キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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16:融合する暗黒術と蒸気機関 ―十候との戦い―

          □□□

 

 

 オーガ族領の拠点近くに縄張りを広げていた巨大魔獣を討伐し、剥ぎ取った爪を持って、キリトは仲間達と共にオブシディア城に戻ってきた。中庭に降り立って、そのまま件の暗黒術師ギルドの陣屋へ向かう。

 

 依頼を受けたその場所に辿り着いてみると、そこにシャスターからもリピアからも、ドロシーからもダハーカからも魔女と呼ばれし暗黒術師ギルドのボス、ディー・アイ・エルの姿は――なかった。

 

 代わりと言わんばかりに居る女暗黒術師の一人に尋ねてみたところ、ディー・アイ・エルはオブシディア城内の舞踏場に居るという話を聞いた。

 

 ダークテリトリーに生きる種族は、ほぼ全員が闘争を好み、舞踏なんてものは行わないと思っていたので、キリトは驚かされた。そんなモノが本当に存在するのかどうかをドロシーとダハーカに聞いてみたところ、大教皇の教えと指示によって建てられたとされる、このオブシディア城には、確かに舞踏場が存在するのだという。

 

 そんなところに行って何をしているというのだろう。こんな戦争になるかどうかの瀬戸際の情勢の最中に社交ダンスでもやっているのだろうか。……いや、オーガ族に死傷者を続出させ、《EGO(イージーオー)使い》の力がないと倒せないような巨大魔獣の爪を剥ぎ取ってこいなどという依頼を出してきたあの魔女ならば、最早何をしていたとしても不思議な事はないだろう。

 

 あの露出度の高い服装の魔女が今やっているであろう行動について可能な限り想像しないようにして、キリトはオーガ族領へ向かった時のメンバーを連れて、オブシディア城内の舞踏場へと歩みを進めた。その途中で奇妙な出来事に遭遇した。アスナ、ユピテル、リーファ、リズベット、シリカの五人との合流だ。

 

 話を伺ってみたところ、彼女達のところに暗黒術師がやってきて、「ディー・アイ・エルが呼んでいるから舞踏場へ来てほしい」と言われたのだという。しかし、とある者の進言によって彼女達だけで向かうような事はせず、自分達がやってくるのを待っていたらしい。

 

 その進言した人物というのが、今ここに居るユピテルなのだという。ユピテルは女性の癒す事を使命としているため、女性に対して滅多に警戒心を抱いたりせず、余程酷い人間性の持ち主でない限りは敵対心も抱かない。

 

 ――にもかかわらず、ユピテルがディー・アイ・エルのところへ行くなとアスナ達に言って、自分達の到着を待つように進言した。もう既にわかり切っている事ではあるが、ディー・アイ・エルはユピテルさえも本能的に警戒してしまうほどの女であるようだ。

 

 そんなあの魔女が自分達を巨大魔獣狩りに行かせただけじゃなく、アスナ達まで呼んだ。絶対に何かしらの悪巧みをしているに違いない。何が来ても大丈夫なようにしておかなければ。キリトは皆に呼びかけて気を引き締めつつ、舞踏場へ足を踏み入れた。

 

 オブシディア城は、全体的に豪華絢爛(ごうかけんらん)さというものがあまり感じられない内装になっている。それは人族よりも亜人族が大多数を占める国であるからというのも影響しているのかもしれない。そこまで禍々しくはないものの、よくある王道ファンタジーRPGに出てくる《魔王の城》であると言われてもしっくりくるような雰囲気が、どこにでもあった。

 

 そのオブシディア城の舞踏場は――やはり魔王の城の舞踏場といった風貌(ふうぼう)だった。豪華さは本当に多少であり、舞踏場というよりも室内闘技場だ。社交ダンスをするにしては、あまりにもムードがなさすぎて、その気になれない。

 

 もし、自分がシノンとここで社交ダンスをする事になったりしたならば、即座に「もっと良いところへ行くべき」と考えて、ここを出るだろう。そんなダンスに不向きな舞踏場の中央に、人影があった。

 

 やや青みがかった白い長髪を後ろでまとめ、やたら布面積の狭い服装に身を包んだ、浅黒い肌をした女性。先程のお使いクエストの依頼主であるディー・アイ・エルだった。声をかけずに近付いて行ってみたところ、ある程度距離が縮まった辺りで彼女は振り返ってきた。

 

 獲物を狙う獣の眼光と、男を骨抜きにする魔性の女の眼差しが混ざり合った視線を送ってくる。

 

