キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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04:無秩序の戦

          □□□

 

 

「ベルクーリ……ベルクーリぃぃぃぃぃッ!!」

 

 友の禍々しい咆吼と共に振り下ろされてきた剣を、ベルクーリは後方に飛び退く事で回避する。しかし友はすぐさま追撃を仕掛けてきた。右水平方向から迫る刀身を、ベルクーリは《EGO(イージーオー)》となっている《時穿剣(じせんけん)》で受け止める。刀身同士の衝突によって赤橙色の火花の爆発が起こり、一瞬だけ世界が人界の真昼のように明るくなった。

 

 振るわれてきた友の刃もまた《EGO》であったために、非常に強い衝撃が走り、腕の筋肉にまで伝わってきた。しかし痺れは来ない。最高司祭のため、部下達の指標となるために鍛錬を欠かさずにいたのが幸いしたようだった。

 

「シャスター……!!」

 

「よくモ、よクも裏切ってクレたな!!」

 

 シャスターは激しい怒りを募らせた顔をしていた。その目の白目はどす黒く、瞳は血のような深紅の一色に染まっている。最早(もはや)人間の姿をした魔獣や《EGO化身態(イージーオーけしんたい)》と変わらなく、明らかに正常ではない。

 

 突然こうなった。和平交渉がキリト達の働きによってとんとん拍子で進んでいき、もう少しで全十候を説得できるところだった。あと少しで戦争は回避される――そんな事を思いながら、ベルクーリはシャスターと一緒に居て、サウナとかいう、大教皇がもたらした技術によって作られた蒸し風呂の話を彼から聞いていた。

 

 その最中に、異変は起きた。

 

 暗黒神ベクタ様が降臨した――オブシディア城の者達がそう言って、突然攻撃を加えてきたのだ。驚いたシャスターは連中を制止しようとしたが、しかしすぐさま彼は苦しみ出して、一切の動きを止めてしまった。

 

 何が起きているのかは全くわからないが、とにかく拙い事態に陥ったという事だけは把握したベルクーリは、その足でオブシディア城を駆け回り、残っている和平使節団に人界への撤退を指示。彼らを連れて帝都オブシディアから撤収し、更に交易街に向かい、そこに居る和平使節団の者達にも同様の指示を下した。

 

 彼らが人界へ撤退を完了した頃に、残っている者達が居ないかどうかを確認すべく、ベルクーリは来た道を戻ろうとした。

 

 その時に――様子のおかしくなったシャスターがずっとこちらを追跡していた事を知り、交戦する事になったのだった。

 

「シャスター、お前自分の言ってる事がわかっているのか!? 裏切ったのはそっちだろうが!」

 

 《時穿剣》に力を込めてシャスターの刃を押し返し、即座に反撃を放つ。左上からの袈裟(けさ)斬りを仕掛けたが、流石は《暗黒界の剣聖》と謳われるシャスター、ベルクーリの剣が届く寸前で防御態勢を作り、防いで見せた。

 

「いイやお前達が裏切った! そレにドロシーとダハーカが、お前達人界ノ者の脱出を手伝っテカら行方知れずだ!」

 

 シャスターの言葉から現状を掴む。どうやらあのダハーカとドロシーの兄妹は行方不明になっていて、上官であるシャスターですら、どこに居るのか掴めていないらしい。彼の怒気はそこにも由来しているのだろう。

 

「そんなに後生大事にしている娘と男なら、何故騎士なんかにしたんだ! 《アメンク》っていう人界とダークテリトリーの子供を板挟みで……! 本人達が一番つらい目に遭うなんてわかりきっていた事だろうがッ!!」

 

「オ前ガ言うなッ! ダハーカの師ヲ……ドロシーの母親をソの手デ殺した癖にッ!!」

 

 一番突かれたくないところを突かれた。そうだ、あの二人の母親の命を奪ったのは自分だ。あの二人が暗黒騎士となる原因を作ったのもまた、自分なのだろう。

 

「あぁ、わかってる……わかってる。気付いていた……知っていたさ! くそぉッ!!」

 

