キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 推奨BGM『イニシエノウタ/運命』



24:白水ノ弓猫 ―《敵》との戦い―

□□□

 

 

 空間を切り裂いて矢が打ち出されてきた。その背に載せてくれているリランは軽やかなステップで回避するが、矢は続々と飛んでくる。リランは自慢の脚力で走り回り、ジャンプやステップで回避し続けるが、そのうちの一本がリランの右足に突き刺さる軌道だと読めて、シノンは咄嗟(とっさ)に弓を構えて矢を放った。

 

 《太陽神ソルス》の《鍵》でもある大弓《アニヒレート・レイ》から発射された矢はリラン目掛けて飛翔してくる矢に衝突し、鋭い金属音と火花を散らした後に相手の矢共々地面へ落ちた。

 

《見事な反応ぞ、シノン。両手を離しているのに、よく乗ったままを維持できているな》

 

 頭の中に直接響く《声》にシノンは答えた。自分自身の《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》――白水の弓猫は引き続きこちらを狙って弓を引き絞り続けているのを見逃さずに。

 

「多分《太陽神ソルス》の力のおかげね。ソルスの特殊固有能力の中に、《無限飛行》っていうのがあるから」

 

《その飛行能力を使って我の背中に(またが)りながら浮かび続けているという事か。和人(かずと)――キリトが欲しがりそうな力だ。あいつは時折、我に乗っていると片手が塞がる事を不満がっておったからな》

 

 キリトと一緒にリランの背に乗った事は何度もある。その時に決まって彼が言っていたのは「振り落とされるな!」だった。リランの背中は当然揺れるどころではなく、剛毛を掴む手の力の入れ加減や、敵の攻撃によっては簡単に振り落とされてしまう。

 

 今こうして回避行動とダッシュで揺れに揺れているリランの背中に、両手を離して乗っている自分を見たならば、キリトはさぞかし驚くだろうし、(うらや)ましがるだろう。

 

 キリト、見て。私、両手離しでリランに乗っているわよ――繭から肩から上だけを出しているキリトに顔を向けてみるが、果たしてその目は閉じられたままだった。

 

 その直後だった。目の前が急に暗くなったかと思うと、白水の弓猫がすぐ目の前に飛び掛かってきていた。爪が禍々しい青色に光る右手を振り上げて、斬りかからんとしている。

 

 いつの間に距離を取られた――!?

 

 そう思った次の瞬間に、一段と激しい揺れが襲ってきた。リランの抑え込んだような悲鳴と、肉が切り裂かれるような嫌な音も耳に届いてきた。白水の弓猫の爪による斬撃を、リランは右肩に受けてしまったようだった。彼女を彼女たらしめている特徴の一つである白金色の毛と鮮血が飛び散ったのが見えた。

 

《このぉッ!!》

 

 しかしそれで怯まないのがリランだった。再び激しい揺れが来たかと思うと、腹の奥にまで響く轟音と衝撃が伝わってきた。白水の弓猫が接敵してきているのを逆手に取り、リランは左手で思い切りパンチをぶちかましていた。

 

 人間性を持つリランだからこそ繰り出せる人間的な一撃を顔面に(もろ)に浴びた白水の弓猫は後方に吹っ飛ばされる途中で体勢を立て直し、着地した。

 

 シノンは驚かされた。白水の弓猫がかなり大ぶりな動きをしたにもかかわらず、ほとんど音が生じなかったのだ。気付かない間に聴覚を潰されたかとも思ったが、リランの足音を筆頭とした動く音はしっかり聞こえてきている。

 

 白水の弓猫だけが音を出していない。いや、完全に無音ではなく、触手が弓の弦を引き絞っている音は聞こえてきていた。

 

 しかし、それくらいしか白水の弓猫は音を出しておらず、触手がうねる音や足音は聞こえてこない。今しがた奇襲を受けてしまったのは、白水の弓猫が完全に音を消したうえで爆発的な瞬発力を発揮してきたからだろう。

 

《あいつめ……油断も隙もありはしないな。よもやシノンが《EGO化身態》になるとここまで恐ろしくなるとは……》

 

