キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

597 / 645
05:亜人族との邂逅

          □□□

 

 

 ダークテリトリーの交易街に到着した翌日、カイナンと商工ギルドの計らいによって、交易街の一角に和平使節団の拠点が作られ、キリト達はしばらくそこに留まる事になった。

 

 なんでも、数日前にドロシーとダハーカが人界に赴いたのはダークテリトリー側にとっては予想外の出来事であり、本来人界へ向かう使者はリピアという名の女性暗黒騎士であったそうなのだ。

 

 カイナンにはあらかじめ協力を要請していたので、彼が交易街で待機している事は周知されていたが、ドロシーとダハーカが人界へ(おもむ)いていた事は、上官達は知らないという。

 

 こうなったのは、ドロシーが原因だそうだ。

 

 本来人界へ向かうはずだったリピアは現在、大事な時期を迎えているらしく、彼女に危険な目に遭ってもらいたくないと思ったドロシーがダハーカに結構な無理を言い、代わりに無断で人界へ飛び込んだらしい。

 

 その始末と報告のためにオブシディア城へ伝令を出す事になり、返答があるまで和平使節団は一旦交易街で待機。

 

 返答が来次第、和平会談の開催地であるオブシディア城へ向かうという方針となり、キリト達は全く想定していなかった時間の猶予(ゆうよ)をもらう事になった。

 

 そこでキリトは、ただ交易街の和平使節団の拠点に(こも)っていても仕方ない、様々な種族が生活する交易街を見て回り、暗黒界にどういう文化があるのかを調べようと提案。

 

 皆は(こころよ)くそれに乗り、各自散開して交易街と暗黒界の者達について調べるための――観光に向かったのだった。

 

 ちなみにその間は、カイナンが与えてくれた『冥漠(めいばく)の香水』を使う事で、自分達が人界人である事を隠す運びにもなった。

 

 本来とんでもない値段をするらしく、カイナンもその値段でこちらに買わせる気満々だったが、ダハーカとドロシーの必死の訴えで無料にしてくれた。……後々暗黒騎士団に請求するつもりでいるらしいが。

 

 そんなこんなで、キリトは皆と同じように交易街を散策しているのだった。

 

 事前説明の通り、交易街はとても賑わっていた。ここは前線前の補給拠点であるために、種族の区別のない、交易が盛んな宿場街になっているのだという。

 

 それが起因してか、この交易街は暗黒界の中で二番目に規模の大きな街なのだそうだ。随分(ずいぶん)と良い街に和平使節団の拠点を作ってくれたものだと、キリトは感謝したい気持ちになっていた。

 

「なるほど、ダハーカがそんなふうに言っていたか」

 

 交易街を歩いて散策している中、キリトは昨日ダハーカから聞いた話を、隣を歩くシノンとリランへ伝えた。リランの姿は《使い魔》形態でも小竜形態でもなく、本来の姿である少女形態だった。

 

「うん。なんだかドロシーには複雑な事情があるみたいなんだ」

 

「そうであろうな。我らとこうして関わりを持つ者は、大概複雑な事情を抱えていがちだ。ユージオ(しか)り、アリス然り、メディナ然り、そしてドロシー然り……」

 

 リランの挙げた彼らだけではなく、彼らに会うより前に会ってきた仲間達もそうだ。

 

 シノン、リーファ、アスナ、リズベット、シリカ、フィリア。サチとマキ。セブンとレイン。アルトリウスとクレハ、ツェリスカ、イツキ、エイジとユナ。

 

 リラン、ユピテル、クィネラ、ユイ、ストレア、ヴァン、プレミアとティア、リエーブル、そしてイリス。

 

 これまで苦楽を共にしてきた仲間のうち、ほとんどが複雑な事情をその身に抱えた者達だ。あまりそうではないのはクライン、エギル、ディアベル、スメラギ、バザルト・ジョー、レン、フカ次郎、ピトフーイ、エムくらいである。

 

 ここにドロシーが加わってくるとは、予想もしていなかった。

 

 前に「お前には複雑な事情持ちを呼び込む力があるのではないか?」とリランに言われた事がある。

 

 その時は「いや、逆にリランが呼んでるんじゃないのか。俺もお前に呼び込まれたんだ」と返してやったが――リランの言葉は本当だったのではないかという気がしてきた。そこでシノンが溜息交じりに(つぶや)く。

 

「まさか直接ダハーカからドロシーと仲良くしてくれって頼まれるなんてね……」

 

