「サクヤさんに、アリシャさん……!?」
緑の長身女性は、《
サクヤはリーファの親友的存在であり、アリシャ・ルーはかつて《ALO》でリランの育成に行き詰まった際、最大限の助言とフォローをしてくれた《ビーストテイマー》の恩人だ。二人と顔を合わせるのは久方ぶりだった。
だが、どうしてここに二人が多くのプレイヤーを連れて現れたのだろう――そんな事を考えている場合ではないのに、キリトはそこへ意識を取られていた。
「キリト君、これはどういう事だ? ここはいったいどこなんだ」
「《ALO》にこんな領土なんてあったっけ? 緊急アップデートみたいなのが入ったの?」
サクヤもアリシャも完全に混乱している。領主達がそんな調子なので、周りのプレイヤー達も同様に混乱していた。赤鎧達の動きが止まっているのを認めて、キリトは二人に近付いた。すぐ隣にシノンとリランも並んでくる。
「サクヤさん、アリシャさん、どうしてここに?」
愚直な質問だったが、それしか思い付かなかった。サクヤがまず答えてくる。
「私のところに『シルフ領に前代未聞の壊滅的被害が及んでいる』というメールが来たんだ」
「サクヤちゃんと同じだヨ。『ケットシー領が未知の敵軍の襲来を受けて、
どちらも同じような事を言っている。そしてサクヤが辺りを見回す。
「そうしてみたら、何だ。前にログアウトしたところではなく、このようなところに来て、君達が目の前にいる」
「ねぇキリト君、どうなってるの? キリト君ももしかして、『スプリガン領がヤバい』みたいなメールが来たから、ダイブしたの?」
全く違う。そもそも自分達は、置かれている状況から使っているマシンまで、彼女達と何もかも異なる。全てを説明するだけでも三十分はかかりそうだし、彼女達から来るであろう質問にも答えるとなると、一時間は要するに違いない。
そのような事をしている暇はない。赤鎧達が動き出した。狙われていた暗黒界人達が、サクヤやアリシャ達の出現の隙を突いて逃げ出した事に気が付いたのだ。各々の武器を再度構え直し、中央区へ逃げていく暗黒界人達を追おうとする。
まだまだ赤鎧達は街の外から押し寄せてくる。周囲を見渡せば、空から青い光のラインが続々と降りてくるのも見えた。
ここだけではない。東西南北全ての方角で、無数の青い光の束が下りてきている。サクヤやアリシャのようにアミュスフィアを使った者達が一斉にここへやってきているらしく、その数は際限なく増えていく。
この状況は幸か不幸か――幸だ。サクヤやアリシャ、そして彼女達に付き従うプレイヤー達は
「ごめん、サクヤさんにアリシャさん! 今は詳しい事情を説明している余裕はないんだ!」
「お願い、手を貸して! あの赤い鎧の奴らを一緒に倒して!」
キリトの謝罪の直後、シノンが矢を放って赤鎧の数人を撃った。それらが血を噴き出させながら血溜まりへ
「なんなんだ!? 何なのだ、このゲームは!?」
「あんなに血が出て……こんなゲーム、出せるわけないのに!?」
サクヤもアリシャも顔を
「ここは日本政府
リランが焦り気味で告げると、サクヤとアリシャを含めたプレイヤー達は一斉に驚きの声を上げた。アンダーワールドの真実をさらりと口にしてしまっているが、あぁ言わなければプレイヤー達には状況が伝わらないだろう。あの赤鎧の襲撃者達の事も
「せ、政府の研究機関の極秘仮想世界!? そんなものにまで首を突っ込んでいるのか、キリト君達は……!?」
「なんか、とんでもない事になっちゃってたんだネ……」
「やだっ、きゃああああああああああッッ」
サクヤもアリシャも呆気に取られていたが、やがて二人の目はとある一点に向けられた。キリトもそちらを見て目を見開く。逃げ遅れていた暗黒人の小さな少女を、赤鎧の複数人が血塗れの武器を片手に追いかけるという光景が繰り広げられていた。
またか。自分もつい先程、逃げる子供を狙う赤鎧達を優先的に倒した。見せしめのためだったが、赤鎧達は意気消沈するどころか、子供の殺害という禁忌が可能な事に更なる興奮を覚え、進んでやろうとしているようだ。
その残虐な光景を目にした二人は、一瞬のうちに長刀と鉤手甲を構えて飛び込んでいった。ほとんど
「やめろぉッ!!」
「やあああッ!!」
