キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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10:転換点 ―大いなる戦い―

           □□□

 

「凍て裂けッ!!」

 

 叫んで《EGO(イージーオー)》で一閃すると、猛烈な冷気の波がユージオを発生源として前方へ扇状に広がっていった。その言葉通りに全てを凍て裂かんとする氷と冷気の刃を含んだ暴風は、立ち向かってくる獰猛(どうもう)な暗黒界の兵士達を呑み込んだ。

 

 目を血のような赤色に光らせて口から(よだれ)を垂らしているという、血と肉に飢えた獣と何ら変わらない敵兵士達は、一瞬のうちに氷と冷気の嵐に包まれてその身を切り刻まれながら吹き飛び、来た道を戻っていった。切り刻まれた彼らの身体から噴き出した血も全てが凍り、地面へと落ちていった。

 

 これで何度目だろうか。そして次が来るのはいつになるだろうか。きっと、すぐだろう。

 

 アリスが《光の巫女》を名乗った辺りから、暗黒界軍の兵士達は一目散にアリスの元へと駆け付け、我先にと言わんばかりに襲い掛かってくるようになった。

 

 アリスが光の柱を発生させるほどの神聖術を放った後に、幸運にも難を逃れていたオーガ族の族長フルグルが言っていた通りだ。暗黒界軍は、彼らを支配する暗黒神ベクタは《光の巫女》なるモノを欲し、それを手に入れるためだけに人界軍と衝突している。

 

 その《光の巫女》がアリスであるという宣言が成された途端、アリスの居場所へと進路を変更して、こうして絶えず襲い掛かってくるのが何よりの証拠だった。全ての暗黒界軍の将兵が目をぎらつかせて、アリスを手に入れようと、連れ去ろうとして飛び掛かってくる。

 

 かつての幼馴染であり、今はかけがえのない恋人であるアリスに迫る危機を、ユージオは跳ね除け続けていた。一人ではない。クィネラ様が自分に託してくれた特別な竜である冬追(フユオイ)、アリスと同じ整合騎士であるエルドリエさんとレンリさん、そして友人であるメディナと、その《傍付き練士》であり自分の後輩であるグラジオが一緒に戦ってくれている。

 

 レンリさんを除いて全員が《EGO》使いであるために、向かってくる暗黒界軍の兵士達を蹴散らすのは比較的容易だった。もし、自分達に《EGO》がなかったならば、今頃彼らの津波に呑み込まれてアリスは連れ去られていた事だろう。そして自分達は全身を切り刻まれるか、串刺しにされるかして死んでいたに違いない。

 

 《EGO》を手に入れる際の苦難は本当に耐えがたいものであったが、乗り越えられたからこそ今がある。自分達の歩んだ道は決して間違いなどではなかった――ユージオは心の片隅で安堵(あんど)を抱いていた。

 

「ワラワラワラワラと絶えず押し寄せてきて……いい加減気持ち悪いぞ!!」

 

 メディナが一閃を放って暗黒界軍兵士の一人を両断した後、更に連撃を繰り出して兵士達の群れを薙ぎ倒していく。その動きには残虐性や暴力的な様子は一切なく、(むし)ろ優美さすら感じる。まるで剣を携えた舞姫が華麗な踊りを披露しているかのようだった。

 

 それでもアリスを求めた兵士達がメディナへと濁流のように押し寄せていく。

 

《メディナ先輩に触ろうとするなッ!!》

 

 辺りに響く声がしたかと思えば、巨大な影がメディナと兵士達の間に落ちてきた。夕日を写したような茜色(あかねいろ)に染め上げられた鎧に全身を隙間なく包み込んだ、(ワシ)と獅子と人間の要素を併せ持った体型の鋼鉄の巨獣。

 

 《EGO》を(まと)ったグラジオだった。地面を揺らしながら着地したグラジオは、続けてその手に握られている極大剣で周囲を薙ぎ払った。鎧同様の茜色の刀身はメディナへ向かう兵士達を一人残さず掻き集め、遥か向こう側へと吹き飛ばした。

 

 いや、吹き飛ばされた者達は良い方で、中には上半身と下半身が切り離されてしまった者達もいた。それらは鮮血を撒き散らしながら地面へ(たお)れ、絶命の光を出して消えゆく。

