キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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26:みんな集まって

          □□□

 

 

 ドロシーが目覚めた瞬間は、ダハーカとシャスターとリピアが最初に受け止めた。その後、彼女の目覚めは多くの人が喜びの報として受け入れた。当然キリト達もである。

 

 自身の命を捧げてまで戦争を止めようとし、暗黒神ベクタと黒龍の討滅への道を切り開いた彼女は、今や一番の和平の象徴となっていた。

 

 そして彼女の目覚めを持って、暗黒界から《アメンク》への差別と迫害は過去のものとなり、全ての人々が《アメンク》を同胞、隣人として受け入れるようになった。

 

 あれだけの惨劇の連続だった戦争を生き延びた多くの《アメンク》達は、我先にと言わんばかりの勢いでドロシーの元へ駆け付け、その目覚めに歓喜し、礼を言った。「君のおかげだ」、「君こそ英雄だ」、「君が暗黒界を良き方向へ導いた最高の功労者だ」と。その言葉を、キリトは少しも大袈裟だとは感じなかった。

 

 ドロシーのおかげで暗黒神ベクタ達の計画は狂い、それでも余裕を保とうとしていたベクタはカイムとユウキの兄妹に討たれた。結局、ドロシーのおかげなのだ。

 

 「ドロシー、君が戦争を終わらせたんだ。君に助けられたよ」とキリトは言った。ダハーカ、シャスター、リピア、サライに囲まれたドロシーは、照れくさそうにしていた。

 

 そこで思わず驚かされたのだが、五人の雰囲気が変わっていた。まるで確かな絆を結び合い、本当の家族になったかのような温かい雰囲気が彼女達を包んでいた。

 

 ドロシー達にもまた、これまでとは比べ物にならないくらい良い事があった。詳細を聞かなくても、キリトはシノンとリラン共々そう感じ取った。

 

 

「さぁ、和平の象徴さんが起きなさった祝いだ! 拳闘士ギルドの料理担当が腕によりをかけて作った料理、たっぷり堪能してくれや!」

 

「拳闘士ギルドの皆さんだけじゃありません! 商工ギルドの伝手で集めた料理人の皆さんも腕を振るってくださいました!」

 

 オブシディア城の中庭に設けられた会場に、男二人の声が響いた。発したのは拳闘士ギルドのチャンピオンであるイスカーンと、戦争を生き抜いた商人カイナンだった。

 

 ドロシーの目覚めから二日後の今日、宴が開かれた。和平の象徴の目覚めと、戦争終結及び暗黒神ベクタと黒龍の討滅を祝うべきだという声が次々と各種族から上がった。その声に拳闘士ギルド、商工ギルド、どういう風の吹き回しなのか暗黒術師ギルドが加わり、ほぼ強制的に実施の方向へ突き進んだ。

 

 その結果、《十候》や自分達はオブシディア城の中庭で、各種族の者達はオブシディア城周囲の城下街で宴を開くに至った。あちこちに豪華絢爛(ごうかけんらん)な料理が並んでいる様子は、まるで高級ホテルのビュッフェディナーだった。誰もが目を輝かせて皿を持って、各々の料理を運んでいく。

 

 当然参加しない理由のない――というか不参加という選択肢自体存在しない――キリトは、少々混雑気味な会場を歩き回り、良さそうな料理を皿に盛り付けた。

 

 ビーフシチューにビーフステーキ、ローストビーフの盛り合わせに――これは存在していて驚いた――マカロニサラダ、バゲット。

 

 第一弾はこうだ。会場を見回せば、カレーやスープも見受けられるので、第二弾はそちらにしようか。そう考えながらテーブル席に腰を掛ける。食べ始めようとしたところで、右隣の席にシノンが、左隣にリランが座り、対面の左右にユイとルコが座った。

 

「キリト、またそんなにお肉ばっかり盛ってきて」

 

 半分呆れているような声色でシノンが言ってきたので、キリトは反論する。

 

「いやいや、マカロニサラダありますよ、シノンさん」

 

「それの野菜の割合どれくらいよ。野菜よりマカロニの方が多いじゃないの。というかお肉だって牛肉ばっかりだし」

 

 そう言う君はどうなんだと言おうとして、キリトは口を閉じた。シノンが持ってきた皿の上にあるのは、バランスの良い配分で盛り付けられた野菜、肉、魚料理の数々。偏りまくりの自分の皿とは全く違う、ある種の美しささえ感じるほどよく考えられた配分だった。

 

「パパ、お肉ばっかり食べてちゃ駄目ですよ。お野菜やお魚だって、色んな料理ありましたよ」

 

