キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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―ラスト・リコレクション 02―
01:襲撃


           □□□

 

 

 「和人君、起きてくれ! 和人君!」

 

 随分(ずいぶん)と久しぶりに聞く、嫌な男の声でキリトは目を覚ました。(まぶた)を開いて早々視界に入ってきたのは、暗い部屋の天井だった。それはダークテリトリーの様式でもなければ、人界の様式でもない。現実世界の研究室の様式だった。

 

 それがわかった途端、驚きが頭の中を満たした。一気に意識が覚醒を果たし、キリトはがばっと上半身を起こした。

 

「和人君、良かった。身体は回復しきってるんだね」

 

 また嫌な男の声がした。キリトはそちらに目を向ける。青い久留米絣(くるめがすり)の浴衣に身を包み、(つむぎ)の角帯をし、裸足に下駄を履いているという、まるで地方の歴史ある由緒正しき祭に参加しようとしているような恰好の男が居た。

 

 ラースの職員であり、自分達をここに運び込んだ張本人であると聞いた、菊岡(きくおか)誠二郎(せいじろう)その人だった。

 

「菊岡さん……!? なんであんたがここに」

 

 理解が追い付かなかった。どうして現実世界にしか居ないはずの菊岡が、このアンダーワールドに居るというのだろう。というか、そもそもここはどこなのだろうか。アンダーワールドにこのような場所なんてあっただろうか。もしかして、クィネラが特別に作った部屋にでも運び込まれたのか。

 

「和人……!」

 

「和人君!」

 

「おにいちゃん!」

 

 今度は聞いていて嫌な気などしない少女達の声がした。菊岡の時と同様に振り返ってみたところ、三人の少女が居たが、そこで驚かされる事になる。三人はそれぞれシノン、アスナ、リーファだった。

 

 だが、アスナはともかく、リーファはショートボブの黒髪にやや緑がかっているように見える黒い瞳をしていた。それは紛れもなく、自分の妹である桐ヶ谷(きりがや)直葉(すぐは)の姿だったのだ。

 

 そしてシノンも、白みがかった水色の髪ではなく、黒みがかった茶色の髪と瞳になっている。それはシノンではなく、朝田(あさだ)詩乃(しの)の姿だった。自分を含めた四人とも、患者衣のような服を着ているのが共通している。

 

 それらを全て踏まえたところ、一つの結論が即座に出た。どうやらここはアンダーワールドではなく、現実世界であるらしい。つまるところ、自分達はログアウトして現実世界に戻ってきたのだ。そう理解したタイミングで、キリト/桐ヶ谷(きりがや)和人(かずと)は脳内の図書館へ飛び込み、記憶という名の本を取り出せる限り取り出して開く。

 

 確か、先程まで自分達はダークテリトリーの本拠地であるオブシディア城の舞踏場に居た。そこで暗黒術師ギルドのディー・アイ・エルと交戦して勝利し、彼女達を和平派へ呼び込む事に成功した。

 

 と思った矢先、大教皇がやってきて、こう告げた。

 

 「わたくしのマスターである暗黒神ベクタさまが降臨されました。(いくさ)の時です」と。その直後に、自分達の身体は突如として光に包み込まれ――そして今この時に至っている。あの突然発生した光は、ログアウトの際に起こるものであったようだ。

 

 そこまで思い出したところで、和人ははっと我に返る。あの時、大教皇は暗黒神ベクタが降臨したと言っていた。暗黒神ベクタはスーパーアカウントの一つであり、ラースの関係者くらいしか使えない代物だ。

 

 なので、降臨したとされる暗黒神ベクタはラースの職員の誰かという事になるが、いったい何故、あのタイミングでログインしたというのだろう。いったい何のために、あんな事を――。

 

 思考を巡らせようとしたその時だった。比較的遠くから音が聞こえた。《GGO》で散々聞いた、アサルトライフルが発砲した音と、射出された弾丸が硬い壁に突き刺さった時の音だった。徐々にこちらへと近付いてきている。

