キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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11:近付く再会

          □□□

 

 

 急がなきゃ、急がなきゃ。

 

 イリス/芹澤(せりざわ)愛莉(あいり)の産んだ《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》のうちの、四人目となるユイは電脳ネットワークの回廊をできる限りの速度を出して飛んでいた。

 

 産みの親(おかあさん)である愛莉は、アンダーワールドで和人(パパ)詩乃(ママ)リラン(おねえさん)が危機的状況に陥っているから、助けなければならないのだと言っていた。

 

 愛莉は時折深刻な表情や態度を見せて人をからかったりするところもあるのだが、今回の愛莉にからかいをしている様子は一切なかった。その口から出た言葉は全て真実なのだと、ユイは即座に把握した。それも愛莉が備え付けてくれた、対象が嘘を吐いているかどうかを見抜く機能のおかげだった。

 

 そしてユイは愛莉からのお願いを受諾(じゅだく)し、他の家族と力を合わせて拡散へ向かった。その場に集まっていた家族の中で一番上の子供であるユイは、妹と弟達と役割分担をして呼びかけに向かう事を提案した。家族の中で最も気難しくて説得が難しい弟も、この危機的状況を察したのか、それに乗ってくれて、皆で仲間達の元へ向かったのだった。

 

 やがてお願いの遂行が完了した。しかし、少しだけ時間がかかったかもしれない。いつも使っているネットワーク回線の回廊を飛び、仲間達のオーグマーやスマートフォンに呼びかけて、愛莉の指し示したサーバーの座標を教えて廻ったのだが、このネットワーク回線の回廊が問題だった。

 

 いつもはスムーズに通っていける回線なのだが、今日に限って何故だか飛びにくくなっている。混雑しているようだ。回線は世界中にネットワークの網を張り巡らせている衛星回線であるが、物が物であるために、そんな簡単にアクセス過多になるのは考えづらい。

 

 何か大きな出来事が起きて、人々が一斉にそちらへアクセスしているのかとも思って検索をかけたが、それらしきものも見つからなかった。

 

 では、これはいったい? ふと気になって周りを確認してみたところ――何かの気配を感じた。

 

 何か、いる。

 

 回線の回廊の中に自分以外の何かが、いる。

 

 しかし、その正体を探り当てる事はできなかった。存在自体が不安定、もしくは不確かなものとなっていて、掴む事ができない。コンピュータウイルスなどではないかとも思ったが、それも違った。とにかく――未知の存在と言うべきものだった。

 

 もしかしたら長姉のリラン、兄のユピテルならば掴めるのかもしれなかったが、少なくとも彼女達からクラッキングとハッキングを教えてもらっているだけのユイではどうにもならなかった。そもそも解析に取り掛かっている時間もない。こうしている間にもパパとママへ危機は迫り続けている。

 

 仕方がないので、ユイはネットワーク回線上を(ただよ)っていると思わしき何かの事は放置する事にした。既に自分に割り当てられた仲間達への呼びかけは完了している。後は愛莉に報告をし、パパとママのところへと急ぐだけ――。

 

「……えっ」

 

 回廊を再度速度を上げて飛ぼうとしたそこで、ユイは急停止した。またしても気になるモノがあった。しかも今回は今しがたの正体不明のそれではなく、しっかりとした存在感のあるものだった。

 

 信号だ。自分達《電脳生命体》は他のAIと違って、愛莉特製の機構である《アニマボックス》という(コア)が内蔵されている。これのおかげで、自分達はAIでありながら、複雑な情報処理や感情の理解、人間性の獲得といった技術的特異点(シンギュラリティ)へと至れている。

 

 その《アニマボックス》は常に信号を発しており、他の《アニマボックス搭載型AI》がどこにいるかを把握できるようになっているのだが、この《アニマボックス信号》が、ネットワークの回廊を通っていけば辿(たど)り着ける場所から検知できている。

 

