キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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10:ガブリエル ―求める者との戦い―

□□□

 

「ユウキ、ぼくから離れないで! 絶対だよ!」

 

 その言葉に従い、ユウキは決して兄の傍から離れようとしなかった。もし今この戦場で兄から離れようものなら、目の前の化け物に呑み込まれる。そんな気がしてならなかった。

 

 かつて暗黒神ベクタとしてこの世界に降り立ち、暗黒界の人々を洗脳してあらゆるものを滅茶苦茶に引っ掻き回したサトライザーは、自分と兄の手によって撃滅された。

 

 しかしそのサトライザーは彼をも超える巨悪ハンニバルの手によって再臨してきた。本名をガブリエル・ミラーという彼の者は、最初こそ《GGO》で遭遇した時とほとんど同じ恰好――色は反転しているが――という、この世界から浮いた姿をしていた。

 

 今の彼の者は、リランを超えるほどの体型で、肩や背中から三対の巨大な翼脚(よくきゃく)を生やした十本脚の黒い邪龍となっている。その名は闇界神(あんかいしん)ヤビコマガツキと、あいつらが言っていた。

 

 見た目こそ西洋のドラゴンの一般像をひどく恐ろしくしたようなものだが、名前は日本神話の神を彷彿(ほうふつ)とさせるモノ。ちぐはぐもいいところな存在となったガブリエルは、《ダークドラゴン》らしい絶大な威力の火炎と闇でこちらを破壊しにかかってきていた。

 

 翼脚が振り下ろされればそこを中心に闇の大爆発が起こり、口から放たれる火炎弾ブレスは着弾時に火炎竜巻を伴う爆発を引き起こす。そうでなくても、翼脚や巨躯から繰り出される打撃は床を(ひしゃ)げさせ、多くの戦士達を一網打尽にしてしまう。

 

 戦闘開始時にヤビコマガツキの放った火炎弾ブレスで四十人の戦士達が速攻でやられた。その後も犠牲者の数は増える一方だった。

 

 今日ここでサトライザー/ガブリエル・ミラーとの決着を付ける。こいつとの因縁を断ってやるんだ――そう意気込んでいたユウキだったが、しかしガブリエルの手に入れた力は予想の遥か上を行っていた。

 

 絶対的な力を振るえてご満悦であろうヤビコマガツキは咆吼し、上半身を(もた)げた。肩から生える翼脚を大きく振り上げている。次は振り下ろしからの叩き付けだろう。

 

 ユウキの予測は当たった。群がる連合軍の戦士達に向け、ヤビコマガツキは全身の体重を乗せた叩き付けを繰り出してきた。

 

「させるかぁ!!」

 

 だが、そこで直撃を受けてしまう戦士達ではなかった。サクヤさん、アリシャさんと共にやってきた《ALO》、《SA:O(オリジン)》プレイヤーの中で大盾を持つ者達が突撃し、ヤビコマガツキの前で防御態勢を取ったのだ。

 

 作り出された簡易的な壁にヤビコマガツキの叩き付けが直撃。どごぉんという轟音と共に強い衝撃が地面を駆け抜けたが、タンクを買って出た三十人前後の戦士達は受け止めていた。

 

 そこにすかさずアタッカー達が駆け付け、ヤビコマガツキの横っ腹に斬撃や打撃を叩き込む。武器ごとのソードスキルも使われ、虹色の爆発がヤビコマガツキを襲った。ヤビコマガツキが(うめ)くような声を出す。《ステイシアの窓》を呼び出さないと《天命》は見えないため、どれくらい削れたかは定かではないが、相当効いたはずだ。

 

 ここに剣神グラディアの自分の攻撃も加われば、更なるダメージを見込める――そう思ってユウキも飛び込もうとしたが、ヤビコマガツキが次の行動を起こし、立ち止まる。

 

《なるほど、よくできた連携だ。《ALO》のレイド戦ならば通じた戦法だな》

 

 遥か上空からこちらを見ているかのような口ぶりのガブリエルの声が発せられると、ヤビコマガツキはもう一度軽く上半身を擡げた。次の瞬間、ヤビコマガツキの肩から生える翼脚が振り上げられ、背中側の翼脚の(てのひら)に闇のエネルギーが(たぎ)る。

 

