「キリトッ!!」
「なんなんだよこれ……オレ、ずっと悪夢を見てるんじゃねえのか……」
ユージオの悲鳴と、クラインの絶望的な
ガブリエル・ミラー、
最大の要因はやはりキリトだった。《EGO化身態》と思わしき姿となっているキリト。その容姿を改めて確認すると、リランに匹敵する
まるで《黒の竜剣士》と
まさしく《EGO化身態》なのだが、それの最大の特徴である人工物らしさを
まるで純白の毛並みと黒い頭髪を持つ強大な存在が、《EGO化身態》の装甲を着ているかのようだ。そして純白の毛並みといえば、皇獣シュピーゲルの特徴でもあった。
つまるところ、純白の毛並みに包まれた身体というのは皇獣の特徴なのだ。
皇獣の生体部位に《EGO化身態》の人工物部位――今のキリトは皇獣と《EGO化身態》の
皇獣でもなければ《EGO化身態》になり切ってもいない。あれは何なのだろう。シノンはそれがずっと疑問でならなかった。そうしている間にも皇獣シュピーゲルと不明存在キリトの攻撃が前衛の
盾持ち達は一瞬両名の動きを止められたが、次の瞬間には皇獣シュピーゲルとキリトによる薙ぎ払い攻撃で吹き飛ばされた。そこですかさず蒸気式機関銃やランチャーを持った者達及び神聖術師、暗黒術師達が各々の得物で遠距離攻撃を仕掛け、足止めにかかった。色とりどりの爆発が起こり、両名は若干後退する。
その隙を突いて、シノンはある者の元へ向かった。賢人カーディナルと、状況把握のプロであるユイのところだった。
「カーディナル、ユイ!」
シノンの呼びかけに二人は応じた。パパがあんな事になってしまって動揺していると思っていたユイは落ち着いていた。だがそれは見た目だけだ。ずっと見てきて、愛しているからわかる。ユイは動揺と焦燥と悲嘆の全てを必死に呑み込んで
「キリトはいったいどうなっているの。《EGO化身態》にも見えるけど、新川君――あの皇獣のシュピーゲルと同じようにも見えるの」
カーディナルは苦虫を嚙み潰しているような顔をして不明存在キリトに視線を向けた。
「今のキリトの姿は、確かに《EGO化身態》のそれが混ざっておるように見える。だが、同時に皇獣の特徴も現れておると来たか……
シノンは「そうよね」と答えた。やはりカーディナルでもわからないか。となると真相を知っているのは
どこへ消えたかなど想像もつかない。
「シノン、感じておらぬか。《EGO化身態》の波動を」
カーディナルにそう言われて、シノンは意識をキリトへ向けた。嫌な波動が胸元へ伝わってくる。《
「感じる……《EGO化身態》の波動だわ。けど、なんだかおかしい。これまで戦ってきた《EGO化身態》と比べて、波動がしっかりしてない」
そこで相手がカーディナルからユイへと交代した。
「あくまで推測の域を出ませんが、パパは皇獣と《EGO化身態》の不完全融合態のような状態なのかもしれません」
「皇獣と《EGO化身態》の不完全融合態?」
「はい。パパはさっきまであの《繭》の中に居ました。恐らくあの中で行われる処理の一つに、シュピーゲルのような皇獣化の力を与えるというものもあったのだと思います。その力が完全になる前に、パパは《繭》の外へと出てきてしまったのかもしれません。その不完全な皇獣化と《EGO化身態》化が重なってしまい、あぁなっているのではないかと推測されます」