「あら、お帰りなさい。その様子だと、巨大魔獣が手に負えなくて逃げ帰ってきたのかしら」

 

 出会った当初と同じようにこちらを煽っているディー・アイ・エルのすぐ目の前にまで向かい、キリトは大袋を差し出した。オーガ族領で狩った巨大魔獣の爪が中に入っている。

 

「依頼の品だ。これでいいだろ」

 

 ディー・アイ・エルは目を半開きにして大袋を受け取り、中身を見た。一瞬驚いたように目を見開いたかと思うと、すぐさま口角を少し上げた。

 

「へぇ……あの巨大魔獣を本当に倒してきたのね。って事は、大分(だいぶ)疲れてくれたんじゃない?」

 

「疲れてくれたんじゃないとはどういう事だ。貴様、私達に疲労していてもらいたかったって言ってるのか?」

 

 巨大魔獣を共に討ってくれたメディナが怒りを(にじ)ませた声で言う。皆も同じ声を出しそうなくらいに怒気と敵意を募らせた目線をディー・アイ・エルへ送っていた。直後、メディナの《傍付き練士》であるグラジオがディー・アイ・エルに問う。

 

「……あんた、何が狙いだよ。おれ達に巨大魔獣を狩らせて爪を持ってこさせたのは、本当の目的じゃないな」

 

 ディー・アイ・エルは「ふふん」と笑った。

 

「えぇ、そうよ。本当はね、貴方達に巨大魔獣を狩らせて、疲労困憊(ひろうこんぱい)の状態でここに来させる事を想定していたの」

 

 直後、ディー・アイ・エルは不満そうに眉を寄せる。

 

「けれど、貴方達ったら何よ。疲労困憊どころか、全然元気にしてるじゃないの」

 

「私達、あんたじゃ想像も付かないくらいの危機を何度も乗り越えてきてるのよ。このくらいやってやれば疲れてもらえるなんて思わない事だわ」

 

 シノンが警戒心をほぼ最大値に高めた態度で応じていた。すぐにでも《EGO》を呼び出せる姿勢を作っている。それはここにいる全員が同じであり、誰もが臨戦態勢を取っていた。

 

「そう。貴方達、思ったよりやる連中なのね」

 

「それで? お前の依頼は達成してやったぞ。我らの話を聞いてもらおうではないか」

 

 リランが身構えつつ言うと、ディー・アイ・エルはくるりと踵を返した。

 

「えぇ。確かに依頼の品は受け取ったわ。だけど、いつ私が依頼は一つだけだなんて言ったかしら」

 

 だろうな――キリトは即座にそう思った。こいつの事だから、依頼達成後すぐに次の何かしらを吹っかけてくるのではないかと予想していた。結果はビンゴ。次に来るのは達成不可能な無理難題であろう。

 

 と思ったその時、ディー・アイ・エルが舞踏場の中央付近まで歩いて行った。そこで気が付いたのだが、舞踏場はかなり広い。先日和平会談を行った玉座の間よりもずっと広くて高さがあり、リランが狼竜形態になったとしても、まだ余裕があった。

 

「次は何をやらせるっていうの」

 

 アスナがシノン同様に警戒心を剥き出しにして言った次の瞬間だった。ディー・アイ・エルから見て前方の天井が突然割れ、巨大で重い物体が落下した振動と轟音が響いてきた。土煙を含んだ暴風が吹いてきて、キリトは咄嗟(とっさ)に目を覆いつつ足に力を込めて踏みとどまる。

 

 暴風が止んだタイミングを掴んだ瞬間に、キリトは発生源へと向き直る。そこには巨大な異形の姿があった。

 

 ゴーレムだ。全身を黒光りする鋼鉄の装甲で構成し、極端な猫背の姿勢をしている。全高八メートルくらいの身体のあちこちには圧力メーターらしきものと、歯車の装飾品らしきものが付けられており、背中からはマフラーのようなものが複数本突き出ていた。

 

 腕は太く、殴る事に特化していそうでありながら、その側面には長銃と思わしき銃身と銃口がある。肩の方にも銃があるが、それは四つの管が円形状に束ねられたものとなっていた。脚もまた太く――何かしらの美学のこだわりなのか、それとも機能追及の末にそうなったのか――逆関節になっている。

 

 スチームパンクという言葉から想像される世界観の基で作り出された、蒸気機関で動く鋼鉄のロボット。それが目の前にいる異形の正体だった。

 

「な、なんだこれは!?」

 

「じょ、蒸気機関の……なんなのですか、これは!?」

 