「ベルクーリ……許さナイぞぉぉッ!!」

 

 シャスターは再び叫んで飛び掛かってきた。最早そこに友としての彼の姿はなく、暴走する獰猛な獣の姿だけがあった。

 

 

          □□□

 

 

 《東の大門》はやはり崩れていた。クィネラとカーディナルの居る防衛拠点から少し離れた平原から、無数の黒煙が上がっているのが見え、大地を揺るがすような衝撃が何度も伝わってくる。

 

 耳に届いてくるのは人の怒声、罵声、悲鳴。おおよそ人の出す声とは思えない音の塊だ。それに加えて爆発音と銃声も際限なく届けられてくる。何が起きているかは考えなくてもわかった。それらが感じ取れる場所から更に先へ進んだところで、原因を見つけ出した。

 

 地獄絵図だ。数え切れないほどの人界の兵士達が、同じく数え切れないほどの暗黒界の兵士達と、剣で斬り合い、槍で突き刺し合っている。轟音がする方を確認してみれば、神聖術を暗黒界側へ撃ち込み、暗黒界側から暗黒術を撃ち込まれる術師達も居る。

 

 そして立って戦っている者も居れば、地面に伏したまま一切動かない者達も居る。それらを踏み越えて、兵士達が殺し合っていた。

 

「戦争が……始まった」

 

「こんなのってない……あんなに、皆で和平を目指そうって頑張ってたのに……!」

 

 リズベットの震える声が聞こえる。自分達は最終負荷実験が起ころうとも、人界と暗黒界の武力衝突を回避させようと足掻きに足掻いた。そして最終負荷実験が始まった。結果がこれだ。よりによって考えうる一番最悪の結果が招かれてきてしまった。

 

「……カーディナルさんとクィネラちゃんは、暗黒神ベクタが戦争を先導してるって言ってたよね。きっと、そのアカウントの中に入ってる奴が、こんな酷い事をやってるんだわ」

 

 リーファの勇ましい声がした。動揺を呑み込んで、今取るべき行動を冷静に見抜いているかのようだった。そこにシノンも続く。

 

「……ダークテリトリー最高峰の地位を使ってあらゆる土地や人々を蹂躙して、アリスを探す……アリスを探すためだけに、何もかもを滅茶滅茶(めちゃめちゃ)にする……」

 

 キリトの視線の一角で、人界の兵士が暗黒界の兵士に斬られたのが見えた。放たれた袈裟斬りを浴びて、鮮血を噴き出させながら地面へ(たお)れる。その一箇所だけではない。あちこちで人界の兵士が暗黒界の兵士を殺し、暗黒界の兵士が人界の兵士を殺し、地面に血をぶちまけて斃れていく。

 

「目的のためなら、戦争も(いと)わないってわけ? 悪魔のやり方よ……この世界の人々の命なんてどうでもいいんだわ……!」

 

 シノンの声には激しい怒りが込められていた。人界と暗黒界は、確かに和平へ近付いていた。誰も殺し合わなくていい未来が来るはずだった。それを全て破壊して、人界と暗黒界を衝突させたのが、暗黒神ベクタの鍵を開いた人物。

 

 シノンの言う通り、まさしく悪魔の所業だ。最悪なのは、この惨劇を招くだけに飽き足らず、その規模を際限なく広げようとしている暗黒神ベクタも、自分達と同じ人間だという事だ。最早それさえ認めたくなくなってくる。気を抜けば、暗黒神ベクタの中身は人間の皮を被って成り済ました残虐な異星人であると思ってしまいそうだった。

 

 やりたくない事ではあったが、キリトはクィネラ特製の双眼鏡を取り出して(のぞ)き込み、拡大率を上げて暗黒界の兵士達を観察した。暗黒界の兵士達は、大体が紫色の鋼鉄のヘルメットを着用して顔を隠しているが、中にはオープンフェイス式のそれを着用している者、ヘルメットを着用せずにいる者も居た。

 

 その者達には共通点があった。浅黒い肌をしているという部分ではない。目だ。嬉々として人界の兵士達と殺し合っている獰猛な兵士達は皆、白目が漆黒に、瞳が血のような深紅一色に染まっていて、残光を発生させている。

