キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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09:《鍵》を手に

           □□□

 

 

「……ッ!!」

 

 息が詰まりそうな感覚に襲われて、シノンはがばっと飛び起きた。周囲を確認すると、そこは薄暗い部屋だった。どこもかしこも硬そうな材質の壁と床でできていて、部屋全体が少々冷たい雰囲気に包まれている。

 

 その中に設置されている大きな機械が、シノンが横になっていたベッドの正体だった。辺りを更に見てみると、薄闇の中にぼんやりと無数のインジケータやインタフェースが表示されたモニターがあった。

 

 明らかにアンダーワールドではない。ではここはどこなのか。現実世界のオーシャンタートル内、サブコントロールルームの《STL》が設置されたスペースだ。そして自分はシノンではなく、朝田(あさだ)詩乃(しの)だ。詩乃はそう自覚した。

 

 だが、どうして自分はここに居るのか。

 

「詩乃さん!」

 

 その理由を思い出すよりも前に、掛けられてきた声に意識を取られ、詩乃は振り向いた。セミロングとショートヘアの中間ぐらいの長さの黒髪で、何となく緑がかって見えるような気がする黒色の大きな瞳、自分よりもずっと大きな胸をした、患者服らしき服を着た少女がそこに居た。

 

 自分の愛する人であり、今もアンダーワールドで戦っていると思わしき桐ヶ谷(きりがや)和人(かずと)の妹である直葉(すぐは)だった。心配そうな表情をしてこちらの顔を(のぞ)き込んでいる。

 

「直葉……」

 

 呼びかけを聞いた直葉は若干安心したような顔になった。しかし、彼女がこうしてここに居るという事は――その続きを考えるより前に、またしても声が飛び込んでくる。

 

「詩乃のん」

 

 今度は明日奈(あすな)の声だった。導かれるように二人で向き直ると、本当に明日奈が居た。自分達同様に患者服を着ていて、大きなモニターのあるコンソール前でキーボードを叩いている女性の隣に立っている。

 

 確認した詩乃は大きなフルダイブマシンから立ち上がり、直葉と共に明日奈の元――正確にはその隣に居る恩師の元へと向かった。

 

愛莉(あいり)先生」

 

 詩乃の呼び声に恩師は応じた。振り返って来るものの、「あちゃー」と言わんばかりの顔をして、頭を掻き始める。自分の娘であるユイと同じ色相の、(つや)のある黒い長髪がぐしゃぐしゃと乱されていた。

 

「……一応言うね。おかえり、詩乃」

 

「愛莉先生、私達……」

 

「あぁ。全員やられちゃったわけなんだね」

 

《えぇっ!? 詩乃もやられたっていうの!?》

 

 どこからともなく親友の声がして、詩乃は驚いた。声の発生源を探したところ、明日奈の手元にあるスマートフォンがそれである事に気が付いた。そして聞こえてきた声色はつい先程まで聞いていた、親友リズベット――里香(りか)の声だった。

 

「里香? 里香なのね」

 

 詩乃が問いかけると、返事が来た。

 

《えぇ、あたしよ詩乃》

 

《詩乃さん、大丈夫ですか?》

 

 里香に続いてシリカ――珪子(けいこ)の声も届いてきた。六本木にあるとされるラースの支部にいる二人と通信が繋がっているようだ。二人とも顔は見えないが、声色には焦燥由来の震えが混ざっている。相当に焦っているのだけは間違いない。

 

「あんた達もやられたのね……」

 

 向こうで聞かされたダハーカの言葉は真実だった――詩乃は改めて認識して、溜息を吐いた。彼が嘘を吐いている様子はなかったので、信じていたものの、それでもダハーカの見間違いで、誰かが生き残っていたりしたのではないかとも思っていた。

 

 しかし結果は、全滅だった。現実世界からダイブしている者の中で残っているのはキリトとリランだけになってしまっている。

 

「朝田さん、向こうで何があったんスか」

 

 愛莉の更に隣でキーボードを操作するのを一旦止めた比嘉(ひが)が尋ねてくる。そこに菊岡(きくおか)まで追従してきた。

 

