キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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07:形見

          □□□

 

 

 オーク族領地の視察が終わった後、キリト達はその足で山ゴブリン族領へ向かった。

 

 ほぼ通り過ぎてきただけだったオーク族の領地では、自分達に嫌悪の(こも)った目を向けてくるオークがそれなりに居た。

 

 しかし、少し重い首飾りのようにして首にかけた貴金属の輪を見せた途端、彼らは目を見開き、嫌悪を含んだ眼光を向けるのをやめてくれた。ダハーカの友人の一人であるレンジュが渡してくれたアクセサリーは、本当に友好の証であったらしい。

 

 あれだけ嫌そうなものを見ているような視線を向けてきていたオーク達が、軒並(のきな)みそれをやめて、普通に接してくれるようになる。カイナン達商工ギルドが欲しがるわけだ。このアクセサリーがあるだけで、オーク族に話が通じるようになり、交易や商談は格段に上手くいくようになるのだから。

 

 今のところは何もないが、今後オーク族領地で何かする事になったならば、その時このアクセサリーは再び役立ってくれる事だろう。

 

 貴重品を分け与えてくれたレンジュに改めて感謝しながら、キリトは皆と共にオーク族領地を抜け、山ゴブリン族領地の前線拠点へ足を運んだのだった。

 

 山ゴブリンと言えば、二年ほど前にアリスの妹であるセルカを誘拐し、取り戻しに来た自分達と交戦し、ユージオに深手を負わせたゴブリン達と同じ種族である。山ゴブリン達はあぁいった感じで何かと好戦的であり、あのような暴行をしてしまうくらいには人族の事を良くは思っていない。

 

 いくら視察をするだけとはいえ、そんな者達の闊歩する場所に向かっても大丈夫なのだろうか。……いや、ダークテリトリーの全ての種族の事情を知るくらいの意気込みがなければ、和平会談は上手くいかないだろう。ここは一つ和平のため、今後のために山ゴブリン達の事も知らなければ。

 

 キリトは皆に一旦解散するように号令を出し、それぞれ別行動を開始したのだった。ある者達はカイナンに連れられて買い物に向かい、ある者達はオーク族領地のような遺跡がないかを探しに行ったりした。

 

 キリトはシノン、リラン、ルコといういつもの四人パーティを組んで、山ゴブリン族領地の視察を行った。その名前の通り、山ゴブリン族の前線拠点は山岳地帯のど真ん中にあり、あちこちが起伏の激しい岩山だらけだった。

 

 目を凝らしてみたところ、聳え立つ岩肌に梯子(はしご)が備え付けられていたりしているのが確認できた。あれで高所へ移動するという事なのだろう。しかし、中には梯子が掛かっていない岩山の頂上に家が建ったりしているところもある。

 

 どうやら、岩肌を掴んでよじ登っていく必要があるようだ。そんな地形が当たり前にあるこの土地に暮らす山ゴブリン族達は、さぞかし登攀能力(とうはんのうりょく)が優れているのだろう。

 

 思い出してみたところ、《果ての山脈》の洞窟内で交戦した山ゴブリン達は、それなりに腕力が強かったし、そもそも色んなところをよじ登っていそうな体型をしていたような気もする。

 

 なるほど、本当によじ登る力が必要とされる場所に暮らしている種族だから、あんなふうだったのか。他の三人が色々と話をしている中、キリトは一人納得していた。

 

「ない……ないッ!?」

 

 その時、前方から声がした。最近よく聞く少女の声。ドロシーのものだった。発生源と思わしき方に向き直ってみたところ、本当にドロシーが居た。ひどく慌てているようだ。

 

「ドロシー、どうしたのよ」

 

 四人でドロシーの元へ向かい、途中でシノンが話しかける。こちらに気が付いたドロシーは、焦燥した顔を向けてきた。

 

「四人とも……!」

 

「ドロシー、焦ってる。何か、あった?」

 

