キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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08:共に旅する仇

 

 

          □□□

 

 

 キリト達が交易街を拠点にしてから数日後、和平使節団の増援がやってきた。ベルクーリを筆頭にした整合騎士団と、その見習いであるメディナ・オルティナノスに加え、補給部隊としてソルティリーナ・セルルト、ティーゼ・シュトリーネン、ロニエ・アラベル、グラジオ・ロレンディアだった。

 

 ソルティリーナ達ならばまだしも、ベルクーリ達が来た事には流石にキリトも驚き、仔細(しさい)を尋ねた。

 

 なんでも、キリト達の報告を聞いたクィネラとカーディナルが色々と考えを巡らせたところ、和平使節団にもっと強い力を持った人員を多数加えた方がいいと判断に至ったのだという。

 

 ダークテリトリーは人界よりも遥かに広大な大地であり、あちらこちらに起伏と凹凸(おうとつ)の激しい地形もあるうえ、跋扈(ばっこ)する魔獣達も人界に生息するそれらより手強い。リラン、ユピテル、冬追(フユオイ)という強力な力を持った《使い魔》達がこちらには居るものの、今後二人と一匹でも手に負えないような敵が道中に現れて、被害を与えてくる可能性もゼロではない。

 

 それに、整合騎士という人界の守り人達が直接話し合いと交渉に参加する事で、成功率が上がる可能性も捨てきれない。

 

 なので、クィネラとカーディナルは人界の守りが多少手薄になってしまう事を承知したうえで、高い戦闘力と実戦経験豊富なベルクーリ達をキリト達の元へと送り出した。そして自分達同様に飛竜の背に乗ってここまでやってきたとの事だ。

 

 ちなみにメディナは当然というべきか、《EGO(イージーオー)》を(まと)ったグラジオの背に乗ってきたんだそうだが、そこでキリトは引っかかりを覚えた。

 

 グラジオの《EGO》は、猛々しいグリフォン型の茜色(あかねいろ)の鋼鉄鎧に全身を包み、鋼鉄のグリフォンそのものになるというものだ。その大きさはリランの全長に匹敵するほどであるため、遠くからでもよく視認できる。

 

 飛行している姿をダークテリトリーの民達――特に戦争推進派――が見ようものならば、即座に撃墜に取り掛かろうとし、「人界が攻めてきたので開戦」みたいな事を言い出しそうなものだが――グラジオが来た後の交易街はいつも通り(にぎ)わっている程度だった。どうやら何も刺激せずに済んだらしかった。

 

 何はともあれ、整合騎士達と補給部隊という頼もしい仲間達が加わった事で、キリトは少しだけ肩が軽くなったような気がした。彼らの力を借りれば、ダークテリトリーの探索も容易になるだろうし、その先に待ち構えている和平会談だってつつがなく進められるかもしれないのだ。

 

 どうか、良い方向に傾きますように――キリトはそう思いながら、ダークテリトリーの協力者達に自己紹介をする整合騎士、補給部隊の仲間達を見ていた。

 

 そこで突拍子もなく声を上げたのは、カイナンだった。先日はオーク族領地、山ゴブリン族領地の視察を終えたが、まだ平地ゴブリン族、オーガ族、ジャイアント族の領地が残っている。

 

 そのうち《平地ゴブリン族領地》へ向かってほしいと、彼は頼み込んできた。なんでも、平地ゴブリン族領地でしか買えない素材があるらしく、それを買いに行きたいのだそうだ。

 

 「いや、俺達を巻き込むなよ」とキリトは文句を言おうとしたが、先にベルクーリが「交易街に留まってじっとしているよりも、色んな種族の領地に視察に行った方が有意義だな」と言って、カイナンの頼みを引き受けてしまった。

 

 先日のように交易街から出て各種族の領地を視察した方が有意義な時間を過ごせる――その言葉はこれ以上なく理に適っているうえ、平地ゴブリン族領地も見ておきたいという気持ちがあったために却下できなかった。

 

 結局キリトは整合騎士長ベルクーリと、彼が引き連れる整合騎士達――意外にもシェータ、レンリ、フィゼル、リネルはいない――の中にシノンとリランを加えたいつもの三人で混ざり、平地ゴブリン族領地へ足を運ぶ事になったのだった。

 

