キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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03:大戦の幕開け

          □□□

 

 キリト達がセントラル・カセドラルのコンソールに再ログインを果たした時、カセドラルの内部は既にもぬけの殻になっていた。クィネラもカーディナルもそこにおらず、ベルクーリ達整合騎士の姿もない。出払ってしまっているのは明らかだった。

 

 リランとユピテルはアンダーワールドに残っていたのではないかと思っていたが、キリトとアスナのログアウトに合わせ、アンダーワールドからは脱した状態になっていたのだと本人達から聞いた。

 

 カセドラル最上階から降りていくと、神聖術師の複数人を見つけた。話を(うかが)ってみたところ、編成された人界軍は《東の大門》に向かっており、軍機能は全て《前線拠点》に移されているのだという。

 

 把握したキリト達はリランとユピテルの背に乗り、《東の大門》へ直行。軍師であるカーディナルと、総司令であるクィネラを探す事にした。央都セントリアを離れ、ダークテリトリーとの境である《東の大門》に近付いていくごとに、酷く物々しい雰囲気が感じられるようになってきた。

 

 そして問題の《東の大門》に到着した時、そこは防衛要塞のような姿へ変貌(へんぼう)していた。恐らくクィネラが自身のみが使用を許可されている神聖術によって作り上げたのだろう。その近くにリランに降りてもらい、付近に居た衛兵に話を聞いたところ、クィネラとカーディナルの待つ一室へ案内してもらえた。

 

 頑丈そうな鉄と石で作られた要塞の中を奥へ、上へ進んでいった先にある一室に、二人は居た。

 

「クィネラ、カーディナル!」

 

 キリトが呼びかけると、二人ははっとしたように顔を上げてきた。どちらも憔悴と疲労の色が見える表情をしている。

 

「キリトにいさま……それにシノンねえさま方も……」

 

「無事じゃったか!」

 

「突然居なくなってしまってすまなかった」

 

「私達、ラースの職員に現実世界側から強制ログアウトされて……!」

 

 キリトがひとまず謝罪し、アスナが状況を説明すると、クィネラが「やはりそうでしたか……」と言った。現実世界から派遣されている彼女からすれば、自分達に起きた出来事が何なのかは簡単に把握できるのだろう。

 

「それよりも現在の状況はどうなっている。アリスにユージオ、ドロシーとダハーカは?」

 

「待って、ルコは? ルコはどこに行ったの?」

 

 リランとシノンが尋ねようとすると、カーディナルが制止した。

 

「落ち着け。ルコならば無事で、この下の階におる。じゃが、最早お主たちが消えてから何日経過したと思っている。まずは、そちらに何が起きたのかを教えてくれ」

 

 キリトは(うなづ)き、皆と共に事情を掻い摘んで説明した。

 

 高度なボトムアップ型AIを作り出し、《護国の鬼》の異名を冠する兵器として軍事転用する事を目的とした計画――プロジェクト・アリシゼーション。それがどこかの産業スパイに情報が漏れてしまい、この世界を管理しているラースの施設であるオーシャンタートルそのものが攻撃を受けた。

 

 襲撃者はラースの人間がアンダーワールドにログインするために作っていたアカウントの《鍵》を何らかの方法で外し、それを使って既に侵入、行動を開始している。しかもそのアカウントが暗黒界を支配する、暗黒神ベクタのアカウントであるというのだから、運命は皮肉なものだ。

 

 敵性勢力の付け狙う、優れた人工高適応型知的自律存在――愛莉(あいり)の言うところの更なる《上位型(じょういがた)電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》とは、自分達の友人の一人であるアリス・ツーベルクの事。自分達は絶対にアリスを魔の手から守らなければならない。

 

 それらの話が終わると、クィネラとカーディナルは俯いた。そのうちの一人であるクィネラが先に口を開く。

 

「かあさまがお話になられていた《A.L.I.C.E.(アリス)》……それがまさか、アリス様であられただなんて……」

 

