キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 皆様、あけましておめでとうございます。
 2026年最初の更新となります。

 それと、後書きに重要報告があります。


22:弾む足取りの娘達

           □□□

 

「おでかけ、おでかけ!」

 

「わぁい! 皆でお出かけなんてひっさしぶりー!」

 

「パパ、ママ、早く行きましょう!」

 

 そう言って三人の女の子が目の前を走っていく。一人はルコ、もう一人はユイ、そして最後にストレア。黒い長髪に小柄な体躯――一見似通った二人だが、漆黒の瞳を持つユイに対し、ルコには獣耳と角があり、その瞳は金橙色(きんとういろ)に輝いている。

 

 ストレアは二人とは一切似ておらず、身長も高ければ――と言ってもシノンよりちょっと高い程度だが――、髪も白紫の少しだけウェーブのかかったショートボブで、紫色のコートのような服を纏っているが、その上からでも十分にわかるくらいに大きな胸をしている。

 

 その抜群のスタイルゆえに、三人の中では最も大人びて見えるストレアだが、中身は天真爛漫(てんしんらんまん)そのもの。精神年齢で言えば、ユイやルコと大差ないのが実情だ。そして耳にした者が必ず驚くのは、ストレアはユイの妹であるというところ。

 

 そんな普通では考えられない家族構成の姉妹とルコが街の中へと駆け込んでいく。

 

「ユイ、ルコ、そんなに急がなくていいから! ストレアもお(しと)やかにしなさいってば!」

 

 隣を歩くシノンが声をかけつつ、三人の後を追おうと駆け足になる。しかし、三人は聞き分けの良い子達なので、シノンだけでも大丈夫だろう。そう思い、キリトは歩くスピードを速めようとはしていなかった。

 

「うむうむ、元気そうじゃあないか。安心安心」

 

 そう言ってきたのが、背後に居るイリスだった。楽しそうにしている三人を見て、声色を弾ませている。

 

「どういう風の吹き回しなのだ、アイリ。急に我らで出かけようなどと」

 

 キリトの左隣という定位置に居るリランが腕組をしながら尋ねた。今の彼女の姿は少女形態であり、金色の美しい髪の毛が歩行に合わせてゆらゆらと揺らめき、輝いている。

 

 ユイとストレアが姉妹であるという話を聞いて驚いた者が更に驚くのは、リランがユイ達にとって一番上の姉に当たる人物であるという事実だだ。そしてその話を聞いた後の者は、リラン達、ユイ達をこの世に産み出したAI開発者がイリスだという話を聞いて大体腰を抜かす。

 

 長姉(ちょうし)リランの問いかけに、母親であるイリスは答える。

 

「クィネラから聞いたけど、君達人界でも暗黒界でもあっちに行ってこっちに行って、戦いっぱなし飛びっぱなしだったんだろう。そんでもって暗黒神ベクタが起こした戦争にまで巻き込まれた。こうして皆でお出かけする暇どころか休む暇さえなかっただろう」

 

 その通りだった。アンダーワールドに来たばかりの時は、世界そのものや置かれた状況を知るのに忙しかった。それが終わった後は修剣学院に入学。更にその後にはセントラル・カセドラルに連行され、アリスを仲間にし、当時クィネラに取り憑いていたアドミニストレータを切り離す激戦を繰り広げた。

 

 その後のアスナ達がやってきて、アドミニストレータが残した問題の数々の対処に当たり、多くの魔獣や《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》と戦い、最終的にアドミニストレータを完全撃破。

 

 全てが一旦終わらせられたと思ったところで、ドロシーとダハーカとサライがやってきて、今度は暗黒界を飛び回り、戦いまくり、そして暗黒神ベクタ/サトライザーのせいで開戦。

 

 大厄災が何度も何度も振りかかってきて、息つく暇もなかったのは事実だった。思い返してみれば、主要な仲間達がよく誰も死亡せずに、自身もまたそうならずに済んでいるものだ。

