キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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※本作に登場する日本、韓国、中国、アメリカなどの国家情勢、事件、政治的背景は全てフィクションです。実在の人物、団体、国、民族とは一切関係ありません。
 また、特定の国家や国民を誹謗中傷したり、特定の政治的思想を助長したりする意図は一切ございません。あくまで創作の中の出来事としてお読みください。


08:虹ノ塔

□□□

 

 背後にシノンとユイとルコを載せてリランに(またが)り、キリトは地を駆けていた。

 

 本来ならば空を飛んだ方が早いのだが、そうすると仲間達が大幅に引き離されてしまう。何が起きても不思議ではなくなったアンダーワールドで、仲間達と離れるのは何としてでも避けたかった。

 

 現実世界(リアルワールド)プレイヤー達が集めた《進想力(しんそうりょく)》に当てられて《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》化する、皇獣(おうじゅう)が襲って来る、神罰のような常軌(じょうき)(いっ)した現象が起こる――どんなに考えを巡らせてもポジティブなものは出てこず、最悪の事態ばかりが次々と想像され、それが現実になる気がしてならない。

 

 仲間達と歩幅を合わせて行軍するのは、彼らの気配と声を感じる事で最悪の事態が現実にはならないと、自分に言い聞かせるためだった。

 

 そもそも空だって安全ではない。赤紫から澄んだ青に変わったその空を飛んで、皇獣の大群は押し寄せてきた。人界のそれよりも美しい青は、きっと皇獣達が「空は我らの領域だ」と教える色だ。

 

 そこに不用意に入り込もうものならば、今やずっと後方に見える《EGO化身態》の群れと同じ末路を辿るだろう。あんなモノに襲われたならば今度こそ終わりだ。

 

 それはアンダーワールド人の全員も思っているようで、整合騎士団から暗黒騎士団、暗黒術師ギルド、拳闘士ギルドまで、なるべく目立たないよう息を潜めて行軍していた。

 

 キリトは進行をリランに任せ、振り向いた。先の大戦でいち早く駆けつけてくれた仲間達は誰一人欠ける事なく揃っており、そこにサクヤ、アリシャ・ルー、スメラギといったプレイヤー達も加わっている。

 

 整合騎士は全員揃っているが、補給支援員としてダークテリトリーへ招集されたティーゼやロニエ、ソルティリーナ達の姿は見えない。恐らくクィネラと共にオブシディア城に残り、傷付けられた住民達の治療とケアに当たってくれているのだろう。

 

 ダークテリトリー――暗黒界側に目を向けると、シャスターをリーダーとした暗黒騎士達はリピア、ドロシー、ダハーカといった者達が百名程度、そこにそれぞれディー・アイ・エルとイスカーンを筆頭とする暗黒術師ギルド、拳闘士ギルドの構成員が数十名加わっている。

 

 暗黒騎士の中にはゴブリン族やオーク族、ジャイアント族、オーガ族の姿も見受けられ、オーク族の近くではその族長リルピリンが彼らに連れ添うように、(ある)いは守ろうとしているかのように歩いていた。

 

 その他の亜人族やギルドの者達の姿は見当たらなかった。整合騎士達に守られながら進むカーディナル(いわ)く、多くの部族が住民達の避難誘導に当たり、その後オブシディア城の防衛に当たってくれていたという。赤鎧達と戦って撃退する事を選んだ者達がこの場に居る。そういう事だ。

 

 頼れる仲間達と歩幅をなるべく合わせて、進み続ける。ワールドエンド・オールター、《果ての祭壇》の付近は元々重力がまともに働いていない浮島地帯となっていた。そのため、暗黒神ベクタ/サトライザーも翼のある黒龍に乗ってそこを目指し、自分達もリランの翼を頼ってそこへ向かった。

 

 しかし今のワールドエンド・オールター付近の様相は一変していた。あの白亜の巨塔の出現に合わせて重力が正常に働くようになったようで、地に足をつけて向かえるようになっていた。

