キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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13:オーク族の族長

          □□□

 

 

 

 ジャイアント族のシグロシグ、オーガ族のフルグルと交戦する事になってしまった第一回和平会議は不発に終わったかに見えたが、風向きは悪くならず、少しだけではあるものの良い方に向いた。

 

 ドロシーとダハーカ、シャスターの言う通り、ダークテリトリーでは『力こそが全て』。この掟により、ベルクーリとキリトに打ち負かされたシグロシグとフルグル、彼らが従えるジャイアント族とオーガ族は和平使節団を認め、和平賛同派へ回ってくれた。

 

 残りの中立派、反対派の族長達との戦闘はシャスターとレンギルの説得、及び大教皇の号令によって回避された。これにより他の反対派達の直接説得は不可能になったが、そこで大教皇が一つ提案をしてきた。それは《試練》と称した課題だった。

 

 「反対する種族達に和平派へ回ってほしいのであれば、その種族達をそれぞれ説得して、賛同させてみよ」。一見無茶苦茶な話なように見えるが、こちらの力をある程度認めたからこその提案であるらしい。

 

 これを達成するか、または諦めるまで、暗黒界での長期滞在も許すとの事だ。ダークテリトリーのヒエラルキーの頂点に居る大教皇が下した命令に十候の全員が従い、自分達和平使節団がやってくるのを各領地で待つと言って、それぞれ会談の会場を後にしたのだった。

 

 戦争をやりたがっている和平反対派をどうするべきかと悩んでいたところだったので、大教皇の提案は丁度良かった。簡単に運ぶ事ではないだろうが、彼の者達を説得する事ができれば、最終的にはダークテリトリーに生きる全ての種族を和平派へ回らせて、戦争の起きようがない状態にする事ができる。

 

 そうなれば和平派の多くが危惧する破滅の未来を回避する事ができるだろう。キリトは仲間達に呼びかけ、気を引き締めたのだった。

 

 翌日、和平使節団のために用意されたオブシディア城の一角――拠点にて、和平使節団の協力者であるカイナン、ドロシー、ダハーカとの話し合いをした。 

 

 彼らによると、まず説得すべきなのは会談で戦いたがっていた拳闘士ギルドのイスカーンと、オーク族族長のリルピリンであるという。イスカーンをリーダーとする拳闘士ギルドは、暗黒界の中でも特に強さにこだわりのある集団であり、力を見せ付けて打ち負かしさえすれば、余計な事を言わずに和平派へ回ってくれるかもしれないらしい。

 

 リルピリンはオーク族にしては少々好戦的な性格をしているものの、決して暗君というわけではなく、思慮(しりょ)深さもある男。個別で話し合いをすれば納得してくれて、和平派に回ってくれるかもしれないのだそうだ。

 

 まずはこの二つの部族の説得に取り掛かるのが手っ取り早いと言えるだろう――ダハーカの進言をキリトは呑み込み、この二つの部族のところへ説得しに向かう事にして、まずはイスカーン率いる拳闘士ギルドの者達が居る闘技場に行こうとした。

 

 ……が、その必要はすぐさまなくなり、キリト達はもう片方であるオーク族領地へ足を運ぶ事になった。

 

 整合騎士の一人であるシェータが拳闘士ギルドの詳細を聞いたところ、何やらやる気になったらしく、拳闘士ギルドの居る闘技場へ向かいたいと言い出したのだ。それも「私一人で構わない」とも言って。

 

 流石に彼女一人に行かせるわけにもいかないので、シェータにはアリスとユージオ、メディナとグラジオ、エルドリエとデュソルバートという他の整合騎士達――このうちユージオは整合騎士ではないもののクィネラの計らいで席自体は用意されていて、グラジオは今後見習いとして採用するかもしれないという――が同行し、イスカーン達の説得に向かった。

 

 整合騎士達はほぼ全員が《EGO(イージーオー)使い》でもあるので、心配はいらないだろう。キリトは彼女達に拳闘士ギルドとイスカーンを任せ、オーク族領へ歩みを進めた。

 