 

 グラジオの《EGO》の力は実に頼もしいものだった。戦闘力こそ一歩及んでいないものの、その巨躯はリランやユピテル、冬追に匹敵するものであるため、そこから繰り出される一撃はどれもが非常に高威力を誇っている。

 

 彼が修剣学院を卒業し、クィネラ様に認められて整合騎士になって、どんどん修行や鍛錬を積み重ねていったならば、その時はリラン、ユピテル、冬追といった強力な力を持つ巨獣をも超える実力者となるだろう。そんな彼が味方である事が、今はこれ以上ないくらいに感謝したくなる状況であった。

 

「これでも喰らえッ!」

 

「駆け抜けろ、《雙翼刃(そうよくじん)》!」

 

 そこに加えてエルドリエさんとレンリさんの鞭と飛刃が振るわれた。まずエルドリエさんの鞭が激しい音を立ててしなりながら兵士達を上空へ吹っ飛ばし、無防備に宙を舞った兵士達へレンリさんの《雙翼刃》が飛来して追撃した。《EGO》でもないにも関わらず、《雙翼刃》は鎧を着た兵士達を見事に切り裂き、地面へ血の雨を降らせた。

 

 そういった攻防を続けたところ、徐々に敵の勢いが落ちてきた。アリス奪取を目論む連中の群れが、ひとまずは全滅に近付いているようだ。アリスが《光の巫女》の宣言をした時、暗黒界軍の全軍がアリス目掛けて突進してくるのではないかと思っていた。

 

 あの暗黒界軍が全て向かってくるような事になれば一溜りもないが、それでもアリスを守らねばと思って、ユージオは身体にずっと強い力を入れていた。

 

 何があってもアリスを奪わせるものか。もうアリスを奪わせないと誓ったのだから。

 

 そう心に強く念じて、ユージオは《EGO》と《フロスト・コア》の力を存分に振るい続けていた。その甲斐あってか、アリスに迫る魔の手は勢いを落としてきていた。

 

「ユージオ」

 

 身構えるユージオに声をかけつつ、歩み寄って来る人影があった。当然それは、守るべき人であり、ユージオにとっての愛する人であるアリスその人だった。流石と言うべきか、自分達と共にあれだけの大群を相手にしていたというのに、(かす)り傷一つさえ見受けられない。

 

「アリス、大丈夫!?」

 

「えぇ、わたしは平気よ。ユージオの方こそ、大丈夫なの」

 

「うん、何とかね。それにしても、敵の数が減ってきている気がするんだけど……」

 

 ユージオの疑問にアリスは(うなづ)き、周囲を見回す。向かってくる敵が居なくなっていて、エルドリエさん達が警戒態勢に移っている。

 

「確かに、向かって来る敵兵達が少なくなっているわ。予想以上に善戦できてるって事なのかしら」

 

 そう告げるアリスの顔は浮かなかった。彼女の身に危険が及んでいない事はユージオにとって喜ばしい事なのだが、どうにもアリスにとってはそうでもないらしい。

 

「アリス?」

 

「……わたし、最初に言ったわよね。《光の巫女》を名乗れば、暗黒神ベクタを炙り出す事ができるかもしれないって」

 

 そうだ。暗黒界軍の本陣の奥から出てこない暗黒神ベクタこそが、この戦争という惨劇を引き起こした張本人である。《光の巫女》というものを彼の者が求めているのがわかったからこそ、アリスは《光の巫女》を名乗り、暗黒神ベクタを本陣から強引に出させる作戦に出て、現在に至っている。

 

 だから、ここに来るべきなのは獰猛な兵士達ではなく、その支配神である暗黒神ベクタでなければならない。しかし先程から来ているのは前者ばかりであり、本来の目的である後者が一向に見えない。

 

「まさか、暗黒神ベクタは動いていない……!?」

 

 ユージオは懸念を口にした。兵士達を向かわせていれば、そのうち《光の巫女》を手に入れる事など容易だと判断されて、総大将のおびき出しに失敗したのだろうか。

 

