キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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14:はじまりのまち

□□□

 

 

 ぼんやりとした意識の中で、ゆっくりと歩いている。ただそれだけがわかった。前まで何をしていたのか、ここに来るまでどういった道を辿(たど)ったのか、まるでわからない。

 

 頭の中が深い霧に包まれて真っ白になりかけているせいなのか、足取りはふらふらだった。いつ転んでしまってもおかしくはない。しかしそれでも足は動き続けていた。

 

 そこは迷宮の中だった。不可思議な紋様の描かれた古い石造りの壁と、のっぺらぼうのような石の床で構築された薄暗い迷宮。まるで神話の何かになったように、その中を歩き続けている。

 

「シノン、気を付けるんだ。ここは迷宮区だ、何が襲ってきてもおかしくないぞ」

 

 男の人の声が聞こえて、シノンはそちらに向き直った。黒いコートとズボンを身に(まと)い、背中に一対の剣を背負った黒い髪の少年が、すぐそこに居た。

 

 ぼんやり頭で千鳥足(ちどりあし)になりそうなシノンに随伴(ずいはん)するように、あるいはいつでも支えられるように歩いている。二人で奇妙な迷宮の中を進んでいた。

 

 しかし、どうしてこうなっているのかはわからない。ここはいったいどこなのだろう。

 

 どうして二人でこんなところを歩いているのだろう。何の目的があったのだろう。

 

 何一つ思い出せない。

 

「大丈夫だ、シノン。そのまま進んで」

 

 少年にそう言われると、心が温かくなった。胸の内から(ぬく)もりが足へと伝わり、力が入る。ほんの少しだけだが、足取りがまともになった。もっと色々言ってもらえれば、頭の中の霧も晴れて身体に力が戻ってくるだろう。少年の言葉がもっと欲しかった。

 

「ん、明るいところがあるな。見に行ってみよう」

 

 シノンの思いを他所(よそ)に、少年が言った。明るいところって?

 

 シノンは前を見る。目の前に床と同じ質感の階段があった。最上部に向かうにつれて、白い光が放たれている。迷宮の出口なのだろうか。

 

 ……いや、違う。迷宮はもっと奥深くへ下っていかなければならなかったはず。何故かそんな事が思い出された。

 

 迷宮に明るい場所なんてない。そうよね――そう言おうとした時、シノンの近くから少年の姿は消えていた。シノンはもう一度階段を見た。格好付けた黒コートの少年が、階段を昇って行っている。白い光を目指すように上がっていく。

 

 駄目よ。そっちは違う。そっちに行っちゃいけないの――胸の内で思って、口を開けても言葉が出ない。

 

 少年は白い光の中に歩いて行く。手招きされているかのように進んでいく。いつの間にか、その足取りが自分と同じような千鳥足になっている事に気が付いた。

 

 駄目よ、行ったら駄目。

 

 シノンの言葉は音にならない。少年は白い光の中に吸い込まれていく。

 

 だめ、いったらだめ。

 

 おねがい、いかないで。

 

 だめ、だめ、だめ、だめ、だめ――

 

 

 

「い゛っぢゃ゛だめ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ッッッ」

 

 

 

 がばっと上半身を起こし、勢いのまま飛び込もうとした。

 

「かずとぉッッ――――あぅぐッッ」

 

 (したた)かに床に腹から身体を打ち付けてしまった。肺が圧迫されて息が上手くできなくなると同時に鈍痛が走り、シノンは(うめ)いた。しかし、石畳といった硬い床にぶつかった時ほどの痛みは生じず、苦しさもすぐに引いていった。

 

 確かに石造りの奇妙な迷宮の中に居たはずなのに。

 

「え……」

 

 苦痛が完全に収まったタイミングでシノンは身体を起こし、目を(うたが)った。そこは薄暗い迷宮ではなかった。心地良い木の香りがする。当然だった。目の前にあるのは積み重ねられた細めの丸太で構成された、温かみのある壁だ。床も同様で、そこまで硬すぎないくらいのフローリングだった。

 

 振り返ってみれば、ベッドが二つ並んでいるのが認められた。どうやらあそこから飛び起きて、床に衝突したらしい。シノンはぐるりと周囲を見回して――唖然とした。そこは、アインクラッドの第二十二層でキリトが購入した、自分達の家の寝室に酷似していた。

 

 目に全ての神経を集中させて再度見回してみるが、ベッドから照明、窓、小物の位置までの何もかもが、あの家の寝室と同じ作りだった。アンダーワールドに来て以降、すっかり忘れていた家。

 

 アインクラッドの第二十二層にあったものは城の崩壊と共に消失した。その後にリリースされたアインクラッドの元となった大地を再現した世界観のVRMMO、《ソードアート・オリジン(SA:O)》のとある場所で再発見されて以降は、自分達の安寧(あんねい)の地として存在してくれていた。その場所に帰ってきたというのだろうか。それともアンダーワールドから《SA:O》へと押し込まれた?

 

 シノンは窓に近付き、カーテンを開いた。強い光が差し込んできて一瞬目が(くら)んだ。すぐに目が慣れると、シノンは家の外を確認した。

 

 ほとんど即座に答えが出た。ここは《SA:O》のとある一角でもなければ、アインクラッドの第二十二層でもなかった。家は元々湖の近くの静かな林の中にあり、二階の窓からはその美しい自然の風景をいつでも堪能できた。

 

 だが、ここから見える風景はいつも見ていた静かな林や湖畔ではなく、草原地帯だった。木はそれなりにあるが目立たず、青々とした芝生が地面を覆っていて、遠くには白っぽい街が見える。

 

「何、ここ……」

 

 そう言うしかなかった。ここの内装は確かにあのログハウスと全く同じだ。恐らく一階もそうなのだろうし、何なら外観も全く同じであろう。まだ確認さえしていないというのに、何故かそう思えた。

 

 しかし、その親しみのあるログハウスの置かれている場所は、本来あるべき場所ではない。あらかじめ作っておいた全く別の場所に、あのログハウスだけを持ってきたかのようだ。

 

「どうなっているの……?」

 

 そこでシノンは気付いた。何だか服がおかしい。つい先程まで、《太陽神ソルス》の弓による射撃と飛行、動きやすさに特化した装束(しょうぞく)を着ていたはずだが、様子が変わっている感じがする。

 

 見下ろしてみたところで、シノンは再び驚かされた。やはり服が変わっていた。

 

 鏡を見てみないと詳細はわからないが、全体的に大きさに余裕のあるゆったりとしたデザインの白い服だとわかった。真っ先に思い浮かんだのはクィネラが着ていた純白の法衣のような装束だ。彼女のあれから過剰気味の分厚さと最高司祭らしい装飾を全て取り除いてシンプルにしたようなデザイン――それがこの服だった。

 

 更に首元から足元にまで青水色の前掛けがされていて、腰元には簡素な白い布が巻かれている。これがベルトの役割を果たしているようだ。

 

 いつの間に着替えたのだろう。

 

 いや、着替えさせられた?

 

「えっ……!?」

 

 更にシノンが驚いたのは、不意に視界に入り込んだ前髪だった。つい先程まで――正確にはアンダーワールドに入り込んで以降――、自分の髪は《GGO》や《ALO》の時と同じ青水色だった。《太陽神ソルス》になってもそれは変わらなかった。

 

 しかし指先で()まんで見上げた先にある前髪は、黒茶色をしている。《SAO》、《SA:O》、そして現実世界(リアルワールド)における、本来の自分の髪色だった。

 

 つまり自分は今、《シノン》ではなく――朝田(あさだ)詩乃(しの)だとでもいうのだろうか。いつもならそれはないだろうと思っただろうが、今はそうではなかった。

 

 《太陽神ソルス》を使っていた際の身軽さが全く感じられなくなっているうえ、それを使うための鍵でもあった《EGO(イージーオー)》、《アニヒレート・レイ》を呼び出そうとしても反応がない。具現のイメージを抱きながら胸に手を当てても、何も起こらない。

 

 武器が、力が、何もない。何かに襲われた時に取れる手段を全て奪い尽くされている。そうわかった途端――足から力が抜け、その場にすとんと座り込んでしまった。

 

 私はまだシノンなのかもしれない。けれど武器も力もないのであれば、現実世界の非力な朝田詩乃と同じに過ぎない。襲う者が居れば、何もできないままその牙に()られる。

 

 胸の内の黒い(よど)みが湧いてきた。最近はずっと感じる事のなかった、どす黒い恐怖だった。それはあっという間に胸から出て血液に混ざり、血管を流れて全身に行き渡る。

 

 寒気がしてきて止まらなくなった。自分の手で身体を抱き締めてもまだ止まらない。それどころか、手の震えが身体へ流れ込み、一層ひどくなった。

 

 震えで身体が千切れそうだった。寂しいだとか心細いだとか、そういうものではない。

 

 怖い。ただただ、怖くてたまらない。

 

 際限なく湧き上がるどす黒い恐怖に押し出されるように、涙が出てくる。嗚咽(おえつ)が出るのも時間の問題だった。

 

 ここ、どこなの。

 

 どうして私、ここに居るの。

 

 誰か、居ないの。

 

 小さな子供に戻ってしまったかのように、そんな言葉ばかりが黒い淀みと共に湧き上がってくる。言葉にしたくとも、声を出す事さえ難しくなっていた。そうして、ついに嗚咽が出てこようとしたその時――。

 

 がちゃん、という音が飛び込んできた。シノンは床に座ったまま反射的に身体をすくませ、音の発生源を凝視した。そこは寝室と一階を繋ぐ階段へのドアだった。急に開かれたそこから、ぬっと人影が出てきた。

 

 もしかして、和人(かずと)? 助けに来てくれたの? 一秒にも満たない時間の中で、シノンはそんな期待を寄せていたが、果たして現れてきたのは――。

 

「おわっ!?」

 

 正体がわかるより先に声が聞こえてきた。聞いていて心地良く、安心を誘う女性の声。その声と共に姿を見せてきたのは、(つや)のある黒い長髪をなびかせた、背が高い理想的な体型の女性。

 

 今の自分の服に似ているような、そうでもないような白い服装に身を包んでいる人と、目が合った。すっかり見慣れた、優しい光の瞬く赤茶色の瞳。

 

「……シノン?」

 

 女性は恐る恐ると言わんばかりの腰の低さで尋ねてきた。和人/キリトではなかった。けれどもシノンにとっては救いである事に変わりがなかった。足にほんの少しだけ力が戻ってきたのを感じ取り、シノンは四つん這いを経由しながらふらふらと走り、そのまま女性の胸へ飛び込んだ。

 

 その人が何を思ってどのような反応をするかなど、脳裏に浮かびすらしなかった。

 

「せん、せい……愛莉(あいり)、先生……!!」

 

 そう言うので精いっぱいだった。恐怖を押し流そうとしているのか、涙が溢れ出てきて、嗚咽で言葉が出せなくなった。女性から感じる温もりは自分を助けてくれた芹澤(せりざわ)愛莉(あいり)のものだった。その暖かい胸の中に顔を埋めていると、いつも通り背中に手が回ってきた。

 

「……怖かったのね。大丈夫よ、詩乃。もう、大丈夫だから……」

 

 不安定になった自分を支えてくれる時の優しい声をかけながら、愛莉は背中を擦り、髪を撫でてくれた。これで何度目なのかはわからない。しかし、その心地良さと、訪れる安堵は今のシノンにとってこれ以上ないくらいの救いだった。

 

 しばらくすると、爆発しそうなくらいの速さで鼓動を打っていた心臓が元の速さを取り戻し、どす黒い泥水のような恐怖も乾いて、震えも止まった。

 