 平地ゴブリン族領は、その名の通り平地にあり、山ゴブリン族領地のように起伏に富んだ地形は見受けられなかった。まだ見ていないので予想でしかないが、平地ゴブリン族は山ゴブリン族のようによじ登る能力に特化した体型はしていないだろう。

 

 そんな歩きやすい地形の場所だと聞かされたためか、またまたベルクーリが「せっかくだから周りを見回しながら歩いて行こうや」などと言い出した。

 

 見知らぬ領地の視察に来ているのに、リラン達に乗ってささっと走り抜けてしまうと地理や風土の把握が(おろそ)かになってしまい、そこに住まう種族への理解もまた薄れてしまいかねない。だから自分の足で歩いて行くべき――ベルクーリはその考えの元に発言したのだと自ら説明した。

 

 そしてそれは、またしても()に落ちる発言と考え方だった。整合騎士長という地位もあるが、言っている事があまりに正論過ぎるために誰も否定も却下もできず、結局のところ彼の言葉通り平地ゴブリン族領と、そこへ至るまでの道、その風土や風景を知るべく、徒歩で向かう運びとなった。

 

「皆さーん、ほらほら早く早くー! 平地ゴブリン族領地が我々を待っていますよー!」

 

 その道中、先頭を切っているカイナンが振り返って声を出してきた。カイナンは腹が大きく出た肥満一歩手前の体型をしているが、しかし走る速度はその体型からは考えられないほど速く、太った者らしいどんくさい動作などは一切見受けられない。(むし)ろ素早く動く事を得意としている節まである。

 

 だからなのか、彼に先を行かれていると何だか煽られているような気がしてくる。カイナンが他人を煽るような真似をしない性根の持ち主であるのはわかっているのだが、それでも何だか腑に落ちない。

 

「あいつ、絶対に私達の事を扱き使う気でいるだろ……」

 

 整合騎士見習いの新人であるメディナが、とても気に喰わなそうな顔でぼやいた。その後ろのベルクーリの隣で、ファナティオがすまなそうな表情を顔に浮かべている。メディナは晴れて整合騎士見習いとして最初の任務に(おもむ)いているわけだが――その内容がこれである事を申し訳なく思っているようだ。

 

 恐らくメディナも、魔獣討伐や安全確保といった重要な任務に取り掛かる事になると思って、肩に力を入れていたのだろう。しかし実際にする事になったのはダークテリトリーの商人の商品の仕入れの協力。

 

 拍子抜けを通り越して屈辱的だろう。そんな新入りの部下を見てベルクーリが苦笑いする。

 

「長く生きていりゃ、色んな事が予測できるようになったりするもんだが、予測を上回るような出来事ばっかり起こるもんだな。最高司祭殿に偽物と本物が居たって真実がわかって、本物に仕える事になったのが一番だったが……この足でダークテリトリーを歩き回る事になるっていうのも、予測できてなかったぜ」

 

「……最高司祭(さいこうしさい)猊下(げいか)と比べて、夜空の星とそこら辺に転がる石ころほどの差があるダークテリトリーの商人にこき使われる屈辱的事態に見舞われる事になるなんていうのも、全然予測していませんでした」

 

 メディナへの申し訳なさとカイナンに振り回される怒りを込めた声でファナティオが告げた。そんな事は起こりえないとわかってはいるものの、彼女が抜刀してカイナンを斬ってしまわないかと不安になってくる。

 

「すみません、すみません! カイナン殿がすみません!」

 

 その時大声を上げて謝ってきたのはドロシーだった。隣に居るダハーカも申し訳なさそうに頭を下げている。だが、その場にいる誰もがドロシーとダハーカに嫌悪を向けたりはしなかった。その中でデュソルバートが答える。

 

「何、子細なし。交易街で待機して何もしないでいるより、この地を巡って、地理を知り、強き魔獣を相手取って射る方が腕もなまらなくて良い」

 

 しかしアリスの弟子でもあるエルドリエは不服そうにしていた。

 

「それにしてもです! 我々整合騎士を何だと思っているのか! 連れてきた新人の最初の任務をこれとするだなんて……!」

 

 やはりようやく先輩になれたためか、エルドリエも新人整合騎士見習いのメディナにこのような任務をやらせている事を申し訳なく思っているらしい。いや、どちらかと言えば悔しそうにしているようだ。