 だとすれば最悪な事この上ない。兵士達を正気でなくさせて、この戦争を引き起こしている張本人は暗黒神ベクタだ。彼の者を討たない限りはこの戦争は終わる事なく続いてしまう。

 

 《光の巫女》が確認されたとしても彼の者が動かないのであれば、暗黒界軍の本陣に向かわなくてはならないが、当然そこは精鋭の暗黒界軍によって最高の守りが敷かれている事だろう。人界側の戦力だけで突破できるとは思えない。

 

 そして何より、キリト達という最高の味方が姿を消してしまっている。この状態で暗黒神ベクタの居る敵本陣へ挑むのは無謀極まりない。

 

「……《光の巫女》はわたしじゃないって気付かれたのかしら……となると、《光の巫女》っていったい……?」

 

 アリスが下を向いて(つぶや)いたその次の瞬間だった。少し遠くに居るエルドリエさんからの声が送られてきた。

 

「アリス様! 上空から何かがこちらに向かってきています!」

 

 ユージオはアリスと共に驚きながら、エルドリエさんの指し示す上空を見回した。こちらから見て北の方角に、黒く巨大な影が見えた。大きな翼を羽ばたかせて空を飛び、とても長い尻尾が風になびかれるようにして動いている。

 

 飛竜――だろうか。いや、違う。一般的な飛竜と比べて翼が非常に大きく、首も遥かに長い。飛竜が比較的ずんぐりとした体形をしているならば、上空を飛ぶそれは全体的にがっちりとしつつも細い体型をしている。

 

「なんだ、あれ……!?」

 

 ユージオがそう呟いた直後だった。身体が重い。まるで身体に目に見えない(おもり)を付けられたかのようだ。あの黒い飛竜らしきものを見てからだが――まさか、あいつの放つ威圧感がその正体だとでもいうのだろうか。

 

 と思った直後、黒い飛竜らしき巨影は、こちらに向かって滑空してきた。その威圧感のせいで、ユージオ達は身動きが取れなかった。

 

 

           □□□

 

 

 

「ベルクーリぃぃぃィィィッ!!」

 

 先程からずっと様子がおかしいまま変わらないシャスターの剣撃がベルクーリを襲い来た。右上方向からの斬り下ろし。できる限り剣の軌道を読み、ベルクーリはいなすようにして回避する。

 

 だが、シャスターは斬り下ろしの途中で止めて、切っ先でベルクーリを追いかけるように一閃してきた。ベルクーリははっとして後方へ飛び退こうとしたが、シャスターの《EGO》の刃先が左肩を(かす)めた。鋭い熱と痛みが生じたものの、ベルクーリはぐっと歯を食い縛って耐えつつ飛び退きを優先した。そのおかげか、深く斬られずに済んだ。

 

 交易街周辺での戦闘中に一度、シャスターの動きを止める事に成功した。その隙を突いてベルクーリは近くで待機させていた自身の飛竜に(またが)り、暗黒界方面へ直行。できる限り低空を飛びながら、人界軍と暗黒界軍が衝突している戦場の最前線へと飛び込んだのだった。

 

 そこは副騎士長ファナティオ、そして愛弟子であるアリスの居る場所だったからというのもあるが、最前線に整合騎士長である自分が居ないというのは、他の者達の士気にも密接に関わる事でもある。シャスターがあの有様なのだから、他の暗黒界軍も同じような事になっているだろう。

 

 ここで人界軍の士気が落ちようものならば、暗黒界軍の濁流に呑み込まれてお仕舞(しまい)だ。そうなってたまるものかよ――ベルクーリはそう思いつつ、戦場の低空を飛び、その最前線へ転がり込んだ。

 

 ひとまずそこでファナティオの姿を確認する事ができた。彼女は――シャスターの婚約者とされている暗黒騎士リピアと交戦していた。やはりというべきか、リピアも白目が黒に、瞳孔が血のような赤に変色していた。シャスターと違うのは、一切の感情を失ったかのような様子でファナティオに斬りかかっていたところだった。

 

 リピアもこうなっているのかよ――ベルクーリはファナティオを助けに入ろうとしたが、そこで怒声と斬撃が飛んできた。

 

