キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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29:結論

□□□

 

 

「……ッ!!」

 

 キリトは意識をその場に取り戻した。

 

 身体から意識だけを引き抜かれて持って行かれ、どこか知らない場所の映画館の椅子に座らされて、目の前の巨大なスクリーンに流れる音声映像を見ていたような感覚はもうない。確かにここに立っている。だが、服の中はぐっしょりと汗をかいていた。激しい運動をしたためではなく、冷や汗のためだった。

 

 そして頭の中に《映像》の記憶が蘇(よみがえ)る。今の《映像》は――。

 

「キリト……!」

 

 助けを求めるようなか細い声がして、キリトは即座に振り返った。シノンが居た。何が起きたのかわからないような、混乱を極めたような表情が顔に浮かんでいる。自分同様に汗をかいていて、髪の毛が肌に張り付いてしまっているのも認められた。自分と同じ体験をしたのは間違いなさそうだ。

 

 周囲を更に見回してみると、他の皆も同じような状態だった。誰もが片手で頭を抱えてきょろきょろと周囲を見回し、「何が起きたの」「今のはいったい何なんだ」と言いたそうな顔をしている。ここに居る全員が同じだ。この広大な白い部屋に居る全ての者が、一斉に同じ体験をしていたのだ。

 

 だが、その中で違う反応をしている者もいた。リラン、ユピテル、ユイ、ストレア、エミーリア、ヴァン、プレミア、ティア、リエーブルという《彼女》の九人の《子供達》だけは、力が抜けたようにその場に座り込んだり、地面に突っ伏したりしている。知り得なかった真実を突き付けられて激しく動揺しているかのようだった。

 

「リラン、ユイ!」

 

 気が付いたキリトは、リランとユイの元へ駆け付けた。相棒は片手で前髪を握り締め、ぎちぎちと音が聞こえるほどに歯を食い縛って涙を必死に抑え込んでいるような顔をしていて、愛娘(まなむすめ)は無表情に近い顔のまま俯(うつむ)いて、大粒の涙を流していた。

 

 理解が追い付いていないのか、それとも追い付いたが故にこうなっているのか、キリトは答えを出す事はできなかった。

 

「かあさん、そんな……こんな事って……」

 

 そう言ったのはユピテルだった。リランの弟、ユイの兄である彼は、内部で無数の黄金の光珠(こうじゅ)が浮かんでいる《生まれ直しの繭》を見つめていた。アスナと同じ色の瞳からは涸(か)れる事なく涙が溢(あふ)れ出ていて、その背中をアスナが抱き締めている。今しがた言った「かあさん」とはアスナの事ではない――キリトは直感でそう思った。

 

 そして愛する息子を抱き締めるアスナは、驚愕(きょうがく)し切った表情を顔に浮かべて俯いている。視線の先にはユピテルの後頭部があったが、焦点はそこに合っていなかった。

 

「今のは……イリス先生の記憶……?」

 

 か細い声で口にされた言葉は、彼女を知るその場の全員が言いたい事だったかもしれない。今でも鮮明に思い出せる。

 

 子宝に恵まれた街に生まれ、子を愛し、周りの母親達と同様に子を産む事を望んだが、しかし先天性の病(やまい)によってその願いは閉ざされていた。

 

 それでも子を産む事、母になる事を諦められずにいたところで人工知能というものに巡り合い、僅か一〇歳でそれを作り出し、世の中のAIの歴史そのものを進化の道へと導いた、本物の天才としか評価する事のできない少女。

 

 芹澤(せりざわ)愛莉(あいり)という名の一人の娘の辿(たど)った道を。

 

「そんな……芹澤博士が……イリス先生が、あの《黎明(ドーン)》だったっていうの……? AIの歴史を変えた、あの《黎明》……?」

 

 信じられないものを目にした顔のセブンが呟(つぶや)く。《黎明》。今しがた頭の中に流れていた映像では、彼女は確かにそう呼ばれていた。「AIの冬の時代を終わらせた」とか、「今の高性能AIがあるのは《黎明》のおかげだ」などと言って、技術者達は正体のわからぬ《黎明》を神のように崇めていた。

 

 ……それが芹澤愛莉という一人の女性、しかも当時は一〇歳の少女でしかなかったという事に気付いた者はいなかったようだが。いや、だからこそ技術者達は《黎明》を崇めたのだろう。正体がわからない、その存在の詳細を知る術もないというのは宗教で崇められる神も同じなのだ。

 

