キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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04:停滞の間に

          □□□

 

 

 

《そ、そこまで発展しているというのですか、ダークテリトリーは》

 

 頭の中に響いてくる《声》に、キリトは「あぁ」と答えた。

 

 リランとは違い、十代後半から二十代入りたてくらいの女性の声色。人界のセントラル・カセドラルに残って、整合騎士達と、《カセドラル・シダー》の一件から引き続き協力してくれている修剣士達の管制を努めているクィネラだった。

 

 ダハーカとカイナンによるダークテリトリーの状況説明を兼ねた食事会を終えて、宿屋の一室に戻ったキリトに、通信神聖術を使って通話してきていたのだった。

 

 ナイスなタイミングだな――そう思ったキリトは、ダハーカとカイナンとドロシーが聞かせてくれたダークテリトリーの詳細を話したのだった。

 

 三人に説明してもらったダークテリトリーという領域――魔の国の現状はキリトの想像を絶するものだった。

 

 まず、ダークテリトリーは最初から、弱肉強食で力こそが全てであるという《力の(おきて)》なるものが存在している。それは遥か昔、暗黒神ベクタが支配していた時代から受け継がれてきた事である。

 

 暗黒神ベクタは人界にて悪神として恐れられていた神であり、記憶喪失で人界のどこかに投げ出された人物、《ベクタの迷子》の語源となっている。恐らく、人界人にとってベクタが畏怖の対象で、負の出来事に紐付けられる事が多いからであろう。

 

 その暗黒神ベクタは、ダークテリトリー側にとっては主神であり、そのベクタが決めたとされる《力の掟》がある故に、均衡した力関係では意志のすり合わせが難しく、十候達はそれぞれ好き勝手に物を言い、あれもこれもと欲しがっている始末だったという。

 

 しかし、そんなてんでばらばらの十候達を説得して、人界との和平会談を待つに至るまで事を運ばせたのが、《大教皇》と呼ばれる人物だ。

 

 ダークテリトリーの歴史にも詳しいというカイナンによると、それは暗黒神ベクタが世界そのものから去った後に現れ、暗黒神ベクタの名代(みょうだい)を名乗った。

 

 当時のダークテリトリーの住民達は、ベクタの名代の言葉を信じず、疑い、そして襲い掛かったりしたそうなのだが、ベクタの名代はその小さな身体からは想像も付かないほどの力を振るい、襲撃者達を(ことごと)く滅ぼした。

 

 暗黒神ベクタにも匹敵する圧倒的な力を見せ付けられたダークテリトリーの者達は、《力の掟》に従い、ヒエラルキーの頂点をベクタの名代に譲り渡した。ベクタの名代は、降臨の時から全く間を空けずに、ダークテリトリーに暮らす者達を(まと)め上げる統括者となった。

 

 そんなベクタの名代の到来は、ダークテリトリーにとって最高の出来事だった。

 

 神に匹敵するほどの力だけではなく、膨大な知識と技術をも宿していたベクタの名代は、そのほとんど全てをダークテリトリーの者達に丁寧に教えていったのだ。

 

 《力の掟》によってベクタの名代を絶対者と認めていたダークテリトリーの住民達はそれを水を飲むように吸収し、喜んで形にしていった。

 

 ベクタの名代はどんなに年月を重ねても老いず、死にもしないという極めて異様な性質を持っていたものの、既にダークテリトリーにとって必要不可欠な存在となっていたために、誰も疑わずに従い、いつしか《大教皇》と呼ぶようになった。

 

 こうして不老の大教皇による統治と管理、技術と知識の共有が三五〇年ほど行われ続けた結果、ダークテリトリーは蒸気機関が普及するくらいにまで技術的発展を遂げた――というのが、カイナンとダハーカから語られたダークテリトリーの歴史だった。

 

「人界がよく言う中世ヨーロッパくらいの文明レベルなら、ダークテリトリーはヴィクトリア朝くらいの文明レベルをしてるかもな」

 

《人界が十四世紀ならば、ダークテリトリーは十九世紀ですか……まさか五世紀あまりの差が開いてしまっているだなんて》

 

「それもこれも大教皇っていう奴がダークテリトリーの人々に技術を教えたかららしい。この大教皇はいったい何なんだろう」

 

《恐らくクィネラと同じ《管理者》じゃろう。人界の管理する者としてクィネラが現実世界から派遣されてきたように、ダークテリトリーにも管理する者が派遣されていたのじゃ》

