キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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20:《黎明》

「なぁぁぁぁぁにが『セブンが例のアレを歌った』、『セブンに例のアレを歌わせてみたった』よ! 女神セブンちゃんに下品な歌歌わすんじゃないわよ――――ッ!!!」

 

 《歌神ミヤスズヒメ》。歌と声を司る女神。

 

 それが全身の力を込めた怒声を放てば何が起こるか。その答えは、衝撃波となって周囲を撫で上げる、だった。

 

 あまりにも不意打ちだった。ディープフェイクの被害に実際に遭った彼女の怒声が、《歌神ミヤスズヒメ》の力によって思い切り増強される事で生み出された衝撃波を至近距離で受けたキリトは――オブシディア城の中庭で、宙を舞っていた。

 

「……」

 

 意識が半分ほど薄っすらとしていた。セブンの怒声と衝撃波を諸に受けたせいであろう。近くにオブシディア城の二階以上にあるところの窓が見える。地上からかなり離れているようだ。このまま落下したら、天命がどれほどなくなってしまうだろう。いや、下手すればそのまま全損してしまうかもしれない。

 

 しかし、この場には丁度リランは居ないし、シノンも居ない。助けてくれそうな人は居ない。なんでこんなタイミングでよりによって――。

 

「き、キリト君ッ!!」

 

 と思ったその時、重力に引っ張られて地上へ向かう身体の落下速度が途中で大幅に低下した。またセブンの音圧を喰らったのかと思ったが、そうではないようだ。そう言えば、風素系神聖術を応用すると、衝撃を大幅に緩和して高高度から落下する事ができるという話を、修剣学院の授業で習ったような――。

 

 そんな事を考えているうちに、キリトの身体は姿勢を立て直され、地上へふんわりと降りた。一瞬何が起きたのかわからなくて、ぽかんと口を開けてしまっていたところ、飛び込んできた声があった。

 

「ごめんなさいキリト君、あたしったら自分の力も忘れて……」

 

 振り向いてみたところ、セブンが申し訳なさそうな顔をしつつ、おどおどしていた。やはりセブンの怒声の音圧で吹っ飛ばされた事は確かのようだった。だが、落下の衝撃が皆無になった理由はわからない。

 

「……君が助けてくれたのか?」

 

「えぇ。この《歌神ミヤスズヒメ》は《ALO》のプーカみたいに神聖術を何でも使えるみたいなの。だから、咄嗟に風素系神聖術を使わせてもらったわ。間に合って本当に良かったぁ……」

 

 セブンもあんな事になるとは思ってもみなかったらしい。そんな彼女を責める気にはならなかった。セブンはまだ《歌神ミヤスズヒメ》としてアンダーワールドに降り立って数日程度しか経っていないうえ、アカウントの説明を受けたのもごくごく最近だ。

 

 今のように、つい現実世界(リアルワールド)や他のゲームでは起こりえない事を起こせてしまうアカウントを使っている事を忘れてしまって、無自覚に力を出してしまう事もあるだろう。

 

 現に自分がシノンやセブンの使っているようなスーパーアカウントを自らに適応した場合、そうやってしまって周りに迷惑をかけ、リランとシノンとイリスから大目玉を喰らう自信が大いにある。スーパーアカウントが欲しいと思うと同時に、手に入れなくて良かったとも思えてしまい、なんとも微妙な気持ちになっていた。

 

「ありがとう、セブン。流石天才科学者、判断力と応用力もずば抜けてるな」

 

 思い付く限りの言葉の中で一番の称賛を送ったつもりだった。それは正解だったようで、セブンは「ふっふーん!」と気が良くなったような仕草と表情を見せた。「どんなもんよ!」とでも言いたそうだ。

 

 これもまた彼女のファンが見れば「可愛いよー!」と叫んでしまうものであろう。何だか彼女のファン達が欲しがっているものを軒並み独り占めしているような気がして、もっと複雑な気分になりつつあった。