 

「銃声!?」

 

「くそっ、なんて事だ! 全員、僕についてきてくれ! 全力疾走だ!」

 

 そう言って菊岡は部屋の出口へと駆け出した。陸上自衛隊の偉い職に就いているらしい菊岡が、あそこまで焦っているという事は、異常事態がここを襲っているのは確かだ。このままここに留まれば、確実に命が危ない。

 

 察した和人は、

 

「皆、逃げるぞッ!」

 

 アンダーワールドやその他のVRMMOに潜っていた時のように号令して、走り出そうとした。しかし、それは迅速にはできなかった。

 

「あうッ」

 

 アスナ/明日奈(あすな)と直葉は即座に走り出せたのだが、詩乃がふらついたのだ。やはり愛する人であり、ずっと長い間共に過ごしているためか、和人は即座に反応でき、倒れそうになった詩乃を支えにかかれた。

 

「詩乃、大丈夫か!?」

 

「和人……」

 

 抱きかかえている詩乃の身体は小刻みに震えていた。恐らくも何も、聞こえてくる銃声のせいだろう。二度と聞きたくなかった現実世界での銃声がまた聞こえてきているのだ、恐ろしくて仕方がなくて当然だ。けれども、ここで震え上がって逃げずにいるという選択肢を取ってはならない。

 

「立てるか?」

 

 和人の問いかけに詩乃は(うなづ)いてくれた。

 

「大丈夫、走れるから……早く、逃げないと……」

 

 和人も頷き、詩乃の右手をしっかり握った。そのまま引っ張るようにして走り出すと、詩乃も立ち上がり、共に走り出した。コンクリートや石材、鉄材で作られたであろう部屋を出ると、すぐに菊岡と明日奈と直葉が見えた。

 

 三人とも立ち止まっている。こちらが逃げ遅れている事に気が付いて待ってくれていたようだ。幸いな事に、銃声は近付いてきていない。撃っている奴らもこちらへ向かうのに苦戦しているらしい。

 

「詩乃のん、大丈夫!?」

 

「詩乃さん、大丈夫だった!?」

 

 明日奈と直葉は詩乃の心配をしていた。詩乃の事情を知っているからこそであろう。和人に手を引かれながら走る詩乃は、二人に呼びかける。

 

「私は大丈夫よ。早く逃げましょう!」

 

 詩乃の無事を把握すると、明日奈と直葉は逃走を再開した。その先導をしていた菊岡に追い付いた和人は、走りながら問いかける。

 

「菊岡さん、ここはあれか? 機械仕掛けの大海亀(オオウミガメ)の腹の中か!?」

 

「機械仕掛けの大海亀? あぁそうだ、オーシャンタートルの中だよ。こんな状況なのに、そんな言い方ができるなんて流石の余裕だね、和人君!」

 

 菊岡は走りながら感心しているようだった。自分でもこんな状況下であんな言葉が出せた事に驚いている。これもアンダーワールドという本物の異世界で、常軌(じょうき)(いっ)した出来事や厄災に見舞われ、その都度乗り越えてきたおかげなのだろうか。いずれにしても自分の肝は自分で想像している以上に太くなっているらしい。

 

「それで、さっきまで居たところと、今向かっているところは!?」

 

「さっきまで居たのはメインコントロールルームに隣接する《第一STL(ソウル・トランスレーター)ルーム》だ。だけど、そのメインコントロールルームは《敵》の手に落ちた。今はサブコントロールルームに向かっているよ。そっちには《第二STLルーム》があって、同じ数の《STL》が置かれている」

 

「そこは安全なの?」

 

 明日奈の問いかけに、菊岡は頷く。上の階を目指して階段を駆け上がっているせいで、仕草がわかりずらい。本当はエレベーターを使う手筈なのだろうが、緊急事態故に使えないのだろう。

 