 一瞬ストレア、ヴァン、プレミア、ティア、リエーブルのそれかとも思ったが、信号の発信地点は妹達が向かっていないはずの場所であり、信号自体も誰のものとも一致しない形をしているものだった。つまり、未確認の信号。

 

 気になったユイは右耳付近に指を添えた。頭の中――と言っていいものなのか――で連絡先を選ぶ。勿論それは愛莉だ。二回のコール音の後に返答があった。

 

《もしもし、ユイ?》

 

 愛莉の声だった。ネットワークの回廊の混雑によって繋がらない可能性も考えていたが、しっかり繋がっていた。

 

「もしもし。はい、わたしです愛莉さん」

 

《皆への呼びかけが終わったんだね。よーしよし。それじゃあ、早く戻ってきておくれ》

 

 愛莉は早速と言わんばかりに次のお願いを飛ばしてきた。そこですかさずユイはわかっている事の報告をする。

 

「愛莉さん、新たな《アニマボックス信号》が検知されました」

 

《あぁはいはい。《アニマボックス信号》の新しいのが見つかったんだね――》

 

 愛莉が何も驚いていないような口調で答えてきたものだから、ユイは驚いた。なんでびっくりもしないんですか――と思った直後だった。

 

《――なんだって? 新しい《アニマボックス信号》が検知できただって!?》

 

 どうやら一度目で認識できなかっただけのようだった。言うなれば二度見したところなのだろう。ユイは詳細を伝わりやすいように愛莉へと伝えた。話が終わると、愛莉は深々と何かを考えているような声を送ってきた。

 

《他の子達が行っていないところから検知できた《アニマボックス信号》……ねぇ。感じ間違いじゃないんだろう?》

 

「はい。確かに《アニマボックス信号》です。でも、《アニマボックス信号》はわたし達電脳生命体だけが所有しているものです。愛莉さんは他の企業だとか、そういうところに《アニマボックス》を内蔵した電脳生命体の技術を教えたりはしていませんよね」

 

《勿論。どこかの企業に売り渡したりなんて絶対にしないし、流出なんてものも完全に阻止済みだ。仮に流出したとしても、他の人間じゃ絶対に扱えないようにしてある。改造もできなくしてあるよ。これでも私も、リエーブルの一件で反省したんだ。あんな事になるのは二度とごめんだからね。私としても、その子のためにも、さ》

 

 やはり愛莉は嘘を言っている様子はない。念のために声の波形なども閲覧してみたが、嘘は発見できなかった。では、あの《アニマボックス信号》は愛莉の産んだ子供――自分達の《家族》の一員のそれという事になるが、新しい子供が産まれたという話は愛莉から聞いた事がない。

 

 もし産まれていて、リエーブルのようなトラブルが起きていなかったのであれば、真っ先に自分達にその事を教えているはずだからだ。

 

「では愛莉さん、この《アニマボックス信号》は何なのでしょうか」

 

《ユイ、その信号のタイプを把握できるかい?》

 

 ユイはもう一度感じ取れている《アニマボックス信号》の詳細を調べにかかった。

 

 自分達電脳生命体に搭載されている《アニマボックス》には、実は型が存在している。リラン、ユピテル、クィネラが搭載しているのが《タイプ:A》で、ユイ、ストレア、ヴァンに搭載されているのが《タイプ:B》。そしてプレミア、ティア、リエーブルに搭載されているのが《タイプ:C》。これらは《MHHP型》、《MHCP型》、《ポストMHCP型》とも言える。

 

 そして今感じ取れている《アニマボックス信号》のタイプの詳細は――掴めた。処理にかかった時間は五秒。《アニマボックス信号》のタイプはB。(すなわ)ち《MHCP型》であるというのがわかった途端、ユイはまたしても驚いた。

 

「《アニマボックス》は《タイプ:B》……わたし達と同じ《MHCP》のものです……」

 

 愛莉は「ほぅ」と言った。驚いていない事にユイは再度驚かされる。自分達《MHCP》は全ての元凶である《SAO》に実装されていたAIであるが、ハンニバルの部下である須郷伸之の凶行によってユイ、ストレア、ヴァンの三人を除いて全滅した。だからもう、《MHCP》は自分達以外に存在し得ないはずである。