「! タンクの人達、逃げて――」

 

 いち早く気付いたアリシャさんが叫んだが、ヤビコマガツキは上半身を倒しながら闇の(たぎ)る背中側の翼脚で前方を左右から挟み込むように叩き付けた。ヤビコマガツキの左右の翼脚の掌がぶつかると、中心で破裂するような闇の爆発が生じた。

 

 闇のエネルギーを元とする青黒い爆炎が止んだその時、タンクを買って出ていた三十人の戦士達の姿は消え、代わりに黄金の光の粒子が漂っていた。

 

《これでまた三十人ほど……もう百人以上撃破されてしまっておりますわね》

 

 今度はヤビコマガツキから女の子の声がした。知識がなければ可愛らしいと感じるその声は、ガブリエルと融合した《使い魔》の声だった。

 

 ヤビコマガツキはガブリエルと《使い魔》が同一化した存在であると、顕現してきた時点でわかってはいた。ガブリエルは人間――と言っても規格外の――で、《使い魔》はAI。その両者が同一化しているとなると……ひょっとするとヤビコマガツキは人間の判断力とAIの最適性を同時に持ち合わせている怪物という事にならないだろうか。

 

 いや、そうでなければ、これまでいくつもの修羅場を潜り抜けてきた戦士達がヤビコマガツキに容易くやられていく現状に説明が付かない。

 

 何という事だろう。あれほどの巨躯と破壊力を誇っているモンスターを人間が操作しているという事自体前代未聞だというのに、そこにAIのサポートまで付いている。ガブリエルと《使い魔》が自分も含めた一騎当千の猛者が百人以上参加している連合軍を相手取るという圧倒的に不利な状況に置かれているのに余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)なのは、自身が完全に無敵の存在と化している事を知っているからだろう。

 

 今のガブリエルはまさに全てを手に入れた神になったような気持ちでいるに違いない。

 

 実際に自分がガブリエルと同じ立場になったのであれば、向かって来る敵を軽い気持ちで薙ぎ払い、人間の身では使えないような必殺技をばんばん打ちまくり、快感と高揚感のままに大笑いしながら大暴れしてしまうだろう。

 

 そして兄――カイムに「いつまでも調子に乗ってるんじゃないよ!」ときつい一撃(おしおき)を叩き込まれる事で鎮静化させられるのだろうが、ガブリエルにはそんなストッパーはない。先程から口走っているアリシアという人を見つける《旅》を終わらせるまで、彼の者は邪魔者を狩り続けるのだろう。

 

 いよいよ終着点へ向かいつつあるその《旅》の邪魔者になっているからこそ、ガブリエルはあの姿を手に入れて自分達を狩るべく戦っている。《旅》を終わらせられるまで、ガブリエルは決して(たお)れない。その執念がヤビコマガツキの姿を作っているのだと考えると、納得がいった。

 

「このぉ!」

 

「化け物めえッ!」

 

 遠方を陣取っている暗黒術師ギルドの構成員達と、《GGO》プレイヤー達がそれぞれ暗黒術とランチャーを放った。無数の暗黒弾、火炎弾、水弾、氷弾、雷弾で織り成される弾幕といくつかの擲弾が近距離、中距離を立ち位置としている同志達の上空を飛翔してヤビコマガツキへと吸い込まれるように直撃する。様々な属性弾が連続して破裂し混ざり合う事で虹色の爆発が再び巻き起こり、ヤビコマガツキを呑み込んだ。

 

《ほほぅ、やってくれる》

 

 色とりどりの爆炎が晴れた時、ヤビコマガツキからガブリエルの声がした。ヤビコマガツキの身体に傷ができてきている。そこから漏れ出しているのは真っ赤な血ではなく、どす黒い闇だった。

 

 目にしたユウキは(つば)を呑み込む。ヤビコマガツキは闇界神の名の通り、闇を操る存在なのだろうが、その身体を構築しているものまで闇のエネルギーだとでもいうのだろうか。

 

 《闇界神ヤビコマガツキ》。自分の使っている剣神グラディアやカイムの使っている月神ツクユミと同じスーパーアカウントなのだろうが、性質が根本から異なっているとしか思えない。何なのだろう、あのアカウントは。

 

《ならば、こういうのはどうだ?》

 