 

 その時、大きな声をエルドリエにかけたのは、ドロシーとダハーカの近くに居るサライだった。

 

「騎士様……ドロシーとダハーカを怒らないで。怒っちゃやだ」

 

 エルドリエが「えっ」と驚いたような反応を示す。どうやらサライには、エルドリエがドロシーとダハーカを怒鳴ったように見えたらしい。

 

「か、勘違いしないでくれ少女よ。彼女には怒っていないぞ」

 

 エルドリエは弁解しようとするが、意外にもそこで意見してきたのはメディナの婚約者であり相棒でもある後輩、グラジオだった。

 

「失礼を承知の上で申し上げますが、エルドリエ様……案内してくれてるドロシーさんとダハーカさん、サライちゃんにきつく当たるのは、良くないんじゃないかと……」

 

「きつく当たっていないし怒ってもいない! 私は、あの腹のデカい浮かれた男にだな!」

 

 エルドリエが更にカイナンへの怒りを見せようとすると、ドロシーが乱入してきた。

 

「あぁすみません! すみません! 私とサライがすみません!」

 

 エルドリエはもう一度びっくりしてドロシーに向き直り、掌を向けて制止をするような仕草をする。

 

「いや、何故君が謝るのか」

 

 そう言われてもドロシーはまだ謝ろうとしていた。そこで痺れを切らしたようにメディナが伝える。

 

「ドロシー、お前は謝りすぎだ。もう謝らなくていい」

 

「あっ、すみませ……あっすみ、あうっ、うむむむむ……」

 

「あいつには整合騎士への怯えはないようだ。単純に人手が増えて幸運程度にしか思っていないのだろう。悪気が一切ないというのが……(かえ)って(たち)が悪い」

 

 メディナは溜息交じりにカイナンを見た。キリトも続けてそちらを見てみるが、カイナンがとても楽しそうな足取りで歩いているのが確認できた。こちらと比べて遥かに上機嫌である。メディナの言った事は当たっていそうだった。

 

「いや~今回の買い付けは量が沢山見込めるなぁ。しかも人件費もタダで済んでる! 最高ですわ~!」

 

 カイナンはるんるん気分で更に先へ進もうとしていた。上機嫌を通り越して調子に乗っているのが確かなように思えてきた。こちらの事情など完全に置いてけぼりにして。

 

 このままカイナンに先を行かれ続けていたら、本当にファナティオやエルドリエ、メディナが剣を抜いて後ろから斬りかかってしまいかねないだろう。どうにかして彼を落ち着かせる方法はないだろうか。

 

 ふと思考を回そうとしたその次の瞬間だった。

 

「ん? きゃ――――ッ!!」

 

 随分と間抜けな悲鳴がしてきて、キリトは我に返り、そちらを見た。そこには先程同様にカイナンが居たのだが、彼は腰を抜かしたように尻餅をついていた。前方で狼竜形態のリランよりかは小さいものの人よりは大きい蟷螂(カマキリ)型の魔獣が臨戦態勢に入っている。

 

 どうやら、カイナンはあの魔獣の縄張りに無自覚のうちに足を踏み入れてしまったらしい。

 

「おいおい、カイナン!」

 

 それまであまり(しゃべ)らなかったダハーカが声を上げた。「なぁにやってんだお前」とでも言いたそうだ。カイナンは足が速く、運動神経も良い方だが、戦闘能力はない。あの蟷螂型魔獣に狙いを付けられているのは危機的状況である。

 

「ありゃあ、助けた方がいいのか?」

 

「あれでも大切な仲間の一人なんだ。手を貸してくれ!」

 

 キリトの必死の呼びかけに、ベルクーリは応じてくれた。腰に携えていた自前の剣であり、今は《EGO(イージーオー)》でもある《時穿剣(じせんけん)》を引き抜き、交戦態勢に入る。

 

「しゃあないな。《EGO》を持つオレ達からすればなんともない相手でも、一般人からすりゃ脅威だからな」

 

 ベルクーリはキリトが剣を抜くよりも前に地面を蹴り上げ、一気に走り出した。向かう先は当然、カイナンを狙っている蟷螂型の魔獣だ。魔獣はその腕の鋭い鎌を振り上げ、今にもカイナンに斬りかかろうとしていた。カイナンは「ひええええええッ」と悲鳴を上げているが、逃げ出そうとしない。完全に腰が抜けてしまっているらしかった。

