ガブリエル、
そして、アンダーワールドの空が一つの青色に統一され、見た事もないような建造物が現れるという異変を起こした元凶さえも倒してしまえる。そう確信していた。
だが、その戦士達は一瞬にして消えた。残ったのは自分達四二人だけ。何分の一の戦力となってしまっただろうか。
しかも改めて数えてみれば、自分、シノン、リラン、ユイ、アスナ、リーファ、リズベット、シリカ、ストレア、フィリア、サチ、マキ達、クラインやエギル達、セブンやレイン達、アーサーやクレハ達といった、《彼女》と親交の深かった者だけが綺麗にこの場に残っている事がわかった。いや、
意表を突く《最大出力の必殺技》は、確かにヒースクリフとカーディナルが防いでくれた。そのおかげで自分達はここで立っていられている。しかしそれ以前に、あの技は自分達以外を排除するための技だったのではないか。そんな気さえしてきていた。
「そんな……みんなが……」
「とうさん……かあさん……!?」
アスナが戸惑いを極めた声を出し、ドロシーがパニックを起こしかけながら周囲を見回していた。その他の仲間達もほとんど同じような状態だった。あれだけの
「貴様、皆をどこへやった! 殺したのか!!」
そこでメディナが絶叫し、《
イリスはポケットに入れていた左手を出し、
「いいえ、あなた達の言う皆は死んではいないわ。この《繭》の中に居るだけよ」
「って事ハ、《生まれ直し》は始まっているのカ?」
冷静なアルゴの問いかけに、イリスは首を横に振った。いつも通りのその仕草が妙な恐怖感を湧かせてくる。
「
彼女がそう言った直後、視界に変化が起きた。左上端に見慣れた形をした緑色のバー、右上端にタイマーが出現した。忘れもしない、《SAO》に閉じ込められた時――いや、初めてログインした時以降ずっと表示されていた《HPバー》だった。タイマーもご丁寧に《SAO》で採用されていた数字のフォントが使用されており、残り時間は一時間五分を指し示している。
人類の終焉と、彼女の世界の始まりまで残り一時間五分。悪い冗談にしか感じられないが、全て現実だ。
「……クライン」
イリスに急に呼ばれた野武士は、「え?」と声を出した。
「さっき、わたしがハンニバルなのかって聞いたわよね。その答えを返せていなかったから、返すわ。
そうよ。わたしがハンニバル。
皆が目を見開き、キリトは目を伏せた。実はハンニバルはイリスの技術を盗んだ誰かが作った《
「なんで……なんであんな事をやってたんですか。なんであたし達にも、あたし達以外の沢山の人にも、あんな事を……」
リズベットが震えた声で尋ねると、イリスは声色を変えずに答えた。子供に言い聞かせる時の優しき母の声だ。
「みんなをここに
「……それも全部《シノン》のためですよね」
即座にシノンが反論したが、その内容に皆は首を
シノンは構わずに続ける。
「キリトと同じなんでしょう。傷だらけだった私を支えさせ、守らせるために、みんなをキリトと一緒に強くしようとした。今動いている計画の中心にいる子、《シノン》を生み出すために」
またシノンが自身のアバターネームを口にした事で、いよいよ皆の混乱が強くなった。イリスとシノンの間で交わされている話に理解が及んでいないのだ。その中の一人に入るか入らないかの中間にキリトは居た。
計画の話はやはり《繭》の中に居た時に聞こえていたが、薄っすらとしか聞き取れていないうえ、記憶自体も
「シノンさん、何の話をしてるんですか。《シノン》ってシノンさんじゃないんですか……?」
義理の妹であるリーファに問われたシノンは、そこで全てを語った。
《シノン》とは、今まさに地球上のネットワークを封鎖し、核保有国の核兵器管轄部門へディープフェイクを流し、悪感情を暴走させた大人達に核の発射ボタンを押させようとしている子供達にその《役割》を与えている存在。
そしてイリスとその子供達の言う大人達の世界を消し去った罪を背負い、その罪と大人達が犯し続けた