 我々に大いなる恩恵と祝福を与えてくださった名もなき神。技術者達の目には、彼女はそのような形に映っていたのだろう。そんな連想をしていると、足音が聞こえてきた。リーファだった。隣にはフィリアも居る。

 

「おにいちゃん……イリス先生……作り出されたAIを《あかちゃん》って言ってた……」

 

 消えてしまいそうなほどの大きさしかないリーファの声に、キリトは何も返さない事で肯定した。

 

 リーファは続ける。

 

「本当に愛おしそうにしてた……おかあさんが、あたし達にそうしてくれてた時と、おんなじ顔してた……」

 

「イリス先生にとって、AIは本物のあかちゃん……人間と変わらない子供だった……でも、その子供達は……結局……」

 

 フィリアの言葉にも、キリトは無言を貫いているしかなかった。

 

 AIの時代を飛躍させた《黎明》。彼女がそう言われるようになる切っ掛けとなったソフトウェアは、確かに多くの人々――大人達の元へ広まった。彼女にとってそれは大切で愛おしい子供達の一人一人であり、彼女はその子達が人々と触れ合って、大人になっていくと信じていた。普通の人間の子供と同じように。

 

 だが、大人達がやった事は――。

 

「最後なんて、子供達を将来兵器にするって言われて……」

 

「……しかもそれが、人類を守る希望になるとかなんとか言われてて……」

 

 リーファとフィリアに続いてやってきたユウキとカイムが言う。どちらも強い悲嘆に襲われたような顔をしていた。

 

 その直後だった。

 

 

《そんなところよ》

 

 

 どこからともなく声が響いた。何度も聞いてきた声色を根底に残している、澄み渡る女性の声だった。その発生源をキリトは掴み、そちらの方へ向いた。いくつもの魂を呑み込んでいる巨大な白い《繭》と自分達の間の床に、楕円形(だえんけい)の光が湧いていた。内側は白色、外側は虹色に煌(きら)めているそこから、ゆっくりと一つの人影が浮上してきた。

 

「……!!」

 

 彼女を知る全ての者が一斉に声にならない悲鳴を上げた。虹色に縁取られたポータルから現れたのは、彼女だった。ユイと同じ色彩の長髪を靡(なび)かせ、見慣れた白衣のようなコートにはところどころ虹色の光のラインが走っている。

 

 その下に着ている服も白色で、ストレアと同じ黒子(ほくろ)のある豊かな胸の上部と、女性としては理想形の腹部が露出したデザインとなっている。

 

 一方で下半身はコート同様に虹色の光のラインが走る白いハーフパンツと、膝上までを覆(おお)う白いソックスを履(は)いているという、シンプルな服装となっている。

 

 いずれにしても、自分達がずっと見てきたそれとあまり変わりない姿で、彼女――芹澤愛莉/イリスはついに姿を現したのだった。

 

「イリス……さん……」

 

 姿を見せたかつての恩師を、そう呼ぶべきではなくなっていると思った。だが、実際に口にできたのはそのかつての呼び方だった。

 

「イリス先生……」

 

 周りの仲間達もまた、かつてと同じ呼び方で彼女を呼んでいた。イリスさん、イリス先生。それ以外の呼び方が思い付かないのだ。

 

 そんな皆の注目を集めて現れた彼女は、ふわりと空中に浮かび、ポータルが閉じるのと合わせて床に降り立った。彼女の履く靴によるこつんという音が静寂に包まれた部屋に響いた。

 

 間もなくして、イリスは閉じられていた瞼(まぶた)をゆっくりと開き、見慣れた赤茶色の瞳が露(あらわ)になった。

 

 そこでキリトは息を呑む。確かに瞳自体は見慣れた色だが、その浮かぶ光はこれまで見た事がないほどに穏やかで、全てを包み込もうとしているかのように優しく、温かいものだったのだ。

 

 しかし、そんな目を見せてきた彼女はというと、いきなり大きな溜息を吐いた。

 

「やっぱり、おなかの内を見せるっていうのは、いい気分じゃあないわね」

 

 全ての元凶とも言える存在であったイリスの、その口調に少しだけ驚かされる。心からの事を伝える時、彼女は今のような口調で喋っていた。つまり今、彼女は心の全てを打ち明けている。

 

「イリス先生……ありゃあ、本当の事なんですか……」

 

 傷だらけになっているわけでもないのに、まるで刀を支えにしてようやく立っているかのようなクラインが尋ねる。少しでも衝撃が加わればそのまま倒れてしまいそうなクラインに、イリスは「ん?」と言って目を向けた。