「既に比嘉(ひが)君、神代(こうじろ)博士、芹澤(せりざわ)博士が確保してくれている。こういう事もあろうかと、サブコントロールルームの在り処は館内マップには記載されてないし、入り口のドアも壁にしか見えないようになってるんだ。ドア自体も防爆仕様になっていてね、内部から招き入れてもらうか、大規模土木用杭打機(パイルバンカー)でも持ってこない限り開けられないよ」

 

 シェルターか何かかよ――そのツッコみを和人は呑み込んだ。日頃から胡散臭い男ではあるものの、今現在の菊岡が嘘を言っている気配はない。

 

 そもそも大海亀――オーシャンタートルは《《()り逃げ男》事件》という()()()()()()()()()()()大厄災以降に発足した、南雲(なぐも)という総理大臣を筆頭とする内閣と、その内閣が(ひき)いる自衛隊、国家研究機関によって建造されている洋上国家機密研究施設である。

 

 中心核(コア)となるコントロールルームやサブコントロールルームを守る扉や壁に、それくらいの強度があっても不思議ではない。そしてそういった話は、施工を命じた南雲総理大臣や内閣府の政治家、自衛隊の中でもかなり上の地位に居る者しか知りえないだろう。

 

 つまり、菊岡の言っている話は信じても良い。和人がそう思うと、菊岡は更に付け加えてきた。

 

「それに、サブコントロールルームに飛び込み次第、隔壁も下ろす。隔壁の強度もサブコントロールルームの壁と同じ防爆仕様だから、そんな簡単に破れないよ」

 

「用意周到だな」

 

「まぁ、作ってるモノが作ってるモノだからね……あっ、見えてきたぞ!」

 

 そう言って菊岡は出せる限りの速足で、目の前に確認できる部屋に駆け込んだ。ドア付近の壁に記されているであろう部屋の名前も確認せずに、和人も三人の少女達と共に飛び込む。間もなくして、ドアが閉じられた。しっかり鍵もかかったらしい。恐らく外では隔壁が次々と降り、ここへ至る道が塞がれていっているのだろう。

 

「……和人君!」

 

 上がった息を整えようとしていると、部屋の奥まったところから声がしてきた。振り返ってみたところで、和人は思わず目を見開く。

 

 そこには一人の男性と、二人の女性が居た。男性は随分とぼさぼさとした金髪で、眼鏡をかけていて、首元や襟元が伸びている服を着ている。そこまで酷くはないが、ちょっと不摂生気味のインドア派の男性と言えた。恐らく、この人が菊岡の話に出てきた比嘉であろう。

 

 だが、和人を驚かせたのはその人ではなく、二人の女性の方だった。片方は、やや緑がかった黒髪をショートヘアにしていて、右側をヘアピンで留めていて、頬元にリズベットと同じようなそばかすがあり、白衣の下に水色のシャツと青いジーンズを着用している女性。

 

 もう片方は、見慣れた長い黒髪、赤みがかった茶色の瞳で、白衣の下に黒いTシャツ、レディースの黒いズボンを着用した、服の上からでもわかるくらいに大きな胸をした女性。

 

 リラン/マーテルの育ての親である神代(こうじろ)凛子(りんこ)と、マーテル達の産みの親であり、自分と詩乃の恩師でもある芹澤(せりざわ)愛莉(あいり)だった。

 

「神代先生……愛莉先生」

 

 二人の名を呼びかけると、コンソールの前の椅子に座っていた愛莉が立ち上がった。こちらを見て、酷く驚いたような顔をしながら、向かって来る。

 

「詩乃……和人君……」

 

 彼女の行動と時を合わせて、詩乃が自ら和人の手を離し、愛莉に歩み寄る。

 

「愛莉……先生……!」

 

 詩乃がその名を呼んだ直後、愛莉は急に走ってきて、和人と詩乃をその白衣の胸の中に抱きすくめてきた。いつ以来なのかわからない、柔らかくて暖かい感触が上半身いっぱいに広がった。

 

「……良かった……本当に良かった……無事で……本当に……!」

 

「先生……会いたかった……ずっと……せん……せい……!!」

 