 リランがぐるぐると喉を鳴らしながら《声》を送ってくる。シノンは尋ねるように答えた。

 

「リラン、あいつから音が聞こえないわ。どうなっているの」

 

 シノンがそう言った直後、白水の弓猫が再び跳躍してきた。リランとシノンの上空を飛び越えて、背後に回り込んでくる。それを最初から見ていたシノンは咄嗟に矢を番えて軌道を追いかけ、白水の弓猫が着地したタイミングで放った。確かに当たると思った。しかし白水の弓猫はまたしても驚異的な瞬発力で飛び跳ね、回避してみせた。

 

 どれもこれもが無駄を感じさせないスマートな動きであったが、白水の弓猫のリランより少し小さい程度の巨躯(きょく)では、行動の度に大きな音が鳴るはずなのだ。しかし今の一連の流れの中で、白水の弓猫は一度たりとも音らしい音を立てなかった。

 

《それは、あいつが猫だからだろう》

 

 リランからの返答にシノンはきょとんとしてしまった。傷の影響で判断がおかしくなったのだろうか。リランの《声》は続く。

 

《猫は元々砂漠地帯で狩りをして暮らしていた生き物だ。その身体は狩りをスムーズに成功させるための形へ進化を遂げ、消音に特化した構造になっておる。猫が足音を立てて歩いているところを見た事があるか》

 

 そう言われてシノンはまたはっとする。以前アスナ/明日奈から「詩乃のんって猫っぽいところあるかも」と言われ、その話を聞いていたリズベット/里香からも「確かに猫っぽい可愛さがあるわよね。和人もデレデレになるわけだわ」と褒められた事がある。

 

 私ってそんなに猫っぽいかしら――そんな疑問に駆られてしまって、自分と猫の共通点というものが気になり、何気なく日常を過ごす猫の動画を動画サイトで見た。思い返してみれば、その可愛らしい猫達が歩いたり、高台へジャンプしたりする時、一切音を立てていなかったかもしれない。

 

「言われてみれば……猫って音を立てないわ。あの子達って本当に静かだった」

 

《お前は《ALO》で猫に一際酷似したケットシーだっただろう。その時の情報をあいつは再現し、《猫の静けさ》を出しているのかもしれぬ》

 

 そう告げるリランが火炎弾ブレスを白水の弓猫に放つと、白水の弓猫はぐるんと後方へ宙返りして片腕で一度着地し、更にもう一度宙返りして着地した。どれも如何にも音が出そうな動作だったが、やはり音がしなかった。この空間で音を立てているのは自分達だけである事実が、悪寒の形を取って迫って来る。

 

 白水の弓猫は音を出さずに動いて攻撃を繰り出せる。一度でも見失えば、どこに行ったかわからなくなるだろう。死角に入られたが最後、そこに追い付くまでの時間であの弓矢に撃ち抜かれるか、つい先程のように爪からの斬撃をもらうだろう。

 

 リランは既に爪で一撃入れられてしまっている。彼女の耐久力と体力は信頼しているが、耐えられて数回だろう。

 

 それだけではない。真に恐ろしいのは右触手が持っている《アニヒレート・レイ》を歪めたような形状の大弓ではなく、左触手のライフルだ。明らかに《GGO》で自分が愛用していた《ウルティマラティオ・ヘカートⅡ》を再現したと(おぼ)しき対物ライフルは、弓同様にこちらに銃口を向け続けているが、一向に発砲してこない。

 

 《ヘカートⅡ》は連射こそ利かないものの、《GGO》のあちこちを我が物顔で闊歩(かっぽ)する生体兵器からリランのような《ビークルオートマタ》にまで絶大なダメージを与えられる火力を誇っていた。その《ヘカートⅡ》を大型化させたような見た目をしているのが白水の弓猫の左触手。仮にあそこから放たれた弾丸を喰らおうものならば――リランも自分も確実に一撃死するだろう。

 