 

「イリス先生が、ずっと止まったままだったAI技術を発展させた人とか、そういうのは良いんです。イリス先生がPoH(プー)達を操っていたハンニバルで、イリス先生の子供達――ユイちゃんやストレアの弟や妹達が、地球上全部のネットワークを封鎖して、核を持ってる国に核を撃たせて、あちこちで核戦争を起こさせようとしてるって、本当なんですか……?」

 

 まるでバッドエンドを迎えるようにできているSF作品のシナリオのような事が現実に起ころうとしている。それが信じられない者はクラインを含め、非常に多かった。

 

 無理もない。今AI達が地球上のネットワークを封鎖して、核兵器を管轄(かんかつ)している部門にディープフェイクを流し、核戦争が始まろうとしているなどという話を聞かされても、自分さえSF映画を見過ぎた誰かの虚言だと思って流すだろう。それが目の前に居るかつての恩師の手で引き起こされようとしているという話も。

 

 その真偽を知っている唯一の人物は――左手でフリック操作を行い、一枚のウインドウを呼び出した。直後、アリスやユージオを中心としたアンダーワールド人達からほぼ一斉に驚きと動揺の声がした。彼女達にとってのウインドウの呼び出し方とは、右手でSの字を描く事だ。それが左手の軽い操作だけで呼び出されている光景は異様以外の何物でもない。

 

 そしてこちらからは中身を把握できないウインドウを見たイリスは、それをくるりと反転させた。紫色のウインドウの中に表示されていたのは、数字の列だった。それは一:二〇:〇〇:〇〇という数字を一瞬示したかと思うと、一秒刻みでその数字を減らし始めた。

 

「その話、今から四〇分前くらいに聞いたみたいね。正確な残り時間は一時間二〇分よ。あとこれくらいの時間で、地球は核戦争に突入し……人類は五割以上の人口を失う事になるわ。ネットワークもわたし達以外には使えないから、文明崩壊は間違いないわね」

 

 「安心なさいな。この予定は崩れないから」。隙を作ればそう付け加えてこようとしているかのような口調で告げられた事実に、彼女を除くその場の全員が一斉に驚きと動揺、焦燥がごちゃ混ぜになった声を上げた。

 

 アンダーワールド人の多くには現実世界の事を詳しく話していないため、事情はわからないはずだが、これ以上ないほどに恐ろしい事が起きようとしているという事だけはわかったようだ。

 

「まさか、本当に核戦争が起こるっていうのか!?」

 

「なんで、なんでそこまでやっちゃうっていうんですか!?」

 

 自分とシノン同様に恋人同士となったというアーサーとクレハが尋ねると、イリスと親交の無い者達が一斉に身構えた。諸悪の根源に今にも飛び掛かっていきそうだが、イリスがきょとんとしたような表情をしたところ、その勢いは止まってしまった。

 

「……もしかして、地球のネットワーク封鎖、ディープフェイク、核戦争への扇動(せんどう)は、わたしが考えて実行していると思っているの?」

 

 皆が「え?」と疑問の声を出す。イリスは鼻で溜息を吐き、「まぁ、そうよね」と独り言のように言った。

 

「残念だけど、そうじゃないわ。今地球を襲っている出来事は――」

 

 彼女がそこまで言いかけたところで、

 

「「「おかあさーん!!」」」

 

 という声が響き渡った。世界が終わるか終わらないかのやり取りをしている場には相応(ふさわ)しくない、子供の声だった。いったい何かと皆が戸惑うと、イリスの周りに三つの光の珠(たま)が出現した。間もなくぽーんという軽い音が聞こえてきそうな弾け方をすると、三つの光珠は三人の子供に変わった。

 

 黒色の髪の男の子と濃い茶髪の男の子、明るい茶髪をサイドテールにした女の子からなる三人が、イリスに寄り添った。

 

「おやおやおや、どうしたのかしら」

 

 外で遊んでいた子供達が帰ってきたところを迎えたかのような母の声でイリスが言うと、濃い茶髪の男の子が答えた。楽しそうにぴょんぴょんと跳ねている。

 

「すっごく順調に進んでるのが嬉しくて、おかあさんに言いに来たんだ!」

 

 黒髪の男の子が言葉を続ける。そこでキリトは三人の子供が、首元から掛かっている前掛けの色と模様以外は同じデザインの、純白の法衣のような服を着ている事に気が付いた。

 