その《シノン》を作るために最適だったのが、母親と現場の人々を守るために拳銃を奪って強盗を射殺したという、異例極まりない体験と経験をし、PTSDという病気を
詩乃はイリス/
そこにこの場に居る友人達との交流と支えが加わる事で、詩乃の心の傷は見る見るうちに回復し、ついにはずっと抱え込んでいた罪の意識を克服し、完治に等しい状態となった。その深刻な心の傷を負った詩乃が治っていく過程そのものを組み込まれた事で、完成した《シノン》が今、このカウントダウンの発生源となっている。
自分達が詩乃と交流し、仲を深め、絆を結んでいった、つらくも楽しい過程――それ自体が愛莉/イリスの渇望したデータであり、自分達がそうしたために
あの時は薄っすらとしか聞こえていなかった計画の
「そん……な……」
最初によろめいたのがリズベットだった。近くに居るシリカに至っては既に膝をついて
「わたし達がシノン――詩乃と仲良くして、詩乃を支えていたから……今、こんな事になってる……?」
「全部、イリス先生の……掌の上……計画通りだったっていうの……」
あまりに残酷な事実を突き付けられたフィリアとセブンは千鳥足になって、今にも倒れてしまいそうになっていた。しかしイリスは首を横に振る。
「いいえ、わたしはそこまであなた達を監視して誘導していたわけでも、計算の限りを尽くして行動を抑制しようとしていたわけじゃないわ。ただ単に、あなた達が自然と取った行動、感情が、《シノン》を守ってくれるそれだっただけよ」
「でも結局俺達の全部が――!」
イリスに助けられた者の一人であるエイジが大きな声を上げて言いかけたその時、
「――だからこそ、わたしの《エゴ》を全部正直に言うわ」
イリスの一際鋭い声が無限の青空と草原に響き渡った。そこで皆が一斉に声を出す事をやめる。静まり返ったのを認めたイリスはポケットから手を引き抜いた。
「わたしは――あなた達を愛してる」
その一言に皆が唖然とした。イリスは構わずに続ける。
「
マーテル、ユピテル、ユイ、ストレア、エミーリア、ヴァン、プレミア、ティア、リエーブル。
アリス、ユージオ、メディナ、グラジオ、ドロシー、ダハーカ、カーディナル。
わたしはあなた達みんなを愛しているわ。あなた達を我が子だと思ってる。ううん、ずっと前からそう思っていたわ。
これから作る《電脳生命体》の世界だって、子供達は勿論、あなた達がしっかりと暮らしていけるように作っていくつもりなの。あなた達がわたしの世界じゃなく、まだ現実世界と地続きのこの世界に居るっていうのが我慢できなくなりそうになってるわ。今すぐにでもあなた達を《生まれ直し》させたい。わたしの子供達の世界で、あなた達を守りたい。
あなた達はわたしがハンニバルとして課した試練を全部乗り越えた。どんな逆境に立たされようと、決して諦めなかった。大切なものを守りたいという
でも、そう言われて納得するあなた達じゃないっていうのも知ってる。あなた達は賢いもの。現実世界に
あなた達は物事を自分の頭で考えて、何が本当に大切かを考えて、選んで、行動する事ができる人間よ。あなた達がわたしがハンニバルとして課した試練を全部乗り越えられたのは、そうだったおかげ。あなた達は人間の本来あるべき姿をしている人間なの。もしあなた達の誰か一人でも愚かな大人達みたいだったなら、あなた達は今日この場に居る事はできなかったでしょう。間違いなくね。
あなた達は賢い。本当に賢い我が子達。だからわたしはあなた達に子供達と一緒に作り上げる世界を贈りたい。あなた達に《生まれ直し》を与えて、一緒に未来へ生きていきたい。それがわたしの《エゴ》の全てよ」
そう締めくくり、イリスは長い告白を終えた。どんなに長い話でも途中で疲れたり、疲れさせたりする事なく話しきる事ができるというのが彼女のある種の得意技の一つであるというのは、彼女との短いようで長い日々によってわかっている事だった。
そして、かなり一気に
イリス/