「……同時にドロシーの事情を深掘りするなと来たか。これは難題だな」

 

 リランも困り顔になっていた。

 

 ダハーカにそう言われなかったならば、その時にはリラン、もしくはユピテルの力を借りて、ドロシーが心を開けない理由を聞き出したりできたかもしれない。

 

 だが、止められてしまった以上はそうするわけにはいかないし、無理に実行すれば、こちらとダハーカ達の間に亀裂が生まれかねない。それはやはり人界と暗黒界の衝突の危険性を引き上げてしまう事だろう。

 

 ドロシーと仲を深めよ。ただしドロシーの事情を深く知ろうとはしてはいけない。

 

 ……まるで現実世界(リアルワールド)のどこかの国の神話の、何かしらの秘宝やら秘密やらの守護者が課す試練だ。

 

 どうするべきか、まるで思い付かない。

 

「どうしたもんかなぁ……」

 

 ふと胸の内を吐き出したその時だった。

 

「ドロシー! リーファがお散歩誘ってくれたよ。ルコも一緒。行ってきてもいい?」

 

 路地裏の方から声が聞こえてきた。元気な少女の声色。ドロシーとダハーカに連れられているサライのそれと一致しているものだった。

 

 キリトは二人と一緒に声の方へ向かった。路地裏の開けた場所に人影が二つ。片方はやはりサライで、もう片方はドロシーだった。

 

 二人で話をしているようだ。邪魔したら悪そうな雰囲気である。キリトは物陰に隠れて、耳を澄ませた。

 

 明らかに盗み聞きだが、ドロシーが話をしているというのが気になって仕方がなかった。

 

「行ってきてもいいですが……」

 

「やったー!」

 

 ドロシーの返答にサライは嬉しそうにしたが、すぐさまドロシーが呼びかけをする。

 

「ですがサライ、こんな事は小官もあまり言いたくはないのですが、人界の方に深入りしてはいけませんよ」

 

 キリトは最低限顔を出して二人を見た。こちらに背を向けているドロシーは、サライに歩み寄った。

 

「小官達は暗黒界人、彼らは人界人……住む世界そのものが違うのです。言っている事はわかりますよね」

 

 こちらから顔の見えるサライは、悲しそうな表情を浮かべて首を横に振った。

 

「……あんまり、わかりたくない」

 

 サライは顔を上げてドロシーを見つめる。

 

「キリトも、シノンも、リランも、ルコも、良い人。アスナ達も、良い人だよ。なのに、ドロシーはあんまり仲良くしないよね……変だよ……これから仲良くするために来てるのに……」

 

 そう告げてから背を向けたサライに、自分達人界人への恐怖や警戒心はほとんど感じられなかった。サライはこちらに心を開いてくれているらしい。

 

 だが、ドロシーはそうではなかった。

 

「サライ……小官もにいさんも、暗黒騎士です。にいさんは和平会談が上手くいくと信じているから、キリト達と仲良くしていますが……もし、和平会談が上手くいかなくて、結局戦争に突入してしまった場合、小官はキリト達を手にかけねばなりません……」

 

 ドロシーの言葉からは悲しみの色が感じられたが、それと同じくらいに、《にいさん》という言葉が引っかかった。

 

 《にいさん》とは、まさかダハーカの事だろうか。

 

 だが、ドロシーは人族でダハーカはオーガ族と、種族がそもそも異なっている。……二人は血の繋がらない兄妹という事なのだろうか。

 

「あまり仲良くなってしまうと……殺すにしても、殺されるにしても、(つら)い」

 

 その言葉がキリトを我に返らせた。ドロシーの声は続く。

 

「皆さんがサライに、小官にもにいさんにも良くしてくださっているのは小官も知っていますし、感じています。皆さん、とてもお優しい方々です。あの人達と一緒にいると……きっととても安心して、立場を忘れて接してしまいます。そうなったらもう、あの人達を(あや)める事はできなくなる……」

 

 ドロシーはサライに歩み寄った。相変わらずサライは背中を向けたままだ。

 

「だからこそです。悲しくならないために、辛くならないために、あまり交流は――」

 

 その時、サライは急に回れ右をしてドロシーに振り返った。

 

「皆となら仲良くできるよ! 戦争なんて起こらないよ! ダハーカだっていつもそう言ってるもん!」

 

 サライの大きな声にキリトは目を見開いた。

 