 そう言ってきたのがユイ。やはりシノンと同じように肉、魚、野菜の料理が良い配分で盛り付けられている。隣のルコはどうだと思ったが、ユイと同じ料理を盛り付けていて驚いた。

 

「キリト、偏食。肉、美味しいけど、それだけ、駄目」

 

 ルコのぐうの音も出ない正論に、キリトはがっくしと肩を下げたくなる。ルコは如何にも好き嫌いが多そうな子供に見えるが、その本質は一切好き嫌いせず何でも食べる。

 

 それどころか、キリトやシノンさえ敬遠するような匂いの強いモノ、食べて不快感を抱きやすい癖のある風味のモノでも、気にせず食べてしまうほどの健啖家(けんたんか)だ。

 

 俺はお前みたいに何でも食べられる身体をしているわけじゃないんだよ――と言いたくなったが、あまりにも大人げなさすぎて呑み込んだ。

 

「っていうか、リランも同じじゃないの!」

 

 驚き半分のシノンの声にキリトは「えっ」と言って左方向へ振り返った。そこにあるのはリランの皿だった。盛られているモノを見て目を点にする。自分よりも大量のステーキとローストビーフの盛り合わせが皿を満たしてしまっていた。どっぷりとソースがかけられていて、会場の光を浴びて妙な光沢を放っている。

 

 バゲットの量も多いうえ、ライスの盛られた皿まで付け合わせられている。自分以上にバランス度外視の盛り合わせだった。

 

「おい、リラン……」

 

 《ビーストテイマー》の問いかけに、《使い魔》は上を向いて答えた。指摘されたくないところを指摘されて返答に困っているのがわかる。

 

「……幸福に空腹を満たす時くらい、束の間、人は時間や社会に囚われず、自分勝手で、自由であるべきだ。誰にも気を遣わず物を食べるという孤高の行為。これこそが現代人に平等に与えられた最高の癒しなのだ」

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

 キリトがツッコミを入れると、シノンも続く。

 

「あんた、イリス先生の家系の一番上なのよ? 一番のおねえさんがそんなんじゃ、下の妹や弟達に示しが付かないってものじゃないの」

 

「……こういうビュッフェ形式の時こそ、自由に好きなものを好きなだけ食べるべきだって、わたし思うんだけどなぁ……」

 

 キリトはまた「えっ」と言ってしまった。今のリランの言葉は《素の口調》になっていた。本気で思っている事を口にする時以外には決して出てこない口調である。それで言っているという事は――心からそう思っているという事になるが、心から言うような事だろうか?

 

「そうだけど、あんたの場合は極端すぎるのよ。そのお肉の山を食べ終わったら、野菜料理の山を持って来る事。あんたは私達と違って沢山食べられるんだから」

 

「んー……」

 

 諭すように叱るシノンと、不服そうにしながらも返事をするリラン。完全に母親と娘か、もしくは女教師と生徒だった。その子供もしくは生徒の中に当然自分も入っている。

 

 会場には芳醇(ほうじゅん)な匂いで人を引き付けるビーフカレーやチキンソテーなどもあり、それらを第二弾として持ってこようと思っていた。だが、この分ではカレーとチキンソテーはお預け、第二弾は野菜シチューと野菜炒め、サラダの盛り合わせになりそうだ。

 

 それもそれでバランスが悪い気がするが、第一弾の盛り合わせとのバランスを取るには致し方ない。眼下の皿に盛りつけられた肉料理を担当したのは、確かイスカーン率いる拳闘士ギルドの料理人達だった。

 

 なんであんなに美味そうな肉料理ばっかり作るんだか――怒りと悔しさの矛先を向けたい気持ちを、キリトはステーキと一緒に噛み砕いて呑み込んだ。しかしステーキは程よく柔らかい肉質で、旨味も逃げておらず、そこに濃厚なソースが追い打ちをかけてくる絶妙な味わいだった。

 

 

          □□□

 

「まぁ、プレミアちゃん、沢山食べるのね~」

 

「プレミア、いくら何でも食べ過ぎじゃない……?」

 

 姉のエミーリアが褒めてくれて、双子であるティアが驚く中、プレミアは黙々と料理を食べ進めていた。会場にある料理を手あたり次第適量盛ってきて食べているのだが、どれも美味しい事だけは共通していた。おかげでスプーンもフォークも止まらない。

 

 《SA:O(オリジン)》にも数え切れないほどの種類の料理があったが、ほとんど食べ尽くした。その後にキリト達と共に行った《GGO》では、《SA:O》とは毛色の違う料理が多かったものの、あまり種類がなく、《SA:O》よりも遥かに早い段階で全種類を食べ切った。