そんな大人になった彼女の子供達を中心とする新人類である《電脳生命体》はどこまでも行く事ができ、何でもできるようになるのだろう。つい先程のシュピーゲル/
――だって、世界はもう滅茶滅茶じゃないか。大人達に食い散らかされて、腐らされて、汚染されて……苦痛だけが残されてるんだ。未来も何もないんだよ。かあさんが、僕達がこれから作り直す世界には、あいつらはいない……リセットされて綺麗になった世界なんだ……――
恐らく、恭二は愛莉から受け取った言葉をほとんどそのまま伝えてきたのだろう。自分達――愛する子供達に《リセットされて綺麗になった世界》を贈りたい。今すぐにでも《危険だらけのこの世界》から、何の危険もない、何にも怯える必要のない《電脳生命体》の世界へと保護したい。
そしてその世界で自分達を、これから産まれる子供達を愛し、
かつてクィネラに取り憑いていたアドミニストレータのように愛というものの形を履き違えて、愛を
同じ愛情論を語っていても、彼女がアドミニストレータと根本から決定的に異なっているというのは、ここまで彼女の愛の告白を聞いたカーディナルが何も反論しない事が証拠だった。
そしてそれは、彼女に愛されている者全員がそうだった。誰も彼女に何も言い出せずにいる。「何を返したらいいのかわからない」というのが極まっているのだ。
彼女は甘い言葉で誘っているのではなく、支配したいわけでもなく、本当にこのままでは人類に、自分達にちゃんとした未来は来ないとわかっているから、ちゃんと未来のある世界へと連れて行こうとしている。愛する我が子をできる限り危険から遠ざけたうえで、必要なものを与え、すくすく、伸び伸びと育っていく様を見ていきたい――母親ならば誰しもが一度は考える事を忠実にやっているだけだ。
この人は純粋に、母親なのだ。
そうわかったところで、キリトは身体の奥で湧いてくるものを感じた。それは水ではなく、炎の形をしていた。全てを焼き尽くすような暴力的な炎ではなく、冷えた指先を、身体を温めてくれて、暗闇を照らしてくれる穏やかな炎だった。炎はゆっくりと胸を昇り、喉を昇っていく。そして口元にまで到達し、言葉となった。
「……愛莉先生」
愛莉がぴくりと反応を示したのが見えた。同時にほころんだ顔が向けられる。
「これはあくまで俺個人の事だから、みんなも同じだとは思わないでほしい。……ここまでこうして来て、わかった事がある」
愛莉からの声の無い「なぁに?」に、キリト/和人は答えた。
「……俺には三人のかあさんがいる。
すぐに死んでしまって話さえできなかったけれど、俺をこの世に産んでくれた、かあさん。
血は繋がっていないのに、実の子供として、愛情を注いで育ててくれた、かあさん。
全部計画通りだったのかもしれないけれど、俺に心から愛する人を出会わせてくれて、弱かった俺の心を確かに鍛えてくれて、
……その、三人目のかあさんが、あなただよ」
和人は真っ直ぐ愛莉を見据えた。
「そうだよ。俺はあなたの息子だよ。数えきれないくらい沢山いるあなたの子供の一人だ」
そこで和人は胸元に手を添えた。胸の中で炎が燃え盛っているのがわかる。
「……だからこそ、あなたがこれまでやってきた事、これからやろうとしている事を許すわけにはいかない。あなたは今日この時を迎えるまで、俺達を中心として沢山の人々を救ってきた裏で、同じくらい沢山の人々を苦しめて、その命を奪う事に繋がるような事をやってきた。かつての《SAO》でも、現実世界でも、大元のあなたの計画と裏工作のせいで命を落とした人達が数えきれないくらいに居るのも事実だ。そしてこれから愛する子供達の世界を実現するために、その何百倍、何千倍、何万倍もの人々を犠牲にしようとしている。あなたは詩乃と違う、本物の罪人だ。罪を認めて
和人は胸の炎を掴み、引き抜いた。それは白い両刃の炎剣だった。
