自分達は想像以上にセブン、レイン、ユナの歌による
元々イリスから繰り出される攻撃はその一つ一つが非常に重く、彼女の出し方次第で一撃で即死レベルのダメージを負うなんて事もざらだった。それでも耐えられていたのは防御力増強補助があったおかげだった。
それが消えた今、ただでさえ高かったイリスの攻撃力は更に上昇した。イリスが攻撃力増強補助を使うようになったのではなく、こちらの防御力が低下したために、イリスからの攻撃を耐える事が困難を極めるようになったのだ。
同時に攻撃力増強補助も消えたので、与えられるダメージも減少した。ここまで来て、イリスの攻撃力と防御力が上昇してしまったに等しい状況だった。
そして、イリスの攻撃も一気に
今は巨腕の《両手》、龍頭型触手、槍状尻尾、そして自由自在に変形する武器による様々な攻撃が流れるように飛んできて、ダメージを与える隙がほとんど見出せなくなっていた。
何より、それまでは巨腕の《両手》は防御や抑制を、龍頭型触手と槍状尻尾が攻撃をするという役割分担がされているようだったのだが、今は《両手》までもが積極的に攻撃をしてくるようになった。純白の謎の物質と橙色と黄色の抜けた光で構成されているためか、《両手》は人間では有り得ないような柔軟な変形をし、指が槍や剣を思わせる形状を取って攻撃を放ってくるようになった。
そしてそれは龍頭型触手や槍状尻尾と呼吸を合わせつつ、時に合わせずに臨機応変に仕掛けてくるために、対応は困難だった。
そんな攻撃の数々を補助無しで受け続けた仲間達はあっという間にやられ、戦線は
「しっかりしてくレ、旦那方!」
「クラインにいちゃん、サチさん、マキさん!!」
「エギルさん、ダハーカさんッ!!」
「しっかりしてくださいディアベル、グラジオ!!」
「メディナ殿、ドロシー殿ッ!!」
理想郷世界で唯一であろう戦場では悲鳴が飛び交っていた。今のはアルゴ、ユピテル、シリカ、プレミア、アリスの順であったとわかるのが自分でも不気味だった。
今しがた呼びかけられた者達は、イリスが持ちうる全ての力に迎撃されて、一瞬のうちに瀕死に追い込まれていた。彼らはイリスへの道を塞ぐ《両手》と龍頭型触手の足止めを担ってくれていたが、イリスの《HPバー》が八本目に入った辺りから、嵐のような攻撃に晒された。
変形する《両手》から繰り出される変幻自在の打撃や斬撃、アサルトライフルのように放たれる龍頭型触手のブレス弾の雨の直撃の数々、槍状尻尾の意表を突く刺突や薙ぎ払い。
矢継ぎ早に繰り出されるそれらを、ディアベルとエギルとグラジオに鉄壁の防御力を誇るヒースクリフまでもを加えた
盾役達は守ろうとした
その中で――やはりというべきか――ヒースクリフだけは吹っ飛ばされる事なく地に足を付け続けていたが、今は膝を付いて息を切らしていた。その位置は皆と共に盾を構えていた場所よりもずっと後方であり、前方の地面がヒースクリフの通り道を描く形で
ヒースクリフでさえも後退させられてしまうほどの猛攻を、そこまでの防御力を持たない者達が受けて瀕死にならない方がおかしかった。
前線から強制的に吹っ飛ばされてしまった彼らに、リーファやシリカを中心に回復術で前線を支えていた仲間達が集い、無限の空間リソースを使って回復していたのだった。
その中央に居たのはリーファだった。彼女の
範囲内の芝生は色とりどりの花々で覆い尽くされた花畑に変わり、そこから湧き出た緑の光が負傷者達の身体を包み、その傷を癒していく。そこにシリカやプレミア、ユピテルが加わって神聖術を唱えてくれているおかげで、