 またしてもシャスターだった。交易街周辺の時と同じように、彼も自分を追いかけて最前線まで来ていたらしかった。

 

「シャスターお前、随分とオレを狙うんだな。それも暗黒神ベクタや大教皇の命令なのか!?」

 

「があああアアアッ!!」

 

 ベルクーリの問いかけにシャスターは獣の咆吼で答え、また剣を振るってきた。自分が人界最強の剣士、剣聖と呼ばれるのと同じように、シャスターもまた暗黒界最強の剣士、暗黒界の剣聖と呼ばれる実力者だ。その剣は武骨さの中に美麗さのある太刀筋であり、自分のそれとは全く異なっていた。

 

 その美麗さというものが(うらや)ましくて、ベルクーリは度々シャスターに「剣技に美麗さを出すコツを教えてくれ」と頼んだが、その都度シャスターに首を横に振られ、強制的に話題を蒸し風呂などに変えられたりしていたものだった。

 

 そのシャスターは今、確かにこちらを狙って剣を振るっている。しかし、そこにあの美麗さはないばかりか、武骨ささえもない。ただただ荒々しく出鱈目(でたらめ)に振っているに近しくなってきている。まるで人から人によく似た見た目の獣へと堕ちていっているかのようだった。

 

 そのせいで剣の軌道を読むのが難しくなってきた。次にどこから剣先が飛んでくるかの予測が付かない。袈裟(けさ)斬りか、斬り上げか、はたまた一閃か。思考を巡らせつつ、シャスターの動きを限界付近まで観察する。

 

 次の瞬間、シャスターは身体を捻じって力を溜めるような姿勢を取った。回転斬りを放つ前の動作だ。次に来るのは回転斬りだ――そう判断して、ベルクーリは迎撃態勢を取った。

 

 だが、更にその次の刹那、シャスターは思い切り《EGO》を振り被る姿勢へと体勢を変化させた。回転斬りではなく、斬り下ろしを仕掛けてきた。

 

「しまッ……」

 

 思わず口から声が零れた。やはり動きが出鱈目に等しくなっているせいで読めなかった。後退しようとしても、防御しようとしても間に合いそうにない。こればかりは受けるしかないか。

 

 幸い、刃の迫る胸元は最高司祭殿の作ってくれた鎧で守られている。これで受け止め切れるだろうか。……いや、相手は《EGO》だ。最高司祭殿は《EGO化身態》の身体をも容易に斬り裂く刃を受け止められるように作ってくれただろうか。

 

 シャスターの《EGO》と最高司祭殿製の鎧はどちらが上なのだろう。仮に受け止め切れなかった場合、深手になってしまうのだろうか。その場合、天命はどれくらい残ってくれるのだろう――迫り来る刃の切っ先を見つめながら、ベルクーリはいつにもなく思考を巡らせていた。

 

 そして、シャスターの刃がすぐ胸元にまで迫り来た。ぐっと歯を食い縛って筋肉に力を込め、できる限り抵抗を増やそうとした。もう逃げられない。

 

 

 ――その次の瞬間だった。かあぁぁんっという、金属同士が勢いよく衝突し合ったような鋭い音が響いてきた。

 

 最高司祭殿の鎧とシャスターの《EGO》がぶつかり合った音だと思った。しかし、胸元に何の衝撃も来ていないし、切り裂かれる痛みも熱もない。

 

 そしてそこで、ベルクーリは無意識のうちに目を閉じている事に気が付き、すぐさま開いた。シャスターと自分の間に人影があった。それも二人ほど。

 

 どちらも頭髪らしい毛がなく、緑色の肌をしていて、ベルクーリよりも小柄だ。そしてその身は紫色の鎧に包まれている。鎧の形状は、暗黒騎士のそれと同じものだった。

 

「ゴブリン……族……!?」

 

 ベルクーリは咄嗟(とっさ)(つぶや)いていた。確認したところ、ゴブリン族の二人は大きな盾を構えて踏ん張っていた。その向こう側にあるのは、自分を切り裂くはずだったシャスターの《EGO》だ。

 

「ぐっ、ぐううううッッ」

 

「ご無事ですか、整合騎士長ベルクーリ様!?」

 