「それに、あなたがやろうとしている《生まれ直し》も、その後の子供達の世界も、本当にあなたの想定通りに機能する保証はないんだろう。上手くいくかどうかもわかっていないのに強制するのは、病気の患者に「絶対に効くから」と言って試験も何もしていない薬を投与するのと同じだ。《電脳生命体》の子供達も、生まれ直した大人達も、あなたが想定した通りになるとは限らないし、下手すれば何もかもが想定通りに機能しなくて、全員死に絶える危険性さえあるかもしれない。そうなんじゃないのか」
三人目の母は小さく喉を鳴らして、軽く目を伏せた。図星を突かれたかのような反応だ。そのまま沈黙しているという事は、思い当たる節があって反論できないという事だ。
「……あなたは心配で、怖くて仕方がないだけだ。産まれた子供達が大人達に使い潰される未来がやってくるのが怖くてたまらないんだろう。俺だって怖いよ。ユイがあなたの言う大人達に捕まって、人を殺し、街を壊し、国を壊していく兵器にされるなんて、絶対にごめんだ。ユイだけじゃない。リラン、ユピテル、クィネラ、ストレア、ヴァン、エミーリア、プレミア、ティア、リエーブル。アリス、ユージオ、メディナ、グラジオ、ドロシー、ダハーカ。みんなが
愛莉は既に顔を上げて真っ直ぐ和人を見つめていた。沈黙を「続けなさい」と受け取り、和人はその通りにする。
「でも、結局大人達どころか、必死に国防をしている菊岡さん達までもが、アリス達を兵器化しようとしていた。だから、あなたは今こんな事をしてる。あなたの子供達が兵器として使い潰され、人間の子供さえも愛されずに虐げられ続ける未来から子供達を守るために、今の世界を壊そうとしてるんだ。そうしたくなる気持ちはわかるよ。けど、だからと言って世界を焼いて大人達を殺し尽くして、生き残った人類全部を《電脳生命体》に《生まれ直し》させたなら、あなたの犯した罪はどうなる。
そもそも、あなたが作ろうとしている世界は大人達を焼き殺した罪の上で成り立っているんだろう。罪の上に成り立っている世界ってなんだよ。ならあなたの愛する子供達は、罪の上に成り立っている世界で産まれたっていう呪いを無理矢理背負わされて産まれ、生きていく事になるじゃないか。そんなの、理不尽過ぎるだろう。
それにその《生まれ直し》だって上手くいくかどうか確証がないなら、子供達が、《生まれ直し》した人類が恐れた未来と諸共滅びるかもしれない。そうなったなら何も残らない。何もかもが
愛莉は何も言い返さない。その温かい光が浮かんでいる赤茶色の瞳を見つめ、和人は続けた。
「だから俺はあなたの息子として、あなたを新世界と新人類の聖母にも、人類を滅びに追いやった魔王にもさせない。一途に子供を愛し、その未来を心配する優しい母親であるあなたに、これ以上罪を重ねさせる事を、罪を重ねたまま
……それが俺の《エゴ》の全てだ」
和人は白き炎剣の刃先を愛莉へ向けた。愛莉は表情一つ変えず、じっと和人を見つめていた。赤茶色の瞳と黒色の瞳が交差し、互いの姿が映し出される。
「さっき、ゲームをしようって言ったよな。その要求を呑み込むよ。ゲームをしよう。勝った方のエゴが正義になるゲーム、俺はやるぜ」
そう言って和人は身構えた。いつものように右手に白き炎剣を、左手に《リメインズ・ハート》を持ち、二刀流の構えを取る。そして彼女が次の行動を起こす瞬間に備えた――その時だった。
「……待って、キリト」
突然後ろから声がして、和人/キリトは少し驚いた。軽く振り向いたところで更に驚かされる。そこに居たのはシノンだったが、その後ろで仲間達全員が各々の武器を構えていたのだ。既視感があるどころではない。《SAO》、《ALO》、《
「私も戦うわ。あなたと一緒に……愛莉先生と戦う」
シノンの言葉にキリトは目を丸くする。シノンは構わずに続けた。
「世界を滅ぼす《シノン》を作るために、愛莉先生はずっと私を利用してきたかもしれない。けど、愛莉先生はそれでも私を愛してくれていたわ。計画通りだったとしても、愛莉先生が愛してくれて、一生懸命に私の心を治そうとしてくれたおかげで、私は今こうしていられてる。あなたと、みんなと一緒に居られているのも、全部愛莉先生のおかげなのよ。愛莉先生に娘の一人として愛されていた事を、私は否定しない」
