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「助けていただき、ありがとうございます。おかげで侍女も怪我はありませんでした」
ダハーカから《レンジュ》と呼ばれたオーク族の女性は、そう言って頭を下げてきた。確かに、その身体に傷らしきものは見受けられない。間に合ったようだ。
「失礼ですが、あなた達は……?」
「代表して名乗るよ。俺はキリト。ダハーカに連れられて旅をしてる者だ。君達が襲われているところを見つけたから、突っ込んできたんだ。怪我はなかったか」
「はい。
やはりこの女性はレンジュという名前のようだ。オーク族という種族の見た目通り、豚の頭とふっくらとした体形が特徴的だった。しかし、その耳は優美さを感じさせるような長さがあり、その琥珀色――アスナやユピテルとはまた異なる色相――の瞳には柔らかい光が
そのためなのか、彼女からは不思議と親しみやすい雰囲気が感じられた。彼女達を襲っていた禍々しくぎらついた目の人族とは大違いだ。
「君も大丈夫? 女の子二人で出歩くのは控えた方がいいかもね……領地の近くとは言え、どこも治安が良いとは言えないし……」
ユージオがレンジュの侍女に心配の声をかけた。すると、侍女はひどく目を見開き、レンジュに話しかけた。
「レンジュ様……私達亜人族の事、女の子だって……人族の男なのに……」
レンジュは安堵した様子を見せる。どうやら、彼女達を女の子扱いする自分達が意外であったようだ。
「ダハーカ、この人達は」
ダハーカは腕組をしながら
「あぁ。拙者達の事をわかってくれている者達だ」
「この人達なら、もしかたらリルも……」
レンジュの口から出た《リル》という言葉を聞くなり、ダハーカは難しそうな顔をした。
「そうであってほしいものだが、如何せんリルピリンは人族をかなり憎んでいる。それもあいつには全く非がない理由だからな。来たるべき和平会談で人族と歩み寄ってもらいたいところなのだが……話をどこまで聞いてくれるものか……」
《リルピリン》。確か、人界に飛び込んで来たばかりのダハーカとドロシーから聞いた話に出てきた、オーク族の族長の名前だ。
レンジュはオーク族なので、交流や親交があるのは当然だが、オーガ族であるダハーカもまたリルピリンと交流があるらしい。知り合い同士なのだろうか。
いや、自分とユージオ、グラジオの間柄のような友人同士なのかもしれない。そうでなければ、遠くにいる友を心配するような顔はしないはずだ。
しかし、まさかオーク族の族長と友人関係を結んでいるとは。ダハーカの顔の広さには驚かされてばかりだ。そんな事を考えるキリトの前方で話をしていたレンジュは、やがてキリトの方へ向き直ってきた。
「ひとまずは、お礼をしなければなりませんね。こちらをお受け取りください」
そう言ってレンジュが差し出してきたものを、キリトは受け取った。ところどころ金属の装飾が施されている革製の腕輪だった。いや、よく確認してみたところ、全体的に
では、これはいったい何だろう――キリトが首を傾げた直後、カイナンが急に声を上げた。
「な、なんとこれは! オーク族同士が親しい友人に差し上げるものですよキリトさん!」
「えっ、親しい友人にあげるもの?」
「はい! それと、同族以外に渡す場合は違う意味を持ちましてね。『この存在は我がオーク領の庇護下にある』という意味です。これを見せれば、オーク族からは歓待を受ける事ができるでしょう!」
つまり、これがあればオーク族とは争わずに友好関係を結ぶ事ができるという事だ。貴金属等は使っているようには見えないが、かなりの貴重品であろう。しかし、まだ出会ったばかりの自分がそんなものをもらってしまって良かったのだろうか。
疑問を抱くキリトの横で、カイナンがレンジュに迫る。
「ぜひ、ワタシにもください! 何なら売っていただいても!」
カイナンの声には興奮の色が混ざり始めていた。恐らく商工ギルドの力を使っても、この品物を手に入れる事はできていなかったのだろう。それが手に入るチャンスが来ているかもしれないという事で、熱が入ってきてしまったらしい。
商工ギルドの構成員――商人ならば当然の反応なのかもしれないが、そんな彼に迫られているレンジュは大分困り顔になっていた。ダハーカも眉を八の字にしてしまっている始末である。
そんな様子を見たドロシーが、焦りながら割って入る。