 

 アスナ曰く、創世神ステイシアの力を使えば地割れや地殻変動なども起こせるが、フラクトライトへの負荷が非常に高いため連発できず、超大規模な地形操作もまたできないそうだ。

 

 だが、あの《塔》はステイシアの力をも上回る地形操作で《果ての祭壇》付近の形を完全に変えてしまった。あの《塔は》アンダーワールドをいくらでも操作できる場所――そうとしか思えなかった。

 

 そして、そんなものを手にする者と言えば一人しか思い付かない。

 

「ねぇキリト、聞こえる?」

 

 声に呼ばれてキリトはそちらに振り向く。これまで様々なところに付いて来て、共に戦ってくれた仲間である飛竜冬追(フユオイ)の背に、ユージオに(つか)まりながら跨っているアリスの姿が見えた。大軍団で移動しているために足音、鎧の音、話し声といった様々な音が常に鳴っているが、その声が聞こえないほどではない。

 

「聞こえるよ、アリス。どうした」

 

「さっきクラインが言っていたハンニバルっていうのは、いったい何なの」

 

 アリスの問いかけにキリトは一瞬はっとした。ユージオも疑問そうな顔を向けてきていた。そうだ、アリス達にはハンニバルの事を話していなかった。ここまで攻め込んでくるとは思ってもみなかったからだ。

 

 ハンニバル。出会い――というよりも始まり――は《SAO》の時だ。リランとユピテルとクィネラの父親と言える茅場(かやば)晶彦(あきひこ)が作り出したデスゲームのシステムを掌握後、現実世界から隔絶された閉鎖空間であるそこを実験場にし、プレイヤー達に様々な人体実験を行っていた。

 

 しかもそれは日本社会のグレートリセットとも言える《()り逃げ男事件》の首謀者《壊り逃げ男》を生み出した元凶でもあり、《SAO》の全プレイヤーの脅威となっていた殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の首領(ヘッド)であるPoH(プー)の親玉でもあるなど、《SAO》内で起きた厄災の全ての根源とも言っていいほどに巨大でもあった。

 

 《SAO》の時こそ名前を聞くだけだったが、《ALO》、《SA:O(オリジン)》、《GGO》では本格的に自分達へ接触してくるようになった。その時は決まってシステムコントロール権限を当然のように奪い、神のように振る舞って試練を課すかのごとく残酷な事件をいくつも起こしてきた。

 

 それらの試練は乗り越えなければ命が奪われるか社会、技術が崩壊するかのどちらかであったため、どんなに理不尽でも乗り越えるしかなかった。

 

 今考えると、それ故に彼の者は自分達を気に入り、次々と現れて凶行を仕掛け、あるいは狂人を仕向けてくるようになったのかもしれない。自分達がどんな思いをしているかも知らずに。

 

 ……いや、それはない。ハンニバルの教え子と予想されるPoHは、ハンニバルから教えられたであろう人心掌握術によってプレイヤー達を仲間に引き入れ、殺人ギルドの一員にさせた。そしてハンニバルの技術によって《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》となって現世に(よみがえ)った《笑う棺桶》の幹部ジョニー・ブラック、ザザはハンニバルを良き親のように慕っていた。

 

 ハンニバルが最も得意とするのは人心掌握だ。何をすれば誰がどう思うか、何を言えば人の心を動かせるかを熟知している。悪趣味と悪辣(あくらつ)を極めた事件を起こし、それを試練として課してくるのは、自分達がどれくらい苦しむかを知っていて、それが本当にそうなるかを見たいがためだ。どこまでも陰湿で悪辣でありながら、その正体は一向に割れない最悪の厄災。

 

 思い出しながら、キリトはハンニバルの事をアリス、ユージオ、整合騎士達を中心とするアンダーワールドの仲間達に話した。当然というべきか、皆最初から最後まで驚き、狼狽(うろた)えていた。

 