 

 あれは間に合うだろうか――そう思いながらキリトが抜刀して走り出した時には、整合騎士長ベルクーリがカイナンと魔獣の間に割って入っていた。間もなく魔獣の鎌が振り下ろされる。その狙いはカイナンではなく、ベルクーリになっていた。

 

「せぇやッ!」

 

 ベルクーリは一瞬構えたかと思うと、刹那に抜刀して魔獣を一閃した。クィネラが人界の騎士や兵士達に流布したソードスキルのうち、刀ソードスキルの一つであり、強力な居合抜刀を繰り出す《絶空(ゼックウ)》だ。

 

 ベルクーリの《時穿剣》はどう見ても両手剣なのだが、その性質や使い心地などは刀であるらしく、それに伴ってベルクーリは刀ソードスキルを使用する。本人から聞いた話だと、一応ソルティリーナやグラジオのように両手剣ソードスキルも使おうと鍛錬したらしいが、結局刀ソードスキルが一番しっくり来たらしく、結局刀ソードスキルをマスターするに至ったらしい。

 

 それはそれでどうなんだとも思ったが、ベルクーリの繰り出す刀ソードスキルはまさに剣聖の放つ技であり、如何なる魔獣も《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》――あの黒い炎を(ともな)う変身を遂げたモノの場合は除くが――も容易に討ち倒すほどの威力を誇っていた。両手剣ソードスキルを無理に使う必要などないくらいに。

 

 その光景を目にした時、ベルクーリは刀ソードスキルを使ってこそ輝く騎士なのだと実感し、キリトはベルクーリの戦い方については何も言わなくなったのだった。

 

 そんな一部から剣聖と言われそうな実力を誇るベルクーリの一撃を受けた蟷螂型魔獣は悲鳴を上げて攻撃をやめ、傷口から血潮を噴き出させた。昆虫であるためか、一般的な血のように赤くなく、緑色をしていた。

 

 ベルクーリはそれが降り掛かってくるより前に右方向へステップし、蟷螂型魔獣から見て左側面へ回り込んだ。傷を負った蟷螂型魔獣は苦痛のために咄嗟(とっさ)に振り向く事もできない。

 

「そおらよッ!」

 

 身のこなしのような軽やかな掛け声と共に、ベルクーリは左右からの連撃を叩き込んですぐに唐竹割りをお見舞いした。

 

 重連続攻撃刀ソードスキル《羅刹(ラセツ)》。

 

 目にも留まらぬ重い連撃の炸裂を受けた蟷螂型魔獣は、断末魔を上げて倒れた。間もなくしてその身体を黄金の光に変えて消滅する。絶命の光だった。

 

 そこでようやくキリトはベルクーリに追い付き、周囲を見回した。他の魔獣の気配や姿は確認できない。あの魔獣には仲間がいなかったようだ。

 

 ひとまずこれで何とかなった。把握したキリトは剣を鞘に戻し、同じく納刀したベルクーリに声をかけた。

 

「ありがとう、ベルクーリさん。おかげで助かったよ」

 

 青髪の偉丈夫(いじょうふ)は静かに笑う。いつもの昼行灯(ひるあんどん)とは違う、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の笑みだった。

 

「今のはどうって事ない魔獣だったな。正直もっと強くて歯応えあるのを期待してたんだが」

 

「確かにダークテリトリーにはそういうのも沢山いるけど、流石にどいつもこいつもそうじゃないって」

 

 ベルクーリは「そういうもんか」と言って小さな溜息を吐いた。直後、腰を抜かしていたカイナンが立ち上がる。

 

「ひぇああ、助かりました。危うく魔獣の凶刃にかかってやられるところでした。本当に危ないところでした――」

 

 そこまで言いかけたところで、カイナンはばっとキリトの方に向き直り、そのまま勢いよく縋り付くように抱き付いてきた。

 

「ありがとうキリトさん!」

 

 あまりの突然の出来事にキリトはびっくりする。

 

「うぐおあッ! なんで俺のところに飛び込んでくるんだよ!?」

 