 愛莉は滅多に聞かせる事のない、今にも泣き出してしまいそうな震えた声を出していた。呼応したかのように、詩乃も泣き出しそうな声を出しながら、愛莉の身体にしがみ付いていた。

 

 決して口に出す事はなかったけれども、詩乃はアンダーワールドで何度も愛莉に会いたいと思っただろうし、助けてもらいたいとも思っていたはずだ。その恩師とこうしてまた会えたのだ、今の反応は当然のものであろう。

 

 そう思う傍らで、和人もまた愛莉の胸の中と、その声に安心感を覚えていた。詩乃と同じように言葉には出さなかったけれど、アンダーワールドに居た時には、「ここに愛莉が居てくれたならば」、「愛莉が教えてくれたなら」と思った事が何度もあった。自分もまた、詩乃と同じように愛莉を求めていたのだ――そう和人は自覚した。

 

 しばらくすると、愛莉は自分と詩乃を離した。表情は落ち着きを取り戻し――自分達に色々なアドバイスをしてくれている時の《イリス先生》の顔になっていた。

 

「さてさてさーて、和人君。随分と久しぶりの再会になったんじゃないかな」

 

「はい。愛莉先生の顔見るの、二年ぶりくらいに感じます」

 

「そうだろうね。まぁそれはさておき……もう知っているとは思うけれども、実にヤバい事態になっているよ」

 

 詩乃が壁と一体化したサブコントロールルームの出入り口の方を振り返る。

 

「実弾を撃ってくる奴らが襲ってきてましたよね。あいつらはいったい?」

 

「産業スパイよ。それも、戦闘訓練を受けた特殊部隊……」

 

 答えたのは神代博士の方だった。サブコントロールルームを照らす光を放つコンソールの、モニタを見ている。よく確認したところ、黒い服らしきものを纏い、物々しいアサルトライフルを携えた者達の姿を映しているウインドウがあった。どこかの監視カメラの映像を中継しているようだ。

 

 武装している者達の服装は《GGO》でよく見たような戦闘服だった。その形状やデザインは自衛隊の部隊のいずれとも異なっている。自衛隊――この国の人間達ではない事だけは確かにわかった。何なのだろう、この者達は。

 

「和人君、アンダーワールドでクィネラと一緒に居たよね。あの()から《A.L.I.C.E(アリス)》の話は聞いていないかい」

 

 愛莉からの問いかけに和人は首を横に振る。アリスという名前にならこれ以上ないくらいに強い心当たりがあるが、恐らくその娘の事ではないだろう。

 

「和人君、《A.L.I.C.E》っていうのはね――」

 

 説明して来ようとした菊岡を愛莉が掌を突き出して制止した。そのまま話を強引に引き継ぐ。

 

「簡単に言うと、このオーシャンタートル内のウルトラスパコンの力で作られたアンダーワールドという実験場内で極秘に開発されている超高度なボトムアップAI……次世代型の《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》だよ」

 

「《人工高適応型知的自立存在》ッスよ、愛莉先輩」

 

「《電脳生命体》って言った方がこの子達にわかってもらいやすいんだ」

 

 途中で比嘉がツッコみを入れたが、愛莉はいなした。確かに《電脳生命体》――リラン、ユピテル、クィネラ、ユイ、ストレア、ヴァン、プレミア、ティア、リエーブルといった愛莉の子供達に例えてくれた方がわかりやすかった。

 

「んで、この《A.L.I.C.E》っていうのは、これまで私が産んできた《電脳生命体》の更なる進化系に当たる子でね。今回私達を襲ってきている連中は、この子の奪取を目論んでやってきたという事で間違いないようだ」

 

「……一応聞いておきますけど、何のために。《A.L.I.C.E》はそもそも何のために生まれ、何に使われる存在なんですか」

 

 和人の問いかけに、愛莉は軽く下を向いた。あまり言いたくない話をする時の仕草だった。

 

「……自衛隊の最新鋭ロボット兵器に載せるためだよ」

 