 メンバーはキリト、シノン、リランの三人と、アスナ、リーファ、ユピテルの三人、そしてダハーカとドロシーの二人からなる合計八人。リズベットとシリカはルコとサライの面倒を見るために拠点に残ると言っていたので欠席となった。

 

 オーク族領の前線基地に辿り着くと、まず門番のオークに足止めされた。結構いかつい顔をした門番によると、オーク族領地に人族を入れる事はできないとの事だ。更に彼は随分と険しい顔でこちらを見てもいた。人族との間に何か良からぬ事があったのは確かだった。

 

 俺達はお前達に危害を加えた人族ではないよと言いたいところだが、そう伝えたところで聞き入れてもらえないのは目に見えていた。さてどうしたものかと思ったその時に、奥の方からもう一人オークがやってきた。

 

 白みがかった金色の髪をしていて、ふっくらとした体型と柔らかな顔つきがどこか可愛らしい女性のオーク。和平会談の前にオーク族領に立ち寄った際に、人族に襲われていたところを助けたレンジュだった。

 

 まさかレンジュがやってくるとは思ってもみなかったらしく、門番は「《姫騎士》様!」と言って驚いていた。そのレンジュの顔を見た時に、キリトはふと思い出した。そういえば、以前レンジュからオーク族との友好の印なる貴重品をもらっていた。革製の、腕輪なのかそうじゃないのかよくわからないアクセサリーらしき物。

 

 それを懐の中から見つけて差し出したところ門番は再度驚き、「失礼いたしました!」と言って引き下がっていった。「持っていてくださったのですね」と言ってレンジュが嬉しそうにしたところで、ダハーカがリルピリンの居場所について尋ねた。

 

 話を切り出した途端、レンジュの表情が(くも)った。なんでも、オーク族領地内に侵入しては、若い女のオークを付け狙って盗みや衣服の剥ぎ取りを働く暴漢達が相次いで現れているらしい。

 

 そしてつい先程、その連中に襲われたという、半裸で傷だらけの女のオークがやってきて、レンジュとリルピリンによって保護された。話を聞いたリルピリンは激怒し、彼の者達が蛮行を働いたとされる場所へ駆けていったそうだ。

 

 オーク族に蛮行を働く者達の事は既に把握しているうえ、目にした直後に撃退した。まさか、その時の連中がまたやったのだろうか。だとすれば、リランにぶちのめされたというのに反省していないという事になる。

 

 ……いや、オーク族を過剰なまでに卑下して(おご)り高ぶっているような奴らだ、いくらやられても反省しない人間性の持ち主達なのかもしれない。

 

 「単身で駆けていったリルピリンが心配だ」と言うダハーカと、「助けなきゃだね!」と意気込むリーファに突き動かされたキリトは、レンジュにダハーカの駆る飛竜に乗ってもらい、道案内をお願いした。

 

 レンジュは清らかさを覚えるくらいに素直に頼みを聞いてくれて、キリト達を問題の場所へ案内してくれた。リーファがゲーミングダムと呟いたダムの麓、道を塞ぐ魔獣も居ない、ごつごつとした岩山に囲まれた湿地帯を駆け抜けていき、更に岩と岩の間にできた道を突き進んでいく。

 

「きざまら、許さんぞ!」

 

「はっ、アメンクのオークとかいう最底辺風情が何を言ってやがんだよ!」

 

 ある時、風に混ざって声が聞こえてきた。勇者のような凛々しい声色と、嘲笑(あざわら)うぎらついた男の声だった。どこからだと思った直後、目の前に人影が多数確認できた。そのうち二つはレンジュと同じオーク族、残りの十人程度は全員人族で男だった。

 

 オーク族の二人のうち、男のオークにキリトは目をやった。精悍(せいかん)な顔立ちと金髪に、緑色の簡素な衣装。その外観は昨日の和平会談の時にも見たオーク族族長、リルピリンのそれと合致していた。

 

「「リル!」」

 

 レンジュとダハーカが叫び、飛竜の背中から飛び降りて駆け出す。キリトもシノンと共にリランの背中から飛び降り、抜刀しつつリルピリンの元へ駆け付けた。

 

 多くの足音を耳にしたリルピリンは振り向いてきたが、すぐに驚いた。

 

