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「おらおらぁッ! 道を開けろよ《閃光》ッ!」
怒号を叫び散らしながら、筆頭殺戮者は片手剣を振るってくる。
アスナの手に収まっている細剣は《ラディアント・ライト》という、自分自身の利己心が昇華した姿である《
しかし、筆頭殺戮者――
これによってアスナの身体のあちこちには大小様々な切り傷ができており、こうしている間にも血が流れ出て行っている。確認している暇など一切ないが、天命もかなりの勢いで削がれている事だろう。
PoHもアスナの繰り出す斬撃や刺突を数回浴びているので、かなり天命が減っているのは間違いない。現に彼の者の身体にも鮮血の
この世界には《
「あ、あ゛あ゛あ゛ッッ」
PoHの勢いが落ちたの時を合わせて、悲鳴が聞こえてきた。全身が
その巨大腕の先端部を確認したところでアスナはぞっとする。シリカが今にも握り潰されそうな力で、アガレスに捕まっていたのだ。
《あははははッ、雑魚雑魚雑あああああ魚!!》
揺さぶって来るような少女の《声》が頭の中に響く。アガレスのモノだった。アガレスもユピテルと同じように頭の中に直接届く《声》を発してくるのだが、彼と違って声量も振動も大きく、その《声》が届いてきた時には軽い
その《声》を直に浴びせられたと思わしきシリカは、アガレスの手の中でぐったりとしていた。獲物の動きが止まっている事を良い事に、アガレスは玩具のようにシリカを振り回した後に思いきり地面へ叩き付けた。
シリカは轟音と共に地面をバウンドした後に倒れるが、ごきりという嫌な音が複数回鳴ったのをアスナは聞き逃さなかった。今の衝撃であちこちの骨が破砕されたのだ。
《終わりぃぃぃぃぃッ!!》
動けなくなったシリカの元へアスナが駆け付けようとしたその時に、アガレスは右巨大腕に猛烈な闇のエネルギーを集結させた。そして倒れて動かないシリカ目掛けて、渾身の力を込めて振り下ろす。どしゃっという何かが潰されるような音が鳴った直後、アガレスの右巨大腕に込められていた闇のエネルギーが炸裂し、シリカの居た地面を中心に闇の大爆発が発生。その周囲が吹き飛んだ。
「シリカ、ちゃん……」
まさか、シリカちゃんが、そんな。こんな事で、あんな奴に、そんな。身体から力が抜けて、《ラディアント・ライト》が手から抜けてしまいそうになった。この世界で殺された場合、わたし達はどうなるんだったっけ――そんな考えが頭の中いっぱいに広がり、食い破ろうとしてくる。
「よくも、よくもシリカをおおおおおおおおおッ!!」
アスナを我に返らせたのは、リズベットの怒声だった。彼女はこれまで見た事がないような鬼気迫る表情でアガレスに飛び掛かり、《EGO》であるウォーハンマーをアガレスの首元に思い切り叩き付けた。アガレスがシリカを叩き付けた時のような轟音が再び鳴り響き、重く強い衝撃が地面を伝わる。
そこでようやくアガレスは獣の
そしてすぐさま思い直す。アガレスは無敵などではなく、攻撃は効く。倒せない相手ではない。アスナは落としかけていた《EGO》を持ち直した。間もなくしてリズベットがバックステップして次の攻撃に転じようとする。
《うぅぅぅぅぅぅぅぅッッ》
その次の瞬間、アガレスが身震いと同時に《声》を飛ばしてきた。それ自体は少女のものなのだが、狂気と破壊欲に満ちたような声色が頭の中を揺さぶろうとしてくるが、アスナは慣れつつあった。それはリズベットも同じだったようで、アガレスが《声》を送り込んで来ようとも、物ともせずに駆けて行っていた。
道中でその手に握られている《EGO》である《アーデント・ハート》が赤い光を纏う。ソードスキルをお見舞いするつもりだろう。
「余所見すんじゃねえよッ!」
リズベットを最後まで見ている事はできなかった。距離を取っていたPoHが再び斬りかかってきた。迫り来た凶刃をアスナはいなすようにして回避し、反撃を仕掛ける。細剣らしく斬り払いよりも刺突を優先して繰り出したが、PoHはそれらを読んでいるかのように片手剣で防いで見せた。
