニオンに接敵した黒髪の剣士は、右手の黒い剣、左手の紅白の剣を振るった。袈裟斬り、掬い上げ、斬り下ろし。まるで舞のような連撃がミニオンに叩き込まれる。

 

 もし、この世界に剣舞というものが存在しているのであれば、あの者の放つ連撃のようなものなのだろうか――そんな事を考えてしまうくらいに、剣士の放った剣術は美しささえ感じさせてくるものだった。

 

 あの剣士は、その見た目からは想像できないほどに剣術に(ひい)でている猛者(もさ)に違いない。という事は、あの者も整合騎士なのだろうか。思わずそんな事を考えているドロシーの視線の先で、矢の不意打ちと剣士の斬撃を受けたミニオンは断末魔を上げて、その身を地面に崩れ落ちさせた。すぐさま黄金の光となって消える。

 

 これにて一匹撃破。残りのミニオンは――五匹確認できた。まだ結構な数が生き残っていたらしい。

 

《下等で醜悪な《使い魔》どもめ、消えるがいい!》

 

 その時、ドロシーは思わず飛び上がりそうになるくらいに驚いた。今、《声》が聞こえてきた。耳にではなく、頭の中に直接響いてくるような、初老の女性の《声》だった。

 

 今のはいったい何――先程から驚きの連続を経験して動けないドロシーの視界の中に、大きな白い影が躍り出てきた。それは自分達を助けてくれた白い翼の生き物だったが、改めてその姿を見たドロシーは絶句しそうになった。

 

 白い生き物の正体は狼だった。しかし、ただの狼ではない。

 

 全身が白金色の美しい毛並みに包まれていて、狼という単語から連想される基本的な姿こそはしているものの、遥かに巨大である。自分達が乗っていた飛竜の大きさなど優に超えるほどだ。

 

 頭部には人間の女性の頭髪を思わせる金色の(たてがみ)が生えていて、額からは神々しさを感じさせる大きな剣に酷似した姿の一本角が飛び出していた。そして何より目を引くのは、その肩から生えている巨大な羽毛の翼であった。

 

 禍々しさや邪悪さなどは一切なく、純粋な神々しさと美しさ、猛々しさを大いに感じさせる――狼竜。それが白い生き物の真の姿であった。

 

 自分達はあんなものに助けられていたというのか。いや、そもそもあの狼竜というしかない生き物はいったい何なのだというのだろう。少なくとも、暗黒界であんな狼竜のような生き物は見た事がない。人界にしか居ない生き物なのだろうか。

 

 そして、まさかとは思うが、先程聞こえた《声》の主とは――ドロシーがゆっくりになりかかっている思考を回していると、狼竜はミニオンに飛びかかった。その大きな口を開けて鋭い牙を(のぞ)かせたかと思えば、次の瞬間にはミニオンのうちの一匹の首根っこに喰らい付いていた。

 

 首を抑え込まれたミニオンは激しく暴れ出し、その爪を狼竜に突き立て、斬り裂こうとした。しかし、狼竜の身体に当たった途端、ミニオンの鋭くて丈夫なはずの爪は鈍い音を立てて折れた。

 

 あの白き狼竜の身体を構築する筋肉は今、鋼鉄のように硬くなっているらしい。いや、振り下ろされてきたミニオンの爪を逆に折るくらいだから、もしかしたら鋼鉄さえ超える強度を発揮しているかもしれない。

 

 周りのミニオン達も仲間を助けようとしたのか、それともただ理由なく狼竜を排除しようとしたのか、狼竜に爪で斬りかかったが、全く刃が立たない様子だった。ミニオンの繰り出す攻撃をものともしていない狼竜は、その口に咥えたミニオンを振り回し、何度も何度も地面に叩きつけた。

 

 凄まじい力が込められているようで、ミニオンが地面に打ち付けられるたびに腹の辺りにまで衝撃が飛んでくるくらいだった。ある種の恐怖が湧いてくるくらいの力で、狼竜は四回ほど打ち付け続け、五回目に思い切り打ち付けたところでミニオンを解放した。