 

 だが、そんな気分の際に浮かべるであろう表情を浮かべた顔となったのは、キリトではなくセブンの方だった。ほぼ一瞬で年相応の可愛らしい笑みが消え、ぎこちないような、不満そうな表情になったものだから、キリトは若干びっくりした。

 

「……けど、あたしなんてまだまだよ。それに、今を生きている人々が高度化していくAIに嘘、偽物を作らせて悪用するような真似をしていて、社会もそんなものに騙されてるようじゃ、《ドーン》が何のためにAIを劇的進化させたのか、わからないじゃないの」

 

「《ドーン》?」

 

 なんだか間抜けな言葉が出てきたような気がして、キリトは思わず首を傾げた。セブンは表情を変えないまま、説明してくれた。

 

 《ドーン》とは、英語の《Dawn》の読みの事だ。それ自体は夜明けなどを指す言葉であるが、AI開発者、IT開発者、研究者達の間ではそれだけでは収まっていない、特別な意味を含んだ言葉だ。

 

 先程セブンとの話に出てきた《対話型AI》、画像や動画を生成する《生成AI》は、初登場時には現在のそれとは比べ物にならないほど劣っていた。それは当然であるものの、問題はそこから数年間AIは全く進化せず、完全に停滞していた事だ。

 

 開発企業は幾度も開発とアップデートを繰り返した。「アップデートで挙動も返答も生成物も大幅改善!」などと謳って新たなモデルを公開した。だが、結果は全くその通りになっていないか、ほんの少しだけ改善された部分はあるものの、新たなバグを抱えるようになっていたなどという有様であった。

 

 そんな状態だったので、人々はAIを物珍しさで触って、そのお粗末さに呆れ、手放していく一方で、社会に浸透するなど夢のまた夢だった。開発企業はそれでも開発とアップデートを繰り返したものの、人々を、社会を驚かせ、親しまれるようなAIを作り出す事はできずにいた。

 

 創作物の中で登場する高性能AIは結局架空のもの、人間の想像の中にしか存在できないなどという諦観が広まっていくのも時間の問題となっていた。

 

 だが、そんなある時、業界を揺るがす事態が起きる。

 

「それが《ドーン》……日本語で《黎明(れいめい)》といわれるエンジニアの登場よ」

 

「《黎明》……」

 

「えぇ。《黎明》は突如としてインターネットに現れて、とあるソフトウェアを有料販売したの。それはAIが組み込まれているソフトウェアだったのだけれど、そのAIは当時開発されていたAIとは比べ物にならないほど高性能だった。結構な値段をしていたけれども、研究者達の中に手を出さない人はいなかったくらいよ。

 その《黎明》の開発したソフトウェアに、驚愕しなかった人は存在しなかったというわ。自分達の作っているAIを過去のモノにしてしまうような素晴らしいAIがそこにあったんだからね。IT研究者、開発者達は《黎明》のソフトウェアを大絶賛。すごかったらしいわよ」

 

「それはニュースにならなかったのか」

 

 セブンは首を横に振る。

 

「ならなかったというか、一般社会には興味を持たれなかったっていったところね。何せ、使い物にならないお粗末なものっていうのが当時のAIに対する社会認識だったから、素晴らしいAIが組み込まれたソフトウェアが突然現れたなんて話が出ても、相手にしなかったのよ。

 けれど、《黎明》のソフトウェアの素晴らしさをいち早く体験していたIT開発者、研究者達が、この《黎明》のソフトウェアを普及させようとしたそうよ。そこでようやく、いくつかの会社がそれを採用して、その性能にびっくりして、使いまくるようになったってところだったらしいわ。ここまでに三ヶ月くらいかかったって話よ」

 

 それほどまでに、社会がAIを受け入れるのに時間がかかるようになっていたという事か――キリトはそう思った。確かに、当時のAIはアップデートしても粗末なモノばかり作るような状態だったのだから、それを遥かに凌駕(りょうが)する理想のAIが登場したなんて話が出ても疑ってかかる人間の方が多かったに違いない。