少女と赤鎧の間に割り込むなり、サクヤがほとんど薙ぎ払いの一閃を放ち、続けてアリシャが鋭いパンチを赤鎧達へ叩き込んだ。特にアリシャのパンチは強烈な一撃であったらしく、少女を狙っていた赤鎧の群れの大多数が後方へ吹き飛ばされていった。
その中には
「いまいち何が何やらだが……貴様らは許しておけない奴らのようだな」
「ネぇ、今何やろうとしてたかわかる? どさくさに
どちらも怒気を
だが、それだけではなかった。いつの間にか千人以上にまで増えていたサクヤとアリシャ率いるプレイヤーの軍団に、明確な怒りが
理由は明白だった。敵が子供さえも狙うような卑劣な連中であるのがわかった事、それらへサクヤとアリシャという二大領主が激しい怒りと嫌悪を抱いたという事だ。彼女達の胸中で燃え上がる正しき怒りの炎が、プレイヤー達へ
「シルフの戦士達よ! 敵が誰なのかはわかるな!」
「ケットシーの皆、キリト君達に協力だヨ! この赤い鎧達を叩きのめすヨ!!」
二名の領主の指令は、全てのプレイヤー達の耳に届き――一斉に「おおおおおおおおおおおッ!!」という声を上げさせ、突撃を
直剣、長剣、長刀、槍、両手斧、手甲、長棍。赤鎧達のそれとほとんど変わりないデザインの、ありとあらゆる武器を手にしたプレイヤーの軍勢が赤鎧の軍勢に正面衝突した。互いに斬り合い、突き合う様は完全にファンタジー世界の戦――いや、この前の人界と暗黒界の戦争の再現だった。
離れた場所からも掛け声と咆吼、金属が激突する音や爆発音が
帝都オブシディアを戦場とした、《第二次アンダーワールド大戦》が幕を開けた。
「ユウキ、そっちをお願い!」
「わかった! 任せて!」
「アスナもしっかりね!」
アスナ、ユウキ、カイムの三人で確認し合い、敵陣へ突っ込んだ。
アスナは《創世神ステイシア》の鍵であると同時に自身の利己心が昇華した細剣《ラディアント・ライト》を片手に飛び込み、数々のソードスキルを《敵》の軍勢に叩き込んだ。この世界における《神器》を上回るスペックを持つ《
帝都オブシディアの様子はごく短時間のうちに一変した。ほんの十数分前までアスナ、ユピテル、ユウキ、カイムの四人で街を歩いていた。
「もうすぐシャスターさんとリピアさんの結婚式が開かれるから、お祝いをしなきゃね」、「何を贈ったらいいかな」と話し合いながら、賑やかな
何事かと向かってみたところ、アスナは絶句した。帝都オブシディアの外と内を隔てる城壁が崩されていた。そして街の外から赤い鎧を着た者達が帝都内へ雪崩れ込み、その得物で暗黒界の住人達を殺戮していたのだ。
赤い鎧を纏う者達は全員、この世界のそれではない言語で話をしていた。英語だった。そして彼らの口から出てきているのは、殺戮を、飛び散る鮮血を、人体破壊を賛美しているような言葉。「殺せ、殺せ」、「血だ、血だ」、「壊せ、壊せ」、「最高だ」。誰もがそう口にして、逃げ惑う人々に嬉々として残虐行為を働いていた。
日本語ではなく、英語。彼らが部外者であり、正規の手段でアンダーワールドへログインしたわけではないとすぐにわかった。
恐らく何らかのトラブルが起こり、アンダーワールドへの《
ならば、この世界が本当は何なのか、説得が通じるはず――そう思った次の瞬間、赤鎧達は泣いて逃げ惑う子供達を狙い始めた。
その時点で四人の怒りは頂点に達した。気付いた時、アスナは三人共々赤鎧の軍勢へ飛び込み、彼らを止めにかかっていた。ほとんど規格外と言っていい武器である《EGO》を手に、赤鎧達を突き、斬り、血溜まりとなった地面へ叩き伏せる。
圧倒的な力で何人も、何十人も、何百人も切り伏せた。やっている事は、彼らが暗黒界人へ働いた殺戮と変わらなかった。
だが、それ以外の手段はなかった。赤鎧の者達の興奮は既に絶頂に達し、殺戮と破壊以外何も考えられなくなっているような状態だったからだ。
話をしようと持ち掛けたところで、相手方の暴力に
「なんだ!?」
「強い奴が来たぞ!」
英語を話す赤鎧達からそんな声が聞こえた。その間にもアスナは《EGO》を振るい、その群れを薙ぎ倒していった。本来ならば《創世神ステイシア》の力で超広範囲殲滅技を放ち、赤鎧達を一網打尽にするのが最善だろう。現にそうすべきだという考えが頭から離れない。