そこでシノンは違和感を抱いた。
キリトは既に《EGO》を獲得しているため、《EGO化身態》になる事などあり得ないはずだ。それもまた愛莉が起こした事なのかとも思ったが、キリトがあの姿になった時に愛莉が驚いていたのをはっきり見た。
つまり今のキリトの状態は愛莉にとっても想定外なのだろう。
「どうしてキリトが《EGO化身態》に……!?」
「これはわしの個人的見解というか、ずっと疑問に思っておった事じゃが、キリトの《EGO》には
カーディナルが口にした疑問にシノンは「あ……!」と言った。
確かにキリトの《EGO》には不思議な部分がいくつもあり、本人も「なんでこうなっているんだ?」と思っているようだった。
実際に《ステイシアの窓》でステータスを確認してみると、自分の《アニヒレート・レイ》の場合にはその名前が見て取れるところがあるのに、キリトの《EGO》の場合はそこが空欄になっていた。それどころかオブジェクトクラスさえも空欄で、しかも長時間使い過ぎると極度の疲労に襲われて身動きがあまり取れなくなっていた。
何度疲れ果ててベッドで横になるキリトの
そのため、当初は《EGO》は使うだけでこんなにも疲労してしまうものなのだと思っていたが、果たして自分は《アニヒレート・レイ》を何時間使い続けても普通の大弓を使っている時とほとんど同じくらいの疲労しか感じず、ベッドに横にならないといけないほどになる事などなかった。無論それはアスナもリーファも、リズベットもシリカも、メディナ達もそうだった。
流石に全身に鎧型の《EGO》を纏って巨大なグリフォンナイトになるグラジオなんかは疲れるだろうと思っていたが、しかし彼は長時間飛行してもけろりとしていた。キリトだけが《EGO》の長時間使用で疲れていた。最近は慣れてきた傾向があったが、根本的な解決に至る様子はなかった。
「ユイと同じような推測じゃが、キリトの《EGO》は不完全で、キリトは《EGO化身態》になる危険性を常に持っていたのかもしれん」
カーディナルの言葉にシノンは驚いた。
「《EGO》が不完全って、そんな事があるの?」
「確証は持てぬが、そうでないとキリトがあぁなった事に説明が付かんのじゃ。いずれにしてもキリトは今非常に危険な状態にある。一刻も早く鎮圧しなければならん」
カーディナルがそう言った次の瞬間、キリト――黒の剣龍は両腕の鞘で薙ぎ払い、群がる連合軍の戦士達を吹っ飛ばした。それは彼にとって道を作る行為だったらしく、彼は目的地を見つけたように駆け出した。その先に居たのはクラインやディアベル、リズベットやシリカといった、《SAO》時代から親交のあった仲間達だった。
黒の剣龍はクライン達に接敵するなり、左腕の鞘から剣を抜き払った。取り出されたのは
真っ直ぐ振り下ろされた巨大な《夜空の剣》を、クライン達は側面に飛び込んで回避した。
「うおおおおおおおおおッ!!」
「せえやあああああああッ!!」
直後、懐に入り込んだクラインとディアベルがそれぞれ刀と長剣で黒の剣龍の脇腹を切り裂いた。そこは白い毛並みに
あの血が出るという事は、やはり黒の剣龍は《EGO化身態》――!
