キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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推奨BGM『魔神の血を継ぐ者』


11:旅ノ終ワリ ―求める者との決戦―

□□□

 

 アリー。

 

 どこだい、アリー。

 

 どこにいるんだい、アリー。

 

 ガブリエルは最早(もはや)どこにあるのかもわからなくなった胸中で、そればかり繰り返していた。全身は既に異様で強烈な力に呑み込まれて、ありとあらゆる感覚が消失していた。

 

 敵対者達から攻撃が飛んでくる。全身の至るところを斬られ、突かれ、撃たれ、爆発を浴びせられても、痛みは何もない。

 

 そうであっては困る。自分はまだ《旅》の最中に居るのだ。最愛のアリシアを見つけるための《旅》。その終着点に辿り着き、アリシアとの再会が叶うかもしれないと思ったからこそ、自分はここに居る――そんな思考は、ガブリエルの中からとうに消えていた。

 

 だからこそなのか、《旅》の当初の目的と愛する人への想いだけが純粋な形となって、ガブリエルの中で震え続けていた。

 

 どこだい、アリー。ここに居るんだろう、アリー。

 

 ガブリエルが異形化した胸の中で思うと、それは燃え盛る火炎となって口から(ほとばし)った。力を与えてくれたジブリルは、ついさっきまで「マスター、どうなさったのですか」「マスター、しっかりしてください」「そんな、こんな事、マスターなら、こんなはずじゃ」と言っていた気がするが――今はめっきり声も聞こえなくなり、どこへ行ったかもわからなくなっていた。

 

 だが、そんな事はガブリエルにとっては気に留める必要もない事だった。

 

 僕はここに居るよ。

 

 だから、返事をしてくれ、アリー。

 

 自分の居場所が愛する人に届くよう、ガブリエルは炎を放った。自分の中から炎が(ほとばし)る度に、ここまで大きく育てた己の魂が(ひび)割れていくような感覚があったが、それさえもどうでもよかった。

 

 

 

□□□

 

 ユウキは兄/カイムと息を合わせて、月神ツクユミと剣神グラディアという二人の神の力をヤビコマガツキにぶつけ続けた。

 

 剣神グラディアの力は、ありとあらゆる全ての物体をオブジェクトランクを無視して切断できるという《無制限切断》。

 

 一方で月神ツクユミの力は、物体の影に潜り込む事でほとんど瞬時に移動できるという――特定の条件下では無双の強さを発揮しそうだけれども、はっきり言って地味な――ものだった。

 

 そして現状もよくなかった。戦場である部屋は正体不明の均一な明かりに照らされており、影らしい影が生じなくなっている。大きな影があるとすればそこはヤビコマガツキの腹の下くらいだが、そこまで影潜りで瞬間移動する事はできても、戻ろうとする間にヤビコマガツキからの追撃を確実に受けてしまう。

 

 そのためカイムは特殊能力を使用せず、月神ツクユミの純粋な戦闘力だけでヤビコマガツキと勝負している状態だった。月神ツクユミは急ごしらえで作られたのかな――ユウキはそんなふうに思っていた。

 

 そんな神々の力を持ってしても戦況は拮抗していた。ヤビコマガツキへのダメージ蓄積には成功しているが、ヤビコマガツキからの広範囲爆発を引き起こす火炎弾ブレスを筆頭とした攻撃の数々によって暗黒術師ギルド、拳闘士ギルド、暗黒騎士団、現実世界プレイヤー達にも甚大な被害が出ている。

 

 特にヤビコマガツキの頭部や翼脚が角だらけになってから、攻撃は出方から威力まで出鱈目になった。それが対応を著しく困難化させた。四足歩行形態で突進や薙ぎ払いをしてきたかと思えば二本足で立ち上がって火炎弾ブレスを連射し、更に真下への火炎放射で足元に群がった連合軍を焼き尽くす。

 