 

 ならばフィールドに出ると襲って来るモンスター達を狩って、その肉や部位を調理すれば新たな料理を作れるのではと思ったが、《GGO》はそういう仕様ではない、モンスターは食材アイテムをドロップせず、だから料理の種類が増えない事をリエーブルから教わった。

 

 そうしてやってきた、このアンダーワールド。文明レベルとしては《SA:O》の世界観と同じくらいだろう。そのため、《GGO》のように近未来的な料理は存在しないのだろうと思った。

 

 その通りだった。この豪華絢爛な会場のあちこちにある料理の数々は、どれも《SA:O》で見たくらいのものばかりだった。新鮮味は薄いものの逆に安心感があった。そんな中でプレミアが気になったのは、双子のティアの食の進め方だった。

 

「ティア、逆にあなたは食べなさすぎではありませんか。しっかり食べて栄養を蓄えておかないと、いざとなった時に力を出せませんし、頭だって回らないのですよ」

 

 プレミアの言葉にティアは困り顔になった。かつては自分と全く同じ姿をしていたティアだが、ある時を境にイリスの面影を感じさせる大人の姿となり、両手剣を軽々と振り回すほどの力を手に入れた。

 

 そんなティアこそ、神聖術メインで戦闘をする自分よりも沢山食べて、力をつけておかなければならないはずなのだが、あまり食べていない。自分は既に一皿を平らげて、新しい料理を盛ってきているくらいなのに。

 

「そうかもしれないけれど、あなたはどうしてそんなに食べられるの。その細くて小さな身体のどこに、これくらいの料理が入るスペースがあるの……?」

 

 プレミアは小声で「むっ」と唇を尖らせた。細くて小さな身体。それが自分の最大の特徴。それは否定のしようがない。一方でティアは大人の姿。ほどよく肉がつき、胸もそれなりに大きくて目立ちやすいという、とても《魅力的なボディ》というものをしている。

 

 どんなに否定しても(くつがえ)らない事実だから、プレミアは否定せず受け入れている。けれども、面と向かって言われると、やっぱり怒りたい気持ちになってしまう。

 

 姉であるエミーリアが対面の席に座ってマイペースに料理を食べているのも悪かった。エミーリアもティアと同じ大人の身体をしているのだが、肉付きの良さはティアとそこまで変わらないものの、胸の大きさはティア以上。ストレアや、大本であるイリスに匹敵するくらいである。

 

 エミーリアの隣で静かに食べつつ、時折近くのアルトリウス達を見ているリエーブルは、着ている服の影響もあって、ボディラインが他の人達よりもはっきりと見て取れる。

 

 リエーブルの胸はそこまで大きくはないが、皆無というわけでもない。一方で自分の胸は――皆無に等しく、そしてやはり小さい身体。ネットで検索をかけると、人は食べれば身体を大きくする事ができるという話を見つけた。

 

 美味しいものを沢山食べれば大きくなる。沢山食べれば、いつかわたしもティアのような綺麗な身体になれるかもしれない――いつしかそんな気持ちがプレミアの中に生まれ、食の加速を促した。

 

「ははは、本当によく食べるねぇ、プレミアは」

 

 最後の料理のひと口を飲み込んだ時、喧騒に混ざってはっきりとした声が聞こえてきた。振り向いてみれば、大皿を持ったイリスが歩いてきていた。産みの母の登場に合わせ、プレミア、ティア、リエーブル、エミーリアは一斉にそちらを向いた。

 

「……おかあさま」

 

「おかあさん、どうしたの〜」

 

 静かに声をかけ返したのがリエーブルで、のんびり返したのがエミーリアだった。そういえば、イリスをちゃんと「おかあさま」「かあさま」「おかあさん」と呼ぶのはリエーブル、クィネラ、エミーリアの三人だけである。

 

 自分とティアもそう呼ぶべきなのかもしれないが、本人が「好きなように呼んだらいいよ」と言っていたのでただイリスとだけ呼んでいる。

 

 いや、冷静に思い出したらヴァンもそうだった。ただしヴァンは「おふくろ」という大分乱暴な呼び方をしていて、これは真似してはいけないと思ったのだった。そんなイリスは、エミーリアの隣に腰を下ろした。

 

 ……目の前に胸の大きな女の人が二人。そしてわたしはただ一人絶壁。

 

「我が子達がちゃんとこの食事会を楽しんでくれているか、気になったのさ」

 

「わたし達ならば、問題ありませんよ」

 