シノンがそう思った直後、クラインが叫んだ。刀を振り上げ、叩くように何度も黒の剣龍を斬りつける。
「んだよ、なんなんだよキリトよぉ!! おめえ自分が何やってんのか、わかってんのかよ!!」
「目を覚ませキリト! 俺達の声が聞こえないお前じゃないだろう!!」
ディアベルも加勢して黒の剣龍の装甲のない部分に剣を突き立て、斬り裂く。更に周りの連合軍の戦士達も加勢して攻撃を仕掛ける。全員がキリトに恩のある者達のようで、黒の剣龍と化したキリトを止めようと必死になっていた。
だが、その攻撃をいつまでも受けている黒の剣龍ではなかった。彼の龍は驚くほどの瞬発力で上半身をもたげ、顔を下に向けた。その
「危ないですッ!」
「離れるわよッ!」
同じ予感を抱いたのだろう、
神々しささえ感じる純白の火炎放射が止むと、クライン達と共に攻撃していた連合軍の戦士達の姿は消え去り、代わりにいくつもの黄金の光の
正確な数はわからないが、この《塔》で絶命した連合軍の戦士達とほとんど同じ数だと思えた。絶命すれば、あの《繭》に取り込まれてしまう。そしてシュピーゲル/恭二が自慢するように話していた《生まれ直し》の処理が開始されるのだろう。
あの《繭》に取り込まれたが最後、《生まれ直し》をさせられ、愛莉の子供にされてしまう。恭二/シュピーゲルはそのために戦っている。ここにいる全ての人間を《家族》とするために。
そう思った直後、火炎放射で戦士達を焼き払った黒の剣龍はその顔を逃げ延びたクラインやディアベル、リズベットとシリカの元へ向けた。再びがっと咢を開くと、純白の火炎弾が発射された。大砲のような音と共に放たれた火炎ブレス弾は真っ直ぐ彼らの元へ飛翔していく。
《キリト!!》
頭の中に直接《声》が響いた次の瞬間、クライン達と黒の剣龍の間に巨大な影が躍り出たかと思うと、今しがた黒の剣龍が放った発射音と同じような音が轟いた。間もなくして純白の火炎ブレス弾が突如として空中で大爆発を引き起こす。巻き起こった爆炎の嵐は白と赤の炎で構成されていた。
「リラン!!」
シノンは咄嗟に叫んでいた。リランが黒の剣龍とクライン達の間に割り込んで、迫り来た黒の剣龍のブレスを己のブレスで
《ビーストテイマー》が《EGO化身態》となるという最悪の災禍に見舞われた《使い魔》。本来ならばその時点で行動不能になってしまうだろうが、《一般的な使い魔》という枠組みに囚われないリランは独自の判断で動く事ができる。そんな彼女に何度も助けられてきたのが自分達であり、キリトもまたその一人だった。
《白い火炎を操れるなど、まるで神獣ではないか。偉くなったものだな、キリト》
リランは鼻元に
その剣の姿にシノンは目を見開いた。右手に持たれているのは長大化した《夜空の剣》、左手に持たれている白き剣は《ダークリパルサー》に酷似した見た目をしていた。
そして彼の頭部をよく確認すると、
《忘れたか。我はお前の《使い魔》だ。そしてお前は我の《ビーストテイマー》だ。これだけは何があったとしても覆させぬ。なのに、今のお前ときたらなんだ。その姿、まるで誰かの《使い魔》ではないか。いつお前は《使い魔》になった? お前が誰かの《使い魔》ならば、我は《使い魔》の《使い魔》という事になるではないか》
黒の剣龍は抜刀した姿勢のまま二本足で歩き、早歩きになり、走った。そのまま一目散にリランへ向かっていく――
「え」
と思った矢先、彼はリランのすぐ目の前で急カーブし――こちらへ向かってきた。その勢いのまま二本の剣を振り被ってくる。
「なッ!?」
カーディナルが驚きの声を上げつつ神聖術を咄嗟に唱えて防御壁を展開してくれた。更に周りの神聖術師・暗黒術師達も加わって強固な光の壁を築き上げる。間もなく振り下ろされてきた黒の剣龍の両手の剣の刀身が衝突し、がきぃんという金属音に似た鋭い音が鳴り響き、腹に衝撃が伝わってきた。
次の瞬間、壁に亀裂が入っている事をシノンは確認した。
