キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

624 / 645
16:求める者 ―暗黒神との戦い―

          □□□

 

 もし、カイムがこの場に居てくれなかったなら。

 

 もし、カイムと家族になっていなかったなら。

 

 ボクはとっくにサトライザーに喰われて終わっていただろう――神剣を振るいながら、ユウキはそう思っていた。《暗黒神ベクタ》という名の邪神となっているとされるサトライザーとの戦いは、拮抗(きっこう)、ユウキ達の優勢、また拮抗になるという状況の繰り返しだった。

 

 サトライザーの剣技は、その全てに無駄がなく、最大限にまで効率化されているような動きだった。それをユウキは初めて見る。サトライザーとは何度も戦ってきているが、その時のサトライザーは武器らしい武器を全く使わず、格闘術による体勢の崩しや、拳による殴打や蹴撃(しゅうげき)、絞め上げを繰り出してくるだけだった。

 

 それらは全て最適化された動きであり、ユウキは《絶剣》と呼ばれるほどの速度を出して剣撃を放っても(なお)翻弄(ほんろう)される一方で、一撃を入れる事さえままならず叩き伏せられ続けてきた。今回もそうかと思っていたが、果たしてサトライザーは(たずさ)えた魔剣で斬撃を繰り出してきていた。

 

 サトライザーの剣の最大の特徴と言えば、足がほとんど動いていない事だった。流石に自分達の攻撃を防いだり、いなしたりする時には動かすものの、攻撃してくる時には足がほとんど動かず、ごく僅かな予備動作の後に適切な一撃を放ってくる。

 

 そのせいで結構な回数被弾してしまっており、身体のあちこちに切り傷を作らされて血が流れ出ている。それはサトライザーも同じであるが、傷の数ならばユウキの方が上回ってしまっていた。だが、それでもユウキは劣勢であるとは思わなかった。カイムが(そば)に居てくれているからだ。

 

 ユウキが本当に危なくなった時はカイムが割って入り、その大太刀でサトライザーの魔剣を弾き、守ってくれていた。おかげで自分は致命傷を受けずに済んでいる。もしカイムが居なかったならば、やはり自分は今頃サトライザーに敗北を喫していただろう。

 

 また負けて、今度こそ再起不能にさせられていた可能性だってある。カイムはそのような全ての危機からユウキを守ってくれていた。そんな彼だってあちこちに傷が見受けられる。幸い重傷は負っていないようだが、恐らく自分と同じくらいの負傷はしているだろう。

 

「面白い動きだ。これまで君一人しか相手にしてこなかったからな、《絶剣》」

 

 サトライザーは余裕を決して崩さぬ姿勢のまま魔剣を振るってきた。一瞬のうちにその刀身に闇色の電撃のようなエネルギーが(まと)わりつき、波となって放たれてくる。《ALO》でも見た事のない攻撃だ。あれはこの世界のオリジナルのソードスキル、もしくは魔法か何かだろうか。

 

「ボク一人の方が良かったって事? それともボクにしか興味がないとか? ……気持ち悪いね!」

 

 迫り来る闇色の電撃の波へ、ユウキは神剣で一閃を仕掛けた。青色の刀身が撫で斬りにすると、電撃の波はすぱっとそこから斬れて消え去った。

 

 ユウキの使っている《剣神グラディア》の能力は《無制限切断》。《剣神グラディア》を使うための鍵となっていた神剣《ソロウ・トライアンフ》を振るえば、対象の素材や《優先度》なるものを無視し、何であろうと一撃で切断する事ができるという話だった。

 

 なので、つい先程の怪物の群れを一度の一閃だけで全部切り倒す事ができた。そして、この能力と神剣の特性ゆえに、サトライザーの放つ闇の電撃を切り裂く事もできたというわけだ。だが、肝心なサトライザーの魔剣とサトライザー自身を一撃で切り伏せる事だけは叶わずにいる。

 

 まるで見えない何かに邪魔をされているかのようだ。この邪魔さえなければ、今頃サトライザーを倒す事はできていたはずだというのに。いや、それともこの《剣神グラディア》の力は、同じスーパーアカウント使用者には及ばないようになっているのか。

 

 考えている暇などない。考えてしまえば、そこをサトライザーは付け込んでくる。この男はいつだってそういう奴だ。

 

 深く考え込んではいけない。

 

