ガブリエル・ミラーはヴァサゴ・カザルスと共にアンダーワールドへ舞い戻った。同時にガブリエルの元へはジブリルが、ヴァサゴの元へはアガレスが召喚されてきた。《使い魔》ジブリルはどこからともなく黒い闇を生じさせて現れるなり、ガブリエルに抱き付いてきた。
本来の姿であるブラックドラゴンならば締め潰されていそうなものだが、ジブリルはまだ見慣れない黒いゴシック・アンド・ロリータを
自分が受けたいのはジブリルからではなく、この世界に居る《愛する人》からの抱擁だ。お前に抱き締められたいわけじゃない――そう言いたくなってきた。
だが、数秒ほどで「それはジブリルが君を大切に思っている証拠だ」「ジブリルだって君を大切なマスターだと思って、ちゃんと懐いているんだよ」という、自分にとっての《上官》、ヴァサゴにとっての《BOSS》からの言葉が急に思い出された。
それを頭の中でリフレインさせながら胸元のジブリルを見下ろすと、なるほど確かに、可愛らしいという気持ちが湧いてきた。ジブリルは自分に懐いているからこそ、こうしてきている。これは愛情表現。ならば悪いものではないな――ガブリエルはジブリルの抱擁を受け入れた。
ジブリルが離れ、ヴァサゴが乱雑だけれども優しくアガレス――目が隠れた黒紫髪で、黒い簡素な衣装を纏った小さな少女の姿をしている――の頭を撫でるのをやめた頃、遠くから音が聞こえてきた。
発生源を探してみたところ、遠方に都市があった。最奥にある高い丘に大きな城が建っているのが特徴的な城塞都市だった。文明レベルが近代や現代ではなく、中世ヨーロッパからヴィクトリア朝時代くらいの様相だ。
あちこちから黒煙が上がり、「おおおおおおおおお!!」という歓声に近い声が聞こえてくる。目を凝らすと、都市の外周部で
「マスター、あの大きな城が見えますこと?」
ジブリルの少し甘ったるい声に
「あそこがオブシディア城……暗黒神ベクタの玉座があったところか」
「はい。その周りにあるのが帝都オブシディアですわ。今、マスター達にお呼ばれした人達が戦っているようですわね。皆さま、存分にお楽しみのようです」
ジブリルの声は浮ついていた。
《GGO》で機械仕掛けのブラックドラゴンだった頃のジブリルは、破壊と
なんだ、変わっていなかったのだな――ガブリエルは胸中で
「ははは、どいつもこいつも馬鹿ばっかか! 本当にそんな奴らだけが引っかかったらしいな!」
遠くの戦場を見たヴァサゴが、一心不乱に武器を振っているプレイヤー達を嘲笑していた。
「けど、マスター……」
ジブリルのそれとは異なる少女の声が聞こえた。今にも消え入りそうな声の主は、ヴァサゴの足元に隠れるようにしているアガレスだった。ヴァサゴは薄笑いを浮かべたまま彼女を見下ろす。
「どうした、アガレスよぉ?」
「マスター達が呼んだアメリカの人達……すごい勢いで減っていってます……負けてます……」
ヴァサゴは「ほぉー……」と言い、ガブリエルはすぐに確認にかかった。双眼鏡でもあればよかったが、生憎持ち合わせていない。目を凝らしても人の群れの蠢きが確認できるだけで、何がどうなっているのか把握できない。もう少し近付くべきだが、そうなればこちらにも被害が及びかねない。
仕方がないので、ガブリエルは頼れる相棒へ声を掛ける。
「ジブリル、アガレスの言っている事は本当か? 確認しろ」
ジブリルは「はい、マスター」と快く答え、瞼を閉じた。それから十秒ほどで、オレンジがかった金色の瞳が再度姿を見せる。
「アガレスさまの
クリッターから聞いた時には一二万人ダイブしているという話だった。このごく短時間で三万人も増えていたらしい。だが、もう二万人も減っている。それだけ帝都オブシディアを守る者達が圧倒的に強いという事だ。
「やはり日本の言葉で言うところの
「その通りです。アメリカからの皆さまは、ただ殺したいだけ、壊したいだけの方々です。わたくし達のように崇高な目的を持っているわけではありませんから、帝都を守ろうと必死なキリトさま達には負けてしまいます」