「……もう、やめにしなさい」
と思ったところで、イリスが
まるで転倒を繰り返して足がぼろぼろになっていても尚無茶をして走ろうとしている子供に、「もう頑張らなくていいの」と言って止めようとしているかのような、母親の声色だった。
誘われるように顔を向けたところ、イリスは悲しそうな表情を浮かべていた。現実世界と人類文明に無理矢理終止符を打とうとしている魔王の如き人物には似つかわしくない顔だ。
先ほど――いや、この戦いが始まった時からずっとそうだ。不敵な笑み、微笑み、無機質な表情、悲しそうな顔といった、この場には相応しくない顔を彼女はし続けていた。今の彼女に悪意というものが存在しないからこそだ。
善と悪ではなく、
イリスの
それだけではない。イリスのコートだけでなく、そこから伸びている巨腕と龍頭型触手、槍状尻尾を構成する虹色の光もまた鮮やかな緑色に固定され、激しく煌めくようになった。続けてイリスを中央に置いた激しい空気の波が押し寄せてきて、大気が震える。
犠牲になったエイジ、ヴァン、セブン、レイン、ユナの時と同じだ。《
飛んで来ようとしている攻撃は、リーファ――《地神テラリア》の力だ。
「ついに仕掛けてきおったか! しかもよりによってこんなタイミングでやってくるとは……!」
カーディナルが
だが、カーディナルが神聖術を発動させようとした次の瞬間、その前方に人影が割り込んだ。リーファだった。
「スグ!!」
「
キリトとシノンの声は重なった。ひらりと地面に着地したリーファはすぐさまその手に握る剣を振り上げた。その深い呼吸に合わせて刀身に新緑色の光が集う。その姿勢はイリスが取っているそれと一致していた。
「ごめん、おにいちゃん、
謝るな。待っていろ、にいちゃんが助けてやる――言葉にせずに飛び出そうとした次の瞬間に、
「
「ファータイル・アフィクション!!」
双方は掲げていた剣を振り下ろした。新緑の生命力そのものである光が斬撃となって空を裂いて突き進み、衝突。間髪入れずに二人の左右の地面から巨大な樹木の根が飛び出し、リーファ側はイリスを、イリス側はリーファを狙って猛スピードで伸びていき、激突した。
自然そのものを生み出す事さえできる凄まじいエネルギー同士が譲らずに押し合い、猛烈な衝撃波を発生させる。飛び出そうとしていたキリトは押し返されてしまった。
嵐は瞬く間に過ぎ去った。エネルギーの
そして《地神テラリア》という概念そのものが理想郷空間及びアンダーワールドから消滅したのがわかった。その力を身に宿していたリーファの、美しさと純粋さを感じさせる衣装から白以外の色が消え失せたのだ。同時にイリスの虹色からも緑色が消失していた。
キリトは咄嗟に次に起こりうる事象のビジョンを頭の中に描いた。エイジ、セブン、レイン、ユナが《失色状態》となった時、イリスはすぐさま攻撃を繰り出す事で彼らを絶命させていた。きっと今も《失色状態》となったリーファに何かしらの凶悪な攻撃を仕掛け、確実な絶命を狙っているはず。
そこを防ぐ事ができれば、きっとリーファ/直葉を――。
妹を守ろうと再度突撃しようとしたその時だった。直葉/リーファとの力のぶつけ合いによって《テラリア》の力を失い、尚且つその際に生じたダメージによって八本目の《HPバー》を全損し、七本目の残量を少々減らしていたイリスの身体が、再び緑色に発光していた。頭上の《HPバー》も同じ色の光に覆われている。
また緑色の防壁を張っただと。
どういう事だ。
今、《テラリア》の力は相殺されて消滅したはずだ。
何故もう一度《テラリア》の力を使う事ができている?