 

 カーディナルの話は素直に呑み込めた。人界にクィネラという管理者が実装されているのだ、ダークテリトリーにも同じような管理者が居たとしても何ら不思議な事はない。

 

 だが、その存在が明らかになるまでに非常に時間がかかってしまった。これもアドミニストレータが原因と言えるだろう。

 

《これもわしの推測でしかないが……もしクィネラに何も起こらなかったならば、今頃人界もダークテリトリーと同じくらいに発展していたじゃろう。もしかしたら、蒸気機関の先の技術も生まれ、普及していたかもしれん》

 

「だけど……」

 

 聞こえてくるカーディナルの《声》に明確な怒りが混ざった。

 

《あぁ。アドミニストレータがクィネラに取り憑いて主導権を奪い、好き勝手に支配して、人々の技術的進歩などを全て停滞させたせいで、人界は大幅な後れを取ってしまった。まさか《あの女》の支配がここまでの悪影響を及ぼしておったとは……》

 

 キリトはダハーカの使っていた短銃を思い出した。今のところダハーカ以外の使い手を見つけていないが、確実に銃が個人携行火器として存在している。

 

「ダークテリトリーには銃も普及してるみたいだぞ。ただ、使えるのはまだごく一部の連中だけみたいで、ほとんどの戦闘員は弓矢や(クロスボウ)を使ってる」

 

 しかし、それでもダークテリトリー側の戦力に銃を使える者がいるという事は変わりない。一方で人界に銃はないし、使える者も当然居ない。この差を(くつが)すにはどうするべきか。

 

「クィネラ、お前の力で銃を大量生産して、人界の兵士達に配備する事はできないか」

 

 思い付いた事を口にしたところ、クィネラは否定の《声》を返してきた。姿は見えないが、首を横に振っているのがわかる。

 

《確かに、わたくしの力で銃を大量に製作する事自体は可能でございます。ですが、銃は弓矢や弩と比べてあまりに殺傷能力が高い他、使い方を誤れば暴発や腔発(こうはつ)の危険が伴います。作った銃を配備するより先に、兵士や整合騎士の皆様方には銃の基本的な構造から使い方のノウハウまで、徹底的に身に着けていただかなくてはなりません》

 

 なるほど確かに、銃火器は弓矢や弩と比べて構造が複雑であり、使用にもそれ相応のリスクが伴う。《GGO》では様々な点が簡略化されていたから、仕組みをあまり深く理解しないでも使えて、戦う事ができたが、このアンダーワールドではそうはいかない。

 

 昨日まで剣だとか槍だとかを使い、弓矢や弩で遠距離攻撃をしていた者達にアサルトライフルやらスナイパーライフルやらハンドガンと言った近代銃火器をぽんと渡したところで、《GGO》プレイヤー達のようにすぐさま使いこなせられるわけがない。

 

 クィネラの言ったように暴発、腔発事故を頻繁に起こして自滅してしまうか、扱いにくさのあまりにそれを捨て、結局手に馴染んだ剣や槍で戦い始めるのがオチだろう。

 

 そうならないためには当然訓練が必要だが、その内容の複雑さと難度は剣や弓矢のそれとは比較にならない。現在の文明レベルの遥か上位の域に存在する武器の扱い方を、短期間で身に着けろだなんて到底無理な話だ。

 

《それに、人界に居る全ての兵士の皆様方に配給できるほどの銃を作るのにも時間がかかりますし、それらをメンテナンスする設備、新たな銃や弾丸を生産する工場なども作らなければなりません。大規模な土地の確保や所有者との交渉も必要になります》

 

《いずれにしても銃なる兵器を人界に配備するのには時間が足りなさすぎる……こればかりはダークテリトリーに先を越されてしまったとして受け入れるしかあるまい》

 

 キリトは軽く喉を鳴らした。

 

 これから自分達が行う和平会談が失敗し、人界とダークテリトリーが戦争に陥った時には、もしかしたら人界には勝ち目がないかもしれない。

 

 ダークテリトリーは、人界が停滞している間に蒸気機関なんてものが一般普及するくらいにまで発展しているのだ。

 

 そして何より、ダークテリトリーに暮らす亜人族、人族の総人口と戦闘員の数は人界のそれを余裕で超えている。

 

 技術が発展しているうえに数も多い勢力に攻め込まれれば、人界なんて瞬く間に制圧されてしまう事だろう。例えクィネラが全力を出しても、ダークテリトリーの勝利は揺るがないに違いない。