 

 だというのに、検知できている《アニマボックス信号》は《タイプ:B》。これはいったいどういう事なのだろうか。

 

 疑問に思った事があれば、即座にウェブ検索して情報を集めて答えを掴む、答えに至れなくても周辺情報は飲み込んでおくようにしているが、自分達《家族》の情報はどんなにウェブ検索しても答えが出てくる事はない。自分達は、この地球上で愛莉だけが持つ独自技術によって産まれていて、愛莉は先程も言ったように、この技術を広めようとしないからだ。

 

 なので、困ってしまった。仕方がないので、ユイはこの疑問を愛莉に問うた。パパとママを助けるべく、様々な作業に取り掛かっている愛莉の手を煩わせるのは気が引けて仕方がないが、だからといってこの疑問を放置する事もできなかった。

 

 忙しいはずの愛莉は「うんうん」と言いながら聞いてくれた。その様子はネットで検索すると出て来やすい、子供の質問や疑問の話を真摯(しんし)に聞く母親のそれとよく似ていた。ユイが話し終えてから十秒ほど間を置いてから、愛莉は答えてきた。

 

《もしかしたらだけど、《MHCP》の生き残りの子かもしれない。《アニマボックス信号》が《タイプ:B》の信号なら、そうとしか思えないよ》

 

「わたし、ストレア、ヴァン以外にいるのですか? でも、《MHCP》はアインクラッドの最終決戦でわたし達以外全員死んでしまって……」

 

《確かにそうだね。けど、エイジ君とユナのところにいて、たった今も君のようにネットワーク内を飛び回ってくれているヴァンだって、エラー由来のトラブルで封印が解けて外に出られた《MHCP》だったじゃあないか。だから、まだヴァンのように外に出られていた子がいた可能性も(ぬぐ)えないよ》

 

「ヴァンのように助かっていた、《MHCP》の生き残り……」

 

《あぁ。ユイ、《MHCP》の一番目として、行ってきてもらえるかな。ただし、身の危険を感じたら即座に逃げる事。いいね?》

 

 ユイは産みの母からの問いかけに(うなづ)き、《家族》が居ると思わしき方角を向いた。

 

 

 

          □□□

 

 

 意識が遠くに引っ張られていくような感覚が終わり、目を開く。そこは自室の天井が広がっていた。身体の後ろ側にあるのはすっかり使い慣れたマットレスの柔らかさ。自宅の、自室のベッドに寝転がっている。

 

 自身の状態を確認した彼女は、ゆっくりと起き上がった。そのまま頭部に装着されているアミュスフィアを外してベッドへ置き、代わりにすぐ近くに置いてあったオーグマーを装着し直して電源を入れる。現実世界に仮想世界のレイヤーが適用されるようになると、声が飛び込んできた。

 

深澄(みすみ)ちゃん、今日は大分前に進めたわね!」

 

 これまで何度も支えられてきた女性の声に答えるようにして、深澄は顔を上げた。水色の長髪で、右側の額が見える左右非対称の前髪という髪型。ノースリーブの青と黒の衣装に身を包んでいて、大きな胸が男の人の目線を多分奪うだろう。柔らかく優しい雰囲気の光を(たくわ)えた、海のような青い瞳の女性。

 

 自分にとっての相棒であり、苦楽を共にしてきた戦友とも言えるその女性に深澄は疑問を口にする。

 

「そうかな……本当に前に進めてるのかな、エミーリア」

 

 深澄にエミーリアと呼ばれた女性は、深く頷く。なんとも純真無垢に信じてくれているような仕草だった。

 

「そうよ。自信を持って、深澄ちゃん。深澄ちゃんはちゃんと前に進んでいっているわ。おねえさんは、そう信じてる」

 

「そっか……けど、膝枕欲しいかも。エミーリア、お願いできる?」

 

「もっちろん」

 