 嵐のように矢継ぎ早に繰り出される攻撃によって、また五十人ほどやられてしまった。(およ)そ千人いた連合軍は、既に八百人を切るまで減らされている。サクヤさんやアリシャさんといったリーダー格のプレイヤー達がまだやられずに済んでいるのが不幸中の幸いだった。

 

 ヤビコマガツキを徐々に追い詰めてはいるが、相応の犠牲を払う事でそれが成されているようなものだ。この先に何が待ち構えているかもわからないというのに、ここで連合軍の大半がやられてしまったなら、次の戦いで敗北が確定する。

 

 この《塔》の最奥で待ち構えるハンニバルを倒さなければならないというのに、そんな事になってはならない。これ以上の被害を出させないようにしなければ――ユウキがそんな事を考えている間にも、ヤビコマガツキは禍々しい咆吼を吐き出しながら連合軍の戦士達へ突進していった。

 

「どぉりゃああああああッ!!」

 

 だが、何回も同じ攻撃を喰らい続ける戦士達ではなかった。突っ込んでくるヤビコマガツキの前方に大盾を持ったプレイヤー達――ガブリエルがまだ正気だった頃から生存している壁役(タンク)達が立ち塞がり、ヤビコマガツキの頭部を受け止めた。どごぉんという轟音が鳴り響き、衝撃が既にボロボロになっている床を伝って身体へ流れ込んでくる。

 

 ヤビコマガツキはそこで止まらず、ガードを突き破るように突進を続けた。受け止めた戦士達は押し込まれて後退していく。このまま突進し続け、壁役達を壁に押し付けて潰すつもりだ。

 

「らああああああああッ!!」

 

「はああああああああッ!!」

 

 その時、一際大きな声が轟いた。拳闘士ギルドの(たくま)しい戦士達が壁役達に加勢したのだ。想像を絶するほど過酷なトレーニングで鍛えたのであろう太い腕と手でヤビコマガツキの顔を押さえ付け、踏み留まる。ようやくヤビコマガツキの動きが止まった。顎を抑え込まれてブレスも吐き出せなくなっている

 

「今だ、突っ込め!!」

 

 リランに(またが)るキリトがよく通る声で号令すると、一斉攻撃が始まった。ユウキもカイムと共に加わり、動きを止めたヤビコマガツキへ突撃する。アスナやリーファといったスーパーアカウント持ちの最強の戦士達が最初にソードスキルをヤビコマガツキの側部に炸裂させ、すかさずスイッチ。続いてアリスやメディナ、ドロシー達精鋭が更に各々のソードスキルを叩き込む。

 

 クライン、ディアベル、エギルといった猛者たちも加わって思いっきりソードスキルをヤビコマガツキに打ち込み、ユウキとカイムは彼らとのスイッチでヤビコマガツキに接敵した。禍々しい角だらけになっている翼脚を避けて、横っ腹を目の前にする。

 

 闇のような黒い鱗で構成された甲殻が破壊されて、内側の肉が見えていた。しかしそれは肉らしい赤色ではなく、闇色をしており、流れ出ているのもまた血ではなく青黒い闇だった。先に突撃した攻撃役(アタッカー)達の放ったソードスキルによって破壊されたらしい。

 

 ここにならば確実にダメージが入るはずだ。連続攻撃を叩き込めば一番いいのだろうが、そこまでの余裕をヤビコマガツキが与えてくれるとは思えないのも事実だった。

 

 瞬時に技を選択し、発動体勢を取った。

 

「やあああああああああッ!!」

 

 散々聞かされてきたヤビコマガツキのそれに負けないつもりで咆吼し、ユウキは黄金の光を纏った《ソロウ・トライアンフ》で――渾身の突きを放った。刀身は吸い込まれるようにヤビコマガツキの露出した筋繊維へ入り込み、一瞬のうちに断ち切り、大きな傷を作り上げた。

 

 単発突攻撃片手剣ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。

 