 

 その社会の共通認識が《黎明》のソフトウェアの普及を遅らせたのだ。

 

「でもね、この《黎明》のソフトウェアは、ある時急に不具合を起こすようになったの」

 

「不具合?」

 

「えぇ。すごく前の話だから、詳しい記録とかはあまりに残っていないのだけれど、動きが悪くなるとか、処理に時間がかかるようになったとか……調べるとそういう話が断片的に出てきたわね。それだけじゃないわ。そのソフトウェアの販売開始から半年くらい経った頃に、《黎明》が突然ソフトウェアの販売をやめて、URLとかを全て削除したのと同時に、普及していた《黎明》のソフトウェアは一斉に機能停止したらしいの」

 

 キリトは頭の中が疑問符でいっぱいになりそうになっていたが、一方で話の分析はできていた。

 

 《黎明》がソフトウェアの販売を突然やめたのと同時に、ソフトウェアが停止した。という事は、そのソフトウェアは高性能AIを搭載した、ソーシャルゲームやネットゲームのような形式のネットワークソフトウェアだったという事なのだろうか。だが、その便利極まりないソフトウェアが急停止したのであれば――。

 

「相当な混乱が起きただろうな」

 

「えぇ。あたしの産まれる前の話だから実感湧かないけど、とんでもない混乱が起きたでしょうね。けど、今の世界的AI開発企業のエンジニア達が、そのソフトウェアが機能停止する前に中身の構造を解析できていたらしいの。学習(ラーニング)のルーチンとか仕組みとか色々ね。

 これらをそっくりそのまま転用する事はできなかったらしいけど、その機構を真似した仕組みを作り、それを当時のAIに組み込んだところ、お粗末だったAIは見違えるほどの進化を遂げて、一気に社会に受け入れやすい形にもなって、爆発的に普及するようになったの。停止してしまったけれども、そのソフトウェアがあったから、それを開発した人が居たからこそ、今、AIは一般社会にここまで広まった……」

 

 そこまで言われたところで、キリトは深く納得した。そのエンジニアの存在自体がまさに《黎明》だ。その人が居なかったならば、AIは黎明を迎える事なく闇の中に消え、過去の遺物となっていたに違いない。

 

「なるほど、だから《黎明(ドーン)》と言われるわけか。どの時代でもとんでもない人は居るもんだな……俺なんて足元にも及ばないや。どんな人だったんだろう」

 

 ふと感想を述べたところ、セブンが眉を八の字にした。

 

「ん-とね、キリト君。その《黎明(れいめい)》だけど……その人について信じられない話があるの。あたしも信じられてないんだけど……」

 

「え?」

 

「その《黎明》は……九歳の子供だったっていうのよ」

 

「ええっ!!?」

 

 キリトは限界付近まで目を見開き、大声で驚いた。AIを進化へ導く要因を作り、そして世界へと浸透、普及させた張本人である《黎明》。そんな経歴から想像されたのは、超有名かつ名門大学で主席を取って卒業し、世界中に広がるITのありとあらゆる叡智(えいち)を吸収して、一人だけではなく、多くの仲間達と共に力を合わせる事で、大いなる力を秘めた一つの結晶を作り出す事に成功した、三十代は確実に超えているであろう大人の姿だった。

 

 しかし、実際の《黎明》の正体は、どこかの大学を首席で卒業するどころか、まだ小学三年生の九歳の子供。あまりにも常軌(じょうき)(いっ)していて到底信じられる話ではない。

 

「子供!? 九歳!? なんだそりゃ!?」

 

 率直な反応をすると、セブンが表情を興味深そうなものを見るようなものに変える。

 

「うーん、とっても予想通りの反応だわ」

 

「いや、誰だってこんな反応しかできないだろ。けど、その《黎明》が九歳の子供って話は本当なのか。そんな大事な個人情報を《黎明》は開示していたのか?」

 

