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妹が昏睡に入ってから何日経ったか。一週間は優に過ぎている。人界と暗黒界が激突し、全てが明らかになってから――同じだけの時が流れた。
妹――ドロシーは先の戦争の一番の功労者だった。自分は大教皇が降らせたモノによって《
だからこそ、戻った時に戦争が既に終わっていた事、そしてドロシーの働きでそこへ至ったと聞かされた時は本当に驚いた。あの弱虫で泣き虫だったドロシーが、自身の全てを使い切るつもりで神聖術を発動させ、自身らを迫害していた者達までも助けたのだ。
最初は信じられなかった。だが、ドロシーとの日々を思い出せば納得できた。他の者達から酷い扱いを受けようと、心の奥底で清らかな優しさが光を放ち続けていた――それがドロシーだったのだ。
ドロシーの清らかな心が、愚かな戦争を終わらせた。そしてキリト達に暗黒神ベクタを討つための道を切り開き、彼らをそこへ導いた。
これまで、ドロシーは自分が守らねば、助けねばと、常に気を張っていた。だが今、誇らしさが勝っている。ドロシー、お前は偉い。拙者の自慢の妹だ――そう心の中で呟きながら、今日もダハーカはドロシーの眠るベッドに寄り添っていた。
「ん」
ドロシーの腕元に目をやる。点滴が止まっていた。見上げれば、人界の最高司祭が作った《天命回復薬》の袋が空だった。《天命回復薬》はカイナンがほとんど無理を言って製法を聞き出したおかげで、暗黒界の薬師達でも作れるようになった。
ただし、それは容易ではない。最高司祭という大いなる存在が作るものだけあって、完全再現に至れるのは名医と言われる者達くらい。並みの薬師達は、そこへ至るために修行と修練を余儀なくされているらしい。
未だ貴重品である《天命回復薬》の袋を外し、近くの新品と交換する。管に接続すると、中でぽたぽたと薬液が落ち、ドロシーの身体へ流れ始めた。
作業を終え、椅子に座り直す。溜息が零れた。最高司祭は「あと数日で目を覚ますかもしれない」と言っていた。彼女の雰囲気がそう思わせるのか――その言葉を、ダハーカは信じていた。
「早く目を覚ましてくれよ……皆、お前を待っているのだからな……」
そう言ってダハーカは、眠る妹の頭をそっと撫でた。何度も感じてきた温もりと手触りが、籠手で覆われた手でも感じられる。直後、出入り口の扉が開く音がした。シャスター様やリピア様、キリト達なら事前にノックして入って来る。そうせずに入って来る者といえば、部外者だ。
「……誰だ?」
振り返り、姿を確認する。自分よりずっとくすみがかった青と灰の二色の毛並みに包まれた、衣服を着用していない上半身。前より幾分マシになった粗暴そうな雰囲気を醸し出す顔付きと目つきの、自分と同じオーガ。
その族長、フルグルだった。
「……ダハーカ」
ダハーカは即座に視線を
「オーガ族の族長、何の用だ。戦争を終わらせた功労者なら、まだ起きていない」
「違う。用がある、そちらでは、ない」
「では、誰に」
オーガ族族長は椅子に座る事もなく、立ったまま声をかけてきた。
「ダハーカ、オーガ族領に、戻らないか」
ダハーカは視線をドロシーへ戻した。フルグルへの失礼など、どうでもよかった。
「何故だ? 何故《アメンク》の拙者がオーガ族領に戻らねばならぬ」
「お前達、《アメンク》の扱い、変わった。《アメンク》達の、働きで、おれ達は、救われた。オーガ族は、もう《アメンク》、差別しない」
その時の事はダハーカにはわからない。大教皇――今は黒龍と呼ぶべきだ――の降らせたモノで《EGO化身態》にされ、元に戻った時には全てが終わっていた。
しかし、暗黒界の将兵達が暗黒神ベクタに洗脳される中、《アメンク》達だけはその影響を一切受けず、暴走する同胞達を助けようと戦っていたという話は、ドロシーの見舞いに来た当人達から何度も聞かされた。
「ダハーカ、おれがお前の追放、取り消す。お前に、オーガ族領の居場所を、作る。だから、オーガ族領に、戻ってこい」