 《SAO》から使い続けている基本技が炸裂すると、猛烈な手応えと共にかなりの勢いで霧状の闇が噴き出してきた。降り注いでくる浴びたら(まず)そうな――というよりも浴びたくない――それを、ユウキはバックステップで回避し、距離を取った。

 

 こちらがソードスキルを放った際、隣からも肉を切り裂くような音が聞こえていたため、カイムも同じようにソードスキルを撃ち込んでいたようだ。

 

 ……そう言えば、カイムが使っているのはいつもの刀ではなく《玄兎(げんと)》という(めい)の大太刀だ。(カタナ)ソードスキルならカイムやクラインからどういうものがあるか聞いた事があるが、大太刀のソードスキルなんてものは聞いた事がない。

 

 改めて見てみると、《玄兎》は二人で持つ事さえ可能なほどに柄が長いが、刀身はそれ以上に長大であり、カイムや自分の身長を優に超えている。ここまでの大きさの刀となると、妥当なのは両手剣ソードスキルになりそうだが、カイムが両手剣ソードスキルをマスターしたみたいな話は当人から一切聞かされていない。

 

 にいちゃん、今何のソードスキルを使ったの――あまりにも場違いな質問をしようとしたその時、それを(さえぎ)ったのはヤビコマガツキの咆吼だった。

 

 当初はガブリエルと《使い魔》が融合する事で神々しさと禍々しさを両立させた龍の姿だったが、今は底知れぬ力によって異形と化しているヤビコマガツキは、またしても二本足で立ち上がった。かと思えば肩、背中、腰から生える翼脚を胸元で交差させて身体を丸める。

 

 防御態勢を取った? 防御を固めて何をするつもりだ――そうユウキが思った次の瞬間、もう何度目かわからない言葉を失う現象が起きた。

 

《アリー、僕はここだよ、ここに居るよおおおおおおおおおおおおッッ》

 

 ヤビコマガツキから異形のガブリエルの声が一段と耳障りな音量で聞こえた直後だった。角だらけになって飛行能力を失っていると思われていた六本の翼脚が、ドロドロに溶けた闇そのものになった。それは見えない手にかき混ぜられているかのように(うごめ)き、粘土のように形が変わっていく。

 

 そうして顕現してきたのは翼を完全に失い、(いびつ)で大小の異なる角を何本も生やした、一対の巨大な漆黒の腕だった。三対の翼脚が互いに溶け合う事で一対となった。

 

「な……」

 

 ユウキだけではなく、カイムも、キリト達も、連合軍の全員が言葉を失っていた。絶望と焦燥と疲労で潰れそうな表情が共通していた。

 

 既に二百人以上の犠牲を出しながら一時間以上戦い続けているというのに、ヤビコマガツキ――ガブリエルはおかしくなりながらも新たな姿を取って戦い続ける。完全に狂気そのものだ。その狂気が連合軍にまで伝播してくるのも時間の問題だろう。

 

「え……何、この感じ……」

 

 だが、新たな姿を取ったヤビコマガツキに怯まずにいたのが、ガブリエルに付け狙われていたアリスだった。何かに気付いているような顔をしているのがこちらからでも確認できた。すぐ(そば)に居るユージオが尋ねる。

 

「どうしたの、アリス」

 

 アリスはヤビコマガツキを見上げた。理性など一切感じられない、純粋な欲望だけで動いているような邪龍は、ガブリエル由来の青い瞳を失っていた。頭部が角だらけになった際に覆い隠されたか、潰されたようだ。

 

「闇界神ヤビコマガツキって、ガブリエルと大教皇が融合した姿……だったわよね?」

 

「……そうみたいだけど」

 

 ユージオが要領を得ない表情で尋ねた次の瞬間だった。漆黒の邪龍そのものとなったヤビコマガツキが再び咆吼した。しかしそれまでの金属音と獣の声が混ざり合ったようなものではなく、そこに人間の男女の絶叫まで混ざり込んだ不気味なものになっていた。

