腹を空かせたユピテルのために、俺達は宿屋の一階へ降り、レストランで食事を摂る事にした。ユピテルはご飯が到着するや否、本当の子どものように喜んで食べ始めたのだが、そこで意外に思えたのが、ユピテルの食べ方が、現実世界の食事のマナーに則ったものだった事だ。
見た目は完全に子供で、乱暴に食べそうなのに、きちんとフォークとナイフを使って音を立てないように、静かに食べる。この中に居る誰よりもマナーが出来てるものだから、俺達は瞠目してしまい、すっかり食べる事を忘れて、ユピテルに注目しっぱなしだった。だが、やはり空腹であるためなのか、食べる速度はかなり早くて、あっという間に皿に乗っていたおかずや白飯を平らげてしまった。が、その後また、俺達は驚かされる事になった。
このレストランは、あくまで現実のそれではなく、プレイヤーが頼めば、おかわり自由の形式になっている。レストランごとに材料が設定されていたり、頼める最大量が決まっているわけではないから、普通だったらレストランが大赤字になってしまう「おかわり自由」も出来てしまう。ユピテルはそれを知っていたかのように、おかずと白飯、スープのおかわりを頼み、到着した料理にまた手を付け始める。
ユイよりも幼い見た目と、途切れ途切れな喋り方のせいで幼児のように見えるけど、マナーが出来てるものだから、すごくちぐはぐに思える。そして、到着したおかわりすらも、ユピテルは瞬く間に食べ終えてしまった。
「えっと、ユピテル……すごく食べるのね」
保護者になったアスナが目を点にしながら言っても、ユピテルは構わず食べ続ける。食べ方のマナーは出来ているけれど、如何せん食べる量がマナーになっていない。完全にちぐはぐだ、これ。
「何だか食べてる時、すごく生き生きとしてるから、食べるのが好きなんじゃないかしら、この子」
カフェラテを啜りながら、シノンが呟く。確かに今のユピテルは、アスナを親と認めた時よりも、すごく嬉しそうにしているような気がする。そしてこの食べる量……この子は間違いなく、食べるのが好きなんだろう。現実なら肥満児一直線だが、ここはVRMMOの中なのでどうって事ない。
「食べるのが好きなのはいい事だけど……アスナさん、おかわり自由のレストランとかに行かないと、食費がとんでもない事になりますよ」
リーファが冷や汗を掻きながらアスナに伝えると、アスナも同じく冷や汗を掻きつつ、頷く。
「そ、そうね。まさかこんなに食べる子だったなんて、思ってもみなかったわ」
ユウキが目を見開きつつ、ユピテルの食べる料理を見つめる。
「うっわ、おかわりまでほとんどなくなっちゃった。ユピテルはボクより食べるよ」
リズベットが口の中にケーキを運ぶ。
「普通なら太っちゃうけど、ここがVRMMOの中だって事を良い事に、食べまくりね。こりゃおかわり自由じゃなきゃ、恐ろしい事になるわね、主に食費が」
いよいよアスナは冷や汗を流しながら、何も言わなくなってしまった。恐らくだが、これからユピテルと一緒に居る時の食費の事を考えて、絶句してしまったのだろう。普段金の事をあまり考えない俺でも、ユピテルと一緒に居る時の食費の事を考えたら、顔を蒼く出来る自信がある。
その最中、ユイが感心したようにユピテルを見つめる。
「すごいです。私、あんなに食べたり出来ません」
俺の肩に乗るリランが、ユイへと《声》を送る。
《ユイはそんなに食べなくても大丈夫だ。というかユピテルがちょっと変なだけだ》
直後、シノンは何かに気付いたような顔をして、メッセージウインドウを開いた。シノンにメッセージを送る人と言えば、大体イリスだから、きっとイリスからメッセージが届いたのだろう。
「イリスさんからか」
「えぇ。きっとユピテルの事に関してだと思う……」
表示されているであろうイリスからのメッセージに目を向けた途端、シノンは目を点にしてしまった。一体何が書いてあるのだろうかと、ぎょっとする。
「シノン、何が書いてあったんだ」
「……見て」
そう言ってシノンは、メッセージを可視状態にして、俺に見せてくれた。――次の瞬間、俺もまた自分の目が点になった事を感じ取った。横を見てみれば、リランの目も点になっている。
[ユピテルはきっとアスナに懐いただろうから、アスナに言っておけ。