「恐らくも何も、つらい思いをしたんだろうけれども……どうか、教えてもらえるかな」

 

 詩乃は明日奈、直葉の順番で顔を合わせた。二人が無言で(うなづ)いたのを認めた後に、その場に居る全員へと、向こうで起きた事を話した。話の最中、菊岡、比嘉、凛子(りんこ)は数回驚いたような反応をし、愛莉は終盤に向かうにつれてどんどん苦い表情になっていった。

 

「……実に最悪だ。《SAO》の時からの宿敵であるPoH(プー)が、今回オーシャンタートルを襲って《A.L.I.C.E(アリス)》を奪おうとしている襲撃者の中に混じってただなんて……因果って言うか、世界は広いんだか狭いんだか」

 

「愛莉先生、PoHは《()り逃げ男》……須郷(すごう)伸之(のぶゆき)と同じハンニバルの部下です。PoHがオーシャンタートルを襲ってる奴らの中に居て、アンダーワールドにログインしてたって事は……!」

 

 明日奈が蒼褪(あおざ)めそうになっている顔で、詩乃も思っていた事を告げたところ、愛莉はコンソールに突っ伏すような姿勢を取って頭を抱えた。器用な事に、キーボードから僅かに()れたところに肘を置いて誤入力を防いでいる。

 

「あぁ……他の連中までそうなのかはわからないけど、少なくとも今回の襲撃の大本にハンニバルが関わっているのは確かだ。菊岡さんからこのプロジェクトへの勧誘を受けた時から、薄々そんな事になるんじゃあないかって危惧(きぐ)してたんだけど……どうしてそういう悪い予感ばっかりよく当たるんだか」

 

 愛莉は更に髪の毛をぐしゃぐしゃとさせる。日頃から手入れを欠かさず、美しい髪を保つ事を念頭に置いている世の中の女性が見たら卒倒しそうな、もしくはヘアサロンの人が見たら激昂(げっこう)してきそうな光景である。

 

「しかもなんだね? PoHはハンニバルからの贈与(ぞうよ)で《使い魔》手に入れてたって?」

 

「はい。あたし達、そいつにやられたようなもので……リランは耐えてましたけど、ユピテル君はあっという間にやられて……」

 

 直葉の伝えた事も、ダハーカが言っていた内容と同じだった。アガレスという名で呼ばれていたPoHの《使い魔》は非常に強力な存在だった。PoHが倒された後にアガレスも姿を消していたという話だったが、明日奈の天命全損によってユピテルが強制的にアンダーワールドから消えたのと同様に、PoHの天命全損という強制ログアウトに(ともな)って、アガレスもまた強制的にアンダーワールドから離脱させられたのだろう。

 

 完全にキリト/和人とリラン、明日奈とユピテルの関係と同じになっている。そんな事を思考する詩乃の比較的近くに居る菊岡が腕組をしながら下を向く。

 

「そしてオーシャンタートルの襲撃者の、そのPoHとやらの仲間の一人でもあるかもしれない奴が暗黒神ベクタのアカウントの《鍵》を手に入れて解放し、好き放題やってるって事か……これは酷い話だ。対処が難しいね」

 

 すると比嘉が「ああーもう!」と軽く声を上げて、愛莉に抗議するように言った。

 

「愛莉先輩、だからボクの言った通りだったじゃないスか! 外部から干渉できないセキュリティを《鍵》に(ほどこ)してしまうのは(まず)いんじゃないんスかって!」

 

 そこに加勢したのは意外にも凛子だった。愛莉の後輩と先輩が一度に責めかかる。

 

「比嘉君の言う通りよ。あなたのセキュリティ意識は、確かに素晴らしいって言えるわ。技術の流出や盗用を防いで運用していくためには、強固なセキュリティが必要不可欠なのも事実よ。けれど、あまりにもセキュリティを強くしすぎて、いざ使おうとした時に支障が出てしまうのでは意味がないわ。あなたのやった事は本末転倒よ」

 

 愛莉は髪の毛を掻きまくるのをやめて頭を抱えていた。ここまで責められている恩師の姿を見るのは初めてなものだから、詩乃は思わず目を点にしていた。

 