 

「それに、君達はアンダーワールドにログインさせられてから、既に二年以上過ごしている。ユイと会うのだって二年ぶりとかいう、疎遠どころじゃない状態だったろうに」

 

「やっぱりユイは、ずっと俺達の事を?」

 

 イリスは溜息を吐いた。少しだけ(うつむ)いた顔に、自分達の居なくなった現実世界での出来事を思い出しているような、(くも)った表情が浮かんでいた。

 

「心配していないとでも思ってたのかい。そんなわけないだろう。オーシャン・タートルに君達が輸送された後、その事はしばらく隠されていた。直後は私も君達の治療のため、《STL》の調整やアンダーワールドそのものの運営に付きっ切りになっていたせいで受けられなかったけれど、非常用回線でのユイからの着信は軽く百回超えてたんだよ」

 

 イリスはリランを見る。

 

「しかも君達だけじゃなく、一番の頼れるおねえさんであるリランまで一緒に居なくなってしまっていた。パパとママとおねえさんが一度に居なくなってしまって、不安で仕方がなかったんだよ。そんな感じだったから、ユイはユピテルのケアを受けながら、皆で君達の行方を探し続けてたんだ。これ以上ないくらいに必死にね。だから、こうして君達のところに来れて、君達とまた会えて、ユイは本当にほっとしてるんだよ」

 

 自分(パパ)シノン(ママ)が突然行方不明になれば、ユイはまずリランに探してもらおうと頼み込んだはずだ。なのに、その頼れる姉のリランまで一緒に行方不明になり、ユイ一人が取り残されてしまった。

 

 ユイが今までどんな気持ちでいたのか、想像するだけで胸に無数の針が刺さるような痛みを覚える。これこそが、ユイの抱いていた気持ちだったのだろう。

 

「……本当に悪い事したな、ユイにも」

 

「そう思ってるのは君達だけじゃあない。私もだよ」

 

 キリトは「えっ」と言ってユイ達の方からイリスに向き直った。イリスはシノンの背中、その先に居る自身の子供達を見ていた。

 

「私も、素直にユイやストレアにキリト君――和人君達がどこに居るかを教えて、尚且つリランみたいに強引に本体引っこ抜いてアンダーワールドに送り込んであげればよかったんだ。なのにそうせずに、リランだけが適任だと信じ込んでいたばっかりに、あの子達には長い事つらい思いをさせてしまった」

 

 そう語るイリスの顔には懺悔(ざんげ)の混ざった表情が浮かんでいたが、そこでキリトは気が付かされる。今、イリスはさらっと何か重要な事を言わなかっただろうか。それも、アンダーワールドに強制ダイブさせられた時からずっと引っかかっている疑問の答えと思わしき事を。

 

「イリスさん――」

 

 キリトの質問はリランの声に遮られた。

 

「待てアイリ。『我みたいに強引に本体引っこ抜いてアンダーワールドに送り込む』とはどういう意味だ? 我はずっと何故キリト達と共にアンダーワールドに強制的に送り込まれていたのかわからなかったのだぞ」

 

 自分とシノンは不審者から打ち込まれた致死性の毒の治療をするために《STL》に接続された。そして治療が完了するまでの間、《STL》のダイブ先であるアンダーワールドに居る事になっていたと、後にダイブしてきたアスナとユピテルから聞いた。

 

 だが、二人でアンダーワールドに強制ダイブさせられた時、何故かリランまで一緒に来ていた。それがずっと謎だった。確かに自分の《使い魔》であるけれども、何の被害も受けていないリランが、どうして自分達と一緒にアンダーワールドに来ていたのか。

 

 彼女の本体は自分のパソコンの中にあった――それはユイやストレアも同様である――はずなのに。娘に問い詰められた母親は、苦笑いと無表情の中間のような何とも言えない顔をして答えた。

 