「そうか……この不毛な戦……最終負荷実験は現実世界側が仕向けたものではなく、最初から起きるようにできておった仕組みじゃったのじゃな……厄災の種は放られたまま……そしてアリスも救い、やってきた敵を排除せねばこの世界もどうなるかわかったものではないと……」

 

 カーディナルも肩を落としていた。元々人界と暗黒界の戦争を避けようと一番力を注いでたのはカーディナルだった。しかしその努力は実る事なく、こうして人界と暗黒界の戦争は始まってしまった。落胆するなと言う方が無理があるだろう。

 

 そのカーディナルを一瞥(いちべつ)すると、クィネラが顔を上げた。できる限り落胆や悲観を見せないように取り(つくろ)い、勇気を出そうとしているような表情がそこにあった。

 

「……こちらの状況を説明いたします。良い話題は何一つとしてない事を申し訳なく思いますが、どうかお聞きください」

 

 そう言ってクィネラは暗黒界に起きた事象を話してくれた。まず、自分達がラースの職員達の手で強制ログアウトさせられた後、暗黒界側は今までの和平交渉がなかったかのような、粗暴な行為を見せ付けてきた。

 

 暗黒界側の和平筆頭であったシャスターとリピアとすら会話が全く成り立たず、問答無用で攻撃を受けたのだという。それらを見た者の話を聞いたところ、目は鮮血で染まったように一様に赤くなっており、誰もが言葉を受け入れない、悪感情に支配されていたようになっていたのだという。まるで洗脳されたようだったそうだ。

 

「シャスターが粗暴になって人界側を攻撃してきただと? そんな馬鹿な。あいつは和平の進行と、戦争回避が近付いている事を誰よりも喜んでおったぞ」

 

 話の途中でリランが割り込んで質問をする。内容はキリトも思った事だ。実際に彼と色々と話し合って、考えている事や、思想を聞いたからこそわかる。シャスターが和平使節団の者達に攻撃を仕掛ける事など有り得ない事だ。

 

 クィネラは続ける。

 

「たった今申し上げました、洗脳されたような様子だったという話ですが、実際そうであるとしか考えられません。キリトにいさま達のご報告では、和平は実現間近でした。それが暗黒神ベクタの降臨によって全てが無に帰してしまった……(あたか)も、和平の話し合いなんて最初からなかったかのように……これは、暗黒神ベクタが原因であるとしか考える事ができません。シャスター様達は暗黒神ベクタに洗脳されてしまっているのです」

 

「苦渋の決断を迫られ、ベルクーリの指示で、人界和平使節団は敵地に留まらず人界へ引き返した。英断じゃったと思うぞ……死者が出ておらぬからな」

 

 クィネラとカーディナルから確認した事項を、キリトは一つずつ頭の中に収めた。

 

 シャスター達は暗黒神ベクタの降臨と時を合わせて凶暴化した。これについては最悪な事に、シャスターから事前に聞いていた話の通りだ。暗黒神ベクタは本当に暗黒界に生きる者達の思考を掴み、ほとんど意のままに操る事ができるのだ。それによりシャスター達は暴走させられた。

 

 そして暗黒神ベクタに洗脳された者達の攻撃から、ベルクーリ達は逃げ延びた。死亡者はなしなのは僥倖(ぎょうこう)と言えるだろう。ベルクーリは同志であったシャスターからの攻撃を受けて混乱していたはず。その中でも適切な判断を下して撤退してくれたのだ。そこには深い感謝の念を抱いた。

 

 シャスターを攻撃に走らせるベクタの能力――そこまで考えたところで、思い出された事項があった。暗黒界には古代から、ベクタの能力による洗脳を受け付けない者達が居た。それに該当する人物を思い浮かべ、キリトは尋ねる。

 

「ダハーカとドロシーはどうなった。彼女達《アメンク》にはベクタの洗脳が効かないって話を聞いてたぞ」

 

「ダハーカとドロシーの二人は、人界の者達を逃がすために、暗黒界の追っ手を引き受けたまま行方知れず……だそうじゃ。サライとカイナン……だったかは、情報が入っておらん」

