キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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23:贈り物

         □□□

 

「お、おぉぉぉぉおぉぉぉぉ……」

 

 自分でも「なんつー間抜けな声だよ」とツッコミを入れたくなるような声が出た。普段ならばもっと二十代手前くらいの男性のしゃっきりとした声を出せるものなのだが、今はそれがとても難しく感じられた。

 

「パパ、どうですか?」

 

「見て見て、キリト! 綺麗でしょ~」

 

「ふかぁ! ふか、ふか!」

 

 キリトをそうさせたのは、目の前の三人娘の晴れ着姿だった。ユイ、ストレア、ルコは、イリスとシノン、リランに連れられて試着室へ向かった。何かしらの話し声が聞こえた後、カーテンが開き、三人娘がお(しと)やかな足取りで出てきた。

 

 三人揃ってゴシック・アンド・ロリータを着用していた。だが、全員が共通のデザインではない。黒ゴスロリを着ると問題になると言われていたユイが着ているのは、純真無垢を体現したような、一点の曇りもない白のゴスロリ。

 

 ところどころに波打ったフリル装飾が可愛らしく、それらを含めて全てがほぼ真っ白であるからこそ、イリス譲りの艶やかな黒髪と黒い瞳が、白地の布の上で見事なコントラストを描き出していた。そこに白色のリボン付きカチューシャが添えられているのも、可愛らしさに一層磨きをかけている。

 

 次にストレア。元々紫が似合うイメージ通り、三種類の色相が異なる紫のゴスロリが選ばれたようだ。ユイより身体が大きい彼女のそれは、純粋なゴスロリというより、その要素が混ざったパーティドレスのようで、長いスカートが印象的だ。

 

 胸元は、ストレアの黒子(ほくろ)――これもイリスと同じもの――が見えるほど大胆に開かれており、男なら誰もが目を向けてしまう形だ。肩も露出していて印象的だ。大きな胸と胸元の黒子というストレアの特徴を知り尽くしたイリスが選んだのだろう。

 

 最後にルコ。黒ゴスロリを着ると、ユイのように黒龍と勘違いされる危険性のある見た目の彼女は、黒いのは肩回りと腕元くらいで、それ以外は全てが白色というツートンカラーのゴスロリを着て出てきた。

 

 (そで)が大きく作られ、すっぽりと手を覆っているが、不便そうにはしていない。頭部には黒と白のヘッドドレスが被さり、獣耳の前の位置で存在をしっかりアピールしつつ、額の角の存在感も奪っていない。絶妙なコーデだ。

 

 そう言えば、ルコは獣耳と角を隠すための帽子をずっと着用していなければおらず、どんなにおしゃれしてもそこがネックになる場合があまりにも多いために、本当におしゃれな服や衣装を着たりする事は全くなかった。

 

 だからこそ、黒白ゴスロリ姿のルコにここまでの衝撃を覚えるのだろう。ずっと可愛いと思っていたが、その概念が急加速している。ルコは着飾れば想像以上に可愛くなれる素質を持っていたのだ。

 

「す……すげぇ……」

 

 三人娘の姿を見て、キリトはそう言うしかなかった。もう少し気の利いた言葉もあるだろうが、今のキリトは思い付けなかった。危機を打破する作戦は思い付けるのに、こういう場面では役に立たない自分の頭が憎たらしかった。

 

「そうだろう? それくらいしか言えないくらい、可愛いだろう?」

 

 からかうような声をかけてきたのはイリスだ。もしかしたらイリスもゴスロリ、もしくはスチームパンク風ドレスを着てくるかと思ったが、彼女の衣装は試着室に入る前と変わっていない。

 

 他の男性――おおよそクライン辺り――なら、イリスもセクシー系衣装を着て出てくるのではと期待して、何も変わっていない事に落胆しただろう。しかしキリトは、そうならなかった事に何故か安心していた。

 

「パパ、どうですか? 似合っていますか?」

 

 ユイがとてとてという音が聞こえてきそうな足取りでやってきた。そのたびに服のあちこちのフリルが揺れ動いて、猶更愛らしさが感じられた。そしてそんな服装が似合っているかというと――。

 

「あぁ、すごく似合ってるよ。今までで一番似合ってる服を着てるんじゃないかな、ユイ」

 