継ぎ接ぎのようなオーガらしい口調で、フルグルは告げた。
子供の時の記憶が呼び覚まされる。まだ小さかった頃、自分は《アメンク》であるとして、オーガ族領から追放された。《まつろわぬもの》だから、領には置いておけない――大人達が自分を忌むべきモノを見る目で見て、そう言っていたのを憶えている。
今や顔も思い出せない両親は反対していた。《アメンク》であろうと我が子だ、同胞だ、と――そう言っていた気がする。だが、ごく少数の声は、当時の族長を含む大多数の声に掻き消された。
結局自分はオーガ族の外へ放り出された。身を守るものも、食料も持たされずに。
行く当てもなく暗黒界を歩いた。乾ききった風に吹かれ、雨に打たれ、泥水を啜った。安心して夜に眠る事もできない日々で《天命》は減り続けた。
そして、ついに歩く事さえできなくなるほどの残量になろうとしたその時、空から救いの手が差し伸べられた。後に暗黒騎士団団長となるシャスター様だった。
シャスター様は他の騎士達と話し合った後、一人の女性暗黒騎士に自分を預けた。やがてドロシーの母親となる彼女は、迫害された忌むべき《アメンク》である自分を、優しく、温かく迎え入れてくれた。言葉、文字、戦う術――全てを教えてくれた。師となり、そして家族になってくれた。
そんな彼女のおかげで、自分は今、暗黒騎士団の上位騎士の立場に居る。《アメンク》故に下の騎士達に罵られていたが、それもなくなったらしい。それはフルグルでもわかるはずだ。
「フルグルよ、もう一度聞くぞ。何故今更拙者にオーガ族領に戻れなどと言うのだ」
ダハーカはオーガ族長へ振り向く。表情は変わっていなかった。
「拙者は暗黒騎士団長ビクスル・ウル・シャスター様の
「……その、とおりだ」
「では、何故拙者をオーガ族領へ引き戻そうとしているのだ。拙者が戻ったところで何になる。オーガ族にとって利点があるのか」
フルグルはじっとダハーカを見つめた。僅かに羨望の眼差しが混ざっている気がした。
「ダハーカ……お前、おれより、強い。族長のおれより、強い。暗黒界最強のオーガ……そう言っていい」
その自負がダハーカにないわけではない。ドロシーの母親である師と、更に上の段階にいるシャスター様がありとあらゆる技術や戦法を教えてくれたおかげで、ダハーカは暗黒騎士達の中でも指折りの実力者という評価を受けている。
持ち前のオーガ族の
「だから、何だ」
「お前はもう、おれよりも、オーガ族の族長、相応しい。おれの後を継ぎ、族長、やってほしい」
そうだろうな――ダハーカはそう思った。オーガ族も他の亜人族同様に、強さを重んじる種族だ。フルグルが族長をやっているのは、フルグルが他のオーガと比べて強く、判断力に優れていたからである。
しかし、そんなフルグルでも頭の回転が鈍く、言葉を
フルグルは続ける。
「ダハーカ、認める。お前は、頭の回りも、おれよりずっと、早い。だから、強い。オーガをまとめるのも、お前の方が、上手くやれる。だから――」
ダハーカは自分を見下ろしていた。フルグルの言っている事は、
こう言われる事は、オーガにとってこれ以上ないくらい喜ばしい事であり、他のオーガ達なら身悶えするくらいの歓喜と高揚感を覚えるだろう。
「……幼少期の拙者を身勝手な理由で追放して死の淵に立たせ、散々オーガ族の恥のように扱っておきながら、今度はお前こそが相応しいから族長をやれか。随分と虫のいい話だな」
フルグルは
「……そう、だが……」
「拙者は《アメンク》だ。その中でも特段頭の回転が速い《アメンク》なだけだ。そして《アメンク》はそんなに沢山生まれてくるわけでもないし、拙者のように流暢に喋れる者達ばかりではない。
拙者が族長をやれば、生まれてくるオーガの赤子達は全て《アメンク》となるのか? 拙者のような《アメンク》へと、オーガ族そのものが生まれ変わるというのか?」
「それは、起こり……えない……」
フルグルは一族の事を考えて、こう言っているのだろう。だが、仮に自分が族長をやれば、周りのオーガ達はただの劣等種に見えるようになるだろう。