 また愛莉に助けてもらった――その事実を噛み締めながら、シノンは愛莉/イリスの胸から離れ、その顔を見つめながら問うた。

 

「……イリス先生、ここってどこなんですか。アイングラウンドの私達のログハウスによく似てるんですけれど」

 

 イリスは周囲を見回した後に、シノンへ向き直る。

 

「それよりも、ここに来るまでの事を憶えていないかい」

 

 言われた通り、シノンは頭の中に残っている最新の記憶を探る。確か、《塔》を昇っている最中にPoH(プー)に出くわした。PoHはキリトと色々話していたが、終始偉そうにしていて腹が立った。今度こそあいつを叩きのめして、ハンニバルへの道を開かせてやろうと思ったその時。

 

 ルコが急に躍り出てきて、トレードマークだった耳と角が剥がれ落ちたかと思えば、「《はじまりの姫巫女(ひめみこ)》、《(まもり)(かんなぎ)》」と自分とキリトに言った。

 

 その直後、白くて巨大な手が現れてきて、自分はそれに捕まった。それ以降と今現在を繋ぐ記憶は、いくら思い出そうとしても出てこない。恐らくあの巨大な白い手に捕まった時点で気を失ったのだろう。

 

 その事をシノンはイリスに話した。イリスは頭を掻きながら答えた。

 

「そうだね。まさかルコがあんなふうになるとは思わなんだ」

 

「あの、どうしてイリス先生もここに居るんですか」

 

 ずっと気になっていた疑問を投げかけられたイリスは、溜息交じりに答える。

 

「あの大きな白い手が現れた時、君を狙っているのが見えたんだ。庇おうとして咄嗟(とっさ)に飛び込んだんだが......二人揃って捕まってしまったというのが結果みたいだね。やれやれ......」

 

 そう言えば、捕まる直前に大きな声で呼ばれたような気がする。あれはイリスの声で、彼女は今のように助けてくれようとしていたようだ。その時の事をもう一度思い出したところで、急に脳裏に蘇ってきた光景があり、シノンははっとした。

 

 あの巨大な白い手に捕まる寸前、キリトも同じように捕まりそうになっていた。

 

「イリス先生、キリトは!? キリトも捕まったかもしれないんです!」

 

「キリト君もかい? って事はルコはキリト君とシノンの二人だけを狙って捕まえようとしたって事か」

 

 イリスの言葉を聞いたシノンは(うつむ)いた。

 

 どうしてルコが突然あんなふうになったのか、どうしてルコが自分達二人だけを捕まえようとしたのか、ここはどこなのか。わからない事しかない。しかしそれらの疑問よりも、キリトへの気持ちが(まさ)った。今、キリトはどうしているのだろうか。無事なのだろうか。

 

「キリトは……無事でしょうか……」

 

「探してみるしかないね」

 

 シノンはびっくりして顔を上げた。武器もないのに未知の地を探索しなきゃいけないの?

 

「イリス先生、武器が出せないんです。《EGO》がいつもみたいに呼び出せなくて……あるのはわかるのに」

 

「ふーむ、《EGO》があるのに呼び出せない……この街全体に武器の使用を禁止する何かがあると考えるべきかな。けどそれでも大丈夫だよ。ここに来るまでに街の中を通ってきたんだが、敵も獣も居なかったし、気配もしなかったから」

 

 いつもイリスの腰元にあった長剣の姿がない。ここでは武器を使えないというのは本当らしい。

 

「街は安全……なんですか」

 

「見てきた限りはね。ここでじっとしていても事態は好転しないだろう。外に出るしかないよ。キリト君も探さなきゃだしね」

 

 イリスの言う通りだった。このような得体の知れない場所で動かないでいたら、余計に良くない事が起こりそうな気がする。それに何よりキリトがどこに居て、無事なのかどうか気になって仕方がない。

 

 シノンは「行きます」とイリスに伝えて、寝室を出た。階段を下って一階に降りたが、そこでも軽く驚かされた。二階の寝室だけではなく、一階のキッチンからリビングまで、何もかもが自分達のログハウスと瓜二つだった。

 

 その事をイリスに話したところ、「ここはかつてのアインクラッドやアイングラウンドのマップデータを流用して作られているのかもね。どれだけあそこにこだわりがあるんだか」という返答が来た。

 

 この《塔》を目指して動き出す直前、ハンニバルは「懐かしいだろう?」と言ってアインクラッドそっくりの《塔》を指し示していた。彼の者にとってアインクラッドは特別な場所であるのは確かだろう。

 

 実際ハンニバルとの忌々しい因縁が始まったのもアインクラッドだ。何らかの特別な感情を抱く場所だったとしても不思議ではない。

 

 そしてそれは、ログハウスを出てしばらく歩いたところで確信に変わった。

 

 キリトの《EGO》の波動をぼんやりと感じるような気がする方角に向かっていったところ、街中に入った。回廊から見えていたような、奇跡的な調和で作り上げられた和洋折衷(わようせっちゅう)の建物が並ぶ、美しい街だった。

 

 だが、その中を歩いていると、街並みに強い既視感を覚えた。そこはアインクラッドの第一層、アイングラウンドの中心地である《はじまりの街》のそれに酷似していたのだ。キリト、ユイ、リランの家族で、そしてかけがえのない友人達と共に歩き、思い出を築いた街並みが、寸分の狂いなく再現されていた。

 

 しかし、そこは街並みが再現されているだけの場所のようだった。街を街たらしめる、行き交う人々が居ないのだ。その中でシノンはイリスに声を掛けた。

 

「イリス先生、ここって《塔》の中なんですよね?」

 

「違いないよ。しかも、最上階のすぐ近くらしい」

 

「最上階!? ここが!?」

 

「いやいや、まだ最上階じゃないよ。正確には最上階の一歩手前……アインクラッドで言うところの《おわりの街》のある場所だ。でも、ここの街並みは《おわりの街》じゃなく、《はじまりの街》にとてもよく似ている」

 

 そう言えば、イリスは元々アーガスのスタッフであり、あのデスゲームの主催者――リランとユピテルとクィネラの父親――であった茅場(かやば)晶彦(あきひこ)の右腕と称されていたチーフプログラマーだったという話だ。アインクラッドの構造は今でもよく覚えているのだろう。

 

「それに、ここがあの皇獣(おうじゅう)達の本拠地らしい。ここら辺を見てごらん」

 

 そう言ってイリスは近くにある建物に近付いた。他の建物より一回り以上大きく、学校の体育館くらいの広さがあった。その一角が大きなガラス張りになっており、中を見る事ができた。

 

 イリスに並んで、シノンは建物の中を覗き込んだ。他の窓のカーテンは閉じられていて、部屋全体が薄暗くなっている。こうして覗き込める窓があるというのに、だ。どうやら外からの明かりを極めて弱くする何らかの効果がこの窓ガラスに付与されているらしい。人界でも暗黒界でも見た事のない技術だった。

 

 そんな未知の技術で作られている部屋の中で、沢山の人が眠っていた。大人ではなく、子供達だ。男女に分けられておらず、床に敷かれた各々(おのおの)が選んだらしい可愛らしいデザインの寝具の上で、皆仲良くすやすやと眠っていた。まるで保育園・幼稚園のお昼寝の時間の光景だ。

 

 しかし現実の保育園や幼稚園とは違い、幼稚園児くらいの子に混ざって小学校低学年くらいの体格の子達も寝ている。成長の早い子なのだろうか。だが、そんな子であろうとも(へだ)たりなく、みんなで仲良く眠っているというのは変わらない。

 

 シノンは思わず頬を緩ませた。きっとどの子も元気に遊び回り、ご飯をしっかり食べた後なのだろう。詳細が気になってしまい、まじまじと子供達を見る。身体を大の字にしながら大きな口を開けて寝ている子達が少々気になるが、具合が悪そうな子は居ないようだ。