 不安を抱いてはいけない。

 

 怯えてはいけない。

 

 やってはいけない事が多くて辟易(へきえき)してくる。これまで厄災級の敵を何度も相手にしてきたつもりだが、やはりサトライザーはその中で最も強い。これがゲームであったならば確実にラスボスだろう。

 

 ……いや、ラスボスではないかもしれない。昨今のゲームのラスボスがここまで強いなんて事は基本的にない。あまりにもラスボスが強すぎて敗北を重ねるようなモノであった場合、挑み続けるうちに心が折れてしまい、エンディングを迎える事のできないプレイヤーが量産されてしまうからだ。

 

 サトライザーを例えるならば、裏ボスクラスだろう。ラスボスをすっ飛ばして裏ボスにいきなり挑んでいるのが自分とカイム。手順を明らかに間違えているが、こうなっているのだから仕方がない。だが、それでいい。カイムが一緒に居てくれるならば、裏ボスのサトライザーにだって勝てる。

 

「はあッ!!」

 

 ユウキは体勢を一瞬で立て直し、サトライザーに斬りかかった。サトライザーはその魔剣でユウキの《ソロウ・トライアンフ》の刀身を再度受け止める。既に何度聞いたものかわからない金属音が鳴り響いたが、そこでユウキは鍔迫(つばぜ)()いしようとはせずに刀身を離し、左斜め上からの袈裟斬(けさぎ)りを仕掛けた。それもまたサトライザーが受け止めると、ユウキは水平一閃、斬り上げ、袈裟斬りの連撃を繰り出して追い詰めようとする。

 

 金属音が何度も何度も鳴り響き、その都度強い耳鳴りに襲われて聴覚が一瞬だけ消えて現れてを繰り返す。それはきっとサトライザーも同じはずであるが、果たして彼の者は全く動じていない。冷静――いや、冷徹にユウキの剣を受け止め、いなしてくる。

 

 どこまでも冷静に物事を見つめて、的確に状況を判断し、そして最も合理的な方法で対処する。まるで戦闘マシンだ。もしかしてサトライザーは人間ではなく、リランやユピテルやユイみたいな高度で、尚且(なおか)つこういった戦闘に特化したAIなのではないか。そんな気さえしてきてしまう。(むし)ろ「実はAIだった」という話の方がしっくり来てしまうくらいだ。

 

 サトライザーはそんな考えを抱いてしまうくらいに強い。軍に居る人ならば、それこそ《伝説の兵士》とでも呼ばれている事だろう。なんでそんな人物がここまでの悪意を抱いているというのだろうか。どうして、そういう人に限って悪人なのだろう。悪人だから強いのか、強いから悪人へ至るのか。

 

 考えを振り払い、ユウキは再度サトライザーへと一閃を仕掛けた。その時、目を見張るような出来事が起きた。サトライザーの魔剣が白と金を混ぜ合わせたような色に光った。その刀身は青紫色をしているというのに、まるで反転したような色になり――にゅるんという音が聞こえてきそうな動きをして伸びた。

 

 それは蛇のようにうねり、ユウキの身体へと向かってくる。気付いた時には巻き付かれそうになっていたが、しかし白金色の光の刀身はそうはせず、ユウキの右腕の下の辺りに伸びていった。

 

 次に起こりうるビジョンが瞬時に脳内で再生される。サトライザーはこのまま切り上げを仕掛け、右腕を斬り落とすつもりでいるのかもしれない。いや、そのつもりだろう。サトライザーの顔に浮かぶ不気味な笑みがそれを物語っている。

 

 右腕を落とされたが最後、左腕に剣を持って戦闘を継続する事となる。しかし自分は右利きだから、左手では満足に剣を振るえない。完全に振れないという事はないが、右腕の時よりもずっと動きが悪くなる。そうなればもう、サトライザーに勝つ事は不可能になるだろう。

 

 それがきっとサトライザーの狙いだ。わざとこちらを苦しめるような方法を取り、思い通りに押さえ付けようとしてくる。これまでずっとそういうふうに苦しめられ、敗北させられてきた。

 

 諦めろ《絶剣》。君では私には勝てないんだ。いつものように大人しく叩き伏せられるがいい――サトライザーは剣をうねられせながら、顔でそう伝えてきていた。そしてサトライザーのその手に握られている剣の先端は思惑通りにユウキの右腕を斬り落とそうとしてくる。