 ルコがいつも通りの口調で尋ねた直後、リランがふと何かに気付いたような反応をしてから、ドロシーに問いかけた。

 

「む? ドロシー、お前首飾りをどこへやった? いつも肌身離さず着けておったではないか」

 

 そこでキリトも気が付かされた。そうだ、ドロシーがいつも鎧の上から首にかけている、丸みがかった菱形(ひしがた)をした白い首飾りの姿がない。

 

 ドロシーは人界にやってきた頃から、ずっとその首飾りを付けていて、いつ如何(いか)なる時も外していなかった。あれはドロシーにとって大切な宝物なのだ――キリトがそう気付いたのは比較的早い段階だった。

 

 リランに問われたドロシーは焦ったまま答えてくる。

 

「そうなんです! 小官の首飾りが、どこにもないんです!」

 

「どこかに落としたとか、そういう事はないか」

 

「いいえ、キリト達が来る直前に一人の山ゴブリンにぶつかられるまではあったんです。ですが、その時から無くなっているみたいで……」

 

 キリトは三人と顔を合わせた。

 

 どう考えてもその山ゴブリンに()られたとしか思えない。ドロシーが肌身離さずに着けているところを見て、高く売れる貴重品か何かと勘違いしたのだろう。

 

「多分、その山ゴブリンに掏られたんだ。そいつがどっちに走っていったかはわかるか」

 

「掏られた!? 確か、あっちの方に走っていったような気がします!」

 

 ドロシーはびっくりしたような顔をした後に北の方を指差した。山ゴブリン族はよじ登る力には秀でているというのは何となく把握できたが、足も速いのだろうか。もしそうでないならば、今からでも追い付けるはず。

 

「追いかけて取り返すぞ!」

 

 そう言って、キリトはドロシーを加えた四人と共に、(くだん)の山ゴブリン族が向かったと思わしき方角へ走った。

 

 相変わらず起伏の激しい岩山が見受けられたが、そこを急いでよじ登っている者は居ない。逃走中に高所へよじ登るのは、あまりに時間を要するうえに隙だらけになるからだ。走って逃げているのは間違いないだろう。その考えが当たっている事を祈り、キリトは走り続けた。

 

 十数秒後、前方にこちらから逃げるように走る一人の山ゴブリン族を見つけた。時折こちらをちらちらと見てきている辺り、あいつが犯人のようだ。

 

「待ちやがれッ!!」

 

 キリトは脚に力を込めて走る速度をできる限り上げた。見る見るうちに山ゴブリンの背中が近付いてきて、もう少しで手が届きそうなタイミングを見計らってダイブした。

 

 スリの山ゴブリンはキリトに取り押さえられながら地面に倒れ、キリトの力の籠った拘束攻撃に「ぐああ」と悲鳴を上げた。

 

 しかし、山ゴブリンが倒れる瞬間に、その手から何かが射出されるように飛んで行ったのも見えた。ドロシーの首飾りだった。それは宙を舞った後に地面に墜落したが、余程勢いがついていたのか、地表を跳ねて更に前方へ飛んで行った。

 

 そしてそのまま、崖の下にまで落ちていってしまった。山ゴブリンに追い付けたのは、キリトが速度を上げたのもそうだったが、崖に近付いていた事に気が付いた山ゴブリンが速度を落としたのもあったのだ。

 

「首飾りが……!」

 

 追い付いてきたシノンが驚いたような声を出すと、その隣を走っていたリランが一瞬のうちに姿を変えた。普段自分達をその背中に載せて走ったり飛んだりする時より、ずっと小さな狼竜の姿。最近はすっかり見る事のなくなっていた――というよりも使わなくてもよくなった――小竜形態である。

 

 小さいながらも十分な飛行能力を持つ翼を持つ狼竜となったリランは、一目散に首飾りの後を追った。だが、途中でかしゃんという何かが割れ砕けるような音が聞こえてきて、キリトは思わず目を見開いた。