 またガブリエルの声がした直後、ヤビコマガツキが肩からの翼脚を床に付けた。するとそこを中心にして炎がゆらゆらと生じていく。先程から、ヤビコマガツキは口から火炎を、翼脚から闇のエネルギーを放出していた。だから口からしか炎を吐けないと思っていたが、まさか口だけではなく、翼腕からも炎を出せるというのか。

 

 またしても予測が当たった。ヤビコマガツキが翼脚を振り上げると、圧縮されていた火炎が解き放たれた。それはまるで打ち出されたボールのように床を跳ね回り、遠方に居る暗黒術師やランチャー使い達を襲うだけでなく、周辺の戦士達まで巻き込んだ。火炎弾が跳ねてくると予想できた者など居るはずがない。彼らの被弾は避けようのないものだっただろう。

 

「こいつ、いったいいくつ手札を持ってるんだよ……」

 

 (そば)でいつでも守りに入れる立ち位置の大太刀を構えたカイムが、愚痴るように独り言ちた。その意見にユウキも同意する。ヤビコマガツキは手品を披露するように次々と新しい攻撃を繰り出してくる。いつ攻め込んで、いつ防御や回避をすればいいのか、全く掴めない。

 

 ガブリエルは元からそういう奴だったが、そこに拍車がかかっている。実に最悪の敵だ。

 

「《闇界神ヤビコマガツキ》……まさか、ここまでのものになるとはね……なんてものを手に入れたんだか」

 

 そこで呟いたのがイリス先生だった。リランに(またが)っているキリト、その近くに居るシノンといった仲間達が一斉にそちらに向き直る。

 

 そうだ、イリス先生はこの場で唯一のラースのスタッフだ。彼女ならばヤビコマガツキについて知っているかもしれない。

 

 同じ事を思ったのだろう、アスナが駆け寄って尋ねた。

 

「イリス先生、ガブリエルの使っているアカウントは何なんですか。あれもスーパーアカウントなんですか!?」

 

 イリス先生は(うなづ)いた。

 

「あぁ。立ち位置的には彼が元々使っていた暗黒神ベクタの上位存在に当たるものだよ。創世神ステイシア、太陽神ソルス、地神テラリア、火神イグニア、風神アエリア、水神アクアリア、暗黒神ベクタといったスーパーアカウントでも太刀打ちできないようなトラブルに対応できるようにと増設したものだ。

 アンダーワールドって開発と運営やってる私達でさえ予想できないような事が平然と起こっちゃうような世界だからね、念には念をと思って作ってたんだ。ちなみにカイム君が使っている月神ツクユミ、セブンが使ってる歌神ミヤスズヒメとかも、アレと一緒に作ったモノだったりするよ」

 

 そこまで聞いたところで、ユウキは皆と共に驚きの声を上げた。闇界神ヤビコマガツキが暗黒神ベクタの上位存在? 確かにアンダーワールドではラースの予想を超える出来事が何度も起きていたと、キリトとシノンから聞かされた。

 

 ラースがそれを把握できていなかったわけがない。いずれスーパーアカウントではどうにもならない問題が起きると判断したからこそ、闇界神ヤビコマガツキのような存在が実装されたのだろう。

 

 イリス先生は困ったような顔をした。

 

「けれど、ヤビコマガツキがベクタと同じように敵方の手に渡ってしまうっていうのは完全に想定外だった」

 

「ヤビコマガツキも、《鍵》は《EGO(イージーオー)》ですよね?」

 

 シノンの問いかけにイリス先生は再度頷いた。

 

「その通り。でも、まさか暗黒神ベクタの《鍵》となったガブリエル・ミラーの《EGO》がそのまま闇界神ヤビコマガツキの《鍵》になるなんて思ってもみなかった。そもそも一つの《鍵》が二種類のアカウントに対応するなんておかしな話だ。……あいつの《使い魔》辺りに(いじく)られたのかな、その辺」

 

 イリス先生は()に落ちない様子だった。その間にもヤビコマガツキは破壊神のような力を振るって連合軍をどんどん薙ぎ払っていく。死亡する者は減ったが、一撃で重傷を負わされて動けなくなる者が大半だった。神聖術師達が駆け付けて治癒術で治療に当たるが、一度に出る被害が大きいために間に合っていない。