そして、黒の剣龍がこの事に気付いていないわけがない。
この場には呆気に取られているユイが居る。彼女を抱えて離脱する方法もあるが、それだとカーディナル達が確実にやられるだろう。
特にこの場で最も強い神聖術を扱えるカーディナルを、黒の剣龍/キリトの手で奪わせるわけにはいかない。
「――ッ!!」
シノンは両足に力を込めて大ジャンプした。太陽神ソルスの持つ無限飛行能力が発動し、ふわりと身体が宙を舞う。その途中で弓に矢を
許して、
それでも手応えはあった。その証に黒の剣龍は悲鳴を上げて大きく後退した。《EGO化身態》は《EGO》による攻撃に弱く、《EGO》ならば《EGO化身態》の《天命》を容易に削る事ができる。それは半皇獣・半化身態という黒の剣龍にも適応される法則のようだ。今の一撃で相当なダメージを与えられたのは確かだろう。
しかし、元がキリトのためなのか、黒の剣龍はすぐに体勢を立て直した。姿勢を低くして両手の剣を水平に構えるという見慣れた体勢を取ると、両手の剣の刀身に
「いけないッ!!」
シノンは叫んで空中を蹴って地上へ戻り、ユイを抱えてすぐに空中へUターンした。一秒後、黒の剣龍が大回転斬りを炸裂させた。
範囲攻撃二刀流ソードスキル《エンド・リボルバー》。
《SAO》時代からのキリトの得意技であるソードスキルは、カーディナル達の作る防壁を容易く両断した。一際力を入れていたためなのか、カーディナルは遥か後方まで吹き飛ばされ、壁に
だが彼女は幸運だった。共に防壁を展開していた神聖術師・暗黒術師達は防壁諸共身体を水平に真っ二つにされて絶命。黄金の光となって消滅し、繭の中へ吸い込まれた。
これで神聖術師・暗黒術師達の七割が失われてしまった。最強の神聖術師であるカーディナルの近くに固まる陣形を組んでいたのが災いしてしまったようだ。
「カーディナルさん!」
一方で生き残ったカーディナルの元へリーファが駆け付けて《力》を発動させた。彼女を中心に温かそうな柔らかい光が
草花の伴う陣から湧き出た光は負傷したカーディナルの身体に吸い込まれていき、彼女から流れ出ていた血を止めた。同時に周囲の戦士達の傷も塞がり、疲労から解放されたように体勢が立て直される。
リーファの持つ《地神テラリア》の力である《天命無限回復》だ。黒の剣龍の攻撃はガブリエル戦と同様に即死級の威力だが、ものによっては
リーファはその力をガブリエル戦後、死亡する直前のディー・アイ・エルにも使おうとしたが、フラクトライトへの負荷がある事を見抜かれて止められ、救えなかった。今、彼女はその力を多用している。フラクトライトへの負荷が相当かかっているだろうが、今使わなければ全滅するとわかっているからこそ、彼女は使う。
攻撃を受ければ即死か重傷確定。しかしリーファの力で全回復して即座に戦線復帰可能。なんとも極端なバランスになっているのがこの戦いだった。
「ママ!!」
そんな事を考えていると、耳にユイの叫びが飛び込んできた。はっと我に返ると、黒の剣龍がすぐ目の前に迫って双剣を振り被っていた。今度はソードスキルではなく、純粋な
「ッ!」
シノンは全速力で右方向に飛んで避けようとした。それまで居た空間を二本の長大な剣が斬り裂き、残されていたマフラーの先端が斬られた。もう少しでユイ諸共両断されてしまうところだった事に、シノンは背筋に冷や汗を浮かばせた。
「気を付けろ、シノン! そいつは、キリトはお主を狙っておる!!」
カーディナルの叫びにシノンは驚くが、同時に思い出した事があった。
キリトが今の姿に至る前にやっていた仕草だ。彼は《生まれ直しの巨大繭》から飛び出してきたかと思うと、シノンの方を向き、手招きするような動作をしていた。
こっちへ来るんだ。こっちへおいで――まるでそう伝えようとしているように手招きしていた。その意味をシノンが理解するより前に、キリトは今の姿へと変化してしまった。あの手招きの意味は未だにわかっていない。