《創世神ステイシア》の能力は地形操作と重力操作という、世界そのものを動かしてしまえるものだ。地割れを作り出し、赤鎧達を地の底へ叩き落とすのが最も効率的だろう。だが、そのような超広範囲技を今ここで放てば、街も人も確実に巻き込んでしまう。
人界も暗黒界も守ると決意してこのスーパーアカウントを使うに至ったのに、その力で
幸い、ユウキとカイムの二人も加わってくれている。特にユウキの剣
《絶剣》とシルフ領一の刀使い、この二人は仲間としては頼もしく、敵からすれば恐るべき存在だった。勢いを保っている赤鎧達はまだ多いが、二人の近くでは恐れのあまり攻撃を
《はあッ!!》
強力な仲間はあの二人だけではない。青色に輝く電気エネルギーで身体の大部分を構成し、頭部、胸部、足先が鋼鉄になっているうえ、肩から一対の巨大な腕を生やしている狼が、アスナから少し離れた位置で放電した。
空から青色の雷が降り注ぎ、赤鎧の軍勢に直撃する。悲鳴をかき消すほどの轟音が鳴り響いた直後には、百人ほどの赤鎧が黒煙を発しながら地面へ斃れていた。その光景を見た赤鎧達が恐れ戦いて後退する。
青い電気の狼はユピテルだった。大切な息子であり、《使い魔》でもある彼は、元から電撃や雷を自在に操る力を持っており、リラン同様に並大抵の魔獣では相手にならないくらいであった。
そんなユピテルだが、アスナに《創世神ステイシア》が適用されてからは《神の使徒》という役割と、それに見合う能力が与えられた。いつもの愛おしい少年の姿では服装くらいしか変わりがないものの、《使い魔》形態では体躯が一回り大きくなり、ただでさえ強力だった電撃と雷は更に威力を増していた。
ユピテルが放つ雷撃はまさしく《神の使徒》が下す鉄槌であり、赤鎧達を慄かせるには十分すぎた。その体躯も一役買っているようだ。《使い魔》形態のリランより二回りほど小さいが、青い電気エネルギーで身体を構築し、肩から巨大な一対の腕を生やした雷獣の姿は、一目で危険だと理解させるには十分だった。
そんなユピテルへ「この野郎!」「くそが!」などの汚い英語を吐き散らしながら果敢に突撃する赤鎧達もいたが、武器が悪かった。彼らの得物は全て金属製で、如何にもよく電気を通しそうな質感と形をしていた。
実際その通りだった。ユピテルに接敵して武器を振り下ろした赤鎧達は、一瞬のうちに青い電気に包み込まれた。武器が届く前に鎧へ通電してしまった者もいた。《神の使徒》の電気をその身に浴びた赤鎧達は三秒ほど絶叫し、鎧の隙間から黒煙を噴きながら地面へ斃れた。
それでもまだ興奮と怒りに身を任せて向かっていく者達は居たものの、それらは
あぁ、ユピテルの電気が一番役に立つのは魔獣や《
「うおおおおおおおおおおおッ!!」
「うりゃああああああああああッ!!」
直後、後方から歓声に近い声が聞こえてきた。石畳を揺らすほどの猛々しい声だ。声だけではなく足音も響く。一人や二人ではなく、今まさに群がる赤鎧達くらいの数の人間が出す音だった。
「はぁッ!!」
武器を片手に近付いてきた赤鎧の二人を《ラディアント・ライト》の突きと切り払いで叩き伏せ、アスナはバックステップし、後方を確認した。そこで目を見開かさせられる。赤鎧達とは違う、色もデザインもバラバラな服装で、髪型も髪色も様々な男女の大群が帝都の中央区方面から押し寄せてきていた。
全員武器を持っているので戦士のようだが、亜人や紫の鎧を纏った者達は見受けられない。暗黒界の兵士ではないようだ。
「えっ!?」
とアスナが言った時には、戦士達の津波はアスナを綺麗に通り抜け、赤鎧達を呑み込み返した。そのまま各々の武器で攻撃を開始する。戦士達は日本語で「このっ!」だとか「出ていけ!」だとか言っていた。少なくともあの英語しか発さない赤鎧達とは違うようだ。
そしてそれは言語だけに留まらず、戦い方にも出ていた。赤鎧達が武器を振るえば、盾を持った者達が一気に前進して受け止め、その隙に身軽な者達が盾持ちの後方から躍り出て赤鎧達を叩き伏せる。まるで統率の取れた戦闘部隊のような動きに、アスナは呆気を取られていた。
見事な戦い方だ。素人ではない。そう言えば、これまで遊んできたゲームの中に、こんな統率の取れた動き方をする者達がいるものがあった気がする。それは何だったか――。