 

 離されたミニオンは一度宙に打ち上げられ、墜落。間もなく黄金の光となって消えた。

 

 ミニオンの受けた衝撃と痛みがどれほどのものなのか、想像もしたくなかったし、この狼竜が味方で居てくれている、今しがたの状況にドロシーは感謝したい気持ちになっていた。

 

「あッ……!」

 

 その最中だった。唐突に目の前に一匹のミニオンが現れてきた。暴れ狂う狼竜の姿にばかり目が行ってしまって、こちらを狙っているミニオンが居る事に気付けなかったらしい。

 

「この……うぐッ」

 

 ドロシーは咄嗟に地面に落としていた大鎌を持ち直そうとしたが、それを腕に走る痛みが阻んだ。あの狼竜に蹴散らされたミニオンから受けた傷によるものだった。手に力を入れて大鎌の柄を握ろうとしただけで、腕全体に熱さを伴う強い痛みが走り、傷口から血が滲み出る。

 

 大鎌を持ち直す事は、できなかった。

 

 恰好の獲物に狙いを付けたミニオンは咆吼し、ドロシーに鋭い爪の一撃を浴びせようと腕を振り上げた。ドロシーは血まみれの腕で頭を守ろうとする。

 

 無駄な抵抗だとわかってはいた。それでも、何もせずに受ける事だけはしたくなかった。

 

 だけど、この一撃を受けたらどうなるのだろう。

 

 腕が切り落とされてしまうのかな。それとも、身体ごとすぱっと斬られてしまうのかな。

 

 想像していたくない光景が頭の中いっぱいに際限なく広がって、それ以外に何も考えられなくなる。いずれにしても、結局自分はここで――。

 

「せぇいッ!!」

 

 ミニオンの爪が到達する時を迎えたそこで、頭の中の嫌な光景を吹き飛ばす声がした。

 

 はっと我に返って目の前を見たところ、ミニオンが腕を振り上げたままの姿勢で硬直していた。まるで攻撃をする直前で石像に変えられてしまったかのように動かない。

 

 今度は何が起きたのだろう――そう思った直後に、ドロシーは気が付いた。ミニオンの胸元から、槍の穂先のようなものが飛び出している。これがミニオンの動きを止めている原因のようだ。

 

 直後、ミニオンの身体は持ち上げられるように宙に浮かんだかと思うと、勢いよく吹っ飛ばされた。ミニオンを背中から槍で貫いていた者が投げ飛ばしたのだ。

 

 そうして自分を助けてくれた人の姿を認め、ドロシーは目を見開いた。

 

 青い毛並みに、凛とした狼の輪郭。筋骨隆々ほどではないけれども、よく鍛えられた身体を深紫の鎧で包んだ、槍と短銃を得物とする騎士。

 

「にい、さん」

 

 それまでミニオンの居た空間に、兄が姿を見せていた。ドロシーの様子を目にした兄は、安堵したような顔をする。

 

 これまで何度も見てきた顔だ。そして、こうして兄に助けられるのもまた、これまで何度もあった事だ。もう助けられるものかと思っていたが、またしても結局助けられてしまった。

 

「にいさん……」

 

「ッ!」

 

 次の言葉を出そうとした時、兄は何かに気付いたような表情を見せた。一秒も置かないうちにくるりと後方へ振り返り、短銃の引き金を引いた。

 

 だぁんという火薬の炸裂する音がしたのとほぼ同時に弾丸が放たれ、直進していったのが見えた。

 

 少し驚いて弾丸の向かった先へ顔を向けてみたところ、頭部が半壊したミニオンがいた。そいつは即座に地面へ倒れて消滅する。兄が短銃を放ったのは、あのミニオンがこちらに近付いてきているのを感じ取ったからだったようだ。

 

 これでミニオンは残り一匹だ。そいつは今どこに――と思って周囲を見回したところ、黒髪の剣士と射手の女性が繰り出す連撃に倒れたのが認められた。

 