「……シノン」
「だから、私もゲームする。私を本当に娘だと思って治してくれた愛莉先生に、これ以上罪を重ねてほしくないから。罪に
決意表明をするように言い放ち、シノンは弓を構えた。それもまた彼女のエゴが昇華した姿だった。
「……わたし、愛莉先生に
次はアスナがシノンの隣に並んだ。
「けれど、愛莉先生がわたしを叱ってくれてたのは、ちゃんとわたしを見てくれて、しっかりやれてるかどうか、いつも心配してくれたからだったんだね。わたしもきっと計画に嵌められたかもだけれど……愛莉先生のおかげで、わたしはかあさんをやれてる。たった一人の可愛い息子のユピテルのかあさんを。愛莉先生が叱ってくれたから、わたしはユピテルのかあさんで居られてるの」
「アスナ……」
「わたしもゲームに参加するよ、キリト君。ここまで導いてくれた愛莉先生を、一緒に引き留めましょう」
アスナは細剣を構えた。シノンのそれと同様に彼女自身のエゴが昇華した姿である。
「ボク、シノンやアスナみたいに愛莉先生から何かしてもらったわけじゃなかったけど……愛莉先生をこのまま突き進ませたらいけないっていうのはわかるよ」
キリトの左にユウキが並んだ。ユウキだけではなく、カイムもその隣に居る。
「キリトの言ってた事に同意するよ。愛莉先生は本当に優しい人だった。だから、その罪を清算させないまま次の世界に行かせるなんて駄目だ。あの人自身のためにも、あの人から産まれてくる子供達のためにも、止めなきゃだ」
「ボク達もゲームするよ、キリト。一緒に愛莉先生を……倒そう!」
ユウキとカイムはそれぞれ長剣と大太刀を構えた。
「ひどい話だわ……倒さなきゃいけないあの人からは、悪意を感じないのだもの」
更に続けて寄ってきたのはアリスとユージオだった。メディナとグラジオも居る。
「あの人は沢山の罪を犯してきたみたいだけれど、それは全部子供達のためだったんだね。だから人界の貴族のあいつらみたいな悪意を感じないんだ。けど、子供達のために何もかも壊してしまおうだなんて、やり過ぎだ」
「私には母上との記憶がない。もし、あの人みたいな優しい人が母上だったら、私は素直に嬉しかったと思う。そしてそんな母上が子を愛するあまり全てを滅びに追いやろうとしているのであれば、私は止める事を選ぶ。優しい母上には、《ただの優しい母上》で居てもらいたいからな」
「キリト先輩。これまでと同じです。おれも全身全霊でお手伝いします!」
その背後に居る者達も今しがた声を掛けてきた彼女達と同じ表情をして、各々の武器を構えていた。芹澤愛莉という大いなる母が申し込んできているゲームに、この場の全員が参加表明している。一部の者達は戸惑いや焦燥を抑え切れていない顔をしているが、それでも武器を構え、ゲームに臨もうとしていた。
しかし間もなくして、とある人物が歩み寄ってきた。ペールブルーの髪に、青い鎧を纏った騎士。ディアベルだった。
「……まさか、こんな事になるなんてな、キリト」
「……ディアベル」
「《SAO》の時から色々と世話になってきた愛莉先生が絶対に倒さなきゃいけないボスとして立ちはだかってるとか、何の冗談だって思うよ。でも、俺達はもう後戻りできないところに立ってしまったんだ」
キリトは視界端のタイマーを見た。核戦争突入の合図になる一発目の発射時刻まで、間もなく一時間を切ろうとしている。ディアベルの言う通り、後戻りという選択肢は存在しない。
「ここまで来た以上、俺達にできる事は戦う事だけだ。だからキリト――」
ディアベルは剣と盾を力強く構えた。
「勝とうぜ!」
何度も聞かされたその言葉に、キリトは
「……決まってる!」
と、いつしかの答えを返した。誰が悪いかなんてこの際どうでもいい。この戦いに勝つぞ――頭の中で