 

 直後、連合軍の方から突然悲鳴と爆発音が鳴り響いた。はっとしてそちらに視線を向け、ユウキは目を限界まで見開いた。雷だ。ユピテルの使う青白いそれとも、エイジの使う金白色のそれとも違う、紅白の雷の雨が連合軍の戦士達を襲っていた。

 

 その一発が落ちる瞬間を目にしたが、近くに居た者達は後方へと吹っ飛ばされ、直撃した者達は跡形もなく滅却されていた。

 

《おいおい、今度はおれみたいな雷かよ!?》

 

「闇に火炎に、雷まで!? いったいどうなってるの!?」

 

 エイジの《使い魔》としての姿である狼竜形態を取っているヴァンが《声》を響かせ、更にアスナも続く。

 

 彼女の言う通りだ。ヤビコマガツキは理不尽なまでの威力の闇のエネルギーと火炎による攻撃を次々と繰り出し、大量の犠牲者を出させてきた。その時点で既に手一杯だったというのに、そこに雷撃まで加わってくるなんて、もう反則だ。

 

「……ヤビコマガツキの中に居るのは、()()()()()()()()()()()()()()()わ」

 

 冷や汗を浮かべたアリスが言う。ユウキはその意味を掴めない。同じ事を思ったらしいメディナがグラジオに守られながらアリスに近寄る。

 

「どういう意味ですか、アリス様」

 

「わたしにもよくわからない。けれど、ヤビコマガツキからガブリエルと大教皇以外の何かが居るのを感じる気がするの。もう一人、あの中に誰かが居る」

 

 その答えを聞いたメディナとその周囲同様に、ユウキは首を(かし)げるしかなかった。ガブリエルと黒龍という《ビーストテイマー》と《使い魔》が融合した姿こそが、あのヤビコマガツキであるというのが、少なくともユウキの認識だった。

 

 そのヤビコマガツキを構成する要素はガブリエルと《使い魔》だけではない? というか、なんでアリスにそんな事がわかるの? ガブリエルに拉致されて、触れていた時間がそれなりにあるから?

 

 疑問が次から次へと湧いてくるが、いずれにしてもアリスが嘘を言っている様子はなかった。リランとユピテルが彼女の言葉を否定しないのもそれを裏付けている。

 

 そしてアリスは更なる超常の力を振るって暴れ狂おうとしているヤビコマガツキに、悲しげな顔を向けた。

 

「その誰かは……ガブリエルを守ろうとしているみたいなの。大教皇がもたらした火炎の力と、ヤビコマガツキの闇の力による負荷でおかしくなってしまったガブリエルをわたし達から守ろうとして、あの雷の力を与えているんだわ」

 

 ユウキは目を見開いた。あんな冷血無慈悲で何を考えているのか全然わからないガブリエルを守ろうとする人なんているのだろうか。信じられない話だが、やはりアリスが嘘を吐いている様子はなかった。

 

 そこで食いつくように近付いてきたのが、攻撃役達に補助(バフ)を掛けたり、回復したりしていたカーディナルさんだった。

 

「待つのじゃアリス。その話は本当か?」

 

「はい。感じるんです。ヤビコマガツキの中にガブリエルと大教皇ともう一人が居るのを、確かに感じるんです。何故なのかはわかりませんが……」

 

「あいつは黒龍の火炎の力と闇界神の力による負荷に魂が耐えられなかったからこそ、あんな姿となって暴れ狂っておるのじゃぞ。そこにあれだけの出力の雷の力が追加されれば、負荷は更に甚大になる……」

 

「つまり……このまま放っておけば、あいつは自滅するのか」

 

 ディアベルが(つぶや)くように尋ねたが、カーディナルさんは首を横に振った。

 