「俺達の女神からの要望だ! 奴らが戦意を喪失するまで叩きのめし続けろ!」
再び後方から声がした。比較的若くて
水色の髪で、右腕はノースリーブ、左腕はフルアーマーという左右非対称のデザイン、青と水色のラインの入った白い戦闘服に身を包んだ長身の男性が、両手剣と言っても差し支えないほど大きな長刀を携え、戦士達を指揮しながら向かってきていた。
その姿を見たアスナはついに声を上げて驚いた。こうして顔を合わすまでにどれくらいの期間が空いていただろうか。いずれにしてもその男性は――。
「スメラギさん!?」
アスナにそう呼ばれた長身男性は立ち止まり、目を合わせてきた。大分驚いたような顔をしているので、こちらと同じような気持ちであるらしい。
「お前、アスナなのか!?」
周りの戦士達が赤鎧の軍勢に突撃していく中、水色髪の長身男性はアスナの元へ駆け寄ってきた。かつて《ALO》でセブンが大きなプロジェクトを独断で動かしていた時、彼女を中心とするチーム《シャムロック》の幹部であり、自分達と敵対する事もあったスメラギで間違いなかった。
「スメラギさん、どうしてここに!?」
それしか質問が思いつかなかった。そんなアスナの問いかけにスメラギは答える。既に顔はいつもの冷静沈着な彼のそれに戻っていた。
「セブンがお前達の呼びかけに応じて《アンダーワールド》とやらにダイブしていった後、俺のところにメールが来たんだ。『《ALO》でシャムロックが大混乱に陥っている』などという内容だった」
えっ、《ALO》でもそんな事が起きているの――そう思いかけたアスナに、スメラギは続ける。
「セブンの計画があったとは言え、シャムロックには組織全体が大暴走に陥った前科がある。リーダーのセブンが居ない間にまた暴走したなら、幹部の俺が止めねばと思ったのだ。そうしたら――」
「そうしたら?」
スメラギは目を細くしつつ、後方を振り返った。まだまだ戦士達の津波が押し寄せてきて、赤鎧の軍勢と衝突する。
「何故か、多くのシャムロックのメンバー達とともに、セブンとレインの近くに着いた」
えっ、どうなっているの――アスナはそう考えようとしたが、スメラギが鞘から長刀を引き抜いて構えた。よく見ると、身体からオーラが出ている。何かしらのバフを受けている時のそれに似ていなくもない。
「話はセブンから全部聞かせてもらった。日本政府管轄の研究機関によって極秘開発されている仮想異世界アンダーワールドに、アメリカ人プレイヤーが押し寄せて狼藉を働いているとな。本当にその通りだったんだな。……酷い光景だ」
やはり予想通り、アメリカ人プレイヤー達が何らかの方法でアンダーワールドに侵入していたようだ。納得はいったものの、悲しさと悔しさも湧いてくる。だが、
「スメラギさん、手を貸してもらえませんか? わたし達だけじゃ、あの赤い鎧の敵を相手にしきれそうにないんです。このままじゃ、わたし達が守ろうとしたアンダーワールドは……」
「わかっている。セブンとレインからも同じ事を頼まれた。そして同時に、《神の祝福と加護》も授けてもらった。久々に力を貸してやろう」
そう言ってスメラギは戦士達に混ざって突撃していった。赤鎧達との距離が詰まるなり、両手持ちの長刀を右手に持ち直してジャンプする。盾持ちの戦士達のすぐ上に舞い上がった次の瞬間、大太刀を持った青い光の右腕がどこからともなく出現した。
「はああッ!!」
そしてスメラギが長刀で前方を薙ぎ払うと、光の大太刀も連動して薙ぎ払った。青い光の大太刀は百人近くの赤鎧達を巻き込み、その上半身と下半身を切断しつつ後方へ吹き飛ばした。
スメラギが作り上げたというオリジナルソードスキル、《テュールの隻腕》の炸裂は、敵対する赤鎧達を慄かせ、彼とともにやってきた現実世界人達の士気を押し上げた。
これならいける。わたし達でもいける。何としてでもこの帝都を守るんだ――胸中から勇気が湧き出てくるのを感じながら、アスナもスメラギに続いて赤鎧の軍勢へ飛び込み、渾身のソードスキルを放った。
間もなくして、中央区から暗黒騎士団を中心とした暗黒界の大軍団が到着。赤鎧の大軍団と交戦開始した。