 

 時間が何倍も引き延ばされたように遅く感じ、サトライザーの魔剣と聖剣の融合物のような剣先がゆっくりとじれったいくらいの速度で迫って来ていた。ユウキの攻撃の、抵抗の手段を潰すために。

 

 避けようとするが、どうやってもサトライザーの魔剣の剣先が追いかけてくる。避けようがない。また、こいつの思い通りになってしまう。ボクは結局こいつに思い通りにさせられるしかないの――。

 

「はあああッ!!」

 

 疑問が諦めに変わろうとしたそこで、ユウキは我に返った。甲高く強い金属音と、聞き慣れた声色の怒声が原因だった。世界が一瞬だけ明るくなったタイミングで、その方へ振り向いてみたところ、本当に肌が触れるくらいの近さにカイムが居て、ユウキとサトライザーの間に割って入っていた。

 

 右腕を確認したところ、無事だった。カイムの大太刀の刀身がサトライザーの魔剣を押さえ付けていたのだ。しかし奇妙な事に、サトライザーの魔剣は本当に蛇になったかのようにカイムの大太刀に絡み付いていた。

 

 ユウキは背中に悪寒を生じさせる。もしサトライザーの魔剣があのまま進んでいたならば、ただ自分の右腕を斬り落とすのではなく、絡み付いたうえで斬り落としていたのだろう。ただ斬られるのではなく、剣そのものが絡み付いてくる苦痛――そんなものを自分は耐えられただろうか。

 

 もしかしたら耐えられたかもしれないが、耐えきったところでサトライザーに全てを掌握されて、結局敗北していたに違いない。それも、過去最悪のやり方で。

 

「カイム……!」

 

 思わず名を呼んだところ、しかし反応したのはサトライザーの方だった。驚きもせず、淡々としているような顔であるが、口角は少しだけ上がっている。

 

「ほぅ……今の一瞬で割り込んでくるとは」

 

「もうユウキには手を出させない。これまでみたいな事はできないと思え」

 

 カイムから出ている、聞いた事がないような低い声にユウキは驚いた。サトライザーを恫喝しているのは間違いなかった。背後に居るために顔を見る事ができなかったが、声と同じように見た事がないくらいの怖い顔をしているのは容易に想像できた。

 

威嚇(いかく)しているつもりか?」

 

「ぼくの目の前でユウキに指一本でも触れてみろ。思い描いている地獄がどれだけ生温(なまぬる)いかを教えてやる」

 

 カイムはそう言ってサトライザーを押し込むように前進しようとした。カイムとサトライザーでは体格の差が大きく、カイムがどんなに力を込めたところでサトライザーは揺るがなそうに見える。しかしカイムが大太刀に体重を乗せて押し込むと、サトライザーはぐんと後退した。

 

 押し込まれる事は想定外だったらしく、サトライザーは少し驚いたような顔をしてカイムを見ていた。しかしサトライザーも押されるだけでは終わらせず、魔剣を本来の姿へと戻させると、そのまま真っ直ぐにカイムへ振り下ろした。

 

 絡め取られていた大太刀を突然解放させられた事にカイムはよろけると思っていたが、果たして彼は見事な瞬発力でサトライザーの魔剣を迎え撃った。青紫の刀身と黒色の刀身が衝突し合い、激しい衝撃波が周囲へ放たれる。それは剣神グラディアとなっているユウキからすれば、どうという事のない程度のものだったが、辺りの岩場がぶるぶると震えて削れるのはわかった。

 

 サトライザーは必要最低限の動きだけで魔剣を振るい、カイムを追い詰めようとしていた。縦斬り、一閃、斜めからの斬り下ろしから斬り上げなど、どれもこれも無駄のない動きだ。

 

 更に途中で先程と同じように魔剣を変形させて蛇のようにしならせたりもするが、カイムも大太刀でそれらを適切に受け止め、時に弾く事でいなし、空いた隙で反撃を叩き込んでいく。両者はいつの間にかユウキから離れ、互いに攻防を繰り返していた。

 

 今のカイムの動きと太刀筋は、これまで見てきたカイムのそれよりもずっと的確かつ最適なものだった。普段はそんな事を考えないユウキに、そう考えさせるほどの動きを、カイムは矢継ぎ早に繰り出していた。まるでサトライザーの動きに順応するべく、自身を最適化していっているかのようだった。