「レンジュ、来ちゃ駄目だ! 何されるかわがんねぞ!」

 

「レンジュだけではない。拙者もいるぞ、リル」

 

 そう言って槍と銃を構えたダハーカがレンジュの隣に並んだ。リルピリンは目を見開いている。レンジュとダハーカが来る事を全く想像していなかったようだ。どうやら彼はこの問題を、一人で何とかするつもりでいたらしい。

 

「ん? てめえらはこの前の……」

 

 リルピリンと若い女オークを取り囲む男達のうちの一人がこちらに目をやってきた。ぎらついた目の若い男。この前にもレンジュ達を襲っていた、山賊まがいの男達で間違いなかった。

 

「またあんた達なのね。何度も何度もこの人達を襲って! いったいその人達が何をしたっていうの!?」

 

 リーファが敵意を剥き出しにして言うと、男の一人が答えた。リルピリンとレンジュと、若い女オークを見下したような仕草をして。

 

「人? こいつらは人じゃない。オークだ! 醜い家畜だよ! 俺達よりも一つも二つも劣った種族さ!」

 

「おまけにオーク族の族長をやってるそいつはアメンクだ! アメンクなんて劣等種を族長にしてる種族を、人扱いする必要なんてどこにあんだよ!」

 

 男達は醜い声で笑い出した。今すぐにでも首を()ねてその笑いを永遠に止めてやりたいところだが、気になる事があってキリトは即座には動けなかった。

 

 オーク族の族長――リルピリンはアメンクであるだって? 確かアメンクはそうである事が判明した場合、基本的に種族の領地から追放されてしまうため、重要な役職に就いたりする事などないという話ではなかったか。

 

 しかしリルピリンはアメンクでありながらオーク族の領地に居て、族長をやっている。アメンクが一族の顔そのものである族長をやるなんて事はあり得るのだろうか。それともこいつらがオーク族を虐げる事を正当化するために嘘を吐いているのか。後者の可能性の方が高そうな気がする。

 

「何を言っているの? この人達は、あたし達と何も変わらないじゃない」

 

 リーファが反論に出るが、男達は全く様子を変えない。オーク族を卑しい者達だと決めつけて、自身らは優秀な種であると傲り高ぶっている。遥か昔に血の汚染を受けた結果、人間性が腐り果て、容易に怪物になってしまうようになった人界の上級貴族達と何ら変わらない。

 

「この人達は、あたし達と同じ言葉を話して、大切な人を守るために行動できる、同じ人間だよ!」

 

「はぁ? オーク族を庇うっていうのかよ、てめぇら。全くいかれてやがるぜ」

 

 反論を続けるリーファに、男達が目を向ける。

 

「これだけ言ってるのにわからねえのかよ。オークはアメンクを族長にしているような劣等種なんだよ。これは常識だ」

 

「それのどこが常識なのよ! そんなふうに思っているのはあんた達だけ。劣ってる劣ってるって言うなら、野蛮な事ばっかり繰り返してるあんた達の方でしょう!」

 

 リーファがいよいよ《EGO》を引き抜きそうになったところ、男達は決め手となる言動を取った。

 

「しょうがねえなぁ。聞き分けの無え奴らに、常識ってもんを教えてやろうじゃねえか」

 

「しかもそれ、すげぇ楽しそうだなぁ」

 

 男達がリーファやアスナやシノンを見て何を思ったのか、大体わかって反吐が出そうになった。やはりこいつらは何を言っても聞かないし、暴挙をやめようともしない。それどころか、より酷い暴挙をやろうともしている。

 

 それがわかったのだろう、ついにリーファ、アスナ、シノンの三人はそれぞれの《EGO》を引き抜いた。そのうちのアスナが怒りに満ちた声を出す。

 

「……いい加減恥を知りなさい」

 

「えぇ。その曲がり切った性根、叩き直してやるわ」

 

 シノンもまた今にも矢を放てる姿勢を取った。併せてキリトも剣を抜く。左手に《リメインズ・ハート》、右手には《夜空の剣》ではなく《EGO》である白き炎剣。こいつらを放っておけば、三人もオーク達も危ないだろう。そんな連中に情け容赦をする必要はない。