ジブリルにそう言われて、ガブリエルは脳裏に彼らを思い出した。自分達を打ち負かした《絶剣》とその兄、そして白き狼竜を従える《ビーストテイマー》であるキリト。彼らの瞳の中には共通して光が宿っていた。こちらが闇に呑ませようとしても、逆に押し返してくるような激しい光。
当初はその正体が掴めずに内心困惑していたが、今ならわかる。彼らを動かす光の根源は、清らかなる意志だ。雲一つない空に浮かぶ太陽のような光――それを自分達の作戦に乗ってやってきた者達も宿しているかと言えば、そうではないだろう。
単純な欲望だけで動いている者は群れれば確かに強いが、そうでない者達の群れとぶつかれば簡単に敗れる。
「そうだろうなぁ。やっぱアメリカ人じゃ駄目なんだよ」
溜息交じりにそう言ったのがヴァサゴだった。近くのアガレスが「また減ってる……」と独り言ちる。鮮血と殺戮を求めてやってきたアメリカ人プレイヤー達は、 着実に数を減らしていっているようだ。……情けないと言いたくなる。
「ヴァサゴ。このプランBはまだ前半だそうだが、既に失速しかかっていないか? 後半でちゃんと巻き返せるんだろうな」
ヴァサゴは口角を上げた。良い作戦を思い付いている策士の顔だ。
「あぁ、巻き返せるさ。もうクリッターも動いているだろうよ」
にやついた顔のままヴァサゴは顔を向けてくる。
「
「……お前の事は信頼しているが、本当に任せて良いんだろうな?」
ヴァサゴは頷く代わりに「はははっ」と笑った。
「オレに任せておけ。
「そうか。ならば任せるぞ。……何をするつもりかは知らないが」
ガブリエルは踵を返した。既にジブリルは自分の傍を離れ、ブラックドラゴンの姿となって待機していた。
「せぇいッ!!」
「ぬうんッ!!」
赤鎧の軍勢を白い髪の少女が大鎌で薙ぎ払い、紺色の毛並みの狼男が槍で突き、短銃で撃ち倒す。いつもの紫色のプレートアーマーを纏ったドロシーとダハーカの兄妹を含む暗黒騎士団と他種族の連合軍団は、サクヤやアリシャ・ルー達が来た直後に合流してきた。
彼女達は暗黒界人とも人界人とも違う軍勢の襲来に混乱しているかと思いきや、キリト達と合流してすぐに交戦を開始した。隙を見てドロシーとダハーカに話を伺ったところ、シャスターが暗黒界軍全てに赤鎧軍団の殲滅と帝都オブシディアの防衛を指示したらしい。流石暗黒界最強の騎士、行動も判断も早い――キリトは改めてシャスターが味方である事に感謝し、殲滅に取り掛かった。
戦場は既に帝都オブシディアの外へ移動していた。サクヤ、アリシャを中心とした《ALO》からの助っ人達、そして整合騎士達を含んだ暗黒界軍によって、最初は勢い付いて中央区へ向かいつつあった赤鎧の軍勢は、徐々に押し戻されていき、ついには帝都オブシディアから離された。
「だあああああッ!!」
《喰らえッ!!》
そこまで来ればもう何の気遣いもいらなくなった。合流した整合騎士――といっても見習いとその《傍付き練士》――のメディナ・オルティナノスとグラジオ・ロレンディアは各々の《
《そんな貧相な武器と鎧が役立つものか! 燃え尽きろ!!》
そこに自分の《使い魔》の姿である狼竜形態のリランも加わり、殴打や蹴り上げ、叩き付け、尻尾薙ぎ払いといった打撃で赤鎧達を文字通り叩き潰していく。グラジオより恐ろしいのは、そこに
巨大な狼竜からの打撃を回避できたかと思いきや、次の瞬間には猛烈な火炎が駄目押しと言わんばかりに襲い来る。赤鎧達にとって十分すぎる恐怖だろう。
その証拠に、リランとグラジオが現れた途端に赤鎧達の士気は一気に下がり、怯えの声が上がり始めた。しかし怯えはしても投降も逃げ出しもしない。何より赤鎧達は帝都オブシディアに何の前触れもなく襲来して、無辜の民を既に千人単位で殺害している。赤鎧達を逃がすという選択肢は存在しなかった。暗黒騎士団長シャスターの言った通り、殲滅あるのみ。
「吹き飛びなさい!」
自分の近くで戦っていたシノンが地面を蹴ってふわりと宙に浮かび上がると、その大弓に矢を
太陽神ソルスの能力の一つ、超広範囲殲滅攻撃技《ディバイン・パニッシュメント》。