 

 あれ、カイムってあんなに強かったっけ。ボクとのデュエルに勝ったのは一回だけで、後は全敗だったよね。なのにどうして、カイムはサトライザーにあそこまで食いついて行けるのだろう――ユウキは半ば呆然(ぼうぜん)としそうになりながら、二人の剣劇を見ていた。

 

 サトライザーの魔剣にカイムの大太刀が打ち付けられ、すぐさまその逆が起こる。まるで見事なアクション映画のワンシーンを見ているかのようだ。そう言えばカイムから聞いた話だと、こういうのは、ただのアクションシーンとは言わず殺陣(たて)というらしい。

 

 剣と剣の打ち付け合いが続き、何度も金属の衝突音が響き続ける。そうしているうちにサトライザーの魔剣の切っ先がカイムの右腕の付近を(かす)った。切れ味が抜群どころではないサトライザーの魔剣は、僅かに掠っただけでカイムの右腕にかなり大きな傷を作り上げた。

 

 衣装が裂けて肌が斬られて血が飛び散ったのが見え、ユウキは思わず「あっ」と言ったが、しかしカイムは全くよろける事もなければ怯む事もせず、迅速にサトライザーの次の攻撃をいなし、そして――やり返した。

 

 カイムが大太刀の突きを繰り出すと、サトライザーはサイドステップで避けようとしたのだが、その切っ先がサトライザーの左腕を捕らえたのだ。サトライザーの左上腕二頭筋の付近の重厚そうな鎧を砕き、内部の筋肉を切り裂いてみせた。大きな傷口が作られ、カイムが流した時よりも多くの血が流れたのが見えた。サトライザーがかっと目を見開いたのも、同時に見る事ができた。

 

 まさか自身に攻撃が及んでくるとは思っていなかったかのようだ。どうやらサトライザーは自分達にノーダメージで勝つつもりでいたらしい。どこまでこいつはボク達を舐めているというのだろう――つい先程の怒りが戻ってきそうになったが、すぐさま首を横に振って払った。冷静さを取り戻そうと思考を巡らせる。

 

 サトライザーはこちらがここまで戦える事を想定していなかった。自分達が同じスーパーアカウントを使っている事も予想外だったのだろうし、更に言えば、サトライザーはあの黒龍と一緒に戦う事で自分達を滅するつもりでいたのかもしれない。

 

 実際、あの黒龍とサトライザーが同時に襲い掛かってきていたのであれば、今のように戦えていたかどうかは怪しい。黒龍とサトライザーという二人のコンビネーションで瞬く間に返り討ちにされていた可能性だってあるだろう。

 

 だが黒龍は今、リランとキリトのこの世界での仲間と思わしき青年の駆るホワイトドラゴンの相手をするのに精一杯になっていて、サトライザーを助けるくらいの余裕はないようだった。もしくは、黒龍はサトライザーを信じ切っているあまり、助けなくても大丈夫だと思っているのか。

 

 そうだとすれば、それは致命的な慢心だ。黒龍はサトライザーが負ける事を想定していない。サトライザーが倒される事など有り得ないと信じ切っているから、キリト達の相手をするのに集中している。

 

 やはり今がチャンスだ。サトライザーと黒龍が分断されている今しか、サトライザーを倒すチャンスはない。今、無理矢理にでも勝利を掴み取らなければ、またしても敗北を喫する事になるだろう。そうなる事だけは何としてでも防ぎ切らなければならない。

 

 ユウキは意を決し、カイムの元へとダッシュした。カイムの後ろにユウキが見えた事で、サトライザーの口角が上がった。これまでずっとやってきた《スイッチ》をして、カイムと自分が交替してくると思っているのだろう。そしてその迎撃をやろうとしている。

 

 はずれだ! ユウキは胸中で叫び、足に力を込めて思い切りサイドステップをした。揃えた両足で着地してサイドステップをもう一度繰り出し、サトライザーの背後へと回り込んだ。禍々しい紋様の描かれた黒いマントに包み込まれた背中は、がら空きだった。

 

「やああああああッ!!」

 

