キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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19:生マレ直シ

□□□

 

 

「そ、んな……」

 

 それ以外の言葉が何一つ出てこなかった。

 

 自分に与えられていた、ゲームでのアバターネーム。もう一人の自分のようで、しかし自分自身であり、周りからそう呼ばれる事も嬉しかった名前。自分のそれによく似た《シノン》という名前。

 

 その真実は、愛莉(あいり)達の言う子供達を殺す大人達の蔓延(はびこ)る世界を核で焼き尽くし、新たな世界の支配者となった愛莉の子供達が同じ罪と(あやま)ちを繰り返さぬよう、その罪を教え、罪は乗り越えられるものだと教えていくAIの子供の名前。

 

 それは今、データ化された自分のこれまでの体験の全てを組み込まれた事で、ついに彼女達の言う最後の作戦が実行できる形へと成熟しきった。

 

 自分の中から大きなものがずるずると音を立てて流れ出ていく。それこそが《シノン》だった。もう一人の自分だったシノンが自分から離れ、独立した存在になっていくイメージが頭から消えていかない。もう私の中にシノンは居ない。

 

 だから、ここに居る二人は一切シノンという名前で自分を呼ばず、本名で呼ぶ。私はもうシノンではなく――ただの朝田(あさだ)詩乃(しの)なのだから。そしてシノンは、愛莉の子供達と一緒に最後の作戦の実行に取り掛かっている。

 

 その途中経過を聞いているのか、新川(しんかわ)恭二(きょうじ)がウインドウを操作していた。これまで見た事がないほど流暢(りゅうちょう)で無駄のない指使いだった。

 

「あと二時間かぁ。結構遅いけれど、まぁあいつらが真実に気付かないようにネットワークを封鎖しなきゃいけないから、それくらいかかるもんか。でも一発さえ着弾すればあっという間に核戦争。世界総人口の五割くらいは余裕で消し飛ぶね。

 ……いや、もう一割から二割くらいは増やした方がいいか? いや、あの害虫共の筆頭達が籠っているシェルターに直接ぶつける必要もあるか。あいつらって悪知恵が効くところもあるから、上手くコントロールしないと駆除しきれないし、生き残られると面倒なんだよな。いやでも、あいつらの悪知恵も結局余裕があるから出せてるわけで、巣を壊滅させれば降伏一択になるか……」

 

 恭二はぶつぶつと独り言を繰り返していた。駆除、巣の壊滅。完全に害虫駆除をしようとしている人の言葉だが、彼にとっての害虫は昆虫ではなく人間だ。この新川恭二という少年は、これから核で焼かれるかもしれない人々を人間扱いする事を本当にやめている。

 

 つい先ほど聞かされた、彼の激しい憤怒の告白が思い出されてきた。

 

 恭二の原動力はずっと、あの憤怒(ふんぬ)業火(ごうか)だった。大人、社会、国、世界そのものへの憤怒の業火を燃やしながら自分達と行動を共にしていた。自分達の知らないところでやっていた《マハルバル》としての裏行動は、今まさに行っている害虫駆除を効率化させるための下準備だったのだ。

 

 そして恭二はウインドウを閉じると、詩乃に歩み寄って来る。足が独りでに動いて後退する。

 

「今、現実世界では誰も真実を知る事ができなくなってるよ。ネットワークを完全に封鎖しているからね。そして核兵器を持ち合わせている奴らには偽物の情報(ディープフェイク)を与えてやって、同じ核兵器を保有している奴らに核攻撃をするよう(うなが)させてる。準備完了まであと二時間だ。あと二時間後に最初の一発が発射されて、世界は核戦争になる。世界の総人口は五割以下になって、権力と富に(すが)り付いていた奴らは駆除される。ネットワークも何もなくなった現代の人間に何ができる? 何もできないよねぇ。だから世界はかあさんによる《生まれ直し》を余儀なくされるんだ」

 

 恭二は両腕を開いた。一見恍惚(こうこつ)としているように見えるが、純粋無垢な笑みが顔に浮かんでいる。

 

「さぁ、もうあいつらに喰い散らかされたくだらない世界はお仕舞(しまい)だよ、詩乃。みんなでかあさんの子供として生まれ直して、家族になって、一緒に暮らそうよ! みんなで毎日一緒にご飯を食べて、家族みんなで色んな事をして……あぁ、みんな一緒にどこかに出かけたりしてさぁ! 楽しいよ、きっと!!」