生まれ来る子供達の中にも、こういう疑問を抱く者も出てくるだろう。「どうして、族長だけ、綺麗に喋れる? 族長だけ、何で、あんなに、強い?」と。
「……拙者がオーガ族族長をやったところで、皆が拙者のようになるわけではない。後継者探しなら他を当たれ。拙者は、オーガ族に相応しくないオーガなのだ」
それがダハーカの思う全てだった。フルグルは口を閉ざし、沈黙する。ダハーカも同じ沈黙で、フルグルに部屋から出ていくよう促そうとした。
「………………にい…………さん…………が…………ぞく…………ちょう……………………?」
オーガ族の特徴の一つに、他亜人族と比べて聴力に優れるというものがある。そのオーガの聴力が、その他の暗黒界人では聞き逃してしまうほど小さな声をダハーカに届けた。ダハーカはかっと音の発生源へ向き直る。
「……ドロシー……?」
確かに、妹の声だった。あの戦争から聞けていない妹の声が聞こえた。だからこそダハーカは呼びかけた。本当にお前なのか。
兄からの声に――妹は答えた。ずっと閉ざされていた瞼が僅かに動き、ほんの少しだけ開いた。
「にい……さ……ん…………?」
聞き洩らしそうな細い声が、震える唇から零れるように出でた。そして薄っすら見える瞳は、確かにダハーカの瞳と交差していた。
「ドロシー!?」
がっと距離を詰めて、大きな声をかける。それは失敗だった。明らかに出していい声量ではなかった。だが、ドロシーは嫌そうな反応はせず、ぼんやりとダハーカを見つめていた。
「ドロシー、拙者がわかるのか」
ドロシーはとてもゆっくりと頷いた。
「はい……にいさん……」
ダハーカは限界付近まで目を見開いた。同時に胸から歓喜が突き上げ、涙が出そうになる。気を抜けば、ドロシーを全力で抱き締めてしまいそうだった。そんな中、ドロシーは不安そうな顔をした。
「あれ……ここは……? でも……なんで……にいさんは……カイナン殿と……怪物になってしまって……それに、戦争は……みんなは……?」
ダハーカはがっと振り向いた。唖然とした顔のフルグルが突っ立っていた。
「フルグル! シャスター様とリピア様、キリト達に伝えよ! ドロシーの意識が戻ったと!」
フルグルは「がるるっ!」という返事をして部屋を飛び出していった。ダハーカはもう一度ドロシーへ振り向く。今のは見間違い、聞き間違いではなかっただろうか。確かめるために、ダハーカはドロシーの頬に手を当てた。師が自分にも、ドロシーにもよくしてくれたものだった。
「ドロシー……ようやく……ようやく、目が覚めたのだな……」
兄の問いかけを受けた妹は、果たしてその不安な表情を変えなかった。
「にいさん……どうなったのですか……戦争は、リピア様は、シャスター様は、キリト達は……小官はキリトとリランを、進ませられたのですか……あれから、誰かが死んだり、傷付いたりしませんでしたか……?」
ダハーカはいよいよ涙が出そうになってきていた。
確かにドロシーの疑問は
確かに地面に倒れたはずなのに、目が覚めればベッドの上に居て、しかも怪物になっていた兄が元に戻っているのだから、混乱しても仕方がない。だが、そこにらしさがあった。
「……何故、お前はいつも他人の事ばかりを気にするのだ……もう少し自分の身体を心配しろと、拙者に何度言われた……?」
「にいさん……」
ドロシーは、ちゃんとドロシーとして目覚めた。そう思った瞬間、涙が溢れ出てきた。
「全く、戦争が終わっても、いつまでも眠り続けおって……おかげで、拙者も……皆も、どれだけ心配したと思っている……」
「にいさん、泣いているんですか……」
「見てわからんか。お前のせいだぞ。お前が誇らしくて仕方がないのに、いつまでも目を覚ましてくれなかったから、涙が出てきたんだ……」
ついに我慢できなくなり、ダハーカはベッドへ身を乗り出し、そのままドロシーを抱き締めた。起きたばかりでいつもよりも華奢になっている彼女を壊してしまわないように。かつて師がやってくれたように、温もりを伝えるように優しく、抱擁する。
「ごめんなさい、にいさん。けれど、小官が誇らしい、とは……?」