 ダハーカと同じだ。サライは戦争は起きないと信じてくれている。戦争推進派の大人達は勿論、自分達よりもずっと年下の子供であるというのに。

 

「……小官も、そう願っています。でも、まだわからないでしょう? 戦争が起きるかもしれない。そうしたら傷付くのは君で……」

 

 ドロシーの心に宿る不安は揺るがなかった。しかしサライはもう一度首を横に振る。

 

「起きないッ! これから仲良くなるお話合いするのに……『殺す』とか言わないで……!!」

 

 サライは強い声で伝えると、向こうの路地の方へ走っていった。一人取り残されたドロシーは、その場で(うつむ)いていた。

 

「小官だって……言わなくて済んだらいいと思っていますよ……だけど、暗黒界人の間でさえ《アメンク》だからどうだとか言っている有様なんです……信じろだなんて……」

 

 そこでドロシーの声は一旦止まった。間もなくして、シノンの「そういう事なのね……」という呟きが聞こえた。

 

 ドロシーがこちらと関わろうとしなかった理由、ダハーカに付いて離れなかった理由は――結局のところ、戦争が起きた時に殺し合う事になるのを恐れているからだった。

 

 ドロシーは、こちらを完全に拒絶しているわけではないのだ。それがわかった以上、近付いて、話をせずにはいられない。

 

 キリトはいつもの三人組となって物陰から出て、ドロシーへ歩み寄った。結構な足音が出ていたが、ドロシーは振り向かない。

 

「ドロシー」

 

 キリトの呼びかけにドロシーは身体をびくりと言わせて、慌てて振り向いてきた。今しがたこちらに気付いたらしい。

 

「キリト! それにシノンもリランも……随分と少人数で、珍しいですね」

 

「そうかしらね? 私達、いつもこの三人で動いてるんだけど」

 

 シノンの疑問にドロシーは答える。苦笑いの顔だ。

 

「人界の和平使節団の中枢はキリトだと思っています。シノンとリランを中心に、キリトの周りには人がよく集まるでしょう? 騒がしいくらいに」

 

「騒がしかったか……そりゃあすまん」

 

 キリトの答えにドロシーは驚いたように首を横に振った。

 

「あぁいえ、悪く言っているのではなくて! ……その、友達が沢山居て、仲が良くて……素敵だなと思っていただけです」

 

 途中でドロシーはもう一度俯き加減になっていった。その様子が彼女の取り巻く環境の悪さというものを物語っていた。

 

 ダハーカが「仲良くしてやってくれ」と頼むくらいだ、友達らしい友達も、信頼できる者も皆無なのだろう。だからこそ、キリトは更にドロシーに話しかける。

 

「なぁ、ドロシー。好きな食べ物ってなんだ?」

 

 ドロシーは少しびっくりしたような表情をしてから、考えるような仕草をする。

 

「突然ですね。ええと、何でしょう……あまり好き嫌いはなくて……あぁでも、甘いものは好きですね」

 

 ドロシーはキリトに向き直り、苦笑いした。

 

「子供っぽいですかね?」

 

「そんな事はないぞ。我も甘いものは好きだ」

 

 リランが答えると、今度はシノンが問いかける。

 

「サライと仲が良いわよね。きっかけは?」

 

「小官の上官にあたるリピア・ザンケール様が運営する孤児院に付いていった時からですね。あの()は孤児院でも何だか浮いている方で……力が弱いので、すぐに(いじ)められるんです。それを助けているうちに仲良くなって……」

 

 なるほど、話に出てきていたリピアとはドロシーの上官であり、孤児院の運営者でもあるようだ。

 

 そう言えばドロシーは、この大事な時期を迎えているというリピアを助けるべく、人界へ飛び込む役を買って出たと言っていた。リピアの大事な時期とは、孤児院に関係する事なのだろうか。

 

 そこでドロシーが何かに気付いたように表情を引き締めた。

 

「……あの、三人とも。何か暗黒界の諜報活動でもされているのでしょうか。聞きたい事があれば、ずばりと聞いていただいた方が……」

 

 今度はキリトがびっくりさせられた。

 

 物陰からドロシーの心情を聞いたせいで、ダハーカから「深く事情を知ろうとするな」と言われているのに、ドロシーの事を深く知ろうとしてしまっていた。というか、先程から怪しまれても仕方がないような話ばかりしているではないか。

 

 気が付いたキリトは慌てて謝罪する。

 

