キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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05:《光の巫女》

「ドロシー、ダハーカ……無事でいてくれたんだな」

 

 二人は(うなづ)き、歩み寄ってきた。やはりどちらも深い安堵(あんど)の表情を顔に浮かべている。

 

「遅いですよ、キリト……ずっと、ずっと探してました……君が、君達が突然姿を消して、どれだけ不安になったと思ってるんですか……」

 

 ドロシーは今にも泣き出してしまいそうな顔に変わった。自分達は彼女とダハーカの心の支えであった和平使節団の中枢みたいなものだ。そんな自分達が急に行方を(くら)ませたとなれば、不安になっても仕方がないだろう。本当に悪い事をしてしまった。

 

「ごめん。本当にごめん……」

 

 そう言って謝るしかなかった。直後、ダハーカがドロシーに代わるようにして言葉をかけてきた。

 

「キリト……拙者もドロシーも、貴殿から聞きたい話がある」

 

「え?」

 

 ダハーカは少し不安そうな表情をする。

 

「拙者とドロシーは、今も、貴殿と友か? 例え他の者達が争い合っていたとしても、貴殿と我らは友のままなのか……?」

 

 二人の事をどう思っているか。その質問に対する答えなど、瞬時に出す事ができた。

 

「あぁ、そうだよ。俺は二人の味方で友達だ。変わってないよ、ドロシー、ダハーカ」

 

「さっきの(まじな)いはドロシーがよく口にしていたものだが……それを言って駆け付けてくれたのも、拙者達がまだ友である事を証明してくれていたからか?」

 

「あぁいや、今のは心意のイメージトレーニングがてら、練習で使ってたんだよ。駄目だったか?」

 

 キリトの問いかけに、ダハーカは首を横に振った。

 

「いや、いくらでも使ってくれ」

 

「……使ってもらえて、本当に嬉しかったです、キリト……」

 

 ドロシーにそう言われたところで、一気に謝罪したい気持ちというものが強くなってきた。現実世界(リアルワールド)にて武装産業スパイの急襲という不測の事態に見舞われたのが原因であるのだとしても、この二人には酷い事をしてしまった。

 

「色々すまなかった。今から全部挽回していくよ」

 

 キリトがありのままの気持ちで答えると、ダハーカは「かたじけない……」と深く頭を下げ、ドロシーは目元を拭いながら数回ぐすっ、ぐすっと言っていた。

 

「ドロシーさんにダハーカさん、無事でよかった!」

 

 背後から声が聞こえてきた。振り返ってみると、ここまで一緒に駆けてきた仲間達が走ってきていた。聞こえてきたのは先頭を走るアスナの声だった。全員で三人のすぐ近くまで来ると、ドロシーとダハーカの友――と言っていいのだろう――であるカイナンが声を出した。

 

「ダハーカさん、ドロシーさん……いったいどこに隠れてらしたんですか。心配しましたよ」

 

「カイナン殿……!」

 

 ドロシーが反応したすぐ後に、ダハーカが問いかける。

 

「カイナン、サライはどこへ行った? あの娘は無事なのか?」

 

「はい、サライさんは避難させています。安心してください」

 

 カイナンの答えを聞いた後、ドロシーとダハーカは事情を話してくれた。

 

 二人は暗黒神ベクタの降臨の直後、暴走を開始した暗黒界人の襲撃から人界の者達を逃がすべく、囮を買って出た。二人を追っていたのは、やはりというべきか、今しがたキリトのソードスキルで吹っ飛ばされた暗黒術師ギルドの構成員達だった。

 

 彼の女達を引き付けているうちに、ドロシーが重傷を負ったものの、ダハーカが神聖術で回復させる事で、命からがら逃げ伸びられていたのだという。

 

「シャスター様は小官達の失踪を、人界の方々のせいだと誤解しているかもしれません。早く合流しないと……」

 

「俺達も突然姿を消してしまったのには事情があるんだ。だけど、今それを話している余裕はなくて……」

 