「な、何なのそいつは。キリト達を苦しめてきたどころか、国一つの有り様を変えてしまうほどの力まで持ってるなんて」

 

「アドミニストレータや大教皇と良い勝負をしておるな……いや、現実世界の脅威となっておるのであれば、あいつら以上の存在と言える」

 

 ユージオが何度見たかわからない驚きの顔で言い、カーディナルが険しい顔で続けた。アドミニストレータや大教皇も、それぞれ人界と暗黒界の実権を掌握し意のままに操っていた存在だが、あくまでアンダーワールドという枠組みの中の一角を支配していたに過ぎない。

 

 ハンニバルは現実世界を容易に混乱させられるのだから、その凶悪さは前者二名を遥かに上回っていると言えるだろう。そしてハンニバルは、ついにこの世界に目を付けた。一番の忠臣であるPoHが戦争時に襲撃してきたのが何よりの証拠だ。

 

 彼の者の支配下にサトライザーまで入っているかは定かではない。しかしPoHとサトライザーは同時にログインしてきたはずだから、十中八九何らかの繋がりがあるだろう。

 

「そんな奴が、あの《塔》を出現させて皇獣の群れを差し向けたというのですか」

 

 ドロシーの問いに答えようとしたが、クラインが先に答えた。いつものフランクな野武士のような彼からは想像も付かない険しい表情が顔に浮かんでいた。

 

「それだけじゃねえ。あの赤い鎧の連中を招き入れて、何も悪くないアンダーワールドの人々を殺させたのもハンニバルだ。あいつはとんでもねぇ極悪人なんだよ」

 

「……冷静に考えたら、アメリカ人プレイヤーだけじゃなく、わざわざ韓国人と中国人プレイヤーを選んで招き入れて日本人にぶつけるっていうのも、あいつらしいやり方だな」

 

 クライン同様の顔で伝えられたエギルの言葉に、キリトは動作を(ともな)う事なく(うなづ)いた。

 

 ハンニバルを根幹とする《壊り逃げ男》事件によって、日本の在り方は劇的に変わった。本来ならば不正を暴く者達を手懐ける事によって自身らの安全を確保し、不正し放題だった連中を対象に仕掛けられた歴史上類を見ない規模のサイバーテロリズム。

 

 それはほとんど機能不全に陥っていた政治を正常化させるものだったが、同時に日本国民に誤った怒りと他国への憎悪を植え付ける事にもなった。韓国と中国でもこの事件をきっかけに日本への激しい憎悪を抱く者が溢れ、三か国の国交はほとんど(にら)み合いの状態になってしまった。

 

 国際情勢はてんで知らなかったので現実世界に戻って調べないと詳細はわからないが、先ほどの激しい憎悪のぶつけ合いという地獄から、そう予測できた。

 

 そうしてハンニバルは、この三か国人の中で特に憎悪に呑み込まれている者達をアンダーワールドに結集、激突させ――《EGO化身態》に変えて醜く争わせた。そこに皇獣達を向かわせて処理させたのだ。

 

 《EGO化身態》となった者達が何をどう思い感じていたかは知る術もないが、憎悪以外の何もかもを失い、気付いた時には絶命していた――そんな状態だろう。

 

 何故韓国人、中国人プレイヤーと日本人プレイヤーをぶつけさせ、《EGO化身態》にさせ、そして皇獣達に処理させたのか。

 

 彼の者の目的はいつも通り全くわからないが、邪悪であるという事だけは嫌というほどわかる。その邪悪そのものが今、禍々しい意思を加速させて更なる大厄災をこの世界へもたらそうとしている――それだけは把握できた。

 

「そのような邪悪が、あの《塔》に居るというのは本当か」

 

 ダハーカの問いかけに、キリトは即答できなかった。アンダーワールドに降り立ったハンニバルがあの《塔》で世界を操作しているのか、それともPoHなどの忠臣達にその権限を与えたうえで再ログインさせて操作させているのかはわからない。

 