 

 それは最悪の情報だった。四人とも行方不明になってしまっている。ドロシー、ダハーカ、サライ、カイナンの四人は全員が和平派であり、うちドロシーとダハーカは暗黒界人達から忌々しい者として扱われていた《アメンク》。そうは思いたくないというのに、無事である可能性はかなり低いと思うしかない。

 

 (うつむ)くキリトにカーディナルが声をかけてくる。

 

「放心しておるのか、キリト。そんな様子ではこれから起きる出来事には耐えられんぞ。今からでも引き返せばよい。現実世界に逃げればいいのじゃ」

 

 カーディナルは吐き捨てるように言っていた。その言葉を聞き逃す事はできず、キリトはかっと顔を上げた。反論しようとしたところ、先にクィネラが声を発した。

 

「カーディナル様……その言い方はあんまりです……! キリトにいさま達は現実世界でテロリスト達の襲撃を受けている中だというのに、わたくし達を、アンダーワールドを想って来てくださったのですよ」

 

 クィネラが声を荒げないように怒ると、カーディナルは小さく喉を鳴らした。

 

「……すまぬ、言い過ぎてしまった。わしはこの事態を受け止め切れておらぬのかもしれん」

 

「カーディナル……その……」

 

 カーディナルはキリトの顔を見つめた。申し訳なさそうな、悲しそうな表情がそこに浮かんでいる。

 

「アドミニストレータの支配と、あいつが起こした大厄災……そんなものを経験して乗り越えてきたというのに、どうやらわしは、この戦争の方がもっと大きな厄災であると思っておるようじゃ。お主達は決して悪くはない。責めるような言い方をしてしまって悪かったな。現実世界は、我々の創造神は、何故こんな悲劇をもたらすのか……そう思ってしまったのじゃ」

 

 ここで起きている惨劇の全ては、現実世界側の人間達によるものだ。《護国の鬼》という存在と兵器を作るために、身勝手にこの世界を作っておいて、更にこの世界の人々が最大限に苦しんでしまう《最終負荷実験》という大厄災を、必ず発動するように仕組んだ。

 

 何もかもが現実世界人のせいだ。罪悪感で何も言えないキリトを見つめた後に、カーディナルは周りの皆に声をかける。

 

「……そんな事を言っている場合ではないな。皆、和平交渉は決裂した。暗黒神ベクタが降臨した事により、暗黒界は完全に戦闘態勢に入った。《東の大門》は崩れる。戦争が起きるぞ。

 沢山の命が消えるじゃろう。戦う力を持たぬ者は、為す術もなく果てる。生命など、最初からなかったかのように、皆死に絶える……実に最悪じゃ」

 

 これから起きる事の想像をやめたいが、果たしてキリトの脳内は高速で回転し、イメージを作り上げていた。

 

 ベクタに思考を握り締められて、意に反している事すら忘れさせられて、攻撃に転じる和平派。

 

 この時を待っていたと言わんばかりに禍々しい顔をして殺戮に走る戦争推進派。そして蹂躙される力なき民達。これら全てが、確実に今から数日以内に訪れる惨劇だ。

 

「キリト、おぬしはどこにつく? 友の居る人界か? それとも新たに救いたい命と出会った暗黒界か? それともやはり、現実世界か……? 最早この世界を消してしまう方が、新たな悲しみは生まれんじゃろう。だが、止める事は出来ぬというのなら、決めておけ。どこへ行こうと、わしらは止めぬ」

 

 その問いかけに受けたそこで、フル回転する頭は止まった。投げかけられた問いに対する答えが導き出される。そもそも、こんな質問に対する答えなど、キリトはとっくに決めていた。

 

「……俺が味方したいのは一つだけ。アンダーワールドそのものだよ。《どこ》じゃない、全部だ。何かもだ。全部救いたい。何もかもを救いたい。その中にはカーディナルも、クィネラも入ってる。まだ機会はあるはずだ。だって、和平はもうすぐだったんだ。今からでも、まだ間に合うかもしれない。人界もダークテリトリーも、救える方法がきっとあるはずだ」