 二人のゴブリンは背中を向けたまま声をかけてきた。ベルクーリは呆気に取られて、(まばた)きを繰り返すしかなかった。いったい何がどうなっている――そう思った直後、シャスターの方から声がしてきた。

 

「ぐぉ、ぐオおおっ、あああアアあッッ」

 

 一瞬攻撃を加えられて悲鳴を上げているのだと思った。しかし目を向けてみれば、シャスターは傷一つ負ってはいなかった。その代わり、何かに背後から組み付かれている。

 

 豚のような頭部をしているが、頭髪があり、人の目をしている亜人族。オーク族だった。それも、シャスターや自分に迫るほどの体躯だ。かなり筋骨隆々なのも見える。それ故にシャスターを取り抑えられているようだった。

 

 シャスターは唸り声を上げて暴れ出そうとするが、オークは必死になって抑え込んでいる。更にそこに盾を放棄した二人のゴブリン族まで加わり、シャスターの全身を抑え込む。

 

「貴様ラ……キサまらああああアアッ!!」

 

 獣の声に近しい怒声を上げるシャスターに答えたのはゴブリン族の二人だった。

 

「シャスター様、おやめくださいッ!!」

 

「お願いですシャスター様、正気に戻ってください!!」

 

「こんなの、シャスター様が望まれていた事じゃないでしょう!!」

 

 シャスターを背後から取り抑えるオークまで加勢する。三人はシャスターを拘束しているが、その様子はまるで(すが)り付いているかのようだった。そして悲しみと混乱で満たされ、涙が(たた)えられているその目を見て、ベルクーリははっとした。

 

 三人の目は、()()だ。シャスターやリピア、周りの兵士達、ゴブリンやオーク、ジャイアント、オーガといった亜人族兵のようにどす黒く染まった白目、血のような赤い瞳孔をしていない。そして、その者達のように殺戮や暴力を働こうとしていない。

 

 何より、二人のゴブリンの身を包んでいるのは暗黒騎士の鎧。

 

 まさか、この者達は――。

 

「お前ら……アメンクか!?」

 

 その亜人族らしくない亜人であるがために迫害されて、暗黒騎士団や商工ギルドに保護されて職を与えられている、暗黒神ベクタに《まつろわぬもの》。以前シャスターから聞かされたアメンクと呼ばれる者達と、今まさにシャスターを取り抑える亜人達の特徴は一致していた。

 

「シャスター様、目を覚まして! 目を覚ましてくださいッ!!」

 

「シャスター様、ぼく達を忘れてしまったんですか!?」

 

「種族の集落から追放されたおれ達に居場所と仕事をくれたのは、シャスター様だったじゃないですか!!」

 

 ゴブリン二人とオーク一人から構成されるアメンク達の叫びはベルクーリの耳にも迷いなく入ってきていた。更にそこへ交戦音が増加してくる。

 

 周りを見回してみたところで、ベルクーリは驚かされた。他のそれらと違って暗黒騎士の鎧や商人の戦闘服を着たゴブリン、オーク、ジャイアント、オーガ――は商人の戦闘服の着用者のみ――の軍勢が、暴れ狂う赤目の兵士達と交戦していた。

 

 彼らは獰猛な赤目の兵士達を殺そうとしておらず、繰り出されてきた攻撃を盾や各々の武器で受け止める、(つか)みかかって拘束しようとしているなど、撃滅よりも無力化を優先しているようだった。

 

 全員、暗黒騎士団と商工ギルドに保護されていたアメンク達だ。暗黒神ベクタに《まつろわぬもの》であるが故に差別を受け、見下され、迫害されていた者達が、暗黒神ベクタに《まつろうもの》達を止めようとしていた。

 

「……アメンク達が……!」

 

 ベルクーリは攻撃も防御も忘れて立ち尽くしていた。それは周りに居る人界軍の兵士達も同様だった。襲い来る赤目の兵士達の間に、赤目ではない戦士達が突然割り込み、取り抑えにかかるか、人界軍に加勢しているというのが現状である。

 

 数多の戦場を見てきたベルクーリでさえ予想していなかった状況だった。人界軍の兵士達から「なんだこいつら!?」「どうなってるんだよ!?」などの戸惑いの声が聞こえてくる。