「それって《A.L.I.C.E》だけじゃなく、アンダーワールドに生きてる人々全員じゃなかったんですか。全員が、その最新鋭ロボット兵器とやらに搭載されるものじゃないんですか」

 

「そうじゃないよ。アンダーワールドに生きる人々の中で、特別な事を成し遂げて成長、進化し、他とは比べ物にならないほど特別な存在となったそれが《A.L.I.C.E》なんだ。《A.L.I.C.E》は言わばすごい特別製って事。このすごい特別製《A.L.I.C.E》じゃないと駄目、最新鋭兵器には載せられないっていうのが政府からの要望なんだよ。そうですよね、菊岡さん」

 

 愛莉の質問に菊岡は頷く。

 

「そうだ。陸空海の全ての自衛隊で最新鋭自律型兵器を実装するから、ここでその兵器に載せるためのAIを育み、それらの中から《人工高適応型知的自立存在》、通称《A.L.I.C.E》を生み出してくれ。それが僕達自衛隊が、内閣総理大臣から直々に受けた命令だ」

 

 その言葉を聞いた時に気が付いたが、今の菊岡からはいつもの胡散臭さが消えている。ここに居るのは、あのグロかったりキショかったりする話をする胡散臭い男ではなく、内閣の(めい)を受けた自衛官、菊岡誠二郎だった。

 

 そんな彼らに課せられた命についての意見を、和人は口にする。

 

「なんでそこまでやるんだよ。こんな非人道的な実験をしてまで……」

 

「内閣――いや、政府は国を守ろうと必死なんだ。君は興味なかったかもしれないけれど、《《壊り逃げ男》事件》が勃発するまで、日本社会は悪政によって経済も治安も滅茶滅茶(めちゃめちゃ)になっていた。当時の内閣なんて、《SAO事件》が起きてもほとんど対応らしい対応はせず、それどころか「《SAO事件》の対策をするため」というのを口実に、不必要な税金を国民から巻き上げようとしていたくらいだった。そんな奴らが好き勝手やっていたせいで国はボロボロだった。

 だから、《《壊り逃げ男》事件》を切っ掛けにそいつらが駆逐された後に就任した南雲総理は、ボロボロにされた国を立て直すため、富国と護国を推し進めている」

 

 既視感があるどころではない構図だ。アドミニストレータとクィネラそのままではないか。

 

 アドミニストレータは人界の支配者として禁忌目録を作って人々の自由を奪い、自身の思うがままに引っ掻き回し、腐敗した上級貴族の悪行を野放しにし、人界そのものの文明発展を停滞させていた。一応、人界を守るための力となる兵器を開発していたが、それらは無辜(むこ)の民を素材にした(おぞ)ましいものであった。

 

 そんなアドミニストレータを自分達と力を合わせて討ち滅ぼし、人界の新たな支配者となったクィネラは、禁忌目録をある程度緩和して人々を自由にして、来るべき大戦のための戦う力、新たな兵器を広め、野放しにされていた悪しき者達を罰するようにした。その結果、少しずつではあるものの、人界は閉ざされていた発展の道へと進み始めている。まさに、今の話に出てきている富国と護国だ。

 

「そして今、芹澤博士が言った通り、オーシャンタートルを襲撃してきている産業スパイ……いや、テロリスト達は《A.L.I.C.E》を狙っている。メインコントロールルームだけじゃない。アンダーワールドにも既にログインしているようだ。もし、奴らの手に渡ってしまったならば、《A.L.I.C.E》がどんな兵器にされるかわかったものじゃない。秩序の欠片もない破壊兵器に成り下がる可能性だって大いにある……!」

 

 焦りを隠さずに話す菊岡から愛莉が引き継ぐ。

 

「元々そうした目的で実験していたものだったけど、あくまでコントロールされた状況での使用が前提だった。奪われた先で悪用されるような事になれば……もう、世界の戦争の形すら変わってしまうだろうね……」

 

「そこまでのものなんですか!?」

 