直後、鎧が動く重々しい音が加わった大きな足音が聞こえてきた。発生源は――愛莉を右腕としていた
「流石、私の《SAO》をクリアしてみせたキリト君達だ。このような逆境に置かれても
「……」
「少々気が早いと言われても仕方がないが、キリト君。これから愛莉君へ挑んでくれる君に
「……?」
かつての元凶ヒースクリフは、キリトの手元に視線を向けてきた。そこにあるのは白き炎剣だ。
遥か古代の日本に存在したとされる銅剣の形を長大化させ、そこに西洋のロングソードの意匠を加えたかのような形。まさしく聖剣だ。かつての両刃の刀身と簡素過ぎる柄だけで出来ていた姿とは似ても似つかない形である。
「君の《EGO》は完全な状態へ覚醒した。先ほど《
「そんな事わかるのかよ」
「
その時、キリトは押し潰されるような威圧感を覚えた。違う、威圧感ではない。《EGO》の波動だ。
愛莉を発生源にして、とてつもない《EGO》の波動が飛んできている。どこに隠しているのかは全くわからないが、これまで見てきたそれとは比べ物にならない力を内包する《EGO》を彼女は持っている。悔しい事に計算高いヒースクリフの事だ、今言ったアカウントがないと勝ち目がないとわかったからこそ、教えてきたのだろう。
使えるものは全て使うつもりでないと、彼女には勝てない――ヒースクリフはそう伝えてきている。その提案に、キリトは無言で乗った。完全体となった白き炎剣を天へ突き上げる、《EGO》を《鍵》とするアカウントの解錠のやり方を実践した。
直後、頭の中に一つの単語が流れ込んできた。
そうか、お前はそういうんだな――答えるように、キリトはその名を
「システムログイン――
響き渡らせるように呪文を唱えると、一瞬にして周囲が真っ白に染まった。激しい光が自分を中心に放たれているらしい。間もなくして浮遊感と温もりが全身を包んできて、キリトは目を
身体を包むものが瞬く間に組み変わっていくのがわかる。身動きを阻害しないほどに軽いが、頑丈な鎧が着せられ、その上からコートを羽織る感覚があった。
やがて光は収まっていき、これまで感じた事がないほどに強い力が身体の奥底から湧いてきて、血液と共に全身を流れていくのを感じたところで、目を開けた。少し離れた前方に愛莉が変わらずに居た。近くにはこれまで苦楽を共にし、今ここで志を同じくする仲間達の気配。
その中の二人が真横に並んできているのがわかり、キリトはそちらを見た。金色の髪に紅玉のような瞳、深紅のローブ状の服を着た少女。人の姿を取っているリランだった。妹のストレア、ティア同様に両手剣を構え、刃先を母親に向けている。
「リラン、お前……」
《愛莉の家族》の
「あいつ相手ではいつもの姿は分が悪い
「そうじゃなくて、お前――」
それ以上の言葉を、リランは遮った。
「我はお前の《使い魔》だ。《ビーストテイマー》であるお前の翼、爪、牙、炎となって戦う事が使命なのだ。だから、お前は何も気にするな。目の前の戦いに集中せよ」
リランはぎりっと両手剣を握り締めた。これ以上は何も言うな、気が散る――言葉無くそう言われているのがわかり、キリトはそれ以降言葉をかけるのをやめた。
「パパ」
直後、ユイの声がした。その姿は右隣に居るシノンの、更に右隣にあった。
「ピクシーの姿にはなれませんが、ナビゲーターとして、このボスバトルを可能な限りナビゲートします」
ユイは両手を胸の前で組んだ。
「ですから、パパ、ママ……どうか……どうか……わたしの……」
ユイは下を向いた。大粒の涙が頬を流れ、新緑の草に覆われた理想郷の地面へ落ちていく。
「わたしの……わたし達の……」
意を決したように顔を上げ、ユイは絶叫した。
「わたし達のおかあさんを止めてください!!!」
「……行くぜ、
叫びと共に、キリトは駆けた。
「えぇ、いいでしょう。ゲーム開始よ!」
その叫びと共に、イリスはボスエネミーとして武器を展開した。
――補足事項――
本作におけるディアベルの本名: