迂闊だった。巨像が第二形態になった瞬間、あいつは口からビーム光線なんてものを吐き出して、俺達を一薙ぎした。
流石に巨像がビームを撃って来るなんて思ってもみなかったせいで、ディアベルを含めた大半がビーム光線の餌食となり、吹っ飛ばされた。間一髪、俺とリランは十分に距離を取っていたためにビーム光線を浴びずに済んだが、浴びた連中は皆、体力を大幅に減らして死にかけていた。いや、もしかしたら死んだ奴もいたのかもしれない。
何にせよ、巨像の放ったビーム光線を浴びた奴らに、まともに立ち上がっている奴はいない。……一気に形勢を逆転させられてしまった。
「こ、こんな……!」
直後、ビームを吐き出して邪魔者を一掃した巨像が、六本の腕と脚を使って動き出し、身体をディアベル達が倒れているところに向けた。どぉん、どぉんと大きな音と振動を立てながら、気絶してしまっているのか動けずにいるディアベル達に巨像は詰め寄っていく。死にかけのディアベル達を踏み潰して、止めを刺すつもりだ。
「……!!」
頭の中に映像がフラッシュバックする。
守りたいと思って、ずっと一緒に戦っていたのに、死んでしまった大切な人の姿。その人がモンスターに斬られて死亡する瞬間の、僅かな笑みと口の動きが鮮明に浮かび上がる。そして、その光景とほぼ同じ光景が今、俺の目の前で繰り返されようとしている。
俺の目の前で、俺の事をわかってくれたディアベルとその仲間達が、巨像に踏み潰されそうになっている。体力が減って動けないうえに、あの巨像の攻撃力だ。踏み潰されれば、確実に死ぬ。
また俺は、大切な人を失うだけなのか。
こうして、失われる瞬間をただ見ているだけしかないのか。
俺に出来る事は、何もないのか。俺は、誰も守れないのか。
――いや、そうじゃない!
心の中で叫ぶと同時に、俺は既にディアベルの前に立ち塞がり、迫り来ていた巨像の腕を剣で押しとどめていた。大きな衝撃が襲い掛かり、潰されそうになる。だけど、ここで退いたら、ディアベル達が殺される。
「もう、繰り返さないッ!!」
叫び、俺は力いっぱい剣を振るい、巨像の巨腕を押し返した。轟音と衝撃波がボス部屋内に響き渡り、巨像の身体がディアベル達から離れる。が、それと同時に巨像のターゲットが俺に向く。
もう誰も死なせやしない、誰一人犠牲を出させない。そう心に誓い、押し返したまではいいけれど、俺一人であの巨像を倒す事は出来るのだろうか。俺一人の火力で、あの巨像に致命傷を与えられるのか……そう思った直後に、俺は謎の青色のバーに着目した。
いつの間にかゲージが右端に辿り着いて、バーを満たしている。急に表れていたり、ゲージが溜まっていたり、一体何なんだこのバーは。こんなもの見た事が無いし、何に使えばいいんだ。
《キリトッ!!》
戸惑う俺の頭の中に《声》が響いた直後に、それまでほとんど動く事のなかったリランが俺の目の前に躍り出た。その時に、俺は思わず目を見開いた。小さな竜であるリランの身体が、いつの間にか満タンになっているゲージと同じ色の、炎のように揺らめく光を纏っている。
「リランお前、身体が……!?」
《キリト、我が名を叫べ! さすれば、我は元の姿を取り戻せるようだ!》
「なんだって!?」
リランが元の姿に戻るという事は、あの姿になれるって事だ。だけど、何で急に――気にするよりも先にリランは《声》を放つ。
《いいから叫べ! このままではディアベル達が死ぬぞ!!》
言われて、俺は思わず今置かれている状況を再確認した。そうだ、今俺達はあの巨像に殺されようとしている。だけどあの巨像を倒さなければ次の層に行く事は出来ないし、何よりこのままではディアベルが、みんなが殺されてしまう。
名を叫べば、リランが元の姿に戻るなんてわからないけれど、迷ってる場合じゃない!
