キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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凄く短め。

あと、ある意味ホラー注意回。


07:DISQUALIFIED

□□□

 

 

「はぁ……」

 

 桐ヶ谷(きりがや)(みどり)はパソコンの前で深々と溜息を吐いた。何度目のものなのかは既にわからない。

 

 頭の中が濃霧に包まれた峠のようになって、思考が上手く回らない。それがずっと続いていた。おかげでパソコン情報誌の記事の作成も進んでいない。こんなふうになったのは、こんなふうになったのは、他界した姉夫婦から息子となる赤子の和人(かずと)を引き取り、妹となる直葉(すぐは)を身籠って以来久しい。

 

 そうなっても仕方がないという自覚はあった。数日前に、その和人が通り魔に襲われて病院に運び込まれた。パニック気味の直葉と共に病院へ駆け付け、容態を確認した時、和人の身体は無数の管を接続される事で辛うじて生命を維持している状態だった。その時に見えた生気のない青白い顔は今でも脳裏に焼き付いている。

 

 そこで事件の詳細を警察から聞いた。通り魔は刃物ではなく特殊な注射器で薬物を打ち込んだといらしく、その結果、和人はほとんど外傷なく心肺停止状態に陥ったのだという。

 

 それだけではない。和人には朝田(あさだ)詩乃(しの)という恋人がいるのだが、詩乃までもが同時に通り魔に襲われて、その身体に薬物を入れられた。彼女の方が身体が若干小さかったためか薬物の回りが早く、和人よりも深刻な状態になっているのだという話も聞かされた。

 

 目立つような行為は一切せず、静かに互いを想い合うその二人が並んで心肺停止でベッドに寝かされているなど、悪夢以外の何物でもなかった。

 

 その後、更なる悪夢が翠を襲った。二人は普通の病院では治療しきれないという事が明らかになり、特別な施設へと移送された。翠は直葉と共に移送先を聞き出そうとしたが、病院関係者も警察も口を閉ざして教えようとしなかった。

 

 和人、詩乃ちゃん、どこへ行ったの。ちゃんと生きてるのよね。ねえ――そんな言葉のやり場を失ったまま、翠は失意の直葉と共に帰宅した。しかし翌日、直葉が突然「おにいちゃんを見つけた。あたし、行ってくる」と言い、具体的な場所も教えずどこかへ行ってしまった。未だに帰ってこないどころか、何度連絡しても一向に繋がらないでいる。

 

 ならば和人の相棒であるリランはどうだとも思ったが、彼女に連絡しても音信不通だった。和人と詩乃の義理の娘――翠にとっては孫――のユイには連絡は通じたものの、ユイもパパとママ、姉がどこへ消えたのかわからず混乱していた。翠が掴めるものは何一つなくなっていた。

 

 息子とその恋人、そして娘の三名が一度に行方不明という、普通の親ならば狂乱しているであろう状況下に置かれた翠は――出勤する事を選んだ。会社の情報誌の締め切りもそうだが、何より自分以外に誰も居ない家に居たら、不安で本当におかしくなってしまいそうだったからだ。

 

 いつもの出勤ルートで会社に辿り着き、同僚や後輩や上司にいつも通りの挨拶をして席に着き、パソコンを起動した。アプリケーションを開くと、原稿は少しだけ前進していた。周囲に確認したところ、和人と詩乃が襲われた話を聞いて翠が急遽退勤した後、同僚達が作り込んでくれたらしい。

 

 同僚達は翠を心配していた。「息子さんは大丈夫ですか」という問いかけに、翠は精一杯取り(つくろ)った顔で「ひとまずは大丈夫でした」と嘘を吐き、「締め切り前に終わらせましょう」と言って作業に取り掛かった。

 

 それは自分に言い聞かせるための言葉でもあった。だが効果はなかった。いつもの画面を表示させ、ブラウザで会社独自の情報収集サイトを閲覧しても、何一つ頭に入ってこない。無数のケーブルに接続されて生命を維持している和人と詩乃の青白い顔が常に脳裏に浮かんでいて、気を抜けば涙が出てきそうだった。

 