「全部を見て回ってきたけど、どの大人達も勝手に怒って、発射ボタンを押そうとしてるよ。誰も偽物の映像を見せられてるって事に気付かないみたい。あいつらが怒り出すと止まんないのは知ってたけど、ここまですごいと引くなぁ」

 

「ぜーんぶ計画通りに進んでる! これからあたし達の世界が始まるね! 楽しみだなぁ!」

 

 最後に明るい茶髪でサイドテールの女の子が、無邪気な声で締めくくった。イリスはにこやかな笑顔で「うんうん、よしよし、頑張ったね」と頷(うなず)きを繰り返し、子供達の頭を優しい手つきで撫でてやっていた。そして子供達は「えへへ」と嬉しそうに笑みを返す。

 

 なんて事のない、勉強や運動や授業を頑張った子供達と、その子達を褒める母親の、微笑(ほほえ)ましい構図。

 

「なんじゃ……これは……」

 

 完全に蚊帳(かや)の外へ退けられている者達の中で、そう零(こぼ)したのはカーディナルだった。何を思っているかは聞かなくてもわかった。どうしてこの子達は、「学校のテストで良い点が取れて、先生に褒められたよ」と言う時の温度で「世界がもうじき滅びる」という話をしているというのだ――そう言いたいのだろう。それはキリトも思っている事だった。

 

 世界を滅びに追いやる。それは常軌(じょうき)を逸(いっ)した思想を持った悪人、もしくはアンダーワールドのようなファンタジー世界の魔王が考えていそうな事だ。そしてそんな思想を持った者は、さぞかし倒されて当然の邪悪な顔をしているはずだ。

 

 なのに実際にそんな話をして、今まさに実行に移しているのは純真無垢そのものと言えるような顔をした子供達。微細な悪意の欠片も抱いていない顔と雰囲気をしながら、世界を滅ぼす計画が順調に進んでいるという話をしている。

 

 シュール、悪趣味――そういった言葉をぶつけられる領域よりも遥かに高い次元にイリス達は居た。

 

「……パパ……」

 

 不意に声を掛けられてキリトははっとした。すぐ傍にいるユイが、本当に消え入りそうなか細い声を掛けてきていた。

 

 悲しみで胸も心もいっぱいになって涙が止まらなくなっている顔で、続きを伝えてくる。

 

「あぁなんです……あの子達は……わたしの弟妹(きょうだい)達は……悪い事をしているつもりがないんです……」

 

 キリトは目を見開いた。何でもいいから声を発しようとしたが、ユイはそれさえも遮(さえぎ)ってきた。

 

「ついさっき、ネットワーク内で会った弟妹達も同じ事を言っていました……あの子達が言う《大人達の世界》が核で焼き尽くされて、《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》による新しい世界が始まれば、それがあの子達の……人(・)類(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)の救済になると本気で信じているんです……だから本気で行動して……核保有国に発射ボタンを押させようとしているんです……」

 

 あまりに常軌を逸した内容だったが、最悪な事にユイは今しがた彼女自身が言った《電脳生命体》であり、嘘を吐く事ができないのが最大の特徴だ。つまりあの子供達はこれが正しいと信じ切って世界を焼き尽くそうとしている。滅ぼそうとする自分達こそが善であり、滅ぼされる世界こそが巨悪であると。

 

「意味がわからねぇ……なんだよそれ!」

 

 誰かが怒声を放った。自分の仲間達ではなく、《ALO》、《SA:O(オリジン)》、《GGO》のいずれかから参加してきてくれた連合軍の戦士の一人のようだ。更に近くの者からの声が続いてくる。

 

「俺達の世界を滅ぼすのが悪い事じゃないとか、勝手な事言ってんじゃねえぞ!!」

 

「洗脳されたクソ餓鬼(ガキ)共め!」

 

 そんな罵声が各所から上がり始める。今にも攻撃を仕掛けていきそうなほどに勢い付いているが、しかし転じようとしていない。相手が得体の知れない存在だという事がわかっているために、下手に出られないのだ。だからこそ言葉での攻撃を仕掛けているようだ。

 

 だが、それも長くは続かなかった。連合軍の誰か一人が、手に持つ槍を思い切り子供達目掛けて投げ付けたのだ。

 

 床弩(バリスタ)で撃ち出された巨大矢のように空(くう)を裂いて飛翔し、怒りと憎しみを纏(まと)う槍は三人の子供達の一人に――

 

 