 中で何が待ち構えているのかもわからないため、突入自体が危険行為であるが、しかし何もしないでいればハンニバルの思惑通りになるだろう。少なくともあの《塔》を放っておくわけにはいかないのだ。

 

「わからない。それを確かめに行く――」

 

「――! 皆、後ろを見て!!」

 

 キリトが答えようとしたその時、(さえぎ)る声があった。現実世界陣営の後方付近にいるユナだった。歌姫であるが故によく通る声はその場にいる全ての者の耳に届いたらしく、キリトを含めた全員でそちらへ振り向いた。

 

 後方の青く澄み渡った空に白い無数の影が浮かんでいる。

 

 その姿を認めたキリトは一気に背筋を凍らせた。皇獣だ。《塔》から現れてゴミ掃除でもするかの如く《EGO化身態》達を狩っていた皇獣の群れが、こちらへ飛翔してきていた。それまで彼らが居た地上を見ると、そこには何もなくなっていた。数万から十数万体にも及んでいたはずの《EGO化身態》の軍勢が、綺麗に消失していた。

 

 いや、厳密に言うとそれらは黄金の光――《生命の光》へと分解され、皇獣達と共にこちらへ向かってきていたのだった。無敵の軍勢の接近に、《塔》へ向かう対ハンニバル軍は混乱へ包み込まれた。

 

「おいおい、あの化け物ども、こっちに来てるじゃねえか! 俺達と()り合いたくなったってか!? いいさ、やってやるよ!」

 

「落ち着いて、イスカーン。あぁいうのは冷静に対処しないと駄目」

 

 周りの拳闘士達がざわめく中、イスカーンが戦意を剥き出しにすると、隣のシェータが《EGO》を構えた。しかし冷静なのはシェータくらいで、他の整合騎士達は焦燥を隠せないでいた。

 

「待て待て! あれだけの《EGO化身態》をこの短時間で全て(ほふ)ったとでもいうのか!?」

 

「そのようなものに、我らは敵うのか……!?」

 

 その高い実力が故に普段は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)なエルドリエとデュソルバートまでもが慌てている。自分達が相手にするのは不可能だと断定して放置する事にした《EGO化身態》の群れを最適な動きと攻撃で殲滅した皇獣の群れが襲って来れば何が起こるか。たちまちのうちにあの黄金の光の一部となって《塔》へ吸い込まれて終わるだろう。

 

 それでも何もしないわけにはいかない。一部の者達が迎撃態勢を取ったところ、皇獣軍団は――上空を飛んで行った。

 

 「え?」や「は?」と呆然としているキリト達など初めから眼中にないかのように、皇獣達は上空を素通りしていった。純白の翼を羽ばたかせ、こちらに背を向けて《塔》へと向かっていく。与えられた任務を終えて帰還する様のようだった。

 

「な、なんだってのよ。あたし達を食べに来たんじゃなかったわけ……!?」

 

「で、でも助かったねぇ……あんなのに襲われたら一溜りもなかったよ……」

 

 リズベットとレインが(こぼ)すように言うと、「なんだったんだ」「あいつらはなんなんだ」などの声が周りから上がり始める。やがて暗黒騎士の二人が、重く構えているシャスターに声を掛けた。どちらも暗黒界人ではなく、ゴブリン族とジャイアント族だった。

 

「シャスター様、本当にあの《塔》へ向かうというのですか」

 

「あの《塔》はきっとオブシディアを包囲していた怪物の群れを一掃した化け物の巣ですよ。そんなところに行くなんて、正気の沙汰じゃありません」

 

 二人の《アメンク》は(おび)えているようだった。本能から来る恐怖心によるものだ。その怯えは周りの者達に伝播し――勇ましかった行軍を止めるに至った。シャスターは困惑した顔で、怯える者達を見回している。どうすればいいのかわからないでいるのだ。

 