ここまで来たならば、ソードスキルの使用を考えるべきか。いや、ソードスキルは強力であるものの、確実に当てられる保証はないし、何よりPoHが細剣のソードスキルの動きを全て把握しているならば、ただ隙を晒すだけになってしまう。そうなればPoHの刃の直撃をもらって終わりだ。
自分がここで敗れれば、PoHはアガレスと共にキリトの元へ向かうだろう。PoHの凶刃によってキリトが殺されれば、次は人界の人々へ及んでいくに違いない。自分達を屈服させて、抵抗の意思を破壊し、ハンニバルの元へ連れていくために。
そして最後にハンニバルが勝利を飾り、何もかもが
「はあああああああああッ!!」
《うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!》
アスナの腹からの声とアガレスの怒声が重なった。PoHへの連撃を繰り出す最中の視界に、アガレスとリズベットの姿が見えていた。アガレスはリズベットが接近してきたその瞬間に顔を向け、単発のブレスを放った。
あまりに突然すぎたのか、リズベットは回避に失敗して直撃をもらう。黒紫のエネルギー弾は炸裂して闇の爆発をもたらし、リズベットを吹き飛ばした。
「がっ、ああ゛ああ゛ッッ」
リズベットが今にも消え入りそうな悲鳴を上げて地面に衝突すると、アガレスは猛スピードで追いかけた。両方の巨腕で紫色のエネルギーが激しく波打っている。
《このぉおおおおおおッ!!》
アガレスはシリカを叩き潰した時よりも力を込めて、両腕をリズベットへ振り下ろした。人体が破砕されるような音が鳴った直後に、シリカの時よりも大きな爆発がリズベットの居た空間を呑み込んだ。紫色の闇を含む土煙と残炎が消え去ると、そこにリズベットの姿はなかった。
リズベットもシリカも、全力でアガレスと当たっていたのだろう。先に行ったキリト達を守るために全力で攻撃し、アガレスを倒すつもりでいてくれたはずだ。しかし、勝者はアガレスだった。これで残りはアスナ、ユピテル、リーファ、ダハーカの四人だけとなった。
《この、この、このぉッ!!》
シリカに続いてリズベットを仕留めたアガレスが
《させないッ!!》
その時、一際大きな《声》が続いて頭の中に飛び込んできた。愛する息子の声だった。次の瞬間、青白い光の塊が横方向からアガレスへ体当たりをお見舞いしたのが見えた。ユピテルだ。《使い魔》形態となっている彼は今、アガレスに組み付いていた。
先程、PoHの苛烈な攻撃によって、リーファとダハーカが殺害される直前まで追い詰められた。二人にとどめを刺そうとしたところでアスナが割って入ってPoHのターゲットを買い、応戦している間にユピテルが元の姿へ戻り、神聖術で回復したのだった。
その彼がアガレスに組み付いたという事は、二人の治療が終わったという事なのだろう。
《どけぇぇッ!》
混乱しているような、興奮しているような上ずった《声》でアガレスは
バリバリという空気を切り裂く雷撃の音が鳴り響き、アガレスの身体で青白いスパークが起こる。数秒後、アガレスの身体を覆う黒い鱗と棘の一部が爆ぜた。ユピテルの全身から発せられている電気が流れ込んでいるのだ。今のアガレスの体表で起きた爆発は天命が削られている証拠だった。
しかし、アガレスは身体の一部が爆発しようとも、物ともしないかのようにユピテルへ叩き付けやブレスを放っていった。ユピテルも喰らうばかりではなく、反撃に転じて同じように巨腕の叩き付けや放電を繰り出していく。
「やああああああああッ!!」
「せぇあああッ!!」
アスナを狙って斬撃の嵐を浴びせようとしてくるPoHに向かって、背後から迫り来る人影が見えた。回復したリーファとダハーカだ。PoHは咄嗟に振り返ろうとしたが、それこそが最大の隙となった。
――そこッ!