「そのままの意味だよ……拙者はお前が、とても誇らしいんだ」
「それは、どうして……?」
ドロシーの問いかけに答えようとしたその時だった。つい先程フルグルが飛び出していった扉が破られるような勢いで開かれた音がした。驚き半分で咄嗟に振り向いた先に居たのは、紫色の鎧に身を包み、やや紫がかった長い黒髪が特徴的な美しい女暗黒騎士。リピア様だった。
髪が酷く乱れ、肩で息をしている。余程急いで駆け付けたらしい。
「ドロシー!!」
普段は顔にかからない前髪を顔にかけて、リピア様は顔を向けた。ダハーカはドロシーを離し――ついいつもの癖で、上官への報告をした。
「リピア様、この通りドロシーが目を――」
最後まで言えなかった。リピア様は部屋へ駆け込んでくるなり、ドロシーを思いきり抱き締めた。ドロシーが抱き締められた瞬間に「わっ」と驚きの声を上げたのが聞こえた。
「リピア、様……」
ドロシーは茫然とした様子でリピア様に言葉をかけた。その時、リピア様の肩が一定間隔で上下しているのが見えた。リピア様も既に泣いていた。
「……本当に良かった……もう、目覚めないんじゃないかって思ってたのよ……本当に、馬鹿な事をしたんだから……ッ」
ダハーカは目を見開いた。リピア様の言葉は、仮に師が生きていたならば、きっとドロシーにかけたであろうものだ。そう思ってしまうくらいに、今のリピア様からは、いつもの自分達の上官らしさではなく、純粋なる母性を感じられた。
「リピア様……でも、小官は皆を助けたくて……あぁするしか、なくて」
リピア様は頷いた。
「えぇ……えぇ。あなたのおかげで私達は救われたわ……けれど、あんなのはもう、本当に、やめて
どうしてドロシーがあのような行為に走ったのか。それはドロシー自身の天命が他人を遥かに上回るくらいの量を誇っていたからでもある。
だが、一番の理由は、ドロシーが暗黒界人で唯一無二の《アメンク》として差別と迫害をされていたからだ。自分がオーガ族に相応しくないオーガだと思っているように、ドロシーもまた、暗黒界人に相応しくない暗黒界人だと思っていた。
こうして居場所があっても、本当にそこを居場所だと思う事ができなかった。だから、自身の命が係わるような――自害にも等しい行為を取ってしまったのだ。皆が助かるならば自分の命を喜んで差し出そう――そんなふうに思ってしまっている節が、彼女にはあった。
「間違っても、そんな事はするな」と何度も言い聞かせてきたつもりだったが、効果はなかったらしい。そのおかげで皆が助かったのも事実だが、やはり、ドロシーは残された者達がどう思うかまでは考えていなかった。
「ドロシー!!」
覚醒した妹にかけようとした声を、扉からのもっと大きな声にかき消された。聞けばしゃんと背筋が伸びる、野太くも鋭くて良く響く男の声。自分達の一番の上官であるシャスター様だった。
いつも通りの灰色の鎧に身を包んでやってきた彼は、しかしリピア様のように肩を上下させてはいなかった。流石は尊敬する暗黒騎士団団長、全速力で駆け付けてきても全く息切れもしないのだ。
底知れぬ体力の持ち主達である事で知られる拳闘士ギルド、その《チャンピオン》と呼ばれるイスカーン殿をも超えるほどの体力を持つシャスター様に、リピア様が振り返る。目元に涙を光らせながら、微笑んで。
「
「お、おぉ……!」
リピア様の言葉にも驚いたが、シャスター様にもダハーカは驚いた。あんなふうに瞳を震わせているところを見たのは、お仕えしてから初めての事だった。
「シャスター様……」
リピア様から離されたドロシーは、上半身を起こしていた。しかし、まだ全身に力が正常に入るというわけでもないらしく、
「良かった……リピア様もシャスター様も、無事に生きておられて……ベクタの術から解放されていたんですね……」
ドロシーはまた、自身の使った術の成否を気にしている。自身の事などまるで気にしていない。その事について怒鳴るかと思いきや、シャスター様は何も言わずにドロシーにもっと近付き、口を開いた。