 

「この野郎!!」

 

「いづまでもふざけでんじゃねぞ、ばけもん!!」

 

 アタッカー達を翼脚で薙ぎ払って気をよくしているヤビコマガツキに拳闘士ギルドのチャンピオンのイスカーンと、オーク族の族長リルピリンが飛び掛かった。ヤビコマガツキはまず口内から火炎弾を放ち、続けて纏わりついてくる虫を払うかのように翼脚を振るった。

 

 火炎弾はイスカーンへ飛んで行ったが、彼は(かす)るほどまで引き付けてから大ジャンプして回避。リルピリンは垂直に立てた剣で翼脚を受け止めた。さっきは三十人のタンクが集まってようやく受け止められた一撃を、リルピリンはたった一人で受け止めていた。

 

《ぐ……う?》

 

 ガブリエルが奇妙な声を漏らすと、空中に舞い上がったイスカーンがその顔面に接敵していた。その拳が激しい炎のような光に包み込まれる。

 

「どぅらあああああッ!!」

 

 イスカーンは咆吼と共に連撃を放った。ヤビコマガツキの顔を(えぐ)るような鋭いパンチを目にも留まらない速度で何度も打ち込み、続けて数回の回し蹴りもお見舞いしてまたパンチの連打に戻る。

 

「だぁッ!!」

 

 下から突き上げる力強いアッパーカットを炸裂させたところで、彼はようやく空中から床へと降りた。滞空時間は計っていないのでわからないが、とにかく攻撃の間は落ちてくる気配がなかった。まるで翅がある時の《ALO》プレイヤーのようだったものだから、当人達は呆気に取られた顔でイスカーンを見ていた。

 

 彼は事前に神聖術を使っている様子もなかったが――まさか打撃の衝撃だけで滞空していたのか。だとすれば何という技術だろう。ガブリエルに支配されていた時のように敵方に回っていなくて本当によかった。

 

「なめんじゃねえ!」

 

 そこにリルピリンの絶叫が(とどろ)いた。百人を超える犠牲者を出してきたヤビコマガツキの翼脚をたった一人で防ぎきった彼は、剣に光を宿らせて連撃を放った。袈裟斬りからの斬り上げ、振り下ろしからの鋭い突き、最後に回転斬りを叩き込む。少々太い体つきの彼からは想像もできない、流れるような剣撃だった。

 

 彼の使っているのは比較的大柄な片手剣であるため、一瞬片手剣ソードスキルではないかとも思った。だが、自分が熟知しているそれの中に、今しがた彼の放った連撃に該当するスキルは存在しなかった。この世界特有のオリジナルソードスキルなのだろうか。

 

 いずれにしてもイスカーンの放った連撃に引けを取らない剣撃は、全てヤビコマガツキの翼脚に叩き込まれた。これまで何人もの戦士を(ほふ)ってきたその爪が、内部の肉が切り裂かれ、青黒い闇の血と千切られた羽毛が舞った。

 

《ぐ、ぉお》

 

 そこでようやくヤビコマガツキが呻き声を上げて怯むような動作を取った。さっきまでどんな攻撃を浴びても大して反応せず、オーバーキルも(はなは)だしいほどの反撃を繰り出してきていたというのに、それさえも放ってこない。

 

「効いた!?」

 

「それだけじゃないよ。何だか勢い自体が落ちてきている感じがするね」

 

 蒸気式長銃を構えるアーサーさんと、ヤビコマガツキとは対照的な白い羽毛に包まれた巨大な八咫烏の《使い魔》神武(ジンム)の背に乗るイツキさんが言う。イツキさんの言った通り、ヤビコマガツキはイスカーンとリルピリンの攻撃を受けて怯んだうえ、反撃にも転じずに呻いている。

 

 それに、ついさっきは数十人のタンクが固まってようやく防げていた翼脚の叩き付けが、今はリルピリン単独で防げていた。明らかに威力が下がっている。

 

「どういう事? あの人はスーパーアカウントを使いこなせているんじゃないの」

 

 自分同様にスーパーアカウントである唱神ミヤメノヒメの所有者ユナが言うと、イリス先生が答えた。

 

「うん。彼はこれ以上ないくらいヤビコマガツキの潜在能力を引き出して戦えている。非常に上手に使いこなせているって言えるよ」

 