「だってさ、いくら菊岡さんや比嘉君や私が管理、運営していると言っても、アンダーワールドって未知の異世界だからね? 更に中の直接管理と統治、現地民達のケアを担当しているはずのクィネラとも音信不通。そんな危険な異世界に何も持たせないまま二人を放り込むのはいくら何でもって思ったんだよ。《SAO》や《ALO》、《SA:O》、《GGO》を渡り歩いてきてるキリト君とシノンと言えどさ」

 

 一応も何も、この人は自分達をアンダーワールドに送り込む事に不安があったらしい。だからこそ、できそうな安全策を企て、実際に実行したといったところなのだろう。自分達の安全を本気で考えてくれているというのがわかるので、喜ぶべきなのだろうが――。

 

「それで、イリスさんはどうやってリランをアンダーワールドへ……? 一応リランの本体は俺のパソコンのハードディスクの中にありますけど」

 

 イリスは両手を腰に当てて背筋を伸ばした。まるで自慢話をする時の仕草であるが、顔は変わっていない。

 

「和人君のパソコンにクラッキングを仕掛けて遠隔操作して、リランの本体を引っこ抜いてアンダーワールドを運営するスパコンにインストールした! なので、和人君達とリランは一緒だったというわけだ! ユイとストレアも一緒にやるべきだった!」

 

 キリトはリラン共々盛大にずっこけた。思わず「オイィ――!!」と叫びたくなる。

 

「なんつー事やってんですか、愛莉先生!」

 

「お前、他人のパソコンを無断で遠隔操作するなど、完全にサイバー犯罪やっておるではないか! 普通に立件できる案件ぞ!」

 

 リランの言う通りだ。完全に不正アクセス禁止法、電子計算機損壊等業務妨害罪、不正指令電磁的記録に関する罪に触れた行為ではないか。自分が今の内容を警察に話せば、普通に警察官が犯罪者として彼女を捕らえ、リアル告訴などに発展してしまえる状況である。

 

 彼女の事だから、自分とシノンの事を心配してやってくれたのだというのは嫌というほどわかる。だが、それでも彼女のやった事は、やっても良い事とやったら悪い事のどちらかと言われたら、後者である。

 

 だが、同時に気付いた事もあった。リラン、お前はツッコミを入れられる立場に居ないぞ。お前は確かに俺の頼れる《使い魔》だが、見方を変えれば史上最悪のクラッキングAIでもあり、自己満足で色々なところにクラッキングを仕掛けて、その中身を暴いたり(のぞ)き見したりしているじゃないか――そう言いたくなったが、キリトは呑み込む事を選んだ。

 

 今言ったらリランから確実に顔面パンチをもらう自信がある。流石に今、そんなものを喰らいたい気分ではないし、もしそんな事になろうものならば、今まさにお出かけを楽しもうとしている三人がどんな反応をするかわかったものではない。

 

「そうだよ。キリト君にも、シノンにも、リランにも。ユイにもストレアにも悪い事をしてしまった。今日はそのお詫びもさせてもらおうと思ってね。どこでも好きな場所に行って、好きなものを沢山買ってあげるよ」

 

 今度のイリスの顔は、申し訳なさそうな表情と微笑みの混合物(アマルガム)だった。しかしキリトは首を(かし)げる。自分達はそんなに身銭を持って暗黒界にやってきたわけではない。当初はこんなふうに暗黒界の街を散策する事になるなんて予想もしていなかったためだ。

 

 更に言えば、イリスはこの世界にログインしてきたばかりであり、金など持っていないはずである。ラースの職員らしく上位アカウントを使っているのかと思いきや、そうでもないらしいから、猶更(なおさら)資金源がわからない。なのに今日は目いっぱい豪遊してくれとでも言わんばかりだ。

 

「あのイリスさん、質問ばっかりですみませんが、お金はどちらから……?」

 

 思わず敬語で尋ねたところ、イリスはにまーっと笑い、

 

「心配いらないよ。お金なら沢山あるんだ。だから何も気にしないで楽しんでおくれ」

 

