キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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15:サトライザーⅡ

          □□□

 

 

 ――アリス。

 

 自分を呼ぶ声が聞こえるような気がする。それに呼応するかのように、水底に沈んでいたアリスの意識は水面へと浮上していく。

 

 ――アリス。

 

 また声がして、アリスの意識も身体も水面へと近付いていく。誰が呼んでいるのだろうか。妹のセルカだろうか。いや、男の人の声色だから、それともお父様? いや、お父様よりもずっと若い男の人の声だ。もしかしたらユージオかもしれない。

 

 ユージオだったらいい。こんなに深い眠りから覚める時、最初に目に映すのは、大好きなユージオであってほしい。待っていて、今起きるから――そうしてアリス・ツーベルクはそっと瞼を開いた。

 

 待っていたのは――最悪の光景だった。自分に声をかけてきていた存在は、ユージオなどではなかった。ところどころくたびれているかのように見える質の金色の髪で、黒い額当てを付けている、闇そのものを宿したかのような冷たい青緑色の瞳をした長身の男に、アリスは抱きかかえられていた。

 

 見覚えのない男だった。しかし、その瞳を見た途端、全身の毛穴が収縮し、悪寒が走り抜けていった。そしてすぐに身体中を恐ろしい冷たさが襲って来る。それは底知れぬ悪意のようでもあったが、純粋な悪意ではないようにも感じられた。輪郭を掴む事ができず、理解が追い付かない。だからこそ余計に恐ろしい。

 

 アリスは飛び起きるようにその場で身を(よじ)らせた。男の腕から逃れる事はできたものの、上手く着地する事はできず、地面に身体を叩き付けてしまった。軽い衝撃と鈍痛が走ってきたが、整合騎士として(はげ)み続け、数々の修羅場を乗り越えてきたためか、すぐさま起き上がる事ができた。

 

「そう逃げるんじゃない」

 

 逃げようとしたところ、右腕を何かに掴まれた。当然というべきか、黒鎧の男の手だった。籠手(ガントレット)に覆われているというのに、まるで素手で触られているような感触がある。そして人肌の温もりは一切なく、不気味な異形の冷たさだけがそこにあった。

 

 異形の冷気は掴まれている手首から腕へ、肘へ、二の腕から脇へ、胸へ、そして全身へと(まと)わり付き、皮膚を通り抜けるか食い破るかして内部へと侵入して来ようとする。あまりの感覚に頭が麻痺しそうになり、胸の底からどす黒い水のような恐怖が際限なく湧き上がってきて、叫び声を上げそうになる。

 

 駄目だ。そんな事すればきっと、この男の思う壺になってしまう。いや、男はそうさせるためにこんな事をしてきているのだ。こいつも思い通りになどなるものか。

 

 アリス・ツーベルクとアリス・シンセシス・サーティの二つの記憶、経験によって積み重ねた感情を由来とする意志を持って、アリスは湧き上がってくる恐怖を押さえ付け、男を怒鳴りつけた。

 

「離しなさいよ!!」

 

「そんな身体でどこへ行こうというのだ? 立っているのすらやっとだろう」

 

 図星だった。いつもならば、こんな男の腕など簡単に振り解けるはずなのに、いくら力を込めて逃げようとしても男の腕は離れない。そして身体も、あちこちに(おもり)が付いているかのように重く、動かしにくいように感じてならない。この男の力によるものなのか、それとも心意によるものなのか、《EGO(イージーオー)》によるものなのか、予想が付かない。

 

「君に相応(ふさわ)しい場所へ連れて行きたいだけなのだ。何も怖くない」

 

 男は怯える小さな子供を安心させようとしているかのような声で告げてきた。だが、全くそこに説得力は存在しない。優しい言葉をかけて安心するよう誘導し、連れ去ろうとしている罪人の言葉だ。

 

「ふざけないで。何が相応しいか、どこに居るべきか、それはわたしが決める事よ。わたしの身体も、わたしの物! わたしはもう二度と、誰かに自分を明け渡したりなんてしないわッ!!」

 

「ふむ……かなり違うな。こういう形に変わったのかい、アリー」

 

 男はまじまじとアリスを見つめて(つぶや)いた。違う? こういう形に変わった? 何を言っているのか理解が及ばない。しかし《アリー》という単語が人名であるというのは直感でわかった。

 

 《アリー》――自分の名前であるアリスにどこか似た名前だ。愛称や略称かもしれない。だが、そんな名前で呼ばれた事は一度ないし、そんなふうに自分を呼んでくる人間も知らない。

 