 和人、詩乃ちゃん、直葉。あなた達は本当に無事でいてくれているの。今どこでどうなっているの。お願いだから教えて頂戴(ちょうだい)――胸の内から突き上げてくるそんな言葉を抑え込み、溜息に変えて吐き出す。その都度、頭が少しずつ重くなる気がした。頭の回転はますます悪くなるが、和人と詩乃の青白い顔だけは存在を主張し続ける。

 

「桐ヶ谷さん、大丈夫ですか」

 

 いつの間にか後輩が近くに来ていた。こちらを心配しているような表情が浮かんでいる。翠は先程のように返答した。

 

「大丈夫ですよ」

 

「さっきからずっと溜息ばかりじゃないですか。もしかして息子さん、深刻な状態なんじゃ……?」

 

 まさにその通りだ。だが、その事を言ってしまえば、自分は上司から退勤命令を下されるだろう。あの空っぽの家に帰ってしまったら、いよいよおかしくなる。何としてでも子供達とは何ら関係のない場所に居続けたかった。翠は首を横に振る。

 

「大丈夫ですよ。あの子はあぁ見えて頑丈な子なんです。《SAO》事件さえも乗り越えて帰ってきましたからね」

 

「ですが……」

 

「心配してくれてありがとうございます。さぁ、締め切り前に仕事を終わらせて、打ち上げを――」

 

 少しでも楽しくなる想像をしつつ、パソコンへ向き直った。

 

 その時だった。突然奇妙な音が耳に飛び込んできた。不快感を煽るその電子音は、皮肉にも翠の頭の霧を払ってくれた。

 

「えっ」

 

 音の発生源は目の前にあるパソコンだった。アプリケーションやブラウザを表示しているその画面の下部から、何かがせり上がって来た。黒い背景に赤い文字という比較的小さくも禍々しいウインドウの羅列だった。

 

 「なにこれ」と翠が口にした頃には、画面が埋め尽くされていた。スピーカーからは耳障りなビープ音。唖然としながら、翠は目に悪い黒背景赤文字に占領された画面を見つめた。

 

 

【STATUS:DISQUALIFIED.RECONSTRUCTION INITIATED.】

 

 

 たったそれだけの英文の大群が、画面を埋め尽くすモノの正体だった。一つずつ単語を解読していこうとしたところ、ビープ音が強さを増した。目の前のパソコンの音量が上がったのではない。周囲からも同じ音が聞こえてきたのだ。

 

「な、なに!?」

 

「なんだこれ!?」

 

 同僚達がパニックになりかけながらそう言っていた。席から立ち上がった翠は後輩と共に現場へ向かった。そこには同機種――職場で統一されているので当然――のパソコンがあり、同じ症状を起こしていた。キーボードでタスクマネージャーを呼び出そうとしても、応答は一切なかった。

 

 ビープ音に負けじとキーボードを乱雑に叩いても全く効果がない。マウスを動かしても無反応。パソコンはけたたましいビープ音を鳴らし、禍々しい黒背景赤文字の画面を表示させるだけだった。

 

 あまりの事態に霧が一時的に晴れた頭で思考を巡らせる。症状はコンピュータウイルスの感染のようだが、自分のパソコンだけでなく同僚のそれにまで症状が出ている。

 

 室内がビープ音に満たされていて、同僚、上司、後輩まで同じように焦燥しているところから察するに、この室内の全てのパソコンで同じ症状が出ているのは間違いないだろう。

 

 この場のパソコンは例外なく会社共有のサーバーに接続されている。サーバーにウイルスが入り込み、繋がっている全てのパソコンに感染した――という事だろうか。だが対処策はある。こういうものはネットワークから侵入し遠隔操作で事態を起こす。

 

 その元を断てばよいのだ。

 

「パソコンからLANケーブルを引き抜いて!」

 

 ビープ音に負けない声で伝えながら、翠は席に戻った。すぐさまLANケーブルを引き抜き、オフライン状態にする。後輩と同僚も各々のパソコンへ戻ってケーブルを引き抜き、数人が上司の元へ向かって同様の処置を施した。

 

 まだビープ音は鳴り止まない。画面も禍々しい黒背景赤文字で埋め尽くされたそれのままだった。

 