「……おっしゃる通りです凛子先輩。今回ばかりは強くしすぎてしまったかもしれません」

 

 凛子は深い溜息を吐いた。凛子は愛莉の大学時代の先輩であり、愛莉と親しくしていた数少ない人物の一人であるという話を本人から聞いていた。そんな凛子にこう言われては、舌戦が得意な方である愛莉もたじたじになってしまうようだ。

 

 そのまま愛莉は横目で比嘉を見る。

 

「……けれどね比嘉君、もし私の設定したセキュリティよりも(ゆる)いモノにしていたならば、今頃スーパーアカウントは襲撃者の連中に全部取られていたのかもしれないよ。そうなればもう、本格的に打つ手はなく、私達は完敗していた。そうじゃあないかい……?」

 

 言い訳じみていたが、愛莉の言った事は正論だったらしく、比嘉は「そうかもしれないッスけど……」と困っている様子だった。やがて重い沈黙がサブコントロールルームを満たそうとしてきたが、それを振り払った声があった。

 

 明日奈のスマートフォンを経由して、この場に参加している珪子だった。

 

《愛莉先生、あたし達、今すぐにでも戻らなきゃいけないんです! 今、和人さんとリランさんが本当に危ないんです!》

 

 珪子の言葉が詩乃の脳裏に記憶を呼び覚ます。PoHとアガレスという凶悪な殺戮者(さつりくしゃ)の撃破自体には成功したが、暗黒神ベクタは未だに健在だろう。こうしている間にも計画を進め、アリスを手中に収めんとしているに違いない。

 

 そしてそれを唯一止めにかかっていってくれているだろう和人/キリトとリランは、ドロシーを連れて(なか)ば孤軍奮闘状態にある。彼らの力を信じていないわけでは決してないが、それでも情勢は明らかに暗黒神ベクタ側へ(かたむ)いている。

 

 キリトとリランがやられてしまえば、何もかもが暗黒神ベクタの、ハンニバルの思惑通りになってしまい、本当に終わりだ。珪子の言うとおり、今すぐにでも助けに行かなければならない。

 

 詩乃が声をかけようとしたところ、愛莉が頭を抱えるのをやめて姿勢を正す。

 

「……そうだね。君達には何としてでも和人君を、アリスを助けてもらいたい。だけど、そのまま行ったところで、またやられるのがオチなのは目に見えているんだ。なんて言ったって、相手が暗黒神ベクタなんていうスーパーアカウントを使っていやがるんだからね」

 

 暗黒神ベクタはダークテリトリーの民達を洗脳し、傀儡(くぐつ)のように操っていた。その規模は恐らくダークテリトリーのほぼ全土に及んでいるのだろう。それだけの能力を持っているのだから、戦闘力は皆無であるというデメリットを抱えている――とは考えられない。

 

 ダークテリトリーは力こそが全てというルールの下で成り立っている国だった。その頂点である暗黒神ベクタが洗脳能力だけが突出していて、戦闘力がないなんていう事はあり得ない。PoHとアガレスも十二分に強かったが、暗黒神ベクタはそれ以上の強さを(ほこ)っているのだろう。

 

 そんなベクタに自分達が束になってかかったとしても、ごく短時間のうちにやられてしまうだけ。何か、ベクタに対抗できる特殊な手段が必要だろう。

 

「けれど、どうするんスか愛莉先輩。スーパーアカウントであるベクタに太刀打ちできるのなんて、ボク達が作ったのと、愛莉先輩が後から作って設定したスーパーアカウントくらいしかないッスよ。その《鍵》は――」

 

 比嘉がまたしても《鍵》という言葉を口にする。先程からずっと《鍵》、《鍵》と言っているが、何の事なのだろうか。疑問を抱く詩乃の横で、明日奈が提案するように言う。

 

「愛莉先生、比嘉さん、わたし達にスーパーアカウントを使わせてください! もう、それくらいしかベクタと対等に戦える手段はないと思います」

 

「そうだよ。今まさにそれを言おうとしていた。でもね――」

 