 

「おいおいおい、俺達と本気でやろうってか?」

 

「いいぜいいぜ、叩きのめしてやるよ!」

 

 男達はそれぞれの武器を抜いた。片手剣に両手剣、片手斧に両手斧。如何にも盗賊やら山賊やらが持っていそうな武器の群れだった。銃を持っている者はいない。やはり銃を使える者がごく少数であるというのは本当の話であるらしい。

 

 幸運だ。こいつらが銃を使えるような奴らじゃなくて良かった。

 

「おらおらおらあッ!!」

 

 男達のうちの二人組がそれぞれ片手斧と両手斧を振り被りながら飛び出してきた。何らかの流派でもなんでもなく、ただ力任せに構え、振り下ろそうとしているだけの単純な動きだった。

 

 そんな一撃がリーファにもアスナにも届くはずがなく――、

 

「はああッ!」

 

「やああッ!」

 

 二人が男達の得物が振り下ろされてくる直前で一閃を繰り出しただけで、男達の武器はその手から弾き飛ばされた。まさか弾かれるとは思っていなかったらしく、男達は武器を剥がされた時の姿勢で固まった。

 

「この野郎!」

 

 後方から更に三人の暴漢達が躍り出てくる。連中はリーファとアスナ、キリトとシノンではなく、リルピリンの後ろで跪いているオークの若い女を狙っていた。ぎらついた目の三人による一撃が再び振り下ろされてくる。

 

「させるがあッ!!」

 

「ぬうんッ!!」

 

「はッ!!」

 

 直後、男達とは違う三人の声が轟いた。リルピリン、ダハーカ、ドロシーがそれぞれ片手剣、槍、大鎌での横薙ぎで男達を迎え撃ったのだ。三人の一撃は不意打ちであったらしく、男達は繰り出されてきた攻撃を諸に浴びて、後方へすっ飛んでいった。

 

「しッ……!」

 

 更に続けてシノンが矢を放った。《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》という名の常軌(じょうき)(いっ)した怪物をも倒す力を持つ《EGO》によって撃ち出された矢は真っ直ぐ空を裂いて飛翔し、後方で出方を(うかが)っていた男の内の一人の腕に突き刺さった。

 

 男は腕が千切れはしなかったものの、衝撃によって大きく後退させられた。もう武器を持つ事もできないだろう。そして、最後に残った特徴らしいそれがない男に向かってキリトは突進し、リーファとアスナ同様に一閃を繰り出そうとした。

 

《皆さん、下がってください!》

 

 その次の瞬間に頭の中に響いた《声》でキリトは若干驚き、足で急ブレーキをかけた。リランのそれである初老の女性の声色ではなく、小さな少年の声色。

 

 いったい何事かと思ったものの、キリトは即座にその指示に従って男達から距離を取った。同時にリーファやアスナも男達から離れる。

 

 それから二秒程度経過したその時だった。上空から青色の稲妻が大気を切り裂きながら降ってきて、男達に直撃した。あまりに突然すぎる神の裁きのような雷をその身に受けた男達は凄まじい悲鳴を上げ、やがて何も言わずに地面へ倒れた。

 

 雷が収まった頃を見計らい、キリトは横たわる男達に近付いた。身体のあちこちから煙を上げながらぴくぴくと痙攣(けいれん)している。辛うじて死んではいないようだが、《天命》がごっそり減少しており、起きるのに何時間も必要になりそうだった。

 

 キリトは苦笑いしそうになりながら、神の鉄槌を連想させる雷を放ったであろう存在に向き直る。そこに居たのは鋼鉄の骨格と青白い雷エネルギーで身体を構成した、肩から一対の巨腕を生やす大きな狼。

 

 《使い魔》形態になっているユピテルだった。

 

「ユピテルお前、強めにやったもんだな」

 

 言葉をかけたところ、頭の中に返事の《声》が飛んできた。

 

《すみません。この人達がオーク族の女の人達だけじゃなく、かあさんやリーファねえちゃん、シノンねえちゃんにも乱暴するつもりでいるって聞いたら、すごく頭に来てしまって……》