「では、何故あのようになっているんです」

 

 雷剣将カズチイクサを使っているエイジの問いかけに、イリス先生は答えた。

 

 その間にヤビコマガツキは姿勢を取り戻して攻撃を再開したが、アタッカー達は蹴散らせても、キリトを乗せたリラン、ユージオを乗せた冬追(フユオイ)、ミトを乗せたエミーリアの対応にはついていけていなかった。リランと冬追とエミーリアの放つ火炎と冷気と闇の属性弾を浴びれば体勢を崩し、その間に後続してきた連合軍戦士達の猛攻を叩き込まれる。

 

「多分君達はセーフティゾーンを無意識で理解して、そこを超えないようにスーパーアカウントの力を使っているね」

 

「?」

 

 ユウキは首を(かし)げた。カイムもアスナも、リーファ達も同じような反応をしている。セーフティゾーンって何の事?

 

「スーパーアカウントは確かに強大な力を使えるよ。地形を思いのままに変えたり、天命無限回復、気象や水や火炎を自由自在に操ったり、全ての物体のオブジェクトクラスを無視して切断したり、超大規模爆発を起こしたりとか、そんな神様みたいな力を振るえるアカウントだ。

 けれど、そういった力を使えば、その分だけ使用者のフラクトライトに出力に応じた負荷がのしかかってくる。例えば強い頭痛や倦怠感といった不調となってね」

 

「そうだったんですか? ボク達、この前の戦争でも力を沢山使いましたけど、そんなふうには……」

 

 ユウキの告げた事実に、イリス先生はうんうんと言った。

 

「そこだよ。君達はそれぞれのスーパーアカウントの強大な力を、フラクトライトに負荷がかからない範囲――つまりセーフティゾーン内で使えていたのさ。無意識でこれができているっていうんだから、君達って本当にすごいね」

 

 イリス先生は改めてヤビコマガツキを見た。ユウキもそちらを見たが、思わず「あっ」と声が出た。ヤビコマガツキは翼脚でバランスを取りながら器用に後ろ脚だけで立ち上がり、戦士達の群がる床に向かって火炎を放射した。

 

 それは急な攻撃であったらしく、拳闘士ギルドの構成員達、ドロシーやダハーカの同僚の暗黒騎士達がその火炎に飲み込まれて――焼き尽くされてしまった。これでまた二十人以上が犠牲になったが、しかしヤビコマガツキは隙だらけの緩慢な動作で四足歩行に戻った。

 

「そんな君達のスーパーアカウントを超える力を持つのが、あの闇界神ヤビコマガツキ。闇そのものをエネルギーとして自由自在に操り、あんな姿で顕現(けんげん)する事もできる、非常に強力なアカウントだ。本来は火炎を操る力は備わっていないけれど、《使い魔》の黒龍が同化する事で得ているようだ」

 

 イリス先生がそこまで言ったところで、ヤビコマガツキが二本足で立ち上がって咆吼した。なんだか戦闘開始時と比べておかしな声色になっている気がする。

 

 その予感は的中した。ヤビコマガツキはまた姿勢を崩して、頭を掻きむしるような仕草をした。

 

《ぐ、グ、ぐぉぉぉおお……ぐぉおおおオオオおおおおオオオオオッッ》

 

 異形となりつつあるガブリエルの呻きからの絶叫に合わせ、空間を震わすほどの咆吼が放たれる。直後、その姿に更なる異変が起きた。それまで禍々しさと同時に神々しささえも感じさせる、一対の長く太い角を冠するドラゴンの輪郭をしていたヤビコマガツキの頭頂部付近から、黒く()じれた角が飛び出してきた。

 

 それは一本だけに留まらずどんどん増えていく。収まった頃には、ヤビコマガツキの頭部は出鱈目(でたらめ)な黒い角だらけになってしまった。

 

 異変は翼脚にも及び、羽毛の生えていない部分から同じような角が青黒い煙を噴き出させながら何本も飛び出してきた。そのうち羽毛よりも角の面積の方が多くなり、すっかりアンバランスな形になってしまった。翼脚には十分な羽毛があったので飛べるのだろうとは考えていたが、今はもう飛べそうにない――ユウキはそう直感した。