 そう思っていたその時だった。白水の弓猫が突然こちらを追いかけるのをやめた。二足歩行から四足歩行になり、力を溜めているような姿勢を取る。口角が上がり、笑みがより一層不気味さが増していた。胸騒ぎと身震いが一気に襲ってくる。

 

 何か仕掛けてくる――そう思ったところで、恐れていた事が起きた。白水の弓猫の左触手が動き、しっかりと銃口をこちらに向けてきた。細く青い筒状の光が銃口の先端から伸び、走り続けているリランを捉える。

 

 《弾道予測線(バレット・ライン)》――《GGO》で銃を撃つ際に出るエフェクトだ。律儀にもそんなものまで再現しているのか、あの怪物は。完全に自分の中にある記憶や心が歪な形を取って現れてきている。激しい嫌悪感が湧き出てくるが、それに(かま)けている余裕などない。

 

「リラン、飛んで!」

 

 シノンが叫ぶと、リランはその指示通りにぎゅんと加速して翼を羽ばたかせ、空へ舞い上がった。直後、白水の弓猫の元で閃光と轟音がした。光の方はそうでもないが、轟音は聞き慣れた《ヘカートⅡ》の発射音だった。

 

 発射とほぼ同時に着弾するほどの弾速を誇る《ヘカートⅡ》を再現した(いびつ)な対物ライフルから放たれた弾丸――実物の《ヘカートⅡ》よりも一回り大きい――は空を裂いて飛翔し、リランの尻尾と脚の間を擦過(さっか)した。

 

 凄まじい風が吹き付けてきてリランの体勢が一瞬崩れ、一緒にシノンも揺すられる。間一髪の回避だった。飛翔を指示しなかったならば直撃をもらっていた事だろう。つまりあとほんの少しだけ遅かったならば、リランが即死していた。やはり、あれは白水の弓猫にとって一撃必殺技を放つための火器なのだ。

 

 改めてこの場には似つかわしくない武器を持っている白水の弓猫を改めて見下ろしたそこで、シノンは違和感を覚えた。白水の弓猫が発射後の姿勢のまま硬直している。撃った反動で動けなくなっているのではないというのが直感でわかった。

 

 そうしていると、白水の弓猫と目が合った。ただでさえ不気味で禍々しいのに、口角が上がっているせいで拍車のかかっている笑みが浮かんだままになっていた。嫌な予感が一瞬で湧き上がってきて胸の中がいっぱいになる。

 

 まだ、何かある。こいつにはまだ何かが――。

 

《シノンッ!!》

 

 直後、頭の中に声が響いたかと思うと激しい揺れが襲ってきた。リランが思い切り身体を揺らしたのだ。まさかのリランからの不意打ちを受けたシノンはたまらず両手を離してしまい、空中へと投げ出された。

 

 次の瞬間、一瞬だが猛烈な暴風が吹き付けてきた。まるで巨大な空気の拳で殴り付けられたように天地が何度も回転し、飛行能力の制御ができなくなって地面へ(したた)かに打ち付けられてしまった。

 

「あぐッ!」

 

 背中を襲う鈍痛と、肺が一瞬だけ潰れて息ができなくなる感覚に(うめ)いた。だが、こんな事で倒れてなどいられない――そう念じて身体に力を込めて立ち上がる。ゆっくりと姿勢を戻す白水の弓猫の比較的近い地面に小さなクレーターができている事、肩の辺りに違和感がある事に気が付き、シノンは咄嗟に右肩の後方を見た。

 

 そこは《太陽神ソルス》の外観的特徴の一つである、不思議な柄のない短剣状装飾が四つ並んで浮いている場所だったが――その短剣状装飾のうち二本が根元を残して折れていた。地面に激突した際に折れたのではなく、何らかの攻撃を受けて砕けたようだった。そして白水の弓猫の近くにある小さなクレーターは、空から何かが降ってきて開いたもののようだ。

 

「何……!?」

 

 再び悪い予感が胸の中に湧き上がるが、正体が掴めなかった。冷や汗が(ひたい)を流れ落ちようとしたその時に、《声》が頭の中に響いた。

 

《気を付けよ、シノン! あいつの放ったライフル弾が戻ってきたぞ!》

 