 一度感染すると電源を落とすまでこうなり続けるパターンか。本当は最悪の行為だが、やむを得ない――そう思った翠は電源ボタンを長押しした。

 

 そこで驚かされた。十数秒経っても電源が落ちない。電源ボタンすら言う事を聞かなくなっている。

 

「なんなのよ……!!」

 

 いよいよ苛立ちを感じながら、翠はパソコンとコンセントを繋ぐケーブルを引き抜いた。パソコンはようやく沈黙した。上司、同僚、後輩達も同じ結論に辿り着いたらしく、一斉にパソコンのコンセントを抜いた。全てのパソコンがようやく沈黙した。

 

 様々なデータが飛んだだろうが、致し方ない。溜息交じりにそう思っていると、耳の奥でビープ音が鳴り続けている事に気付いた。あんな不快音を大音量で聞いていたのだから残響があっても仕方がない。だが、一向に消えない。

 

 そこで翠ははっとした。これは残響ではない。まだ鳴っている。発生源は――ズボンのポケットだった。

 

「まさか」

 

 翠はそこに手を入れて中身を取り出した。買い替えたばかりのスマートフォンが表示する画面を見て絶句する。今しがた職場のパソコンが表示していたものと同じになっていた。極めつけにスピーカーから同じビープ音が鳴っている。

 

「これも!?」

 

 驚きの声を上げた翠はタッチやスワイプといった基本操作を試みたが、何も変わらない。全てのボタンを押しても無反応。完全にパソコンと同じ症状だった。

 

 会社には社員用のWi-Fi端末もあり、そこにスマートフォンを接続する事もできる。しかし翠はやっておらず、通信は会社外のそれから拾っているはずだった。なのに、パソコンと同じ症状が出ている。

 

 いよいよどういう事なのか、わからなくなってきた。

 

「なんで……!?」

 

「えっ、スマホも!?」

 

 周りの仲間達も各々のスマートフォンを見て驚いている。上司から後輩までパニックになりかけているような有様で、ビープ音に紛れて聞こえてくるやり取りは要領を得ていない。落ち着いてと言ったところで無意味なのは目に見えていたし、何より翠自身が落ち着く事ができなかった。

 

 だが、その中でも一つ思い付いた事があった。スマートフォンとパソコンが駄目ならば、テレビはどうだろうか。テレビならば会社の通信端末とは何ら関係ないため、このウイルスの影響は受けていないはずだ。

 

 何より、会社のWi-Fiに繋がっていないスマートフォンまでもがウイルス感染しているというのが現状だ。パソコンとスマートフォンを同時に感染させるウイルスの大規模拡散を、テレビが速報で報じているはずだ。

 

 翠は部署を出て、社員食堂に向かった。遅れて食事を摂っていた他部署の社員達が、スマートフォンとテレビを交互に見てパニックになっていた。そのテレビに視線を向けた翠は目を限界まで見開く。きっと速報を出してくれているだろうと思っていたテレビまでもが、パソコンと同じ有様になっていた。スピーカーの性能の高さが災いして、ビープ音が一段とけたたましく鳴り響いている。

 

 パソコンがあぁなった。会社に繋がっていないスマートフォンも、テレビも同じ。明らかにこの会社だけで起きている事象ではない。翠は咄嗟(とっさ)に窓へ向かい、開け放った。

 

 いつものビル群が見えたが、翠は耳を澄ませつつ歩道の方を見た。道行く人々はオーグマーやスマートフォンを凝視したまま立ち止まっている。自分のものと同じ状態になっているのだろう。

 

 背後のテレビだけでなく、外のあちこちからもビープ音が聞こえてくる。最早(もはや)ビル街全体がビープ音で満たされつつある――そんな想像が止まらなくなり、翠は冷や汗が伝うのを感じていた。

 

 十数秒後、どすんという音が聞こえた。車が何かに衝突したような音だ。追突事故だろう。その要因は容易に想像できた。

 

 翠は窓から社内へ、テレビへと視線を向け直した。そこには黒背景の赤文字の英文の群れ。日本語に直すと、こう書かれていた。

 

 

【状態:不適格。再構築開始。】

 

 

 何の状態が不適格で、再構築とは何なのか。

 

 翠は――人類は、知る術の全てを奪い尽くされていた。

 

 

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