 

 どうするべきだ。ひとまず人界の戦士達に落ち着くよう促し、アメンク達を誤って攻撃しないように指示するか。いや、この状況で声は届いてくれるだろうか。赤目の兵士達とアメンク達の戦闘音に掻き消されて届かないかもしれない。

 

 では、どうするべきか――。

 

「うわああああああッッ」

 

「があああああああああああッッ」

 

 一際大きな悲鳴と唸り声がして、ベルクーリはそちらに顔を向けた。オーク族のアメンクの一人が、飛び掛かってきた赤目の暗黒界軍兵士に斬られて斃れた。ほぼ不意打ちのような形だったので、対応できなかったのだろう。

 

 だが、次の瞬間にベルクーリは目を見開く事になった。オークのアメンクを斬った兵士が、そのまま勢い任せと言わんばかりに――同じ赤目である兵士に斬りかかったのだ。

 

 同志であるはずの剣士からの不意打ちを受けた赤目の兵はその刃を諸に浴び、血飛沫(ちしぶき)を上げて地面へ斃れた。血を浴びた赤目の兵士は更に他のアメンクと赤目兵に飛び掛かっていき、やがて目を赤く光らせる同志の斬撃を浴びて斃れた。

 

「は……!?」

 

 ベルクーリが思わず声を漏らした直後、周りの戦闘音と雰囲気が一変した。赤目の兵士達が獰猛な獣のそれと同じ声を上げ、互いに襲い合うようになっていった。

 

 ずっと交戦し続けているアメンクや人界軍の兵士達も襲っているが、それに加えて赤目の兵士同士で殺し合うようになってきている。

 

「なんだ、何なんだ……!?」

 

 理解が追い付かない。いったい何が起きてるっていうんだよ。なんで赤目同士で斬り合ってるんだ。

 

「シャスター様ッ!!」

 

 そんな場合じゃないのに、疑問で頭が埋め尽くされそうなベルクーリの耳元に、強く響く声があった。そちらに向き直ったところで、ベルクーリは再度目を見開いた。

 

 希望が居た。

 

 

           □□□

 

 

《この異様な光景、いったいどうなっておる!?》

 

 戦場の最前線へ辿り着くなり、見えてきた光景に驚いたであろうリランの《声》が飛び込んできた。その内容についてはキリトも深く同感だった。本来ならば、赤い目をした兵士達は、人界軍の兵士達と戦っていなければならない。

 

 だというのに、今目の前にいる赤目の兵士達は、そうではない暗黒界軍の兵士達と、同じく赤い目をした兵士達と戦い合っている。まるで錯乱しきって敵味方の区別が付かなくなっているかのようだ。

 

「見境がなくなってきてるのかもしれない。洗脳どころじゃない……これじゃあ侵喰だ。これもベクタの力だって言うのかよ……!?」

 

 直後、ドロシーが大きな声を上げた。

 

「あそこ……シャスター様ッ!!」

 

 キリトは驚いて、ドロシーの視線の先を見た。彼女の言葉通り、二人の偉丈夫と、二人の女性が戦い合っているのが見えた。ベルクーリとシャスター、ファナティオとリピアの取り合わせだった。やはりというべきか、シャスターとリピアは白目が黒に、瞳孔が赤く変色している。ベクタによる洗脳状態にあるのは間違いなかった。

 

 しかし、まさかあの二人までもがそうなってしまうだなんて――その動揺はすぐに驚愕と入れ替わった。よく確認したところ、シャスターが何かに組み付かれて身動きを封じられているのがわかった。

 

 ゴブリンとオークだ。暗黒騎士の鎧を着たゴブリン二人と、商人の服を着たオーク一人が、必死になってシャスターを取り抑えようとしている。更によく見てみれば、その三人は赤い目をしていなかった。

 

 あれはいったい何なのだろう。脳裏に疑問を浮かばせるキリトを他所(よそ)に、ドロシーはシャスターの居る前方へと走っていき、ある程度近付いたところで立ち止まった。

 

「シャスター様、おやめくださいッ!!」

 