 

 思っていた事、言いたかった事を、キリトは全てカーディナルに伝えた。自分達が求めるものは何か。それは一つだけではないと。キリトの言葉を聞いたカーディナルは一瞬目を丸くしたが、すぐに俯き――そして顔を上げた。眉が八の字になっているが、笑んでいた。

 

「でかい口を叩きおってからに。しかもお主、本当に有言実行するから困ったものじゃ。そのせいで、お主の事を信じたいと思ってしまうんじゃからな……」

 

 カーディナルはそのまま目をキリトに向けてきた。

 

「キリト、戦いに行け。お主達が今やりたい事を、やりたいようにやるのじゃ」

 

 

 

           □□□

 

 

 酷い空気――まだ幼い少女と大人達に言われがちなサライさえも、そう思っていた。お城と煙をもくもくと噴き出している沢山の工場が印象的なオブシディアの街のあちこちから、声が聞こえてくる。それは男の人、女の人の、楽しそうな声だった。

 

 でも、いつも聞こえてくるようなものじゃなく、聞いていると怖くてたまらなくなるような声だった。それはきっと大教皇様と、急に出てきた暗黒神ベクタ様が大きな声で言ったからだろう。

 

「戦の時は来た。人界へ攻め込め。そしてアリスを見つけ出して捕まえろ」

 

 ベクタ様がどうやって出しているのかわからないような、どこに居ても聞こえてくるような声で言ったところ、大人達の様子は豹変(ひょうへん)した。仲良くしていた人界の人達に、突然攻撃を加えるようになったのだ。目を、血のような恐ろしい赤い色に光らせて。

 

 恐ろしくなったサライはカイナンに連れられて、お城の一角まで逃げてきた。けれども、お城の中からも声が聞こえてくる。「戦だ、戦だ」「攻め込め、攻め込め」「殺せ、殺せ」。大人達の興奮した声と足音が絶え間なく、サライの耳に飛び込んできていた。

 

「カイナン……大人の人達……どうしちゃったの。みんな、ちょっと前まで仲良くしてたのに……みんな、おかしくなっちゃった……」

 

 カイナンが上を少し見る。とても不安そうにしているのがサライでもわかった。

 

「確かに、戦争推進派の方々が戦争開始の宣言を受けたらあんなふうになってしまうかもしれないというのは、まあ予想できた事ではありますが……あそこまで凶暴になってしまったのには疑問が残ります」

 

 カイナンはサライと顔を合わせる。

 

「でもね、サライさん。戦争っていうのはそういうものなんですよ。良き隣人が、突然、悪魔へと変貌を遂げてしまう。キリトさん達はワタシ達を裏切ったんです。突然居なくなったんです。そして、和平派である我々も裏切った」

 

 いつも、カイナンの顔は面白い顔だった。けれども、今の彼の顔に浮かぶ表情は、悲しさと悔しさが滲んでいた。

 

「……ワタシ達はベクタ様に歯向かう事はできない。もう、おしまいなんですよ……最早、何も信じるべきではありません、サライさん……」

 

 カイナンは色々な物事を諦めているような顔をしていた。けれども、サライは同じような事を思えなかった。キリト達が裏切ったなんて話はない。

 

 キリトもドロシーもダハーカも、きっと頑張ってくれている。大人達の事も、きっと何とかしてくれる。

 

 サライは一途(いちず)にそう信じて、空を見上げた。空の色が、いつもより怖い色になっている気がした。

 

 

           □□□

 

 

 魂となったアリシアと離れ離れになってしまった時から、ガブリエル・ミラーの旅は始まった。

 

 アリシアが肉体的に死亡し、魂が行方不明になった後、ガブリエルはスクールの勉強に熱心に取り組み、身体を鍛えた。身体はガブリエルの意志に従うかのように強くなっていき、十九歳の時には立派な兵士のそれとなっていた。