いよいよ勝ち目が薄くなってきたために、ついにこちらの手を完全封印して無理矢理勝利する方法に出たか。
意外とスポーツマンシップに
だが、自分達がここまで奮闘するという予想外の出来事が起きたために、彼女は結局――。
「……!?」
そう考えたところで、キリトは違和感に気が付いた。イリスの纏う光の色が何かおかしい。
確か、《テラリア》の力は何も混ざっていない純粋な緑色をしていた。今、イリスが出している光は緑色ではなく、青緑色――いや、
翡翠色、風、短剣。その三つの要素を揃えるものは。
思考するキリトの真上を何かが通り過ぎていった。それはリーファの目の前にふわりと降りる。《風神アエリア》の力をその身に纏うシリカだった。
「シリカッ!!」
「シリカちゃんッ!!」
リズベットとアスナが叫んだのと、シリカが《
その中心に居るシリカの後ろ姿を、不思議と目視し続ける事ができていた。肩が数回上下を繰り返していた。
「
「カインドネス・アトモスフィア!!」
イリスからはどこまでも響く声、シリカからは全身から絞り出した
風に乗って飛び散っている土の破片に気を付けながら、イリスの頭上に目を向けた。翡翠色の光の防壁は消え去り、更に相殺時のダメージを受けた事で七本目の《HPバー》は半分を切っていた。戦いは確かに前へ進んだ。
その事実が確認できたのと、どさっという何かが地面へ落ちる音が聞こえたのはほぼ同時だった。音の発生源へ目を向けると、白以外の全ての色が消失した衣装に身を包むシリカが倒れていた。《アエリア》の力の破損によって浮遊できなくなったのだ。そしてその少し後方でリーファが膝を付いて
「スグ、
思わず本名で呼びかけ、二人の元へ駆け付けようとしたが、その時既にリーファとシリカは《両手》に捕まっていた。しかし、どちらも完全に力尽きておらず、リーファは拘束を解こうと
「直葉、珪子。あなた達は本当によく頑張ってきたわね。《SAO》という極限環境に閉じ込められようとも、自暴自棄にならず、怯えて動けなくなったりもせず、困難が襲ってくれば立ち向かい、前に進み続けた。あなた達の姿は本当に素敵で……素晴らしかった」
感慨深そうにイリスは言葉を紡いだ。そこにすっかり細くなったシリカの声が続いてくる。
「愛莉先生……あたしにとって……」
直後、リーファが首を横に振りながら藻掻く。
「珪子ちゃん、負けちゃ、駄目……!!」
「ううん、あたしにとっても、愛莉先生は……もう一人のおかあさん、でした……会えて、よかったです……」
こちらからシリカの顔は見えない。だが、声だけで彼女が弱々しく微笑んでいるのがわかった。そんなシリカに対し、イリスは深い
「うん。次に目が覚めたら、ずっと一緒に居られるようになっているわ。直葉も、おにいさんと義姉さん、みんなと楽しく生きていけるから……安心して、おやすみなさい」
イリスの優しい声に呼応するかのように、二人を拘束する《両手》が開いた。身を護る術の全てを失った二人が宙へと解放されるや否や、シリカの身体を鋭く変形した《右手》が斬り裂いて横方向に真っ二つにし、リーファの頭部を槍状尻尾が左目から貫き、そのまま突き抜けて破壊した。
想像を絶するほどの苦痛が生じたはずだったが、果たして二人はそれらに襲われたような表情はしなかった。苦痛を感じるよりも前に絶命したのだ。
一秒も経たないうちに二人の身体は飛び散った鮮血ごと光へと変わり、寄せ集まってそれぞれ明るい茶色、緑色の光珠となり、《繭》の中へと吸い込まれて行った。
その事象の終わりを見届けたところで、現状が頭の中いっぱいに広がってきた。
自分達の火力と防御力を安定させてくれていたセブン、レイン、ユナがやられ、更に続けてリーファとシリカというごく短時間で瀕死からHPを最大値まで回復させてくれていた二人までもがやられた。これで火力と防御の安定、回復手段が立て続けに奪い去られた。
残っている攻撃役は、リーファ及びシリカのスーパーアカウントの力による回復を受けていたが、その途中で彼女達は相殺へ回っていってしまった。
結果として残存戦力の大半のHP回復が半端のままになってしまっている。
事実上回復手段を封じられたに等しい。
「う……おおおおおおおおああああああああああッ!!!」