 三人の亜人族に取り抑えられ、暴れ出そうとしていたシャスターの動きが止まった。直後、三人の亜人族はドロシーの方を見て、目を見開いた。

 

「生きていたのか、ドロシー!?」

 

「ドロシー、手伝ってくれ! シャスター様もリピア様も、皆おかしいんだよぉ!」

 

 ゴブリンの二人が助けを求めるようにドロシーに呼びかけてきた。そこでキリトは気付かされた。彼らはドロシーやダハーカと同じアメンクだ。周りの兵士達が赤い目をして暴走している中、彼らがそうなっていないのは、暗黒神ベクタに《まつろわぬもの》とされている亜人族の突然変異種ともいうべき存在だからだった。

 

「シャスター様、忘れてしまったのですか!? 暗黒界に平安をもたらすと、太平の世を皆で掴み取ろうと、小官とにいさんに語ってくださったじゃないですか! 我々はあと一歩で和平ができたんです。いくらベクタ様が現れたとはいえ、こんな暴虐な争いを、シャスター様が看過するはずがない!」

 

 ドロシーは何回も首を横に振る仕草をしながら訴える。そうだ、シャスターが望んでいたのは、このような未来の到来を防ぐ事だった。何故ならば、その未来の行く末に待っているのは破滅であると、聡い彼は知っていたからだ。彼の今の行動は、本来の彼とは真逆になってしまっている。

 

「お願いです、目を覚ましてください! リピア様を愛しておられるのでしょう? このままこの戦いが続こうものならば、リピア様も死んでしまいますよ!!」

 

 ドロシーの揺れていた瞳から涙が零れ出す。しかしシャスターは唸り声を上げて暴れようとするのをやめない。恐らくベクタの掛けた洗脳術が、シャスターの心を縛り上げて、戦う事以外考えられなくしようとしているのだろう。

 

「お願い……です……止まって、ください……目を覚ましてください……目を……」

 

 ドロシーは一度下を向いてすぐにがっと顔を上げて、絶叫した。

 

「目を覚まして、とうさんッ!!!」

 

 その声は周囲の戦闘音に掻き消される事なく響き渡った。ドロシーがシャスターの事をどう思っているかの告白。恐らく胸の中でずっと秘めていたであろう想い。それを受けたシャスターは――動きを止めた。

 

 白目を黒に、瞳を赤に染めた目のまま、ゆっくりと顔を動かし、ドロシーを見つめる。

 

「ド……ロ……シー……?」

 

 ドロシーはぼろぼろと涙を零しながら、

 

「……はい」

 

 と静かに頷いた。直後、シャスターに異変が起きた。

 

「ぐッ、グアあっ、あアッ、あアアあああアアあああアッッ」

 

 ゴブリンとオークに取り抑えられながら、シャスターは激しい痙攣(けいれん)を始めた。頭を抑え付け、何かを振り払おうとしているような素振りも混ざる。本来のシャスターが、ベクタの洗脳を打ち破ろうとしているように見えた。だが、ベクタの支配神の力が強引に押さえ付けて、彼の心を踏み(にじ)る。

 

 恐らく、周りの赤目の兵士達もそうなのだろう。暗黒騎士の中には略奪と殺戮を望み、アメンク達を(さげす)む者もそれなりに居たものの、ドロシーやダハーカ達といったアメンク達を同胞として受け入れ、和平を、太平の世の到来を望む者達も大勢いた。

 

 彼らは今、シャスターと同じように苦しんでいるのだろう。その苦痛によって自我を破壊され、同胞さえも殺そうとしてしまっている。このままでは惨劇が際限なく拡大するだけだ。

 

「やっぱり大元を叩きに行かないと駄目か……リラン、まだ走れるか? 走れそうにないなら俺が神聖術で――」

 

《おい、キリト……》

 

 リランの戸惑った《声》にキリトはきょとんとさせられた。彼女の目線の先を追ってみると、ドロシーが居た。(うつむ)いている。

 

「洗脳……洗脳解除の方法……確か、とうさんから学んだ知識の中に何か……何か対抗できるものがあったはず……暗黒術、神聖術……工程は違えど、リソースを使用し特定の現象を起こすという事は同じ……にいさんがとうさんから教わったっていう知識の中……何かが誕生すれば、その瞬間にそれを打ち消す概念も誕生するのだと……」