帝都内に居た時には使えなかったそれも、今ならば何も気にせず使える。一撃で千人くらいの赤鎧が消し飛んだ事だろう。似たような轟音が続けざまに別方向から聞こえてくる。スーパーアカウントを持つ仲間達が広範囲攻撃での一網打尽を狙い始めたようだ。
敵の具体的な数は把握しきれていないが、こちらのようなスーパーアカウント所有者はいないようだ。数で押されていても力では押し負けない。勝てない戦いではないはずだ。
「そこの人達、ちょっと横に避けた方が良いわよー」
後方から女性の声が聞こえた。いつも人をからかっているかのような、聞き覚えのある声色だった。周りの者達は振り向いてから「うわっ」と驚いて避けたが、キリトはその時既に横へ回避していた。
人界と暗黒界、及び現実世界の連合軍が退いて綺麗な一本道を開いたタイミングで、そこを弾幕が通った。暗黒術や神聖術で作るエネルギー弾ではなく、実弾だった。
ほとんど筒状のそれは前方の赤鎧達を襲った。一見、銃弾なんて弾きそうな見た目の赤鎧だが、弾幕を形作る弾丸はそれを容易に砕いた。赤鎧達は鎧ごと身体を吹き飛ばされ、血と肉片で地面を汚した。何が起きたのか把握できないまま、この世界からの強制帰還を喰らわされたのは間違いないだろう。
そこでキリトはようやく弾幕の発生源の方を見た。予想通りの光景がそこにあった。全身を黒光りする鋼鉄の装甲で構成し、極端な猫背から白い煙を噴くマフラーを数本生やしている全高八メートルくらいの巨人が十数体並んでいた。その腕に束ねられた砲塔からは白い煙が出ている。水蒸気ではなく
スチームパンクの世界観から生み出されたアイアンゴーレム。確か、ディー・アイ・エル率いる暗黒術師ギルドの最新鋭兵器だ。戦争が始まる直前にディー・アイ・エルの操る機体と交戦したのは記憶に新しい。
大教皇――黒龍が居なくなった事で暗黒術師ギルドへの新たな技術の提供はなくなった。アイアンゴーレムはあの機体が最初で最後かと思っていたが、どうやら量産方法も聞き出せていたらしい。
「な、なんだありゃあ!?」
「ロボットじゃねえか!?」
「あんなものを作り出せるほどの科学力があるのかよ、この世界……!?」
クライン、エギル、ディアベルが驚き顔で順に言った。そういえば彼らは《SAO》を筆頭とする《剣と魔法のファンタジー世界》のゲームはやってきたものの、このアンダーワールドのような《剣と魔法と科学が共存するファンタジー世界》はやった事がない。それ故に驚いているのだろう。
「あら、避けてくれたのね。巻き込んじゃうんじゃないかって思ったんだけど」
アイアンゴーレムの軍団を従えているのは、当然ディー・アイ・エルだった。しかしこの前のようにその背に乗っている事はなく、近くの地面を歩いている。目を凝らせば、配下の暗黒術師達がアイアンゴーレムの背中に乗って
「ディー・アイ・エル……」
前線に出ていたドロシーとダハーカがキリトの傍に寄ってきてディー・アイ・エルを見つつ、ドロシーが
「どういう風の吹き回しだ。こういう時には傍観を決め込むのが貴様ら暗黒術師ギルドだろう?」
ダハーカが
「それは
今度はディー・アイ・エルがぎりっと赤鎧達を睨み付ける。連中ではなく、その先に居る本当に憎むべき相手に向けられていた。
「けれど、結果があれよ。私達暗黒術師ギルドは、暗黒界の女達は結局はあいつとベクタの野郎に良いように使われていただけ。私にあんな事もやらせて……」
そこでクラインが「お?」と反応を示したが、すぐさまディアベルががつんとその腹に肘打ちを入れる。ディー・アイ・エルが黒龍に何をさせられていたかを想像しようとしたのを止めさせてくれたらしい。
そのクラインが想像しそうになった
……男としては
真相は本人に聞けばわかるが、そんな事をすればどうなるか火を見るより明らかだ。キリトは頭の中でその火をイメージし、映像を焼き捨てた。
「あぁ――……思い出したら腹が立ってきたわ! 私達の怒りを受けなさい!!」
ディー・アイ・エルが鋭い怒声を放って手を前に突き出すと、アイアンゴーレム達が一斉掃射を開始した。マズルフラッシュと共に吐き出された無数の大口径弾が赤鎧の軍勢を襲い、吹き飛ばしていく。弾幕に混ざって大口径の
その光景には既視感があった。《GGO》でリランの肩のガトリング砲を敵プレイヤーの群れに撃ち込んだ時と同じだ。まさかアンダーワールドでそんなものを見る事になるとは。
この世界で起こる事は、俺の予想の斜め上を平然と行くものばかりだ――これまで何度も思った事を、キリトはまた思った。
《ぬ……キリト》
頭の中に初老の女性の《声》が響いた。リランのものだ。前線に出ていた彼女も、いつの間にか戻ってきていた。
「どうした、リラン」
《アメリカの者達だが、どうやら
「は?」
思わずぽかんとして、そう言ってしまった。リランは続けてくる。
《奴らの軍勢の奥に居る連中が、「なんだよこれ、クソゲーか?」、「面白くないな、聞いてたのと全然違う」、「
そう言えば、アメリカ人プレイヤーがどうしてアンダーワールドへ攻め込むに至ったのか考えていなかった。
リランの《声》の中にあった「クソゲーか?」という言葉から察するに、アメリカ人プレイヤー達はこの世界が血飛沫が舞い飛び、人体を破壊する事のできるゴアゲームだと思って飛び込んできたのだろう。
そのようなゲームは、現実世界では厳しい法規制によって作ってはならない事になっている。いや、作る事自体は可能だが、そんな事をやればゲームの即配信停止は勿論の事、下手すれば警察の世話になる。
だから誰も血と肉片に塗れられるようなゲームは作る事もプレイする事もできなかった。「グロいVRゲームがやりたい」だの「血がブシャブシャ出まくるVRゲームがやりたい」だのと言った不満が、アメリカのSNSで噴出している――そのような話を在住者のセブンから以前聞いた事がある。
そんな血に飢えた獣のような奴らの願望を叶えられるという謳い文句で、この世界への《入り口》が作られた。やったのはPoHとサトライザーの居る襲撃者達――あるいはその《上位存在》だろう。彼らは奴らの作戦にまんまと嵌められて、この世界へ入り込んできてしまった。
最初こそ血と殺戮を思う存分に楽しめるゲームだと思えて歓喜に震えただろうが、人界、暗黒界、現実世界からの連合軍を相手取る事になり、しかもスーパーアカウント持ちが混ざって圧倒的な力で薙ぎ払ってくる。「なんだこれ、クソゲーか?」という反応は妥当だろう。
「キリト!」
その時、後方から声が聞こえてきた。帝都方面から騎士を数人連れた少女が駆けてくる。ベルベットの大きな帽子を被り、ローブを纏うその娘は、最高司祭クィネラの補佐を務める賢人カーディナルだった。彼女を守れる立ち位置を維持する騎士達には、ユージオとアリスも含まれていた。
「カーディナル……それにユージオとアリスも」
三人はアイアンゴーレムの脚の間、周囲の戦士達の合間を縫ってキリトの元へやって来た。幸い怪我は見受けられない。
「オブシディア城が思ったより大きかったおかげで、街の人達を全員避難させられたよ」
「かなりの死傷者が出てしまっているのは悲しいけれど、
ユージオとアリスからの報告に、キリトは少しだけ安心する。街の住民達の避難が完了したならば、暗黒騎士達やその他種族の戦士達が城の守りに入ってくれているはずだ。これでオブシディア城は強固な城塞と化した。
更に襲撃者であるアメリカ人プレイヤー達も大幅に遠ざける事ができている。戦況は優勢と言えるだろう。
「キリトよ、あの赤い鎧の連中じゃが……神聖語――英語を口にしているそうじゃな」
「あぁ、あいつらは俺達とは違う国の奴らだ」
キリトにそう言われたカーディナルは前方を見つめた。キリトも同じようにそちらを見る。《ALO》――いつの間にか《
もしかしたら――殲滅はやり過ぎ、だろうか。
「そんな奴らを招き入れたのは、外部からの襲撃者……お主達が討ったというベクタ――サトライザーとPoHの二人が属する者達で間違いなさそうじゃな」