 

 そこでキリトが力を緩めてしまった瞬間を、山ゴブリンは見逃さなかった。山ゴブリンは全身の力を込めて身を捩った後に両腕を広げ、キリトの拘束を強引に剥がした。

 

 キリトは突き飛ばされたように尻餅をついたものの、すぐさま体勢を立て直して、山ゴブリンを追おうとした。しかし、当の山ゴブリンは既に遥か後方に行ってしまっていた。今から追いかけても追い付けそうにない。

 

「くそッ」

 

 不服の溜息を吐きながら前方へ向き直ると、崖のすぐ近くの辺りにシノン、ルコ、ドロシーが集まっていた。よく見ると小竜形態のリランの姿もあるが、ドロシー同様に(うつむ)いていた。

 

 キリトは四人に歩み寄り、ドロシーを覗き込んだ。その広げられた掌には、いつも彼女が肌身離さず着用していた首飾りがあった。あちこちが砕けたり、割れたりしてしまっている。高いところから落とされてしまったような壊れ方だ。

 

 嫌な予感は当たってしまった。

 

「ドロシー……」

 

「壊れて、しまい……ました……」

 

 ドロシーの(つぶや)きに、リランがすまなそうな《声》で答える。

 

《すまぬ。可能な限りの速度で追ったのだが、途中で落ちてしまった》

 

 リランは責められても仕方がないように思っているようだった。しかし、盗られた首飾りが山ゴブリンの手から離れて崖に落ちてしまうなどとは誰も予想していなかった事だったし、それにいち早く気付いて小竜形態になり、地面に落ちる前に回収しようとしたリランの行動そのものが見事だったと言える。

 

 お前は悪くないよ――そう伝えようとしたその時、ドロシーから声がした。

 

「う……ぐすっ、ううッ……」

 

 ドロシーは壊れてしまった首飾りを両手で強く握り締めて(うずくま)り、背中を揺らしながら声を漏らしていた。

 

 キリトは思わず驚いて、泣いているドロシーに声をかける。

 

「そんなに大事なものだったのか……?」

 

 ドロシーは(うなづ)かず、口を開いた。

 

「父が、母に贈った品で……それを小官が母にねだって、譲ってもらったものだったんです……大切にしてねと言われていたのに……」

 

 確か、ダハーカの師匠でもあったというドロシーの母親は、既に亡くなっているという話だった。それも、人界の戦士に討たれて。

 

 彼女にとってこの首飾りは、これ以上ないくらいに大切な、母親の形見。今は亡き母親と、自身を繋げてくれる唯一無二の存在だったのだ。

 

 今は壊れてしまったそれを持ったままドロシーは立ち上がり、涙を拭って、こちらに背を向けた。

 

「皆さん……ご迷惑をおかけしました。これの事はもう諦めます。形あるものはいつか必ず壊れてしまう……そういうものなのです。今いる人達を見つめず、いつまでも居ない人間をよすがに生きる小官が弱すぎるのです」

 

 ドロシーは背を向けたまま俯いた。

 

「強く……誰にも守られなくたって強く、一人で生きていかなくてはいけないのに」

 

 そう言われた瞬間、ドロシーの姿にかつてのシノン/詩乃(しの)の姿が重なって見えた。

 

 やはり、形は違えど、ドロシーは本質的にあの頃の詩乃と同じだ。誰も頼らずに生きていこうと決めて、どう考えても一人でできない事さえも一人でやろうとして、あらゆる無理をしようとしてしまっている。

 

 身体も心も傷だらけになって、手元には何も残らないという最悪の結末が待っているかもしれないというのに。

 

「ドロシー、諦めるのはまだ早いわ。他の仲間に頼ってみましょう」

 

 かつての自身と同じ心情を感じ取ったのだろう、詩乃/シノンが声をかけたところ、ドロシーはきょとんとした。

 

「えっ、仲間に頼る?」

 

「えぇ。リズは物の修理が得意だから、リズに頼めばいいわ。復元するための素材とかはカイナンに相談してみましょう。私達でできない事なら、他の人を頼ればいいのよ」

 

 シノンの進言に、ドロシーは躊躇(ためら)ったような顔になる。

 

「でも、皆さんにそんな迷惑をかける事では……」

 

「誰も迷惑だなんて思ってないわよ」

 

 更にルコが割り込むようにしてドロシーに話しかける。

 

「ドロシー、諦める、駄目。おかあさんが、くれた物、壊れたまま、駄目」

 

 ルコは真っ直ぐな瞳で訴えかけていた。シノンがこう言ってくれたのが大きいのかもしれないが、そこにルコが加わったおかげで、ドロシーの落ち込んでいた目に光が戻り始めていた。

 

「かあさんがくれた物を、壊れたままにしておいては、いけない……?」

 

「そうよ。ここじゃあ落ち着いて作業なんてできないから、一旦《交易街》の拠点へ戻りましょう」

 

 シノンはキリトへ向き直る。

 

「いいかしら、キリト」

 

 キリトは素直に頷いた。断る理由がない。

 

「あぁ、勿論だ。皆を集めて戻るとしよう」

 

 

 

          □□□

 

 

「よっし、できたわよ」

 

 

 調子が良さそうな様子で、リズベットは品物をドロシーに手渡した。

 

 山ゴブリン族領土から戻ってきて早々、キリトは破損したドロシーの首飾りを渡して事の顛末をリズベットに話した。すると彼女は「そういう事ならあたしに任せなさい!」と快諾して首飾りを受け取り、修理に取り掛かってくれた。

 

 その間、ドロシーはずっと不安そうな顔をしていた。リズベットが本当に修理してくれるのか不安で仕方がないらしい。そんなドロシーに、キリトは「リズベットなら上手くやるし、最近はその作業速度だってすごいんだぜ」と話した。一緒に居るシノンとリラン、ルコも頷いてくれて、「リズベットなら大丈夫」だと繰り返した。

 

 そして、言葉の通りの出来事が起きた。工房に入ってから一時間も経たないうちに、リズベットは戻ってきたのだ。その手に光るものを持って。

 

「カイナンが調達してくれた素材のおかげで、難なく修理できたわ。カイナンって普段は結構がめついところあるけど、こういう時は素材とか奮発(ふんぱつ)してくれるから憎めないのよね」

 

 キリトはドロシーの手に収まった首飾りを見た。つい先程は見るも無惨な姿になっていたが、今はすっかりかつての形を取り戻している。それどころか、壊れる前よりもその輝きを増しているような気さえした。

 

 元通りの形となった母親の首飾りを見て、ドロシーはぱぁと表情を明るくさせた。曇り空が一気に晴れ渡っていくかのようだった。

 

「リズベット……! ありがとうございます! ありがとう! あぁすごい、本当に元通りになってる……!」

 

「そんなにお礼を言わなくたって大丈夫よ。あたしがやりたくてやったんだからさ。あと、強度も高めておいたから、もう崖下に落とされたくらいじゃ割れないわよ」

 

「そこまでしてくれたなんて……! 本当に、何と言ったらいいか……!」

 

 そう告げるドロシーの明るい笑顔は、彼女と出会ってから初めて見るものだった。年相応の女の子が見せる、純粋な笑み。心の底から喜んでくれているのは確かだった。

 

「カイナン殿も素材を提供してくれたようですから、お礼を言ってこなければ……! きっと素材も高いはずなのに……感謝を伝えてきますね! あぁ、それからにいさんにも……!」

 

 ドロシーは弾けるような笑顔のまま一礼し、街の方へ走っていった。言葉の通り、カイナンのところへ向かい、その後に――きっとダハーカのところに行くのだろう。

 