「カイナン殿! あの、この者の言う事は気にしないでください。木々のざわめきみたいなものだと思っていただければ……」
「ワタシにもぜひ、ぜひ、売ってくださいませ!」
ドロシーはレンジュに呼びかけ、同時にカイナンにも一応説得を試みたが、カイナンはレンジュから離れようとしない。
そこでキリトの後ろに居るシノンとアリスから声がしてきた。
「木々のざわめきにしては、結構うるさいわね……」
「隠しておいた方が良さそう。流石に旅の仲間として恥だわ……」
そう言ってシノンとアリスは息ぴったりの動きでカイナンを左右から捕まえ、後方に引きずっていった。カイナンは「ああぁぁああぁぁああぁぁ~」となんとも情けない声を出しながら、レンジュから引き離されて行ってしまった。
その光景を見て苦笑いしながら、キリトはレンジュに向き直る。
「騒がしくてごめん。けれど、こんな商人も欲しがるような貴重なものをもらってよかったのかな。そんなに大した事はしてないはずなんだけど」
キリトの問いかけに、レンジュは首を横に振った後に微笑んだ。
「いいえ。あなたがそう思わなくとも、私達には十分嬉しい事でした。助けてくれて、本当にありがとうございます」
レンジュはそう言って頭を下げた後に、案内をしてくれた。
ここからしばらく進むと、オーク族の領地に辿り着けるのだという。オーク族は平地でも暮らしているが、前線基地は山間部に存在している。そこには巨大なダムがあるので、一目でわかるらしい。
ダークテリトリーは蒸気機関だけに留まらず、ダムなんてものまで作れるほどの文明レベルに至っていたのか。前にダハーカとカイナンから話を聞いた時の驚きを再度覚えながら、レンジュに再度礼を言い、リランの背中に
その最中に、キリトはダハーカに尋ねる。
「ところでダハーカ、お前はさっきのレンジュとは知り合いなのか」
「あぁ。子供の頃からの友の一人でな。しかし、このような場所で出会う事になるとは思ってもみなかった」
「それに、リルピリンがどうとかも言ってたな。リルピリンってオーク族の族長の名前だろ。お前ってリルピリンとも知り合いとか友達なのか?」
「あぁ、そうだ。リルピリンとも子供の時からの友で……様々な苦楽を共にしてきたつもりだ」
そう話すダハーカからは、やはり遠くに居る友を想っているような雰囲気があった。ダハーカとリルピリンは相当に仲の良い友達同士であるらしい。
直後、ダハーカの声色は険しくなる。
「あいつが族長になるのは当然の事だった。しかし、それが故に人族達はオーク族を
「……もしかして、オーク族が和平派じゃない理由は」
それ以上ダハーカは何も言わなかった。あまり考えたくないが、多くの種族が戦争推進派となっているのは、ダークテリトリーの者達のフラクトライトに与えられた本能的なモノが全ての要因ではないのかもしれない。
この和平会談は何としてでも成功させるつもりでいるが――本当に上手くいくのだろうか。
もっと時間をかけて多くの事をして、ダークテリトリーに生きる者達を理解しなければ、失敗するのではないか。近日中にオブシディア城に行くのは早すぎるのではないか。そんな不安がキリトの中にふつふつと湧き上がり始めていた。
しばらくリランを走らせ、その見事な脚力で山岳地帯を越えてもらったところ、オーク族の前線基地が見えてきた。レンジュの言った通り、最初に目に飛び込んできたのは巨大なダムだった。
石造りなのは現実世界のそれと変わりないが、放水口の両脇が石像で構築されているなど、ファンタジーの雰囲気を多分に含む外観をしていた。
その色は
思い付いたのはキリトだけではなかったらしく、現実世界から来ている仲間達が「あれって……」と口々に言っていた。その直後に、リーファが「ゲーミングダム?」と口にした時は思わず吹き出しそうになった。
カイナンによると、あのダムはオーク族の領地となった土地に元々存在していた巨大建造物であるらしく、誰が何のために作ったものなのかは定かではないらしい。
あのような巨大建造物は暗黒界のあちこちに存在しており、そのどれもが純白の石や金属で構成されていて、決まって虹色の光の流れる溝が彫られているのだという。そしてその機構は、蒸気機関を普及させるまで発展したダークテリトリーの者達でも理解が追い付かないモノであるらしい。
それらを踏まえて考えるに、あのダムを含んだ巨大建造物が作られたのは古代であり、その時代には今よりもずっと進んだ文明が存在していたという事になる。