そこで聞こえてきた咆吼にキリトは心の底から驚いた。振り向いたところ、クラインがイリスの元へ突っ込んでいった。続いてリズベット、フィリア、エギル、ディアベル、アリス、ユージオ、
彼らだけではない。アスナ、ユウキ、カイム、アルゴ、マキ、サチ、ミト、エミーリア、メディナ、グラジオもイリスの元へ駆けて行ってしまった。クライン達はそれぞれ二班に分かれて《右手》と右側の龍頭型触手、ユウキ達は《左手》と左側の龍頭型触手の相手を取り始める。
かなり拙い状態に追い込まれたというのに、いったいどうしたというのか――そう思いながら視界の右を見てキリトは目を見開いた。
残り時間が、いつの間にか二〇分を切っていた。
もう既に戦闘は四五分にも及んでいて、尚且つ残されていた猶予もなくなっていた。
皆が飛び込んだ理由はこれだ。
《キリト!》
直後、頭の中に《声》が響いてきた。初老女性の声色――この戦いが始まって以降一向に聞けていなかったリランの《声》だった。振り向いてみたところ、彼女は自分の《使い魔》としての形態である狼竜の姿を取って姿勢を低くしながら身構えていた。自分に背中に
「リラン……!」
《クライン達に続くぞ。イリスの火力と防御を削ぐのだ》
確かに今やるべき事はそれだろう。だが――。
「お前、今までずっと何してたんだよ。俺がイリスに突っ込んでいったりしてる時も、お前隣にいなかったよな」
《ユイと共に解析を続けていたのだ。イリスの解析をな》
「解析だって?」
《あいつが一筋縄ではいかない母親であるというのは我とユイが一番よく知っておる。だから二人で調べ続けておったのだ。何かを見落としているところはないか、あいつが隠していそうなものはないかとな。……本当はそういう部分はユピテルの方が詳しいから、その手を借りたかったが、そういうわけにもいかなかった》
「それで、何か突き止められたのか」
リランは頷いた。耳には皆の戦闘音が絶え間なく届いてくるが、リランの《声》が相手では問題にならなかった。
《あと二〇分、このまま戦い続けても駄目だ。あいつのHPがゼロになるより前にカウントがゼロになる》
確か、このカウントダウンがゼロになり次第核ミサイルが発射されるのではなく、核保有国のいずれかが核発射体制に入って後戻りできなくなるという話だった。カウントダウンが示す残り時間は一九分三〇秒。そしてイリスの残りHPは七本。リランの言う通り、このまま戦い続けてもイリスのHPをゼロにできるビジョンは見えなかった。
「じゃあ、どうすればいいんだ」
《……お前にとっても、皆にとっても残酷な仕打ちをする事になる。あいつに急がせるのだ》
リランは苦い顔をしてそう言った。しかしその意味が上手く掴めない。イリスに急がせるとはどういう事なのだろうか。だが、話を詳しく聞いている余裕はないだろう。そして頭の中をどんなにフル回転させても、これだと胸を張って言える作戦や戦略は思い付かない。
情けないが、ここはリランを信じるしかないだろう。
「……もう、あぁだとかこうだとか言ってられないもんな。お前を信じるぜ、リラン」
そう返事をしてキリトはリランの背中に飛び乗った。リランはすっと立ち上がり、身構える。視線が一気に高くなり、身体の下に熱を感じるようになった。双剣のうち、今まさにイリスと交戦中のリズベットが作ってくれた《リメインズ・ハート》を鞘に仕舞い、《
《まずはあの龍頭型触手を落とす!》
リランは《声》でそう叫んだ直後、
あと一五分。
たったの一五分で現実世界は終わる。
これからにいちゃんと生きていくはずの現実世界が終わってしまう。
《剣神グラディア》の力を纏って戦うユウキはその実感を全く得ていなかった。右の辺りに出ているカウントダウンがゼロになったとしても、案外何も起こらないんじゃないかとさえ思っている。
一九九〇年代の終わり頃と二〇一〇年代の初頭に「人類は滅びを迎える」という、古代文明の予言を元にした終末論が蔓延して、世界が混乱したという話を聞いた事がある。後者に至ってはユウキもその日を迎えているが、当時はまだ小さかったのでよく覚えていない。だが、割と多くの人々が滅びの時が来ると言って戦々恐々としていたらしい。
そして、迎えた滅びの日は――特に何事もなく過ぎ去った。恐れられていた人知を超えた天変地異なんてものは一切起きず、カレンダーと時計は滅びの日の次の日を指し示した。結局予言は世界を混乱させただけの