 

 明らかに正気を失った状態だ。何かしらの術にかかり、無理矢理闘争心や悪感情を増強させられ、暴走させられているとしか思えない。前にシャスターから聞いた話と照らし合わせて考えるに、暗黒神ベクタの能力によるものだろう。

 

 彼らは今、暗黒神ベクタに操られた戦闘人形となってしまっている。そしてその手によって、陸路も空路も封鎖されているに等しい。リランの翼で飛んで行こうとすれば、真っ先に対空攻撃の集中砲火で撃ち落とされるだろうし、かと言って脚力で強引に突破しようとすれば人界軍の者達まで巻き込んでしまうだろう。

 

 空路も陸路も使えないとなれば――そう思って双眼鏡から目を離すと、声が聞こえてきた。リランのものだった。

 

《このまま突っ込んでも良い事はないだろう。やはりクィネラとカーディナルが教えてくれた裏道を通るしかあるまい》

 

 キリトは(うなづ)き、双眼鏡を(ふところ)にしまう。この《東の大門》からダークテリトリー側へ少し離れた平原地帯の岩山の一角には、平原を通らずにダークテリトリーの内側へ入っていける洞窟が存在するという話をクィネラとカーディナルから聞いた。

 

 陸路も空路も敵で埋まっているならば、そこくらいしか進める場所がない。敵が潜んでいる可能性も十二分にあるが、ここでまごついていれば、暗黒神ベクタにアリスを奪われてしまうだろう。何もしないでいるなどという選択肢を取る事は許されない。

 

「あぁ。とにかく、なるべく暗黒界側との戦闘を避けつつ、アリスを探すぞ。二人が教えてくれた洞窟……裏道とやらに入って、そこから暗黒界に潜入だ」

 

 キリトは皆に号令し、件の洞窟のある方角へと向かった。平原方面から飛んでくる攻撃を避けつつ、二人が教えてくれた地点に向かうと、その言葉通りに洞窟があった。周囲には石柱が見受けられ、壁面も石造りになっている。天然の洞窟ではなく、遺跡のようだ。

 

 進んでいくと、かなりの湿気で満たされている事がわかった。周辺に街どころか建物もないので、蒸気機関由来ではないようだ。元から湿っぽいところであるらしい。いつでも抜刀できる姿勢を作って走っていったが、途中で魔獣に出くわす事はなかった。

 

 魔獣も平原で起きている戦争を本能的に感じ取り、逃げ出したのかもしれない。いずれにしても邪魔が入らないので、好都合だった。更に歩を進めていき、開けた空間に出たその時だった。

 

「……あれは」

 

 岩陰の近くに、人の姿が確認できた。ベクタに操られた兵士かとも思ったが、違った。小太りと肥満の中間みたいな体型で、紫色の服を着ていて、頭にターバンを巻いている。見覚えのある特徴だったものだから、キリトは驚いた。

 

「……カイナン?」

 

 その特徴に合致する人物の名前を口にしたところ、男は振り返ってきた。もじゃもじゃの顎鬚(あごひげ)口髭(くちひげ)と、浅黒い肌。全く戦闘に向いていない顔立ち。

 

 商工ギルドの一員であり、自分達にダークテリトリーの様々な事を教えてくれたカイナンで間違いなかった。

 

「キリト……さん……!」

 

 その呼び声に応えるように、キリトは全員揃ってカイナンの元へ駆け寄った。その時に、カイナンが酷く疲れた顔をしている事に気が付いた。

 

「カイナンお前、無事だったんだな」

 

「本当に無事でよかったわ! でも、なんでここに居んのよ?」

 

 キリトとリズベットで尋ねたところ、カイナンはとりあえずと言わんばかりに説明してきた。

 

「強制招集が掛かったんです。ワタシら商工ギルドは、戦争が始まれば後方支援に回りますから……それで、この道は戦場への補給路となっているんです」

 