世界の各地に超古代文明の遺構が存在し、人々はその恩恵を受けて生活している。物語が進むと、かつて栄華を
そもそも、実はこのアンダーワールドには超古代文明が存在していたというのであれば、クィネラやカーディナルが知っていて、教えてくれているはずだ。しかし、彼女達からそんな話が出てきた事は一切ない。
だのに、超古代文明の遺構と思わしき建造物がダークテリトリーにはこうしてしっかり存在していて、今も尚ダークテリトリーに住まう者達の生活の支えになっている。
もしや人界には超古代文明や超古代人といったものは存在していないが、ダークテリトリーには存在していたという事なのだろうか。人界の民達のルーツである《原初の四人》とやらが降り立った時代よりも更に前の時代があったのか。
考えを巡らせても、答えを得られそうにはない。ここまで来たら、この世界を作っている張本人達であるラース、そのうちの一人であるイリスに聞くぐらいしか、具体的な答えを得る方法はないだろう。
つまり、この謎の解明については当分の間お預けという事。歯がゆいったらありゃしなかった。
「もしかしたら、こういった建物を作ったりしたのは、ベクタ様やその眷属なのではないでしょうか。もしくはベクタ様と同じような神々……だったりするのでは」
ふと思い付いた事を口にしたようなドロシーに、皆で向き直った。彼女はダムを見上げていたが、その視線はそこよりも更に先、雲の上を見ているように思えた。
「それならば意外とあり得るかもしれません。現に神々は、我々では想像も付かないような様々な事を行使できたと言います。このような建造物を作っていったとしても、おかしな話ではありませんね」
アリス・シンセシス・サーティの記憶しかなかった頃のような敬語口調でアリスが答えた。
最近わかった事だが、彼女は自分達といった親しい間柄の者を相手にする時には、女性らしいアリス・ツーベルクの口調で喋る一方で、同僚の整合騎士やその長である目上者のベルクーリ、更に目上の最高司祭であるクィネラ、もしくはそんなに親交のない者と喋る時は少し堅苦しいアリス・シンセシス・サーティの口調になる。
この特徴の発現を見た時、どちらの口調で喋っているかを聞く事で、アリスがその人物を親しく思っているかどうかを把握する事ができるのだと、キリトは気が付いた。
彼女は今、ドロシーとダハーカを相手にして、後者の喋り方をしている。まだあまり親しく思っていないようだ。まぁ、この二人と出会ってまだ数日しか経過していないので、当然と言えば当然だが。
「ええっと、この世界の神様って、どんなのが居ましたっけ? あたし、よく知らないんです」
話を聞いていたシリカが困ったような声で言うと、アリスとユージオが説明を始めてくれた。
この世界にはかつて、様々な神が存在していた。
《ステイシアの窓》の由来となっている《創世神ステイシア》。
《ソルスの光》の語源となっている《太陽神ソルス》。ステイシアが作った世界の基盤に大地と植物を作ったとされる《地神テラリア》。
火炎と灼熱を自在に操り、物を作り出す力を司るとされる《火神イグニア》。気象を操り、敵対する脅威には暴風と大嵐を、人々には恵みの雨を降らすとされる《風神アエリア》。
この世界に全ての基礎となる水をもたらした根源である他、水を自在に操り、大河や湖を作ったとされる《水神アクアリア》。この世界に生きる者が身に着ける剣術、剣技の始祖とされる《剣神グラディア》。
そして、暗黒界の支配神である、《暗黒神ベクタ》。この名前が出てきたところで、語り手はアリスとユージオから、ダハーカとドロシーに代わった。
《闇神ベクタ》の異名で語られるそれは、圧倒的な力でこの暗黒界を統治する闇の帝王たる存在。
《鉄血の守護獣》と呼ばれる異形の魔物の群れと、漆黒の鱗と甲殻に身を包み、巨大な翼で空を飛び、凄まじい劫火で地上を焼き払う力を持つ《黒龍》を従えるとされる。
このベクタによって、暗黒界には『力こそ全て』という弱肉強食の思想が強く根付いているのだという。そしてベクタは、ダハーカやドロシーといった和平賛同派にとって、これ以上ないくらいに恐ろしいらしい。
ベクタは人界の神々同様に、この地に降り立つ事はなく、今は身を潜めているが、もしこの世界へ戻ってこようものならば、暗黒界のありとあらゆる生き物がその意思に従わされてしまうというのだ。