 セブンは首を横に振る。

 

「いいえ。《黎明》は自分の名前、年齢、国籍、居住地、メールアドレスや電話番号といった連絡先の全てを非公開にしていたの。世界中の大手企業の人達は素晴らしいエンジニアである《黎明》をスカウトしたくて、連絡手段を色々調べたらしいけれど、それでも《黎明》の事は掴めずに終わったそうよ」

 

「じゃあ、なんで《黎明》の正体が九歳の子供なんて話が出てきたんだ」

 

 セブンの目つきが少しだけ鋭くなる。研究や開発を行う時の彼女――七色博士としての顔であろう。

 

「本当にその計算が合っているのかどうか微妙だとあたしは思うけれど、そのソフトウェアのソースコードの形と特徴から割り出されたらしいわ」

 

 ソースコードとは、プログラムの内部構造の事である。一般人が見れば複雑な英単語と無数の記号の集合体にしか見えず、それが何を意味しているのか何一つわからないが、研究者や専門家が見れば、どのような知識を持った人間が書いて作り上げたものなのかがわかるというものだ。

 

 しかし、そんなソースコードからその人物の年齢が導き出されたなんて話は今まで聞いた事がない。

 

「ソースコードから割り出されたって……どういう事なんだ」

 

 セブンは七色博士の顔のまま話してくる。

 

「普通のエンジニアが作ったソフトウェアのプログラムのソースコードには、必ず共通する特徴があるの。専門の学校の授業で先生から必ず習う並べ方、レイヤー分け……過去にあった失敗を繰り返さないための組み方、将来的に進化や発展をさせられるよう、わざと余白を残した構成とかね。

 仕方がない事ではあるのだけれど、一般的なエンジニアの作るプログラムのソースコードっていうのは冗長で、遠回り的で、安全第一を心がけたものになる。専門教育を受けた人達は、必ずこういう作り方をする。これが共通認識だし、あたしの作るソフトウェアでも同じ事をしているわ。

 でも、《黎明》はそうじゃなかったの。《黎明》のソフトウェアのソースコードは、発想が極端なまでに素朴でありながら、見事に本質だけを突いているっていう、大人では再現できそうにない形をしていたの。過去の失敗そのものや、AI研究の歴史、共通認識を知らないような形のくせに、開発者、研究者達がソフトウェアを開発するうえで必ず当たる問題を綺麗に避けているっていう、本当に異常な形だった。

 それで、これが社会に出回った時に何が起きるかを想定していないような形でもあって……要するに悪用されたらどうするかっていうのを考えてないくらいに無防備なものでもあったの」

 

 セブンのマシンガントークなりかけの説明を聞き続けたキリトは、中盤部分に引っかかりを覚えた。

 

 《黎明》の作ったソフトウェアは、過去の失敗を認識していないような構造になっていた。つまり、専門教育を受けなかった者が作ったそれだったというわけだ。そして、ソフトウェアが世に出回った際に、悪用されたらどうするかという対策もされていなかった。頭の中で(ひらめ)きが起こり、そこで浮かび上がった物を作りたいという欲求に駆られ、それを作るために必要な知識だけを吸収し、仮にそれが出来上がった場合どのような問題が生じるかを考えず、実際に作り上げてしまった子供の工作のように。

 

「《黎明》のソースコード自体が、年齢が二桁になる直前の子供が作ったとしか思えないくらいに幼かった……って事か」

 

 セブンは少し険しくなりつつある顔で頷いた。

 

「えぇ。だから今の世界的AI開発先進企業のエンジニア達は、《黎明》は大人ではなく子供……それも九歳か十歳ではないかって予想したの。どんなに少なく見積もっても、大学や専門学校とかで専門教育を受けずにいて、AIの歴史やそれの一般常識を知らないまま作ったのは確実ってね。そんなのは大人では有り得ない事でしょう?」

 

 その通りだとキリトは思った。普通の大人であれば、ITに関係する研究や、それに関連する物を制作したいという欲求に駆られたのであれば、そういった知識を学べる大学や専門学校に入る事を考えるだろう。

 

 勿論参考書などを買い漁って読みまくり、全てを頭の中に入れたうえで独学でやる人もいるだろうが、それは最短ルートとは言えないし、必ずどこかで(つまづ)く事になり、結局制作を諦めるか、大学や専門学校への入学を検討する事となるだろう。

 

 第一大人ならば、まずはAIの歴史や一般常識から学び始め、過去に起きた失敗を繰り返さないための学習をするはずだ。それを全くしておらず、無垢さを隠さないような構造になっていたのが、《黎明》のプログラム。

 

「確かにな……けど、それって本当なのか? たった九歳の子供が、必死にAI開発をしている世界中の大人のエンジニア達の作るAIを遥かに超えるAIを作り上げたなんて……」

 

 キリトの疑問に、セブンは軽く溜息を吐く。

 

「何かの映画とか漫画みたいな話よね。だから、そう発言した人達も、あくまで予想として言っているだけであって、確率百パーセントだとは思ってないみたいよ。ので、《黎明》は九歳の子供っていう説は都市伝説、与太話(よたばなし)だと思った方がいいわ」

 

 セブンは腰元に手を添える。

 

「けれど、今、世界中で受け入れられて普及しているAI達の根元にあるのは、《黎明》の作ったソフトウェアであり、《黎明》こそが今のAI達の普及する社会を形作った張本人である事に変わりはないわ。その正体が九歳の子供だろうと、大人だろうと、《黎明》はAIの冬の時代を終わらせた救世主と言っても過言じゃない」

 

 《黎明》が居なかったならば、今頃AIは世界中に普及する事はなかった。そうなればきっと、リランもユイも存在していなかっただろう。イリスもまた、《黎明》の作ったソフトウェアによってAI研究が爆発的に進歩していたからこそ、子供達を産む事ができたはずなのだから。

 

 そう考えていると、姿さえもわからない《黎明》という存在が、キリトの中でどこまでも大きくなっていくような気がした。

 

 どこの国の誰で、本当の名前さえも不確かな存在である《黎明》が、間接的にリラン達、ユイ達が生まれる要因を作り、自分達の元へと届けてくれた。

 

 自分達がリラン達、ユイ達との楽しい日々を過ごせていたのは、今この瞬間で知った《黎明》のおかげ。

 

 《黎明》という存在そのものへの疑問と、感謝したい気持ちが()()ぜになって、なんだかまた複雑な気分になってきていた。そんな事を考えるキリトのすぐ目の前のセブンはというと、今度は深い溜息を吐く。

 

「でも、《黎明》が九歳の子供かもしれないなんて説が出回ったおかげで、おとうさんはあたしの才能の発現を見た時、即座に《黎明》を思い描いたんでしょうね。だから、あたしこそが第二の《黎明》になると思って、おかあさんと喧嘩別れしてまで、あたしを科学の道へ進ませた……」

 

 レインから聞いた話によると、それこそがレイン達の家族がバラバラになった要因であり、セブンとレインが離れ離れになってしまった原因でもある。

 

 もし、セブンの父親がセブンを《黎明》に重ね合わせた事で、彼女を科学者への道へ無理矢理突き進ませたのであれば、それもまた《黎明》が間接的な原因という事になるだろう。

 

「セブンは、これで良かったのか。《黎明》になるかもしれないなんて勝手に予想されて、無理矢理科学者の道に突き進まされて、家族もバラバラになって……ついこの前まで姉のレインとも離れ離れにされてて、ハンニバルにだって狙われて……」

 

 キリトにそう言われるなり、セブンはくっと顔を上げた。先程までの険しい表情も、深い溜息を吐いていた表情もどこかへ消えて、弾けるような笑みがそこに浮かんでいた。

 