「本当に危ないところだったんですよぉ! もう少しでか弱いワタシが死ぬところだったんです! すっごい怖かったんですよ! だからもうワタシを離さないでください! きつく抱き締めてぇ〜」

 

 そう言ってカイナンはキリトの身体を抱き締めてきた。むさ苦しさと若干の痛みと苦しさがいっぺんに襲いかかってくる。もう少しで魔獣にやられそうだった人族がしてて良い握力と腕の力ではない。これだけの力があれば十二分に戦えそうではないか。

 

「返事する前に抱き付くなよ! というか締めるな! なんだよこの力! お前全然か弱くなんてないじゃないか! というか、結構苦し――――あ」

 

 その時、キリトは気が付いた。

 

 とても鋭利な刃物のような敵意を多分に含んだ視線を感じる。

 

 それは自分に向けられているのではなく、自分の身体に今(まと)わりついているモノに向けられていて、その範囲に自分が混ざってしまっているようだった。

 

 その正体をキリトは瞬時に(つか)み取り、カイナンを見下ろした。

 

「……おいカイナン、善意で警告する。今すぐ俺から離れろ」

 

 しかしカイナンは離れようとしない。まだまだキリトに(すが)り付いているつもりのようだった。

 

「なんでですかキリトさん〜。ワタシ危ないところだったんですよ〜」

 

「いや、お前今の方がずっと危ないぞ。命が惜しけりゃすぐに離れろ」

 

 もう一度警告したその時だった。ひゅんという空気を裂くような音が聞こえたかと思うと、カイナンの足元で衝撃が起きた。

 

 予想が的中した事を実感しながら、キリトはカイナンと共にそちらを見る。何の変哲もない地面であったが、そこには矢が深々と刺さっていた。

 

 直後、更に矢が三本ほど飛んできて突き刺さったのを目にしたところ、カイナンはまたまた「きゃ――ッ!」と情けない悲鳴を上げてキリトから逃げ出した。そのタイミングでキリトは矢の飛んできた方を見る。

 

 一人の弓使いの少女が弓を構え、矢を放った後の姿勢をしていた。シノンである。先程から感じられている鋭い視線の正体は彼女だった。周りには整合騎士達の姿もあるが、全員が呆気に取られているというか、変な怯え方をしているような顔をしていた。

 

「な、ななな、何をするんですかシノンさん!」

 

 もう一度腰を抜かしたカイナンが恐る恐る尋ねるが、シノンは答えないどころか、矢を弓に番えた。まだ撃つつもりらしい。キリトが制止するかどうか迷ったその時、グラジオが口を開いた。

 

「えっと、カイナンさん。キリト先輩とシノン先輩って、結婚間近の婚約者同士なんです。お二人とも、お互いをとっても大切に思い合っていまして……」

 

 そこにアリスが加勢する。他の整合騎士達と違ってひどく呆れているような表情をしていた。当然カイナンに、である。

 

「今しがた貴方がキリトにやっていた行為は、シノンの逆鱗に触れるものだと思った方がいいですよ。悪意があろうとなかろうと、シノンの目の前でそのような行為を働いた場合、我々でも命の保証はできかねます」

 

 カイナンは今度は「ぴゃ――ッ!」と叫んでキリトから猛スピードで離れ、ダハーカの後ろに隠れた。そこでようやくシノンは弓を下ろし、射撃体勢を解除してくれたが、カイナンはずっとシノンを恐れた目で見ていた。

 

 自分に近付く事は構わないが、抱き付いたりするのは大変危険な行為であると認識してくれたのは確かだろう。そんな事を考えていると、当のシノンが歩み寄ってきた。

 

 まだ少し先程の怒りが残っているような、むすっとした表情をしている。

 

「シノン、今のはよく効いたとは思うけど、ちょっとやりすぎたんじゃないか」

 

「……だって……カイナンがあなたに抱き付いてるところ、見てられなかったんだもの」

 

 シノンはやはり随分と不服そうだった。カイナンには悪いが、キリトはシノンの行動に礼を言いたかった。

 

 あのまま放っておいたら、カイナンはいつまでも自分に抱き付いていたかもしれないし……下手すればそのまま締め潰されるのではないかとも思っていたところだった。それにカイナンには本当に申し訳ないが、一秒でも早く離れてくれと思ってもいた。

 