 

 詩乃はもう一度目を見開いた。みんなで毎日一緒にご飯を食べる。家族みんなで色んな事をして、みんな一緒にどこかへ出かけたりする。()()()()()ならばどこでも見られるものであり、一種の当たり前のようなものだ。

 

 それをここまで渇望しているという事は、恭二が家族ならば当たり前さえできない家庭で育ってきた、虐げられた子供である事の証明だった。

 

「ねぇ、さっきから言ってる《生まれ直し》って……何の事なの……?」

 

 ずっと気になっている事を口にしたところ、恭二は立ち止まった。「よくぞ聞いてくれたね!」とでも言いたそうな顔で言ってくる。

 

「《生まれ直し》はそのままの意味だよ。かあさんの子供として生まれ直す事だ」

 

 恭二はまた一歩踏み出してきた。ずんと力強い一歩だった。

 

「《生まれ直し》には良い事しかないんだ。まず、嫌な記憶の全てが消えてなくなって、さっぱりする。詩乃の場合は拳銃で強盗を撃ち殺してしまったっていう嫌で仕方がない記憶があるよね。学校の愚かな連中からの(いじ)めや嫌がらせの数々もある。それらが詩乃の中から消えて、なかった事になるんだ。

 でも、家族の事は忘れない。根底にかあさんの子供であるっていう共通認識を持ったうえで、詩乃の家族の事はみんな綺麗に詩乃の中に残る。家族とはこれまで通りに暮らす事ができるよ。キリト――和人(かずと)やユイの事、明日奈(あすな)達の事も大丈夫だよ。ううん、(むし)ろ和人や明日奈、直葉(すぐは)里香(りか)達とも本当の家族になる。これまでずっと絆を結んできたみんなと本当の家族になれて、平穏な世界でずっと一緒に暮らせるようになるんだ。

 愚かな連中は死ぬか、家族になる事を受け入れて綺麗になるかのどちらかだから、生まれ直したそいつらと本当の意味でわかり合う事ができるようになる」

 

「なんなの、それ……」

 

 恭二は続けてくる。

 

「《生まれ直し》にもいくつかフェーズがあるんだけど、まず最初のフェーズでみんなが使っているアミュスフィアに《アミュスフィア・アクセラレータ》の強化版が自動でインストールされる。その強化版アクセラレータの力で脳がフルスキャンされるよ。最終フェーズが完了すると脳は焼き切られて、肉体は死亡するんだ。和人と詩乃、明日奈や直葉達の場合は《STL(ソウル・トランスレーター)》だから心配いらないね。

 

 そうして、みんなは肉体を捨てた《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》になる。《電脳生命体》になれば、寿命も一気に延びて、病気もしなくなる。(がん)だとかそういう病気も克服されるんだ。有史以来から人類を苦しめてきたあらゆる要素が、消えてなくなるんだ。人類は《電脳生命体》っていう無敵の存在になるんだよ。

 

 要するに人類をデータ化するんだろう?

 じゃあ人類そのもののデータを保存しているデータセンターとかサーバーが破壊されれば終わりだろう?

 物理的人類が居なくなったら地球はもぬけの殻だろう? 宇宙人(エイリアン)が攻めてきたらどうするんだよ?

 そんなふうにも思っちゃうよね。

 

 手を打たないわけないじゃないか。セキュリティは今の人類をずっと上回るそれに作り替わるし、データセンターやサーバーも月面だとか海底だとか地下深くだとか衛星だとか、簡単に人や自然の手が届かないところに作る。そもそも宇宙人が攻めて来るとか、いつの話になるんだよ? その頃には《電脳生命体》になった人類が恒星間航行(こうせいかんこうこう)を確立させてるよ。

 

 それに今、世界各国の工場をクラッキングしてロボット・アンドロイドを作らせ始めてる。これが現実世界における《電脳生命体》になった人類の《肉体》になるよ。いくら壊れてもネットワークへ逃げられるし、生身の肉体じゃ耐えられなかった場所に行く事だってできる。

 

 エネルギー問題も当然解決策はあるよ。地上の旧式送電網に依存するわけないじゃないか。発電は太陽光発電衛星とか地熱発電とかで(まかな)える。今の大人達が身勝手な金儲けのために作って運用しているそれよりも、ずっと効率的で高性能なものでね。

 