 

 そしてガブリエルは父親の経営する《グロージェン・セキュリティーズ》が形を変えた《グロージェン・ディフェンス・システムズ》に入隊し、兵士として戦った。あちこちの戦地に(おもむ)き、銃を、ナイフを持って戦った。それらを(もち)いて、数え切れないほどの敵を殺した。

 

 銃で撃ち抜き、接近した相手にナイフを突き立ててその命を奪うと、アリシアを殺害した時と同じ現象が起きた。

 

 白い光の珠がゆらゆらと相手から出てきて、ガブリエルの(ひたい)に吸い込まれていったのだ。哀れな獲物となった見ず知らずの相手である敵兵の魂が吸い込まれてくる時、ガブリエルは問うていた。

 

 アリシアはどこに居る。アリシアをさらった奴が居るなら、そいつは誰だ――。

 

 尋問、いや、拷問をするようにガブリエルは問いかけた。しかし額に吸い込まれてきた魂は何も答えず、溶けるように消えていった。別の敵兵を殺しても同じだ。どんなに問いを投げかけても、アリシアの居場所を教えてくれない。ただ、溶けていってしまう。どいつもこいつも黙りこくってばかりだった。

 

 欲する回答、アリシアの居場所を(つか)めないガブリエルは苛立(いらだ)ちを募らせながらも冷静を保ち、とにかく敵兵を殺していった。地球上のあちこちに行って、制圧して、敵兵を皆殺しにした。何なら逃げ惑う民間人も殺して、その魂に問いかけたいところだったが、それをやれば戦犯者となってしまうので、できなかった。

 

 いつになったらアリシアの居場所がわかるんだ。私はいつになったら愛する人と再会して、一つになれると言うんだ――そう思った頃には、ガブリエルは周囲から、アメリカ合衆国そのものから伝説的に優秀な兵士とされるようになり、《グロージェン・ディフェンス・システムズ》の最高作戦責任者へと上り詰めていた。

 

 しかし、《伝説の兵士》と呼ばれるようになっても、会社の最高作戦責任者になっても、肝心なアリシアとの再会という願いは一向に果たされなかった。どんなに時間をかけたとしても彼女と再会するという決意は揺るがなかったが、それでも「これでは(らち)が明かない」という気持ちがガブリエルに生じた。

 

 そんなフラストレーションを抱えながら任務に赴き、もう何百人目の相手かわからない敵兵を殺して、何も喋る事のないであろう魂が額に入ってきた時、ガブリエルは気が付いた事があった。

 

 《旅》を始めた当初と比べて、自分は強くなっている気がする。訓練も実戦もこれでもかというくらいにやっているから、肉体的にも精神的にも成長しているのは事実だが、そこではない。

 

 自分自身が――自分の魂そのものが強くなって、その存在感を増している。殺した相手の魂が額に吸い込まれてきて、問いを投げかけた後に消えるタイミングで、成長が起きている。そんな気がしてならなくなっていた。

 

 確証を得るために、ガブリエルは更に敵兵を殺して、魂を吸い込み、いつも通りアリシアの居場所を尋問して、何も吐かずに消えるその時に意識を集中させた。結果は思ったとおりだった。吸い込まれてきた魂が消えるタイミングで、自分の魂は強さと存在感を増していた。

 

 アリシアを求める旅をするうちに、自分は殺した相手の魂を捕喰するようになっていたらしい。そして魂を捕喰すればするほど、自分の魂は強さと存在感を増していく。全ての動植物が何かを食らって栄養を摂取し、成長していくように。溶けるように消えていた魂は、ただ溶けるのではなく、自分の魂に溶けていっていたのだ。

 

 では、アリシアもそうなってしまったのではないかとも思ったが、すぐに違うとわかった。もし仮に自分がアリシアの魂を食っていたのであれば、それは捕喰ではなく同化となり、アリシアをこれ以上ないくらいに近くに感じ、アリシアの抱擁と温もりに包まれている、あの時の感覚が常に起きているはずだ。アリシアと共にあるという幸福感に包まれていなければならないはずだ。