アスナは掛け声も出さないで《ラディアント・ライト》の渾身の突きを放った。それはPoHの鎧を貫き、その腹に深く深く突き刺さった。
「ごふッ……」
身体のあちこちから既に流血が見られるPoHが血を吐き出す。更にリーファの剣撃が背中を切り裂き、ダハーカの槍が胸を貫いた。《ラディアント・ライト》の柄から強い手応えが返ってくる。間違いなく致命傷を与える事に成功しただろう。PoHは力なく腕をだらんとさせ、地面へと片手剣を滑落させる。
そのタイミングで、アスナとダハーカはPoHから細剣と槍を引き抜いた。
「心臓を貫いた。終わりだ、狂人よ」
ダハーカが冷たく言い放ったところ、PoHの身体から黄金の光の粒子が出始める。絶命の光だ。PoHの天命は尽き、この世界から消えようとしている。これでハンニバルの目論見は一旦潰せた。
「……甘ぇんだよ」
その時、PoHはかっと顔を上げてきた。口から血が溢れ、血の気が消え失せようとしているその顔は幽鬼のようだった。突然の事にアスナが驚いた直後、何度目かわからない轟音が鳴り響き、地面が縦に揺れた。無意識のうちにそちらに顔を向けたところで見えた光景に、アスナは絶句する。
全身のあちこちがボロボロになったアガレスが、その巨大な腕でユピテルを踏み
「ユピテ――」
「アガレスッ!!」
息子へ呼びかけようとしたアスナの声を、PoHの絶叫が遮った。はっとしてアガレスの方へ振り向くと、アガレスはどっしりと身構えて、その口内に闇のエネルギーを溜め込んでいた。それは瞬く間にアガレスの口内から溢れ出るようになり、バチバチと紫色のスパークを起こす。
次にアガレスが取るであろう行動を、アスナは瞬時に理解した。そして、そこから逃がすべき人物を把握し、そちらに向き直る。紺色の毛並みの狼男と言うべき相貌であり、この世界に生きる純粋な人。
「ダハーカさんッ!!」
アスナは茫然としているダハーカに近付くと、そのまま全身の力を振り絞って――突き飛ばそうとした。そんな事ができるわけがない。自分よりも遥かに身体が重いであろうダハーカを動かせるほどの力なんてない。
自分でもわかっていたが、果たしてアスナが全ての力を注ぎこんで起こした行動は、成功した。ダハーカは強い力で吹っ飛ばされたように軽く宙を舞い、比較的遠くの地面を転がった。
《いなくなれええええええええええええッ!!!》
アガレスの絶叫が轟いた次の瞬間、その口内で
膨大な闇のエネルギーの奔流は一瞬のうちにアスナを呑み込んだ。ふわりと身体が宙に浮いた気がした。世界から上下左右の概念が消失する。
何か言おうとしたが、声も出なかった。その時には、全てが跡形もなく吹き飛んでいたからだった。
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戦の音は相変わらず聞こえてくるが、背後の方から何度も聞こえてきていた爆発音が聞こえなくなってきた。その戦の音もまた、一定の大きさを保っており、近付きも遠のきもしない。ひとまずは、洗脳されて獰猛化した兵士達の索敵範囲外を進めているようだった。
「キリト、シノン、リラン……カイナン殿……」
途中でドロシーが足を止めた。皆と一緒に振り向くと、ドロシーは不安が極まっているような表情をしていた。何を思っているからこそ、そういう顔になっているのかは考えなくてもわかる。
「ドロシーさん、不安で怖くて仕方ないのはわかります」
カイナンが応じるが、その顔はドロシーとほとんど変わらない。自分達こそ戦闘員であるが、カイナンは非戦闘員である。襲い来る不安の大きさは自分達のそれを遥かに超えているものであろう。
「だって皆が……にいさんが!」
「ワタシだってアスナさん達とダハーカさんが心配です。あんな魔獣と、あそこまでの狂人は初めて見ましたよ。けれど、今ワタシ達が戻れば、きっとあいつらの思惑通りになってしまう。それだけは食い止めなければいけないとわかっていたから、ダハーカさんはワタシ達を逃がしてくれたんです」