 

 ユピテルはリランの弟、クィネラ達の兄である《MHHP(エムダブルエイチピー)》であり、女性の心身を癒す使命を与えられて産まれた。そんな彼にとって、癒すべき対象である女性を進んで襲い、傷付けようとする存在なんてものは最優先で潰すべき敵である。例えそれが被害を受けている女性と同姓であってもだ。

 

 そしてその潰すべき敵を認識した場合、彼は見ているこちらの背筋が凍りそうになるくらいに容赦なく潰す。この一面こそがユピテルもイリスの子供の一人である事の証明だ。

 

 しかし、ユピテルがそのような行動を取る時は、相手が誰の目から見ても救いようのない悪しき人間性の持ち主である時のみ。なので、トラブルに発展するような事はない。

 

 この男達はオーク族を襲い、虐げ、更にはリーファ達にも手を出そうとするなど、普段温厚なユピテルを怒らせるのには十分すぎる言動を取っていた。因果応報であろう。

 

 キリトは両手の剣をそれぞれの鞘に戻し、リルピリン達の元へ向かった。そのうちの跪いたまま動けないでいるオーク族の女の子に近付く。確認したところ、脚や腕に切り傷が見受けられた。この男達の得物で斬り付けられたのは間違いないだろう。

 

 脚の傷はかなり深く、血が流れ出ている。こいつらは彼女を動きを麻痺させるために脚を狙って深い傷を付けたのだ。卑劣なやり方に怒りが湧いてくるが、そこに気を取られている場合ではない。

 

「女の子……足を怪我していたのか。道理で動けないわけだ。神聖術で治療するよ」

 

 キリトはそう言って治療神聖術を唱えた。オーク族の女の子は「え?」と言って目を丸くする。こちらの行動に驚いているようだが、その理由をキリトは掴めなかった。そのまま、キリトはリーファへ顔を向ける。

 

「リーファ、リルピリンの治療を頼んでいいか」

 

「うん、任せて」

 

 リーファは(うなづ)き、リルピリンの近くに寄った。

 

「リルピリンさん、だよね。あたしはリーファっていうの。よろしくね」

 

 リルピリンはリーファを見て沈黙していた。何を言うべきか迷っているようにも、この状況そのものを中々受け入れられずにいるようにも見える。

 

「リルピリンさん、かっこよかったよ。あたし達が駆け付けるまで女の子を一人で守って、すごく勇敢で……感動しちゃったよ。族長なのも納得って感じ」

 

 リーファが笑顔でそう言うと、リルピリンはますます目を丸くしていった。

 

「勇敢……おでが、か……?」

 

「うん。とっても!」

 

 リーファはリルピリンの身体を見た。キリトも同じようにリルピリンに視線を向ける。ここに居る女の子ほどではないが、かなりの傷を負わされている。自分達がここに来るより前に、男達に相当痛め付けられたようだ。

 

 もし自分達の到着がもう少し遅かったりしたならば、袋叩きにされるところだったのかもしれない。

 

「あぁ……これ、戦士の勲章(くんしょう)ってやつかもしれないけど、深く傷付けられちゃってるね。だけど、今治療するから……」

 

「おでは……」

 

「どうしたの。そんなに傷が痛んじゃう? 大丈夫だよ。痛みならすぐ引くから。あぁでもあたし、ルコちゃんみたいに神聖術上手ってわけじゃないから、そんなすぐに効いてくれないかなぁ……」

 

 リルピリンは首を横に振った。目元で今にも零れ落ちてしまいそうな涙が揺れている。

 

「……違う。おで、お前に聞ぎたい。おでは、おでは、人間か……?」

 

「え?」

 

 首を少し傾げるリーファに、リルピリンは再度問う。

 

「おでは……オークは……人間……か?」

 

 それはリルピリンの心からの問いかけなのだとわかった。この男達が先ほど言っていた言葉がフラッシュバックしてくる。

 

 オーク族は家畜であり、人族よりも一つも二つも劣っている――恐らくこれがダークテリトリーにおける人族達の共通認識のようなモノであり、そんなモノが出来上がってしまうくらいに、オーク族は昔から(さげす)まれてきたのだろう。