 そこにユウキは一撃を叩き込んだ。なんて事のない、ただの斬り下ろしだ。本当はソードスキル、剣神グラディアの秘奥義を叩き込むのが一番なのだろうが、それをサトライザーが想定していないとは到底思えない。だからこそ単純な攻撃をユウキは仕掛けた。

 

 サトライザーの背中を、あと少しで《ソロウ・トライアンフ》の刀身が切り裂こうとしたその次の瞬間だった。がぢぃんという何とも嫌な音がしたかと思うと、《ソロウ・トライアンフ》の刀身が空中で動きを止めた。何が起きたのかを把握できたのは二秒後だった。

 

 サトライザーが何も持っていない左手で、《ソロウ・トライアンフ》を受け止めていたのだ。残っている右腕は、握っている魔剣でカイムの大太刀を受け止めている。両者の剣を同時に防いでいるという奇妙な状態のまま、身体を少しだけこちらに逸らし、サトライザーは少し上がった口角を見せてくる。

 

「相変わらず速さだけを追い求めたような動きだな」

 

 サトライザーは挑発の姿勢を崩さなかった。どこまでも自分達二人には勝機がないと思い上がっている。怒りが再び湧いてきて、ユウキは《ソロウ・トライアンフ》をサトライザーの左手から離そうとしたが、離れてくれない。サトライザーは異様なくらいの力で《ソロウ・トライアンフ》の刀身を握り締めて抑え付けているようだった。

 

 そのまま手の指の全てが切れてほしいところだし、そもそも剣神グラディアの能力の特性上、こんな事をすればとっくに左手の指どころか腕自体が切断されていてもおかしくはないはずなのだが、しかしサトライザーは平気な顔をしている。どうなっているというのだろう。

 

 いや、そんな事を考える必要などない。サトライザーは剣を抑えればこちらの動きを封じられると信じているようだ。

 

 では、これならどうだろうか。

 

「――それ、そのまま持っててくれる?」

 

 挑発し返すように言って、ユウキは《ソロウ・トライアンフ》から手を離した。一瞬のうちにサトライザーの目が見開かれるのがわかった。それと同時に出せる限りの速度を出して、サトライザーへ突進する。そのままタックルをお見舞いすると見せかけて――足に渾身の力を込めて解放し、大ジャンプした。サトライザーの真上に舞い上がったものの、そこで一旦勢いが落ちて、両足で着地する。

 

「ぐぅッ!?」

 

 そこはサトライザーの頭頂部だった。まさか頭を踏まれると思っていなかったらしいサトライザーが硬直しているのを良い事に、ユウキはサトライザーの頭部を踏み台にして再度ジャンプし、地面へと着地した。

 

 そうして辿り着いたのはカイムのすぐ背後だった。何度も見た兄の背中に回り込んだユウキは、今まさにサトライザーに受け止められている大太刀の柄を持った。カイムの大太刀は刀身だけではなく、柄も長く、ユウキとカイムの二人で握れるくらいの余裕があった。

 

「何ッ?」

 

「えッ!?」

 

 サトライザーが明確に驚いたのと、カイムが驚いたのはほぼ同時だった。カイムは後ろを軽く振り返りながら、ユウキに何とか顔を合わせようとしてくる一方で、サトライザーは右手の魔剣でカイムの大太刀を抑え、左手に所有者が離れた《ソロウ・トライアンフ》を握ったままの姿勢でほとんど硬直していた。

 

「一番最初に言ったでしょ。ボクとにいちゃんでお前を倒すって!」

 

 ユウキは大太刀の柄の後部を握り締め、兄に合図を送った。

 

「にいちゃん、やるよ!」

 

 兄は一瞬で我に返ったような仕草を見せ、ぎっとサトライザーへ顔を向け直した。

 

「全く、滅茶滅茶(めちゃめちゃ)やるんだから! 息を合わせてよ!」

 

「にいちゃんこそね!」

 

 兄と共に大太刀の柄を握ったユウキは力を込め、大太刀を押し込むようにした。ユウキと呼吸を合わせている兄は同じように力を入れてくれた。ぎりぎりという金属音が鳴った直後、サトライザーの魔剣が遠ざかっていった。

 

「な、なんだ――」

 

 サトライザーは何が起きているのかわからないような顔をしていた。初めて見るものだ。もし、状況がこうでなかったならばお腹を抱えて笑っていたかもしれない。だが、今は笑うのではなく、こちらを嗤い続けたこいつを叩きのめす。それ以外、考える必要はない。