「どうして……まさかキリト、私の事だけはわかるの?」
ふと疑問を漏らしたその時に答える声があった。胸元に抱いているユイだった。
「……ママ」
「え?」
「パパは、変わっていません」
娘からの言葉にシノンは首を
「キリト君、止まって!!」
「止まってよキリト!!」
そこでアスナとエミーリアに乗ったミトが追いついてきて、黒の剣龍にそれぞれレイピアと闇属性エネルギー弾の連続攻撃をお見舞いした。しかしそれでも動きが少し止まった程度で、黒の剣龍は引き続きこちらを追いかけてくる。
「止まりなさいって言ってんのよ!」
「お願いだから止まってよ、キリト!」
「止まれってみんなが言ってんの聞こえない!?」
「いい加減にしろ、キリト!」
これ以上こちらを追わせまいとしてくれているのか、アスナに加わってリズベット、ユウキ、カイム、エイジも黒の剣龍に接敵してソードスキルを含む連続攻撃を仕掛けてくれた。合計六人のスーパーアカウント――《EGO》持ちの攻撃は流石に効いたらしく、黒の剣龍は傷口から黒い血を流出させながら呻き、動きを一気に鈍くした。
そこでようやく黒の剣龍の狙いは集う七人に向き、攻撃を始めた。先ほどのようにソードスキルを放ってくる事を懸念したが、果たして黒の剣龍は双剣で斬り払う、あるいはその長大な尻尾で薙ぎ払うなど、単純な攻撃ばかりを放つ一方だった。それでも当たれば防御していても大きく後方へ吹っ飛ばされてしまうほどの威力はあり、ユウキとカイムの二人が尻尾を打ち付けられて吹っ飛ばされていったのが見えた。
黒の剣龍とアスナ達では全長にかなりの差がある。ソードスキルを放ったところで対象が小さすぎて当たらないと判断し、確実に当たる攻撃を仕掛けているのだろう。ただ強い技を無闇に放つのではなく、確実に効く攻撃をしっかり当てる。自分の知るキリトの戦い方だった。
そこでシノンはユイに問うた。
「ユイ、キリトが――パパが変わっていないってどういう事なの」
「パパから感じるんです。殺意や悪意ではなく、ママを、皆さんを守りたいという強い思いを……」
「守りたいって……何から?」
ユイは
「恐らく、
シノンは目を丸くした。ユイは続ける。
「地球上のネットワークを封鎖しているわたしの
全てはユイの憶測であるというのはわかったが、しかしそれが外れているようには思えなかった。
これまで相手にしてきた《EGO化身態》と言えば、猛烈な憎悪や憤怒といった負の感情を周囲に放ちながら襲ってきていた。それはリーファやリズベット、シリカやメディナもそうで、例外はなかった。
しかし黒の剣龍からは、確かに《EGO化身態》の嫌な波動が放たれてはいるものの、全てを焼き尽くさんとする憤怒や、何もかもを溶かし尽くさんとする酸のような憎悪といった負の感情の放出は感じられない。寧ろユイの推測通り、強い正の感情に突き動かされているような雰囲気があった。
自分達を襲ってきているのは、生まれ直させるため。生まれ直させるのは、危険な今の世界から自分達を守るため。これまでのような「みんなを、シノン/
なんという
これまでのように、守りたいから――。
「……」
シノンはゆっくりと降下し、地面へ降りた。ユイの足が地面に着いたのを確認してから、そっと腕を離して大弓《アニヒレート・レイ》を握り直す。
「……ママ」
胸が悲しさでいっぱいになりそうな顔をしているユイに、シノンは
「パパを助けに行って来るわ。寝ぼけておかしな事をしてるパパの目を、ママがしっかり覚まさせてあげなきゃ」
そう言ってシノンはもう一度上空へ飛び上がった。そのままアスナ達を助けるべく相手取っている黒の剣龍/キリトに視線を向ける。キリトは完全にアスナ達に夢中になっているようで、こちらに気付いていないようだった。
そしてキリトと皇獣シュピーゲルが共に暴れているこの部屋は、巨大な繭こそ最奥部にあれど、ガブリエルと戦った時よりもずっと広大で、大型の