 愛莉は言いかけて口籠(くちごも)った。先程から《鍵》という言葉が何度も出てきている事と、愛莉が比嘉と凛子から色々言われている事を照らし合わせると、何だか嫌な予感がしてきた。

 

 愛莉は天才AI開発者、研究者でありながら、時折――いや、結構な頻度で()()()()傾向にあった。もしかして今回もそれなのではないか。詩乃がそう思ったところで答えてきたのが比嘉だった。

 

「愛莉先輩、セキュリティ強化のためって言って、スーパーアカウントを使うための《鍵》をパスワードじゃなく、アンダーワールドを運営する超強化改造型カーディナルシステムが《アンダーワールドの内部で生成したモノ》にしちゃったんッス! スーパーアカウントを使うには、アンダーワールドに潜ってそれを手に入れなきゃいけないんスよ!」

 

「「「「「えぇ――ッ!!?」」」」」

 

 詩乃、明日奈、直葉、里香、珪子の驚きの声が重なってサブコントロールルームに木霊(こだま)した。

 

 スーパーアカウントとは、アンダーワールドを調整するため、起きている問題を解決するために作られたアカウントであり、アンダーワールドを運営しているラースにとっての生命線である。

 

 それを使うための《鍵》が、サブコントロールルームのコンソールからは得る事ができないようになっている。考えただけで眩暈(めまい)がしてきそうだった。

 

 今すぐにスーパーアカウントを使う必要があるのに、その《鍵》は人界とダークテリトリーの大戦争という混沌の状況に(おちい)ったアンダーワールドのどこかにある。あの広い広いアンダーワールドのどこかに。

 

「……カーディナルシステムに入力したのは《鍵》の名前と、これらは必ず武器にしろっていう指示、あとはカーディナルシステム側で自由に解釈して生成してくれっていう命令(プロンプト)だ……カーディナルシステムが《鍵》を何にして、どこに生成したのかを把握する手段はない……これなら、もしアンダーワールドで好き勝手しようと(たくら)む悪人が居ても、スーパーアカウントを利用できない……だろう?」

 

 愛莉は頭を抱える姿勢に戻っていた。そんな彼女のすぐ近くで比嘉と凛子が(あき)れたように溜息を吐く。

 

 確かに愛莉のやり方ならば、スーパーアカウントの悪用をほぼ確実に防げるだろう。何の力も持たないアカウントでログインした後、広いアンダーワールドのどこかにあるスーパーアカウントの《鍵》を見つけ出さなければならないのだから。余程の執着心、執念がなければ、《鍵》を手に入れる前にログアウトを選ぶ事だろう。これで悪人がスーパーアカウントまで辿り着く事はない。

 

 だが、同時に本来の管理者までもがスーパーアカウントの使用に辿り着く事ができないのであっては全く意味がない。凛子の言う通り、本末転倒である。それが今この差し迫った状況で起きているのだから頭が痛いでは済まされない。

 

「菊岡さん、《鍵》は今から変える事はできないんですか?」

 

 明日奈の問いかけに、菊岡は首を横に振る。

 

「やろうと思えばできるけど、スーパーアカウントの設定とかを変えるためのプロテクトも、愛莉博士の進言で、ものすごく厳重になっているんだ。プロテクトを破るだけでも相当な時間がかかってしまって……襲撃者達にたっぷりと猶予(ゆうよ)を与えてしまうだろう。元々はアンダーワールドの時間加速倍率は一二〇〇倍くらいになっているんだけれども、襲撃者達がメインコントロールルームで行ったであろう操作によって、今は現実世界と同じになっているんだ」

 

 ここでも愛莉のセキュリティ意識の高さが裏目に出た。愛莉の事だから、アンダーワールドを好き勝手にさせまいと思って、リランでも破れないような高度なセキュリティを敷いたのだろう。

 

 それがこうして牙を剥いてくるだなんて、愛莉本人も予想していなかったに違いない。だからこそ愛莉は頭を抱えた姿勢のまま動けないのだ。

 

「そんな、どうすればいいんですか! このままじゃおにいちゃんも、リランも……アリスさんも!」

 