 この男に、自分は他の誰かと勘違いされている。だからこそ気色悪いったらありはしない。

 

「ねぇ、あんた何だっていうの。あんた、いったい何なのよ」

 

 アリスは素直に思った事を男に伝えた。男は目を細め、口を開いてくる。

 

「私がわからないのかい? あぁ、でもそうだろうな。何年も経ってしまっているからね。私だよ。ほら――」

 

 それ以上の言葉は聞こえなかった。

 

「「「アリス!!」」」

 

「「サトライザーッ!!」」

 

 少し離れたところから呼び声が聞こえてきて、それが男の声をかき消してくれた。アリスは即座にその方へと向き直った。奇跡が起きた――アリスはそう思った。こちらに向かってくる複数の人影と、二つの巨大な影。

 

 青い装束を(まと)った亜麻色の髪の剣士と、美しい容姿の氷の白獅子竜。そこに続いてくるのは黒い髪と黒装束の剣士、大きな弓を携えた白水色の髪の乙女、そして白金色の毛並みと大きな羽毛の翼が神々しい、額から聖剣のような角を生やした狼竜。

 

 そこに更に二人、見知らぬ者が居たが、アリスの意識は亜麻色の髪の剣士に向けられて固定されていた。

 

「ユージオ!!」

 

 その時、ようやくアリスは男の手を振り払う事ができた。そのまま、その脚で愛する人の元へと駆け付けようとしたが、その道は黒い龍に塞がれてしまった。

 

 

□□□

 

 

 他でもない最愛の家族であるカイムと共に、最高の友人であるキリト達の先導を受けながら飛び続けたところ、本当に世界の果てとも言うべきようなところに、ユウキは辿(たど)り着いた。

 

 今現在の背中には《ALO》の時のような(はね)はなく、飛行は不可能のように思えたが、しかしそこは流石この世界の神様の一柱であるという《剣神グラディア》、背中に翅があるかのように飛行する事ができた。

 

 そうして辿り着いた先にいたのは、青と白のアーマードレスを着た金色の髪の乙女と、マントを伴う黒い鎧に頭以外を包み込んだ長身の男。そして巨大なブラックドラゴンという取り合わせだった。

 

 男の方はくたびれているようにも見える質の金髪と青緑色の瞳をしているが、その鎧のデザインと色合いのせいか、完全に世界征服を企む邪悪な魔王にしか見えなかった。そして、その例えは的を得ているようだった。

 

 男のすぐ近くにまで寄った途端、一気に空気が凍て付き始めた。男の全身から発せられる、悪意にも似た性質を持つ正体不明の波動が、空気を、大気を塗り替えてしまおうとしている。この男によって、世界はあるべきではない姿へと変えられそうになっている。そうとしか感じられなかった。

 

 そして、その気配と雰囲気には強い既視感があった。悪意にも虚無にも似た、正体を掴む事が困難な気配と雰囲気。それを吸い込む事によって生じる身体の悪寒と肌の収縮。間違いなくそれは――。

 

「……サトライザー、お前だね」

 

 ユウキは決して仲間や家族に出す事のない声で、魔王に話しかけた。魔王から感じられる気配と雰囲気は、《ALO》で何度も、《GGO》で一度だけ交戦したプレイヤーであるサトライザーのそれと一致していた。

 

 ユウキが何度挑もうとも勝てなかった、正体不明のプレイヤーであり、数々の異変を起こして、周りのプレイヤー達に不必要な混乱と恐怖をもたらしてきた最悪の存在。

 

 魔王とサトライザーの外観上の共通点は髪の色くらいであり、それ以外の全体的な容姿は異なっているように見える。しかし、その全身から放たれる《負の波動》だけは完全に一致していた。魔王はそんなユウキを見つめるなり、笑みを浮かべた。

 

「まさか、君は《絶剣》か。そこにいる仲間だけではなく、君までもが私の前に姿を現すとはな。これは嬉しい誤算だ」

 

 興味深いものを見つけ出したような、禍々しい笑み。それもまたサトライザー特有のものだった。これで確定した。こいつはあのサトライザーだ。よりにもよって、この世界にこいつが足を踏み入れているだなんて。

 

「ボクは全然嬉しくない。この世界にお前が来てる事自体が、本当に最悪の出来事だよ」

 

「ほぅ。私のこの姿にも怖気づかないとは、流石《絶剣》といったところか」

 

 サトライザーは魔王のような姿に自分が(おび)えると思っていたらしい。何度も負けているが故に舐められているのだろう。胸の中が燃え上がっているかのように熱い。激しい怒りによるものだった。こいつの声を、言葉を聞き、その容姿を見ているだけで怒りが込み上げてきて、胸から全身へ熱が広がる。