「大丈夫です。戦争が終わったら、全部聞かせてください。小官達は、君達を信じていますから」

 

 ドロシーとダハーカは(くも)りなき瞳でこちらを見つめていた。その口から(つむ)がれた言葉に嘘は認められない。本当に心から自分達を信じてくれている。戦争になれば、二人との関係性も崩されてしまうのではないかと思っていたが、そんな事はなかった。

 

「ありがとうドロシー、ダハーカ。とりあえず今起こっている事の情報を共有するよ」

 

 キリトは素直に感謝を述べて、二人に事情を話した。降臨した暗黒神ベクタの能力によって、暗黒界の戦争推進派達はより凶暴化し、シャスターを筆頭とした和平派達も洗脳されて暴走させられている事、この戦争を引き起こしたのは暗黒神ベクタと大教皇である事を。

 

 二人はキリトからの話を最後まで聞いてくれた。直後、ドロシーの方が考え事をしているような仕草をする。

 

「シャスター様がベクタ様から洗脳を受けている……ありえない話ではありません。ベクタ様の御力は、伝え聞くものだけでも、他者の記憶を消し、いずこかに捨て置くというものがあります」

 

 その話は《ベクタの迷子》そのものだった。記憶を失った者が、急に人界のどこかに現れる現象であり、このアンダーワールドに自分達が受けていた扱いであり、かつてメディナに従っていて、今はすっかり姿を消した《冒険者達》が一番最初に確認された際の扱いでもあった。

 

《《ベクタの迷子》であるな。なるほど、実際にそういう力が備わっているのであれば納得だ》

 

 リランの《声》を頭の中に迎え入れつつ、キリトは思考を巡らせる。暗黒神ベクタ――このダークテリトリーの主神の正体は、ラースのスーパーアカウント。洗脳能力だけでも十分に強力で厄介だが、その他にどんな隠し玉があったとしても何ら不思議な事はない。最早暗黒神ベクタはラスボスクラスのエネミーと同質と考えていいだろう。

 

 考えるキリトの近くで、カイナンが驚いたような声を上げる。

 

「商工ギルドの者達も、ベクタ様に謁見してから、命を(かえり)みず行動するようになりました。……って事は、じゃあ、皆操られて人界軍と衝突して、戦争をしてるって事ですか!? こりゃ魂消(たまげ)た……!」

 

「あぁ。そしてそれを止められるのは、操られていない者達……俺達って事になる」

 

 キリトは一同を見回した。ドロシー、ダハーカ、カイナンの無事は確認できたし、合流もできた。残りは――。

 

「ユージオとアリスと合流するぞ。暗黒神ベクタから、アリスを守るんだ!」

 

 そう告げて皆が頷いたのを確認した、その次の瞬間だった。膨大なエネルギーが寄せ集まって、大爆発したような轟音が鳴り響き、地面を衝撃が伝った。

 

 まさか、暗黒神ベクタに操られた者達が禁忌の術、もしくは禁断の最終兵器でも使ったか――ありとあらゆる可能性を思い描きながらキリトは音の発生源に向き直る。

 

 この場から北西の方角の空が明るくなっていた。黄金色の巨大な光の柱が、魔界のそれのような色をした空を貫かんが如く立ち上っていたのだ。明らかに暗黒術によるものではなく、神聖術によるものだった。

 

 大規模光属性攻撃神聖術といったところだろう。人界軍の中でそんな術を使えるのは公理教会の最高司祭であり、人界の管理者であるクィネラとその補佐を務めるカーディナルと、彼女達から真摯に教えを受けた、ただ一人の整合騎士しかいない。

 

「アリス……!?」

 

 

 

          □□□

 

「アの光ノ術……お前……ガ……《光の巫女》……?」

 

 最高司祭クィネラ様に仕える整合騎士、アリス・シンセシス・サーティの記憶を(あわ)せ持つアリス・ツーベルクに声をかけてきたのは、たった今アリスの放った術を生き延びたオーガ族の族長フルグルだった。

 

 アリスは、キリト達と力と知恵を合わせ、人界と暗黒界の戦争の勃発を防ごうとしていた。できる限りの努力は惜しまずにやった。アリス・ツーベルク、アリス・シンセシス・サーティの力と知識を全て使って、悪夢の戦争の到来を回避しようと必死に取り組んだ。

 

 しかし、結局人界と暗黒界は武力衝突した。

 

 どうしてこうなってしまったのだろう――次から次へと攻め込んでくる暗黒界の、禍々しい目をした獰猛な狂戦士達を見て、アリスはそう思わずにはいられなかった。この者達と和平を結び、平穏を、太平の世を目指していたはずなのに。

 

 だが、アリスが悲壮感と後悔に(さいな)まれている最中でも、暗黒界の者達は容赦なく攻撃を繰り出し、人界の兵士達を殺戮(さつりく)していった。人界側もただやられるだけではなく、神聖術や兵器で暗黒界の兵士達を殺戮し返した。

 

 そうしなければならなかった。迫り来る暗黒界の軍勢にされるがままにしておけば、彼らは人界のあちこちに際限なく広まり、殺戮と略奪の限りを尽くすからだ。そうして最終的に人界からは人界人が消え去り、人界と暗黒界の境界線もまた消え去るのだろう。

 

 最悪なのは、それだけで終わらない事だ。暗黒界の和平派筆頭である暗黒騎士団団長シャスター殿から話を聞いたというキリトによれば、暗黒界は人界を滅ぼして、肥沃(ひよく)な大地や文化と言った様々な物を略奪し尽くした後、今度は暗黒界人同士で争い始めてしまう可能性が非常に高いのだという。

 

 この土地、この物、この奴隷は自分達のモノだ。奪おうとするお前達は敵だ――そう言い合って、人界のモノを手に入れた暗黒界人同士で衝突を繰り返し、戦争へ至って際限なく殺し合い、そして最終的には破滅へ向かう。

 

 その破滅の未来の到来を何としてでも防ぐべく、シャスター殿は整合騎士長ベルクーリ様と話し合い、暗黒界と人界の和平を画策していた。彼に未来視の能力があるなんて話は聞いた事がないが、シャスター殿は、人界を攻め滅ぼせば一時は暗黒界が満たされるものの、長続きはせず、結局滅ぼし合いに発展してしまうのが見えていたのだろう。

 

 今、暗黒界は――シャスター殿が危惧し続けていた破滅への第一歩を踏み出してしまっている。ここで彼らを止めなければ、人界も暗黒界も終わってしまう。彼らを終わらせないために、彼らを殺す。これ以上ないくらいに矛盾の限りを尽くしているが、それでもやらねばならない。

 

 アリスは(たお)れた無数の命を根源とする膨大な空間神聖力を自らの《EGO(イージーオー)》に集結させる術を使った。クィネラ様、カーディナル様曰く《金木犀(きんもくせい)の剣》が転生した姿であるかもしれないとされる黄金の剣は、アリスの身体の一部のように言う事を聞き、空間神聖力を吸い上げていった。

 

 やがてその辺り一帯を満たしていたそれを全て吸い尽くしたのを認めたところで、アリスは《EGO》を振り下ろし、光属性攻撃神聖術を唱えた。

 

 それ自体はなんて事のない、とても簡単な神聖術だった。しかし、その発動の言葉を口にした次の瞬間、《EGO》の先端から、内部に蓄積されていた膨大な神聖力が光線に姿を変えて放たれた。キリトの相棒であるリランが放つそれのような、(まばゆ)い光を放つ光線は空を裂いて一直線に飛んで行き、やがて獰猛な狂戦士達の大群のど真ん中に突き刺さった。

 

 そこから一秒も経たないうちに、その一帯は幾千の鐘を一斉に鳴らしたような轟音と共に熱と光の波に包み込まれ、赤く染まった暗黒界の空を貫く巨大な光の柱を生じさせたのだった。