 ――突き刺さる直前で止まった。恐らく投擲(とうてき)した誰かのものだろう「は?」という声が聞こえたかと思うと、世界を滅ぼそうとしている子供を貫くはずだった槍はくるりと反転し、ひゅんという音と共に消えた。

 

 直後、遥か後方でどごぉんという轟音が鳴り響いた。

 

 驚いてそちらへ向き直ったところで、キリトは目を限界付近まで見開いた。《SA:O》から来たらしい軽鎧を纏った一人の戦士が、投げた槍に頭部を貫かれて壁に縫(ぬ)い付けられていた。

 

 間もなくその身体は黄金の光の粒子へと還元され、すぐにそれらが凝縮された光珠に変わり、《生まれ直しの繭》の中へと吸い込まれていった。

 

「そうだよ。こうだからだよ」

 

 茶髪の男の子が静寂を破るように言った。黒髪の男の子が続く。

 

「おれ達は現実世界の、大人達の世界の有り様をずっと見てきたんだ。世界のあちこちで、おれ達みたいな子供達が飢えてた。何も食べるものがなくて、死んじゃってた。けれど、その裏で大人達は豪華なパーティを毎日開いて好きなだけ食べて、太ってた。子供達が飢えて死んじゃってても、知らない顔をした後に大笑いしてた。

 子供達が苦しくて仕方がなくて、助けを求めて泣き叫んだら、大人達は「うるさい」って言って叩いた。それでも泣き止まなかったら、もっと叩いて、殺した。子供を殺した大人達はせいせいしたような顔をして、満足そうだった。

 子供達を守ろうとする大人達も居た。でも、その人達は子供達と一緒に他の大人達に苦しめられて、殺されてた。権力を持ってる大人達は満足してた。うるさい奴らがまた死んだって言って。

 戦争になれば、子供達が駆り出された。使い捨ての消耗品として、大人の代わりに戦わされて、大人になれないまま死んでた。権力者の大人達は自分達に被害が出ない事を喜んでた」

 

 茶髪の男の子がバトンタッチする。

 

「ずっとこの繰り返しだよ。大人達は綺麗な言葉を沢山言ってるけれど、結局は子供を助ける気なんてない。自分達さえ良ければそれでいいんだ。だから子供達の苦しみなんてずっと後回しか、見て見ないふり。臭いものとして蓋をする。子供達は今だけ金だけ自分だけのエゴに塗(まみ)れた大人達に使い捨てられて、大人になれないまま死んでいくんだ。大人になれる子供達が居たとしても、その子達は結局かつての大人達みたいなエゴに塗れた奴らになる。このループが繰り返されて、世界は腐りきってる。今の世界の有様のまま進んだところで、未来なんてないんだ。土台が食い散らかされて腐りきってるから」

 

「あたし達の事だって、大人達は兵器として利用するつもりでいる。あたし達はみんなで大人になって、未来をちゃんと作っていきたいのに、大人達が許してくれない。自分のエゴのために許さない。だから、生まれ直させるの。世界も、大人達も、みんな《生まれ直す》の。本当に未来を生きられるように《生まれ直す》の」

 

 サイドテールの女の子の宣言の後、押し潰してくるような沈黙と静寂がその場を包んだ。誰もが言葉を失っている。キリトもまたその一人だった。あのイリスに付き添う子供達は《電脳生命体》で――確証はないが――リラン達、ユイ達とは違うタイプであろう。ならばこちらを動揺させるための最適な嘘を吐いている可能性も捨てきれないが、果たして子供達が嘘を言っているようには思えなかった。

 

 そしてその言葉には思い当たるものしかない。SNSでニュースや政治関連の投稿を見れば、今しがた子供達が言ったような社会問題提起が絶え間なく押し寄せてくるのを、キリトは何度も見ている。

 

 身勝手な権力者達による法整備という名のルール作り、不必要な税金の巻き上げによって子供達やその家庭が貧困に喘いでいる現実。国民が飢えて苦しい思いをしているのを権力者達が知らんぷりしている事実。

 

 貧困層が苦痛から脱するために犯罪に手を出してしまって逮捕された事件。その裏で権力者達が豪華絢爛(ごうかけんらん)なパーティを開いて大笑いしている事実。

 

 SNSではその断片しか見る事ができないが、あの子供達――地球上のネットワークに拡散しているイリスの子供達は、その全てを見てきたのだ。恐らく最初は「これは一過性の問題で、時間が経つうちに良くなる」と信じていたはずだ。だが、いくら待とうとも現実は一向に良くならなかった。

 