 

「それで? 君達は何をしに来たと言うんだ? また私に奪われに来たか? この、求める者である私に」

 

 サトライザーは一際邪悪な闇を目に宿し、口角を上げた。気持ち悪いったらありはしない――その程度に感じられているのは、何度もこいつの相手をしてきたからだろう。もし、自分ではなく、初めてこいつを相手取るような人だったならば、この時点で怖気づいて動けなくなっていた。

 

 それはきっと自分もそうだ。もっとサトライザーとの戦闘回数が少なかったならば、今頃動けなくなっていただろう。

 

「奪われる? ぼくの妹から何も奪わせはしないよ。逆に、自分の大切なものを奪われる心配をしたら」

 

 そこで割り込んできたのが、義理の兄であるカイムだった。その身体に見合わない大太刀を構え、サトライザーを(にら)み付けている。

 

 カイムの着ている鎧もまた黒色だったが、不思議な事に、サトライザーの着用品のような不気味さも禍々しさもない。カイムの黒が美しい夜空ならば、サトライザーの黒は底なしの闇。夜空を纏う者と闇を纏う者――そんなふうに感じられた。

 

「妹? 《絶剣》の兄なのか、君は」

 

「そうさ。ぼくはこの()のにいちゃんだよ」

 

 カイムとユウキは義理の兄妹同士であるが、カイムはその関係になってからも「にいちゃん」と呼ばれるのだけは強く嫌がっているようで、自分から「にいちゃん」という言葉を口にする事は一回もなかった。だから、今こうしてカイムが自ら「にいちゃん」と名乗った事には、ユウキは思わず目を見開いてしまった。

 

 そんな中、カイムは一歩だけ出てサトライザーとの距離を僅かに詰めた。

 

「よくも、これまでずっとぼくの大切な妹を散々痛め付けてきてくれたね。これからそのお礼をさせてもらうよ」

 

「ほぅ。君は私を倒すつもりでいるというわけか?」

 

「それ以外に何があるわけ?」

 

 サトライザーが薄笑いすると、金色の髪の女の子の前に立ち塞がっていた黒龍がずんと踏み出してきた。身体の大きさだったらリランと同じくらいだが、全体像はリランよりも痩せているような体型だ。それでもかなりの重量があるらしく、一歩踏み出しただけでかなりの衝撃が足から伝わって来た。

 

《あらあら。あなたさまは鋼鉄の世界でわたくし達と戦った方ではありませんか。絶剣さまとはそのようなご関係でしたのね》

 

 《声》が聞こえてきた。リランやユピテルのように頭の中に直接響いてくるようなそれだが、その声色はリランやユピテルとは異なるものだった。少し聞いただけで、その発生源は身体の小さい――それこそカイムくらいの体躯しかないような女の子だと思えた。

 

 だが奇妙なのは、それらしい《声》を発するであろう存在が、どこにも見当たらないという事だ。リランのでもユピテルのでもないうえ、ここにはリランしか居ないから――目の前の黒龍がその発生源という可能性が非常に高いという事になる。

 

 衝撃的だ。黒龍はあんなに禍々しい、まさしく西洋の伝説のドラゴンというべき姿をしているというのに、発せられる《声》は身体の小さい女の子の声色。ギャップがあまりにもひどくて、頭を揺さぶられているような錯覚が起きそうになる。

 

「憶えているぞ。君とも《GGO》で戦ったな。だが、君がどう戦っていたかが思い出せんのだ」

 

《当然ですわ。だってマスターに辿り着く前に、わたくしに敗れましたもの。《絶剣》さまも結局マスターに敗れましたわよね》

 

 黒龍はずばずばと真実だけを述べていた。それが余計にユウキの胸の中の怒りと苛立(いらだ)ちを(たかぶ)らせる。否定しようがないからだ。

 

 《GGO》で交戦した時、カイムは黒龍に敗れ、そして自分はサトライザーに敗れた。手も足も出せずに、完膚なきまでに叩きのめされて敗北した。その後キリト達から聞いた話によると、サトライザーは撃退されたらしいが、それでも自分達の勝利と言えるような結果ではなかったという。

 

 自分達は、こいつらに勝った事は一度もない。だからこそ、こいつらは既に勝利を確信しているかのように振る舞っている。同時に、こいつらに一度も勝てていないという事実が不安へ、そして恐怖へと姿を変えようとしているのがわかった。

 