 キリトの返答にユイは「本当ですか!?」と目を輝かせた。すると当然というべきか、ストレアとルコもユイに並んできた。

 

「アタシはどうかな、キリト。勿論似合ってるよね!?」

 

「ルコは、ルコは!?」

 

 二人ともユイ同様に目をきらきら輝かせている。その衣装が似合っているかどうかは、既に確認済みだ。それをキリトは教える。

 

「二人とも、よく似合ってるよ。ストレアはらしさがよく出てるし、ルコもこんなにおしゃれな服が似合うって初めて知ったかもだ」

 

「そうでしょ! アタシのスタイルの良さがすごくよく出てるよねー!」

 

「ルコ、この服、好き!」

 

 ストレアに続いてルコが喜んだその時だった。

 

「……キリト」

 

 店の奥――試着室の方からの小さな声を、キリトは聞き洩らさなかった。声色からして、シノンのものだった。そう言えばユイ、ストレア、ルコ、イリスの四人は出てきているが、シノンとリランの姿が見えなくなっている。

 

 確か、彼女達はユイ達の服を早く見たかったのか、はたまた着替えを手伝ってやろうとしたのか、共に試着室へと向かっていったのだった。そのうちのシノンの声に導かれるようにして、そこを見た次の瞬間。

 

「……!」

 

 キリトは硬直(フリーズ)した。試着室から、二人の少女がゆっくりと歩いてきていた。勿論それはシノンとリランだったのだが、その容姿にキリトは身体の動きの一切を止めさせられてしまった。

 

 ユイ、ストレア、ルコの三人と同じように、シノンとリランもゴスロリのドレスに身を包んでいたのだ。

 

 シノンのは、青と白を基調とした爽やかな色合いで、肩と鎖骨を露出させたデザインだ。あちこちにフリルやリボンの装飾があり、広がるロングスカートの裾は薄布で透けていて、すらりとした足元がよく見える。

 

 頭部にはルコ同様に青と白のカチューシャ型ヘッドドレスも装飾されておいて、全体的にシノン自身の美しさというモノを際立たせた衣装だった。

 

 そして意外なのがリラン。普段から紅色のコートを着ている彼女を包んでいるのは、深紅を基調としていながら、腕元やスカートの裾といったところに純白が入っている、比較的シンプルなデザインのドレスだった。

 

 被れるくらいに大型のヘッドドレスを被れば、まさしく童話の赤ずきんだが、しかし付けているのはシノンと同じデザインの、紅白のヘッドドレスだった。

 

「どうだいキリト君。シノンとリランの晴れ着姿は」

 

「……」

 

 イリスの問いかけに、キリトは口を半開きにしたまま答えられなかった。

 

 (まず)い。言葉が出てこない。怒りすぎて、あるいは呆れて言葉が出ない体験はしたが、今は全く違う。目の前の二人、妻と相棒の姿があまりにも綺麗で可愛すぎて、言葉が出てこないのだ。

 

 人間は美しすぎるもの、可愛すぎるものを目にした時は言葉を失うと聞いたが、まさしくその通りだった。いや、そもそも着替えて出てくるのはイリスの娘二人とルコだけだと思っていた。まさかシノンとリランまで着替えてくるとは、完全に予想の斜め上だった。

 

「キリト、その、どうかしら……」

 

「べ、別に我らが自ら言ったわけではないぞ。ただ、アイリが我らも着てみろと言ってきて、ユイ達まで便乗してきたから、逃れられなくなり、だな」

 

 頬を赤く染めたシノンとリランの困った表情が、余計に破壊力を増した。人の心を掴むのが上手い絵師が描いたイラストや絵画のようだ。

 

 胸の鼓動がどんどん強くなり、直視するのも難しくなってきた。このままでは、気持ちが変な方向へ行ってしまいそうだ。

 

「す、すごい! すごく似合ってる。シノンもリランも、似合い過ぎてて、なんて言うかその、ヤバい……!」

 

 それが妻と相棒にかけるべき言葉なのか、キリトは気にする余裕がなかった。シノンとリランのゴスロリドレス姿という完全に予想外の光景によって、正体不明の衝撃を与えられているような感覚に陥っている。

 

 痛みや不快感は一切なく、寧ろ逆だ。美しすぎて、可愛すぎて、それが(まぶ)しさに繋がり、直視が難しい。

 