 確かに、ここは平原からは見つかりにくいところにある。補給路として使うにはうってつけであろう。だが、気にするべきはそこではない。キリトは今一番の疑問を投げかける。

 

「カイナン、ドロシーとダハーカとサライはどこだ。あの三人は大丈夫なのか!?」

 

「サライさんは避難させています。知り合いの元へ預けました。ドロシーさんとダハーカさんの行方については、ワタシが知りたいくらいです」

 

 直後、カイナンは(うつむ)いた。下を向いていても、悔しさと悲しみが混ざり合った表情が見えた。

 

「ベクタ様が降臨されてから、もう何もかもがぐちゃぐちゃですよ! お目通りをされた方達の様子がおかしいんです。皆、目を赤く輝かせて、魔獣や怪物のように猛り狂っている。こんな未来、来てほしくなかった! ワタシは戦争をしないために頑張っていたのに……キリトさん、どうして逃げたんですか」

 

 カイナンはその顔のままキリトに向き直る。やはり自分達は逃げたように映っていたのだろう。ベクタに恐れをなして一目散に逃げ出した卑怯者――そんなふうにしか思えなかったに違いない。

 

「カイナン……その、それについては」

 

「ベクタ様が降臨したとしても、あなた達が居れば、まだ何とかなったかもしれない。十候を説得して、皆でベクタ様と対峙する選択肢だってあったはず。なのにキリトさん達はワタシに何も言わずに……」

 

 キリトは出す言葉に困ってしまった。どう言えばカイナンを説得できるのだろう。現実世界の事を引き合いに出すか。そんな事をすれば余計に混乱させかねないだろう。では、どう伝えるべきなのか――。

 

《お前の目からは、我らがベクタが来たから逃げたように見えたのかもしれぬな。だが、本当に逃げていたのであれば、我らがこうしてお前の目の前に現れる事などなかったはずだ》

 

 不意にリランの《声》が届いてきた。カイナンは驚いたように顔を向ける。

 

《冷静になるのも難しいかもしれぬが、それでも考えろ。ベクタが恐ろしくなって逃げ出したのであれば、こうして戦場に戻ってくる事など有り得ぬだろう。我らは、この不条理な戦を止めるために戻って来た》

 

 それはキリトが今言いたい事の全てだった。台詞を全部取られてしまったとは思わなかった。寧ろ、よく言ってくれたと思うと同時に、伝えられなかった自分の不甲斐(ふがい)なさに怒りたくなった。

 

「……あなた達が、キリトさんがいの一番に『無事だったんだな』って言って駆け寄ってくる人じゃなけりゃあワタシも……」

 

「カイナン?」

 

 カイナンは首を横に振り、キリトと目線を合わせてきた。驚くべき事に、信頼を感じさせる光がその瞳に宿っていた。

 

「……そうですね、キリトさん達はそういう人達です。信じますよ」

 

「本当に? 本当に信じてくれるのか?」

 

「えぇ。あなた達からは沢山の担保をもらっていますからね」

 

 担保。こんな場面を補えるほどの何かをカイナンに預けていただろうか。キリトが首を傾げると、カイナンは続けてきた。

 

「今思い返すと……ワタシはゴブリン族領へ行って、オーク族領へ行ってと、ずっと皆さんを振り回してきました。ですが、キリトさん達は嫌な顔をすれども、ワタシを連れて行ってくれましたし、護衛もしてくださいました。危ない目に遭った時には助けてくれました。何度も、何度もです。キリトさん達が居てくれなかったならば、ワタシはとっくに命を落としていたかもしれない」

 

 ダークテリトリーを旅する中、自分達が嫌な顔をしていたのはカイナンからも見えていたらしい。それを口にしたのが意外に感じられたが、キリトは気にしなかった。

 

「キリトさん、ワタシは商人です。感情に左右されちゃいけません。損得で動かなきゃいけないんです。でもですね、今は……今は気持ちで動きたいんです。何ででしょうね。普段ならこういう状況になれば、ワタシ、真っ先に逃げてしまうんですけど……今はそれができないんです。そっちに足が動いてくれないんですよ」

 

 カイナンは再度俯く。その目線の先にあるのは、カイナン自身の足だった。

 