 シノンは「はぁ!?」という声を呑み込んで空を振り返った。ホバリングしていたリランが地上へ戻ってきたタイミングで、全てが繋がった気がして、悪寒が背筋を撫で上げた。

 

 あの時リランが急に自分を振り落とした事、空中で暴風に遭った事、短剣状装飾の一部が折れている事、白水の弓猫の近くに小さなクレーターが開いている事。

 

 全て白水の弓猫が持つ《ヘカートⅡ》の再現品が放った弾丸が、空中で向きを変えて戻ってきた事によるものだったのだ。

 

「嘘でしょ……」

 

 シノンはそう言うしかなかった。白水の弓猫の《ヘカートⅡ》の再現品から発射される弾丸は、空中で軌道を変えて、もう一度飛んでくるようになっている。そして弾丸は(かす)っただけでソルスの短剣状装飾を折り、地面に小さなクレーターを作るくらいの威力を誇っている。直撃を受ければそこで終わりだというのは想像する必要さえなかった。

 

 白水の弓猫の外観にはある程度《太陽神ソルス》の要素が見受けられる。今まさに自分も使っているそれの力の中には、イメージする事で、放った矢の軌道をある程度変える事ができるというものがある。集中する必要が――恐らくフラクトライトへの負荷も――あるが、ホーミングさせる事もできる。

 

 その能力が白水の弓猫にも備わっていて、しかもあの《ヘカートⅡ》の再現品の弾丸にまで応用できているだなんて。先ほどのリランの「よもやシノンが《EGO化身態》になるとここまで恐ろしくなるとは」という言葉が頭の中でフラッシュバックする。なんて恐ろしい怪物を生み出してしまったの、私は――。

 

 生み出し元の恐れを()み取ったかのように白水の弓猫は不気味に笑い、右肩付近でうねる触手を器用に使って弓に矢を番えた。てっきりこちらを狙っているかと思われたそれは、リランへと向けられていた。

 

 ばしゅっという音と共に矢が鋭く撃ち出される。無音を貫く白水の弓猫でも矢や弾の発射音までは消せないのは先ほどからわかっていた事だった。シノンは思わず追いかけるように矢に視線を向け続けた。

 

 矢は空中で分裂するように増え、真っ直ぐにリランへと飛翔した。リランは傷を負っているとは思えないほどの軽やかなステップで回避してみせるが、果たして白水の弓猫の矢は避けられた先でぐるりとUターンして再度リランへ突進した。

 

 シノンが「あっ」という声を漏らした直後、リランのある箇所に矢が突き立てられた。リランは悲鳴を上げて大きく体勢を崩す。数を増した矢が刺さった箇所は、つい先ほど白水の弓猫がその爪で傷を付けた右肩だった。

 

 よく目を凝らしてみると、矢の直撃を重ね掛けされて鮮血が流れ出ている傷には、赤に混ざって青い光が見えた。見間違いかと思ってもう一度見つめるが、やはり傷は青く光っていた。勿論リラン自身の力によるものではない事は確かだ。

 

「リラン!?」

 

《くそッ……!!》

 

 リランは思い切り踏ん張って体勢を立て直した。どくどくと血が(にじ)み出ていくその傷を包む青い光を注視したところ、脳内でフラッシュバックする光景があった。白水の弓猫が驚異的な静音能力を発揮しつつ急接近してきて、爪で斬り裂く攻撃を繰り出してきた時だ。あの時、白水の弓猫の爪は青く光っていた。その光とリランの傷の光は同じだ。

 

《シノン!!》

 

 頭の中に叫びが響いて、シノンは我に返って前方へ振り返った。自分の《EGO化身態》がすぐ傍まで来ていて、右腕を水平に伸ばしていた。最早不格好だと思えるほどに大きな掌の先端の爪が青く光っている。水平に薙ぎ払ってくるつもりだ。また直前まで気付けなかった。

 

「しまっ――」

 

 言い切るより先に、シノンはバックステップを繰り出していた。ほとんど無意識のうちに取った回避行動だった。そして予測通りに白水の弓猫は伸ばした腕で前方を薙ぎ払ってきた。