 

 凄まじい手応えが返って来た。オーガ族もジャイアント族もゴブリン族も、暗黒騎士達も、大勢消し飛んだ事だろう。

 

 その神聖術の射線から幸運にも外れていたフルグルが、言葉をかけてきたのだった。

 

「《光の巫女》……? 何の話?」

 

 アリスは素直に尋ねてしまった。瞳を血のような赤に、白目を漆黒に染めた異様な目をしているオーガ族の族長は、自らの頭を片手で抑えながら答えてきた。

 

「暗黒神……ベクタ……大教皇……言っタ……《光の巫女》……捕えヨ……」

 

「ベクタと、大教皇が……!?」

 

 フルグルはより強く頭を抑え込んだ。激しい頭痛に見舞われているかのようだ。

 

「人界ト和平、結ブハず……だっタ……のニ……頭……ううッ……頭が、ううッ」

 

 内側を満たさんとする何かに逆らうかのように、フルグルは顔を上げた。目は禍々しいが、表情まではそうなっておらず、あちこちに玉の汗が浮かんでいた。

 

「金色の髪の娘……逃げ……ろ……奴らの……狙いは……お前……お前……狙われ……てる…………」

 

 直後、フルグルは「がああアアアあああッ」と吼えたかと思うと、ぷつんと糸が切れたようにその場に倒れた。生気は感じられる。死んだのではなく、気を失っただけのようだ。

 

「アリスッ!」

 

 更に続けて、ユージオ、エルドリエ、レンリ、メディナ、グラジオの五名が駆け寄ってきた。エルドリエはアリスの傍に来るなり、「ご無事ですか?」と尋ねてきたが、アリスは答えなかった。

 

「……わたしが……暗黒神ベクタに狙われてる……?」

 

 アリスの疑問の一言に、四人はほぼ同時に驚く。直後に言葉を続けてきたのはユージオだった。

 

「どういう事? どうしてアリスをベクタが狙ってるっていうんだ」

 

「確証はないけれども、暗黒神ベクタが降臨した理由の一つが、《光の巫女》なんていうのを手に入れる事なのかもしれないわ」

 

「そしてその存在がアリス殿の事だと? ご自覚はあられるのですか」

 

 レンリの問いにアリスは首を横に振るしかなかった。

 

「まさか。《光の巫女》なんて言葉を聞いた事自体、今が初めてよ」

 

「先程のアリス様の剣技と神聖術は神々しいものがありました。恐らくは当て推量(すいりょう)(たぐい)では」

 

 メディナにしては珍しく、考え込むような仕草をしていた。その隣にいるグラジオがすぐさま反応をする。

 

「もしかして、暗黒神ベクタは《光の巫女》とやらを手に入れるためだけに、こんな悲惨な戦争を引き起こしたんじゃ!?」

 

 アリスは静かに思考を巡らせた。グラジオの推測は恐らく正しいのだろう。降臨した暗黒神ベクタの狙いは、最初から《光の巫女》を手に入れる事のただそれだけ。

 

 暗黒界軍は《光の巫女》をベクタに献上するために動いている。人界軍と殺し合っているのも、《光の巫女》を探すのに邪魔だから、結果的に衝突しているにすぎないのかもしれない。

 

 暗黒神ベクタと、彼の者に操られた暗黒界軍の狙いは、《光の巫女》だけ。

 

「……その《光の巫女》を名乗って戦場を駆け巡れば、戦力を引き付けて、敵軍を一網打尽にできる事も、隠れている暗黒神ベクタを(あぶ)り出す事もできるかもしれないわね」

 

 周りの仲間達が一斉に驚きの声を上げた。囮を買って出ると言い出したのだから当然の反応だ。その中の、アリスと幼馴染同士であり、今は愛する者同士であるユージオが焦燥して声をかけてくる。

 