「リラン――!!!」
俺の声がボス部屋に再度響き渡った直後、リランはその翼を力強く羽ばたかせて、部屋の上空部へ舞い上がった。かと思えば、リランの身体は強い光を放ち、目の前が一気に真っ白になる。まるでリランが進化した時のような光に目を瞑り、腕で顔を覆う。しかし光は瞬く間にその強さを弱めていき、やがて消え果た。何が起きたと思って腕を顔から離したその時に、俺は思わず驚いてしまった。
俺と巨像の間に、一匹の竜が君臨していた。狼のような輪郭の頭を持ち、甲殻と白い毛に身を包み、背中からドラゴンの翼という言葉から連想されるものを生やし、額から剣のような形状の角を突き出させている、ある時まで見つける事のなかったドラゴン。
その名は、《Rerun_The_SwordDragon》。俺の《使い魔》、リランの本来の姿。
「リラン、お前、本当に元に……!!」
突然元の姿を取り戻したリランに声をかけると、リランは俺の方に横顔を向けて《声》を放ってきた。
《キリト、我が背に乗れ! この巨像を共に打ち砕こうぞ!!》
俺が、リランの背に乗る? ドラゴンの背に乗るなんて、RPGじゃよくある話だけれど、俺とリランもそれに適応されているっていうのか。
「そ、そんな事が出来るのか!?」
《出来るとも! さぁ、我の背に飛び乗れ!》
俺は頷き、地面を蹴り出してリランの真横まで走り、更にそこで地面を蹴り上げて宙へ舞い上がり、そのままリランの背に着地し、跨った。視界が5メートル近く高くなり、前方の巨像と目が合う。リランの背は毛に覆われていて、生物的な温もりを感じる。
俺はかなり前からドラゴンの登場するRPGなどで遊んでいるが、ドラゴンなどを見る度に、こいつらの背中はどうなのか、背中に乗って飛んだらどんな気分なのか、体験してみたい、乗ってみたいなどと無邪気に考えていた。これはきっと、ゲームをプレイする者ならば誰でも思う事だろう。でもその都度、ドラゴンなんか現実にはいないから、考えたところで叶わない願いだと思って諦めていた。そしてそれは、誰しもそう思うだろう。
だが、俺は今リランに乗っている。ドラゴンの背に跨り、ドラゴンライダーになって敵モンスターと対峙しているという事を自覚して、胸が思いきり高鳴っている。
まさか、ドラゴンに乗れる時が来るなんて――思わず興奮して、リランの背を軽く叩くと、リランの《声》が聞こえてきた。
《興奮するのは結構だがキリト、今がボス戦である事を忘れるな!》
その言葉に、俺は我に返った。そうだ、今は興奮している場合じゃない。今はクォーターポイントのボス戦であり、ディアベル達が窮地に陥っている時だ。俺が何か失敗すれば、ディアベル達が死ぬ。彼らを死なせないためには、目の前の巨像をリランと共に撃破する。
ドラゴンの背に乗っている事に感動し、興奮している場合なんかじゃない!
「わかった。いくぞリラン!!」
俺の声を受け取ったリランはそれに答えるが如く咆哮し、巨像を牽制した。
それを挑発と受け取ったのか、巨像はリランに狙いを定めて口を開き、光を溜めはじめる。ビーム光線でリランを吹き飛ばすつもりだ。
「拙い、避けろ!」
リランは俺の指示を無視してその場に踏みとどまった。身体の下でリランの筋肉がまるで俺の剣を構成している鋼の如く硬化したのがわかった。更にリランの毛が逆立ち、尻元に当たるような感じが来る。筋肉を固くして、毛を逆立てて……これがリランの戦闘体勢なのか。それにこれ、どうなってるんだ、というか何をするつもりだリランは。
《心配無用……!!》
リランがそう言った瞬間に、巨像がビーム光線を吐き出した。轟音と閃光を放ちながら極太のレーザーがリラン目掛けて迫り来て、一気に目の前が眩しくなる。
「拙いッ……!!」
リランが吹き飛ばされる――そう思ったけれど、いつまで経ってもビーム光線が直撃するような感覚は来ない。そればかりか、顔に猛烈な熱気が流れてきて、何だか熱いうえに、ゴオオオオオという激流同士がぶつかっているような音が耳に届いてくる。何が起きてるんだと思って目を開けたその時に、俺は更に見開いた。
巨像の光線が、リランと俺から離れた位置で止まっている。いや違う、リランがなんらかのものを放射してぶつけ、巨像の光線を俺達から離れた位置で押し留めているんだ。
熱と光と暴風が吹き荒れる中、リランの口元に目を向けてみれば、リランの放っている物は猛烈な熱を含んだ灼熱の光線である事がわかった。こいつ、火炎弾を吐けるだけじゃなくて、炎を光線のようにして吐き出す事も出来るのか。
顔を動かして目の前を見てみれば、そこに広がるはこれまでは考えられなかった光景だった。