 ドロシーがそんな行動を取るところもまた、ここに来てから初めて見るものだった。あれこそが、きっと素の彼女の姿なのだろう。やっと、ドロシーの本質的な部分を垣間見る事ができた。

 

 走りゆく彼女の背中を見て、キリトの隣に居るシノンが微笑みながら呟く。

 

「あんなに喜んでるドロシーを見たの、初めてだわ。本当に大切にしていたものだったのね、あの首飾りは」

 

 キリトは頷き、リズベットに向き直る。

 

「リズ、ありがとう。おかげで助かったよ」

 

「……ん。うん……」

 

 リズベットからの返事は、キリトの予想していたものではなかった。「おや?」と思って首を傾げたところ、リズベットはドロシーの走っていった方向を見つめた。

 

「ねぇ、四人とも。」

 

「え?」

 

「あたしやっぱり、ダークテリトリー……暗黒界と戦争したくないなーって、今再認識しちゃったわ」

 

 リランがきょとんとした顔で尋ねる。

 

「どうしたのだ、急に」

 

「だって……ダハーカもカイナンも、ドロシーも良い奴じゃない。暗黒界は悪い奴が多いって思ってたけど、そんなの人界にだって沢山いるじゃない。人界も暗黒界も、抱えてる問題が違うだけで、大して変わらないと思うのよ」

 

 リズベットは今しがた口にした三人を思い出しているような目をしていた。キリトもその目が見つめる先に視線を向ける。

 

「おかあさんの形見が壊れたら泣いちゃう女の子。正義感も力も強くて生真面目な狼男のおにいさん。いつもがめついくせに、こういう時はタダで素材をくれちゃう商人のおじさん……あたし、あの人達と戦いたくないわ。あの人達を相手に、《EGO》を叩き付けるような事は絶対にしたくない」

 

 リズベットはキリトに目を向け直した。

 

「だから、その……あれよ! 戦争回避! 太平の世! 世界平和! よね」

 

 そう話すリズベットの瞳に、確かな決意が宿っているのをキリトは認めた。彼女は自分と同じように、暗黒界との戦いを望まず、和平の道をひたむきに目指している。いや、もしかしたら自分以上にその結末への到達を目指しているかもしれない。

 

 そして、彼女の言う通りだ。何度も思ってきた事ではあるけれども、暗黒界との戦争など起こすわけにはいかない。何より、ダハーカやドロシーと戦うなんて真っ平ごめんだ。

 

 彼らとは、共に力を合わせて作り上げた平和の世界で過ごしたい。

 

「あぁ。戦争回避、太平の世、世界平和だ。何としてでも掴み取らなきゃ、だな」

 

 キリトの言葉に、その場の全員が頷いた。皆の仕草と表情を見て、キリトはこの場の全員の目指す先が同じである事を再認識したのだった。

 

「戦争、駄目。侵略、駄目。皆で、平和」

 

 ルコがリズベットとキリトの言った事を繰り返したその時だった。急にリズベットが何かに気付いたような顔をして、キリトに話しかけてきた。

 

「あっ、そう言えばキリト」

 

「なんだ」

 

「ルコちゃんの生まれ故郷とおかあさんの事とか、ルコちゃんの《お役目》の事とか、何かわかった事あったっけ?」

 

 キリトは今しがたのリズベットと全く同じ反応をした。これまでずっと家族のように一緒に居て、共に強敵と戦ってきた仲間でもあるルコは、《お役目》を達成して《おかあさん》のところに帰る事を目的としている。

 

 その《お役目》とは、《はじまりの姫巫女(ひめみこ)》と《(まもり)(かんなぎ)》なる存在を見つける事。その二つを見付けさえすれば、ルコの《お役目》は完了となり、《おかあさん》と家族の待つ故郷に帰る事ができるのだという。

 

 そんな事情を聴かされてから、キリトはリランとシノン、クィネラとカーディナル、ユージオとアリス、そしてアスナ達やベルクーリ達整合騎士達と共に、次々と起きてくる異変や問題の解決にあたりながら、ルコの《お役目》についての捜索も行ってきた。