「これで良かったって思ってるに決まってるじゃない! 実際研究も開発も楽しくて仕方がないし、あたしの思い描いた形に科学が進化していくのを見てるのも、たまらなく楽しいわ。《黎明》が居てくれて、おとうさんがあたしを第二の《黎明》になるかもって思ってくれなかったら、今頃あたしなんてどこに居るかもわからない地味な女の子のまま終わってたわよきっと。

 まあ、おねえちゃんやおかあさんと離れ離れにはなったけれど、今はおかあさんとおねえちゃんにあんまり苦労かけさせないようにちゃんと仕送りもしてるから問題ないし、おかあさんもアイドルやってるあたしの動画見て喜んでくれてるって話だし。だから、これで良かったって本気で思うわ」

 

 なるほど、セブンの家庭環境はきちんと修復されていたのか。レインから家庭環境の話を聞かされた時、今後上手くやっていけるのか、どこかで完全破綻してしまわないかと不安だったが、杞憂に終わってくれた。一人静かに安心したキリトに、セブンはぐんと顔を近付けてきた。

 

「――って、それはどうでもよくて! あたしが言いたいのは、《黎明》のありがたみをわからずにAIを悪用して人権侵害するな、詐欺するなって事! それで、社会もそんなものに騙されるんじゃないわよって事! 悪事や犯罪の助けをするために、《黎明》はソフトウェアを作ったんじゃないんだから!」

 

 セブンの抗議は真理だった。確かに《黎明》のおかげでAIは飛躍的な進化を遂げられたが、同時に悪用された時の厄介さまでもが進化を遂げてしまった。《黎明》が何を考えてソフトウェアの有料販売を行ったのかは知る由もないが、こんなふうに使われる事を望んでいなかった事だけは確実であろう。

 

 AIが人々の生活や営みを助けるパートナーになりつつあると同時に、人々を詐欺や犯罪に引っかからせる道具にもなりつつある。今の社会の有り様を《黎明》が見たらどう思うのか――そんな連想がキリトの中で始まりそうになっていた。

 

「ここは一つアイドルセブンちゃんが名声をフル活用して、ディープフェイク問題を提唱し……あぁ、後あたしの声を無断使用して下品な歌歌わせた奴には制裁を――」

 

「敵襲――!!」

 

 セブンが言いかけたその時、驚くべき声が飛んできた。キリトははっとしてそちらを向き直る。オブシディア城内の廊下の一角を走る暗黒騎士の姿があった。

 

 かなり慌てているようだったが――そこでキリトは違和感を抱いた。あそこの廊下は窓があったはずで、外から中は見えなかったはず。なのに今、窓があるべきところにそれはなかった。

 

「どうした、何があった!?」

 

 もう一人の暗黒騎士が廊下の右方面から走って来た。そこへ駆け付けた暗黒騎士が告げる。

 

「中庭から爆音がしたかと思ったら、窓ガラスが全部割れた! 突然全ての窓ガラスが割れたんだ! 敵襲だ!」

 

「敵襲だって!? いやでも、人界とは既に停戦しているから、攻撃が飛んでくるわけないし……そもそも攻撃なら、何故全部の窓ガラスが割られる程度の被害しか出てないんだ? 城壁が吹っ飛んでもいいはずだろ!?」

 

 慌てふためく暗黒騎士達の話を聞いて、キリトは(まばた)きを繰り返した。そのまま周囲を見回す。彼らの報告通り、中庭に面している窓の全てからガラスが消え去っており、そこから程近い地面のあちこちに、きらきらと(きら)めくモノがあった。

 

 その要因を見つけ出したキリトは――セブンへ話しかけた。

 

「……セブン。ディープフェイク問題への注意喚起と、君の声を無断使用した奴への制裁も大事だけれど……その前にやるべき事は」

 

「……クィネラちゃんとリズちゃんに窓ガラスの修理をお願いする。その後おねえちゃんに思いきり怒られる」

 

 セブンは最早棒読みに近い声で、そう答えた。

 

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