キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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02:赤キ軍団 ―《敵》との戦い―

□□□

 

 

「敵襲だ――!」

 

「嘘だろ、何なんだ!?」

 

 間もなく家族となる娘と息子の元へ向かおうとしたその朝、暗黒騎士達は大騒ぎしていた。ただの騒ぎではない。ほとんど混乱に等しい騒ぎ方だった。

 

 暗黒騎士団長である自分がすぐそこにいるというのに、誰も気に留めず走り去っていく。嫌な胸騒ぎを覚えるには十分すぎた。既にいつもの鎧を身に(まと)っている暗黒騎士団長シャスターは、周りの騎士達に呼びかけるように大声を出した。

 

「なんだ、何が起きてる!?」

 

 騒乱を極めている騎士達、あるいは他種族の兵士達の中から、一人が飛び出してきた。斥候(せっこう)担当の《アメンク》 のゴブリンだった。

 

「シャスター様、非常事態です!」

 

「見ればわかる! 何が起きているんだ!?」

 

 ゴブリンの暗黒騎士は廊下の奥を指差した。帝都オブシディアの内外を見渡せる窓のある方角だった。

 

「帝都オブシディア周辺に、突如として謎の軍勢が出現しました! 人界の者達でも、暗黒界の者達でもない赤い鎧を着た奴らに、帝都は包囲されています!」

 

 斥候の報告には目を見開くしかなかった。今や人界も暗黒界も、互いを敵視する事はなくなった。これから和平条約を締結し、リピア・ザンケールとの結婚式を挙げ、ドロシーとダハーカを養子に迎える予定だったのだ。

 

 暗黒騎士団には祝福の雰囲気が漂っていた。もうすぐシャスター様とリピア様の結婚式だ、盛大に祝わなくては――誰もがそう口を揃えていた。それなのに、敵襲だと?

 

 ゴブリンの暗黒騎士は蒼褪(あおざ)めた顔をしていた。嘘を()いているようには見えない。それでも真偽を確かめるべく、シャスターは床を蹴って走り出した。いつもより早く窓の前へ辿り着き、勢いよく開け放つ。

 

 あちこちで煙突から白い蒸気を立ち上らせている帝都オブシディアの、いつもの風景が見えた。だが、問題はそこで起きていない。シャスターは人界の最高司祭から譲り受けた双眼鏡を取り出し、城壁の向こう側へ視線を向けた。

 

 背筋が凍りそうになった。ゴブリン騎士の言っていた事は真実だった。赤い鎧に全身を包んで、暗黒界の武器――剣や両手斧、槍だけではなく、長銃や蒸気式機関銃、果ては携行型蒸気式大砲を装備した兵士と(おぼ)しき者達が、帝都に押し寄せてきている。その数は一目では把握できないほど多い。

 

 見渡す限り、街の外は赤鎧達で(あふ)れかえっている。しかも彼の者達の後方では、血のように赤く禍々しい光の柱が空から地上へ伸び、そこから更なる赤鎧達が次々と現れていた。まるで外の世界から召喚されているかのようだ。

 

「なんなんだ、あいつらは……」

 

 シャスターの(つぶや)きに答えてくる声があった。斥候のゴブリン騎士だ。彼もまたシャスターに付いて来て、同じ光景を見ていた。

 

「あれ、暗黒騎士団の鎧じゃないですよね!?」

 

「あぁ、あんな色の鎧は暗黒騎士団にはない。他の種族のものでもないぞ」

 

 もう一度双眼鏡を(のぞ)き込んだ次の瞬間、シャスターは目を更に大きく見開いた。携行式大砲を持つ赤鎧の数名がそれを発射した。直撃を受けた城壁は土煙と共に崩落し、開いた穴へ赤鎧の軍勢が雪崩れ込んだ。

 

 そして想像しうるものの中で最悪だと思っていた事が起きた。赤鎧達は街行く暗黒界人達を見つけるなり、それぞれの得物で攻撃を開始したのだ。既に城壁が破壊されるという事態に見舞われて混乱していた暗黒界人達は、一斉に逃げ出そうとしたが、赤鎧達は残酷にも彼らを襲った。

 

 腕を、足を切り落とされ、首を()ねられ、撃たれ、吹き飛ばされ――ついさっきまで日常を過ごしていた住民達が、瞬く間にその命を奪われていった。(おびただ)しい血飛沫(ちしぶき)が街並みを汚し、地面を流れて毒々しい深紅の水溜まりを作っていく。