「おやおやおや、キリト君には効果抜群だったみたいだねえ~」

 

 思わず視線を逸らすと、イリスのからかう声が聞こえてきた。

 

 イリスの事だ。きっと自分が三人だけ着替えると思い込んでいるのを読み取って、シノンとリランにも着替えさせたのだろう。そして思惑通りの反応を自分がしているものだから、「してやったり!」と思っているに違いない。

 

「さてさてさーて、我が子達。君達だけが着替えているのは不公平だと思わないかね?」

 

 イリスの呼びかけにユイとストレアが「思います!」「不公平(ふこーへーい)!」と答えた。え? まだ何かするのか? きょとんとしているキリトのところへ、ユイが再び歩いてくる。よく見るとその胸元に何かを抱いている。丁寧に畳まれた黒い布のように見えた。

 

「はい、パパ」

 

「へっ?」

 

 何が何だかわからないでいるキリトに、ユイは小走りで近付くと、そのまま軽く身体を押し当てて試着室へと押し込んだ。

 

「パパの分ですよ。それを着てください」

 

「俺の分?」

 

「はい。パパに似合いそうなのを選んでおきました。着てみてください」

 

 キリトは目を点にする。女の子達全員で試着室に入り、服の着替えをしているものだと思っていた。自分が店内を散策している間に、いち早く着替え終わった誰かがメンズ服を選びに行っていたという事なのだろうか。

 

 疑問は尽きなかったが、愛娘に用意された以上引き下がれず、キリトはカーテンを閉めて着替えにかかった。クィネラに作ってもらった服は、見た目に反して脱ぎ着しやすい構造なので、てきぱきと着替えられた。

 

 途中で女の子達の騒いでいるような声がした気もしたが、優先事項を着替えに向けていたために、詳細はわからなかった。

 

「……ほぉ」

 

 試着室の等身大鏡に映った自分の姿をキリトは見つめた。一言で言えば黒一色の衣装だ。ヴィクトリア朝時代の紳士服かと思いきや、シルクハットなどはなく、灰色のラインで不思議な紋様が描かれた黒いジャケットと、シンプルな黒いズボンのセットだった。

 

 ジャケットの下には白いシャツを着て、その上から黒いベストを着込んでいるため、首元付近にしか白のアクセントがない。全体的にノスタルジックというよりアンティークな感じだ。

 

 代わり映えしない気がする。黒いジャケットと黒いズボン――《SAO》時代からずっと着ている黒いコートとズボンと何が違うのだろう。頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしながら、キリトはカーテンを開いた。ゴスロリ衣装の娘達が待ち構えていた。

 

「着替えてみたよ」

 

 一言そう言うと、女の子達は「わああ!」とか「おぉぉ」とか言っていた。感動を覚えているらしいが、しかし当のキリトには今の自分のどこに感動要素があるのかわからない。

 

「ユイ、この服はお前が選んだのか。なんだか、普段着てるのとあんまり変わらなくないか?」

 

「やっぱりそうです。パパはいつも物騒だったんです。今は全然物騒じゃありません!」

 

「うんうん、やっとキリトが平和的になった!」

 

 キリトの疑問を無視して、ユイとストレアは喜ばしそうにし、ルコもうんうんと(うなづ)きを繰り返している。物騒? 平和的? どういう事だ? 娘達の言っている意味が掴めない。首を傾げて困っているキリトの元に、シノンが歩み寄ってきた。

 

「やっぱり、キリトは黒が一番似合うわね。どんな服でも、黒いのが一番しっくり来るし、いつものあなたって感じがする」

 

「それはどうも……あぁいやシノン、物騒とか平和的とか、どういう事なんだ」

 

 シノンは軽くユイの方を見ながら話してくる。

 

「キリトはいつも黒いコートを着てるし、それがあなたってわかるシンボルみたいなものだったけれど、いつもそれを着て戦いに行ってたじゃない。モンスターと戦う時も、ボスモンスターと戦う時も、ハンニバルと戦う時も、ずっと黒いコートを着てた」

 

「そりゃあ、いつも着てる服だったし、他に気に入るものもなかったんだ。……今のこれ、その時のとそんなに変わらなくないか?」

 

「いいえ、そんな事はないわよ。鏡を見てみて」

 