カイナンは立ち止まろうとはしていなかった。本当は恐ろしくてたまらないはずなのに、この戦争を止めるために、突き進む事を選び続けてくれている。カイナンをここまで頼もしく思えたのは初めての事だった。
いや、この戦争という異例中の異例の出来事を受けて、カイナンはいつも通りでは居てはならないと思ってくれているのかもしれない。その心の有り様に、キリトは今は感謝したい気持ちになっていた。
「進みましょう、ドロシーさん。あの傲岸不遜の
カイナンは途中で言葉を区切った。キリトはシノンとリランと一緒になってカイナンを見る。彼は不思議なものでも見ているような顔をして、ドロシーの後方を見ていた。何があるというのだろう――気になってキリトはそちらに目を向けたが、そこで驚かされた。
こちらに向かってくる人影がある。目を細めて確認したところ、厳密に言えば人間ではなかった。狼男という単語から想像される容姿と、紺色の毛並みをしていて、頭部を除いた全身を紫色の鎧で包んだ青年。今まさにドロシーが話をしていた、彼女の兄であるダハーカだった。
「「ダハーカ!?」」
キリトとシノンの二人で声を上げると、ドロシーが「えっ!?」と言って振り返った。彼女の兄は颯爽とは言えない雰囲気であるものの、しっかりとした足取りで走ってきた。そこから十数秒経過した頃、彼はキリト達のすぐ傍にまでやってきたが、そこでドロシーが走り出し、ダハーカに抱き付いた。
「にいさんッ!!」
兄は妹に飛び付かれても微動だにしなかった。ダハーカは足腰が非常に強く、脚力もまた自分達の数倍は上である。その力でドロシーを受け止めたのだろう。
「にいさんっ、良かった、無事で……本当に良かった……!!」
ドロシーは涙を零しながらダハーカに
「ごめんな、ドロシー……今は、こんな事をしている場合ではないんだ」
ドロシーは「え?」と言って顔を上げ、きょとんとしたような表情を浮かべる。その時に、キリトには気が付いた事があった。ダハーカ以外の仲間達――アスナ達の姿がどこにもない。
「ねぇダハーカ、他の皆はどうしたの。どうして、あんただけが?」
同じ疑問を抱いたらしいシノンが尋ねると、ダハーカは顔を向けてきた。こちらへのすまなさ、敵への怒り、後悔といったものが混ざり合った表情がそこにあった。
「……落ち着いて聞いてほしい。拙者以外……全員死んだ」
キリトは目を見開いた。戦の音が聞こえなくなり、辺りが静寂に包み込まれたような錯覚に
「お前以外、全員……死んだ?」
どうか聞き間違いであってくれ――キリトの抱いた願いと祈りを、ダハーカの頷きが砕いた。
「……最初にシリカがあのアガレスと呼ばれる魔獣にやられ、続けてリズベットもやられた。叩き潰した後に爆発を浴びせて、確実に息の根を止めてみせた。その後、拙者とリーファを治療したユピテルがアガレスを抑え込んでくれたが、それでもアガレスの方が強く……。
その隙にアスナとリーファと拙者であの男を貫き、天命を全損させたが、そこでユピテルを打ち破ったアガレスが暗黒術とも神聖術ともわからぬ攻撃を仕掛けてきて……拙者は間一髪でアスナに逃がされた。振り返った時、アスナも、リーファも、あの男も……ユピテルもアガレスも消えていた」
ドロシーがふらふらとした足取りでダハーカから離れた。現実を信じられないような顔をしている。恐らく自分も同じような顔をしているだろう。
「にいさんしか、生き残らなかった……?」
「皆さん……ダハーカさんを除く全員が、あの場で死亡したというのですか……?」
ドロシーとカイナンが震える声で尋ねると、ダハーカは目を伏せた。
「……そうだ。拙者は誰一人として、守る事ができなかった……」
「そんな……そんなッ!」