「逃げようとしても、心にあるキリトさん達との思い出がすごい勢いと力で邪魔をするんですよ。どうやっても駄目なんです。だから……」

 

 言いかけて、カイナンはかっと顔を上げてきた。

 

「戦場への最短の道、提供させてもらいますわ。お支払いは……全部が終わった後に、いつか、精神的にで構いません」

 

 そう言って、カイナンは洞窟の奥の方を指差した。薄暗い空間の中に、若干の光が差し込んでいるところがある。

 

「出口はあちらです。急ぎましょう!」

 

 指示するように言うなり、カイナンは走り出した。やはりその体型からは想像できないほどの足の速さが出ていた。皆が狂った中で、カイナンは狂わずにいてくれた。そして自分達を信じてくれている。

 

 和平交渉は、そのための旅は、カイナンに振り回されたあの時間は決して無駄ではなかった。その報いが、こうして本当に良い形で返ってきてくれた。

 

 胸中に嬉しさと頼もしさを抱きながら、キリトはカイナンの後を追った。しばらく進むと、戦の音が聞こえてきた。更に光を目指して走っていくと洞窟を出て、平原の一角に辿り着いた。

 

 あちこちから《東の大門》の周辺同様の喧噪が聞こえてくる。街の中に居ると聞こえてくるような平和なそれではなく、罵声や怒声、神聖術と暗黒術がぶつかり合って起こる大爆発の音で構成された、殺し合いのそれだった。

 

 怯まないようにして周囲を見回す。自分達の居る位置には人界の兵士も暗黒界の兵士も居ない。カーディナルとクィネラから、大まかな人員配置を教えてもらったが、ここはその範囲外となっているようだった。

 

 まず探すべき地点はアリスの居る場所だ。彼女こそがダークテリトリー軍の狙いであり、総大将である暗黒神ベクタの標的である。彼女を敵の手に譲るような真似を絶対にするな、敵が彼女を連れ去ろうとしているならば徹底的に叩きのめして奪い返せというのが現実世界に居る愛莉からの依頼だ。そのためにここへ来た。

 

 だが、どこへ向かえばいいというのだろうか。もう一度人員配置を思い出してみるが、そう言えば具体的な方角だとか、どこを基準にして確認すればよいかを聞きそびれていた。やはり危険を承知の上で、リランの翼で空へ飛び上がった方がいいか。

 

「あなた達にはもううんざりですッ!!」

 

 と思ったその時に、怒声が飛び込んできた。その声色に驚かされ、キリトは導かれるようにして向き直る。少し離れたところに複数の人影が確認できた。暗黒術師達だった。その女だけで構成されているグループと、敵対するように向き合っている二人組も見えた。

 

 紫色の鎧に身を包んで大鎌を携えた、雪のように白い髪をした少女と、同じく紫色の鎧を着込んで槍と短銃を構えた、紺色の体毛が特徴的な狼男。その姿を認められた時に胸が弾むような嬉しさが込み上げてきた。

 

 行方不明とされていたドロシーとダハーカの二人で間違いなかった。離れた位置に居るけれども、二人の目は正常である事が確認できる。あの二人もまた無事で居てくれたうえ――ベクタの洗脳術に引っかからなかったのだ。《アメンク》はベクタに《まつろわぬもの》という話は本当だった。

 

「ようやくその時が来たのだぞ、人族とオーガ族の《アメンク》よ」

 

 暗黒術師達のうちの一人が身構えながら告げる。

 

「時が来た? 何を言っている。来たのは最悪の時ではないか! こんな事をしている場合ではないと、何故わからぬ!?」

 

 ダハーカが反論するが、暗黒術師達は愚者を見ているような顔で続ける。

 

「最高の時だ。ベクタ様が降臨され、人界への侵略戦争が宣言された。ようやく我々はあの忌々しい人界に攻め込み、そのすべてを奪い尽くせるのだ」

 