 

 ようやく真の平和を手に入れたはずの街が、人が、赤鎧の連中に蹂躙(じゅうりん)されていく。赤鎧達はまるで血を見られる事を喜んでいるかのように、残虐極まるやり方で住民を一人、また一人と殺戮(さつりく)していく。

 

 見るに堪えなくなり、シャスターは双眼鏡から目を離した。

 

「……ここから見える一角だけの話じゃないんだろう」

 

 振り向いた先のゴブリンの騎士は(うなづ)いた。

 

「はい。もう帝都全域が奴らの包囲網の中です! シャスター様、どうすれば……!?」

 

 ゴブリンの騎士は助けを求めていた。身体が熱くてたまらない。食い縛った歯がぎちぎちと音を立てている。胸の中で怒りが燃え上がっているためだった。

 

 本来ならば目の前の《アメンク》 のゴブリンのように混乱して、それどころではなくなるはずなのだが、シャスターは混乱よりも怒りに支配されそうになっていた。

 

 人界と暗黒界の争いがようやく終わったと思いきや、今度は未知の軍勢との戦争だ。掴んだばかりの和平が破壊され、安息を手にした住民達が何の前触れもなく理不尽に蹂躙される。

 

 怒りはシャスターの中の雑念をすべて燃やし尽くし――やがて静けさをもたらした。あの赤鎧の群れが何者かはわからない。だが、どうすべきかはわかった。

 

「奴らを迎撃するぞ。暗黒界、人界の総力を上げて、オブシディアを守るんだ!」

 

 《アメンク》 のゴブリンは愕然とした顔になった。聞きたくない事を聞いた時の顔だった。

 

「また……戦争なのですか。戦争はもう終わったんじゃなかったんですか……」

 

 もう戦争なんてごめんだ、あんなふうに戦いたくない――そう言いたくてたまらないのがわかる。シャスターも同じ気持ちだった。

 

 だが何もしなければ、あの赤鎧の軍勢は帝都の何もかもを破壊し尽くし、血の湖に沈めるだろう。こうしている間にも、その未来は刻一刻と近付いている。

 

「あぁそうだ。また戦いだ。だが、戦うしかない。あんな得体の知れない奴らに、和平を破壊されるわけにはいかないんだ」

 

 シャスターは自分自身にも言い聞かせるべく、伝えた。

 

「暗黒騎士団から各種族、拳闘士ギルドから暗殺者ギルドまで全軍に伝えろ! 赤鎧の連中を迎撃し、帝都オブシディアを守るんだ!」

 

 斥候担当のゴブリン騎士は回れ右し、走っていった。直後、街の方から爆発音が聞こえた。それは帝都オブシディアが戦場となってしまった事を伝える鐘の音だった。

 

 

□□□

 

 

「どうなってやがるんだよ、おい!?」

 

「こいつら、いったい何なんだ!?」

 

 そう叫んだのは、クラインとディアベルだった。

 

 キリト、シノン、リランのいつもの三人で街を散策していると、クラインとエギルとディアベルに出くわした。三人とも「何日廻っても飽きが来ない」と言っているくらいに、アンダーワールドの日々を楽しんでいた。完全なる異世界みたいなものだから、当然だろう。

 

 ならば三人にとっておきのスポットを見せてやろう――そう思って案内しようとした矢先、街に轟音が響き渡った。爆発物が炸裂したような音であり、同時に衝撃が地面を撫で上げてきた。

 

 暗黒界は文明レベルが人界を上回り、蒸気機関という科学技術を手に入れるほどに発達している。帝都オブシディアの一角が丸々工業地帯となっており、(そび)え立つ煙突から今日も白い煙がもくもくと上がっているのがその証拠だ。

 

 だが、発展した科学技術には事故がつきものだ。蒸気圧力のミスか、調整不良による爆発事故ではないかと思った。

 

 だが爆発音が何度も連続して響いてきた事で、事故ではないとわかった。やがてそれまで帝都を包んでいた平和の喧噪は、人々の悲鳴と怒号の嵐に変わった。

 

 いったい何が――そう思った時には、キリト、クライン、エギル、ディアベルの四人は既に、悲鳴の根源へと駆け出していた。押し寄せてくる暗黒界人、オーク、オーガ、ゴブリン、ジャイアントといった非武装の民間人達の間を縫うようにして進み、やがて悲鳴の根源へ辿り着いた。