「あぁっ、いやいや、ただドロシーと仲良くなりたいから、色々聞いただけだよ。俺達、まだそこまで互いの事を知らないだろ?」

 

 そこでドロシーはきょとんとしたような顔になった。かと思えばすぐに首を横に振る。

 

「キリト……駄目ですよ」

 

「えっ?」

 

 きょとんとする三人から、ドロシーは少し離れる。

 

「駄目です……小官と仲良くしようだなんて、考えないでください……道中で、困った時があれば見捨てて逃げる。それくらいの気持ちでいいです」

 

 ドロシーはまた俯いて、顔を上げる。その表情は悲しそうなものになっていた。

 

「君達は和平会談に出なくてはならない。その結果次第では、我々は……殺し合うかもしれない」

 

 その言葉はつい先ほどの話でも聞いたものだった。ドロシーはもう一度首を横に振り、続ける。

 

「そうでなくても……その、小官は……良くない存在なのです……仲良くしても、後で君達が恥をかく。あんな奴と仲良くするんじゃなかったと、恥をかくような……一緒に居ると後ろ指を指される存在なのです」

 

 どれもこれも引っかかる言葉ばかりだ。しかしそれを聞き出す隙をドロシーは与えてくれない。

 

「キリト、シノン、リラン。優しくしてくれてありがとう。でも、小官と……仲良く……しないでください」

 

 そう言って、ドロシーはその場を去っていった。その腕を掴んで引き留める事もできたかもしれないが、キリトにはできなかった。

 

 三人がぽつんと残された路地裏には相変わらず喧騒が届けられてきたが、キリトの耳にはほとんど入らず、嫌な静寂と沈黙で満たされていた。

 

「……キリト」

 

 その静寂を破ったのはシノンの声だった。振り返ってみると、彼女は少し険しい表情を浮かべて、ドロシーが去っていった方を見ていた。

 

「ドロシーの事……助けないといけないわ。あの娘、あなたと出会う前の私にすごく似てるもの」

 

「……そうだな」

 

「まだ周囲に攻撃的じゃないけれど……そのうち、前の私みたいになってしまうかもしれない。そうなったらもう、あの娘は今よりずっと苦しむ事になるわ」

 

 もうあんな思いをする人が居てはいけない――シノンはそう訴えかけてきていた。彼女と記憶を共有する事で、その痛みと苦しみの全てを知るキリトは、既に深く同意していた。

 

「仲良くしないでほしいだなんて……あんな悲しそうな顔で言われて……引き下がれるものかよ」

 

 ドロシーと仲良くしてくれ、ただしドロシーの事を深く知ろうとするなというダハーカからの依頼。

 

 そのうちの前者はこれから優先事項として進める。後者については――守れるかどうか怪しくなっていたが、キリトはほとんど気にしなくなりつつあった。

 

 シノンの言った通り、ドロシーには助けと支えが必要だ。自分にとっての恩師でもあり、現実世界からこの世界を動かしてくれているであろうイリスも、ドロシーの話を聞けば、「今すぐにでも助けるべきだ」と言っただろう。

 

 そんなふうに思えるくらいにまで、ドロシーを現状から救いたいという気持ちがキリトの中で強くなっていっていた。

 

 

 

          □□□

 

 

 その日のうちに、キリト達は交易街を出る事になった。追放されただとか、交易街の者達と交戦状態に入ったなどではなく、視察のためだ。

 

 自分達は和平使節団として人界から派遣されてきたわけだが、暗黒界の事は勿論、そこに暮らす種族達の事も何も知らない。

 

 今のうちに種族達についての知識、考え方などを知っておけば、和平交渉の際に大いに役立つだろう。何より彼らの望むものを把握して、その望みを叶えてやる事ができれば、説得して和平派に引き込む事だってできるかもしれない。

 

 その考えをキリトがダハーカに話したところ、彼は「良い心がけだ。拙者とドロシーとカイナンで各種族の領地に案内するから、ぜひとも暗黒界を知ってくれ」と言って深く(うなづ)いてくれた。

 

 そうしてキリト達和平使節団は交易街を一旦出て、暗黒界の和平派の三人――正確にはサライを含めて四人――という心強い案内役に導かれて、亜人達の住む地を目指して動き出したのだった。

 