 ダハーカとドロシーが動揺しながら叫ぶ。蒸気機関というものに慣れ親しんでいるであろう二人でも、このアイアンゴーレムのようなものは見た事がないようだ。

 

 ディー・アイ・エルは二人の動揺を聞くなり、くるりと振り返ってきた。その顔には嗜虐心(しぎゃくしん)由来の邪悪な笑みが浮かんでいる。

 

「いいでしょぉ? 大教皇様の(めい)を受けて設計した、暗黒術師ギルドの最新鋭兵器よ」

 

「暗黒術師ギルドの、だと?」

 

 キリトの問いかけにディー・アイ・エルは頷く。

 

「えぇ。あまり知られてないのがむかつくけれど、蒸気機関そのものやそれを使う銃とか大砲だとかの兵器は、暗黒術師ギルドが設計を担当して、帝都や各地の工場に製作させているのよ。つまり暗黒術師ギルドこそが蒸気機関の源流ってわけ」

 

「暗黒界の蒸気機関技術は大教皇が広めたものだと聞きましたが……なるほど、大教皇はまず暗黒術師ギルドに技術を教え、それから他種族達に広めさせていたのですね」

 

 アリスが抜刀寸前の姿勢で言うと、ディー・アイ・エルは「そうそう!」と言った。思っていた事を当ててもらえて嬉しいらしい。

 

「大教皇様は暗黒術師ギルドを、私を贔屓(ひいき)してくれているの。だからこうして、最新の兵器も作らせてくれるし、使わせてくれるのよ」

 

 ディー・アイ・エルは誇らしげに語っていた。悔しいがその言葉に嘘はないのだろう。ダークテリトリーが文明発展を遂げているのは、大教皇がもたらした知恵と知識による。その最新のものをディー・アイ・エルが手にできているという事は、大教皇が暗黒術師ギルドを気に入っていなければありえない事であろう。

 

「でもね、この子にはちょっとした問題があるの。他の蒸気機関と一緒で、燃料となる闇炭(やみずみ)適宜(てきぎ)入れてやらないといけないのよ。そして戦闘中でそんな事をするのは難しい。だから短期決戦にしか向いてなくて、一般普及させるのは困難じゃないかって言われてたのよね」

 

 闇炭。カイナン(いわ)く、このダークテリトリーの地下から大量に採掘される物質で、蒸気機関の主な燃料となるらしい。現実世界で言うところの石炭のようなものだ。石炭には燃やすと二酸化炭素などの温室効果ガスが出てしまうといったデメリットがあるが、闇炭の話の時にはそういった説明は出てこなかったため、石炭と違って燃焼させても有害物質を排出したりしない、環境に優しいものであるらしい。

 

「け・れ・ど。私なら問題ないのよねぇ」

 

 ディー・アイ・エルは自信満々にそうに言うなり、床を蹴って大ジャンプし、アイアンゴーレムの首元に着地した。その時に、キリトはアイアンゴーレムの背中から生えるマフラーの数々から水蒸気が出ていない事、全体から駆動音が聞こえてきていない事に気が付いた。

 

 どうやら、アイアンゴーレムは起動してすらいないらしい。ここに落下してきた際、既に燃料がギリギリで、今は燃料切れを起こしてしまっているのか。そして、そんなただの鉄塊と化している蒸気機関の兵士を、ディー・アイ・エルはどうするつもりでいるのか。

 

 キリト達の視線を受けながら、ディー・アイ・エルは大手を広げた。

 

「私ほどに暗黒術に卓越している術師なら、こんな事だってできるのよ!」

 

 次の瞬間、恐ろしい異変が起きた。ディー・アイ・エルが高らかに叫んだかと思うと、その両手の指の全てが異様な模様の(うごめ)く、青く細長い虫のような姿へと変貌(へんぼう)した。それは瞬く間に数十倍ほどに伸びていく。数秒後、(みにく)いという感想しか出てこない虫達はアイアンゴーレムの上半身の装甲の隙間に飛び込んでいった。

 

「あっははははははははは! ほぉら、目覚めなさい!」

 

 ディー・アイ・エルがアドミニストレータを彷彿(ほうふつ)とさせる笑い声を上げたその時、アイアンゴーレムの武骨な頭部に鎮座する単眼に紫色の光が宿った。まるで目を覚ましたかのように、身体のあちこちから駆動音が聞こえるようになり、マフラーから勢いよく白い煙が噴き出る。

 

「動き出した!?」

 

 リーファが驚いて《EGO》を構えると、皆も同じように各々の武器や《EGO》を引き抜いた。ディー・アイ・エルはアイアンゴーレムの首元に乗ったまま叫ぶ。

 