 まだ不安の域に留まっているが、恐怖になってしまったら駄目だ。恐怖を抱いたが最後、きっとまたこいつらに敗れる。不安を恐怖に変えないようにするのに必死で、ユウキは言葉を上手く出せなくなっていた。

 

「そのお礼を今からしてあげるって言ってるんだよ」

 

 その声がユウキの言葉の詰まりを解消した。兄の声だった。《月神(げっしん)ツクユミ》という神様であるというスーパーアカウントを使う兄は、いつの間にかサトライザーに接敵し、その手に握られている神秘的な黒い両刃の大太刀を振り下ろしていた。

 

 その刃がサトライザーを両断するかと思われたその刹那に、がきぃぃんという鋭い金属音が鳴り響き、世界が一瞬白く染まって元に戻った。サトライザーが腰に携えていた長剣――どう見ても魔剣――を一瞬で抜刀し、カイムの大太刀を受け止めていたのだ。

 

 一秒ほど遅れて、ぼがぁぁんという轟音が鳴り響いたと同時に、カイムとサトライザーを中心にしてごく小規模なクレーターが出来上がった。ユウキは違和感を抱く。カイムの大太刀が纏っていたエネルギーはすさまじく、炸裂すればあの程度の衝撃では済まなかったはずだ。サトライザーの魔剣が衝撃とエネルギーの全てを吸い、周囲への影響を最小限に留めたのだろうか。

 

「今のは不意打ちのつもりか、少年」

 

 サトライザーが(わら)うように言うと――目を見開いているとばかり思っていたカイムは、不敵に笑っていた。

 

「すごい瞬発力。ユウキをいつも追い詰めてただけあるんだね」

 

「ほぅ、今の一撃で決めるつもりでいたな?」

 

「そうさ。けれど、こんなふうに受け止められるんだろうなって思ってもいたよ」

 

 カイムとサトライザーは互いに不敵に笑い合っていた。それがユウキは信じがたかった。カイムは怖くないのだろうか。サトライザーと黒龍という大いなる敵を相手に、世界の命運を決める戦いをしていて、何の恐怖も抱いていないのだろうか。自分は湧き出てこようとしている恐怖を押さえつけるのに必死だというのに。

 

《マスター、お手伝いいたします》

 

「させるかよ!」

 

 どこか妖艶ささえも感じるような女の子の声がしたかと思えば、それを掻き消すかのようにキリトの声がした。直後、どぉんという轟音が鳴り響いてくる。びっくりして振り向いてみたところ、こちらに向かってこようとしていたであろう黒龍に、キリトとシノンを載せたリランが思い切りタックルをぶちかましていた。

 

 更に続けて、亜麻色の髪の青年を載せた、ライオンのような特徴を持つ白い龍もリランに続いて黒龍にパンチを繰り出していた。突進と殴打の連続攻撃を受けた黒龍は流石に軽く後退させられ、すぐさま威嚇(いかく)するように咆吼した。獣のそれに金属音が混ざっているような異質な声だった。

 

 そこに大弓を携えたシノンが構え、矢を放つ。自分と同じ神の力が付与されているというアカウントを使う彼女の矢は、(まばゆ)い光を(まと)い、黒龍の頭部へと突進していった。黒龍はそれを腕で振り払おうとしたが、果たして矢はぐるりと一瞬で反転して空へ向かい、再度反転して黒龍の頭部へ飛翔。着弾して大爆発を引き起こした。

 

 シノンの使うアカウントならば、もっと広範囲を吹き飛ばすほどの爆発を起こせるはずだが、そうしなかったのは、共に戦う自分達を巻き込まないようにするためであろう。

 

 しかし、それでも十分なダメージを黒龍に与える事ができたはずだ――そう思っていたところで、驚くべき事象が起きた。シノンの矢が引き起こした爆炎の中から黒龍が勢いよく飛び出し、リランへそのまま突進し返そうとしてきたのだ。その頭部は鱗と甲殻の一部が剥がれている程度だった。

 

 まさか、そんなに効いていないとでもいうのだろうか。シノンの力は神の力そのもののはずなのに、あの黒龍は耐えている。あの黒龍もまた神に近しい存在だというのか。

 

「ユウキ、カイム! サトライザーをやれ!」

 

 呆然としそうなユウキの意識をキリトの声がはっきりとしたものへ変えてくれた。黒龍は完全に敵視(ヘイト)の向け先を自分達からキリト達へと切り替えた。この場に居るのは自分とカイムとサトライザーの三人だけ。何者にも邪魔される心配はない。集中してサトライザーと戦う事ができる。

 

「っと!」

 