 《アメンク》の二人の言う通りだ。あの《塔》から皇獣達は現れ、圧倒的な力で《EGO化身態》の群れを一方的に蹂躙し、短時間で殲滅して帰っていった。《塔》が皇獣達の本拠地である事は間違いない。そこに踏み入るという事は、皇獣達の群れの中に入り込む事と同じ。完全に自滅行為だ。

 

 キリトは《塔》に向かう理由を思い出す。この一連の惨劇はハンニバルによるもの。そして《塔》にハンニバルが居る。そう思って向かっていたものの、ハンニバルが全ての要因であるというのはあくまで推測でしかなく、確証を得られているわけではない。もし、あの《塔》にハンニバルが居なかったならば――。

 

 

《おやおやおや……足踏みをしている場合かな、諸君》

 

 

 突然聞こえてきた《声》にキリトはかっと目を見開いた。《使い魔》形態のリランやユピテルが送ってくるそれと同じ、耳に届いてくるものではなく、頭の中に直接響いてくる《声》だった。しかしその声色はリランの初老女性のそれでもなければ、ユピテルの愛らしさの混ざる少年のそれでもない。

 

 初老という部分はリランと共通しているが、それにしては若さを感じさせる男のハスキーボイス。それが今しがたの《声》だった。

 

「今の《声》……!」

 

 すぐ後ろにいるシノンとユイ、ルコも酷く驚いていた。彼女達だけではなく、周りの仲間達の全員が同じような様子だった。今の《声》はこの場に居る全員へ届けられたものであったようだ。この現象を知らない者達は戸惑いを加速させ、知る者はその発生源を探している。

 

「この《声》……貴様、まさか!?」

 

 セブンをすぐ隣で守っていたスメラギが大声を上げたところ、《声》は答えてきた。

 

《おやおや? 随分と懐かしい者達も居るね。私の事を憶えているかな?》

 

 何も知らない者からすれば美声だろうが、真実を知る者からすると禍々しさしか感じない《声》は、からかうように言っていた。ここもまた全然変わっていない。だからこそ確信を持てた。

 

「ハンニバル!!」

 

 キリトの怒声にアンダーワールドの仲間達が「え!?」と声を上げた。一方で《SAO》を生き抜いた仲間達は強い怒りと敵意を(たかぶ)らせた。

 

「……やっぱりこの世界に来ていたのね」

 

「あんたくらいしか居ないもんね。あんな酷い事をする奴なんて」

 

 アスナとリーファが青い空に向かって険しい表情で言うと、応答があった。

 

《ふむふむ、変わっていないようだね諸君。それがわかっただけでも嬉しいよ》

 

 何も知らなければ壮大な研究に打ち込む科学者だと誤認するような喋り方と、崩れる事のない余裕の態度。間違いなくハンニバルだった。《声》がどこからどう送られているのかは気になったが、キリトはそれ以上考えないようにした。ハンニバルに場を支配する隙を与えないためだ。

 

《さて諸君、どうだったかな、今のショーは》

 

「ショー……だと?」

 

 キリトの零した言葉にハンニバルは声色一つ変えずに伝えてくる。

 

《血に飢えた獣のような者達が無辜(むこ)の民を殺戮し、正義感を持つ者達がそれらを迎え撃つ事で始まった戦争。そこに特定国へ激しい憎悪を抱く者達が乱入すると、正義のために戦っていた戦士達は憎悪と怒りに溺れ、互いに醜悪(しゅうあく)な怪物になって延々と滅ぼし合う。すると神々しい純白の獣達が天から舞い降り、人知を超えた力で裁きを下す。醜い怪物達は地上から消え去り、戦争は終結し、世界は守られた。まさに神話のワンシーンだ》

 

 キリトは歯を食い縛った。やはりアメリカ人プレイヤーに帝都オブシディアを襲わせたのも、そこに日本人プレイヤー達を呼び込んで衝突させたのも、更に憎悪を募らせた韓国人、中国人プレイヤーを招き入れて日本人プレイヤーと戦わせたのも、そして最後に皇獣達でそれらを処理したのも、全てハンニバルの策略によるものだった。