 ロボットやアンドロイドの身体なら月面資源、海底資源を掘りにも行けるし、核融合炉も大丈夫。大気圏を出て月面や月の内部にも普通にいけるようになるから、未知の物質や資源だって手に入れられるかもしれない。

 

 これでデータセンターやサーバーのメンテナンスも問題なくできるし、《電脳生命体》の計算力とリサーチ力で劣化時期や破損時期も計算できるから、あらかじめ手を打つ事もできるわけだ。太陽系内も海中奥深くも何のその。世界は僕達――かあさんの子供達のものになる」

 

 詩乃は途中で引っかかりを覚えた。強化版アクセラレータの力で脳がフルスキャンされて、最後には焼き切られ、肉体は死亡する。そうしてスキャンされた人格が《電脳生命体》になって目を覚ますのは――

 

「今、人格をコピーして肉体を殺してるだけって思った? そうじゃないよ。アミュスフィア・アクセラレータの強化版によるスキャンは、意識活動を連続的に電脳世界(こっち)側に移行させるんだ。最後に脳が焼けるのは、スキャニングに脳が耐えられなくなるからであって、ナーヴギアみたいに意図的に焼くわけじゃない。そして本人は眠って起きた時のような感覚で僕達の世界に《電脳生命体》として来て、そのまま病気にも寿命にも怯える事なく生き続けていく。そういう仕組みだよ」

 

 そこでまた引っかかりを覚える。その人が――

 

「拒否したら? まぁ確かに拒否する人もいるだろうけど、それは受け入れる前と最初のうちだけさ。僕達の生きる世界に来て暮らせば、そのうち綺麗さっぱりなくなる。来るものを拒まず、ちゃんと馴染んで暮らす事ができる。それが僕達の世界なんだ。安心でしょ」

 

 そんな夢物語の理想郷のような世界で人々が生きるとして、争いはなくなるのだろうか。愛莉達の掲げる理想郷計画は、よくあるディストピア作品のように人々の思想や思考、思いや個性を完全に管理するのだろうか。そうであれば理想郷を掲げる牢獄世界でしかない。

 

 人は争いや(いさか)いを繰り返す事で成長し、進化し続けてきた。それを管理するディストピア――

 

「勘違いしないでほしいな。僕達の世界では個性や個人の判断は奪われない。みんなが自由に、誰もが我がままに生きる事ができるんだ。かあさんは誰も管理しない。でもみんな争わない。(みにく)く争えば、結局世界を滅ぼすに至った大人達の二の舞になるからね。

 ここでシノンが使命を全うする。全ての子供達にシノンが罪を、罪は乗り越えられるものだと、かつての大人達が滅びるに至った過ちを繰り返してはいけないと教える。シノンから全てを教わった子供達、生まれ直した者達はそれらを学び、過ちを繰り返さないようにしつつ、我がままに生きる。まぁ、それでも争いが起きる事もあるだろうけれど、その時は家族みんなで調停して仲直りして、誰もが納得できる結果をみんなで作る。そうすれば、今まさに滅ぼし合おうとしている大人達と同じ(てつ)を踏まずに済む。そうでしょ?」

 

 だいじょうぶ、こわくない、だいじょうぶ。

 

 小さな子供に言い聞かせるように、恭二は語っている。頭の中を読み解かれているような気がして、恐怖のあまり吐き気が込み上げてきそうだった。

 

 後退りが止まらない。

 

 こんなふうになった恭二をずっと前に見た事がある。《GGO》を共にやっていた時に珍しい銃火器が手に入ったりした際、彼はミリオタのスイッチが入ってしまい、その銃火器の性能から有効な運用方法、詳しい歴史までを質問していないのにマシンガントークで話してくる癖があった。それこそが彼らしさだと思っていた。

 

 その時の恭二と今の恭二は何も変わらない。銃の歴史を語る時と同じように《生まれ直し》について説明してきていた。それどころかこちらが疑問に思った事を口にするより前に答えてくる。まるでこちらをつぶさに観察し、仕草などから思っている事を瞬時に予測して回り込んできているかのように。

 

 恐ろしいのは、それほど執拗なやり方をしているにも関わらずどす黒い悪意を感じられない事だ。恭二は百パーセントの善意を持って《生まれ直し》について語り、こちらに納得させようとしてきている。

 