 

《マスター……? マ……スター……どう……な……さっ…………?》

 

 異形化したヤビコマガツキから《使い魔》の声が聞こえた。ノイズが混ざっていて細部まで聞き取れなかったが、酷く混乱しているという事はわかった。そのうち彼女の声は全く聞こえなくなった。ヤビコマガツキが絶えず声を漏らしているせいだった。

 

「何、何が起きているの!?」

 

「様子がおかしいぞ!」

 

 リピアさんとシャスターさんが焦りながら言うと、ヤビコマガツキはもう一度咆吼した。異形の邪龍そのものとなった彼の者を中心に凄まじい熱気が部屋全体に広がり、肌を焼かれるような感覚に襲われた。

 

「なんだか、暗黒術師が身の(たけ)に合わない暗黒術を使おうとして自滅する時みたいね。扱おうとした力に呑み込まれてるような……だっさいわ」

 

 すごく肌の露出の多い服のディー・アイ・エルが吐き捨てるように(つぶや)くと、イリス先生が続けた。

 

「ヤビコマガツキは君達の使うスーパーアカウント以上に強力な代物だが、その分力を使った際のフラクトライトへの負荷も甚大だ。ガブリエルは《使い魔》と融合してフォローとアシストを受けているようだけれど、それでもフラクトライトへの負荷からは逃げられない。そんな代物を使っているうえに本来使えない炎の力まで使っているから、尚更負荷は酷くなっているだろう。使い続けるうちに心身がおかしくなって、力が正常に使えなくなっても不思議じゃあない」

 

 ユウキはヤビコマガツキへ再び視線を向ける。特徴的だった頭部と翼脚が歪な角に覆われてしまったヤビコマガツキは、二本足で立ち上がって火炎ブレスを連射した。冷静なガブリエルの知性の面影はそこになく、邪魔者を排除する事しか考えられなくなっているかのような、暴力的で単純な様相だった。

 

「ぐあああああああッッ」

 

「うわああああああッッ」

 

 だが、そんなヤビコマガツキからの攻撃は更に威力を増していた。禍々しい口から放たれた火炎弾は着弾と同時に火炎竜巻を伴う爆発を起こし、巻き込まれた戦士達は容赦なく消し炭にされていった。最早何十人やられたのかを数える余裕もない。あの火炎弾ブレスがいつ飛んでくるかわからないからだ。

 

《アリシア……どこだいアリシア、どこにいるんだいアリシアぁぁぁぁあッッ》

 

 ガブリエルが異形となった声で叫んでいた。イリス先生の言う通りだ。フラクトライトへの過剰な負荷によって彼は正気を失っている。だが、どんなに心や精神が壊れようとも、《アリシア》という人への執念だけは残り続けているというのは戦慄(せんりつ)を覚えるほかない。

 

 戦闘に入る直前に、彼がアリシアという人を愛しているという話を本人から聞かされた。あの姿はガブリエルがアリシアへ抱く愛情の形とでも言うのだろうか。それともヤビコマガツキの力がガブリエルの愛をあんなふうに変えてしまったのか。どちらにしても、まともではない。

 

「ユウキ」

 

 かけられた声でユウキは我に返った。そこに居たのはカイムだった。自分のすぐ目の前――ガブリエルと自分との間――で、相変わらず両手で身の丈に合わない大太刀を持って構えている。

 

「いい加減、()()()()()()

 

 ユウキははっとさせられる。勝とうでも、止めを刺そうでもなく、終わらせよう。

 

 ここまで続いてきた自分達とガブリエルの因縁を、そしてガブリエルが愛するアリシアを追い求め、自身の手では終わらせられなくなった旅を、終わらせよう。

 

 カイムの言葉の真意を()み取ったユウキは、利己心の昇華した姿である剣《ソロウ・トライアンフ》を握り直して一歩進んだ。

 

 そこはカイムの隣だった。目の前では、ヤビコマガツキ――正気を無くしたガブリエルが暴れ回っている。

 

「そうだね。終わらせよう、にいちゃん」

 

 ユウキは最愛の兄と呼吸を合わせ、ヤビコマガツキへ向かった。折しもヤビコマガツキは禍々しい口を開きながら、四足歩行でこちらへ突進してきていた。

 

 

 

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