「何を言ってるんだよ、アリス! ダークテリトリーの人達の、暗黒神ベクタの狙いを引き受けるって言うの!? そんなの危なすぎるよ! 君に何かあったら、僕は……!」

 

 それもまたアリスの予想通りの言葉だった。この作戦を提案したならば、ユージオはこう言ってくれると思っていた。

 

「ありがとう、ユージオ。そう言ってもらえて本当に嬉しいわ。でもね、こうでもしなければ、暗黒神ベクタを倒して、ダークテリトリーの人達を止めるのは難しいと思う」

 

 アリスはユージオから皆の方へと顔を向けた。脳裏に赤い目をした敵将兵達の事を思い浮かべる。

 

「ダークテリトリーの兵士達だけれども、暗黒神ベクタが降臨した辺りから、全員様子がおかしいわ。わたし達と和平を結んでくれていた人達まで襲ってくるようになってるもの。……あくまでわたしの希望的観測っていうものだけれど、皆、暗黒神ベクタに良い様に操られて、無理矢理戦わさせられてるんだわ。何もかもがベクタのせいよ。あいつが居る限り、悲劇はどこまでも終わらずに、広がっていくわ」

 

「アリス……」

 

 再度呼びかけてきたユージオにアリスは顔を向けた。彼と遊んでいた頃の記憶と、自分自身を呼び覚ます。彼は誰よりも自分を愛してくれている。今、彼は胸が張り裂けてしまいそうな思いをしている事だろう。彼のためにも、こんな行動は取るべきじゃない。

 

 しかし、戦いたくないと訴えていた人達を操って無理矢理兵隊に仕立て上げ、《光の巫女》なんてモノが欲しいという身勝手な欲望のためにこんな惨劇を嬉々として起こした大悪党を、許しておく事などできるわけがない。

 

 それに、あの大悪党をのさばらせておけば、いずれその手はユージオにも及ぶのだろう。それもまた許しておくわけにはいかない。もう、暗黒神ベクタの何もかもが許せない。

 

 アリスは仲間達から離れた。数歩歩いた後に立ち止まり、思い切り息を吸う。そして空の彼方に居るかもしれない神々に届けるつもりで、叫んだ。

 

 

「我こそはアリス・ツーベルク! 《光の巫女》なりッ!!」

 

 

 

          □□□

 

 

「おい、あれを見ろ!」

 

「あの光の柱はなんだ!?」

 

「まさか、敵の神聖術か……!?」

 

 兵士達が騒いでいる。この者達の事は全て洗脳し、戦闘マシンに仕立て上げたつもりだったが、どうやら完全に戦闘の事だけしか考えられなくなっているというわけでもなかったらしい。

 

「おいおいおい……! なんだぁ、ありゃあ」

 

 ガブリエルの近くに居る暗黒騎士ヴァサゴも、ある方向を酷く驚いた顔で見ていた。その視線の先にあったのは、巨大な光の柱だった。

 

 それはガブリエルも既に見ているものだった。《光の巫女》を探して奪い取れという命令を下して、狂戦士となった将兵達を敵陣方向へ突撃させた十数分後、暗黒界の陣営の最奥部にまで届くような爆音が(とどろ)いた。

 

 まるで現実世界で言うところの大量のTNTを一斉に起爆させたかのような音であり、間もなくして地面を強い衝撃が撫でた。《伝説の兵士》とまで言われたガブリエルは音そのものに驚きはしなかったものの、直後に立ち上った巨大な光の柱の姿には、流石に驚きを隠せなかった。

 

 天に住まいし聖なる力を持つ神が、その力の一片を振るったかのような、赤黒い魔界の空を照らす神々しい光だった。明らかに暗黒界軍の放った暗黒術由来のものではなく、人界軍の神聖術であろう。

 

 あんな術を放つ事ができる者が敵陣に居るというのは驚きだ。

 

 いや、まさかその者こそが――。

 

「ベクタ様、ベクタ様ッ!」

 