 

 しかし、人界のあちこちを駆け回って聞き込みをしたり、伝承や伝説の調査などを行っても、ルコの《お役目》の対象とされる《はじまりの姫巫女》と《護の巫》についての情報は一切手に入れる事ができなかった。

 

 クィネラとカーディナルにも尋ねたが、二人も全く知らないらしく、ある《天職》を持った者の事を指すのか、それとも何か普通では考えられないようなモノなのか、皆目見当が付かないという。

 

 逆に、復活したアドミニストレータならば何か知ってるかもしれないとも思ったが、あれも自分達と対峙した際、帽子を外しているルコを見ても無反応だったので、何も知らなかったのだろう。

 

 なるべくルコを早く故郷に、《おかあさん》のところへ帰してやりたい一心で色々とやったが――結局人界では何も得る事ができず、ダークテリトリーにまで来てしまった。

 

「いや……何もわかってない。ダークテリトリーに来れば何かわかる事もあるんじゃないかって思ったんだけど、そうでもないみたいだ」

 

「そもそも、ルコの種族は何なのだ? ダークテリトリーの亜人族達を見ても、ルコと同じ見た目をした種族はおらぬようだぞ」

 

 かつては人狼――といってもダハーカのようなものではなく、狼耳と尻尾がある程度だが――の姿をしていた事もあるリランが呟くように言う。

 

 確かに彼女の言う通り、ルコは人族の少女のような姿をしているものの、頭の上部に獣の耳があり、額から赤い宝石のような角が生えているという、明らかに人族とは異なる種族の容姿をしている。

 

 ルコの姿を見た一部の腐敗した根性の人界人達は、「ダークテリトリーの住民だ」とか「ダークテリトリーからの先兵だ」とか言っていたが、しかしそのダークテリトリーにも、ルコと同じ特徴を持った亜人族は存在していないとわかってしまった。

 

 ルコは下手したら人界で一番の謎の存在なのではないかと思っていたが、ダークテリトリーからしても一番の謎の存在なのかもしれない。いや、ここまで来たら、もうアンダーワールドで一番の謎の存在なのではないか。

 

 ルコの謎が解けた時、この世界に大きな出来事が起こるのではないか――そんな気さえしてきていた。

 

「……ここじゃ、ない」

 

 キリトも含めた皆はきょとんとして思考を止め、ルコを見た。空を見上げている。

 

「ルコ、ルコ達の、おうち、あるところ、こんな空、してない」

 

「こんな空?」

 

 キリトの問いにルコは答える。

 

「ルコ達の、おうち、あるところ、もっと、青い、空。人界より、もっと、青い、綺麗な、空の、下。大きな、大きな、大きな、お城の、中」

 

 ルコとその家族の住む家は、このダークテリトリーの空のような色はしておらず、それどころか人界で見上げた時の空よりも綺麗な青色をしている。そして――大きな城の中にある。ルコの言葉をまとめるとこうだった。

 

「大きなお城の中? あんたのおうちって城の中にあるの!?」

 

 初めて聞く情報に驚き気味のシノンの問いに、ルコは頷いた。

 

 そう言えば確か以前、ルコは「おかあさん、これ以上ない、立派な人」と言っていた。そして、大きいという言葉を三回使う必要があるほどに巨大な城の中が、ルコの家のある場所であり、ルコの生まれ故郷。

 

 となるとまさか、ルコはどこか大きな国の皇帝の娘、(すなわ)ち姫なのではないか。だが、そんな国がこの世界のどこにあるというのだろう。

 

 ……いずれにしても、ルコの《お役目》や故郷についての事を本格的に明らかにするには、人界と暗黒界の戦争を防いでからになりそうだ。

 

 気になりはするけれども、少なくとも、両者が(にら)み合っている現状でどうにかできる問題ではなかった。

 

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