 

 完全に避けきれるほどの距離を取れたと思った。だが、迫り来た爪の先端が僅かに届いてきてしまった。一瞬のうちに胸元の上部がそこを(おお)うブレストプレートごと斬り裂かれた。焼けるような痛みが襲い来たが、ごく浅い傷で済んだ。

 

「――ッ!!」

 

 シノンはぎりっと歯を食い縛って痛みを封じ込め、咄嗟に矢を放った。リランへの仕打ちの仕返しをするつもりで放った矢は、左手で垂直に斬りかかって来ようとしていた白水の弓猫の脇の近く、装甲のない部分に突き刺さった。白水の弓猫は驚きと苦痛、怒気と殺気を入り混じらせたような声を上げ、傷からどす黒い血を噴き出させながら体勢を崩した。

 

 確かな手応えがあった。《EGO化身態》は《EGO》による攻撃に弱いというアンダーワールドでの法則は白水の弓猫にも通じているようだった。それだけではない。僅か一撃を浴びただけで白水の弓猫は大きく体勢を崩した。防御力や体力と引き換えに静音能力と運動能力を得ているのか、こいつは。

 

 だとすれば短期決戦で行ける可能性が一気に――。

 

 そこまで思ったところで白水の弓猫はがっと顔をこちらに向けつつ、つい今の自分と同じようにバックステップした。猫のバネのような脚力で飛び跳ねて距離を取るだけで終わらせず、空中で矢を放ってきた。真っ直ぐ向かってくる一本の矢を、シノンは横方向へのダッシュと飛び込みで回避したが、その最中で目を見開いた。

 

 矢が途中でこちらに吸い込まれるような軌道を描いて飛んできていたのだ。それ故に間一髪の回避となっていた。もう少しで胸元を貫かれて終わるところだった――。

 

(……!?)

 

 矢は自分の胸元を追うような軌道を描いた――その事を思い出しながら、シノンは見下ろした。青い金属製のブレストプレートの上部分と中の服が綺麗に斬り裂かれ、浅く(えぐ)られた切り傷がある。じりじりと焼けるような痛みが走り続けているそこに、青い光が生じている。リランが負っている傷にある光と同じだ。明らかに矢はこの傷を目指して飛んできていた。

 

「まさか……!」 

 

 あいつに斬られるとそこにマーキングがされ、以降矢や弾丸といった飛び道具がホーミングしてくるようになっているのではないか。そうであるならばリランの傷口に矢が刺さった事、そして自分が負っている傷に矢が吸い込まれるように飛んできた事に説明が付く。

 

 静音能力、《太陽神ソルス》の鎧を裂くほどの強力な物理攻撃、傷をホーミングする矢、そして《ヘカートⅡ》を大型化させた必殺の対物ライフル弾。どこまでも自身以外の敵を狩る事に特化しているとしか思えない《EGO化身態》だった。その姿を取ってくるより前の、自分の利己心(エゴ)が吐き散らしていた言葉が頭の中に(よみがえ)ってきた。

 

 「もう少しで和人を、私だけモノにできたのに」、「和人は私のものだ」。そんな事を言って、あれは今の姿に至った。あいつはきっと和人が欲しくてたまらないのだ。その邪魔になっている自分達を排除する事だけに集中し、あそこまで殺意を全開にした姿になって襲ってきている。

 

「……!」

 

 それは自分も同じだ。全てを拒絶する分厚い《生まれ直しの繭》よりもずっと薄い繭に包まれている和人を見つけ出し、繭糸を裂いて、その身体を表に出させる事ができた時、心の底から安堵(あんど)した。

 

 だが、冷静になって思い出してみるとそれは安堵ではなく、これ以上ないくらいの歓喜だった。和人に会えて、溢れんばかりの愛情が突き上げてきたのも事実だ。

 

 あいつもきっと同じだ。だから自分の身体を操ってあんな真似をしようとした。全ては和人を手に入れたいがため。

 

 和人の優しくも凛とした黒い瞳に見つめられ、その声を聞き、温もりを受けたいがため。

 

 何もかもが、自分も願っている事だ。

 

 だから、譲れない。和人は私の――私のだけの光なのだから。

 

 あいつ一人だけに抜け駆けなどされてたまるものか!