 と答えた。これはまた何か職権乱用みたいな事をやったのかとも思ったが、それ以上探りを入れようとしたところで、

 

「パパ―!」

 

「「キリトー!」」

 

 という三人の声が聞こえてきて、キリトはそちらに振り向いた。少し離れたところでユイ、ルコ、ストレアの三人が手を振っている。今はそこにシノンが加わっており、ユイとルコと手を繋いで、微笑みながらこちらを見ている。

 

 「キリトも早くいらっしゃい」と表情で伝えてきているのがわかった。四人の顔を見る事で、思考が一旦リセットされた。

 

 そうだ。ユイとストレアはずっと自分達を心配し、シノンはユイとの再会を何よりも望んでいて、ルコは戦いの一切を休んで、皆で出かける事を望んでいた。

 

 今はイリスのやった事、金の事などどうでもよい。(むし)ろイリスは「お詫びをさせてくれ」と言っているくらいなのだから――。

 

「イリスさん、今日は目いっぱいお言葉に甘えますよ。それでもいいんですね?」

 

 悪戯っぽく言ったキリトに、イリスは深々と頷き、微笑んだ。

 

「いいともさ。さぁ、行こうよキリト君、リラン」

 

 イリスの答えを聞いたキリトは、それ以上深入りするのをやめて、四人の元へと足を進めた。左隣のリランは途中まで納得がいかないような様子であったが、四人と合流した頃には、すっかりこれからの時間を楽しもうとしている女の子の顔になっていた。

 

 全員がその気になったところにイリスが合流してきたタイミングで、七人で街の中へと足を踏み入れた。そこはドロシーやダハーカから聞いていた商業区だった。まさに買い物にはうってつけの場所であるが、しかしその様相の違いにキリトは少し驚きを覚えていた。

 

 飲食店からアクセサリー店まで、幅広い種類の店が連なっていて、街そのものが喧噪と化しているとさえ思えるほどに賑わっているというのは、人界の央都セントリアの商業区と変わらない。だが、帝都オブシディアの商業区は――央都セントリアよりも()()()()()()()

 

 央都セントリアの街並みや様相と言えば、よくある中世ヨーロッパをモチーフとしたファンタジー世界のそれであり、《SAO》のアインクラッド、《ALO》のイグドラシルシティ、《SA:O》のアイングラウンドでも見受けられたようなものであった。だからこそ、キリトはすぐに央都セントリアという場所にすぐに馴染めたようなものだった。

 

 だが、今七人で歩いている帝都オブシディアの商業区は明らかに違う。周りの建築物は、央都セントリアに立ち並ぶそれらよりも黒や土色といった暗めの色をしているが、どれも優雅かつ頑丈そうな見た目をしていて、ところによっては煙突が突き出ていて、もくもくと白い水蒸気を吐き出させている。

 

 すれ違う暗黒界人の中には、黒や茶を基調としたフォーマルなスーツに身を包んでいる男性や、クラシカルなデザインのドレスに身を包んでいる女性がそれなりに見受けられた。勿論如何にも労働者の服と言えるものや、人界の平民のそれのような服を着ている者も多く居たが、そのデザインさえも人界より一つ上だとわかる形となっていた。

 

 まさしく一九世紀の西洋。サブカル的に言えばスチームパンクの世界であり、否が応でもノスタルジックな雰囲気に包まれている気分になってくる。

 

 アンダーワールドは中世のヨーロッパモチーフのファンタジーと、一九世紀のヴィクトリア朝モチーフのスチームパンクが同時に存在しているという、他のゲームではあまり見られない世界なのだと、キリトは再認識した。

 

「パパ、見てください! あちこちに煙突があって、煙が出てます!」

 

「白い、もくもく、いっぱい! セントリアと、違う!」

 