「あなた達も、あなた達を取りまとめるディー・アイ・エルも、本当に大馬鹿ですね。シャスター様達が人界との和平を推し進めていたのは、侵略戦争の果てに待っているのは暗黒界の破滅だという事を知っていたからなのですよ。このまま戦争を進めていけば、殺し合っていけば、いずれ我々も破滅に至るんですよ!」

 

 ドロシーは決死の説得を試みているようだった。しかし暗黒術師達は態度を変えようとすらしていなかった。

 

「流石は《アメンク》、おかしな事を言うのは得意なのだな。そんなお前達みたいな存在でも、役に立つ時が来たんだと言っているんだよ」

 

「これから我々は大規模暗黒術を発動させる。そのためには膨大な天命を持った生贄が必要なのだ。オーガ族の《アメンク》はともかくとして、人族の《アメンク》。お前は膨大な天命を持っているだろう」

 

 暗黒術師達は術の発動前の姿勢を取る。完全に臨戦態勢だ。

 

「喜ぶがいい、人族唯一無二の《アメンク》、ドロシー・イザヤ・エリシュヴァ。お前の命で、幾千もの人界軍を(ほふ)る事ができるのかもしれんのだからな! その身を捧げられる事を喜ぶべきだ! 《アメンク》よ、お前の生はこのためにあったのだ!」

 

 どいつもこいつも完全に言いたい放題である。現在は戦争だから、何を言っても、何をやっても許されると思っているようだ。そんな言葉や考え方が出てくるのも、日頃からそういう思考に染まってしまうような環境に身を置いていたからであろう。

 

 暗黒術師ギルドをそんなふうにしていたのは、間違いなくディー・アイ・エルだ。あの魔女という言葉がとてもよく当てはまる暗黒術師が取り仕切っているのだから、暗黒術師ギルドは構成員の倫理観も人間性も最悪になって当然だろう。

 

 そういうふうに悪に染まっていると何が起きるのかを教えてやらないといけない――暗黒術師達が術の発動態勢を取った時、キリトは既に走り出していた。

 

「我が道の征く先には栄光を。その背には屍を。あらゆる剣も槍も我が身を貫く事はない。常勝の戦士の名は……キリト」

 

 二人から教わったおまじないを口にした時、キリトは既に暗黒術師達と二人の間に躍り出ていた。左手に《リメインズ・ハート》を、右手に《EGO》を引き抜いて構えると、暗黒術師達の驚愕した表情が見えた。目は赤く光っていなかった。ベクタによる洗脳状態にはなっていないらしい。しかし、二人を脅かす敵である事に変わりはない。

 

「この祈りで彼の者は守護を得る。災厄の神は笑わない。彼の者は常に、勝利する!」

 

 その最後の言葉を放つと同時に、キリトは姿勢を落として全身に力を溜め、すぐさま解放。渾身の回転斬りを放った。水平に振られた《EGO》から放出される白い火炎が《リメインズ・ハート》の起こした風に乗り、波となって暗黒術師達を呑み込む。

 

 広範囲攻撃二刀流ソードスキル《エンド・リボルバー》。

 

 クィネラが広めたソードスキルのうちの一つであり、キリトが最も使用した回数が多いと自負しているそれの直撃を喰らった暗黒術師達は、悲鳴を上げながら吹き飛ばされていった。服やら皮膚やら髪やらが燃えた嫌な臭いがしたが、すぐに感じなくなった。

 

 暗黒術師達は強く打ち付けられる、顔から勢いよく落ちるなどして全員が地面に激突し、数回転がっていった後に止まる。その後、ぴくりとも動かなくなった。《天命》が大幅に削れて瀕死状態になっているのだろう。

 

 強力なソードスキルを、しかも《EGO化身態》に致命傷を与えられる《EGO》で放ったのだ、もしかしたら死亡させてしまうかもしれないと思ってもいたが、ひとまずは杞憂で済んだ。

 

「「キリト……!」」

 

 増援が来ない事を確認してから、キリトは振り返った。ずっと探していたドロシーとダハーカの姿がそこにあるという事自体に安堵できたが、もっと深くそう思えたのは、二人もまた深い安堵を浮かべた顔をこちらに向けてくれていたからだった。

 

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