「最終的にはそうなるじゃろう。じゃが、あやつの魂が完全崩壊して消滅するよりも前に、あやつを狂わせた火炎、闇、そしてあやつを守ろうとする誰かの与える雷の力が行き場と制御を失い、一纏めになってこの場に吐き出される可能性の方がずっと高い。標準的な出力でも人間を一撃で消し炭にするほどの威力の火炎、闇、雷……そんなものが臨界出力で一度に放たれたなら、どんなに高度な神聖術や暗黒術を(もち)いたところで防ぎきれん。全員消し飛ばされておしまいじゃ。

 逃げるのも無理じゃぞ。あやつはどんなに理性と正気を失っていても、我らという邪魔者を排除するという目的だけは見失わずに戦い続けておるからな」

 

 カーディナルさんの言葉に周囲の全員が驚きの声を上げる。確かに、ガブリエルはどんなにフラクトライトが壊れていこうとも自分達への攻撃だけはやめようとしていない。ここで回れ右して全力疾走で逃げたところで、破局的な一撃をお見舞いするまでガブリエルは追いかけてくるだろう。

 

 それに、ここには大きなエレベーターに乗って来た。この《塔》がハンニバルの支配下にあるのであれば、あのエレベーターが起動するとは思えないし、万が一動いてくれたとしても乗り込んでいる間にガブリエルが迫ってきたら――。

 

「ふふーん、そういう仕組みだったのね。面白いじゃないの」

 

 そこで上がった声に皆で振り向いた。際どい水着みたいな服を着た浅黒い肌で、白銀色の髪の女性がそこにいた。暗黒術師ギルドの長であり、《十候》という暗黒界の偉い人達の中で一番の問題人物と言われているディー・アイ・エルだ。

 

 他の暗黒術師達がガブリエル/ヤビコマガツキへの攻撃や攻撃役達へのフォローに手を焼いている中、後方でほとんど何もせずにいた彼女は、モデル歩きのような足取りでカーディナルさん達の近くまで歩み寄った。

 

「なんだかあまりにもよくわからない奴だったから、ずっと後ろで見ていたのだけれど、ようやく仕組みがわかったわ。あいつの中にはベクタだった奴とあの大教皇(クソ餓鬼)と、もう一人居て、それが中枢になっている……」

 

「ディー・アイ・エル? 何を言っているのだ」

 

 ダハーカさんがディー・アイ・エルを(にら)み付けていた。彼女に相当嫌な事をされ続けてきたのがわかる。ディー・アイ・エルは特に気にも留める事なく歩き続け、最前線に着いたところで止まった。

 

(あったま)悪いわねぇ。あいつが傷口から血じゃなくて闇を噴いたり、身体の一部がドロドロに溶けた後に変形したりしていたのは、あいつの身体自体がそもそも私達みたいな普通の生き物と違って、闇の奔流そのもので出来ているからよ」

 

「あいつの身体は闇で出来ているというのか。という事は、あれ自体が何らかの暗黒術によるものだとでもいうのか?」

 

「それは違うわ。けれど、本質的には暗黒術で発生する闇と同じようなモノが形を成していると言えるわ。だから、攻撃すれば傷は付けられるけれど、それ以上先には進めない。つまり倒せないって事」

 

「では、どうすればあいつを倒せるのですか。このままでは破局的な攻撃が来て、小官達は全滅してしまいます」

 

 焦り気味のドロシーが尋ねると、ディー・アイ・エルは肩を一瞬だけすくめて戻した。

 

「少なくとも、あなた達にはもう打つ手なし。そう――」

 

 ディー・アイ・エルはヤビコマガツキの咆吼に合わせてかっと両腕を開いた。

 

「暗黒術師ギルドの長であるこの私を除いてね!!」

 

 戦場のどこにいても聞こえるくらいの絶叫をディー・アイ・エルが放つと、その両手の指が青黒く染まり、水色の奇妙な紋様が(うごめ)くようになった。皆が目を見開く中、ディー・アイ・エルの異形化した指は一気に伸び、それぞれが独立した意思を持っているかのように空中でのたうった。