 

「シノン、あの子達が何に見える?」

 

 イリスの問いに、シノンは首を傾げる。

 

「何に見えるって……保育園児、幼稚園児達じゃないんですか? みんなでお昼寝してますよね」

 

「みんな、可愛いかい?」

 

「可愛いです」

 

 イリスも中を見て頬を緩ませた。しかしすぐさま顔を元に戻す。

 

「そうだね。どの子も本当に可愛いったらありゃしない。けれど気を付けな。この子達……皇獣だよ」

 

 シノンは大きな声を上げそうになった。聞き間違いかと一瞬思い、問いただす。

 

「皇獣!? この子達がですか!?」

 

 そんな事があるはずがない。この子達が、地上を埋め尽くしていた《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》の群れを一掃したあの皇獣だなんて、いくらなんでも滅茶苦茶が過ぎる。もしかして、自分を驚かせようとして、からかってきたのではないだろうか。それが自分の知るイリスという人だ。

 

 しかしそんなシノンの考えを一蹴するように、イリスは頷いた。

 

「あぁ。あの家で君と合流する前に街をあらかた見て回っていたんだが、その中に外と繋がっている発着場みたいなところがあってね。外から皇獣達が入ってきたかと思えば、ここにいる子達のような姿になって、こういう建物の中に入っていったのを見た」

 

 そう告げるイリスから嘘を言っている気配は一切感じられなかった。シノンは再度薄暗い建物の中を見る。

 

 ここで仲良く昼寝している子供達は全員あの皇獣。地上を跋扈(ばっこ)していた《EGO化身態》を殲滅する《遊び》をし、同時に《EGO化身態》自体、もしくはそれから奇跡的に戻った奴らを《ご飯》にして食べて帰ってきて、すやすやと昼寝をしている。それがこの健やかで純真無垢そうな子供達の真相。

 

 あまりに信じがたい真実をまざまざと見せつけられて、目眩が襲ってきそうになり、シノンは子供達から視線を逸らした。大きな物音を立てないよう、出す声が大きくならないように口を軽く手で塞ぐ。

 

 あの《EGO化身態》の大群をあっという間に殲滅した皇獣達が目を覚ましたら何が起きるか。想像もしたくなかった。

 

「……ここ、本当に皇獣達の本拠地なんですね」

 

「そうだって言ったろう。そんな危険地帯のド真ん中に投げ入れられて、しかもキリト君は行方不明ときている」

 

 イリスが報告するように言ってきた現状は危険どころではない。あの皇獣達の巣の中心付近に丸腰で、それぞれがバラバラの位置に投げ出されている。早く合流しなければ、何が起きてもおかしくはない。

 

「早くキリトを見つけないと――」

 

 そう言いかけたその時、胸の中で感じるものがあった。《EGO》が持つ独特の波動だった。ずっと傍に居る事で覚えた、キリトの《EGO》のものだった。

 

「……キリト?」

 

 シノンは波動が伝わってきた方角を見た。何も知らなければ美しさだけを感じられる街の奥に、巨大な建物があった。周囲の建物と比べ、群を抜いて大きい――白亜の巨城だった。本当は宮殿なのかもしれないが、遠目からは城にしか見えなかった。

 

「どうしたんだい、シノン」

 

 イリスに問われたシノンは、城を指差した。

 

「あの城の方からキリトの《EGO》の気配を感じます。あそこにキリトが……!?」

 

 イリスはシノンの隣に並び、「ほほぅ」と言った。

 

「行動力のあるキリト君の事だ、あの城に元凶が居るのかもしれないって思って、単身突入したのかもしれないね」

 

 確かに、キリトならそんな行動を取っていたとしてもおかしくはないだろう。だが、武器や防具を装備していないに等しい身なりで、《EGO》を呼び出せない状態では、無茶以外の何物でもない。もしかしたらキリトは――。

 

「キリト……和人!」

 

 シノンは街の最奥部と(おぼ)しき城に向かって走り出した。

 

 

 

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