 

 ダークテリトリーの説得失敗は、人界の終焉を示す。そんな未来など到来させてはならない。何としてでもダークテリトリーと和平を結ばなければ。自分達和平使節団の責任の重さを実感したキリトは、背筋の周辺が震えるのを感じた。

 

《プレッシャーを与えてしまってすまぬが、キリトよ、頼んだぞ。わしらもできる限りの備えはしておくが、そもそも戦争が起こらない事が一番じゃからな》

 

 カーディナルのすまなそうな《声》にキリトは頷く。

 

「あぁ。俺もできる限りの努力はする。人界のためにも、ダークテリトリーのためにも、戦争を起こさせるわけには行かないからな」

 

《お願い致します、キリトにいさま。また二日後の夜くらいに連絡いたしますね》

 

 キリトが「連絡ありがとう」と伝えると、クィネラとカーディナルの《声》は聞こえてこなくなった。

 

 人界とダークテリトリーの戦争。それはきっとこれまでの起きてきた両者の衝突とは比べ物にならないほどの惨劇となる。確実に人界は終わるだろうし、ダークテリトリーだって無事に済むとは思えない。

 

 下手すればこの世界そのものが終わってしまう天変地異となってしまう可能性さえあるだろう。

 

 人界に生きる人々のためにも、ダークテリトリーに生きる数多の種族の者達のためにも、戦争なんてものは起こさせてはならない。

 

 自分達が背負っているのはこの世界の命運だ――キリトは深呼吸をし、それを呑み込んだ。

 

 と、その時だった。部屋の中に軽い音が二回ほど届いてきた。

 

 ドアをノックした音だ。一瞬同じ部屋に宿泊するシノンとリランとルコのいずれかが戻ってきたかと思ったが、音は女性ではなく、男性の力加減だった。

 

 キリトは椅子から立ち上がり、ドアへ近付いたが、すぐさま剣を抜ける姿勢を取った。

 

 ここはダークテリトリーであり、自分達は戦争推進派からすると目の上の(こぶ)の和平使節団。和平を良く思わない者達が夜の時間を狙って襲ってきた可能性も捨てきれない。

 

 キリトは身構えながらドアの向こうに問うた。

 

「シノン達じゃないな。お前は誰だ」

 

「警戒させてすまない、キリト。拙者だ」

 

 キリトは一瞬きょとんとしてから警戒を解除し、鍵を外してドアを開けた。この交易街へ自分達を連れてきてくれた者の一人である、紫色のプレートメイルに身を包んだ紺色の毛並みの狼男の姿がそこにあった。

 

「なんだ、ダハーカか」

 

「これから休むところだったか。だとしたら、押しかけてしまったようで申し訳ない」

 

「いやいや、そんな事ないから大丈夫だよ。それで、何か用があって来たんだろ?」

 

「あぁ。貴殿と話がしたくてな。入ってもいいか」

 

「いいぜ」

 

 キリトはそう言ってダハーカを招き入れた。ドアを再度締めて鍵をかけ、ダハーカに向き直る。彼はテーブルと椅子のセットを目にしても、そこに座ろうとはしなかった。

 

「それで、話ってなんだ」

 

「えぇっとだな……実に色々とあるんだ。どれを最初に話すべきか……」

 

「どれでも好きな順で話したらいいよ」

 

「そうか……ならばまずは……」

 

 ダハーカは身体をキリトに向けた。改めてと言わんばかりの仕草だった。

 

「キリト、貴殿らの協力に感謝する。人界と暗黒界の間を取り持つ和平使節団として来てくれて……本当にありがとう」

 

 キリトは目を丸くした。確かに自分達は人界と暗黒界の衝突を防ぐためにここまでやってきたが、まだ何もしていないどころか、彼らの要求する地であるというオブシディア城にすら足を踏み入れていない。

 

「おいおいおいおい、いくらなんでもお礼を言うのは早いって」

 

「正直なところ、拙者達は人界に和平派が存在する事を期待していなかったのだ。どうせ他の暗黒騎士達や種族達のように敵対する者達を叩き潰し、その全てを奪い尽くすつもりでいるに違いないとな」

 

 ダハーカからの話に、今度は目を見開く。

 

「暗黒騎士達は全員和平派じゃないのか」

 

「皆が皆そうではない。暗黒騎士団の中には拙者達のように和平を望む者達も多数居るが、それと同じくらいに、他の種族達と同じように人界の蹂躙(じゅうりん)を望んでいる者も居るのだ。