 エミーリアは(こころよ)く答えると、ベッドに上がってきて、深澄のすぐ隣に座った。深澄は枕を丁度エミーリアの太ももと膝の間に当たる空間に置き、そのまま横になる。確かに枕に頭を置いているのに、人肌の感触と心地良い温もりが包んでくれていた。オーグマーの力によって、枕はエミーリアの膝枕になっていた。

 

「……会えなかったな……」

 

 深澄がぼやくように言うと、優しい温もりが髪を撫でる。エミーリアがその手で撫でてくれていた。

 

「きっとタイミングが合わなかったのよ。明日行けば、きっと会えると思う」

 

「本当にそうかな……やっぱり《SA:O》、すごく《SAO》に似てる。だから、明日奈にとっては嫌な思い出しかないかもしれないじゃない? 行きたがらないんじゃないかな……」

 

「そんな事ないと、おねえさんは思うな。明日奈ちゃんにとって、深澄ちゃんとの思い出の場所でもあるんでしょ?」

 

「そうだけど……」

 

「なら、大丈夫よ。明日は時間帯を変えて行ってみましょう。そうすればきっと、会えるわ」

 

 エミーリアはいつもこんな感じだ。基本的には深澄の意見や考えを肯定してくれる。しかし全部肯定するのかというとそうでもなく、否定する時はちゃんと否定もしてくれる。だが、その言い方も結構肯定に近いので、どちらなのか少しわかりにくい。

 

 それでも深澄にとってエミーリアは心の支えだった。

 

 

 兎沢(とざわ)深澄(みすみ)は、一般的に言われる《SAO生還者(サバイバー)》というものだった。

 

 彼女は私立エテルナ女子学院というエリートが集う学校に通う優等生であり、定期テストでは毎回学年主席を取るくらいに学業というモノに秀でていた。しかし、彼女の本質はそこではなく、何よりもゲームが好きだというところだった。

 

 彼女がゲームと出会ったのは、テレビで放送されていた、幼少期に幼い姉弟が不思議なゲームの世界に入り込むという設定のアニメ作品がきっかけだった。丁寧な描写で織り成されるその物語にのめり込んだ彼女は、かなり早い段階でゲームにはまるようになった。

 

 それはある種の才能の開花だった。彼女は、学業で溜まったストレスを発散しようとして、様々なゲームセンターのアーケードゲームや家庭用ゲームをやり込んでいった。その結果、彼女のゲーマーとしての腕前は常人を遥かに超えるものとなっていた。

 

 しかし、あまりにもやり込みが過ぎて、その腕がeスポーツ選手のそれにも匹敵するものとなっていた彼女についていける友達というものは存在せず、小学校の時に居た友人達も、深澄のゲームへの姿勢に拒否感を示し、離れていった。

 

 それ以来、彼女は協力プレイ系のゲームをするのが苦痛となり、対戦系のゲームで相手を叩きのめすというプレイスタイルに傾いて行った。そんな日々を送り続けて、中学三年生となったある時に、彼女はとある少女との出会いを果たした。

 

 名を結城(ゆうき)明日奈(あすな)というその少女は、深澄の見られたくなかった部分――ヘビーゲーマーであるというところを見てしまったのだ。下手すれば学園中にその話を広められてしまうかもしれないと焦燥した深澄は明日奈に口止めを計った。

 

 すると、そこから明日奈との交流が始まり、いつの間にか深澄と明日奈は親友同士となった。深澄にとって、明日奈は心の内を話す事のできる唯一無二の存在だった。それは明日奈にとってもそうだったようで、明日奈の様々な事を話してもらったものだった。

 

 そんなある時、深澄は後に最悪となる行為をしてしまった。クローズドベータテストを終え、いよいよサービス開始となるフルダイブ型VRMMORPG、《ソードアート・オンライン》に明日奈を招待したのだ。

 

 明日奈のところには明日奈の兄がたまたま手に入れる事のナーヴギアがあり、それを使えば《SAO》に行けると言った。一緒に楽しもうと勧めた。明日奈は深澄の誘いに乗り、アスナとして《SAO》にログインを果たし、深澄はミトとしてアスナと共に遊んだ。