 しかし、飛行はできなかった。カイナン(いわ)く、今現在暗黒界は戦争が間近に迫ってきていると思い込んでいる者が多く、飛んでいる飛竜や、リランや冬追(フユオイ)のような生き物を目にすれば「人界が攻めてきた! 戦争だー!」と言い出して撃ち落としにかかるどころか、《東の大門》が健在であるにも関わらず、人界から先制攻撃を受けたと勘違いして攻め込みかねないらしい。

 

 なので、暗黒界人達を下手に刺激をしないために、陸路を伝って亜人達の領地へ向かう事になった。

 

 その道中で、特にこれといった問題は起こらなかった。ダハーカ達を乗せる飛竜、リラン、冬追、ユピテルがこれまで何度も見せ付けてきた凄まじい脚力を思う存分発揮して、高低差や段差の激しい岩山地帯を余裕で乗り越えたのだ。

 

 途中で魔獣にも出くわしたが、リランの巨躯から放たれる打撃と火炎によって、それらは一撃で沈んでいった。

 

 中には二回ほど喰らっても尚倒れないモノも居たが、それらには冬追の冷気、ユピテルの雷撃の嵐による追撃が降り注ぎ、キリト達が降りて戦うより前に絶命した。

 

 結果として、キリト達和平使節団の道を塞ぐ障害は無いも同然だった。まるで《SAO》でリランをフィールドに繰り出した時の再現だ。あの時のように経験値やドロップアイテムなどが入ってこないのが少し惜しい。

 

「やめてくださいッ! あなた達には人族としての誇りはないのですか!?」

 

 そんな行進を続けていたところ、前方から声が聞こえてきた。キリトが指示を出すまでもなくリランは足を止め、続けてユピテルと冬追、ダハーカ達を乗せる飛竜も止まる。

 

「何、今の声……?」

 

 ユージオと共に冬追の背中に(またが)っているアリスが身を乗り出して前方を見ようとしていた。他の皆も周囲を確認し、声の発生源を探している。キリトもそのうちの一人になり、周囲を見回す。

 

 今しがた聞こえた声だが、女性の声色だった。それに、何やら悪い事に巻き込まれているような感じもあった気がする。

 

 何かしらの良くない事が起こっているようだ。だが、どこで起きているのだろう。

 

「キリト、あそこ、見て!」

 

 背後に居るルコがアリス同様に身を乗り出し、ある方を指差した。そちらの方へ目を向けてみる。岩場の開けたところに複数の人影があった。

 

 男性が五人に、女性が二人。男性達はドロシーやサライと同じ人族であったものの、女性達は亜人族だった。

 

 人族の女性よりもふっくらとした身体つきで、髪のある豚の顔と輪郭――しかし一般的に想像される豚よりも大分可愛らしいのだが――。

 

 山岳地帯や平地に暮らしていると聞かされたオーク族だ。金白色の長い髪をして、白色の戦闘服を着た片方に、男のうちの一人が掴みかかっている。

 

「ええい、離せッ! この御方をオーク族の《姫騎士》と知っての狼藉(ろうぜき)か!」

 

 もう片方の黒髪と緑の服のオーク族の女性が、掴まれている片方を助けようとして威嚇(いかく)するが、男達はへらへらと笑っていた。その時に、男達の目が(みにく)くぎらついたものである事にキリトは気が付いた。

 

「《姫騎士》……まさか、あいつは!」

 

 女性オーク達の姿を認め、反応を示したのはダハーカだった。彼は飛竜の背から飛び降り、一目散に駆け出していった。ドロシーとサライも飛竜から降り、ダハーカを追って走り出す。

 

「おらおらっ! さっさと有り金出しやがれってんだ!」

 

 こちらの接近に気付いていないらしい男達のうち、二人が黒髪のオークに掴みかかり、そのまま叩き付けるように突き飛ばした。黒髪のオークは悲鳴を上げて地面に倒れる。

 

「身ぐるみも脱いで置いてけ! お前なんかが裸になろうが誰も見向きもしねえよ!」

 

「《アメンク》を族長にしてるようなオークなんて奴ら、俺らからすれば家畜だからな! はははははっ!」

 

 男達はオーク達に罵声を浴びせていた。それに留まらず、彼女達の身ぐるみまで剥いでしまおうとしているらしい。どうやら男達は盗賊か山賊の類であるようだ。

 

 それならば、あの禍々しくぎらついた目にも納得がいった。

 

 そして連中は、今まさに何の罪もない者達に蛮行を働こうとしている。そんなものを目にした今、やるべき事は何か。

 