 

 しかしあの時以来、アリシアを感じた事はない。そもそも、あの時自分の中に入ってきたアリシアの魂は、突然すり抜けるようにして消えていっていた。敵兵連中のように溶けてはいなかった。だから、アリシアの魂を喰ったという事だけはない。

 

 そこでガブリエルの中に、一つの考えが浮かんだ。そうだ、魂を強くしよう。他の奴らの魂を喰って、喰って、自分の魂を強くして、存在感をこれ以上ないくらいに大きくする事ができれば、やがて、この世界のどこかを彷徨(さまよ)っているアリシアの魂も自分を見つけるはず。

 

 私という愛する人を、帰るべき場所を見つけて、帰ってきてくれる。荒れ狂う暗黒の海の上で、光を放つ灯台を見つけるかのように――。

 

 その時に、ガブリエルにもう一つの決意が宿った。アリシアを探す旅は続ける。その中で、敵対する奴らを、その中でも特別感のある者の魂を進んで喰らい、自分の魂を強くして、存在感を大きくさせる。世界を彷徨うアリシアが、自分の場所を見つけられるように。

 

 どこに居るんだい、アリー。

 

 僕は、ここに居るよ――。

 

 ガブリエルは獲物の魂を喰らう時、世界へ向けてそう思うようになったのだった。

 

 

 

           □□□

 

 

「マスター? マスター」

 

「おい、兄弟(ブロ)。兄弟よ。おい、本気で寝ちまったのか。それも立ったままでよ」

 

 交互に飛んでくる少女の声と男の声で、ガブリエル・ミラーは我に返った。別に眠っていたわけではなく、物思いに(ふけ)っていただけだ。だが、立ったまま寝ているように見えもしただろう。ガブリエルは《使い魔》と、同僚に目線を向けぬまま応答する。

 

「寝てはいない。ただ目を閉じていただけだ」

 

 《使い魔》はガブリエルの目の前に躍り出てきた。かつては漆黒の鋼と人工筋肉で身体を構成し、腕や肩、口内に重火器を搭載していた、廃墟を更地に変えるような大破壊を好んでいた巨大な黒龍型《ビークルオートマタ》。

 

 ガブリエルが《ジブリル》という名を与えたそれは今、ゴシック・アンド・ロリータ衣装に身を包んで、両頭側面から流線型の黒いドラゴンの角を生やした長い黒髪の可憐な少女の姿をして、安心したような仕草を見せる。

 

「良かったです。マスターほどのお人ならば、立ったまま仮眠をとる事も不可能ではないと思っておりましたので、そのモードに入ってしまわれたのではないかと」

 

「立ったまま寝る……か。確かに、できるようになれば便利そうではあるな」

 

 その技術について考えようとしたところで、小さな声が聞こえてくる。

 

「立ったまま、寝たら……転んじゃって、危ないって……アガレス、思います……」

 

 ガブリエルは軽く首を(かし)げた後に、声の発生源に向き直った。赤紫の鎧に身を包んだヴァサゴの足に(すが)り付いて、その影に隠れるようにしている少女を見つけた。

 

 黒紫色の髪をショートヘアにしているが、前髪が長くて目元が見えない、如何にもファンタジーチックなデザインの黒装束を着た、ジブリルくらいに小さな背丈の少女。よく見るとその右側頭部から天を指しているかのような形状をしている紫色の角が生えているのが認められた。

 

 まるで小動物か何かのように小刻みに震えて、ヴァサゴにしがみついている。客観的な評価を下すのであれば――可憐と言えるだろう。

 

 自分達がジブリルとの再会を果たした辺りからずっと居るが、そう言えば詳細をまだ聞けていない。この娘は誰だ?