 ユイとルコはあちこちを見回しながら、大はしゃぎしている。ルコはユイ達よりも一足先に自分達と一緒に帝都オブシディアへ来ているが、基本的にオブシディア城内の和平使節団に(あて)がわれた区画から街中へ出る事はなかった。ユイと同じで、初めて見るものばかりで心が躍って仕方がないのだろう。

 

「すごーい! 何て言うか独特ー! 《GGO》の街とも、《SA:O》の街とも全然違うよ! どうなってるの、これ!」

 

 ストレアも驚きと感動が混ざったような様子で、ユイとルコ同様にはしゃいでいる。確かに《SAO》、《ALO》、《SA:O》はよくある中世ヨーロッパ風の世界で、《GGO》は逆に文明が著しく発展した後の未来世界が舞台の世界だった。こんな一九世紀風の世界を見るのは今回が初めてだろう。

 

「おっ、あそこなんか良さそうだね。ユイ、ストレア、ルコ、ちょっとおいで」

 

 商業区の中枢付近まで歩いたところで、イリスが先を行こうとしている三人を呼び止めた。喧噪の中でも母親の呼びかけというのはしかと届くものであったらしく、先を行ってはしゃいでいた三人はくるりと向きを変えて戻って来た。

 

「イリスさん?」

 

「なぁに、イリス?」

 

 ユイ、ストレアの二人娘、ルコの三人は不思議そうな顔をしてイリスを見ていたが、そこでイリスは横を指差した。

 

「あそこ、入ってみようよ。良いもの見つけたら買ってあげるからさ」

 

 キリトはシノンとリランの両名と共にイリスの指差す場所を見る。そこは他の建物と比べて少し豪勢な装飾があちこちに施されている建物だった。中を覗いてみると、色とりどりのアクセサリーや服が陳列されているのが見える。

 

 服とアクセサリーを扱っている店のようだ。規模から考えて、この辺りで最も大きい服屋であるらしい。三人を連れて店へと入っていったイリスに、キリトもシノンとリランと一緒に入る。

 

 店内は外から見えた通り、多種多様な衣類が陳列されていた。平民の普段着から紳士服、パーティ向けのドレスまで幅広く取り扱っているようだ。

 

「ようこそ、いらっしゃいました。本日はどのようなご予定で?」

 

 店の奥の方から弾んだ女性の声が聞こえてきた。そちらを見てキリトはほんの少しだけ目を丸くする。やってきたのは店員と思わしき女性だったのだが、暗黒界人ではなくオーク族だった。その身を包んでいるのは商工ギルドの制服を改造したようなデザインのそれであるため、《アメンク》であるようだ。

 

 今となっては珍しくもなんともない光景であるが、亜人族が応対してくるという意外な展開に、果たしてイリスは一切驚きもしていなかった。

 

「娘達に服を買ってやろうと思ってね。ここは色々な服があるみたいだけど、良さそうなのはあるかい」

 

 アメンクと思わしき女性オークの店員はにこやかに答える。

 

「はい。この店は商業区で一番大きな服屋でございます。お気に召されるものも、きっとあるでしょう」

 

 見渡す限り、普段着から作業着、紳士服からドレス、アクセサリーまで網羅しているという品の揃え方だ、その言葉に嘘はないだろう。イリスは「そりゃあいいね」と言うと、早速近くの棚に手を伸ばした。ハンガーにかけられているいくつかの服をめくっていくと、

 

「おおっ、これなんかどうかな。ユイに似合いそうだ」

 

 と言って、その服をハンガーごと手に取った。それが何なのかを把握して、キリトはぎょっとした。シノンとリランも同様の反応をしている。しかし一方でユイとストレアとルコは目を輝かせていた。

 

 イリスが手に持っている服は――ゴシック・アンド・ロリータだった。フリルで装飾された黒と白を基調とした、可愛らしいデザインの、ファンタジックな少女服。可愛らしい女の子に着せれば愛おしさ激増、注目の的になる事間違いなし。

 

 というのが一般的な認識であろうが、今のキリトにとってはそうではなかった。そんなパパを他所に、娘は目をきらきらとさせている。

 