 驚く皆のうちの明日奈が言うと、愛莉は頷いた。

 

「《A.L.I.C.E》は言うなれば、《護国の鬼》だ。この国を侵す事、攻撃する事を絶対に許さないと言って外の国々を威圧し、この国を侵してきた連中が居た場合には徹底的に叩き潰す、国を守る鬼。それが政府が望んだ《A.L.I.C.E》だ。日本は《《壊り逃げ男》事件》で政権交代が起こるまで諸外国にものすごく舐められて、毎月のように喧嘩をふっかけられていたから、《護国の鬼》を作って、『自分達を舐めて怒らせれば鬼がそっちに行くぞ』って知らしめたくなったんだろうね」

 

 直後、愛莉は頭を掻いた。あからさまに面倒な出来事に出くわした時のような表情が顔に浮かび上がる。

 

「けれど、そんな《A.L.I.C.E》でも、あくまで自国を守るためのものであり、侵略兵器じゃあない。日本にとって、諸外国に強力な兵器を持って攻め込むメリットなんざどこにもないからね。だから、《A.L.I.C.E》は《護国の鬼》なんだ。

 だけど、その《A.L.I.C.E》は、諸外国にとっても魅力的だ。そりゃあそうさ、今のところ自律兵器に載せられるモノの中で最高峰のモノなんだからね。是非(ぜひ)とも手に入れたいと思うだろう。しかし、諸外国は残念ながら節度っていうものを守らない奴らの方が多い。いや、一概にはそうとは言えないかもだけれど、いずれにしても節度を守る人は少ない。そんな奴らの手に《A.L.I.C.E》が渡ったんなら、もう何が起きるかなんて言わなくてもわかるだろう?」

 

 菊岡の言ったように、秩序のない破壊兵器に節度や程度を守らずに入れ込み、あちこちに拡散させていくだろう。《A.L.I.C.E》は《護国の鬼》ではなく、《破壊と滅亡の申し子》になり、あちこちを蹂躙(じゅうりん)する。

 

 やがて世界は節度を(わきま)えない者達によって無限に増殖し続ける《A.L.I.C.E》の力で混沌に呑み込まれる。その混沌の凄惨さと、そこから生み出される悲劇は、かつての世界大戦を遥かに超えるだろう。まさにアポカリプスの到来だ。

 

 他のイメージも想像してみようとしたが、駄目だった。いずれにしても想像したくない未来の光景しか思い付いてこない。

 

 そしてその元凶となる《A.L.I.C.E》は――きっと、アリス・ツーベルクであろう。アリスは《A.L.I.C.E》と同じ読み方をする名前をしているだけに留まらず、支配者アドミニストレータの支配を右目を犠牲にしながら打ち破って反逆し、倒すまでに至った。

 

 これだけでも十分すぎるほどに例を見ない特別な事を成し遂げているが、彼女はその後は《EGO化身態》になったものの、鎮圧されて《EGO》を手に入れ、ついにはアドミニストレータに奪われていた記憶を取り戻し、アリス・ツーベルクとアリス・シンセシス・サーティの融合体ともいうべき存在となった。ここまでの事を成し遂げた彼女が《A.L.I.C.E》でないならば、いったい何が《A.L.I.C.E》だというのか。

 

 そんな彼女が今しがたオーシャンタートルを襲っている連中に奪われ、連れ去られた後に何が起こるか。彼女はその国の開発施設か何かで凶悪な殺戮兵器に改造され、世界を混沌へ陥れるのだろう。あの清らかな心を持った彼女が世界全体の大厄災となる未来など、到底許せるものではない。

 

 思い直した和人は愛莉に問うた。

 

「愛莉先生、俺達を今すぐにアンダーワールドにログインさせてくれ!」

 

 愛莉はふっと笑った。

 

「そう言ってくれると思ってたよ。だけど、今のところアンダーワールドも随分カオスな事になっているのは確かだ。テロリストの奴らの一人が、暗黒神ベクタのアカウントを使ってログインしてる。ダークテリトリーの支配神となって降臨しちゃったようなんだ」