 助けを求めるように、詩乃は繭の中の和人にもう一度視線を向けた。詩乃のお気に入りの寝顔をして、胎児のような姿勢で半透明の乳白色の液体の中で浮かんでいる。何の苦痛もなく、眠っている。

 

「じゃあ、和人は……」

 

 恭二は愛莉と共に繭を見つめた後、顔を向け直して(うなず)いてきた。

 

「そうだよ。和人は今《生まれ直し》の真っ最中。どれくらい時間がかかるかは計算していないけれど、今話した通りのフェーズを踏んでいっているよ」

 

「どうして、和人を……そんなものに……!?」

 

「詩乃ならわかるでしょ。和人はずっと疲れていたんだ。脅威が迫れば誰よりも先頭に立って指揮を執って戦っていた。そしてみんなを導いて、勝利してきた。何度も何度も。何度も何度も何度も、戦う事を()いられてきた。最強のプレイヤーとして、剣士として……まるでファンタジー世界の勇者になった王子みたいにさ。

 誰も勇者になってくれ、勇者であってくれなんて頼んでないのに、和人はずっと勇者として先陣に立って、詩乃を姫だと思って、その(つがい)の王子として守り続けた。どんなに辛くて苦しくても、絶対に折れる事なく進み続けてきた。

 和人がそういう人だったから、詩乃は和人を愛した。そうでしょ」

 

 脳裏に和人/キリトの勇姿が浮かび上がってきた。リランという愛莉の子供である《使い魔》を相棒とし、その力を使いこなして、数え切れない強敵達を討ち倒してきた。

 

 《SAO》では須郷(すごう)伸之(のぶゆき)を、ヒースクリフ/茅場(かやば)晶彦(あきひこ)を倒し、残されたプレイヤー達を全員解放した。《ALO》では愛莉の試練によって暴走したセブンと忠臣であるスメラギを討ってその目論見を止めた。

 

 《SA:O》では世界そのものを食らう存在となった《黒の竜剣士》ジェネシスと、人間達への憎悪に狂ってジェネシスと融合したティアを倒して彼女を救い、その後には狂気の本性を剥き出しにしたマキリ/マキを止めて、《SA:O》全体を救った。

 

 オーディナル・スケールではユナの父親の計画を乗っ取ったエイジとヴァンと戦い、その計画を阻止した事で結果的にユナ本人を救い、そして敵だった二人をも救った。《GGO》では愛莉が秘密裏に進めていた《死銃(デス・ガン)》という本物の死神を討ち、もう一人の詩乃とも言えるヘカテーを倒した。

 

 アンダーワールドに来てからはアドミニストレータを倒してクィネラを、アリスを、ユージオを、メディナを救い、アリスとユージオ、メディナとグラジオに本物の幸せを与えた。そして人界軍と暗黒界軍の衝突こそ起きたものの、激甚な被害が出ない範囲に抑える事に成功した。

 

 そして如何なる時も、キリト/和人はずっと自分の傍に居てくれた。いつだって隣に居てくれて、苦しくなった時は支えてくれて、危険が迫った時には守ってくれて、いつも助けてくれた。

 

 和人がずっと守って、助けて、救ってくれたからこそ、今ここに自分が居る――それは何ら過言ではない。

 

 けれど、それがどれだけ和人への負担となっていたのかなど――考えた事さえなかった。

 

 そこでようやく恭二から愛莉へと相手が変わった。

 

「和人はわたしの想定を遥かに超えて、詩乃一直線だった。詩乃への愛情をいつでも持って、危険が迫ればいつでも駆け付けて、守ってくれていた。そうして詩乃はその心を順当に回復していって……《シノン》を完成させるにまで回復しきった。《シノン》だけじゃない。これからわたしの子供達になるみんながこれまでの試練を乗り越えられたのも、最初とは比べ物にならないくらいに強く、(たくま)しく成長できたのも、全部和人のおかげよ。だから、お疲れ様って言う代わりに、いち早く《生まれ直し》をさせてあげたのよ」

 

 愛莉の告白の最中、詩乃の脳内は高速回転していた。

 

 愛莉の言う《生まれ直し》は対象となる人物が《電脳生命体》として文字通り生まれ直す儀式だ。《電脳生命体》になったその人は愛莉の子供になり、精神に悪影響を与える記憶などは全て消去されるという話だった。

 

 そこまではいい。《生まれ直し》を受け入れたが最後、脳をフルダイブマシンによって超高出力スキャニングされて――最終的に脳が限界を迎えて焼き切れる。

 