 キリトはくるりと(きびす)を返し、もう一度鏡を見た。黒いジャケットとズボンを着用した自分の姿が映っている。つい先程と違うのは、横にシノン達の姿もあるという点だ。

 

「今のあなたは、剣を持ったら不自然に見える恰好じゃないかしら?」

 

 シノンに言われるまま脳内でイメージを働かせ、見えてきたビジョンにキリトははっとする。確かに、今の自分はスチームパンク世界を歩く男性、もしくは英国紳士のような姿をしている。そこでいつもの《夜空の剣》、《リメインズ・ハート》、《EGO(イージーオー)》を持った姿を思い描いてみたが――全く似合わない。

 

 これは戦闘には向かない服だ。

 

「確かに……」

 

「わたしは剣を振って戦うパパはかっこいいと思っていますけれど、いつもいつも戦うための恰好じゃ、どんどん疲れていっちゃいます。だから、パパには戦いをお休みする服を贈ってあげたいって思ったんです」

 

 ユイはそう言って、鏡を見ているキリトの右隣に並んできた。そこはシノンの定位置だが、今はユイに譲られていた。

 

「パパ、どうでしょうか。もしかして、気に入らない……でしょうか」

 

 見下ろしたユイは少し不安そうな顔をしていた。自分があまりにも鈍感な反応をしているからだろう。

 

 言われてみれば、自分はずっと戦闘服を普段着にしていた。いつ非常事態が来ても対応できるようにと思っていたのと、結局黒いコートが一番心地良かったからだ。

 

 だがそんな自分は、傍から見れば常在戦場の気持ちを捨てられず、気が休まる時を欲していないように見えただろう。もっと悪く言えば、休む事を知らない戦闘マシンのような印象もあったかもしれない。

 

 今、ユイ達が贈ってくれた服は戦闘に向いていないデザインで、激しい動きを苦手とする構造だった。戦いから遠く離れ、穏やかな暮らしをする男性の衣装そのものだった。

 

 そんな衣装が気に入るか、そうではないか。その答えを、キリトは行動で示した。身体の向きを変え、白いゴスロリ姿の愛娘を抱きしめ、髪を撫でてやる。

 

「そんなわけない。とても気に入ったよ。素敵な服をありがとう、ユイ」

 

 胸の中で、愛娘は「えへへ」と可愛らしく笑った。シノンともリランとも、ルコとも異なる、小さいながら心地よい温もり。それを全身に行き渡らせるように、キリトはしっかりとユイを抱き締めた。一応公共の場だが、二年半にも及ぶユイへの恋しさが勝ち、キリトはユイを離せなかった。

 

 やがてルコが「ルコもー!」と言い出してきそうだと思った頃だった。

 

「えぇっと、これはどういう事なんだい、君達……」

 

 隣の試着室の方から声がして、キリトはそちらに向き直り――再度硬直した。女の子達は「わあああ!」と黄色がかった声を上げる。そこに居たのはイリスだったが、その身を包む服は一変していた。

 

 つい先程までのイリスの衣装は、医者を思わせる白いコート、胸元の露出が目立つ黒いジャケットに、白いスカートと黒いストッキングの取り合わせだった。つまり、いつもとあまり変わらないイリスらしい服装だった。

 

 だが今のイリスの豊満な身体を包んでいるのは、白と黒で織り成されるドレスだった。肩と胸の上部を露出させ、腕を包む部位は半透明になっている。胸元から脚部まで伸びる黒い前掛けには幾何学的な模様の白い刺繍(ししゅう)が施され、全体的に幻想的な印象を受ける。

 

 少しだけ広い白いロングスカートによって足は隠されているが、その裾はユイ達の着るそれと同様にフリルが波打っていた。

 

 ゴスロリの雰囲気をほんの少しだけ混ぜたデザインの、古代の神話に登場する女賢者が着る装束――そう言われれば納得する衣装が、イリスの今現在の服装であった。

 

「イリス、さん……?」

 

 完全に呆気に取られて、キリトはか細い声しか出せなかった。シノンとリランが着替えた姿を見た時の衝撃が再来している。説明を求められたように見えたのだろう、イリスは珍しくたどたどしく言う。

 

「キリト君を試着室に押し込んだ後、何故だか私もユイとストレアにこれを渡されて押し込まれたんだ。んで、着てみたらこんな感じになってて……」

 

 非常に珍しく、イリスは戸惑っているようだった。まさか自身まで着替える事になるとは思ってもみなかったと言わんばかりだ。そんな母親の元へ、娘二人は一気に距離を詰める。

 

「はわああ! すごく綺麗です、イリスさん!」

 

流石(さっすが)アタシ達の母親(ママ)! 綺麗だし、セクシーだし!」

 

 ユイとストレアという、身体の一部が《遺伝》している娘達に言われて、イリスはきょとんとする。またしても意外な出来事に出くわしたかのような反応だ。

 

「そう言ってもらえて嬉しいけど……私が君達に服を買ってあげるつもりで、ここに来たんだよ? 別に私が自分の着る服が欲しくてきたってわけじゃあないから、私が着替えたりする必要は――」

 

「アイリ」

 

 母親の言葉を遮ったのは、長姉のリランだった。ユイとストレアに巻き込まれる形で、いつもと違う可愛い服を着せられた彼女は、ユイとストレアの間に割って入る。

 

「それこそ、先程キリトに言っていた、不公平ではないか?」

 

「へ?」

 

 もう一度目を丸くするイリスに、ユイが答える。

 

「イリスさんはわたし達に、こんなにおしゃれな服を与えてくれました。でも、わたし達ばっかりがおしゃれをして、イリスさんだけおしゃれをしないのは、あまりにも不公平だと思います」

 

「イリスもキリトとおんなじで、ずっと同じような服ばっかり着てたじゃない? だからアタシ、今日はイリスこそが一番おしゃれをするべきって思うんだよねえ~」

 

「ユイ、ストレア……リランまで……」

 

 驚きっぱなしのイリスに、ユイが更に近付いて言う。

 

「それに、イリスさんがアンダーワールドへのゲートを開いてくれたおかげで、わたし達はパパ達のところに来る事ができたんです。全部イリスさんのおかげなのに、そのお礼をずっとしないでいましたから……だから、その服はわたし達からのお礼のプレゼントです」

 

「イリスの服の分のお金ならアタシ達が出すから、心配しないで」

 

 ユイとストレア、リランの三人をイリスは交互に見回していた。何を言うべきか困っているようにも見える。

 

「……そういう事だ、アイリ。受け取ってくれるな?」

 

 リランが締めくくるようにそう言うと、イリスは強く目を見開き――そして微笑みを経てゆっくりと笑んだ。その顔を見てキリトは少し驚く。イリスの表情は、子供達に予想外のプレゼントを渡されて喜んでいる母親の表情そのものだった。

 

 これまで、イリスがそういう顔をした瞬間を何度か見てきたものだが、今回はその中でも一際強く、そしてはっきりとしたものだった。

 

「……ああ――、もう!」

 

 と思いきや、イリスはがばっと大きく腕を広げ、そのままユイ、ストレア、リランの三人娘をその胸で抱きすくめた。イリスの得意技――と言っていいのだろうか――である、《複数人まとめて抱き締める》だった。

 

「お、おいアイリ!?」

 

「わわっ、イリスさん?」

 

「ふぇっ、イリス?」

 

 リラン、ユイ、ストレアの順番で驚いたような声で言うと、イリスは三人娘の頭に顔を埋めるような仕草をしながら、大きな声を出した。

 

「マーテルもユイもストレアも、ほんっとうに可愛いんだからぁ!!」

 

 店内に思いきり響いたその声は、イリスが心の底から発した歓喜だった。口調こそいつものように感じられたが、しかしその声色は彼女の《素》のものだった。子供達はその反対なのだが、イリスは喜怒哀楽の起伏がいまいちわかりにくく、声を聞いただけでは判断できないなんて事も多々あった。

 

 だが、今のイリスの声は、はっきりと喜んでいるとわかるものだった。

 

「イリス先生、嬉しそう……」

 

 喜びに満ち溢れる恩師の姿を見て、シノンが(こぼ)すように言った。当然その顔には柔らかい微笑みが浮かんでいる。

 

「今日はイリスさんにもしっかり楽しんでもらわないと、だな」

 

 キリトがそう言うと、シノンは「うん」と頷き、その手でキリトの手を握ってきていた。

 

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