 

 キリトは絶句した。魔獣の侵入を防ぐために作られた、帝都オブシディア全体を囲む城壁――その一部が壊されていた。

 

 そこで起きていたのは、大虐殺だった。

 

 赤い鎧に全身を包んだ兵士と思しき者達が長剣、両手剣、両手斧、槍、斧槍といった一般的な武器に加え、長銃、短銃、スチームパンクデザインの機関銃やランチャーを持ち、逃げ惑う暗黒界の民間人を襲っていた。

 

 足を切り裂いて逃げられないようにした後に胴体を滅多刺しして殺し、首を撥ねて殺し、大きな武器で上半身と下半身を切断して殺し、弾丸の雨を浴びせて殺しと、多種多様な()り方でその命を奪っていた。

 

 街路は既にごく小さな川にさえ見えるほどの血だまりになっていて、吐き気を誘う臭いを放っている。数分前まで賑わっていた街が、今は血腥(ちなまぐさ)い地獄と化していた。赤鎧達は各々の武器を振るい、その領域を更に広げていく。

 

 恐ろしいのは、赤鎧達は逃げ惑う民間人を進んで襲い、その尊厳を命ごと破壊するような残虐なやり方で殺し、飛び散った鮮血を一身に浴びて、笑い声と歓声を上げているところだ。

 

 国が追い詰められて仕方なく侵略しているわけでも、守るべきモノのためといった大義名分を背負って戦っているのでもない。ただ殺したいから殺し、壊したいから壊し、地獄を作りたいから作っている――そんな思考で残虐行為に走っているとしか思えない。

 

 まるでこの世と地獄を繋ぐ門扉(もんぴ)を開き、そこから押し寄せてきた亡者や悪鬼の群れのようだ。何の罪もない無辜(むこ)の民達の返り血に(まみ)れた赤い鎧が、猶更(なおさら)そのような印象を持たせる。

 

「嘘、何なのよ、これ……!?」

 

 眼前の大虐殺現場を見て、シノンが唖然としていた。リランは少女の姿をしていながら、狼竜の姿の時と同様に唇をまくり上げて歯を剥き出しにし、ぐるぐると(うな)っている。その顔は既に激しい怒りに駆られたものとなっていた。

 

「もしかしてシャスターさん達の暗黒騎士か!? なんでこんな事してるんだ!?」

 

 クラインが赤鎧達に向けて言う。

 

 確かに赤鎧達の見てくれは暗黒騎士達に似てない事もない。だが、ドロシーやダハーカ、そしてシャスターから教えてもらった話によれば、暗黒騎士団の鎧の色は紫で固定されていて、騎士団長のシャスターの鎧のみが唯一例外的に灰色との事だ。

 

 あの者達は暗黒騎士団ではないという事だ。ので、「あいつらはいったい何者?」という振り出しの疑問へ戻ってしまう。

 

「Hahaha! This gore is fucking awesome!」

 

「Yeah! that’s it! This is exactly what I was looking for!」

 

「Blood! Look at all that blood splattering everywhere!」

 

 赤鎧達の怒声と暗黒界人の悲鳴に混ざって、言葉が聞こえた。ここアンダーワールドの言語ではなかったが、Gore(ゴア)Blood(ブラッド)Yeah(イェア)などは聞き取れた。

 

 耳を澄ませば、赤鎧が発している怒声もまた英語の混ざったそれだとわかった。しかし何を言っているのかまではわからない。

 

「あいつら、なんて事を言ってやがる……!!」

 

「おのれ、あいつらめ……!!」

 

 エギルとリランが、怒りを(たぎ)らせた声で言った。どちらも今にも飛びかかっていきそうだ。エギルは出身地こそ日本であるものの、日本語と英語の両方を聞き取り、読み書きできるバイリンガルであり、リランは《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》であるが故に現実世界の各国の言語を全てリアルタイムで翻訳できる能力が備わっている。

 

 だからこそ、自分達には聞き取れない英語を、いち早く理解できるのだ。

 

「エギル、リラン、あいつらは何を言ってるんだ」

 

 キリトの問いかけに答えたのはエギルだった。背中の両手斧の柄に手をかけている。

 

「『このゴアはクソ最高だ』、『これだよこれ、この感じが欲しかったんだ』、『血だ、あちこちに飛び散った血を見ろよ』だ」

 