 

「「はあああああッ!!」」

 

 兄妹二人で声を合わせて、更に大太刀を押し込む。すると、不動だったサトライザーの魔剣が一気に遠ざかっていった。そして、がきぃぃぃぃんという一際鋭くて強い金属音が鳴り響いた。サトライザーの手に合着していたような魔剣が、その手から弾き飛ばされて宙を舞っていた。

 

「なん、だと――?」

 

 ようやく見えた唖然の表情。それが浮かぶ顔の下側をロックオンしつつ、大太刀を二人で振り被る。まるで二人で一人になったかのような感覚で、大太刀は詰まる事なく動いた。

 

「「やああああああッ!!」」

 

 もう一度二人で声を合わせて振り下ろす。何の光も宿っていない月夜色の刀身による大袈裟斬りが、サトライザーに襲い掛かった。金属と肉を切り裂くような音と感触がしてすぐに、サトライザーの鎧に大きな裂け傷が出来上がり、ぶしゃあと鮮血が噴き出した。サトライザーは唖然の顔のまま、そこを見ていた。

 

 ――これで、終わり!!

 

「「せぇやあああああああああッ!!」」

 

 先程よりもしっかりと重ね合わせた声を放ち、寸分の狂いも許さないくらいに重ねた動きで、ユウキは兄と共に突きを放った。そこはサトライザーの左胸――普通の人間ならば心臓のある場所だ。月夜色の刀身は吸い込まれるようにして飛び込んでいき、サトライザーの胸を貫いた。

 

 確かな手応えが大太刀から腕へ、全身へと伝わって来た。間もなくして、サトライザーの漆黒の鎧に包まれた身体から(まばゆ)い光が湧き上がり始めた。それが反撃ではないという事は、すぐに掴む事ができた。

 

「……この私が? 《絶剣》に負けたのか?」

 

 サトライザーは自身を貫く大太刀を見ていた。顔こそは唖然としているようなものであるが、しかし声は全く震えたりしていなかった。

 

「残念だったね、サトライザー。これでお前の無敗記録は終わりだ。お前はついにぼくの妹に負けたんだ」

 

 兄/カイムにそう言われるなり、サトライザーの顔が一瞬にして元に戻った。まるで全てを受け入れる態勢が整ったかのようだ。

 

「そうか、私の負けか。何から何まで興味深い。口惜しいが、ここまでだな」

 

 サトライザーは顔をこちらへと向けてきた。だが、その深淵のような色の瞳は、ユウキを見ておらず、その前方に居るカイムへ向けられていた。

 

「《絶剣》の兄よ。別れの前に尋ねたい。お前はその()を愛しているのか」

 

「……は?」

 

 カイムへの質問だったのだが、声を出したのはユウキの方だった。カイムがボクを愛しているかどうかだって? どうして、そんな事を別れ際に聞く必要がある? 

 

「そうだったら、何。問題でもあるわけ?」

 

 問われたカイムは、率直に答えるでもなく、聞き返すを選んだ。逆質問を受けたサトライザーは、口から血を垂れ流しながら、また口角を上げた。

 

「愛する人が傍に居てくれるというのは、本当に良い事だよな。心から、魂から愛する人と共に居られる幸福は何物にも代えがたい。そうだろう?」

 

「……」

 

 何を言っているのかわからなくなってきて、ユウキは口を閉ざした。カイムも同じ気持ちに至ったらしく、閉口を選んでいた。やがてサトライザーの身体が光となって溶け始める。

 

「私は追い求めている……愛する人を……その魂と共にある日々を――」

 

 それ以上先は聞こえなかった。途中でサトライザーの身体は白と黒の光の粒子に完全に分解され、消え果てた。それと同時に、周囲を覆い尽くしていた凍て付く空気が消え去り、静寂が取り戻された。大きなものが動いているような気配も感じないので、サトライザーの消滅と合わせて黒龍も消えたようだ。

 

 勝った。ついに、サトライザーに勝った。ようやく忌まわしい大敵を打ち破れた。なのに、喜ぼうという気は湧いてこなかった。逆に不安にも恐怖にも似た、嫌な感情が胸の中に湧いて出てくる。

 

 それから逃げるために、ユウキは大太刀の柄から手を離し――すぐ目の前に居る兄の背中に抱き付いた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。