 

「その闇、私が支配してあげるわ大教皇(クソ餓鬼)!!」

 

 ディー・アイ・エルがもう一度叫ぶと、触手化した指は突然膨れ上がって何倍も太くなり、ヤビコマガツキへ突進していった。その時には、ディー・アイ・エルの腕までもが青黒い闇色に変色していた。

 

 生理的嫌悪感を誘う蠕動をする不気味な触手は、ヤビコマガツキの巨躯に巻き付いた。そのままあろう事か、三対が一対となった巨腕、原形を留めている前後の脚を絡め取り、動きを封じ込めた。ヤビコマガツキは苦悶と思われる声を上げ、ディー・アイ・エルにブレスを放とうとしたが、その前に触手が顎を縛り上げる事で防いでみせた。

 

 そして触手達は闇界神が動けなくなったのを見計らうや否や鎌首をもたげ、甲殻が破壊されて剥き出しになった筋繊維――正確にはそれらしき質感をした闇――に勢いよく噛み付いた。大量の闇が血のように飛び散り、噴き出した。

 

 ヤビコマガツキは触手に噛み付かれている事よりも、動きを封じられている事の方に苦痛を覚えているらしく、拘束を解くべく藻掻こうとしているが、ディー・アイ・エルの触手が更に強く締め上げてそれを封じ込む。

 

「はぁっ……凄い、凄いわぁ! これが神の闇……なんて濃くて素晴らしいの!!」

 

 ディー・アイ・エルは酷く興奮した声を出していた。その根底にあるのは先ほどまで聞こえていたガブリエルのそれと同じ狂気だとわかり、ユウキはぞっとした。その狂気が触手を通ってヤビコマガツキに流れ込み、苦痛を与えているのだろうか。

 

 あまりに色々な事が連続してぼんやり気味になっている頭でそんな事を考えていた直後、ヤビコマガツキの身体に異変が起きた瞬間が視界に入り、ユウキは我に返った。

 

 どっしりと床を踏み締めていた脚部が急激に細くなったかと思えば、右巨腕が異物を入れられたように急膨張し、逆に左巨腕は少し縮んだ程度になるなど、大きさが滅茶滅茶になっている。左巨腕だけではない。全身のあちこちが急激な膨張と収縮を繰り返し、(いびつ)を極めた様相になっていた。

 

 まるで水の流れが出鱈目になり、本来流れるべきところでないところに流れたり、別の流れに衝突して波打ち、渦巻いているような――。

 

「そう、そうよ、私に従いなさい! 女王たる私に、平伏しなさい!!」

 

 ディー・アイ・エルが興奮を極めた絶叫を放った次の瞬間――ヤビコマガツキを縛る触手の一部が裂けた。中から黒い闇の混ざった鮮血が噴き出す。

 

 それだけで終わらない。触手の根元であるディー・アイ・エルからぶちぶちという何かが裂けるような嫌な音が聞こえると同時に、その褐色肌のあちこちに大きな黒い(まだら)模様が染み出るように出現し、罅割れ、闇を含んだ鮮血が噴き出した。

 

 触手を通って辿り着いたヤビコマガツキの闇がディー・アイ・エルを内側から食い破ろうとしている。そうとしか思えなかった。

 

「ディー・アイ・エル!?」

 

「ディー様!!」

 

 《十候》同士だけれども仲は最悪だというシャスターさんが驚きの声を、暗黒術師達が悲鳴を上げた。まさか、ディー・アイ・エルが捨て身の行動に出るなんて想像もしていなかったかのようだ。ユウキも同じ気持ちであり、闇と血を噴き出させて崩壊しながらヤビコマガツキを取り抑えているディー・アイ・エルの後ろ姿には絶句しているしかなかった。

 

「あーっはははははははは!! 神の闇、最高ねええええええ!! 壊れちゃうわああああああッ!!!」

 