「エギルの言った通りだ。奴らは殺戮を楽しんでいる。まるで抑圧された欲求を解放しているかのようにな」

 

 リランに言われるまでもなく、キリトは赤鎧の正体を理解できた。あれらは何らかの手段を用いる事で現実世界からやってきた、ラースとは何ら関係のない部外者だ。そして飛び散る鮮血、激しく損壊される人体の光景を求め飢えていた(おぞ)ましい(けだもの)達だ。

 

「なんでそんな奴らがここに来たっていうのよ!? アンダーワールドってラースからしか入れないんじゃなかったの!?」

 

 弓に矢を(つが)えて放つ直前の姿勢をしているシノンの問いかけに、リランが引き続き答える。

 

「先の戦争でクライン達やセブン達がダイブした時と同じ理屈だ。このアンダーワールドの根幹にあるのは、超強化改造型カーディナル・システムであるものの、規格は一般的に出回っている《ザ・シード》と同じだ。どんなに突貫であろうとも、《入り口(クライアント・プログラム)》を作成してばら撒けば、アミュスフィアさえあれば容易に入ってこれる」

 

「その《入り口》が、よりによって血とかゴア表現とかに飢えてた奴らに渡ってしまって、こうして大群で押し寄せてきたって事か」

 

 既に盾と剣を構えているディアベルが言うと、リランは頷いた。その間にも和平を享受(きょうじゅ)して何事もなく過ごしていた民間人が殺されていっていた。脚、腕、首、胴体が切断され、鮮血が舞い飛んであちこちを汚すと、赤鎧達の興奮は更にヒートアップする。

 

 やはり、奴らはそれが狙いであり、目的なのだ。血が見たい、人体欠損が見たい、人体を壊したいという欲求のためだけにここへやってきて、実行している。

 

 英語の混ざった興奮の大歓声と怒声がもう一度耳に届いてくると、視界が赤くスパークしてきた。蹂躙者達に対する怒りが要因だった。暗黒界も人界も、ようやく平穏を掴んだというのに。もう滅びに怯えなくてよくなったというのに、余所者(よそもの)達がそれら全てを無に帰そうとしている。

 

 許しておけるかどうか。答えなど明白だった。

 

「よくも……貴様らああああああああああッ!!!」

 

 いつぶりに出したかわからない怒声を腹の底から吐き出し、キリトは地面を蹴り上げた。怯えて逃げ遅れている暗黒界人の子供をロックオンし、その得物で容赦なく狩ろうとしている赤鎧の一人をロックオンし返し、急接近。背中から引き抜いた《リメインズ・ハート》と胸から召喚した白き炎剣の姿をした《EGO(イージーオー)》で赤鎧の兵に袈裟斬(けさぎ)りをお見舞いした。

 

 急な乱入者を予測できなかった赤鎧は、胸に火傷を伴う大きな切り傷を負い、鮮血を噴き出させながら(たお)れた。キリトはそこで終わらせる事なく、コートを(ひるがえ)す勢いのまま周りの赤鎧を次々斬り裂いていく。

 

 和平の簒奪者達を包む赤い鎧の強度は、暗黒騎士のそれよりも高いらしかったが、《火神イグニア》であるリズベットの力と技術で作り出された《リメインズ・ハート》とキリトの《EGO》の前ではただの鉄板に過ぎなかった。

 

 一人、また一人、数人まとめてを血溜まりに叩き伏せていく。やがて赤鎧の簒奪者(さんだつしゃ)達の間に混乱と動揺が見え始めた。しかし同時に怒りと興奮も招いたようで、我先に狩ってやると言わんばかりに多くの赤鎧達がキリトへ突っ込んできた。

 

 またしても英語の怒声が聞こえてきたが、相変わらず何を言っているのかはわからない。いや、理解する必要もなかった。どうせ「邪魔者が出たぞ!」だの「面白い奴だ、殺してやるよ!」だのといった聞く価値もないような言葉だろう。

 

「だあああああああッ!!」

 

「せやああああああッ!!」

 

 直後、野武士と青騎士がキリトと赤鎧の群れの間に割って入り、赤鎧達へ一閃を浴びせた。クラインとディアベルだ。二人の急襲を受けた赤鎧達は驚いたのか、勢いを弱めて少し後退する。その隙に《SAO》の時からの猛者同士である二人は一気に切り込んでいく。