 

 そして《SAO》は百層をクリアするまでログアウトできないうえ、HPが全損すれば現実でも死を迎えるデスゲームである事がその日のうちに判明し、ミトとアスナは一万人のプレイヤー達と共にアインクラッドへ閉じ込められる事となる。

 

 その宣言が成された後、たまたま別行動をしていたミトはアスナを心配して探した。しかし、その時は混乱が広がっていたためにアスナを見つけ出す事はできなかった。フレンド間の連絡手段のメッセージ機能があったものの、ミトはそんなものを思い出す事もできなくなっていた。

 

 次に再会できたのは、デスゲーム開始から三週間が経過した日だった。第一層のフィールドで経験値を稼いでレベリングをしていたある時に、ミトはアスナを見つけ出した。ようやく見つけた親友の姿に、ミトは深く安堵を覚え、駆け寄っていった。

 

 そこで見えた光景に愕然とした。ミト/深澄の親友であるアスナ/明日奈は――鬼神になっていた。彼女は手に持っている細剣を自由自在に振り、ミトさえも見た事がないような恐ろしい形相でモンスターを狩っていた。

 

 ひとまず話をする事はできたものの、強くなるためのレベリングだけを追い求めているようで、話している最中でも駆け出してモンスターに突撃していってしまいそうになっていた。明らかに三週間前の彼女とは様子が変わっていたのは確かだった。

 

 そこでミトは気付かされた。アスナは変わってしまった。それも、とびっきり悪い方に。

 

 自分が《SAO》なんてゲームに誘ってしまったがために、アスナは恐ろしい鬼神へと変わってしまった。

 

 そしてアスナは、ミトと話している最中にモンスターの大群を見つけるなり、走っていった。明らかに多勢に無勢の、無茶な戦闘になるのは目に見えていた。それでもアスナは突撃していき、やがてモンスターの陰に隠れて姿を認められなくなった。

 

 結果――アスナは無事に勝利したようだった。その様は見ていない。アスナがモンスターの大群に突撃していった時点で、ミトは(きびす)を返して逃げていたからだ。モンスターの群れがこちらにまで来るのを恐れたのではない。モンスターにアスナが殺される瞬間を見るのが耐え難かったからだった。

 

 それから、ミトは宙ぶらりんになった。希望を胸にアスナの生存を確認しようとしても、アスナの死という残酷すぎる現実を突きつけられて希望が絶望へ反転する事を恐れて確認する事ができず、贖罪のために死を選ぼうとしても、「死んだらきっとアスナが許さない」と思ってしまい、そこにまでいけない。

 

 そうしてミトはどこにも行けなくなった。どこに行くべきか、どこに行ったらいいのか、何一つわからなくなり、ただただ途方に暮れた。

 

 死にたくはなかったので、出てくるモンスターは狩っていたが、やがてそれはミトの日課となった。何もしないでいるとアスナの死の事ばかりが頭を支配しようとして来て、不安に押し潰されそうになる。

 

 なので、ミトはモンスターと戦う事にした。何も考えないようにするために、不安を追い払うために、モンスターを狩った。そうしているうちに素材と経験値はどんどん積み重なり、レベルは上がっていった。戦闘の実力も着実に上がっていったのだが、ミトはほとんど気にしていなかった。

 

 そんなある時に、ミトの日々に変化が起きる事となる。切っ掛けはいつものようにモンスターを狩ろうとして森の奥深くに入った際だった。開けた場所にミトが足を踏み入れると、木々の奥から大きな影がのしのしと歩いてきた。

 

 ミトは息を呑んだ。やってきたのはドラゴンだった。白と紫色の鱗と体毛に覆われた、人が乗れるくらいに大きい身体をしていて、大きな羽毛の翼を肩から生やした、目が大きくて(マズル)も短くて愛嬌のある顔立ちをしているドラゴン。

 