 ディー・アイ・エルは金切声(かなきりごえ)に等しい歓喜の絶叫を上げていた。身体がぶちぶちと音を立てて壊れていく激痛に(さいな)まれているはずなのに、全くそんな様子を見せない。興奮に振り切っている事で、麻酔に等しい状態になっているのだろうか。

 

「……! 見よ!」

 

 直後、カーディナルさんが大声でヤビコマガツキを指し示した。導かれるように視線を向けたところでユウキは目を見開いた。ディー・アイ・エルの触手に絡み付かれ、身体の至るところがぼこぼこと膨張と収縮を繰り返しているヤビコマガツキの(ひたい)に、白く光り輝く部位が出現していた。純黒の闇に隠されていた無垢(むく)の白い宝石――そんな印象を与えるものだった。

 

 そしてそれはどう見ても――。

 

「皆、あそこを破壊せよ! あれこそがガブリエルの魂――ヤビコマガツキの中枢核じゃ!!」

 

 カーディナルさんの叫びを耳に入れつつ、ユウキはそこを見つめた。

 

 あそこにガブリエルが居る。彼だけじゃない。彼を信じるあまりあんな巨大すぎる力を与えてしまった《使い魔》も、彼を守ろうとする誰かも、あそこに居る。

 

 その三人を呑み込む事で、ヤビコマガツキは存在を維持している。

 

 その中枢核が露出した今、自分がやるべき事は何か。

 

「にいちゃん」

 

 ユウキは咄嗟(とっさ)に隣にいる兄に声を掛けた。すぐに返事が来る。

 

「何さ」

 

「《あれ》、やれる?」

 

「あぁ、《あれ》ね。やれるよ」

 

「そんなおっきな武器でも?」

 

「できるよ」

 

 あまりに淡々とした返答だった。それで十分だった。

 

「じゃあ……いこっか」

 

 確認を取ったユウキは全身の力を込めて床を蹴り、走り出した。通常では到底出せない速度で走っているが、兄は随伴してくれていた。向かう先に居るのは因縁の相手であり、終わらせるべき者。

 

 歪な姿の邪龍となっているそれは、紅白の雷の雨を降らせて道を塞ごうとしていたが、その時既に、ユウキは兄と共にその眼前に辿り着いていた。

 

 その額に光る白い輝きをロックオンし、ユウキは剣を振るった。右下から左下に向かって五発の突き。作り出されたラインと交差する軌道でさらに五発の突きを叩き込む。随伴する兄/カイムも、ユウキの剣撃で作られたラインをガイドに同じ突きを入れていく。

 

 《ALO》を始めてしばらくした頃に作り上げた自分だけのソードスキルであり、何人ものプレイヤーやモンスターを打ち破ってきたものの、ガブリエル/サトライザーにだけは効かなかったもの。その最後の一撃を打ち込むべく、ユウキは身体を大きく(ひね)り、右手の剣の刀身に左手をあてがった。兄もまたユウキと鏡合わせするかのように身体を捻り、大太刀の刀身に左手をあてがう。

 

 そして二人で作ったエックス字の交差点に狙いを定める。中枢核には既に無数の罅が入り、(まばゆ)い光が漏れ出ていた。

 

「「はああああああああああああああああああああッ!!!」」

 

 二人で息を合わせた咆吼を放ち、出せる限界の力を込めた最後の一撃を放った。神剣《ソロウ・トライアンフ》と《玄兎》の刀身は吸い込まれるように向かっていき、光り輝く純白の中枢核へと突き立てられる。

 

 

 オリジナルソードスキル《マザーズ・ロザリオ》。

 

 

 その最後の一撃の炸裂は、静寂をもたらした。まるで時間が止まってしまったかのように、何の音も聞こえなくなった。

 

 直後、罅割れていたガブリエルの魂の結晶は無数の亀裂に包み込まれ、一瞬ぎゅんと内側に圧縮され、解放され――何もかもを塗り潰す白い光の爆発を引き起こした。

 

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