「……あまりにも目を覚まさないものだから、あの世で《あいつ》共々戦争推進派の亡者達に捕まってしまったのではないかとさえ思ったぞ……」
《あいつ》とは、自分の師であり、ドロシーの母親の事であろう。それが何かのきっかけとなったのか、ドロシーはきょとんとしたような顔になる。
「《あいつ》とは……かあさん……? あれ……そういえば小官は、確か……あの時……」
ドロシーは下を向いた。何かを思い出そうとしているようだ。数秒後、ドロシーはかっと目を開いた。一気に顔が赤くなっていく。数分前まで昏睡状態にあったとは思えないくらいの速度で血色を戻すなり、ドロシーはシャスター様へ向き直る。
「し、しゃ、シャスター様、申し訳ございませんでした! しょ、小官はなんて事を!」
「ドロシー?」
何の事なのかわからず、ダハーカは尋ねる。詳細は直後のドロシーの口から出た。
「いくら暗黒神ベクタの洗脳から戻ってほしかったとはいえ……暗黒騎士団団長で、暗黒界最強の剣士で、将軍でもあるシャスター様を、と、とうさんと呼んでしまって……」
「えっ」とダハーカは言ってしまった。確かにドロシーは時折シャスター様の事を尊敬する父親を見る娘のような目で見ている事はあった。
本当の父親との記憶が極めて薄っすらとしか残っていないから、様々な事を教えてくれて、気にかけてくれて、守ってくれるシャスター様の事を父親のように思っても仕方がないとは思っていたが――まさか本当にそう呼んだとは。
「その、シャスター様、も、申し訳ございませ、ご、ごめんなさい……」
ドロシーは頭を深く下げた。反射的にダハーカも続こうとしたが、しかしそこにシャスター様の言葉が割り込んできた。
「……そうだな。他の連中が聞いたら、本当に馬鹿な事を言ったと思うだろう。少し前の俺も、何を馬鹿な事を言っているとでも思った事だろう」
「え?」
顔を上げたところ、シャスター様は腕組をして上を見ていた。何だか、ドロシーを直視するのが難しいから上を向いているように感じられた。
「暗黒神ベクタの術に嵌り、意識が闇の中に閉ざされていた時……お前の「とうさん」という呼び声が確かに聞こえたのと同時に、闇の中に光が射した。そこにお前が居た。ベクタの闇はそれでも俺を閉ざそうとしたが、お前という光は消えなかった。恐らく、お前がベクタの術を破る神聖術を使った際、最も早く効果が出たのは俺なのだろう」
「……」
ダハーカはドロシー共々目を
「どうやら俺は困った事に……お前に「とうさん」と呼ばれた事で、いち早く洗脳から解放されたようだ。俺の身体と心は……そう呼ばれて嬉しいと思ったようだ」
ダハーカは引き続き目を丸くし続ける。シャスター様が、あの暗黒騎士長が、とてもしどろもどろしている。
「つまり……どういう事ですか」
自分同様目を丸くしているドロシーが単刀直入に尋ねたところ、シャスター様はドロシーと自分のすぐ傍まで来て、姿勢を低くした。
「……既に話している通り、俺とリピアは婚約した。暗黒神ベクタと黒龍のせいで、一時はどうなるかと思ったが、それも何とかなった。奴らが消えた事で、人界と暗黒界が戦争する意味もまた消えた。暗黒界が破滅の未来を迎える危険性は限りなくゼロに近しくなったというわけだ。だから問題なく俺とリピアは結婚できる。俺達は近いうちに家族になる。そのすぐ後に――」
シャスター様はその大きな手を、そっとドロシーの頭に乗せた。
「ダハーカ、ドロシー。お前達を養子として迎え入れたい。あまりにも歳が離れていないし、こんな親父で済まないとは思うが……」
一瞬何を言われたのか、わからなくなりそうだった。理解が追い付いた時、シャスター様はようやく笑んだ。
「ドロシー、お前があまりにもよくやってくれたものだから、俺はお前を娘と、ダハーカを息子としか思えなくなってしまったんだ」
シャスター様、リピア様夫婦の養子になるか、ならないか――その問いに対する答えは、妹が先に出した。
大粒の涙を零して、くしゃくしゃの泣き顔になったかと思うと、シャスター様の胸に思い切り飛び込んだのだった。