 全てのミニオンを撃破する事に成功した。安全が確保されたのを把握して、ドロシーは後方を見回した。岩陰にサライが隠れていて、ひょこっと身を乗り出してこちらを見ていた。

 

 「もう大丈夫ですよ。こちらへ来てください」。声を出さずに、腕が痛まない範囲で手招きをすると、サライは軽い音が聞こえてきそうな歩き方で近付いてきた。

 

 サライが(そば)まで来たところで再度前方に目をやると、いつの間にやら向こうの大門の方からぞくぞくと人が集まってくるのが見えた。

 

 恐らくも何も、この剣士達の仲間であろう。自分達がこうしてやってきた事を聞き付けて、駆け付けてきたに違いない。

 

「人界軍の皆様っ! 突然の訪問を謝罪します! 災禍となる者達を引き連れてしまった事もお詫びする! ですが、こちらに敵意はありません!」

 

 兄よりも先に、ドロシーは人界の者達に語りかけた。兄は驚いているようだったが、すぐさまドロシーと交替するように語る。

 

「拙者は暗黒騎士団より派遣された使者、ダハーカと申す。こちらは――」

 

「小官はダハーカと同じく暗黒騎士団より派遣されてきた使者、ドロシー・イザヤ・エリシュヴァ」

 

 兄が続けて出そうとしたであろう言葉を、ドロシーは伝えた。

 

「整合騎士の長であるベルクーリ・シンセシス・ワンにお目通り願いたい!」

 

 

 

          □□□

 

 

 

「キリト、あの小さい女の子はどうなったの」

 

 東の大門の一角に建てられた天幕から出てきたキリトの元へ、アリス・ツーベルクとアリス・シンセシス・サーティの完全融合体となって全てを取り戻したアリスがやってきた。隣には恋人であり、キリトの親友であるユージオの姿もあった。

 

 そのうちのアリスの問いかけに、キリトは軽く後ろを振り返りながら答える。

 

「サライの事だな。今、監視付きだけど天幕で休ませてる。大分(だいぶ)疲れてたみたいで、飯を食ったらそのまま寝ちゃったよ」

 

「あの()、サライっていうんだね。良かった、拘束されてなくて……昔のアリスの事があったから、ちょっと心配になっちゃって……」

 

 不安そうな顔のユージオにキリトは(うなづ)く。

 

「あぁ、そこら辺はもう大丈夫だ。もしかつてのアリスみたいに拘束してたんなら、その時はそうした奴らにクィネラが処罰を下してるよ」

 

 そこまで話したところで、キリトは腕組をしてもう一度天幕を振り返る。暗黒界よりやってきた少女サライは、ルコのような戦闘力は一切持たないとわかったため、拘束は(まぬが)れた。

 

 しかし、天幕で保護されて早々、拘束されたドロシーとダハーカと離れ離れになるのは嫌だと言って、彼女は泣き出してしまった。

 

 その時にはキリトとシノンとリラン、ルコの四人で(なだ)めにかかったが、中々に泣き止んでくれず、苦戦を強いられたものだ。

 

 その事を話したところ、アリスが悲しそうな顔をした。

 

「見知らぬ土地で大事な人と離れ離れにされたのだもの。とても怖い思いをしたでしょうね……」

 

「あぁ。捕虜扱いだから仕方ないとはいえ、可哀想な事をしちゃったな……」

 

 キリトはアリスとユージオが歩いてきた方を見た。

 

「あの暗黒騎士の二人……ドロシーとダハーカはどうなったんだ」

 

「これからあの二人の処遇を決める査問会議を開くから来てほしいって、カーディナル様がお呼びよ。向かいましょう、キリト」

 

 アリスの言葉にもう一度頷き、キリトは三人と共に歩を進めた。

 

 サライの事と、暗黒騎士の二人の事。そして暗黒界そのものについて。いつにもなく、気になる事が多々あった。

 















――くだらないネタ オリキャライメージCV――

 リラン(狼竜形態)⇒池畑慎之介さん

 ダハーカ⇒中村悠一さん
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