 リエーブルはそう言ってまたアルトリウス達の方を見た。プレミアも追ってそちらを向いてみると、アルトリウス、クレハ、ツェリスカ、イツキの四人が同じテーブルで仲良しそうに食事を楽しんでいた。

 

「それより心配なのは、アーサーさんとクレハさんですよ。あの二人、ベストマッチだとは思うのですが、どうにも空気が読めるんだかそうじゃないんだかでして、ツェリスカさんやイツキさんが近くにいても、イチャつき始める時があるんです。しかもそれはそれはベチャベチャもベタベタもしてない初心(うぶ)なもので……だから尚更(たち)が悪くて」

 

「ほほぅ、リエーブルはあの二人を随分気にしているんだね」

 

「そりゃあそうですよ。わたしを助けてくれたのは、アーサーさんとキリトさんを中心としたスコードロンの皆さんだったんですから。だから、アーサーさんにそういう事をしてもらいたくないんですよ。もっとわたしを救った恩人らしく……」

 

 リエーブルは普段からよく喋る妹だが、何かしらのスイッチが存在しているようで、それが入るととてもよく喋る。今はそうなっているようだ。そんなリエーブルにエミーリアが微笑む。

 

「リエーブルちゃん、アーサーちゃんの事が気に入っているのね〜」

 

 リエーブルはむず(かゆ)そうにした。

 

「……そうなんでしょうね。彼のアファシスが(うらや)ましくなるのも、そのせいでしょうね」

 

 リエーブルとはそれなりに話をしたつもりでいたが、今のは聞けていない話だった。プレミアが意外なものを見たような気持ちになっていると、イリスは「ははっ」と笑った。

 

「リエーブル、しっかりしてきたね。最初はあんな奴に捕まってどうなるかって心配して仕方がなかったけれど、大丈夫そうだ」

 

 そう言うイリスは安心しているようだった。直後にイリスはエミーリアに向き直る。

 

「エミーリアも、調子が悪かったりはしてないみたいだね。ヴァン、プレミア、ティア、リエーブルなんかを見るとお世話したくなっちゃうだろう?」

 

 エミーリアは嬉しそうに頷く。

 

「うん! みんな、とっても可愛くて、ついお世話したくなっちゃう」

 

 しかし途中でエミーリアはしょんぼり気味に肩と顔を下ろす。

 

「けど、ヴァンちゃんだけは駄目なの。ヴァンちゃんは一番お世話してあげなきゃいけない子なのに、わたしを見つけるとすごい勢いで逃げちゃって……それでエイジちゃんとユナちゃんのところまで逃げられちゃったら、もう手を出せなくって……」

 

 プレミアは首を傾げた。

 

「ヴァンはユイ達の中で一番しっかりしてる人だと思います。お世話は必要ないのではないでしょうか」

 

「ううん、そんな事ない! ヴァンちゃんにもおねえさんのお世話が必要なところがきっとあるわ! 上手に隠しているだけで、ちゃんとあるわ! だから、おねえさんがお世話してあげないと!」

 

「なんだかヴァン、もっと逃げそうな気がする……」

 

 熱の入るエミーリアに、ティアが少し苦い顔をする。ヴァンが気難しい性格をしているのは家族で周知されている事項だ。そんなヴァンがエミーリアのお世話を嫌がらないわけがない。だからこそヴァンはエミーリアから逃げ回っているのだろう。

 

 しかし逃げる一方で攻撃に転じないのは、ヴァンがそれだけ丸くなった証拠でもあった。そんなやり取りを想像したのか、イリスはもう一度笑う。

 

「うんうん、エミーリアはそういう()だ。安心安心」

 

 そのすぐ後に、イリスはプレミアとティアへ顔を向けてきた。その目はティアの大皿に向いている。見てみたところ、ティアの皿は既に空になっていた。

 

「ティア、あんまり食べてないだろう?」

 

「食べてる。プレミアが例外的に沢山食べてるだけで、わたしはちゃんと食べてる」

 

 イリスは「んふー」という声が聞こえてきそうな表情をした。

 

「ティア、さては満足できてないね? ここにあるのは西洋料理ばっかりで、君が本当に食べたい料理がない。だからプレミアと比べて、なかなかフォークもスプーンも進んでくれない。そうじゃあないかな?」

 

「!」

 

 ティアは目を見開いた。図星を突かれたような驚き方である。

 

「君が食べたかったものは、これじゃあないかい」

 

 イリスはそう言って、自身の大皿に乗っている《モノ》をティアの大皿の空いたスペースに置いた。黒い器の中を満たすのは、黒茶色の半透明なスープ。黄色く細い麺が中に浮かび、その上にカットされた豚肉が添えられ、中央には細切れの緑の野菜が乗っている。

 

 それはどう見ても――。

 

「らーめん!!」

 

 プレミアが言い出すより先にティアが大声を出した。歓喜と驚きの混ざり合った声に、プレミアは少しびっくりする。

 

 間もなくティアはかっとイリスに顔を向ける。「どうしてこれが?」と声無く尋ねていた。

 

「私もびっくりしたんだが、この世界にもラーメンがあるんだよ。やっぱり日本の組織が作ってるせいか、こういう日本独自の文化をこの世界の根幹のカーディナル・システムが自動的に読み取って反映させちゃうんだろうね。ちなみに、作ってたのは――」

 

 イリスは最後まで言わなかった。ティアは箸を取り出し、きらきらした目でラーメンを食べ始めていたのだ。普段は中々見る事のできない、零れるほどの喜びで彼女の顔は満たされていた。きっと心も満たされていっている事だろう。

 

 ティアがラーメン好きなのは、彼女に関する異変の全てが解決した後にわかった。まだ少し皆と距離を持っていた頃、ふとアイングラウンドの《はじまりの街》のラーメン店に足を運び、出されてきたラーメンを食したところ感動に包まれたのだという。

 

 それ以降、彼女はすっかりラーメンが好物になり、暇さえあればネット検索でラーメンの美味しい店やラーメンの起源や歴史を調べるくらいになっていた。プレミアにとってもティアとその場と時間を共にして食べるラーメンはお気に入りの一品となっている。

 

「うむうむ。その顔が見たかったんだ」

 

 イリスはそう言って、夢中でラーメンを食べるティアを見ていた。とても嬉しそうだし、幸せそうにも見える。その様子は完全に――。

 

「イリス、()()()()をしています」

 

 プレミアの呟きにイリスは「へっ?」と言って向き直った。一瞬のうちにきょとんとした表情に変わってしまったのが残念だった。

 

「リランやユピテル達と一緒にネットを調べている時に、家族の何気ない日常を撮った動画を見た事があります。イリスは今、そういう動画の母親が子供に向ける顔をしていました」

 

 イリスは今度は呆気に取られたような顔になる。個人的には先程のママの顔が見たいのだが、どうにもそこへ行ってくれない。と思っていた矢先だった。イリスの表情が徐々に柔らかくなり、プレミアが見たかったそれとなった。

 

 そうして、イリスはその手をプレミアの頬に当ててきた。リエーブルとエミーリアが少しだけ驚いたような顔で見ている。

 

「……そりゃあ、そんな顔もしちゃうわよ。あなた達がこんなにも可愛いのだもの」

 

 プレミアはほんの少し目を見開いた。イリスの口調が変わった。イリスは心から思っている事を口にする時には、いつもの喋り方ではなく今のそれに変わるのだ。

 

「わたし達が、可愛いのですか」

 

 リエーブルが先程のイリスと同じようなきょとん顔で言うと、イリスは深々と頷いた。

 

「えぇ、とても可愛いわよ。本当に可愛いくて仕方がないわ、あなた達が。ここから離れたところに居るヴァンも、ユピテルも、マーテルもユイもストレアも、本当に可愛い子達よ」

 

 プレミアは頬に当たるイリスの手に両手を被せた。イリスの温もりがじんわりと伝わってきて、心地よかった。これもイリスが自分達の母だからなのであろう。そんな母に伝えたい気持ちが胸の内から湧いてきて、口元へと到達する。

 

「イリス、ここから離れないでください」

 

「へ?」

 

 もう一度驚いた顔になったイリスに、プレミアは笑みかける。

 

「イリスは今、嬉しそうです。だから、今日はここでわたし達とご飯を食べましょう」

 

 プレミアは正直な気持ちを伝えた。他の姉妹達も同じように頷いてくれた。その中で母は――プレミアから手を離した。しかし、その顔は相変わらず嬉しそうなそれだった。

 

「……ありがとう。でもね、他に廻ってきたいところもあるんだ。それが全部終わったら、ここに戻ってくるよ。だから、そんなにさっさと食べ終わるんじゃあないよ」

 

 そう言ってイリスは立ち上がり、その場を去っていった。プレミアは他の姉妹と共にその後ろ姿を丸い目で見ていた。

 

 少しすると、「うぉ、イリス先生!」というクラインの上ずった声が聞こえてきた。イリスが廻ってきたいところとは、仲間達のところのようだった。

 

 

《続く》

 

 

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