そして、天界の神々と敵対しているベクタが、その庇護を受けた土地と和平を組む選択はしない。ベクタが降り立ってきた時こそが開戦の時であると、ダハーカとドロシーは語った。
話を最後まで聞いたシリカが、少しおどおどした様子で答えた。
「な、なるほど。神様や信仰が関わってくるとなると、そう簡単に二つの世界が仲良くなれない理由がわかりますね。特に、暗黒神ベクタって神様は怖いですね……支配神だなんて……」
ないとは思いたいものの、もし仮にベクタが現世に舞い降りてきたならば、確実に戦闘になるだろう。そうなった時に勝てるかどうかは――予想も付かなかった。
「警戒しておきたいが、相手が神様となるとどうしようもないな」
キリトの
「えぇ。常に最悪を想定して動きべきでしょうけれど、こればかりはどうにも……」
アリスとユージオ、ダハーカとドロシーは険しい表情をしていた。ベクタが舞い降りてきた時にはどうするべきなのか。自身にできる事は存在しているのか。そう考えているのは間違いないだろう。
暗黒神ベクタ。《鉄血の守護獣》なる異形の魔物の群れと、《黒龍》なる存在を使役する――見方を変えれば最凶最悪の《ビーストテイマー》。
そんな絶対的な存在との戦いを想像してみたが、やはり上手くいかなかった。こいつが出てきた時にするべき事は何なのだろう。
「キリト君」
そう思ったその時、ふと小さな声が聞こえてきた。振り返ってみたところ、アスナがユピテルと共にこちらに歩いてきていた。
「どうした、アスナにユピテル」
「今皆で話してるアンダーワールドの神様だけど、本当の神様っていうわけじゃないの」
キリトが首を
「こっちに来る前に、菊岡さんやイリス先生から聞いたんだけど、アンダーワールドの神様は設定上の存在で、ラースの職員がアンダーワールドにログインする時に使うモノらしいの。他にも神聖術師としての監視アカウントとかもあるらしいんだけど……」
「神様の名前が付いたものは、かあさん達がログインに使っているモノよりも更に上位のスーパーアカウントに当たるんだそうです」
「なるほどな。この世界を直接管理する時は、そういった存在を隠れ
そこでふと思いついた事があった。神の名を冠するアカウントが、ラースの職員のいずれかがアンダーワールドを管理する時に使うモノであるのだとしたら――。
「つまり、ベクタも誰かが暗黒界のボスとして降り立つためのアカウントって事か?」
アスナは頷き、相変わらず小声で答えてきた。
「うん。だから、ラースの人達が動かない限りは、ベクタの復活はないはずだよ」
キリトは「そっか」と言って、
暗黒神ベクタの降臨はこれ以上ないくらいの大混乱を引き起こすが、そんな事を起こしたところで、ラースの誰も得をしない。よって、ラースの誰かが暗黒神ベクタとなってこの世界に降臨するような事は、ひとまずないと言っていい。
ダハーカとドロシーが懸念しているような事は起こりえないのだ。これがわかっただけでも、安心してよいだろう。
「ありがとう、アスナ、ユピテル。おかげで安心した」
キリトがそう告げたところ、ユピテルが
「……ですが数日前、クィネラから奇妙な話を聞きました」
「え?」
「今、皆さんのお話に出てきている《創世神ステイシア》、《太陽神ソルス》、《地神テラリア》、《火神イグニア》、《風神アエリア》、《水神アクアリア》、《剣神グラディア》、《暗黒神ベクタ》の八つしか、スーパーアカウントは認められていなかったのですが、ここ最近数が増えたかもしれないというんです」
キリトは思わず目を丸くした。神が増えただって? にわかには信じられない話であるが、しかし語っているのは真実しか口にしないのが最大の特徴である《
どんなに信じがたくても、この話は本当だという事だ。
「神が増えたって……どういう事だ」
「この八つの神の他に《
この世界はラースの管理下に置かれており、尚且つラースはこの世界そのものの開発も行っているので、必要とあればスーパーアカウントを新たに作って実装するなんて事もしたりするだろう。
アンダーワールドの住民からすれば、突然伝承にさえ登場していない新たなる神が生まれてきたという奇怪極まりない現象を目の当たりにする事になるが、管理者であるラースからすればどうでもいい事だ。なので、神が一気に六体も増えたとしても、かろうじて不思議な事ではないと言い切れる。
だが、《名前すら把握できない正体不明のアカウント》が三つも追加されてきたとはどういう事だ。