だから、今回も意外とそうなるのではないかと、ユウキは思ってしまっていた。
それは、目の前の凄惨な現実からの逃避から来ていた。
滅びの時が刻々と迫ってきているのが肌でわかっているみんなは、イリス先生の元へと突っ込んでいき、彼女を守る巨大な腕と龍の形をした触手、しなる槍の尻尾を迎え撃っていた。誰もが死に物狂いで武器を振るい、出せる限りの力を出して戦っていた。
けれども、ほとんど無駄な抵抗に近しかった。リーファとシリカからの回復を断たれたせいで十分に傷を癒せていなかったみんなを巨大腕、龍頭型触手、槍状尻尾は容赦なく襲った。巨大腕から繰り出されてくる攻撃を、ディアベルとエギルが防ぐ事でその動きを止めようとしたが、受けた瞬間に盾と両手斧が破砕され、助けに入ろうとしたクラインごと潰された。
《SAO》の時からずっと自分達と一緒だった三人を《繭》の中に送り込むと、巨大腕は間髪入れずに変形して剣のような形状となり、
あまりに大きすぎる剣からの一撃を耐えられるはずがなく、三人ともシリカのように上半身と下半身を斬り離されてHPが全損。光に変えられて《繭》の中へ吸い込まれた。一分も経たないうちに六人やられた。
更に続けて、神々しい見た目をしている龍頭型触手がビームのようなブレスを照射した。それはバックアップに入ろうとしていたプレミアとカーディナルさんを狙っていた。カーディナルさんは神聖術で障壁を展開し、プレミアを守ろうとしたが、それもまたすぐに破られ――二人はビームの中へと消えてしまった。
しかしその直後、二人が居た空間から多数の光弾が飛翔し、誘導式ミサイルのような軌道を描いて龍頭型触手に着弾。龍頭型触手へ確実なダメージを与えると同時に隙を作った。カーディナルさんがやられる間際に放ったようで間違いなかった。だが、その光弾の直撃とほぼ同時に、プレミアとカーディナルさんの居た空間から二つの光珠が現れ、《繭》へと吸い込まれた。
それでも勢いは衰えなかった。生き残ったリズベットとフィリアとアリスとユージオが巨大腕に、キリトを乗せたリランが龍頭型触手に総攻撃を仕掛けた。自分と同じ二人の神の力、アリスとユージオの武装完全支配術によって巨大腕は根元から破砕された。
続けてリランも火炎ブレスと大きな身体から繰り出される重い攻撃を龍頭型触手に浴びせ続けて先端を破壊。その破壊はまた根元にまで及んだ。
これでイリス先生の右側はがら空きになった。
「マキッ!!」
「おねえちゃん、駄目――」
「メディナ先輩ッ!!」
「来るな、グラジオ……!!」
しかし、ユウキとカイムのいる左側は壊滅的な被害を受けていた。サチがマキを庇って巨大腕の《左手》に捕まり、メディナもグラジオを守ろうとして龍頭型触手の口に捕まってしまった。アルゴ、ミト、エミーリアが助けに入ろうとし、ユウキとカイムも加わろうとしたが、その時サチは《左手》に握り潰され、それを見て固まってしまったマキもサチを握り潰した《左手》の拳に叩き潰された。
続けて龍頭型触手がメディナの身体を真っ二つに噛み千切ると、ぐんと伸びてグラジオの上半身に喰らいかかり、ほとんど抵抗させないまま噛み潰した。四人はそれぞれ青色、水色、赤色、茜色の光珠となって《繭》へ飛んで行った。
「「ああああああああああああッ!!」」
アスナとカイムは同時に絶叫し、《左手》と龍頭型触手へ向けてソードスキルを放った。これまでずっと、巨大腕と龍頭型触手がどう動くかわからないために、隙を作る事になりかねないソードスキルは放てずにいた。
それを放つ事ができたのは、指が巨大剣のようになった《左手》がアルゴとミトの身体と頭をそれぞれ貫き、龍頭型触手がエミーリアの首元に噛み付いたうえで巻き付き、締め潰す事に夢中になって動かずに居たためだった。
スーパーアカウントの力を最大出力で放つ必殺技に匹敵するほどの威力のソードスキルを二人から受けた《左手》と龍頭型触手は一瞬で破砕され、根元までもが裂けた。
先ほどまで巨大腕と龍頭型触手は全力をぶつけても先端までしか破壊できなかったが、今は根元まで破壊できるようになっている。
何が起きているのだろう。イリス先生の中のスーパーアカウントの力が減ってきているから?