 直葉が焦燥をいよいよ隠せなくなってきたその時、意気消沈していた愛莉ががっと顔を上げ、振り向いてきた。限りなく赤に近い赤茶色の瞳に鋭い光が宿っている。

 

「こうなったら単刀直入に聞くよ、五人とも。

 《ラディアント・ライト》、《アニヒレート・レイ》、《ヴァーデュラス・アニマ》、《アーデント・ハート》、《フィアーズ・スカージ》、《ディーネ・テティス》。

 これらはそれぞれ《創世神ステイシア》、《太陽神ソルス》、《地神テラリア》、《火神イグニア》、《風神アエリア》、《水神アクアリア》のスーパーアカウントの《鍵》の名前だ。これらをアンダーワールドに居た時に手に入れたり、見かけたりしていなかったかい」

 

 その問いかけを聞いた途端、詩乃は目を丸くしてきょとんとした。明日奈と直葉も同じような顔で反応している。そのまま頭の中で愛莉の口にした言葉達をリフレインさせる。

 

 《ラディアント・ライト》、《アニヒレート・レイ》、《ヴァーデュラス・アニマ》。

 

 《アーデント・ハート》、《フィアーズ・スカージ》、《ディーネ・テティス》。

 

 これのうち《ディーネ・テティス》についてはわからないが、それ以外は全て心当たりがあるどころではない。何故ならば、それらは――。

 

「愛莉先生。私達、《ディーネ・テティス》以外全部持ってます」

 

 詩乃は正直に告げた。愛莉は深く溜息を吐いた。

 

「……そうだよねぇ。いくら君達でも、そんな都合よく手に入れられてるわけが――」

 

 直後、愛莉は「えっ」と言って顔を向けてきた。途中で重要な事に気付いてはっとしたかのような、絵に描いたような反応の仕方だった。

 

「――なんだって? 水神アクアリアの《鍵》以外全部持ってる!?」

 

「はい。この《鍵》は――」

 

 詩乃は明日奈、直葉と一緒に《鍵》に該当する武器の事を話した。アンダーワールドには《EGO(イージーオー)》という、その人の利己心が昇華した強力な武器が存在している事。《ラディアント・ライト》は明日奈/アスナ、《アニヒレート・レイ》は詩乃/シノン、《ヴァーデュラス・アニマ》は直葉/リーファ、《アーデント・ハート》は里香/リズベット、《フィアーズ・スカージ》は珪子/シリカの《EGO》として具現してきた事を。

 

 その話は菊岡、比嘉、凛子、愛莉の四人からしても初耳の情報だったらしく、菊岡は「何という事だ」と繰り返し(つぶや)き、愛莉は顎元に手を添えた。

 

「……そっか。カーディナルシステムはそう解釈して、《鍵》を生成していたのね。そして《EGO》という、人の利己心が昇華される事で具現化する、神器を超える武器や防具という形を取った……うんうん……(おおよ)そ……」

 

 愛莉が《素の口調》に戻っているのを詩乃は聞き逃さなかった。何か思うところがあるようだが、途中から聞き取れないくらいの小声になっていて、内容がわからなかった。気になって尋ねようとした次の瞬間、愛莉は顔を上げて目を向けてきた。

 

「その《EGO》っていうのは、君達の利己心が昇華した姿なんだよね。って事はつまり、ただのアイテムだとかじゃあなく、君達自身に紐付けられていて、所有者である君達だけが使いこなす事のできる特別なモノなわけだ」

 

「はい。《EGO》は普段、私達の身体の中に納まっていて、必要な時になると手元に現れるようになってました」

 

「なるほど、《EGO》は君達の身体の一部であると解釈してもよさそうだね。いや、(ある)いはフラクトライトそのものと結び付いているモノか……」

 

 そこで疑問を口にしたのは凛子だった。

 

「その、《EGO》だったかしら。それがスーパーアカウントの《鍵》として生成されているっていうのなら、ベクタの場合はどうなの。産業スパイはどうやってこんな短時間でベクタの《鍵》としての《EGO》を得たっていうの」

 

 愛莉がくるりと凛子に振り向く。

 