ドロシーが声を上げそうになると、ダハーカは咄嗟と言わんばかりにドロシーの身体を思いきり抱き締めた。ドロシーが「むぐううううッ」と言うと、そのままダハーカはキリトに顔を向けてくる。
「キリト……絶望的な状況だが、アスナが何を言っていたのかは忘れていないだろう」
キリトはぎりっと歯を食い縛った。頭の中でアスナに言われた事を思い出す。どんなに覆す事が困難を極めている絶望的な状況に立たされたとしても、自分達にはやるべき事を遂行しなければならない。
自分に課せられたのは、迫り来るベクタの魔の手を斬り落としてアリスを助け、ベクタを撃破し、この戦争を終わらせる事。そして、自分達がここで立ち止まっていれば、高笑いするのはベクタと、PoHの背後に居るハンニバルだ。奴らの思惑通りに事を進めさせるわけにはいかない。
「あぁ……行くぞ、皆。アリスを助け、ベクタを倒す。俺達だけでもだ」
「はい……やらなきゃいけない事を放っておけば、何もかもがベクタの思い通りになってしまいます」
カイナンは険しい表情を浮かべた顔を向けてくる。
「キリトさんにシノンさん、リランさん。先に進みましょう。アスナさん達の仇討ちを――」
カイナンの言葉はまたしても途中で遮られた。どすん、という硬く鋭い何かが、柔らかい何かに突き刺さったような音が、二回ほど鳴った。空耳ではなく、確かに聞こえた。何事かを確認するために、音の発生源を確認する。
そこに居たのはカイナンとダハーカの二名だった。どちらも背中をぴんと伸ばしたままの姿勢で硬直している。その顔は、正体不明の出来事に唐突に襲われて、
「カイナン、ダハーカ?」
自分でも驚くほどのか細い声しか出なかった。二人とも、どうしてしまったんだ――そう尋ねようとしたその時、ダハーカが抱き締めているドロシーの背中を両手で掴むと、そのまま前方へ思い切り放り投げた。ドロシーは地面へ仰向けに打ち付けられ、悲鳴を上げる。
「ドロシー!?」
キリトはシノンと共にドロシーのところへ駆け寄った。直後、それまで沈黙していたリランが驚いたような反応を示し、《声》を送って来た。
《キリト、シノン!!》
それしか言ってくれなかった。今求めている答えはそんなものではない――その気持ちを言葉に変えて伝えようとしたその時、カイナンとダハーカは
「な、なに、なんですか、なんなんですか、これは、これは、あ、あ、あ、あああ」
「ドロシー、キリト、シノン、にげよ、にげるんだ、せっしゃたちから、にげるんだ」
二人の言葉は途切れ途切れだったが、そのうちのダハーカの言葉は聞き取れた。間もなくして、二人ががっと自身の頭を両手で抱える。何か得体の知れない苦痛に見舞われているという事だけは把握できた。直後、二人は背中を丸め、立ったまま
その時に、二人の背中に何かがあったのが見えた。禍々しい形状をした赤黒い――矢だろうか。
「にいさん!!」
「カイナン!!」
ドロシーとシノンが叫んだその時、赤黒い光の粒子がどこからともなく周囲に湧き上がってきた。無数のそれらは悶えるダハーカとカイナンの身体へ飛び込み、二人を二つの赤黒い光の球体へと変えていった。
その光景には既視感があった。それは、最悪の出来事がこれから起こるという予兆。最早どれだけの最悪が積み重なっているのか、どこまで積み重なろうとしているのかわからない。四人が絶句する中で、二つの赤黒い光の球体――卵を内部から食い破り、巨大な影がその姿を顕現させてきた。
片方は、リランの全高よりも少し低い程度の、ずんぐりとした体形をした、禍々しいほどに大きな口と鋭い牙が特徴的な熊のような異形。もう片方は、人間と狼が複雑かつちぐはぐに混ざり合ったような容姿をしていて、獰猛さを剥き出しにしたような顔をした異形。
両方に共通しているのは、その身体のあちこちに黒い装甲のような人工物的部位が見受けられる事だった。その特徴を認めたキリトは、零すように一つの名を口にした。
「《EGO化身態》……!!」