「あぁ、確実にあいつらの仕業だろう。けれど、あの赤鎧達はこっちに本当の悪意を持ってやってきたというわけでもないみたいだ」
「じゃが、奴らは既に千人以上の暗黒界人を殺害しておる。『誰かがやっただけだから自分は関係ない』などというのは言い訳にならん。わかるな?」
そう告げるカーディナルの声はいつにもまして鋭かった。彼女がこの現状にどれほどの怒りを抱いているのか、直接その顔を見ないでもわかった。
「そうだな。一瞬話し合いで何とかできるかもって思ったけど……」
「そんな事で人界人、暗黒界人達の怒りは鎮まらん。ここは我らの聖域であると、奴らに教えねばならん。殲滅あるのみよ」
キリトは違和感を
「……カーディナル、殲滅だなんて、いつもの君らしくないな」
次の瞬間、背中を何かに強く掴まれた。そのまま強引に後方を向かされる。カーディナルが服の背中を掴んでいた。その姿を改めて見せつけられて、キリトは言葉を失った。カーディナルの服の胸元に汚れがべったりと付いていた。
血だ。元々赤みがかった服であるためにわかりにくいが、確かに血で汚れていた。一瞬、来るまでに攻撃を受けたのかとも思ったが、傷は見受けられない。
「……キリト。この血はなんだと思う」
「……君の血じゃないなら、なんだ」
「城へ避難してきた子供の一人が、わしに助けを求めて
子供達だけではない……あいつらによって昨日どころか数時間前までの日常を地獄へ変えられた、血塗れの力無き民達の悲鳴と嘆きが鳴り止まないのじゃ。ようやく和平を、平穏を手にしたと安堵していた者達が、これからの平和な未来を作っていく子供達を育てる親の多くが、
キリトは言葉を失っていた。今しがた「殲滅はやり過ぎか」と思ったのが、どれほど甘い判断だったか――剣で刺されたような衝撃が襲ってきた。
カーディナルはその目で見て、その耳で聞いたのだ。身勝手な欲望を抱く者達によって日常を、街を、日々を地獄に変えられた者達の嘆きを。その
――怒りだ。赤鎧達という不条理に対する正しい怒りを宿したからこそ、カーディナルはここまで言っている。彼女にとって赤鎧達はアドミニストレータと引けを取らない敵となっているのだろう。そしてそれは、全ての人界人、暗黒界人も思っている事だろう。
「キリト、わしも直接手を貸す。奴らを――」
カーディナルが杖を手に身構えたその直後だった。地面から小刻みな震動が伝わってきた。前方からは歓声のような、或いは雄叫びのような声も聞こえてくる。何事か――振り返ったキリトは目を見開いた。ここから大分離れた位置に、再び赤鎧の召喚を示す光の束が無数に生じていた。
それだけではない。新たに召喚された赤鎧の軍勢が、既に交戦中の者達に混ざって雪崩れ込んできた。士気の低下した味方を押しのけ、《ALO》や《SA:O》のプレイヤー達に斬撃や打撃を容赦なく浴びせる。
既に数万人単位でアメリカ人プレイヤーは苦痛と共にこの世界から
「くそっ、まだ来やがるのか!」
そう言って最前線へ戻ろうとしたその時だった。
「待って、キリト!」
アリスが呼び止めてきた。
「どうしたんだ、アリス」
アリスは
「なんだか、変な言葉が聞こえない?」
そう言われて、キリトもまた耳に意識を集中させた。つい先程まで聞こえていたのは日本語と英語が混ざり溶け合った怒声と掛け声の応酬だ。金属がぶつかる音や悲鳴も混ざって、誰が何を言っているのかを聞き取るのは困難を極める。その中に何があるのだろう――耳を澄ませてみた。
日本語、英語を仕分けし、混ざっている異物を見つけ出すイメージで体内のリソースを聴力へ
「……リェドォン・ダ・リーブェンレン!」
「……ウリ・ナラルル・オンマンウロ・マンドゥルダニ、ヨルトゥン・ミンジョク・チュジェエ!」
「……ピヨラン・ミンジョク・ノムドゥル、ウリエゲ・デハンハミョン・オットケ・ドゥェヌンジ・トットキ・ボヨジュマ!」
そういった言葉が混ざっている事がわかった。日本語でもなければ英語でもない、全く聞き慣れない言葉だ。アリスが「変な言葉が聞こえる」と言ったのも頷ける。
なんだ、これは。