 

《特に、地上を我が物顔で蹂躙していた醜悪な怪物達が空から舞い降りる無垢な獣達によって駆除されるなんて、最高のカタルシスだっただろう? 見ていて気持ちよかったんじゃないかな。私は気持ちよかったよ。現実世界で絶対に安全な場所に居ると信じ込んで傲慢を極めていた奴らが掃除されていく様の再現みたいだったから》

 

 激しい怒りが込み上げてきた直後に、キリトは急に冷静さを取り戻した。ハンニバルの《声》にある違和感のためだった。

 

 ハンニバルの《声》が何か違う。声色こそは初老男性のハスキーボイスであり、喋り方もまたいつも通りのようだが、随所が異なっているような気がする。アンダーワールドという本物の異世界に来て、そのシステム権限の全てを握った事による全能感だとか優越感で気持ちが弾んでいるとでもいうのだろうか。

 

 そこまで考えたところで、怒りが強さを増してきた。ハンニバルはアンダーワールドを玩具にしようとしている。ここで生きる人々が本物の生命であるものの本質的にはAIである事を良い事に、《SAO》時代を超える人体実験ができると踏んで興奮しているのだ。

 

「……相変わらずの悪趣味さだ。何が狙いなんだ、ハンニバル」

 

 それまで黙っていたイリスが口を開いて空へ問いかけると、頭の中に直接返答が来た。

 

《……キリト。諸君のために特別な舞台を用意したよ。私達の始まりの地であるアインクラッドだ。随分細く小さくなってしまっているけれども、懐かしいだろう?》

 

「……だから来い、っていうのか」

 

《あぁ、私はここで諸君を待っている。ただし、ゆっくりしている時間はないと思った方がいいよ。諸君が来ないならば、次に皇獣達がどこへ飛び立ち、どこを襲うかは私でもわからないからね。諸君にとってこのアンダーワールドはかけがえのないモノ……そうだろう?》

 

 つまり自分達があの《塔》に向かわなければ、アンダーワールドに大きく(おぞ)ましい厄災が降りかかる。ハンニバルは世界そのものを人質に取り、そう脅している。人や物ではなく世界そのものを人質にするなどというスケールは、実にハンニバルらしい。

 

《それにキリト、そろそろ君も私との決着を付けたいだろう。私は逃げも隠れもしない。ここで君を待っている。かつてアインクラッドを攻略したように、ここまで来るんだ》

 

 やはり随所に違和感のある言葉を告げて、ハンニバルの《声》は止まった。キリトは真っ直ぐ《塔》を見つめる。地面から伸びる巨大な(つた)(つる)に巻き付かれる事で支えられた白亜の巨塔。ところどころに虹色の光のラインが走るその形は、外周を削られて細長くなったアインクラッドだ。

 

 わざわざその形を選んで、そこで待っているという事は――ハンニバルは本当に決着を付け、自分達を手に入れるつもりでいるのだろう。だがそれは同時に、ハンニバルにとどめを刺し因縁を完全に断ち切る最後のチャンスでもあるはずだ。

 

「キリト」

 

 聞こえてきた声に振り向く。シノンだった。最終決戦へと臨む戦士の顔をして、キリトを見つめていた。

 

 周囲の仲間達も全員同じ顔をしている。誰も(おび)えていない。自分達を苦しめてきた元凶であるハンニバルを討つという大いなる目的のために、決戦の地へ(おもむ)こうとしている。そしてそれはキリトも同じだった。

 

 あの《塔》の中で何が待ち構えていようとも全てを踏み越え、ハンニバルを討つ。

 

 それ以外の選択肢は、ない。

 

「――皆、行こう!」

 

 キリトの号令は高らかに響き渡り、ハンニバル討伐軍は《塔》へと突撃を開始した。

 

 










――くだらない事――

オリキャライメージCV

ハンニバル:貴水博之さん
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