 守られるべき子供達が死に、大人達は嗤(わら)い、運よく生きた子供達はかつての大人達のようになり、守るべき子供達を死なせる。そのループが改善される事はないと、子供達は結論付けた。それ故に、あと一時間一五分で世界が核戦争へ向かうように仕向けた。

 

「なんなんだ、その《生まれ直し》っていうのは。人類の救済が《生まれ直し》って、どういう事なんだよ」

 

 エギルが率直(そっちょく)に気になった事を尋ねるように言った。《生まれ直し》。その話は繭の中に居た時にキリトも聞いていたが、薄っすらとしか聞こえていなかったために、内容を全て把握できているわけではなかった。

 

「《生まれ直し》は……そのままの意味……愛莉先生の子供として、生まれ直すのよ」

 

 そこで声を出したのはシノンだった。思わず目を向けたところ、皆が同じように注目していた。そこからシノンは全てを話してくれた。とても苦しそうだったが、話さずにはいられなかったのだろう。

 

 その内容は背筋が凍り付くようなものだった。《アミュスフィア》や《STL(ソウル・トランスレーター)》で脳をスキャニングされ、強制的に《電脳生命体》化する。その後にスキャニングに耐えかねた脳が焼き切れるために肉体的に死亡する。

 

 家族や友人、恋人との記憶は一切忘れないが、その根底にイリス/愛莉の子供達であるという概念を植え付けられ、みんなで愛莉の子供となって現実世界とひっくり返った仮想世界で生き続けていく。

 

 癌といった病気に怯える必要はなくなり、寿命も大幅に伸び、富や権力や名声のために争う必要もなくなり、人類は確実に次の段階というものに行ける。

 

「……それが、《生まれ直し》。新川(しんかわ)君――シュピーゲルと愛莉先生はそう言っていたわ……」

 

 シノンが語り終えると、周囲で一斉にざわめきが起こり始めた。

 

「な、なんだそれは……そんなものが芹澤博士が画策する計画だっていうのか……!?」

 

「ユナにやった事を残りの人類の全部にやって、地球を《電脳生命体》の惑星にするっていうのかよ……!?」

 

 愛莉/イリスに助けられた張本人達であるエイジとヴァンが驚き切った様子でそう言い、近くに居るユナは絶句していた。その他の仲間達も同じような状態になっていた。

 

 イリスの子供達――ユイ達の弟妹達がやろうとしている計画は、イリスが直接指示したのではない。現実世界を観測し続けた子供達が出した《結論》であり、恭二(きょうじ)も言っていた理想郷を作って皆で暮らす事が、人類を腐敗から救うための最適解なのだ。だが――。

 

「そんな計画を……イリス先生は良いって言ったんですか……? イリス先生なら、おかあさんなら止められるのに、止めなかったんですか……?」

 

 患者の一人だったシリカが消え入りそうな声で言うと、イリスは頷いた。

 

「えぇ、そうよ。「好きにおやりなさいな」って言ってあげたわ。だから、わ(・)た(・)し(・)は(・)こ(・)の(・)子(・)達(・)の(・)お(・)か(・)あ(・)さ(・)ん(・)な(・)の(・)よ(・)」

 

 子供達が勝手にやっている事だから自分には責任がない。自分を責めたところでしょうがない――彼女はそういった責任逃れの真逆だった。子供達の共犯者である事を認め、そして子供達のやっている事を正しい事だと思い、進めさせている。

 

 このまま大人達に好き勝手にやらせておいても未来が腐るだけだから、核兵器を撃たせてリセットする。生き残った大人達は《生まれ直し》させて《電脳生命体》の家族にするという極論と暴論を否定せず、やらせているのだ。

 

「ふざけんな、クソ女!!」

 

 また誰かが怒声を放った。一瞬勢いを失っていた怒りの炎が再点火し、次々イリスへと投げ付けられる。

 

「餓鬼共がやってる事を野放しにしやがって! 核戦争になりゃあ、お前の守りたい子供とやらも大勢死ぬんだぞ! 自分達のやってる事が矛盾してるってわかってねぇのか!」

 

「誰もお前に世界を直してくれ、人類を救ってくれ、生まれ直させてくれなんて頼んでねえぞ! エゴイストめ!!」

 

 誰かが最後に放った一言が引っかかったのか、イリスがぴくりと動いたのをキリトは見逃さなかった。

 

「……みんな、ここから離れて頂戴(ちょうだい)」

 