ユピテルは見ての通り、男の子型のMHHPだが、育成時に何を学習してしまったのか、とんでもなく大喰いになってしまった。食費に関しては、普通の店に入って食べさせるとなると、常人の三倍はかかるから要注意だ。まぁその分、食事マナーなどは自己学習して手に入れているから、記憶を失ってしまっているとしても、食べ方などは覚えていると思う]
《三倍……あの小さな身体に常人の三倍の量が収まるのか》
いや、これは目を点にせざるを得ない。というか何で、イリスはこんな大事な事をあの時俺達に話さなかったのだろう。そしてこれは、保護者になったアスナに見せて教えなければならない。
「アスナ、イリスさんからメッセージが届いたぞ」
「え、イリス先生は何て」
「黙ってこいつを見てくれ」
そう言って、俺はアスナに手招きし、アスナをシノンの隣まで連れて来させて、メッセージウインドウを覗かせた。そして、アスナの目は点になった。
「じょ、常人の三倍の食費がかかる……?」
「あぁ。だから出来る限りは食べ放題レストランで食べさせた方が……」
言おうとした次の瞬間に、シノンの元にまたメッセージが届いたらしく、表示されている文章が変化した。差出人は相変わらず、イリスだった。
[ただし、その子もただ食べるだけではなく、ちゃんと味わって、学習しながら食べているから、食べてる料理が非常に美味しいと言えるものであったならば、そんなに量を食べずに満足するかもしれない。ましてや料理スキルカンストのアスナの腕前だ、きっとアスナの料理ならば、常人の三倍食べなくても、ユピテルは満足するだろう]
「あ、そうなんだ」
《あ、そうなのか》
4人で思わず呟く。ユピテルが沢山食べている理由は、個々の料理が群を抜いて美味いものではないからという意味らしい。
アスナの料理は最高にうまいから、あまり量を食べなくても満足できる代物だ。ユピテルも、俺達とその辺りは同じなのだろう。
《喜べアスナ。お前ならば三倍食べさせなくても大丈夫だ》
「う、うん。でも何だか変なの。食べる料理の質によって、食べる量が減ったり増えたりするなんて」
あまりに自然にしているせいで、つい忘れてしまいそうになるが、ユピテルはユイと同じ、というよりもユイよりも高度な仕組みとAIを積んだMHHPと言われる、プレイヤーを癒す力を持つプログラムだ。イリスとアスナの言う、「食べる料理の質によって、食べる量が減ったり増えたりする」というのも彼が純粋なプログラムゆえの特徴なのだろう。随分変だと思うけれど。
「あ、あのアスナさん」
「え?」
シリカの声に反応して、4人で視線を向ける。シリカとピナは、横にいるユピテルに指を指していて、その顔には驚きのあまり何も考えられなくなっているような、複雑な笑みが浮かんでいる。何故あのような顔をしているのか――その理由はユピテルに顔を向けた時点でわかった。
いつの間にか、ユピテルの食べている料理は、三枚目に突入していたのだ。近くには既に食べ終わった皿が二枚重ねられている。
「ちょっと、ユピテル!?」
焦るアスナの横で、俺は自分の前にある料理に目を向ける。メニューは現実世界のファミレスにあるような、ビーフハンバーグステーキだが、味は美味しいではなく、普通と思えるものだった。そう、アスナとシノンが同じものを作れば、きっと2人が作った方が美味しいと思えるくらいの。多分ユピテルが食いまくってる理由は、この店のビーフステーキハンバーグが普通な味のするものであるせいだろう。
普通の味だから食べまくるなんてやはり、おかしい。
「ユピテル、あんまり食べすぎるんじゃないわよ。あなたのかあさんが困ってるわ」
シノンが言った直後、シノンの元に表示されているメッセージがまた変わった。イリスからメッセージが届いたのだ。
[まぁ食費をあまり出したくないのであれば、ユピテルに出来る限り美味しいものを食べさせるといい。まぁ料理スキルカンストのアスナなら余裕だろう。一方、街中のレストランじゃどうにもならないかもしれないから、ユピテルにレストランの料理を食べさせるのは間違いと言っても過言ではない]
確かにユピテルの特徴は、学習しながら食べているだから、普通な味という不味くもなければ美味くもないという中途半端なものを認識、学習するのに時間と量が必要なのかもしれない。
一方、アスナの料理はどれも飛び抜けて美味しいし、レストランの料理なんかとは比べ物にならないくらい上品なものだから、学習するのに時間も量も必要ないのだろう。やはり今後、ユピテルにはアスナの料理を食べさせるべきだろう。――経済的にも。