 

「ッ!!」

 

 そう強く胸中で叫んだところ、一気に痛みが引いた。世界が限界付近と思えるくらいにまで鮮明に映り、白水の弓猫の姿が超高解像度のモニタに映ったそれのようにはっきり見えた。そして白水の弓猫はもう一度四足歩行の姿勢を取り、伏せた。右触手の弓が下がり――左触手の《ヘカートⅡ》の銃口がきらりと光る。

 

 勝負をつける気だ。あいつは自身と和人を運命だと言っていた。それを現実にするつもりだ。ストッパーになっていると思っている自分を潰し、身体を完全に制御下に置き、和人を手に入れようとしている。きっと胸が歓喜で高鳴っているに違いない。

 

「……でしょうね」

 

 そう(つぶや)いた直後、再び轟音と閃光が放たれた。何もかもを貫通して破砕するエネルギーを(まと)った弾丸が回転しながら飛翔してくる様子が見えた。スローモーションになった世界で、シノンは足に力を込めて横方向へ飛び跳ねた。それまで居た空間を右回転する弾丸が貫き、回避に追い付けなかったマフラーの先端がじゅっという音を立てて千切れた。

 

 これで終わらない。あの弾丸は回避しても――恐らくではあるが――一度だけ向きを変えて再度飛んでくるのだ。そのタイミングがいつなのかはわからないが、数秒以内だけである事だけはわかっている。

 

「はああああッ!!」

 

 弦を引き絞るでもなく、矢を放つでもなく、シノンは両足に力を込めて地面を蹴り、飛翔体勢を取った。空を飛ぶのではなく、地面とぶつかるすれすれを滑空するように飛んだ。そしてそのまま白水の弓猫の眼前にまで迫って――急加速。その巨躯の下を潜り抜けて尻尾側に飛び出した。

 

 白水の弓猫は驚いたように姿勢を二足歩行へ戻し、振り向こうとした。

 

 次の瞬間、再度轟音が鳴り響いた。

 

 硬い物同士が猛スピードで正面衝突したような、爆発音にも似た音。間もなくして、不快感を極める悲鳴が耳の中に飛び込んできた。同刻、白水の弓猫が大きく仰け反るように体勢を崩す。

 

 《太陽神ソルス》のそれを歪ませたような形状のブレストプレートが周囲の装甲諸共粉々に砕け散り、青い光の粒子が(うごめ)くどす黒い闇色の胸部が(あらわ)になっていた。シノンを追尾して返ってきた弾丸の直撃を受けて剥き出しになったそこは――和人への想いが燃え盛っている場所だった。

 

「しッ」

 

 シノンはもう一度加速して急上昇し、白水の弓猫の胸部目掛けて急降下した。その中で《アニヒレート・レイ》の弦を引き絞る。《太陽神ソルス》の能力によって即時生成された矢の(やじり)が、しかと白水の弓猫の《想いの燃える場所》を捉える。もう外しようがない。

 

 

終わりよ(ジ・エンド)

 

 

 だから、私の中へ帰ってきなさい。

 

 和人のところへ、一緒に行きましょう。

 

 胸中でそう(ささや)きかけながら、シノンは矢を掴む指先を開いた。《太陽神ソルス》であり、桐ヶ谷(きりがや)和人(かずと)という少年を愛する、朝田(あさだ)詩乃(しの)という一人の少女から放たれた光の矢は、《もう一つの朝田詩乃の形》に一瞬で大穴を穿(うが)った。

 

 そうしてもう一つの詩乃の形は――音なく四肢をだらりと地面へ垂らした。

 

 やがて身体は瞬く間に青白い光の粒子に分解され――詩乃の中へと吸い込まれていった。直後、握り締めていた《アニヒレート・レイ》が一瞬だけ青白く光り、温もりを伝えてきた。

 

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