「すごいでしょぉ? 暗黒術で火と水を絶え間なく起こす事で、闇炭を補充しなくても蒸気機関を動かせるのよ! こんな芸当ができるのは私だけなの。大教皇様から直々(じきじき)に暗黒術を教えてもらった私だけができるのよ!!」

 

 蒸気機関とは燃料を使って起こした火で水を加熱し、そこで発生した水蒸気の勢いでタービンなどを回転させて電力を作る仕組みだ。その火と水を暗黒術や神聖術で補い続ければ、なるほど確かに、燃料を定期的に入れる事なく蒸気機関を動かす事ができるだろう。

 

 理に適っているやり方ではあるけれども、なんという力技だ。蒸気機関の設計をしているという暗黒術師ギルドのボスならば、もっと知的で賢いやり方をするのではないかと思っていたのに。

 

 ……いや、十分に賢いやり方かもしれない。ディー・アイ・エルの暗黒術のおかげで、蒸気機関のアイアンゴーレムは燃料補給を必要とせずに動けているのだから。

 

 賢い力技で蒸気機関兵を覚醒させたディー・アイ・エルはかっと顔をこちらに向けてきた。魔性の女の妖艶さは消え、獲物を前に牙を覗かせる獣の眼光だけがあった。

 

「そこの和平使節団の黒髪の坊や。次の試練は決闘よ。私と一騎打ちして勝ってみせたんなら、話を聞いてあげるわ!」

 

 ディー・アイ・エルはキリトを指名してきた。恐らく、あのアイアンゴーレムの力を持ってしても、自分達全員をまとめて相手取るのは難しいのだろう。だから、比較的勝機のある一騎打ちを所望してきたという事なのだろう。賢いというよりも狡猾(ずるがしこい)、である。

 

「それで、私が勝ったんなら、その時は《唯一無二の人族のアメンク》ちゃんをもらおうじゃないの。私、その()が欲しくてたまらないのよ」

 

 ディー・アイ・エルの獲物を求める眼光がドロシーを狙う。大教皇の言葉通り、この女はドロシーに執着しているようだ。もしディー・アイ・エルにドロシーが捕まろうものならば、何が起きてしまうかなど想像もしたくない。そしてそんな結末の到来は、許せるものではない。

 

 キリトの思いに呼応したかのように、右方向の後方で強い光が起きた。間もなくして、大きな足音と突き上げてくるような軽い震動が起こり、大いなる存在感がすぐ右隣に並んできた。狼竜形態となったリランだった。

 

 彼女は身構え、鼻元に(しわ)を寄せて牙を覗かせていた。

 

「それは諦めるんだな。ドロシーをあんたには渡さないし、ドロシーもあんたのところに行くつもりなんて毛頭ないんだ。そうだろ、ドロシー?」

 

 いつにもなく強い口調で告げたところ、左隣にドロシーが並んできた。その表情は――これから戦いに臨む凛とした誇り高き暗黒騎士のものだった。

 

「……ディー・アイ・エル、貴方は本当に昔からしつこいったらありはしない。小官は暗黒騎士団団長、ビクスル・ウル・シャスターの直弟子です。シャスター様は以前から小官に、自分を奪われるなと命令してくださっていました。貴方に捧げるものは、髪の一房も、血の一滴すらもありません」

 

 ドロシーはキリトに向き直る。

 

「キリト、小官もリランの背中に載せてください! 共に戦います!」

 

「よし来た! ディー・アイ・エル、ドロシーも一緒に戦いたいそうだ。一人くらい加わっても、別にどうって事ないだろ?」

 

 ディー・アイ・エルはキリトの問いかけに笑って答えた。

 

「いいわよ。《人族のアメンク》ちゃんもいらっしゃいな。特別に二人まとめて相手してあげる。どのみち私の敵じゃないもの」

 

「言ったな? その言葉、そっくりそのまま返してやる。いくぞ、リラン!」

 

 キリトの呼び声を受けたリランが姿勢を下げると、キリトはその背中に飛び乗って(またが)った。続けてドロシーもジャンプし、キリトのすぐ後ろに着地して跨る。そこは普段はシノンの特等席であるが、ふと見下ろしてみたところ、シノンは仲間達と共に後方に下がり、ディー・アイ・エルを(にら)み付けていた。()いてはいないらしい。

 

 若干安心して前方に向き直ると、ディー・アイ・エルが「はっ」と笑った。正確には笑っているのではなく、嘲笑(あざわら)っている。

 