 そいつらは団長のシャスター様が和平派だから黙って従っているだけで……もし戦争になれば、暴虐の限りを尽くすつもりでいるに違いない。今もオブシディア城辺りで、人界の民達が持つ土地や富などを奪い尽くした時の事を思い描いて、(よだれ)を垂らしている始末だろう……」

 

 ダハーカは悔しそうな表情を顔に浮かべていた。自身の所属する組織にそんな奴らがいる事が悲しくて、悔しいのだろう。

 

 ダハーカにこんな顔をさせるような奴らはどんな奴らなのか――軽く思考を回しただけで、嗜虐心(しぎゃくしん)(みにく)い欲望に狂った、(けだもの)と変わらない者達の顔が想像できた。

 

「あのような連中と、人界の整合騎士や兵士達は同じなのではないかと思っていたのだ。だが、実際は違った。貴殿らという和平派が居てくれている。拙者達と同じように、争わない道を模索してくれている者達が居る……そうわかって、とても安心した」

 

 そう告げるダハーカの顔には見受けられないものの、彼の中には確かな恐れがある事にキリトは気が付いた。

 

 それは紛れもなく、戦争が起こる事に対しての恐れだ。ダハーカは人界との戦争、人界へ侵略をする事に対して強い恐怖を抱いている。その真偽を確認しようと、キリトは問うた。

 

「ダハーカ、お前達は戦争をしたくないんだよな」

 

「当たり前だ。拙者達は人界の民達と殺し合うのではなく、同胞として接したい。この世界に生きる者同士として、隣人として、暮らしていきたいのだ。それに、シャスター様も同じ事を(おっしゃ)っておられて驚いたのだが、もし人界と暗黒界が全面衝突した場合……そう遠くないうちに、暗黒界は破滅を迎えるだろう」

 

「破滅だって?」

 

 ダハーカは窓の方を見た。その向こうに広がるダークテリトリーと、そこに暮らす者達を想像しているらしい。

 

「暗黒界の者達の中に、シャスター様や拙者達のような考えの持ち主はあまりおらず、殺戮(さつりく)と略奪を嬉々として行う者達ばかりだ。今は大教皇様と十候による統率が成されているために、部族間での争いや衝突は起きていないが、それも結局のところ人界人という共通の敵がいるからだ。

 もし人界との戦争に突入し、人界人達の悉くを滅ぼしてしまえば、確かに人界という豊かな土地を手に入れる事ができるが、同時に暗黒界人は共通の敵を失う。そんな状態で、人界の土地という魅力的なものがあれば……」

 

「まさか、今度は暗黒界人同士で争い出す?」

 

「あぁ。人界の土地は自分のモノ、お前達には渡さない、お前達は敵だ、滅ぼしてやる――そう言って暗黒界人同士で争い出すだろう。裏切り合い、共食いし合い……最後には人界にも暗黒界にも誰も居ない、全てが破滅した獣の世界となる。そんな事になる気がしてならないのだ」

 

 ダハーカはキリトに再度顔を向ける。かなり険しい表情がそこに浮かんでいた。

 

「この和平会談を成功へ導き、戦争を回避できれば、それをきっかけにして暗黒界の戦争推進派……争い、奪い合う事ばかり考えている者達に意識改革を起こさせる事ができるやもしれん。いや、そうしなければならないのだ。人界と暗黒界、両方の破滅の未来を回避するためにも」

 

 ダハーカはキリトに頭を下げた。

 

「頼む、キリト。どうか、この会談を無事に成功させてほしい。人界と暗黒界の両方の未来を守るためには、貴殿らの力が必要なのだ」

 

 キリトはダハーカを見つめる。今まさに思っている事と、ダハーカが口にした彼自身の願いがほとんど同じである事に軽く驚かされた。

 

 ダハーカの言った通りだ。きっとこの会談の失敗で起こる戦争は、例え人界が勝っても、ダークテリトリーが勝っても、どちらも幸せにならない。ダハーカの言うような破滅の未来しか待っていないだろう。

 

 そんな最悪の未来の到来を回避するには、人界とダークテリトリーが共に生きていく道を歩むしかない。この会談は、最悪の未来から外れ、良き未来を作るための唯一無二の方法だ。その使者として人界に足を運んだオーガ族の青年の肩に、キリトは手を置いた。

 

「俺も同じ気持ちだよ、ダハーカ」

 