このゲーム、《ソードアート・オンライン》での戦いは、基本的にプレイヤーとモンスター、またはプレイヤー同士が繰り広げるというのが常識だった。しかし今は、最前線である50層ボス部屋内、その中にいる俺の目の前で、これまで一切考えられなかった、「モンスター同士の戦い」が繰り広げられている。
誰がこんな光景を想像したっていうんだ。そしてこのゲームを作り出した張本人である茅場は、この光景を構想したうえで、《ビーストテイマー》なんてものを作り出したのか。
あまりの光景に頭の中が痺れさせてしまっていると、リランは声を交えて灼熱の光線の出力を上げた。リランの口元からの熱風は更に強くなり、巨像の吐き出す光線が一気に遠のき、そのままリランの光線は巨像の口元へ到達。
リランの光線の直撃を受けて無理矢理起こされ、巨像は四足歩行のような形態から元の二足歩行のような形態に戻った。直後、リランは俺に《掴まれ》という指示を送り、いきなり巨像に向けて走り出した。
同時に、ソードスキルを発動させたかのようにリランの剣状の角が紅い光を纏う。
《スピニングブレード!!》
巨像の目の前まで辿り着いたところで、リランは身体を思い切り一回転させた。目の前に広がる世界がぐるりと回り、強い遠心力がかかってリランの背中から射出されそうになるが、俺は力いっぱいしがみついて耐え切った。
リランの身体が止まった時に巨像の方へ目をやれば、巨像の《HPバー》はその残量を大きく減らして、赤く染まっていた。そして巨像の身体に、斬られた証拠である紅い大きな切り傷が出来ている。やはり今のは、リランのソードスキルだったらしい。まさか、ソードスキルまで使うのかこいつは。
そう驚いた瞬間に、巨像が体勢を立て直し、六本の腕全てでリランに殴りかかった。この巨像はクォーターポイントのボスであり、更に攻撃力も恐ろしく高い。
そんなのに六回分も攻撃されたら流石のリランでも耐え切れない。
「リラン、避けろ!!」
しかし、リランは俺のいう事を聞いてくれなかった。迫り来る六つの拳を見ながら、再度角を光らせながら羽ばたいて上空へジャンプ、《声》で叫んだ。
《ドラゴニックアヴァランチ!!》
リランの身体がぐぉんっと動き、身体が宙に浮きそうになるのをリランの毛にしがみ付く事で防ぐ。直後に、空気が切り裂かれる音と、重い何かが引き裂かれるような音が耳元に届いた。リランが安定した時に目を向ければ、迫っていたはずの巨像の腕が全て切断されており、部位破壊状態になっていた。
巨像の《HPバー》のゲージは、数ビットくらいになっている。
「追い詰めたのか……!?」
直後、リランの《声》が頭に響く。
《キリト、止めはお前が刺せ!》
「お、俺が止めを刺すのか!?」
《そうだ! 巨像はもう動けぬ! お前が真っ二つにあいつを切り裂ければ、この忌まわしき戦いは終わるぞ!》
確かに巨像は弱り切って、動き出す気配すら見せていない。いや、多分動き出せはするだろうけれど、その前に攻撃を仕掛ければ、何もさせないまま倒す事が出来るだろう。
だけど、俺がやっていいのか。ボスを倒せば確かにこの戦いは終わるし、俺達は次の層に進む事が出来る。しかし、俺が止めを刺すという事はこのボスの持つ経験値の大多数を皆から奪い取り、ラストアタックボーナスも俺がもらう事になる。この戦いの功労者はディアベルのはずだ。
そもそもなんで俺に止めを指名するんだこいつは。これだけの力があるならボスに止めを刺す事だって出来るだろうに!
「何で俺を指名するんだ? お前でも出来るだろ!?」
《どうやら我はボスを弱らせる事は出来ても、止めを刺す事までは出来ないらしい。我はあいつの体力の全てを吹き飛ばすつもりでソードスキルを放ったが、オーバーキルにはならなかった。だからお前が止めを刺すのだ!》
「なんだよそれ!」
《迷っている場合ではないぞ! お前がやらなければ、巨像が動き出してディアベル達を踏み潰すぞ!》
ここでも迷っている暇はなしか。ラストボーナスを持って行ったクソッタレと言われそうな気がするし、蔑まれそうな気がするけれど……ディアベル達の命が失われるよりかはマシだ。
忌々しい巨像に、止めを刺す!
「やってやるッ!!」
そう言って俺はリランの背を蹴り上げて上空へ飛び上がり、巨像の頭上で剣を両手で握り締める。真下に広がるは、プレイヤーを数名殺したであろう、多腕を失った巨像と、その足元の近くで倒れ込んでいるディアベル達。そのディアベル達さえも殺そうと動き出す巨像に向けて、剣ごと急降下する。唐竹割り。勿論そんなソードスキルはないけれど、巨像に止めを刺すには十分だ!
「ぅおあああああああああああああッ!!!」
雄叫びと共に剣を振りおろし、忌まわしき巨像を頭から真っ二つに斬り下ろす。そして地面に勢いよく着地して、剣が巨像の身体を斬り抜けた瞬間、ズバァッという大きな音が鳴り響き、巨像の動きが止まった。
かっと顔を上げれば、巨像の身体の中心に真っ赤な線が出来ており、そこから巨像は真っ二つに分かれ、横方向の地面に倒れ込もうとした瞬間に急停止して水色のシルエットとなり、膨大な数のポリゴン欠となって大爆散した。
終わった。50層のボス、ヘカトンケイルは死んだ。
ヘカトンケイルが聳え立っていた場所に目を向けてみれば、《congratulations!!》というボスを撃破した事を褒め称える文字が出現している。そして、俺の手元を見てみたところ、アイテムを入手したウインドウが姿を現し、その中に《エリュシデータ》という見た事のない名前が浮かび上がっていた。
どうやらこれがラストアタックボーナスのようで、詳細を見てみたところ片手剣である事がわかった。
「なんとか、なったか……」
《やったな、キリト》
振り向けば、いきなり無茶ぶりをしてきた張本人であるリランが降りてきていた。
「やったなじゃない。いきなり俺に止めを刺せとか言い出すもんだから、わけがわからなくなったぞ」
《我だって止めを刺せなかった事に驚いたのだぞ。だがしかし、よかったよ》
リランの顔に安堵の表情が浮かぶ。
《ありがとうなキリト。今回、生き残ってくれて》
「お前こそありがとう。お前の力が無ければ……」
その時、それまで倒れていたディアベル達が続々と起き上がり始めた。どうやら意識を取り戻したらしい。俺はリランを連れて、ディアベルに近付き声をかける。
「ディアベル、大丈夫か!?」
ディアベルは少し気分が悪そうな表情を浮かべながら俺とリランを交互に見つめた。
「キリト、リラン……あいつは……ボスはどうなった」
「ボスは倒した。戦いは終わったんだよ」
ディアベルは頭を掻きながらステータスウインドウを起動し、閲覧した。
目の動きを観察したところ、その目は《経験値バー》に向けられている。ボス戦での経験値は、ラストアタックプレイヤーに多く割り振られはするけれど、基本的に戦闘に参加している全員に入るようになっている。
「本当だ。さっきよりも経験値が増えている。ボスは倒されたんだな……」
ディアベルはウインドウを閉じて、弱弱しく微笑んだ。
「そして、最後まで戦ってくれたのは、お前かキリト」
「あぁ。正確にはリランだよ。ディアベル達が気を失った後にリランが元の姿に戻って、俺と一緒に戦ってくれたんだ。ボスの体力を大幅に減らしてくれたのもリランだし、俺に攻撃のチャンスを与えてくれたのもリランだ。今回はリランに助けられっぱなしだったよ」
「そうか……だが何にせよ、無事に戦いを終える事が出来てよかったよ」
直後、ディアベルは何かに気付いたような表情を浮かべて、マップウインドウを開いた。恐らく、生き残ったプレイヤー達の数を数えているのだろう。あれだけの攻撃に晒されたんだ、生き残っているのが何人かは俺も気になる。
やがてディアベルはハッとしたような顔をした後に俯き、ウインドウを閉じた。
「《聖竜連合》のメンバーの内……5人死亡している。5人、あの巨像に殺されたようだ」
思わずぎょっとする。まさかそんなにやられていたなんて。いや、でもおかしくはないかもしれない。あの巨像は腕だけでも凶悪な攻撃力を誇っていたのに、ビームまで吐いた。腕の攻撃を受けて体力を減らされている時に、ビームに呑み込まれたと考えれば、死んでいてもおかしくはない。
死者は出さない。そう思って戦っていたのに、結局死者が出てしまった。
「このチート野郎!!」
いきなり罵声が聞こえてきて、俺、リラン、ディアベルは声の方向へ目を向けた。
傷付いた聖竜連合の者達、ディアベルの仲間達が徒党を組んで、明確な敵意を俺に向けているのが見えた。
「お前、そんな大きな力を持っておいて、今まで隠してやがったなぁ!!」
「よくも仲間を見殺しにしやがったな!!」
そうだ、彼らからすれば俺は彼らの中に死者が出るまでリラン……ボスを押し返せるほどの力を隠していたように見えるはず。俺はどうしてリランがあんなふうになっていたのかわからなかった。が、そんな事を言ったところで彼らには言い訳にしかならない。思わず、頭の中に第1層でキバオウ達に罵声を浴びせられた時の事がフラッシュバックする。