「おいおいおいおい、前者はわかるけど後者はなんだ。その名前すら把握できない正体不明のアカウントっていうのは?」
「そのままの意味です。クィネラやカーディナルさんの力を持って解析に取りかかっても、存在している事は確認できるものの、その中身を知る事ができないそうです」
キリトは
リランと言えば、悪い言い方と見方をすれば人類史上最凶最悪のクラッキングAIであり、如何なるシステム防壁があろうとも、容易く破るだけの力を持っている。
だからリランにやらせれば、三つのアカウントの正体を暴けるのではないか――と思った直後に、キリトは駄目だと思い直した。
このアンダーワールドに来てすぐに、リランは世界の情報を探るべくクラッキングを仕掛けようとした。しかし、数秒も経たないうちにアンダーワールドのセキュリティがリランでさえ太刀打ちできないほど強固なものとなっているとわかり、解析を断念したのだった。
なので、このアンダーワールドの詳しいシステムの形などは管制者であるクィネラ、ラースの一員であるイリスから話を聞いたアスナとユピテルから教えてもらうしかなかったのだった。
そのクィネラさえ詳細を把握する事ができないアカウントが三つも存在しているとわかった途端、背筋に冷たい感覚が走り始めた。ベクタの事で安心した矢先に、新たな不穏要素がでてきてしまうなんて。
「ユピテル、その正体不明の三つのアカウントは、何だと思う」
キリトの問いかけに、ユピテルは首を横に振った。
「わかりません。もしかしたらアンダーワールドの神々とされるスーパーアカウントと同じようなものかもしれませんし……」
「かもしれないし?」
母親であるアスナに言われてすぐに息子ユピテルは
「……いずれか一つが、スーパーアカウントさえ超える最大権限を持つ、マスターアカウントである可能性もあります」
キリトは思わず目を見開いた。
「マスターアカウント……だって……!?」
「あくまで可能性の一つです。けれど、この世界はぼく達が見てきた世界の中で、最も複雑かつ大規模なシステムで構築され、動いています。今のところ、キリトにいちゃん達やぼく達が力を合わせる事で、大きな問題も解決できていますが、いずれはスーパーアカウントの力を持ってかかる事でようやくどうにかなるような問題も起きるのかもしれません。
そして、この世界の規模や構造から考えて、今後スーパーアカウントの力を持ったとしても、どうにもならない問題や障害が発生したとしてもおかしな話ではありません。それを、アイリのいるラースが対策していないとは思えません」
「スーパーアカウントで解決できない問題が起きた時のためのアカウント……か」
確かにそれは、マスターアカウントと呼ぶべきモノであろう。このアンダーワールドという異世界の全てを、思い通りに動かす事のできるアカウント。最早それは全知全能の最高神だとかでは収まらないモノと言えるだろう。
あまりにも規模が大きくなりすぎて、使える能力も使い心地も、想像が付かない。先程から想像も付かない事柄を数多く聞いているが、マスターアカウントはその中で頭抜けている。
いよいよ気が遠くなりそうなキリトの傍で、アスナが言った。
「もしそんなアカウントが存在していても、それは簡単には使えないモノ……だよね」
ユピテルは率直に頷いた。
「はい。マスターアカウントが仮に実在するならば、それは最高峰のセキュリティで守られていて、いくつもの手順を要するようになっていると思います。ましてやラースには誰よりもセキュリティにうるさいアイリが居るのですから、尚更強固なものになっているでしょう」
アイリ/イリスが作るセキュリティは、解析にそれなりに自信のあるキリトは勿論、彼女の子供達であるリランもユピテルも、天才研究者とされるセブンの手腕でも破れない程の強さを誇っている。
……今頃イリスの作った最強セキュリティに、ラースのスタッフ達は頭を抱えているかもしれない。想像できたその様子に苦笑いしながら、キリトは口を開く。
「それなら安心してよさそうだな。あの人のセキュリティって、マジで怖いくらいに破れないから」
「けど、この話は皆には秘密にしておいてね。混乱を起こしちゃうかもしれないから」
アスナからの要求に、キリトは素直に頷いた。
――原作との相違点――
・《月神》、《舞神》、《歌神》、《唱神》、《雷剣将》、《闇剣将》の神アカウントが存在している。