 キリトはリランから降り、ダハーカ達の後を追って走り出した。後ろから多くの足音が聞こえてくる。皆も自分と同じ行動を取ってくれたのだ。

 

「貴様ら、何をやっている!」

 

「そこの者達、今すぐに手を離しなさい!」

 

 一足先に蛮行の現場に駆け付けたダハーカとドロシーは、オーク族と盗賊達の間に割って入った。盗賊と思わしき連中は即座に噛み付くように怒鳴る。

 

「なんだお前らは? その格好、暗黒騎士か?」

 

「その割に随分と毛色が変わってるな。何の用だよ――」

 

 直後、男達のうちの一人の真横を矢が通過した。キリトの隣に追い付いたシノンが素早く弓を構え、矢を放ったのだ。

 

 いきなり射撃されるとは思っていなかったであろうそいつは悲鳴を上げて情けなくよろめく。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「何の用ですって? それはこっちの台詞よ。彼女達は嫌がっているわ。いったい何の用なのよ。もしかしなくても山賊まがいの輩かしら」

 

 シノンが鋭く言うなり、男達はそれぞれの武器を引き抜いて構えた。

 

「だったら何だっていうんだよ」

 

「だったら躊躇(ためら)いなく戦ってぶちのめす理由ができたって事だよ。その女の子を離せ」

 

 キリトは山賊まがいの男達に呼びかけながら双剣を引き抜いた。片方は《夜空の剣》で、もう片方はリズベット特製の《リメインズ・ハート》だ。この男達の相手をするのに《EGO(イージーオー)》は必要ない。

 

 しかし、皆はそうではなかった。遠慮なく自身の《EGO》を引き抜いた仲間達――特に女性陣――の一人であるリーファが、男達に怒りの声をかけた。

 

「キリト君の言う通りだよ。女の子を離しなさい。じゃないと、こっちから行くよ!」

 

「なんだとてめぇら!」

 

 男達は逆上して身構える。完全にやる気になったようだ。あちらは五人で、こちらは十三人。実に三倍くらいの差があるのだが、それでも男達は戦うつもりでいるらしい。

 

 恐らく、こちらの金品やら身ぐるみやらも奪おうと考えているのだろう。

 

《図に乗るなよ、人族の恥晒(はじさら)し共が》

 

 しかし、それが成就する事などなかった。 

 

 頭の中に初老女性の《声》が響いた直後、背後から巨大な影が通り過ぎていった。

 

 暗黒界の大地と岩山地帯をその圧倒的な脚力で走り抜け、自分達をここまで運んできてくれたリランが、キリト達を飛び越え、そのまま勢いよく山賊まがいの連中に突っ込んでいった。

 

 まぁ、やっぱりこうなるよな――キリトはそう思って驚きもしなかった。

 

「な、なんだ、なんだぁああッ!?」

 

「ひぃっ、うわあああああッッ」

 

 見た事もない巨獣に突然襲い掛かられた男達は、秒速で混乱状態に(おちい)った。その時点で既に無力化できていたが、リランは容赦(ようしゃ)なく男達を蹴散らした。

 

 リランの力はつい先程も見た通り強大であり、強靭な身体を持つ魔獣でさえ一撃で仕留めてしまうくらいだ。並みの人間が喰らおうものならば、当然一溜りもない。

 

 そして男達はオークの女性達に蛮行を働こうとしていた者達であり、不義や蛮行や横暴を許さないリランの怒りを物の見事に買っていたが、果たしてリランは男達を前脚で横薙ぎしたりしてぶっ飛ばす程度で済ませた。

 

 リランの襲撃を受けて倒された男達はよろよろと立ち上がるなり、ふらつきながら走り去っていった。その時には「助けてええ!」だとか「ひええええ!」だとか、先程の勢いを全く感じられないような随分と情けない悲鳴を上げていたものだから、キリトは思わず呆れていた。

 

「オーク族で、《姫騎士》って言いましたよね!? って事はまさか、その人は……!」

 

 剣を鞘に戻して振り返ると、カイナンが驚いた様子で、金白色の髪をしたオーク族の女性を見ていた。彼女は何か特別な人なのだろうか。

 

 キリトがそう思ったところで、声を発したのはダハーカだった。

 

「大丈夫だったか、レンジュ」

 

「ダハーカ、まさかここで貴方と会うなんて……」

 

 レンジュと呼ばれたオーク族の女性は、ダハーカに驚いているようだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。