「わぁ、可愛いです! えぇっと、こういうのはなんていう名前でしたっけ、おねえさん!」

 

 急に妹に尋ねられた長姉はびっくりしたような反応をした。

 

「え、あ、それはだな、ゴシック・アンド・ロリータというものだ……中世より後の西洋を舞台にした作品とかに、よく出てくる……」

 

 ネットを通じて豊富な知識を得ているリランの説明は、いつものような頼れる感じはなく、ぎこちなかった。事情を知らない四人は不思議そうにリランを、そして自分達を見ていたが、間もなく店員が尋ねてきた。

 

「……失礼ですがお客様、そちらの商品はどなたが着用するご予定なのでしょうか」

 

 店員まで何だかぎこちない。やはりこういう反応をするものだよな――キリトはしみじみとそう思った。何も知らないであろうイリスは、素直に答える。

 

「この()さね。可愛い服を贈ってあげたくてさ」

 

「そちらの黒い髪のお嬢様、でしょうか」

 

「はい、わたしです」

 

「私に似てて綺麗な黒髪だろう。何か問題でもあるのかい」

 

 ユイとイリスが不思議そうに答えると、店員はより一層ぎこちない様子を見せ始める。その中でキリトは頭の中でイメージを働かせる。

 

 ユイが黒と白のゴスロリを着て、微笑んでいる姿が想像された。とても似合っている。ただでさえ可愛らしいのに、そこに磨きがかかっていて、それはもうすごい。目にした老若男女は口を揃えて「可愛い!」と言ってしまうだろう。

 

 だが、小柄な女の子、長い黒髪、黒と白のゴスロリ衣装という組み合わせは――。

 

「でしたら、やめておいた方が良いと思います……」

 

 店員は申し訳なさそうに言った。当然四人は首を再度傾げる。

 

「何故だい?」

 

 イリスが尋ねると、店員はキリトが話そうとしていた事を話してくれた。説明を聞いたイリスは目を半開きにし、苦いものを食べた後のような顔になった。

 

「なるほど、そういう事だったか……キリト君達によって討たれた暗黒神ベクタの(しもべ)の黒龍が、これによく似た服を着た黒髪の女の子の姿をしていたと。そんでもってその姿でずっと暗黒界の人々を騙し続けていたと」

 

「はい。ですから、その服を黒い髪の女の子が着て街に出てしまうと、大教皇が、黒龍が戻って来たって皆が勘違いして、大騒ぎになっちゃうんじゃないかと……だからもう、その服の黒いものは廃棄して、もう作らないようにしようって、商工ギルドの方でも考えていて……」

 

 店員の顔には不安の表情が浮かんでいた。

 

 先の大戦で将兵達を自らの意思に関係なく《EGO化身態》に変える呪物を放っていたのは黒龍であり、その黒龍の仮の姿が大教皇だった。確か、暗黒神ベクタから《ジブリル》という名前で呼ばれていたような気のする黒龍は暗黒界に技術をもたらし、発展させた張本人であるが、今となっては忌むべき敵だ。

 

 そして、長い黒髪の小柄の女の子が黒基調のゴスロリを着た姿は、暗黒界の住民にとって最大の恐怖の象徴となってしまった。店員の言う通り、ユイがこの黒ゴスロリを着て外に出れば、大教皇が、黒龍が暗黒界に舞い戻って来たと人々が誤解して大混乱に陥ってしまうのは想像に難くない。

 

 瞳の色や角の有無こそ違うが、小柄な黒髪の少女が黒ゴスロリを着ているという外見のユイを遠目から見れば、暗黒界の人々はまず間違いなく黒龍だと勘違いするだろう。サトライザーと黒龍ジブリルの横暴に疲弊させられ、ようやく復興の兆しが見え始めているのが暗黒界だ。そんな人々を、余計な騒動でまた不安にさせるわけにはいかない。

 