 

「アガレス?」

 

 少女の口にした名前と思わしき単語を言うと、ヴァサゴが少女の頭を撫でた。乱暴にするかと思いきや、意外に優しい手つきで撫でている。……いや、客観的に見れば乱暴な手つきだった。

 

「あぁ。《あいつ》に対抗するためにって、BOSSがオレにくれた《使い魔》だ。アガレスっていうんだぜ」

 

 ヴァサゴの《使い魔》だという少女は乱暴に撫でられながら、やはり震えていた。どうにも臆病であるらしい。そんな少女を見ていて、ガブリエルが引っかかりを覚えたのはその名前だった。

 

 アガレス。何度頭の中で反芻(はんすう)してもテオドールだとかブライアンだとか、クリストファーなどといったそれと同じ男の名前だとしか思えない。あの少女に与えられた名前としては不適格に感じる。

 

 そんな違和感だらけの名前のアガレスに、ジブリルが微笑みかける。

 

「アガレスさま、そんな事はありませんよ。マスターならば立ったままバランスを保持して眠り続ける事ができます」

 

 アガレスは「そう、なんですか……?」と小さな声で疑問を口にした。自分には立ったまま寝れるなんていうスキルはないが、いつの間にかそんな事ができるという前提で話が進んでしまっている。その前提を作ってしまっている《使い魔》に、ガブリエルは言う。

 

「ジブリル、私は立ったまま寝る技術など持たない。だが、お前は私の事を高く評価しているのだな」

 

「当然ですよ。マスターほどの素晴らしいお人はいらっしゃいませんので」

 

 ジブリルは弾けるような笑顔で言っていた。これがあの《鋼黒龍ジブリル》の中身だというのが何とも信じがたい。普段は恐怖や畏怖の象徴たる黒いドラゴンの姿だが、その中身は世間一般的に可憐だと言われる少女。

 

 日本などでは、こういうギャップがたまらなく良いと言って興奮する者も多いらしいが、ガブリエルからすれば理解が難しかった。

 

「立ったまま寝ちまう事ができようができまいが、しっかりしてもらわなきゃ困るぜ、兄弟」

 

 ガブリエルはヴァサゴの方を見た。ヴァサゴは続ける。

 

「オレは兄弟みたいに、このアカウントらしいロールプレイ……振る舞いや演説はできないからな。兄弟が使った暗黒術? で配下の奴らのほとんどが洗脳状態にある。って言ってもよ、指示求められる度にヒヤッとしちまうよ」

 

 ガブリエルは自身の身体を見た。

 

 黒いスエード調のシャツとズボンの上に、漆黒の豪奢な毛皮のガウンを伴った漆黒の鎧を纏っている。額には黒い金属に深紅の宝石を嵌め込んだ(サークレット)が装着され、腰にはつい先程胸から出てきた細身の魔剣がぶら下がり、脚は鎧を伴うブーツで、腕と手はガントレットで武装されている。そして背中には漆黒に染められたマント。

 

 さながらも何も、ファンタジー系の作品に出てくる魔王の容姿だ。その正体は《暗黒神ベクタ》。この暗黒界の頂点に君臨する皇帝であり、暗黒界の全てを掌握する支配神だという。

 

 だが、それはあくまでアンダーワールドにおける設定であり、実際のところは今現在ガブリエル達が襲撃している研究施設の職員達がアンダーワールドに降り立って調整を行うために使うスーパーアカウントだ。

 

 このスーパーアカウントには強固なセキュリティが施されていて、使用可能にできなかった。クラッキングもハッキングも大得意のクリッターがチャレンジャーの顔をして挑みかかったが、健闘虚しく敗北。結局ロックは外せなかった。

 

 しかし、そのロックを外す方法を教えてくれたのが、ダイブした先の世界――アンダーワールドに居たジブリルだった。彼女の言う通りに、自分の胸から出てきた魔剣を掲げ、《システムログイン》と唱えたところ、暗黒神ベクタのロックは外れ、その全てがガブリエルのものとなった。

 

 暗黒神ベクタとなったガブリエルに、ジブリルは使い方の説明をしてくれた。その中に出てきた、思考掌握と洗脳能力というものを使ってみたところ、暗黒界の者達はガブリエルとジブリルの忠実な駒となった。誰もが疑いもせずにこちらに従っている。