「それにしても、そんな大きな獣を手懐けていたとはね。けど、馬鹿な事をするものだわ。獣如きが機械に勝てるわけないじゃないの。ましてや、私の操る二足歩行戦車に」

 

 そう言われた途端、怒りが胸の中に湧いてきた。頭の中も熱くなってくる。獣が機械に勝てないだって? 確かに、普通に考えればそうであろう。獣が機械に勝つなど基本的には不可能に近い。だが、それはあくまで普通の獣――それこそ先程退治してきた巨大魔獣などの場合だ。

 

 その事を伝えたのはキリトではなく、リランだった。頭の中に《声》が飛んでくる。

 

《獣如きが機械に勝つ事などできぬだと? そんな下等な機械に乗った程度で調子に乗るでないわ、売女(ばいた)めが》

 

 ディー・アイ・エルは一瞬驚いたような顔をして、指が伸びたままの(てのひら)の片方を頭に添えた。リランの《声》が同じように飛んできたのだろう。

 

「今のは何? まさか、そいつが喋ったの?」

 

《そうだが? 大教皇と共にありながら、こういう経験はした事がなかったのか》

 

「……今、すごくむかつく事を言われた気がするんだけど? なんて言ったのかしら、獣」

 

《聞こえぬかったか? ならばもう一度言ってやろう。大教皇と共にありながら、こういう経験はした事がなかったのか》

 

「それよりも前」

 

《売女めが》

 

 はっきり聞こえる《声》と言葉でリランがしっかり(ののし)ったところ、ディー・アイ・エルの乗る二足歩行戦車が両手を突き出し、腕部の長銃と肩の四連装ガトリング砲を発砲してきた。しかしそれが駆動する瞬間をリランは見逃さず、弾丸が発射された時には既にサイドステップを繰り出して射線から外れていた。

 

「この私に向かって……随分と良い言葉をかけてくれるわね!!」

 

 ディー・アイ・エルの顔に明確な怒りの表情が浮かび上がっていた。リランの言った罵倒など、ディー・アイ・エルが普段から外部によく言ってそうなものである。言い返してやっただけでこれだけ怒りを露にするとは、こいつは煽り慣れているが、煽られ慣れてはいないのだろうか。

 

 それとも、容姿について馬鹿にされた事に頭に来たのか。いずれにしても、煽るのは好きだが煽られるのは嫌いなのは身勝手すぎる。こんな女がボスをやっている暗黒術師ギルドの治安や風紀の事を考えると、頭痛がしてきそうだった。

 

「叩き潰してあげるわッ!!」

 

 ディー・アイ・エルが怒声を放つと、彼女を乗せたアイアンゴーレムは殴りかかってきた。リランは避けようとせず、後ろ足で立ち上がって掌で受け止める。どぉんと腹にまで届く震動が来て、キリトはリランの剛毛を強く掴んで耐えた。

 

 咄嗟に後方を見てみたところ、ドロシーはしかとキリトの腹に手を廻してしがみ付いていた。日頃から飛竜に乗って戦闘をしているため、こういうのには慣れているようだ。僥倖(ぎょうこう)だった。これならば、あまりドロシーの事を心配しないで戦える。

 

 リランは片手でアイアンゴーレムの腕を押さえ付けると、もう片方の腕でアイアンゴーレムの顔面にパンチを放った。時に岩をも砕く一撃がぶちかまされたが、アイアンゴーレムはリランの拳が引き抜かれた直後でもぴんぴんしていた。攻撃を受けたという事そのものを感じていないかのようだ。

 

 そしてリランはというと、拳を開いて掌を振っていた。痛かったらしい。

 

《くそっ、石頭ならぬ鉄頭めが!》

 

 その様子に気をよくしたのか、ディー・アイ・エルが高らかに笑う。

 

「あははははははははッ! この子は暗黒術師ギルドの最新作で自信作なのよ。そんな攻撃、効くわけないじゃないの!」

 

 挑発の姿勢を崩さないディー・アイ・エルの命令を受けたかのように、アイアンゴーレムは渾身のパンチをリランへ繰り出してきた。しかし如何に痛がっていようと歴戦の猛者の一人であるリラン、アイアンゴーレムの一撃を寸でのところで回避。アイアンゴーレムの腕を離して側面に回り込んだ。

 

 そこでアイアンゴーレムが恐るべき反射速度でぎゅんと振り向いてきたから驚いた。ディー・アイ・エルの言った、暗黒術師ギルドの最新作で自信作というのははったりではないらしい。

 

 アイアンゴーレムは再び肩のガトリング砲を連射してきたが、リランも負けじと瞬発力を発揮してサイドステップで回避してみせる。そのままアイアンゴーレムへ距離を詰め、右手で渾身のパンチをお見舞いした。轟音が鳴り響き、再び衝撃が身体を這い廻ってくる。

 

 それだけの一撃を叩き込んだというのに、アイアンゴーレムはやはりけろりとしていた。リランはむっとして、続けざまに額から突き出る聖剣のような角による斬撃を仕掛けた。金属が斬り裂かれる鋭い音が耳を(つんざ)こうとしてきた直後、アイアンゴーレムの身体に切り傷が出来上がった。

 

 それでもアイアンゴーレムは平気な顔をして動き続けている。駆動部を斬り裂くには至らなかったようだ。流石にそんな簡単に駆動部が斬れるようにはなっていないか。まだまだ攻撃が足らないし、斬り方ももっと深くしなければ。

 

 そのためには――と思ったところで、妙な違和感が生じた。

 

 アイアンゴーレムの背中に乗っているディー・アイ・エルだ。彼女は暗黒術師ギルドのボスであり、恐らく大教皇の次に暗黒術に秀でた人物であろう。ならば何かしらの術が時と場合を選ばずに飛んできてもおかしくはないはずなのだが、一向にそれらしきものが飛んでこない。

 

 彼女のやっている事と言えば、アイアンゴーレムの首元に乗って触手を動かしているだけ。正確には暗黒術を使い、アイアンゴーレムの動力炉の中で火を起こして、入れるべき場所に水を注いで蒸気に変え続けているのだろうが、それ以外の暗黒術を飛ばしてくる様子はない。

 

「ディー・アイ・エル……舐めてますね」

 

 疑問が頭の中で渦を巻こうとしていたその時、背後から声がしてきた。ドロシーだった。

 

「舐めてるって?」

 

「ディー・アイ・エルは、あの蒸気機関兵器だけで小官達に勝とうとしているのです。本当は小官でも想像が付かないような暗黒術を使えるというのに、あの蒸気機関兵器を動かすための暗黒術だけを使って、小官達と戦っています」

 

 振り返ると、ドロシーの顔には怒りの表情が浮かんでいた。ディー・アイ・エルが舐めた戦いをしている事に対する怒りだった。そして、その言葉通りだというのであれば、ディー・アイ・エルが暗黒術を使ってこない事に説明が付く。

 

 あんな機械如きで、あの女はこれまで数々の世界で古代兵器や巨大生物、神話の獣や超巨大兵器やらを討ち滅ぼしてきたリランに勝とうとしている。呆れた話だ。どうやらディー・アイ・エルは、大教皇の近くに居て、その教えを受けておきながら、敵対時のリランが暗黒界にとってどれほどの脅威となるのか全く把握していないらしい。

 

「……得意の暗黒術は使わないってのかよ。なんだか腹が立ってきたぞ。随分コケにされてるな、俺達」

 

《それだけではないぞ、キリト。あいつは暗黒術を使わないで我らに勝つつもりでいるだけではない》

 

 不意にリランの《声》が届いてきて、キリトは視線を下ろす。ディー・アイ・エルが反応していないので、自分にだけチャンネルを合わせているようだ。

 

《あの蒸気機関のゴーレムは、そこら辺に普及している蒸気機関では出せない馬力や運動性能を発揮しておる。内部機構も一般的な蒸気機関とは比べ物にならないくらいに複雑であろう。あれだけものを動かし、あれだけの性能を発揮させるには、並々ならぬエネルギーが必要だ》

 

「つまり?」

 

《ディー・アイ・エルはあのゴーレムの中で膨大な火炎を起こし、同時に膨大な量の水も生成して注いでいる。そこに加えてゴーレムの攻撃や行動の制御も行っている。それだけの事をいっぺんにやっているのだから、既に手一杯で、その他の暗黒術を唱えて我らを攻撃する余裕などないのだ》

 

 リランからの説明でより深く納得がいった。ディー・アイ・エルは自身が一度に唱えられる限界数の暗黒術の唱えてアイアンゴーレムを動かしているために、それ以上の術は唱えられない。

 

 だからこそ、ディー・アイ・エルから暗黒術が飛んでくる事はなく、彼女の操縦するアイアンゴーレムの弾丸だけが飛んできていたというわけだ。

 

 仮にも暗黒術師ギルドのボスが、得意の暗黒術による苛烈な攻撃を捨て、アイアンゴーレムを動かして攻撃する事を選んだ理由とはいったい何なのだろう。キリトはふと疑問を口にする。

 

「なんでそんなにあの兵器にこだわってんだ?」

 

「あの人の考えている事は全然わかりません。ですが、確実に言えるのは、あの兵器の動力源はディー・アイ・エルそのものです。彼女を引き剥がす事ができれば、あの兵器は完全に沈黙するはずです」

 

 ドロシーが言った直後、アイアンゴーレムが再びガトリング砲を連射してきた。リランはサイドステップを繰り返して回避するが、アイアンゴーレムは必ず当ててやると言わんばかりに狙い続けてきた。リランはアイアンゴーレムの方を向く事をやめて疾走を開始し、アイアンゴーレムの銃撃の嵐の回避に専念する。

 

「あーもう! なんてすばしっこい獣と餓鬼なのかしらねッ!」

 

 ディー・アイ・エルの高笑いは苛立ちの声に変わっていた。その中に疲労が見えてきているのをキリトは認めた。

 

 他のゲーム――それこそ《ALO》などでいうところの魔法に該当する神聖術や暗黒術は、発動させる呪文自体は簡単であるものの、発動の度に空間神聖力や空間暗黒力に加えて体力も使うため、使いすぎると疲労してしまう。

 

 そして疲労している状態で尚も神聖術や暗黒術を使おうとすると、体力が足りないために、天命が減ってしまう。神聖術や暗黒術は便利である反面、使いすぎれば使用者の命を削ってしまう諸刃の剣であるため、連射するべきではない――今となっては懐かしき修剣学院の授業で、そう教わったのを、キリトはしかと憶えている。

 

 ディー・アイ・エルはリランとドロシーが言っていたように、暗黒術を休みなく使い続けて、あのアイアンゴーレムを動かしている。そんな真似をしているせいで、ディー・アイ・エルは疲労してきているのだ。まだ戦いが始まってそんなに時間は経過していないはずだというのに。

 

 恐らく、自分達の事は始まって五分程度で倒すつもりでいたのだろう。しかし、こちらの実力を見誤ったために戦いが長期化し、想定よりも遥かに長く暗黒術を使い続けなければならなくなった。結果、あの通り疲労してしまっている。

 

 ディー・アイ・エルは自分達を疲労困憊させるために、巨大魔獣を倒させるという依頼を出した。今は彼女自身がこちらに振り回されて疲労困憊しそうになっている。なんという皮肉だろう。それだけ蒸気機関のアイアンゴーレムに自信があったのだろうか。それ故に傲慢になっていたか。

 

 いずれにしても、その自信と傲慢が彼女の自滅を招いたのだ。

 

「このっ、このっ……ぐ……」

 

 ディー・アイ・エルが息を荒げて肩を落とした。スタミナ切れだ。キリトが指示をするより先に、リランがくるりとその場で方向転換し、真っ直ぐアイアンゴーレムに突進した。驚いたディー・アイ・エルが次の行動を取るより先にリランはアイアンゴーレムに飛び掛かり、押し倒した。

 

「あぁッ!?」

 

 ディー・アイ・エルが悲鳴を上げたのと同時に、アイアンゴーレムは轟音を立てて仰向けになって倒れ、覆い被さったリランがその腕を完全に拘束した。身動きを封じられたアイアンゴーレムは足をバタバタと言わせているが、リランには一撃たりとも当たらない。仮に当たったところでリランを引き剥がす事もできないだろう。

 

「こ、このぉッ!」

 

 操縦者ディー・アイ・エルは倒れたアイアンゴーレムの首元に居た。触手と化した指をアイアンゴーレムの体内に突っ込んでいるために落ちずに済んでいるらしい。露出されている浅黒い肌には玉の汗が噴き出ていた。やはり、へとへとになっている。

 

 キリトはリランの背中から立ち上がり、アイアンゴーレムの頭部に飛び乗った。そしてすぐ目の前にいるディー・アイ・エルの首元に剣を向けた。《夜空の剣》でも《リメインズ・ハート》でもなく、《EGO》を。

 

「あんたの負けだ」

 

 キリトはできる限り熱を抑えて言い放った。ディー・アイ・エルはくっとキリトを睨み付けると、歯を思い切り食い縛る。

 

「舐めるんじゃないわよッ!!」

 

 と言ってディー・アイ・エルが悪足掻きをしようとしたその時、ひゅんとキリトの横で何かが躍った。ディー・アイ・エルが一瞬何が起きたのかわからないような顔をした一秒後、ディー・アイ・エルとアイアンゴーレムを繋ぎ止めていた触手が切断され、ディー・アイ・エルは床に落ちた。

 

 キリトは今の出来事の原因を突き止めた。共にリランの背中で戦ったドロシーが、大鎌を振り回した後の姿勢をして、横に並んでいた。彼女の大鎌の、美しかったであろう乱舞がディー・アイ・エルの触手指を全て斬り落としたのだ。

 

 キリトはドロシーと共にアイアンゴーレムを飛び降り、仰向けに倒れるディー・アイ・エルの首元、喉笛の数センチ前にもう一度《EGO》を突き付けた。そこにドロシーの大鎌の刃も重なる。

 

「ディー・アイ・エル、まだやりますか。暗黒術を使い続けて疲労困憊のようですが」

 

 ディー・アイ・エルは驚愕の表情を顔に浮かべていた。敗北を信じられないのだ。

 

「噓でしょ……この私が……暗黒術師ギルドが……こんな餓鬼共に負けるなんて……」

 

「悪いが嘘じゃない。あんたは舐め切っていた相手に負けたんだ」

 

 もう一度熱量を抑えた声で言うと、ディー・アイ・エルの醜い姿となって伸びていた指が元の形を取り戻した。どうやら指自体が伸びていたのではなく、暗黒術で発生させた触手で指を覆っていたという仕組みだったらしい。

 

 ディー・アイ・エルは深い溜息を吐き、身体の力を抜いたような姿勢を取った。

 

「……そうね。貴方達を完全に舐めていたわ。それで、私をどうするつもり? 《力の掟》に従い、蹂躙(じゅうりん)するんでしょう?」

 

 キリトは目を半開きにした。ディー・アイ・エルの頬に赤みが射している。何か良からぬ事を考えているようだ。それこそ、彼女の恰好のような事を。その内容を深く考えないように頭を軽く横に振り、キリトは答えた。

 

「あんたと一緒にするな。蹂躙なんてしないよ。他の種族と同じように和平派に廻ってくれれば、それでいい」

 

「何よ、つまんないわね。命令して、髪の毛掴んで、地に頭を付けさせればいいのよ。私は今までそういう事を散々やって来たわよ。特に《アメンク》とかにね」

 

「そんな事を、女の子にするかっての」

 

「女の子? 少女期なんてとうに過ぎてるのよ。私は狡猾(こうかつ)な女よ。生かしておけば、貴方達の寝首を必ず掻くわ」

 

「そうならないようにあんたと信頼を結ぶし、寝る時には気を付けるよ」

 

「あぁもう……甘ったるい()()()ねぇ。でも、嫌いじゃないわ」

 

 キリトが《EGO》を引き離すと、ドロシーも続いて大鎌を引き離した。そこでようやくディー・アイ・エルは立ち上がった。奇襲してくる気配はない。完全に負けを認め、観念したようだ。間もなくして、仲間達が後方から続々とこちらにやってきた。

 

「さて、ディー・アイ・エル。和平を結んでもらうぞ」

 

 戦いを見ていたダハーカが言うと、ディー・アイ・エルは少しうるさそうにした。

 

「はいはい。だけど、どうすればいいのかしらねぇ。実のところ、和平派に廻った時の事なんてこれっぽっちも考えてなかったのよ」

 

 つまり終始敵でいるつもりでいたようだ。そんな人物を負かしたのは、ある意味快挙だろうか。なんだか困っている様子の魔女に言葉をかけようとした、その時だった。

 

「ごきげんよう、和平使節団の皆さま」

 

 比較的幼いように感じられる女の子の声がした。顔を向けてみたところ、舞踏場の入り口の方から、こちらに向かって小柄な少女が歩いてきていたのが認められた。暗黒界の頂点に君臨し、ディー・アイ・エルの話にもよく出てきていた大教皇だった。

 

「大教皇」

 

 呼びかけた時、とある事に気が付いた。大教皇の口元がいつも以上に緩んでいる。まるで何か喜ぶべき事を迎えたかのようだ。その顔のまま、大教皇は言の葉を伝えてくる。

 

「キリトさま。本日までよくぞ、《十候》の皆さまとお話をされてくださりましたね」

 

「あぁ。ディー・アイ・エルの説得にたった今成功したところだ」

 

 大教皇は「ふふふ」と笑んだ。

 

「そうでしたの。ですが……残念ながら、時間切れですわ」

 

「え?」

 

 キリトを加えた全員がきょとんとすると、大教皇は両腕を広げる。

 

「玉座の間の封印の鎖が解かれました。暗黒神ベクタさま……」

 

 そして大教皇は、弾けるような満面の笑みを浮かべた。

 

「わたくしのマスターが、降臨されました。これより、人界への侵攻戦争を開始いたしますわ」

 

(ラスト・リコレクション 02に続く)

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