 

 何かの呟きが聞こえてきた。内容を把握できるように心がけたところ、何かしらの理論の話をしているのだとわかった。

 

「ドロシー?」

 

「対抗できる術式展開……洗脳は恐らく状態異常やステータス異常……回復? 違う。緩和? それも違う。……解除。対象は複数、統制された洗脳、解除……レリーズ? 違う。……リムーブ、コントロール」

 

 次の瞬間、ドロシーははっとしたように顔を上げた。

 

「これ!」

 

「えっ!?」

 

 ドロシーはそのまま顔をこちらへと向けてきた。難局を打破する方法を見つけたような表情がそこにあった。

 

「キリト、リラン! 小官はとうさん……最初のとうさんから、沢山の神聖術を習いました。ステータス異常を《解除》するシステムコマンドは存在します!」

 

 そんなものを使えるのはクィネラとカーディナルと大教皇くらいだと思っていたから、キリトは目を見開いた。

 

「本当か、ドロシー!? ならそれを使ってシャスターさんとリピアさんだけでも……」

 

 ドロシーは首を横に振った。

 

「駄目です。戦場に居る全ての者達を正常な思考に戻さなくては、この争いは止まらないでしょう。一人や二人では駄目です。全員に、この状況はおかしいのだと理解してもらわないと……」

 

「確かにそうだけど……けど、システムコマンドを使うにしたって、それを向ける対象が多すぎる。神聖術も暗黒術も、その場にある空間リソースを消費するだろう?」

 

「はい。全員にやるとなれば、大規模な術式が必要になります。ですが今、この場は神聖力に満ちている。多くの者達が斃れているからです。その者達も、同胞を生かすためならば許してくれるはずです」

 

 ここでは既に多くの者達が絶命して光となって消え、神聖力を霧散させている。空間リソースはたんまりとあるのだろう。だが、それだけで足りるとは思えない。

 

 

「足りない分は……小官の命で補えるでしょう」

 

 

 その一言にキリトは絶句しかかった。聞き間違いだと思った。だからこそ、ドロシーに聞き返した。

 

「ドロシー、君、今なんて……? まさか、おかしな事を考えていないよな? そんなのは絶対に駄目だぞ」

 

 ドロシーはキリトから顔を背けた。

 

「キリト……にいさんとカイナン殿があぁなってしまっていますが……元に戻す方法はあるのですよね」

 

「……ああ。けど、なんで今その話をするんだ」

 

 ドロシーは軽く顔を向けてきた。嫌な予感が当たっていた。何か重大な事を決心したような表情がそこにあった。

 

「……どうか、にいさんとカイナン殿を救ってあげてください。そして、彼らと共にこの争いを終焉へと導いてください。そのための道を、小官が今切り開きます。アスナ達が、シノンがそうしてくれたように」

 

 戦闘音が聞こえなくなり、ドロシーの声だけが鮮明に脳内へ届けられてきた。これまで数々の厄災と戦闘を経験し、数多の作戦を思い描いてきた脳の中に、一つのビジョンが浮かび上がった。それは、次にドロシーが取ろうとしている行動そのものだった。

 

 キリトは咄嗟にドロシーへ駆け寄った。しかし、距離が縮むよりも先に、ドロシーは大鎌を振り上げた。

 

《ドロシー、駄目ッ!!》

 

 リランが本来の声色で叫んだ直後に、ドロシーの宣言が響き渡った。

 

 

「システム・コールッ!!!」

 

 

 それ以上先は聞こえなかった。猛烈な白い光と音がドロシーを中心に発せられ、目も耳も塞がれたに等しい状態となってしまったからだった。だが、その中でも身体だけは感覚が生きていて――不思議な温もりに優しく包まれているような心地よさに満たされていた。

 

 その感覚が止んだのと、光が止まったのはほぼ同時だった。覆っていた目を開き、光の発生源を追う。

 

 戦場を覆い尽くすほどの大いなる光を発生させた《まつろわぬもの》の少女が、静かに地面へ倒れていた。

 

 

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