 ダハーカは顔を上げた。その目を見つめてキリトは続ける。

 

「人界と暗黒界の戦争は、どっちが勝っても誰も幸せにならないし、お前が恐れてる破滅が本当に来ると思う。そんな未来が来る事なんて俺は絶対に嫌だし……何よりお前やドロシーと争いたくないんだ」

 

「拙者達と?」

 

「そうだよ。だから、この会談は何としてでも成功させるぞ。戦争なんて真っ平ごめんの俺達でさ」

 

 ダハーカはきょとんとしたような表情をしていたが、すぐに嬉しそうなそれに変え、もう一度軽く頭を下げた。

 

「……かたじけない。よろしく頼む」

 

「あぁ、任せてくれ」

 

 ダハーカとは出会って数日――それも三日程度しか経過していないが、ここまで自分達を信じてくれている。その信頼に応えないわけにはいかない。キリトは胸中で気を引き締めた。

 

 だが、それと同時に思い出した事があった。ダハーカに随伴しているドロシーの存在だ。

 

 ドロシーはダハーカとサライと共に人界へやってきた和平の使者であり、ここまでの道案内もしてくれていた。

 

 問題はこの宿に来てからである。ドロシーは自身にぴったりとくっついて中々離れようとしないサライと同じように、ダハーカの傍からほとんど動こうとしていなかった。

 

 そしてダハーカとカイナンによるダークテリトリーの事情説明に入ってからは、めっきり口数も減ってしまっていた。

 

 明らかに緊張しっぱなしなその様子は、まるで怯えた小鳥のようだった。

 

 他人の全てを拒絶していた頃のシノンに似ていなくもない。しかし、攻撃的になる事で周りとの接触を避けていたシノンと違って、ドロシーはひたすらにこちらから遠ざり、ダハーカの陰に隠れようとしているように見えた。

 

 ドロシーからしてみたら、敵に囲まれながら旅をしているようなものだから、仕方ない部分もあるのかもしれないが、あれはあまりにも――。

 

「それはそれとして……話を急に変えて悪いんだが」

 

「なんだ。何か気になる事があったか?」

 

「あぁ。お前と一緒に来たドロシーの事なんだけどさ」

 

 キリトはドロシーを見ていて思った事をダハーカに話した。話が終わった頃、ダハーカは椅子に座り、深い溜息を吐いた。

 

「……ドロシーは、そういうふうに見えていたか」

 

「うん。こっちとしては同じ目的を持つ者同士、仲良くしてもいいんじゃないかって思ってるんだけど、こっちが近付くとお前の陰に隠れてしまって、話ができないっていうか……どうにも心配で」

 

「……」

 

 ダハーカはもう一度溜息を吐いた後に、口を開いた。

 

「キリト、もう一つ頼み事をしていいか。貴殿の仲間の女の子達にも伝えてほしい頼み事なのだが……」

 

「ん?」

 

「オブシディア城に着いて、和平会談が始まるまでの間だけでも構わない。どうかあの()と仲良くしてやってくれないか」

 

「えっ?」

 

 キリトは目を丸くした。ダハーカは懇願(こんがん)するような瞳で続ける。

 

「あの娘には同じくらいの年の友人が居ないのだ。だから、貴殿らにはあの娘と仲良くして、可能であれば友人になってほしいのだ。だが同時に、あの娘の事情については、あの娘が(みずか)ら貴殿らに話そうとするまで、深く詮索(せんさく)しないでやってほしい」

 

 ドロシーと友達になってほしいが、ドロシーの身の上については深く探るな――キリトはダハーカからの依頼を頭の中で反芻(はんすう)して、眉毛を八の字にした。

 

 見ず知らずの相手と仲良くなるには、ある程度相手の身の上を知る必要もあったりするものだが、それを一切せずに仲良くなってほしいと来た。中々に難しい依頼である。

 

 ダハーカもその事をわかっていたらしく、頭を下げてきた。

 

「暗黒界と人界の和平のために来てくれている貴殿らに身勝手極まりない頼みをして、混乱させてしまっているのは重々承知している。だが、どうか、頼む……」

 

 キリトはダハーカを見ながら、頭の中でドロシーの姿を思い出した。

 

 ドロシーには複雑極まりない事情が存在する。そのためにドロシーは心を閉ざしている。そんな彼女の身の上の事情を知らずに、心を開かせる事などできるのだろうか。

 

 キリトは不安と興味が混ざったような複雑な気持ちになっていた。

 

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