 

 死地を潜り抜けてきたクラインの刀捌(かたなさば)き、ディアベルの盾と剣の技術は、身勝手な欲求と暴力だけで動いている赤鎧達を次々と薙ぎ倒していった。お前らとは乗り越えた死線の数が違う――その事を示すかのように、二人の刀と剣が躍り、赤鎧達は見る事を望んでいた血飛沫を噴き出させながら地面へ、血溜まりへ斃れていった。

 

 その間にキリトも迫り来る赤鎧の大群を双剣で薙ぎ倒していっていた。正確なカウントはしていないが、既に百人以上は倒して、この世界から排除した。だというのに、赤鎧を纏う簒奪者達は一向に減らない。街の向こう側から、濁流のように押し寄せてくる。いったい何人がこの世界へ無理矢理入り込んできたというのだろう。

 

 そうしているうちに、また城壁を爆発が襲った。しかも今回は十秒の間に二十回以上爆発した。街の外から向かってきている赤鎧達の、ランチャーを持っている奴らが一斉発砲したようだ。見えている範囲の城壁は轟音を立てて瓦礫(がれき)の山となり、より多くの赤鎧達が街へと雪崩れ込んでくる。

 

 血飛沫と殺戮を求め、瓦礫をよじ登ってまで入り込んでくる赤鎧達は、やはり地獄の亡者達と謙遜(けんそん)がない。

 

「くそがッ!!」

 

 彼の者達の正体を教えてくれたエギルがキリトの背後から突撃してきて、赤鎧の群れへ両手斧を振り下ろした。その刃は一人の赤鎧に直撃し、そのまま地面へ叩き伏せる。刹那(せつな)、小規模な衝撃波の爆発が起こり、群がっていた赤鎧達数十名が後方へ吹っ飛ばされた。

 

 また英語が聞こえてくる。赤鎧達は混乱しているようだ。だが、それはまた興奮に塗り潰されて、突撃の意思へと変わる。地獄の軍団の勢いは止まる気配を見せない。

 

 胸の中の怒りが更に燃え上がろうとしたその時、今度は南方から爆発音が聞こえてきた。赤鎧達の隙を狙ってそちらへ視線を向けたところ、土煙を上げて瓦礫の山へ変わっていく城壁が見えた。黒煙が上がっているのも認められた。

 

 南方だけではなかった。北方からも西方からも爆発音と崩落音、そして逃げ惑う人々の悲鳴が響いてきていた。最早爆発音や崩壊の音がしないのは、オブシディア城のある中枢区のみだ。

 

 キリトは背筋に悪寒を走らせる。この赤鎧達に襲われているのは、この東門周辺だけではない。全ての方角から、現実世界からの簒奪者達は迫ってきているのだ。

 

 帝都オブシディアは既に、赤鎧の軍勢に包囲されている。かつて人界の央都セントリアがアドミニストレータ率いる兵器の群れに襲われた時と真逆だ。街の内側から敵が溢れ出てくるのではなく、街の外に無数の敵がごく短時間のうちに押し寄せて完全包囲網を作った。

 

 央都セントリアの時は、街の外へ民間人を逃がす大作戦を取った。しかし、今はその逆だ。帝都オブシディアの外周が赤鎧の軍勢に取り囲まれているのであれば、逃げ道がない。無理に逃げようとすれば、殺戮に興奮している赤鎧達の餌食(えじき)になって終わりだ。

 

「キリト!!」

 

 耳に届いてきた大きな声にキリトははっとさせられた。

 

 間もなくして、何かが空気を裂いて飛んで行く音が聞こえ、どすんという重い音がした。見てみれば、すぐそこに赤鎧の一人が迫っていたが、その胸に矢を受けて硬直していた。間もなくその者は地面へ崩れ落ちる。

 

 この場で矢を放てる者はシノンだけだ。振り向いてみたところ、シノンが弓を構え、矢を放った後の姿勢をしていた。援護射撃してくれたのだ。だがそこで違和感が起こる。

 

 シノンは《太陽神ソルス》のスーパーアカウントを使っている。先の戦争ではその力を振るい、《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》の群れを呑み込んで吹き飛ばす大爆発を起こす射撃を行えていた。今こそ、それを使うべきではないのか。

 