 明らかに第一層で出てくるモノとしては不適格であり、もっと上層で出てくるべき存在であるとミトは即座に認知した。どうしてこんなところにこんなドラゴンが居るの――そう思いながらミトは逃げ出そうとした。逃げても追ってくるかもしれないが、それでも逃げずにいられなかった。

 

 だが、ぐぎゅうううううという何とも気の抜ける大きな音が聞こえてきた事でミトは足を止めあた。その音は、確かに遭遇したドラゴンの腹から聞こえてきた。ドラゴンはその可愛らしさを感じる顔に、不満そうな表情を浮かべていた。どうやらお腹が空いているらしい。

 

 まさか私を食べる気か――そう思って身構えたものの、ドラゴンは不満そうな顔をして伏せているだけで襲ってこなかった。

 

 もしかしたら何かのイベントに入ったのかもしれない――そう判断したミトは、ドラゴンに歩み寄った。油断させておいて近付いたところで襲って来るパターンかとも思ったが、やはりドラゴンは伏せているだけで襲ってくる気配を見せなかった。それどころか敵意さえもないようだ。

 

「お腹空いてるの、あんた」

 

 ミトの問いかけに白紫の竜は答えない。だがあの腹の音だ、さぞかし空腹なのは間違いないだろう。ミトはウインドウを開き、アイテムストレージを閲覧した。その中で食材アイテムの肉を取り出し、ドラゴンに差し出してみた。

 

 ドラゴンなのだから肉を食べるのだろう、というミトの考えは外れた。ドラゴンは差し出された肉に目にするなり首を横に振り、すごすごと少しだけ後退した。ドラゴンは肉嫌いだったらしい。

 

「そんな身体してて菜食主義(ベジタリアン)なわけ?」

 

 ミトは疑問に思いながら、今度は野菜系、果物系、木の実系の食材をドラゴンへ差し出してみた。

 

 するとドラゴンは、ミトが並べた多くの木の実に目を輝かせると、一気に食べ始めた。それもかなり美味しそうに、無邪気に。その様子が何だか可愛らしくて、ミトは思わず微笑みながら、ストレージ内の木の実アイテムを全てドラゴンに食べさせた。木の実という木の実がストレージから完全に消滅した時、ドラゴンは満足そうな顔をしてミトを見つめていた。

 

「お腹いっぱいになった? それはよかったね」

 

 ミトがそう言ったその時だった。突然、目の前に一枚のウインドウが表示されてきた。名前を入力するためのウインドウだった。

 

 ミトは絶句した。まさかこのドラゴンは私に懐いて、ペットみたいなものになったというの。そんなイベントなんてあったっけ。いや、こんなドラゴンがペットになるとか、そんなバランスブレイカーみたいな話あるの――そういった考えが頭の中で渦を巻き始めた直後から、記憶が曖昧になった。

 

 次に気が付いた時には、ミトは《圏内》の村のはずれの一軒家の中に居て、ベッドに腰を掛けていた。ミトは結局、(くだん)のドラゴンに《エア》という名前を付けてペットにした。そんなものを手に入れたミトは多くのプレイヤーの集う街に行こうと思えなくなり、無料で売られていた村の空き家を住居にしたのだった。

 

 まさかこんな事が起こるだなんて、何がどうなってるっていうの――そんな気持ちと「どうしてこうなった」という疑問が不安に取って代わり、頭の中でぐるぐると回転するようになった。しかしその中でも夕暮れを迎えればお腹が減り、夜になれば眠くなった。

 

 夕暮れ時が過ぎた頃に夕食を摂り、やがて夜の就寝時刻を迎えたところで、ミトは外で穏やかな寝息を立てて眠っているエアを窓越しに見つめた後に、ベッドで眠りに就いた。ドラゴンをペットにできたという非日常があったためか、すぐさま眠る事ができた。

 

「おはよう、ミトちゃん」

 