 

 和人が「なんだって!?」と言おうとしたその時、続けたのは比嘉だった。

 

「アンダーワールドで《神》として扱われるスーパーアカウントは全部、愛莉先輩の進言で、専用の《鍵》がないと使えないようになってるんス。けど、あいつらは何をどうやったのか、暗黒神ベクタのアカウントを使うための《鍵》を手に入れてしまったみたいなんス」

 

「鍵って……パスワードとかパスコードとか、そういうのですか」

 

 直葉の問いかけを受けた比嘉は困ったような顔をする。

 

「そうとも言えるし、そうとも言えないというか……」

 

「とにかく、奴らのうちの一人がその《鍵》を手に入れて、暗黒神ベクタになった。そいつはその力を持って、《A.L.I.C.E》を(さら)いに行くつもりでいる。確実にだ」

 

 愛莉はそう言った後に、和人達の方へ振り向いた。その表情は――大切な頼み事をする時の顔だった。

 

「和人君、詩乃、明日奈、直葉。六本木にいる里香(りか)珪子(けいこ)にも同じ事を言うけど、君達にお願いがある。アンダーワールドにダイブしたら、《A.L.I.C.E》を見つけ出して保護してもらいたいんだ。もし、連中が《A.L.I.C.E》を連れ去ろうとしていたなら、その時は全力で連中に追い付いて叩きのめし、奪い返してくれ」

 

 愛莉の瞳に、優しくも力強く、鋭い光が宿る。

 

「……それができるほどの力が、あなた達にはあるはずよ。もしかしなくても、無茶な頼みをしているかもしれないけれども……どうか、お願い」

 

 その依頼に対する答えは何か。和人ははっきりした声で伝えた。

 

「任せてください。皆、行こう!」

 

 三人が頷くところを見た和人は、一目散にある方向へ走り出した。そこにあったのは、先程居た部屋にもあった大掛かりなフルダイブマシン。《STL》だった。アンダーワールドと現実世界を結ぶマシンを動かそうとしたその時――。

 

「和人君!」

 

 声をかけてきた人物が居た。明日奈、直葉をここまで連れてきたとされる神代凛子博士だった。彼女は少し不安そうな顔をして、《STL》に横たわる和人と目を合わせてきていた。

 

「和人君……その、こんな時に話す事じゃないかもしれないけれど……」

 

 凛子が何を言おうとしているのか、何に不安になっているのか、和人はすぐに掴んだ。それに対する答えを口にする。

 

「リラン……マーテルの事ですよね」

 

「……ええ。あの娘もアンダーワールドに居るのよね。その、あの娘は今……」

 

 和人は頭の中にリランを思い浮かべた。明日奈/アスナがアンダーワールドへ、自分達の元へやってきた時、凛子も共にオーシャンタートルに居るという話を聞いた後、リランは目を輝かせていた。離れ離れになっていた育ての母と会えるのだと、その時が近付いているのだと。そう思っていたに違いない。

 

 そして、この人もまた同じ事を思い、娘との再会の時を待ち望んでいるはずだ。

 

「神代……いえ、凛子先生。ちょっとだけ待っててもらえますか。これからマーテルと一緒に悪い奴らを叩きのめしてきます。あいつ、そういうのが得意で、好きみたいなんです」

 

「……!」

 

「そうしたら一緒にログアウトして、凛子先生のところに連れてきます。俺もあいつを、凛子先生に会わせてやりたいって思ってたところなんです」

 

 凛子は目を丸くした。しかし、すぐさま顔を柔らかい表情へ変えていく。

 

「期待して待っていていい。……そうね?」

 

「はい。できる限り早く連れてこられるようにします!」

 

「……お願いね、和人君――マーテルの相棒さん」

 

 凛子の願いを聞き届けた和人は深く頷き、コンソールの操作に取り掛かった比嘉と愛莉に声をかけた。

 

「比嘉さん、愛莉先生、お願いします!」

 

 

 

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