いずれにしても、これでイリス先生の左右は開かれた。でも、あっという間にみんな居なくなった。
残っているのは自分とカイム、アスナとユピテル、リズベットとフィリア、アリスとユージオ、キリトとリランとシノン、ユイちゃんだけだ。ヒースクリフはいつの間にか姿を消している。
どこへ行ったのかは予想も付かないが、もう当てにはならないと考えるべきだろう。
「――! 皆さん!」
ユイちゃんからの警告が聞こえた直後、イリス先生の着ている不思議なコートに走っている虹色の光が赤色から変わらなくなった。そもそもその虹色も構成色が赤色、朱色、水色、藍色、青紫色、紫色だけになっていて、ほとんど虹の
そして、イリス先生の変幻自在の武器――個人的に使ってみたいと思ってしまう――は
バトルハンマー、赤色。
この特徴を持っているのは――。
「いよいよあたしの番か……ここまで遅くなるなんてね」
そう言ってイリス先生の目の前に躍り出たのは、《火神イグニア》の力を宿しているリズベットだった。イリス先生が纏っている赤い光と同じ色相の光が放たれているのがわかったのと同時に、激しく燃える炎が近くにあるような熱が流れ込んできた。二人が同時にバトルハンマーの先端を右斜め下に置くと、その背後に五つの大きな火炎球が出現した。
「
「アウェイキング・ダイアペイズン!!」
二人は声を重ねて、バトルハンマーで左斜め上へ
素材を自在に操って物を作り出す炎の力の鍔迫り合いは、五秒ほど続いたところで大爆発を引き起こして終了した。イリス先生の《HPバー》は七本目が消失して六本目に突入したが、すぐにまた光に包み込まれた。
今度は水色だ。イリス先生のコートもその色に光るようになり、武器はシリカの時とは違う形状の、水色の光の刀身で作られた短剣となっている。
衣装から白以外の全ての色が消えたリズベットの前に、次はフィリアが躍り出た。水色と短剣の取り合わせは彼女の使う《水神アクアリア》の特徴だった。必殺技を繰り出すべく構えるよりも前に、フィリアが咄嗟にキリトの方へ向いたのが見えた。何かを伝えようとしているようだったが、言い出すより先にイリス先生が短剣を振り上げてしまった。
気付いたフィリアは前へ向き直り、同じように短剣を振り上げる。
「
「シュトローム・リヴァイアサン!!」
重なった二人の声を号令にして、その背後の空間に水のポータルらしきものが生じ、うねる水で身体を作る龍が現れた。二匹の水龍は咆吼すると互いを目指して空中を飛び、上空へ向かって絡み合い、噛み付き合った。
次の瞬間、爆炎や土煙を伴わない水の爆発が起こり、大雨が地上に降り注いできた。龍を形作っていた水の豪雨は数秒で止み――イリス先生のコートから水色が消え、フィリアの衣装からも白以外が消えてなくなり、リズベットと同じように膝を付く。
けれども、まだ終わらなかった。イリス先生の半分まで減った六本目の《HPバー》が藍色の光に包み込まれた。ユウキは思わず「えっ」と言ってしまう。藍色ってなんだ。藍色が特徴的なスーパーアカウントなんてあっただろうか。
……いや、衣装には使われていないけれども、その色が特徴の一つとなっている人は居る。
でも、その人は。その人だけは――。
激しい悪寒をもたらしてくる嫌な予感は当たってしまった。カイムがユウキの前方に躍り出て、大太刀を構えたのだ。カイムの小柄な身体を包んでいる軽鎧は黒と紫が中心で、藍色は使われていないが、瞳の色は藍色だった。
まさか、そこなの――!?