 それはキリトが言うまでもなかった。イリスは「仕方ないか」と言って少し残念そうな顔をしながら、黒ゴスロリ衣装を棚に戻した。「いや、ユイにはこれだ!」みたいなこだわりを貫こうとしてきたならばどう止めるべきだったのか、キリトにはわからなかったので、内心でほっとしていた。

 

 そんな中、イリスは顔をある方向へくっと向けた。キリトの右隣のシノンだった。

 

「シノン、ここで一つ君に質問するよ。ユイには何色の服が似合うか、君ならわかるんじゃあないかな?」

 

 ユイの産みの母親からの不意の問いかけに、育ての母親は目を(しばた)かせた。急に話を吹っかけられるとは思ってもいなかったのだろう。だが、自分同様に場数を踏んでいるシノンは、すぐさま唇の近くに指を添える仕草を取った。思考を回す時のそれである。

 

 《太陽神ソルス》の装束のせいなのか、それとも彼女自身が成長しているからなのか、その仕草がどこか(つや)っぽく、キリトは不意に胸を高鳴らせた。悟られないよう平静を装っている間に、シノンは考えをまとめたのか一歩前へ踏み出し、イリスの隣に並んで棚の中へ手を伸ばす。

 

「ユイに似合うのは、白色です。《SAO》の時も白いワンピースを着てましたけれど、それも結構似合っていましたし、《ALO》でも《SA:O》でも、白い服を着ているユイが一番可愛かったです」

 

「そうだろうそうだろう。なら、ユイに着せるべき服は、これだよね?」

 

 そう言ってイリスは嬉しそうに棚から一着の服を取り出す。それを見てシノンはぱあと顔を輝かせた。

 

「はい。私はそう思います! ユイにとても似合うと思います!」

 

 シノンが弾んだ声で言うと、

 

「えっ、どんな服ですか!? 見せてください!」

 

「アタシにも見せて―!」

 

「ルコも、見たい! 見たい!」

 

「我にも見せよ! 客観的評価が必要であろう!」

 

 ユイだけではなく、キリト以外の三人娘全員が反応してイリスに詰め寄った。無論キリトも気になるが、五人の女の子の壁というのは予想以上に高く厚く、越えられそうになかった。盛り上がり方もすごくて、踏み入る隙が全くない。

 

 キリトを完全に余所者にした女の子三人と女性三人のうち、一番年長の女性の声がしてくる。

 

「これなんて良いだろう? あと、これはストレアに似合いそうだと思うし、こっちはルコに似合うと思うんだ」

 

「わぁっ、これいいかも!」

 

「着てみたい!」

 

「だろうだろう? 店員さん、試着室はどこかな? それとも、ない?」

 

 ストレアとルコの嬉しそうな声、そしてイリスの問いかけに混ざって、店員の「あちらでございます」という案内が聞こえた。店員はすっかり女の子達の中に隠れて見えなくなっている。

 

「よっし、じゃあ試着してみようじゃあないか!」

 

 イリスの一段と弾んだ声がすると、女の子達は店の奥の方へと移動していった。店員の案内通り、そこに試着室があるのだろう。店の規模からして三つほど設けられているに違いない。

 

 だが、ユイの父親とはいえ、そこへ近付く事は難しく感じられ、キリトはその場に突っ立っていた。普段ならば隣にリランが居て、話し相手になってくれるものだが、まさかその彼女まで行ってしまうとは全く想定もしていなかった。

 

 完全に置いてけぼりじゃないか――そんな取り残されたような心地を誤魔化すべく、キリトは一人で店内を歩き始めた。




――割と重要報告――

 いつも『キリト・イン・ビーストテイマー』を読んでくださり、ありがとうございます。
 2015年の連載開始から、気付けば11年が経ち、話数も630話を超えました。

 本作は2026年内の完結を目指して執筆中です。
 ここまで続けられたのは、読んでくださる皆様のおかげです。

 最後までお付き合いいただければ幸いです。
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