その上空を陣取り、キリトをじっと見つめる。自分がユイと話している間にキリトは傷付き、身体のあちこちから墨のようなどす黒い血を流している。
具体的な数値はわからないが、アスナ達――いつの間にかフィリアやシリカ、クラインやディアベルやエギルも加わってくれている――が《EGO》による攻撃を入れ続けてくれたおかげで、かなりの《天命》が削られているのは確かだろう。
前の戦争――人界と暗黒界の衝突の際に使った《太陽神ソルス》の奥義のイメージを脳裏に浮かばせる。あの時は群がる《EGO化身態》を全滅させてガブリエルへの道を開くために最大出力で放った。何メートル四方が吹き飛んだのかは
だから、もっと圧縮する。威力をそのままに範囲を今のキリトを呑み込めるほどにまで小さく圧縮する。あの一撃さえあれば、きっと今のキリトを――仕留められる。
その間にもキリトは双剣で仲間達を薙ぎ払おうとするが、当たらない。戦い慣れているどころではない仲間達に単純な攻撃を当てるのは至難の業だ。それがわからないキリトではない。やがてキリトはぎりりと歯を食い縛り、双剣に光を宿らせた。眩い金色の光。
二刀流ソードスキルの発動の際――これは全ての武器に共通していることだが――、刀身に乗る光の色で、何のソードスキルが繰り出されようとしているかを判断する事は可能である。緑色は《エンド・リボルバー》、血のような赤色は《ナイトメア・レイン》などだ。
そして今まさにキリトの双剣を包む金色の光は、《ダブル・サーキュラー》のそれであろう。奥義《ジ・エクリプス》も考えたが、あれは更に強い黄金の光を放つものだから違う。
キリトはみんなに《ダブル・サーキュラー》を炸裂させるつもりだ。
「「リリース・リコレクション!!」」
その時、重なり合った男女の絶叫が響いた。ほぼ同刻、ソードスキルの発動体勢に入ったキリトを黄金の花嵐が包み込んだ。
上半身は表面が軽く凍り付く程度だったが、下半身は完全に氷漬けになり、床に固定された。急に身動きを封じられたキリトの双剣から金色の光が消え、混乱したように下半身を見回した。すぐさま双剣で叩き割ろうとするが、完全に隙だらけだ。
「シノン!!」
シノンは呼び声の方へ振り向いた。アリスが剣を振り下ろし、ユージオが剣を床に突き立てる姿勢をしていた。呼んできたのはアリスだった。
「何か策があるのでしょう!」
「キリトの動きは止まったよ! やるなら今だ!」
シノンは軽く驚いた。自分のやっていた事と言えば上空に舞い上がってキリトを観察していただけだ。それだけで二人は自分の考えを読み、キリトの動きを封じてくれたらしい。流石は自分達と共に戦ってきた剣士達というべきか。しかし礼を言う暇さえ惜しかった。
シノンはすぐさまキリトの方へ振り向き直した。《アニヒレート・レイ》に矢を番え、
「みんな、キリトから離れて!!」
できる限り全員の耳に届くように叫んだ。祈りは通じた。キリトを取り囲んでいた仲間達は一斉に後退して、瞬く間に距離を取ってくれた。キリトを斬り刻みつつ凍結させるアリスとユージオのコンビネーション技が事前に放たれていたのも幸いしたようだ。シノンは狙いをしかとキリトの顔に向けた。
「――
静かにそう言って、シノンは矢を放った。放たれた矢は空中で光に包まれて分裂して飛翔。キリトへ到達するより前に急上昇し上空へ向かってから、隕石のようにキリトへと突進した。
それら全てがキリトの頭部に着弾すると、猛烈な光が放たれ――キリトを呑み込むだけの範囲の大爆発が引き起こされた。
《太陽神ソルス》の固有能力、広範囲殲滅攻撃《ディバイン・パニッシュメント》。
全てを白く染め上げるほどの閃光、それに伴う轟音と衝撃が部屋中を満たした。それが一気に収束したところで、シノンは爆心地に視線を向けた。
あの神々しさと禍々しさの混ざり合った姿の怪物だった彼が、元に戻って倒れていた。