 

 そしてそれは、リルピリンというアメンクが族長になった事により、より一層ひどくなったに違いない。オーク族自体がダークテリトリーにおける劣等種であり、絶え間なく蔑まれ続ける種族。そんな認識がオーク族達の中にも蔓延してしまっているのだろう。

 

 そんな認識をしてしまっているであろうオーク族の族長に、リーファは答えた。

 

「そうだって言ってるじゃない! それもね、とびっきり格好いい方! やっぱ男は生き様だよね! ちなみに女は度胸だよ」

 

 いつもの彼女らしい、元気の良さと優しさがたっぷりと含まれた笑顔で、リーファは言い放った。オーク族達は呆気に取られたような顔をしていたが、やがてレンジュと負傷していた女の子が口元を抑えて泣き出し、リルピリンもまた下を向いて肩を小刻みに上下させた。二人と同様に涙しているのは確かだった。

 

 悲しみや悔しさによるものではなく、嬉しさによるもの。その様子は、オーク族がこれまでどのような仕打ちを受けてきたのかを知るには十分すぎるものだった。

 

「おで達を……人間って言ってくれだ人達……初めでだぁ……こんな人達が、いでくれでるだなんで……」

 

 そう言って肩を揺らしてすすり泣くリルピリンに寄り添う人影があった。ダハーカだった。彼はこれまで数回見せてくれていた優しい顔で、その手をリルピリンの肩に置いた。

 

「リル。これこそが人界の和平使節団の本質だ。アメンクである拙者達にも分け隔てなく接してくれる者達で、拙者達と戦争をする事を望まぬ者達だ。わかってくれただろう」

 

 リルピリンは涙を拭ってダハーカの顔を見た。やはり、大切な友を見る眼差しを向けている。

 

「あぁ、お前の言う通りだった。良い人達、だな……」

 

 リルピリンは何かに納得しているような表情をした後に、キリトの方へ向き直った。

 

「確か、キリトって言ったな。もう知ってるかもしれねが、おではリルピリン。オーク族の族長だ。昨日はお前達の事を何にも知ろうとしねえで斬りかかろうとして、悪がっだな」

 

 負傷した女の子をレンジュの元へ向かわせた後に、キリトは立ち上がって応じる。

 

「気にしてないよ。そっちからしてみれば、その……俺達は憎むべき人族と同じ存在にしか見えなかっただろうからな」

 

 ましてや自分達は暗黒界人ではなく、暗黒界と敵対している人界人。オーク族からすれば敵視以外に向けるものがないモノだ。あの時リルピリンがフルグルとシグロシグ同様に自分達に襲い掛かろうとしたのは当然の事だと言えた。

 

「それでも、おではお前達をオーク族を虐げる奴らと一緒だと思い込んじまっでだ。本当に、悪がっだ」

 

 リルピリンはそう言って頭を下げてきた。しかしキリトがそこで気にしたのは、リルピリンの口調だった。レンジュや先程の拠点の門番達はそうではないが、リルピリンは言葉が(なま)っている。聞き取りずらい事はないが、どうにも気にはなる。

 

 身体から煙を上げて口から泡を吹いて倒れている男達は、リルピリンをアメンクだと言っていた。もしやリルピリンの口調がこうなのは、アメンクであるが故なのだろうか。

 

「……やっぱり、おでには族長なんて向いでながっだのがもしれねえ」

 

 俯いたリルピリンの言葉でキリトは我に返る。即座にレンジュと女の子がリルピリンに駆け寄って言葉をかけた。

 

「リル、そんな事はないわ」

 

「そうですよ、族長。あなたにしか勤まらないからこそ、オーク族はあなたを族長に選んだんです」

 

 二人はリルピリンを慰めようとしていたが、果たしてリルピリンは顔を上げなかった。

 

「けど、おでは本当ならオーク族領を追放されでなぎゃなんねえアメンクだ。おでが族長になっだばっがりに、オーク族は……」

 