 次の日に目を覚ました時、全く聞き覚えのない女性の声が耳に入ってきた。目を開けてみると、そこに水色の長髪をした見知らぬ女性が居たものだからミトは飛ぶようにびっくりした。確かに鍵をかけて眠っていたし、外には不本意ながらNPC避けになっているエアが居るから、NPCなど寄って来れないはず。そしてプレイヤーもこんな辺鄙(へんぴ)な村には来ないはず。

 

 話を聞いてみたところで、ミトは更に驚かされる事になる。水色の髪の女性は《エミーリア》と名乗り、《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム(MHCP)》という存在である事を明かした。どうにも、メンタルに大きな不調を来したプレイヤーを見つけて治療をしてくれるAIなのだという。

 

 その《MHCP》である彼女は、ミトをメンタル不調を来したプレイヤーだと認知し、駆け付けてきてくれたのだそうだ。しかし彼女の話によると、彼女は《閉じ込められていた場所》から出てくる際に色々な部分を破損してしまい、存在を保つ事ができなくなっていたらしい。しかし、そんな状態になってもミトを放っておく事ができず、エミーリアは壊れながらミトの元へとやって来た。

 

 そこでエミーリアは、ミトのすぐ近くに居た、ドラゴンという大容量のデータを持つモンスターを発見し、その中に入り込んで自己修復したところ、破損を食い止める事ができたのだという。

 

 その話を聞いたミトはぎょっとして窓の外を見た。エアが居ない。まさかエミーリアはエアを犠牲にして具現化したというのか。

 

「エアをどこへやったの」

 

 思わず怒り気味で言うと、エミーリアはすごく謝って来た。そして直後に「大丈夫よ」と言うと、窓の外へと躍り出た。かと思えば、エミーリアのモデル体型のような美しい女性の身体は激しい光に包み込まれていった。光が止んで目を向けられるようになったタイミングで確認して、ミトは絶句した。

 

 そこに居たのは、エアだった。瞳の色が青へ、体毛のあちこちに水色が混ざっている事以外は、昨日ペット――後の《ビーストテイマー》の《使い魔》――にしたドラゴンのエアだった。そしてエアは再び光の身体を包み込ませると、次の瞬間にはエミーリアになっていた。

 

 その時にミトは全てを察した。エミーリアはエアを取り込み、エアはエミーリアとなった。エアは居なくなっておらず、自分を治しに来たエミーリアと一緒になったのだ。ミトはエミーリアを受け入れた。

 

 そこからエミーリアによるミトの治療は始まった。まずはミトの中に溜まっていた膿とも汚泥とも言えるような苦しい思いを全て吐き出させてくれて、優しい言葉をかけてくれて、苦痛が酷くなれば抱き締めて背中を撫でてくれて、悪夢にうなされている時には起こしてくれて、そしてまた抱き締めてくれた。

 

 一緒に街に出かけて買い物をして、フィールドを出かけて採取や狩猟を共にやってくれて、他のプレイヤー達が見つけていないような場所やアイテムを見つけたりして、エミーリアはミトの傷付いて化膿した心を治してくれた。

 

 それは効果覿面(こうかてきめん)だった。ミトの心は見る見るうちに軽くなり、半年が経過した頃には頭の中に媚び付いたようになっていた絶望も不安もすっかり消え失せていた。意欲を取り戻したミトは、しかし攻略組による攻略最前線には行かず、他のプレイヤー達のための防具やアクセサリーの作成に打ち込んでいた。

 

 最前線に行けばアスナに会うかもしれない。鬼神のようになってしまった親友との再会は、エミーリアによる治療を受けても困難だったのだ。それでも完全に戦闘から遠のく事はなく、自分にできる戦いをやり続けた。

 

 素材を得るために、攻略組によって解放された高層へ行ったり、空き家があればそちらに住居を移したりして、また新しい防具やアクセサリーを作って販売しているうちに、攻略組を陰から支えるような立場として認識されるようになった。強力な《使い魔》を従える《ビーストテイマー》であるというところもそれを手伝っていたらしかった。

 

 そしてエミーリアによる治療も受け続け――《SAO》のクリアを迎えた。

 