 ガブリエルが思考に(ふけ)ろうとしたところ、暗黒騎士団の兵士の一人が陣中に駆け込んできた。そのままガブリエルとヴァサゴのすぐ傍にまでやってくる。装備が軽めなので、偵察兵か伝令兵のようだ。

 

「いかがいたしましたの?」

 

 ガブリエルの代わりにジブリルが応対すると、兵士は(ひざまず)いて言葉を続けてきた。

 

「光の柱の元にて《光の巫女》を確認! 繰り返します、《光の巫女》を確認いたしました!」

 

「なんだと?」

 

 ガブリエルは思わず喰らい付くように目を見開いた。ジブリルもまた驚いたように目を丸くしている。

 

「本当ですの?」

 

「はい! 凄まじい神聖術を放った金色の髪の乙女……人界の整合騎士、アリス・ツーベルクが、自ら《光の巫女》だと宣言! 現在追跡中です……!」

 

 やはりそうだったか――ガブリエルは強くそう思った。あれほどの光を放てる者など、他にいるはずがない。

 

 そして《光の巫女》の名は――アリス。恐らくも何も、彼女こそが《A.L.I.C.E(アリス)》であり、アリシアが姿を変えたと思わしき存在であろう。なるほど確かに、アリシアほど《光の巫女》という二つ名が当てはまる乙女は居ない。

 

 しかし、こんなに早く再会の時を迎える事ができるとは。ガブリエルは現実世界で《A.L.I.C.E》の話を聞いた時の高揚を再び覚えていた。

 

「まぁ……見つかったのですね、《光の巫女》が」

 

「《光の巫女》……マスター達の、探し物、でしたよね……?」

 

 ジブリルがとても嬉しそうな顔をして、ヴァサゴの相棒であるアガレスが確認するように言う。直後、アガレスを足元に付き添わせているヴァサゴが呼びかけてきた。

 

兄弟(ブロ)、出るのか?」

 

「あぁ。私は正面から彼女を迎えよう。念のため、お前とアガレスは別ルートから近付け。確実にモノにする」

 

 とうとう、その時が来た。《伝説の兵士》などという称号よりも、ずっと求めていた人。ついに彼女にまた会える。

 

 もし、そうでなかったとしても、その魂を取り込む事ができれば、自分の魂は彼女を導くには十分な大きさを手に入れられる事だろう。いずれにしても、あの声を再び聞き、あの温もりに包まれる事のできる瞬間は、刻一刻と近付いてきてくれている。

 

 身体が震える。いや、身体が、魂が、歓喜で震えている。

 

「参りましょう、マスター」

 

 その中でジブリルが顔を向けてくる。頬に赤みが射していた。彼女もまた、強い歓喜に満たされているようだ。

 

「ジブリル、なんだか顔が赤いようだが」

 

「はい。ようやくマスターの願いが成就しそうなのですもの。これが嬉しくない《使い魔》なんていませんことよ」

 

 ジブリルはすんと微笑む。

 

「そろそろわたくしの放ったモノが効能を発揮する頃です。ですが、あれの効果が出てしまうと、地上を進むのは少々難しくなりますわ」

 

「……そう言うという事は、策があるという事なのだな?」

 

 主人の問いかけに《使い魔》は素直に頷く。

 

「はい。それも、うんとマスターに相応しい移動方法ですわ」

 

 そう言って可憐な少女の姿を取る《使い魔》はその瞳を閉じた。間もなくして、その華奢な身体が純白の光に包み込まれる。光は瞬く間に強さを増していき、辺り一帯が白く染め上げられていく。

 

 周りの兵士達の「今度はなんだ!?」という声も聞こえてくるが、ガブリエルは気にせずに光の元凶を見続けていた。光に包み込まれたジブリルは少女のシルエットから球体へと変わっていた。

 

 それは爆発するように巨大化していき、ガブリエルの身長も越え、一二メートルほどの高さに至ったところで止まる。そして光は弾けるように消え去り、巨大な存在が姿を見せ付けてきた。

 

 ――ドラゴンだ。

 

 

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