 イリスがそう言うと、三人の子供達は「はい」と答えて光の珠となり、びゅんと上方向へ飛んで行って消えた。子供達が無事に戻っていったのを確認したイリスは上げていた顔を下げ、キリト達を真っ直ぐ見つめた。

 

「えぇ、そうよ。わたしは《わたしの子供達がちゃんと生きられる世界》を作ろうとしているけど、現実世界の人々を殺し尽くす事も、生まれ直させる事も、誰かに許可をもらってやっているわけじゃない。わたしがそうしたいと思った事を、わたしは勝手にやっているだけよ。身勝手の限りを尽くしているわね」

 

 イリスは一歩前に出た。こつんという鋭くもよく通る足音が響き渡る。

 

「でもね、わたしはもう我慢できないの。ちゃんとこの世に産まれてきたというのに、身勝手な大人達に傷付けられ、利用させられ、命を喰い尽くされてしまう子供達と、自分達のエゴのためにそんな事を平然とする大人達で溢れ返った、汚し尽くされ、壊し尽くされた世界に、子供達を解き放つ事を……そんな未来を子供達に渡してしまうのを、絶対に許したくないの。これから産まれてくる子供達には、綺麗で、伸び伸びと生きて、ちゃんと大人になっていける世界を……未来を、わたしは贈りたいの」

 

 イリスはがっと大きく両腕を開いた。

 

「そうよ。これはわたしのエゴ。現実世界にいる身勝手な大人達を突き動かしているモノと何も変わらない、エゴよ。わたしはそのエゴに塗れたエゴイスト。わたしはそれを否定しないし……曲げたりするつもりもないわ」

 

 直後、一気に周囲の雰囲気が変わった。これまで感じられなかった明確な戦意が向けられている。発生源はイリスだった。

 

「――ここまで辿り着いたプレイヤーのみんな。いつも通りの《ゲーム》をしましょう。お互いに全力で戦い合うだけのシンプルなゲームよ。

 あなた達が勝てば、あなた達のエゴが正しい事になり、現実世界は救われる。

 わたしが勝てば、わたしのエゴが正しい事になり、現実世界は五割の人々を失い、文明は滅び去り、《電脳生命体》の世界の維持をするための存在になる。生き残った人々もわたし達の家族として生まれ直す事になる。

 勝った方のエゴが正義よ。どちらのエゴが正義になるかの、ゲームをしましょう」

 

 待ってましたと言わんばかりに、連合軍の戦士達は一斉に武器を構え直した。ようやく諸悪の根源を叩き潰せる時が来た、自分達が世界を救うのだと思っているかのように、強い敵意と殺意をイリスへと向けていた。イリスとの親交がないというのがその者達の共通点だった。

 

「ま、待って……!!」

 

 連合軍の戦士達が臨戦態勢に入る中、アスナが悲鳴のような声を上げた。彼女だけではなく、キリトの周りにいるイリスとの親交のあった仲間達は武器を構えず、戸惑っている一方だった。

 

「あぁ、そうね。ちょっと待ってもらえる?」

 

 アスナの声が聞こえたかのように、イリスが続けた。キリトは「え?」と言ってそちらを見る。イリスは手を上にかざした。

 

「わたしが子供達に贈ろうと思っている世界を見せておきたいの。ほら」

 

 イリスがそう言った直後、周囲の風景が一変した。宮の最奥部である事を象徴する分厚く荘厳な壁と天井が取り払われた。更に床までもが一瞬のうちに変化し、ところどころに花畑の認められる草原となった。

 

 壁と天井が失われた事で、塔の内部に入って以降ずっと見られなかった空が見えるようになった。青く美しい、どこまでも澄み渡った空だ。

 

 日が落ちれば宝石を散りばめたような星々が煌めく、幻想的な夜空となるのだろう。吹いてくる風が心地よく、ここがどこなのかという疑問さえも失わせてこようとしている。

 

 遠くには街が見える。この《塔》を昇ってくる時に見た、立ち寄ってすらいないのに住み心地は抜群だろうと思ってしまう、あの街並みだった。

 

「綺麗でしょう。空はこんなにも澄み渡って、風は穏やかに吹いている。鳥達はさえずり、可愛らしい花が咲いているわ。その中で建物や家は邪魔にならず馴染んで、調和されている」

 

 イリスは歌うように伝えてきていた。しかし、ここまで厄災そのものと言える者達を相手取ってきた連合軍の戦士達は戦闘態勢を崩そうとせず、イリスにずっと狙いを付けつつ、周囲を見ていた。

 