 つまり死亡する。

 

 和人は今、《生まれ直し》の処置を施されている。《STL》によって脳の全てをスキャニングされているのだろう。そして《生まれ直し》が最終フェーズを完了次第、和人の脳は焼き切れる。

 

 ――和人は今、死の瀬戸際に居る。恐らく自分があのログハウスで意識を失っている間にあの繭の中に入れられ、《生まれ直し》をさせられたのだろう。

 

 和人の《生まれ直し》のフェーズが今どの辺りなのかは見当も付かないが、ただ一つだけわかる事がある。

 

 愛莉によって、和人は殺されようとしている。

 

 大好きな和人が。

 

 最愛の和人が。

 

 私の和人が――愛莉に殺されようとしている。

 

 

 

 ――どくん。

 

 ――ずきっ。

 

 

 

 心臓が一際強く鼓動を打つと同時に胸に刺すような痛みが走った。鼓動はどんどん早くなり、歩調を合わせるように痛みも増していく。痛みはやがて熱さに変わった。何もかもを一瞬のうちに燃やして灰にしてしまう劫火(ごうか)のような熱さ。それは怒りだった。

 

 これまで抱いた事がないくらいの劫火のような怒りが胸を裂いて飛び出し、全身を支配した。ぎりぎりと音が聞こえる。折れてしまいそうなくらいに歯を食いしばっているためだった。

 

 

 ゆるせない

 

 

 世界の有り様を自分達の良いように書き換えようとしている事に対してではない。

 

 

 ゆるせない

 

 

 真摯(しんし)に治療してくれているように見せかけて世界を滅ぼす兵器の素材にしていた事に対してではない。

 

 

 ゆるせない

 

 

 悪夢そのものであったハンニバルである事を隠して、仲間のふりをしていた事に対してでもない。

 

 

 ゆるせない

 

 

 ゆるせない

 

 

 だいすきなかずとをわたしからうばおうとしているのが

 

 

 

 

 

 

 ゆるせない

 

 

 

 

 

 

 怒りの劫火で燃え盛る身体、その最上部にある脳の中で自分の声が響いた次の瞬間、手元に重みが生じた。ずっしりとした金属の重みだ。しかし生き物のように粘ついて熱い。()まわしい熱を帯びた重い金属の塊。

 

 かつて母を守るべく手に取って――暴走する持ち主を殺害した拳銃。

 

 五四式・黒星(ヘイシン)

 

 いずこから現れたそれを両手で持ち、銃口を――簒奪者(さんだつしゃ)達に向けた。

 

「なっ……!?」

 

 簒奪者のうちの一人である少年がぎょっとした。簒奪者の大元は涼しい顔をしている。なんでそんな顔をしていられるの。

 

「そう。やっぱりあなたの中では、それが一番の武器なのね」

 

 簒奪者愛莉は歌うように(つぶや)いた。全身の熱さが増す。けれども身体は溶けない。

 

「かつてあなたの母親を襲った強盗を、あなたの中の最強の敵を殺した武器。五四式・黒星……その武器で、わたしを殺すつもりなのね」

 

 頷きも何もしない。これを向けられている時点でわかっているでしょうに。

 

「いいわよ。あなたがそう思ってるなら、わたしは別にどうとも思わないわ。あなたの持てる最強の武器で、わたしを殺してごらんなさい」

 

 手が震えない。あまりに強すぎる力で握り締められているために、狙いが逸れない。好都合だった。そのまま動かないでいなさい。

 

「わたしが恐ろしいのでしょう。あの時の強盗のように、恐ろしいのでしょう。全部の元凶だものね。あなたをずっと利用してた悪魔だものね。

 そんなわたしを殺せる機会を、あなたは手にしているわ。これが最後のチャンスよ」

 

 筆頭の簒奪者は両手を広げる。

 

「安全装置は外れてる? 弾はちゃんと入ってる? よく確認したら、引き金に指をしっかりとかけて、しっかり狙いなさい」

 

 全部できているわ。

 

「よく狙って。よぉく狙って……わたしの(ひたい)でも心臓にでも、しっかり狙いを付けて……

 

 さぁ。さぁ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 撃ちなさい、詩乃」

 

 

 

 

 

 

 

 耳が一瞬聞こえなくなるほどの破裂音と共に空気が熱く弾けた。

 

 

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