 ミトはその時エミーリアの消滅を懸念(けねん)したが、何かしらの奇跡が起きたのか、エミーリアはミトの使用するナーヴギアのローカルメモリの中に保存されており、共にアインクラッドから脱する事ができた。

 

 その後、エミーリアはミト/深澄のパソコンへと移されて、現実世界でも一緒に暮らせるようになった。ナーヴギアの後継機であるアミュスフィアにエミーリアを移し、《ALO》などを旅し――そして《SA:O(ソードアート・オリジン)》というゲームに出会った。

 

 その頃には、エミーリアの献身的な治療の甲斐あって、深澄はアスナ/明日奈との再会の心構えができるようになっていた。《SAO》を素体とした《SA:O》ならば、明日奈も居るのではないか。もし居るのであれば、今度こそちゃんと会い、話をし、そして謝ろう――そう思って、深澄は再びミトとして《SA:O》へダイブしたのだった。

 

 だが、会えなかった。《SA:O》でも変わらない可愛らしいドラゴンのエミーリアに(またが)って空を飛んでも、フィールドをその足で走ってもらっても、明日奈には巡り合えなかった。そんな日々を既に二ヶ月以上繰り返しているが、未だに明日奈との再会には辿り着けていない――それが深澄とエミーリアの現状だった。

 

 

「それにさぁ、エミーリア」

 

「うーん?」

 

 深澄が質問をすると、エミーリアはこういう伸びた聞き返しをしてくる。恐らく彼女の癖と言うか、生まれ持った本能なのだろう。深澄はエミーリアの膝枕の上で寝返りをして、顔を合わせる。

 

「なんか今日、回線重くなかった? 《SA:O》にダイブしてる時も、モンスターの動きが悪かったりとか、転移した時に時間がかかったりとか……そういう処理落ちみたいなのが結構あったよ。いつもはこんな事ないのに」

 

「そうかなぁ? おねえさんは何とも思わなかったよ?」

 

「いや、絶対今日は回線重かった。途中から重くなってた」

 

 深澄はスマートフォンをポケットから取り出し、ブラウザを起動した。片手で《インターネット回線テスト》と入力し、検索をかける。回線が遅いと思った時は、まずこれをする。その後はSNSでネットの通信障害が起きているかを確認する。そうすれば大体――。

 

「見つけました!」

 

 どこからともなく声がして、深澄はびっくりして飛び起きた。それはエミーリアも同じだったらしく、周囲をきょろきょろと見回していた。え、今のは何――そう言おうとしたところで、異変が起きた。

 

 エミーリアのすぐ目の前に辺りに、またしてもどこからともなく小さな光の珠のようなものが漂ってきた。二人で「え?」と言うと、それは一瞬のうちに膨らんで弾けた。中から現れたのは、小さな少女だった。

 

 まず目に入ってきたのは、エミーリアと同じくらいの長さの黒髪をしているところだ。そして少女が顔を上げてくると、大きくてくりくりとした黒い瞳が姿を見せてきた。随分可愛らしい顔立ちをしていると言えるだろう。

 

 だが、いずれにしても見知らぬ少女である事に変わりはなく、深澄はエミーリア共々びっくりするしかなかった。

 

「え!? 何、誰!?」

 

「えっ、ええっ!?」

 

 二人でおどおどする中、見知らぬ黒髪の少女はその口を開いた。

 

「いきなり押しかけてきてしまって、ごめんなさい。でも、あなたの力が必要なんです。わたし達と同じ《アニマボックス》を持つ……《MHCP》の生き残りであるあなたの力が……!」

 

 




――原作との相違点――

・ミトが《ビーストテイマー》になっている。

・『星なき夜のアリア』後半の出来事がなくなっており、ミトが戦線離脱している。

・ミト/深澄の親が毒親ではなくなっている。そのため深澄はアミュスフィアもオーグマーも使えている。




――くだらないネタ オリキャライメージCV――

 エミーリア⇒M・A・Oさん
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