そんな事を考えながらイリスのメッセージを読んでいると、ユピテルの食事がようやく終わったという声が聞こえてきて、口元を拭いているユピテルが見えた。あれだけ食べて、ようやくこの店のビーフステーキハンバーグの味を学習し、満足したようだ。
その満足そうな笑みを見ると、アスナは微笑んでユピテルのところへ戻ってその隣に再度座った。するとユピテルは、母親が戻ってきた事に喜んだのか、アスナに笑顔で向き直り、それに答えるように、アスナはユピテルの頭を撫でた。
その様子を伺いながら、リズベットが口を開いた。
「さて、どうすんのよアスナ」
「どうするって? 食費ならどうって事ないわ」
「食費じゃないわよ。その子よ、ユピテル」
「あぁユピテル。ユピテルはさっきも言った通り、私が保護するわ」
「それもわかってる。問題は、あんたが攻略に出てる間、どうするのって事」
「あ」
アスナは知ってのとおり血盟騎士団の副団長を務めていて、攻略組の中でも最重要と言えるくらいのプレイヤーだ。しかもアスナはその指揮能力から、血盟騎士団の重役達より絶大な信頼を得ていて、攻略には欠かせない存在で――普段から血盟騎士団本部に居て、家にはほとんど帰って来ない。
それは一緒に暮らしているユウキも同じで、アスナと同様、色んなプレイヤーから高い信頼を得てしまっているから、攻略から抜ける事など出来やしない。もし抜けてしまったら戦力が大幅に低下してしまうに違いない。
アスナはユピテルを保護して育てるなんて言ったが、アスナとユウキがいない間、ユピテルをどうするべきか。俺やシノン、ユイの場合は、ユイがユピテルよりもしっかりしていて、一人で留守番が出来るからどうって事ないのだが、ユピテルはユイよりも、身体も精神も幼い。あんなに小さなユピテルに、アスナのいない寂しさなどを我慢できるかどうか……。
いやそもそも、ユピテルはユイよりも学習意識、知識欲の高い存在であるから、一人にさせてしまったら、その高い好奇心と知識欲のあまり、勝手にフィールドに出てしまって、モンスターに攻撃されてしまうかもしれない。
そうなったら悲しむのはアスナだし、制作者であるイリスにも申し訳が立たない。
考えていると、アスナが俺の肩に乗っているリランに、不安そうな顔を向けた。
「ど、どうしようリラン。わたし、今は休暇中だけど、いずれは攻略に戻らなきゃいけないよ。その間、ユピテルの事はどうしよう」
リランは興味深そうに周りを見ているユピテルを見つつ、《声》を送った。
《あの騎士団長に提案してみてはどうだ。子供を養子としてもらってしまったから、しばらくの間退団したいと言って》
「ヒースクリフ団長に? 受け入れてくれるかしら……」
《わからぬ。だがなアスナ。我は前に言った覚えがあるぞ》
「なにを?」
《時にはぶつからなければ伝わらない事もあると。まぁそうは言っていないかもしれないが、これと似た事は前に言った事があるぞ》
「ぶつかる……団長と?」
《そうだ。まぁ剣を交えろとは言わないが、ヒースクリフも、お前が物申してくる事を拒みはしないはずだ。言うだけ言ってみろ》
時にはぶつかってみないと伝わらない事もある。俺もリランに数回にわたって言われた覚えがある。
あのヒースクリフの事だ、そう簡単に意見を呑み込んではくれないだろうし、アスナは知っての通り重要なプレイヤーだから、一時退団なんてもってのほかだって言われるだろう。でも、ユピテルはこうしてアスナに懐いてしまったし、アスナもユウキ以外の、一緒に居てくれる人を見つけたようなものだ。それに……。
「確かに攻略も大事よ。でもアスナ、大袈裟かもしれないけれど……ユピテルはあんたの家族になろうとしてる。ううん、きっともう、家族だって認識してるわ。攻略するのも大事だけど、それと同じくらいに家族との時間っていうのも、大事なのよ」
考えを進めて、俺が最終的に言おうと思ってたような事を、シノンがアスナに言った。シノンはある事件のせいで、家族や大切な人との時間をほとんど過ごす事が出来ずに生きてきた。そのせいもあってか、その言葉は非常に重く鋭く感じられ、ユピテルを除いた全員が、少し驚いたような顔をしてシノンを見つめていた。皆の注目を集めつつ、シノンは続ける。
「だからアスナ、もしユピテルとの時間を作りたい、ユピテルと一緒に居たいと思ってるなら、攻略を放棄してでも、その時間を作って大切にするべきだわ。それこそ、ヒースクリフとぶつかる事になっても」
シノンの言葉が終わると、ユウキがアスナの肩に手を添えた。
「ボクも同じ意見だよアスナ。アスナはせっかくユピテルっていう子を保護する事にしたんだから、ユピテルとの時間も作るべきだよ。ヒースクリフが駄目って言ってきたら、ぶつからなきゃ。リランの言う通り、というかボクも、ぶつからなきゃ駄目な時ってあるって知ってるから」
ユウキの顔もまた、シノン同様に凛としたものだった。まるで、ユウキ自身もそういう場面にぶつかって来て、乗り越えて来たかのような、そんな感じだ。
「これからヒースクリフのところへ行くなら、俺も付いていくよ、アスナ」
「キリト君も?」
「あぁ。俺もユイやシノンと過ごしてきて、大切な人と過ごす時間っていうのがすごく大事だって、嫌というほどわかってる。アスナ1人で駄目なら、経験者の俺が物申して、ヒースクリフに伝える。あの人だってわかってくれるはずだよ」
続けて、シノンがアスナに伝える。
「私も付いていくわ、アスナ。私もユイと過ごしてきたおかげで、こういう時間の大切さを嫌というほど知ってるし、そのありがたみもわかる。私達が言って説得すれば、きっとヒースクリフだって理解するわ。それでだめなら、力づくで説得するだけよ」
「力づく……シノのんが力づくになったら大変な事になりそうね。でも、ユイちゃんを育ててる二人が付いてきてくれるなら、心強いかもしれない。一緒に、団長のところに行ってくれる?」
《という事は……》
アスナはユピテルの頭を撫でつつ、答えた。
「えぇ。私、ユピテルとの時間が欲しい。だから、ヒースクリフ団長のところに行くわ」
どうやら、アスナは決心してくれたようだ。その証拠というべきか、その目には暖かくて強い光が浮かんでいる。リランと過ごすようになってから、俺はその人がどんな事を考えているか、わかるようになった気がする。
「よし、そうと決まったら血盟騎士団本部に赴こう。そこで、ヒースクリフと話し合うんだ」
アスナは頷いて立ち上がり、シノンもまた続いて立ち上がる。2人とも、ヒースクリフとぶつかる気満々のようだ。勿論、俺もそうだし、肩に乗っているリランもそうだろう。決心を固めた俺達が立ち上がった直後、リーファが俺に声をかけてきた。
「おにいちゃん、あたし達はどうすればいいかな。ユピテルくんはアスナさんに付いていくのかな」
「恐らくそうだろう。というか、実際に連れて行った方が、ヒースクリフも納得すると思うんだ。ユピテルの事も連れていこう」
俺はリーファ達に向き直った。
「リーファ、ユウキ、シリカ、リズ、ユイはイリスさんのところに行って、ユピテルの事について聞いてきてほしいんだ。イリスさんはユピテルがどういう存在だったかをよく知っている。今後ユピテルと過ごしていくなら、イリスさんの持つ情報は必要なものだ」
リズが椅子から立ち上がって、ユピテルの方へ顔を向ける。
「確かに記憶喪失でも、わからない事はいっぱいあるもんね」
シリカが頷く。
「確かに、元アーガスのスタッフのイリス先生なら、記憶喪失の前のユピテル君の事とか知ってるかもしれません」
ユウキが頷いて立ち上がる。
「もしかしたら、ユピテル君の記憶を取り戻す方法も、知ってるかもしれないしね。わかった、聞き込みに行って来るよ」
ユイが少し困ったような顔をする。
「ですがパパ、私達、イリスさんがどこにいるのか、わかりません」
あぁそうだ。俺はイリスさんとメッセージおよびアドレス交換をしたから、現在地特定が出来るけれど、みんなはそうはいかないんだった。
気付いた俺は即座にウインドウを開き、メッセージウインドウを開いて宛先をイリスに洗濯、詳細情報を操作して、イリスの現在位置を確認する。イリスの反応は、この街にある大きな喫茶店から来ていた。
「イリスさんなら、この街の大きな喫茶店にいる。あの人の事だから、紅茶でも飲んでいる事だろう」
「喫茶店だね、わかったよ! おにいちゃんこそ、アスナさんのために血盟騎士団の団長をしっかり説得してきてよ」
「任せておけ」
そう言うと、リズが先導して、聞き込み組は宿屋の外へと出て行った。
それに続く形で、俺、シノン、リラン、アスナ、ユピテルの説得組は宿屋の外へ出て、ショッピングモールのような街の中を抜けて転移門を使い、血盟騎士団本部のある第55層へと赴いた。
次回、騎士団長と衝突。