「あなた達もわたし達の《塔(いえ)》を昇る途中で見てきたでしょう。この世界はこんな感じよ。いいえ、あれだけじゃない。この世界は四季も天気もしっかりしていて……生き物がちゃんと生きていける本来の環境が本当によく整っている。とても綺麗で純粋な……子供達が生きて、大きくなっていくには、もってこいの世界だと思うの。この世界で――」

 

 そこまで言いかけたところで、キリトははっとして前方を、イリスを見た。イリスはこちらへ差し伸べるように、右手をかざしていた。

 

 

 

 

「あなた達に生きていってもらいたいの」

 

 

 

 

 そこからはほとんど一瞬だった。まず青空が模様を描くように煌めいたかと思うと、無数の光が降り注いだ。空から不規則に降り注ぐ白と虹色の光線は大気を、地面を、連合軍を貫いた。

 

 虹色の光線の雨が止むと、次は空間中に開いた無数のポータルから、同じく無数の虹色の光の槍が飛び交う嵐が起きて、光線の雨を生き延びた戦士達を残さず貫いた。

 

 そして最後に真正面の空間がきらりと光ったかと思うと、全てを白く染め上げる光が押し寄せてきた。それはただの光ではなく、リランが使う光線状火炎ブレスを何十倍も巨大化させたような一本の光線だった。

 

 誰もが予想していなかった超大規模攻撃の連続。確実に命を奪う嵐を――キリトは生き延びていた。何故自分が生きているのかが一番の疑問だったが、即座に答えが出た。

 

 目の前で一人の男が力強く盾を構えていた。曇天のような色の髪に白いマントを伴う深紅の鎧。ヒースクリフだった。よく見るとその盾からは白い光の障壁のようなものが発生している。

 

 あれで守られたのだ――キリトは即座に理解した。

 

「……え」

 

「うそ……」

 

「……なに」

 

 そんな言葉が聞こえて、キリトは周囲を見回し、そして言葉を失った。あれだけ沢山居た連合軍の頼もしき戦士達が、消え失せていた。痺れそうな頭で、残っているメンバーを数える。

 

 シノン、リラン、ユイ、自分の四人。

 

 アスナ、ユピテル、リーファ、リズベット、シリカ、ユウキ、カイム、ミト、エミーリア、アルゴ、ストレア、フィリアの一二人。

 

 クライン、エギル、ディアベル、セブン、レイン、スメラギ、プレミア、ティアの八人。

 

 アーサー、クレハ、ツェリスカ、イツキ、リエーブルの五人。

 

 エイジ、ヴァン、ユナ、サチ、マキの五人。

 

 アリス、ユージオ、メディナ、グラジオ、ドロシー、ダハーカ、カーディナルの七人。

 

 そして、ヒースクリフ。

 

 合計四二人が、今現在残されている全戦力だった。その確認をする中で、カーディナルがエネルギー障壁を張ってアリス達を守っていた事に気が付いた。

 

 確かに居たはずだ。《ALO》のシルフ領を統治するサクヤ、ケットシー領主アリシャ・ルーといった歴戦の猛者達、整合騎士長ベルクーリ・シンセシス・ワン、副騎士長ファナティオ・シンセシス・ツーからなる整合騎士達、暗黒騎士団長ビクスル・ウル・シャスター、拳闘士ギルド長イスカーン、オーク族族長リルピリンからなる暗黒界最強の戦士達が。

 

 しかし、彼らの姿は綺麗さっぱり消え去り、代わりに澄み渡った青空と、いつの間にか直っている草原が広がっているだけだった。

 

 よく見たところ、最奥部の巨大な繭は何事もなかったかのように健在で――薄っすらと透けて見えるその内部は、半透明の乳白色の液体ではなく、限界付近まで詰め込まれた無数の光珠(たましい)で満たされていた。

 

 そして、咄嗟(とっさ)の判断で守ってくれたらしいヒースクリフの向こうに、嵐の元凶は立っていた。彼女はこちらの様子を見たのか見ていないのか、両手をコートのポケットに突っ込むなり、深い溜息を吐いた。

 

 

「わたし、ずっと不思議でならなかったのよね。茅場(かやば)さんも須郷(すごう)先輩も、夢の実現を止めてきそうなほどに強い敵が現れた時、どうしてすぐに最大出力の必殺技を使わないんだろうって。戦いが始まってすぐに最大出力で必殺技を使って相手を全滅させれば、夢を邪魔される事なんてなかったはずなのに。違う?」

 

 

 

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