 キリトは昨日のシャスターの話を思い出した。確認されているらしいアメンクのうちの、種族全体が臆病で戦いが得意でない者が多い中、逆に勇ましく、戦いが得意なオーク。それはリルピリンの事だったのではないだろうか。

 

 だとすれば――先代のオーク族の族長や、その意思を尊重してリルピリンを族長にする事を受け入れた民達は、実に良い判断をしたと言えるだろう。

 

 リルピリンは多数の人族に虐げられるオーク族の女の子を助けるために、たった一人で立ち向かい、剣を振るっていた。他の種族の長達が同じような局面を迎えたならば、命の危機に瀕した同族をあっさり見捨てる事を選びそうなものなのに、リルピリンは勇猛果敢に戦う事を選んで、傷付きながらも、名も知らぬ同族の女の子を守り抜いた。

 

 リルピリンの根底にあるのは傲りでも残虐性でもなく、慈悲と優しさと勇猛さで満たされた清き心だ。その心のままに動き、戦い、同族の命を救ってみせた。

 

 これほど族長に相応しい()()など他にいるものか。リルピリンが生まれつきそういう人物であったからこそ、オーク族達はアメンクであろうとも彼を領土に住まわせ続け、そして族長に選んだのだ。

 

 あくまで予想ではあるが、きっとそうなのだろう――キリトは思い、リルピリンに声をかけた。

 

「今の戦いを見てわかったよ、リルピリン。お前はオーク族の族長になるべくしてなったんだ」

 

 リルピリンは顔を上げて目を丸くした。その瞳や顔つきに醜さなど一切ない。

 

「え?」

 

 キリトから引き継ぐようにして、シノンが優しげな声をかける。

 

「あんたは何気なくやってるみたいだけど、同族の危機にいち早く駆けつけて、その命を守るために戦うっていうのは、誰にでもできる事じゃないわよ。心優しくて勇気のある人にしかできない事だわ」

 

「リルピリンさんは、ずっとそうだったんでしょう、ダハーカさん」

 

 アスナが問いかけると、ダハーカは腕組をしながら深く頷いた。今からする証言に自信があると言いたそうだ。

 

「あぁ。リルは子供の頃から心根が真っ直ぐで、清らかでな。何か問題や困難が起ころうものならば、拙者よりも果敢に飛び込んで立ち向かっていき、実際に解決に導いたものだ。リルに命を救われたオーク族を、拙者は何人も知っているぞ」

 

「リルがそういう人だったからこそ、私達オーク族はリルが他の種族で言うところのアメンクであろうとも拒絶せず、族長に選んだのです」

 

 レンジュも女の子も自信を持って伝えてきていた。どの者の言葉にも嘘偽りを見出せない。誰もが心の底からリルピリンに対して思っている事を言っていた。

 

 皆の言葉に目を丸くするリルピリンにキリトは歩み寄る。

 

「きっとだけれど、暗黒界人達がいがみ合っているのはこれから戦争が始まって、その後暗黒界人同士で色々なものを奪い合う事になるかもしれなくて、すごく不安だからだ。不安で仕方がないから、他種族といがみ合う事で不安から目を逸らそうとしてるんだ」

 

「……正直、おでも不安だ。戦争が起ぎだら、レンジュやオーク族の皆が、ダハーカや他のアメンク達が(ことごと)ぐ殺されるんじゃないがっで……不安なんだ。他の《十候》の前じゃとても言えねえが……本当は不安で仕方ねえ」

 

「でも、人界と暗黒界とで和平が結ばれれば戦争は起こらないし、奪い合いもする必要がなくなる。俺達はそれを実現するためにここに来たんだ」

 

 キリトはリルピリンに手を差し伸べた。

 

「リルピリン、俺達に手を貸してくれないか。戦争を防いで、暗黒界人同士のいがみ合いを止めよう」

 

 リルピリンはキリトの目をじっと見ていた。やはり、彼の瞳に醜さは見受けられない。胸の奥深くに清らかな心を持った――人間の瞳だった。

 

 その瞳に柔らかくも強い光を(またた)かせると、リルピリンはキリトの手を取った。

 

「わがっだ、キリト。おで達は……お前達の味方になる」

 

 リルピリンはそう言って、キリトと握手をした。

 

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