 

 恐らく、こちらが現実世界からの襲撃者であると気付く者は、こちらが公言しない限りは現れないだろう。

 

「お前らしくもない。もっと楽しめばいい」

 

 ガブリエルが言うと、ヴァサゴは笑った。

 

「まぁ、そうだな。ターゲットが転がり込んでくるまで、せいぜい楽しむか。どれだけ殺そうが、犯そうが、仮想空間の中じゃ誰もオレらを裁けねえ。これも全部BOSSが舞台を用意してくれたおかげだ」

 

 直後、ヴァサゴの目元が一気に鋭くなる。興奮と高揚が抑えきれないようだ。その気持ちはわからないでもない。

 

「久しぶりだぜ、この感じ……いや、あの時以上かもしれねえ。レッドプレイヤーにすらならないんだからなぁ。どいつもこいつも殺せ、殺せ! ってな! はははッ!」

 

「あぁ、そうだなヴァサゴ。思う存分殺し合ってもらうとしよう。いずれ待望の娘は、この暗黒神ベクタの献上品としてやってくる」

 

 ヴァサゴが笑いながらアガレスの頭を撫でている光景を見ながら、ガブリエルは思考を回した。

 

 目的の娘の名はアリス。アリシアと酷似したその名を聞いた時に、運命的なものを感じた。そして、そんな彼女の居るこの世界に降り立ってから、アリシアに近付いているという感覚が一気に強くなった。それらを統合したところ、一つの推測が生み出された。

 

 アリスはアリシアが形を変えた存在なのではないだろうか。これまでどんなに現実世界を旅しても見つけられなかったのは、アリシアがアリスという形となって、ここに居たからではないか。

 

 この推測が合っているかどうかが知りたくてたまらない。もし、合っていなかったのだとしても、人類史上初となる真性人工知能アリスほどの娘ならば、アリシアを自分へ導くための最高の生贄となるだろう。

 

「さぁ、闇の国の将兵達よ! 貴様らが望んだ刻の到来だ。命ある物は全て殺せ! 余さず奪え! そして余に献上せよ……彼の地に現れる《光の巫女》を!!」

 

 暗黒神ベクタの号令に、闇の国の将兵達は「おお――ッ!!」という咆吼で答えた。その声は地響きを起こさせるほどのものだった。

 

「マスター、こちらを……」

 

 空に向けて咆吼した、赤い目の将兵達が敵陣へ向かっていった直後、ジブリルの声がした。振り返ってみる。ジブリルが手に何かを持って、差し出してきていた。矢だ。(やじり)が妙に大きくて刺々しい形状で、禍々しい赤黒色をしている。

 

「なんだそれは」

 

 率直な疑問を投げかけると、ジブリルは「ふふふ」と笑んだ。

 

「この暗黒界の軍勢は完璧ではありません。()()()()()()て動きの悪い人や、マスターに《まつろわぬもの》がおりますの」

 

「それが?」

 

「これは、その人達の利用価値を飛躍的に高める事を目的に作ったモノです。こちらを使ってみても?」

 

 どうやらジブリルは使用許可を求めていたようだ。動きの悪い者、《まつろわぬもの》達の利用価値を飛躍的に高められるモノ。どういう効能を発揮するのかは、ジブリルの言い方からして、使ってみてのお楽しみといったところだろう。

 

「使ってみるといい。役に立つのであればな」

 

「そう仰ってくださると信じておりましたわ。では……」

 

 ジブリルが嬉しそうな顔をすると、矢は空中にふわりと浮かび上がった。かと思えば、それは細胞分裂のように瞬く間に数を増やした。そして数え切れないほどにまで増えたところで、弾かれたように空へ飛翔し、戦場へ向かっていった。

 











――くだらないネタ オリキャライメージCV――

 ジブリル⇒斎藤千和さん

 アガレス⇒青山吉能さん
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