 キリトは迫って来た赤鎧の群れに向かって身構え、身体に力を溜め込む。完全に溜まり切ったところで解放し、回転斬りを放った。一度の斬撃ではあるものの、暴風と白い炎の波が起こり、迫っていた赤鎧の群れの一部が焼かれながら後方へ吹っ飛んで行った。

 

 範囲攻撃二刀流ソードスキル《エンド・リボルバー》。

 

 《SAO》時代から愛用しているソードスキルを炸裂させて、ほんの少しの安全を確保したキリトはシノンの元へ戻る。

 

「シノン、戦争の時みたいにあいつらを吹っ飛ばせないか!?」

 

 シノンは首を横に振った。それ自体が苦渋(くじゅう)の決断なのだとわかった。

 

「あんな技を使ったら街ごと吹っ飛ばしちゃうわ。逃げ遅れてる人々もあいつらと一緒に巻き込んでしまう」

 

 キリトは歯を食い縛った。

 

 その通りだ。赤鎧の軍勢の襲来があまりにも突然だったため、街は混乱を極めている。誰もが何が起きているのかわからず、どこへ逃げるべきなのかも判断できない。そんな中であんな超必殺を放てば、逃げ遅れた人々ごと赤鎧の群れを消滅させる事になるだろう。

 

 リランが狼竜形態にならずにいるのも、まだ逃げ遅れている人々が近くに居るためだ。狼竜となった彼女の膂力(りょりょく)と火炎があれば、赤鎧の群れを薙ぎ払うのも容易だ。

 

 だが今それをやれば、赤鎧に狙われている民間人まで巻き込んでしまう。白兵戦で(しの)ぐしかないが、それでは数の暴力で追い詰められる一方だ。

 

「くそっ……!!」

 

 地獄の亡者とも思える赤鎧達を、どう相手取ればいいのか。急襲を受けている民間人をどこへ逃げさせるべきか。頭の中をフル回転させて作戦を立てようとすると、(ひたい)の辺りが熱を帯びてきた。

 

「……待て!?」

 

 次の瞬間、リランの声が耳に届いた。向き直ってみると、リランは街の中央方面を見ていた。同じように視線を向けてみる。

 

 暗黒界特有の赤い空からオブシディア城を中心とする中央区に、夜明け前の空のような深く美しい青色の光のラインが伸びてきていた。

 

「なんだ……?」

 

 その時点で無数とも言える程であったが、それは瞬く間に一気に数を増やし、東西南北のあちこちに及んだ。キリト達のすぐ後方にまでそのラインの束は伸びてきて、キリトはそちらへ釘付けになる。

 

 よく見れば、光の正体は微細なデジタルコードの羅列だった。当然何を意味するのかはわからない。敵の増援か――そう思って身構えた次の瞬間、キリトは目を見開いた。デジタルコードの集合体が、一気に人の形へと変わったのだ。

 

 現れてきたのは、深い緑の長髪と大きな胸が印象的で、緑色の着流しを身に纏う長身の女性。その横に、小麦色の肌と金色のショートボブヘア、動きやすそうな戦闘服に身を包んだ小柄な女性までもが現れてくる。続けて緑の女性の近くに緑色を基本色とした髪の者達が、小柄の女性の周囲に体型から髪色までてんでバラバラな者達が現れてきた。

 

 キリトは完全に呆気に取られていた。シノンとリランも同じような反応をしており、いつの間にか赤鎧の群れを一時的に退けていたクライン、エギル、ディアベルも絶句している。

 

「……な? ここはいったい?」

 

 目を開いた緑の長身女性が最初にそう言った。間もなく周りの人々も「どこだここ?」「あれ、前にセーブしたところじゃないぞ」と混乱し始める。

 

「えっ、どこ、どこなの?」

 

 小麦色の肌の女性がうろたえていると、やがてその目がキリトと合った。彼女はびっくりしたようにキリトを見つめた。

 

「あれっ、キリト君!?」

 

「何っ!?」

 

 緑の長身女性もキリトへ振り向いてくる。やがて駆け寄ってきた二人の女性の名を、キリトは口にした。

 

「サクヤさんに、アリシャさん……!?」

 

 緑の長身女性は、《アルヴヘイム・オンライン》にてシルフ領の領主を務めるサクヤ。小麦色の肌で金髪の小柄な女性は、ケット・シー領の領主アリシャ・ルーで間違いなかった。そして周りの戦士達は、彼女達に付き従うプレイヤー達だった。

 

 

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