「……まぁ、助けられたよ、シノン。拠点の部屋に帰ったら、お礼に抱き締めてもいいかな」

 

 耳打ちするように小声で伝えたところ、シノンは「ふふん」と小さく笑った。承諾してくれたようだ。

 

 これもカイナンというむさい男に抱き締められるという事態を受けたためなのか、早いところシノンを抱き締めて、その感触と暖かさを味わいたいと思っていた。

 

「まぁなんだ、なんか憎めねぇ奴なんだって事はよくわかったぜ」

 

「カイナン、良い人。たまにお菓子くれるよ」

 

 ダハーカの陰に隠れるカイナンを見たベルクーリとサライが(つぶや)く。確かにその通りなのだが、やっていい事と悪い事はある。カイナンは今回を通じて後者を理解した事だろう。

 

 頼むからもう抱き付くのは勘弁してくれ――キリトはそう思っていた。

 

 

 

          □□□

 

 

 

 魔獣の襲撃を受けた道を更に奥へ進み続け、キリト達は平地ゴブリン領の前線基地へと辿(たど)り着いた。

 

 その時に目に付いたのは、周囲に広がる道や岩山のあちこちに纏わりついている白い菌糸類(きんしるい)の姿だった。

 

 距離感を意識するようにはなったものの元気を取り戻したカイナンによると、平地ゴブリン族の前線基地は濃い瘴気を出す粘菌の森にあるらしく、そこら辺に生えている粘菌は全てそのうちの一種であるという。

 

 粘菌はほぼ常に濃い瘴気を出して、辺り一面の空気を汚染し、その場を生活には向かない場所に変えているのだが、同時に他種族からの侵攻を(はば)む壁の役割を(にな)ってくれているという。その利点を生かし、平地ゴブリン達はここに拠点を作ったのだそうだ。

 

 しかし、平地ゴブリンであっても瘴気を長時間吸い続ければ危ないので、瘴気の薄い《塔》の近くに拠点を置いているという。その塔の姿は前線拠点の入り口からでも見る事ができた。

 

 オーク族領に鎮座していた巨大ダムと同じ、ところどころに虹色の光の走る溝のある、(まぶ)しいくらいの白い鉄と石で構成された塔。古代文明の遺構と思わしきそれであった。あれもまたオーク族領のダムと同様に、いつからそこに存在しているのか不明で、時々謎の駆動音が鳴り響いてきて不気味なのだという。

 

 あそこに近寄らない限りは、基本的に自由行動をしても良いそうだ――カイナンとダハーカはそう言って説明を締めくくった。

 

 その言葉をしっかり守る事を決めて、キリトはベルクーリと共に全員に散開を指示。シノンとリランと共に前線基地を歩き回る事にしたのだった。

 

 だが、すぐに困る事になった。次にどこへ行くべきか決めていなかったからだ。

 

 この場にルコが居てくれれば、お菓子だとかそういうものを買いに行ったりできたものだが、生憎彼女は今回の視察には不参加。今頃拠点でアスナ達に面倒をみてもらっているところである。

 

 キリトはシノンとリランにも「どこに行くべきだろう」と尋ねてみたが、二人も思い付かないようだった。さて、どうしたものだろう――。

 

「……ベルクーリ殿の口から聞けて良かった」

 

「あぁ。これだけでも行動を共にした甲斐があったというものだ」

 

 と思っていたその時、前方から声が聞こえてきた。三人で誘われるようにして向かってみたところ、そこは前線拠点からそれなりに離れた、開けた場所だった。白い菌糸類が花畑を作るように生えている。

 

 そこに三つの人影が確認できた。ドロシーとダハーカ、ベルクーリだった。三人で話をしているようだ。それだけならばどうという事もなかったのだが、どこか不穏な雰囲気が感じられる。どうしてだろう。

 

 疑問の正体を突き止めたくなり、キリトはなるべく気配を消すようにして歩み寄った。

 

「それでいいっていうのか。今言った通り、嬢ちゃんの母親であり、ダハーカの師である暗黒騎士を()ったのは、オレなんだぞ」

 

 その途中で聞こえたベルクーリの言葉に、シノンとリランと一緒に目を見開いた。

 

 















――くだらないネタ オリキャライメージCV――

 グラジオ・ロレンディア⇒下野紘さん
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