「にいちゃんッ!!」
ユウキの呼びかけに、カイム/兄は振り向かなかった。力強く地面を踏み締め、大きな魔法陣を展開する。そこから昇っているそれと、兄の構えた大太刀に纏われた光を見てユウキは驚いた。以前放たれた時には
「あれ、前はもっと黄色かったんだけどな。ここに来たせいで色が変わったのか……?」
兄も違和感に気付いたらしく、自身の持つ大太刀と魔法陣を交互に見ていた。その間にイリス先生が藍色の光が刀身を形作る大太刀を構え、兄の足元にあるそれと同じ魔法陣を展開する。「にいちゃん!」ともう一度声を掛けようとした刹那に兄はかっと前方へ向き直りつつ回転斬りの姿勢を作った。
「
「
そして両者は回転斬りを放ち、藍色の斬撃を飛ばし合った。並大抵のモンスターの大群を相手に放とうものならば、びっしりと生えた草を刈るように吹き飛ばしてしまうであろう神の斬撃は真っ直ぐ飛翔して激突し、強い衝撃波を伴う光の大爆発を引き起こした。
《EGO》である剣を地面に突き刺して耐え、光と風が止んだタイミングを即座に掴んで前方を見る。兄の纏っている月夜を映したような軽鎧は、色が反転して真っ白になっていた。そして兄は力なく膝を付いたまま動かなくなっていた。
「にいちゃ――」
「止まるなユウキ! 来るよ!!」
ユウキの呼びかけを兄の絶叫が
止まるな、来るよ――兄の言葉を頭の中で瞬時に思い出し、ユウキは前を見た。
青紫色の光を纏ったイリス先生が長剣を構えていた。その姿勢には見覚えがあるどころではない。自分が《剣神グラディア》の必殺技を使う時に取る姿勢と同じだった。「《剣神グラディア》のイメージカラーは何色なのか」と聞かれたならば、自分の髪の色である紫色と答えようと思っていたが、今《グラディア》の色ははっきりした。
「――!!」
ユウキは兄の前に躍り出て、イリス先生が取っている構えと同じ姿勢を取った。握り締めた剣の柄に意識と力を集中させ、身体と一体化させるイメージを頭の中に描く。間もなく、剣――《ソロウ・トライアンフ》が青紫色の光に包み込まれる。
「
「グラディア・ジ・アポカリプス!!」
イリス先生に負けないつもりで全身から声を出し、ユウキは《剣神グラディア》の力の全てをぶつけた。自分の身体と一体化しているに等しい《ソロウ・トライアンフ》を、何もかもを薙ぎ払い尽くすつもりで振るった。斬り裂けない物はないと信じ、どこまでも速く、何よりも鋭く、剣撃を叩き込んだ。
「あ……」
しかし同時に、身体から力が抜けた。激しい運動を何時間もやり続け、疲れ果てて一歩も動けなくなってしまった時のような重みが全身を覆い尽くして、身動きが取れない。もう剣を握れないどころか、その剣がどこに行ったかさえもわからなかった。
両膝を地面に付いて、目の前を見る。眼前でイリス先生が構えていた。壊し損ねていた槍状尻尾がぐるぐると高速回転しており、そこにお日様を思わせる光が収束している。
何か来るな、あれ。
でも、避けられないな。
だって身体動かないんだもん――胸の中でそう呟いたその時だった。急に身体が温かくなった。誰かに抱き締められている時の感覚だ。大きさと温かさからして、兄だろうか。
その予感は当たった。真っ白な軽鎧を着た兄が、ぺたん座りしているユウキを横から抱き締めてくれていた。かと思えば、そのままユウキの前方にまで移動し、ユウキの視界を塞いだ。これから飛んでくる攻撃から庇ってくれようとしているのだろう。
「にいちゃん」
硬い鎧に包まれた兄の胸の中で尋ねると、返事があった。
「なにさ」
「ボク、なんかおなか空いてきちゃった。これが終わったら、何食べよっか」
「ぼくは団子がいい」
「お団子かぁ。ボクもそれがいいな。最近食べた事ないから、食べたくなってきた」
「でも、せっかく食べるんなら、京団子がいいね。
「ない。にいちゃんと京都行ったら食べたいって思ってた。みたらしとあんこのどっちが美味しい?」
「みたらしとあんこだけじゃなくて、ごまとか抹茶とか色々あるよ。でもやっぱり美味しいのは――」
その答えは聞けなかった。耳に届いてくる寸前で目の前が再び真っ白に染め上げられ――全ての感覚が光になって、わからなくなった。