 カイムが宙返りを伴うバックステップをしてユウキの隣へと並んできた。その身体に傷は見受けられない。今のところサトライザーからの攻撃を喰らわずに済んでいたようだ。

 

「ユウキ、やるよ。今度こそあいつを叩きのめしてやるんだ」

 

 ユウキは数回(まばた)きを繰り返した後に、目線をカイムが見ている先へ向けてみた。サトライザーが傲慢さを感じさせるような笑みを浮かべて魔剣を構えていた。因縁の相手であり、今はこの世界をそのものの脅威と化しているサトライザーが、こちらを狩る時を待ち侘びている。

 

 相変わらず禍々しいったらありはしない――そう思った直後に、カイムがすまなそうな声をかけてきた。

 

「……ごめん、ユウキ。これまでサトライザーと戦っている時の君の近くに、ぼくは居てやれなかった。ぼくが君を一人にさせておいたばっかりに、君はサトライザーに叩きのめされてきたようなものだよ」

 

 ユウキはもう一度びっくりして、首を横に振る。

 

「カイム……違うよ、ボクがサトライザーに勝てなかったのは、ボクがそこまで強くなれていなかったからで、ボクがもっと強ければ勝ててたんだ。だから今だってボク――」

 

「ボク一人で十分だから、手出ししないでとか? 悪いけど、そうはさせないよ。今はあいつをソロ討伐するみたいなこだわりは捨てるんだ。勝つ事だけを優先しなきゃだよ」

 

 考えている事をずばり言い当てられて、ユウキは何も言い返せなくなってしまった。

 

「二対一は卑怯とかそういうふうな事は考えない。これは勝負だけどゲームじゃないんだ。何としてでもぼく達の方が勝たなきゃいけない戦いだよ」

 

「……」

 

 ユウキは何を言えばいいのかわからなくなっていた。今、サトライザーと戦わなければならないというのに、サトライザーに勝てた事が一度もないという事実を思い出した途端、それが明確な恐怖という形となって襲い掛かってきた。

 

 重力が何倍も強くなったかのように、身体が重たい。指先が冷たくなり、剣を持っている感覚がいつ消えてしまうかもわからなくなっていた。サトライザーのブルーの瞳がブラックホールのように黒く染まり、そのまま本物のブラックホールとなって、吸い込んで来ようとしている。そんな錯覚さえも起こり始めていた。

 

 まだ剣を一回も振ってすらいないというのに、場が既にサトライザーに支配されようとしている。今、サトライザーを倒そうと近付けば、そのままあいつに呑み込まれ――。

 

「ユウキ、ぼくが一緒に居る。力を合わせてあいつを倒すよ」

 

 急に手元に暖かさが来て、ユウキは我に返った。ふと視線を落としてみたところ、カイムがその右手をユウキの手に当ててくれていた。カイムの手は他の部位同様に黒い鎧に覆われているが、素手のように暖かかった。

 

 温もりは瞬く間に、カイムの「小さい」「チビ」と言われる身体よりもずっと大きくなり、すっぽりとユウキの身体を包んでくれた。胸中でどこまでも肥大化しようとしていた不安と恐怖が浄化されるように消えていき、嫌な重さもなくなっていった。

 

「カイム……」

 

「まだ不安なら、もう一回言うよ。君は一人じゃない。ぼくが居る」

 

 カイムはぎゅうとユウキの手を握ってきた。強いように見えて優しい感触が手いっぱいに広がり、全身を包む温もりが勢いを増してくる。

 

「《にいちゃん》が傍に居るよ。だから安心して」

 

 その一言によって、身体の重さが完全に消え去り、温もりは熱さの感じない頼もしい炎となって不安も恐怖も焼き尽くし――ユウキの中に大いなる決意と、勇気を宿らせてくれた。

 

 身体の中がとても暖かい。いける気がしてならない。

 

 今ならきっと――サトライザーに勝てる。確信を得たユウキはカイムの手を握り返した後に、神剣を構え直した。

 

「……覚悟しろ、サトライザー。ボクとにいちゃんが、今日ここでお前に勝つ!!」

 

 ユウキは高らかに叫び、地を蹴ってサトライザーへ斬りかかった。そうして繰り出した最初の一撃を、サトライザーは魔剣で受け止めた。禍々しい魔剣と鋭利な神剣がぶつかり合い、世界が一瞬だけ真っ白に染め上げられる。

 

「ぐッ!?」

 

 勢いを殺しきれなかったらしく、サトライザーは少しだけ後退した。これまでの戦いの中で、一度も与える事のできなかった一撃を、入れる事に成功した。

 

 

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