「このチート野郎め! ラストアタックボーナスまでもらいやがって!」
「よこせよそれ! ついでにそこにいるドラゴンも捨てろよ!!」
「お前のせいで、仲間が死んだ!!」
多分、仲間を殺されたショックで感情的になっているのだろう。自分でも暴言を吐いているのはわかっているだろうけれど、仲間を失ってしまったのが、救えなかったのが悲しくて、悔しくて、何かにぶつけられずにはいられないのかもしれない。もしかしたら俺が都合よく解釈しているだけなのかもしれないけれど、やはり悪罵は胸に突き刺さる。
わからなかったとはいえ、俺はリランを元に戻すタイミングが遅すぎた。もし、リランをもう少し早く元の姿に戻す事が出来ていれば、彼らの仲間を死なさずに済んだかもしれない。死亡者を出さないままこのボス戦をクリアできたかもしれない。彼らの言っている事は何一つ間違っていな――。
「見苦しいぞお前達!!!」
いきなり怒鳴り声が鳴り響き、その場は静まり返った。声の根源を探して顔を向ければ、そこにあったのはディアベルの姿だった。
「ディアベル……」
ディアベルは俺に悪罵を向ける者達に身体を向けて、怒鳴り付ける。
「俺達は生きてるんだぞ!? あんな危険なボス戦の最中気を失ったっていうのに、生きてるんだぞ!? これを誰のおかげだと思っているんだ!!」
ディアベルの言葉に悪罵を発していた者達は黙り込む。
「確かにキリトのドラゴンはボスの体力をあっという間に削り、致命傷を与えるような奴だ。まさに、ズルをしてる……チートのような奴だよ。だけど、その力を使ってキリトは何をした? 俺達から何かを奪ったか? 違うだろ! 俺達を助けてくれたんだ! もし彼らがボスを倒さなければ、俺達はあの巨像に殺されていた」
静寂を取り戻したボス部屋の中、ディアベルの声は続けられる。
「尊い犠牲は出てしまった。だが、それ以上の犠牲が出ないようにキリトはドラゴンを使って俺達を守った! その事を棚に上げて、犠牲が出てしまった事にばかりに目を向けて、ラストアタックボーナスを寄越せだの、ドラゴンを捨てろだの……俺達は聖竜連合だぞ! 守ってくれた奴にいちゃもんをつけたり、謝罪を求めたり、物をぶんどろうとするのは、ならず者の集まりの《軍》のやり方だ! 《軍》かお前らは!!?」
ディアベルの声が少し静かになる。
「違うだろ。正直言って、俺はこの戦いを生き残れるかどうか不安だったぞ。そしてあいつがビームを放った時にはもう駄目だって思ったさ。だけど、俺達はこうやって生き残った。生きて、50層ボス面を突破する事が出来た。これは彼らの力があったからだ。
力ある彼らを責めるのではなく、その力で守ってくれた事を、ボス戦を無事に突破させてくれた事に感謝しようぜ」
ディアベルは悪罵を述べていた者達に顔を向けた。
「仲間の死亡は、俺の指揮力、戦闘力不足が招いた結果だ。謝罪が欲しければ俺が謝るし、強いアイテムが欲しいなら俺が持っているのを渡す。そしてもっと強くなれる訓練メニューとか戦術を考えるし、効率のいいレベリング方法も見つける。
仲間が死んだのが辛いのもわかる。誰かに八つ当たりしたくなるのもわかる。大きな力を持っている奴が羨ましいのも痛いほどわかる。だけど、今はひとまず、俺達を助けてくれたキリトとリランに感謝しよう。尊い犠牲になってしまった5人の葬儀は、次の街で開こう」
それまで悪罵を放っていた者達は口を閉じて、すまなそうな表情を顔に浮かべた。
そして何より、ディアベルの言葉に口が開いたまま閉じなくなってしまった。まさか、俺を庇ってくれるなんて。
そう思っていた時に、ディアベルは振り返って俺に歩み寄り、小さな声で言った。
「行くぞキリト。次の街をアクティベートしよう」
俺はただ頷いた。
リランが俺に顔を近付け《声》を送ってきた。
《お前と我を守ろうとしてくれたのだろうが、少々乱暴な言い分だった。ディアベルも含めて、今回の事をきちんと皆に説明しようぞ。それに、ディアベルに礼を言わねばな》
俺はもう一度頷き、ディアベルの後を追って歩き出した。
次の層は、51層。
次回、とうとう「あの娘」が登場。