「《EGO》はその人物の利己心が形を取った姿です。あくまで私の仮説ですが、恐らくベクタの中身がとても強い利己心を抱いていた人物であったために、アンダーワールドに降り立ったのと同時にその利己心が《EGO》として具現化した……という事なのかもしれません。そしてそれが暗黒神ベクタのスーパーアカウントの《鍵》でもあった……そういう事だと思います」

 

 詩乃はその仮説に目を見開いた。自分達は《EGO》を手に入れるまでに、相当な苦難に見舞われた。直葉、里香、珪子に至っては《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》という怪物となってしまったくらいだ。それらの苦難の伴う試練を乗り越えられたからこそ、自分達は非常に強力な武器である《EGO》を手に入れる事ができた。

 

 だが、元々利己心がとても強い人物は、アンダーワールドに入るのと同時に《EGO》を得られるようになっているのかもしれない――愛莉のその仮説は、とても不公平な気がするが、しかし他のスーパーアカウント同様に《鍵》のかかっている暗黒神ベクタを、アンダーワールドにダイブして間もない産業スパイが解放できているという事象の原因を正確に突き止めているように感じられた。

 

 他の要因を考えてみようとも思ったが、詩乃にはベクタが顕現した理由を正確に説明できている仮説を立てる事ができなかった。ここは愛莉の推測が当たっていると判断するとしよう――そう思う事にした。

 

 直後、徐々に愛莉の口角が上がっていき、清々しさを感じさせるくらいの角度で止まった。ようやく勝ち目が見えてきた事に笑んでいるかのようだ。いや、実際そうなのだろう。

 

「いずれにしても、君達は《EGO》という形でスーパーアカウントの《鍵》を手に入れられている。ダークテリトリーを支配できている暗黒神ベクタに太刀打ちできる、《神の力》ってやつだ。しかもその数はあっちより圧倒的に多い。確実にあっちをぎゃふんと言わせられるよ」

 

 愛莉が言うなり、明日奈、直葉の表情に元気や勢いというべきものが戻ってきた。挑んだところで勝てないとされていた暗黒神ベクタに勝てる可能性が出てきているのだから。そこで明日奈が問いかける。

 

「わたし達の《EGO》が《鍵》になるのはわかりました。けれど、どうやったらスーパーアカウントを使えるんですか」

 

 明日奈の問いかけを受けた愛莉は、右手を腕に伸ばした姿勢を取った。

 

「簡単さ。アンダーワールドに再ログインしたら、その《EGO》をこんな感じで空に突き出すようにして、『システムログイン』と一言唱えりゃいい。それだけで自動的にスーパーアカウントが君達に適応されるよ」

 

 詩乃は思わず力が抜けそうになった。《鍵》がこれだけの設定になっているのだから、ログイン方法も複雑化しているではないかと思っていた。まさか《鍵》を手に入れた後は、簡単な一言だけでスーパーアカウントを利用できるだなんて。ここを複雑化させなかった理由は何なのだろう。もしくは、《鍵》の入手方法が困難なものになっているからなのか。

 

 その直後、愛莉がコンソールに置かれているスマートフォンを手に取り、話しかけた。

 

「さてさてさーて、今のを聞いたね我が子達。これを《皆》に伝え、アップロードして見せたサーバーに接続するよう頼むんだ。和人君、詩乃達の命運は君達の働きに(かか)っていると言ってもいい。さぁ、行っておいで!」

 

 子供におつかいなどを頼む母親のような言い方で、愛莉はスマートフォンへ呼びかけた。彼女の発した言葉の冒頭の、《我が子達》という言葉に強い引っ掛かりを覚えた詩乃は、目を見開いて、愛莉に声をかけた。

 

「愛莉先生、まさか、ユイと通信が繋がってたんですか!?」

 

「あぁ。ユイだけじゃなく、ストレアやプレミアとティア、リエーブルとヴァンにも今の会話を聞かせておいた。できればアンダーワールドから久しぶりに帰って来た君にユイと話をさせてやりたかったところだけど、そんな事をしている暇は君にもユイにもない」

 

 愛莉は椅子から立ち上がった。

 

「さぁ、逆襲の時間だ! アンダーワールドを救うよ!」

 

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