キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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11:聖剣の竜 ―75層主との戦い―

 

 最後の節目のボス、スカルリーパーこと骸鎌百足との戦いは30分ほどかかっても終わる気配を見せなかった。ヒースクリフ達防御自慢、エギルやクライン達筋力自慢が骸鎌百足の攻撃を止めて、その隙に俺達50人近くのプレイヤー達で攻撃を仕掛けても、骸鎌百足は全くそのHPを減らさず、30分攻撃し続けても《HPバー》の3本目に突入したくらいだった。しかもその間に犠牲者は3人ほど出てしまい、戦力も士気も下がりつつあった。

 

 この骸鎌百足は最後の節目の守護者を担えるほどの存在であるからなのか、攻撃力だけではなく、防御力にも秀でているらしい。

 

 間違いなく前の節目のボスである巨像よりも強い――いや、今まで戦ってきたモンスターの中で、最強の存在だ。

 

「畜生、いつになったらくたばるんだ、こいつは!」

 

 思わず吐き出すように言う。こいつはもはや、俺の二刀流をもってしても歯が立っているのかどうかわからないような相手。これ以上戦闘が長引くような事があったならば、どれだけの犠牲者が出るのかわからない。ヒースクリフは疲れてないように見えるが、他の者達はかなり疲れてきているし、あいつの攻撃を防いでいるとしても、かなりHPが減ってしまっているのが確認できる。

 

 一応防御組もスイッチして、前衛と後衛が入れ替わったりしているけれど、後衛の方は骸鎌百足の攻撃を一回受け止めただけで、HPが危険を示す赤に突入してしまう有様だ。そこですかさず回復しきっていない前衛が躍り出るものだから、もはや前衛も後衛も意味をなさなくなっている。

 

 その様子を目の当たりにしたアスナが、焦りながら俺に言う。

 

「キリト君どうしよう、団長は大丈夫だけど、ディアベルさん達が疲れてきてる!」

 

「わかるよ! だけどこいつは一向にくたばらない……」

 

 俺は咄嗟に、奥の手である人竜一体ゲージに着目した。人竜一体ゲージは既に2本に突入して、尚且つ満タンになっており、いつでも人竜一体を発動できるような状態になっていた。

 

 だが、2本目の人竜一体はリランが強化されるかわりに効果時間が短く、ゲージを一気に使い果たしてしまうという欠点が存在する。しかも相手の骸鎌百足はこれまで戦ってきたどのモンスターよりも最強で、人竜一体をしても追いつめる事が出来る相手なのかよくわかっていない。

 

 それにあいつ自身、時折壁に貼り付いて高速移動を繰り返す時もあるため、人竜一体を発動したとしても逃げ切られてしまう可能性さえもある。それでは人竜一体を発動させた意味がないし、何より最初から溜め直しになってしまう。

 

 人竜一体ゲージを溜める事が出来たのは、ヒースクリフ達防御組が骸鎌百足の鎌を押さえ続けてくれたおかげなのだ。最初から溜め直しするという事は、彼らにまた骸鎌百足の鎌を受け止め続けてもらうと言う事。

 

 そんな事を繰り返してしまえば、きっと彼らは持たなくなり、あの骸鎌百足に殺されてしまうだろう。

 

「どうすれば、どうすれば……!!」

 

 歯を食い縛りながら方法を考えようとしたその時に、頭の中に《声》が響いてきた。

 

《キリト、どうしたのだ。我は元の姿に戻れるぞ!》

 

「わかってるよ! だけど、お前の力を解放したとしてもあいつに勝てるかどうか怪しいし、逃げ切られる可能性だってあるんだ」

 

《まさか、あいつが強化状態の我すらも上回っているとでも言うのか!?》

 

「そうだよ! だから人竜一体したとしても敵うかどうか……!!」

 

 リランの《声》が怒鳴り声に変わる。

 

《だからと言ってこのまま何もしないつもりか!?》

 

「俺だってどうすればいいかわからないよ!」

 

 その時、リランの《声》が突然止まった。

 

「おいリラン、どうしたんだ!」

 

 直後、リランの冷静な《声》が返ってきた。

 

《キリト、我に考えがある。お前は気付いていないかもしれないが、我のスキルの中に、人竜一体が長時間化するものが存在している。今人竜一体すれば、いつもよりも長い時間元に戻っていられるぞ》

 

 そういえば、リランもまた俺達プレイヤーと同じようにスキルを会得する性能を持っているのだった。俺は自分のスキルを確認するのに夢中で、リランにどのようなスキルを備わっているのか、閲覧するのを忘れてしまっていたらしく、その間にリランは新たなスキルを加えていたようだ。

 

「それ、本当なのか?」

 

《本当だとも。それにだキリト。我はこの戦況を覆す方法を、思い付いたかもしれぬ。確証があるかどうかは定かではないが……我を人竜一体で元に戻したら、我に一切指示を下さないでもらいたい。全てを我に任せてほしいのだ》

 

「お前に全て任す? 一体何をするつもりなんだ」

 

《とにかく、我に全てを任せるのだ。お前は我の背中に乗っているだけで……いい》

 

「なんだって? お前、本当に何をする気なんだ」

 

 リランは何も答えなくなった。リランはかなり複雑な思考の出来る奴だから、何かしらのアイディアを掴んだのかもしれないが、全く教えてくれないものだから想像する事さえもできない。リランは一体何を思い付いたのか。

 

 だけど、この理不尽なボス戦を覆すには、やはり人竜一体を解放してリランを元の姿に戻して一緒に戦ってもらう他ない。

 

 ここはリランを完全に信じて、人竜一体を解放するしかない。

 

「わかったよ。お前に賭けるぞ、リラン!」

 

《任せよ》

 

 リランを信じた俺は、腹の底から声を上げて、叫んだ。

 

「リラン――――――――――ッ!!!」

 

 次の瞬間、俺の背後から強い光が起こり、すぐさま大きな身体をした者が俺の目の前に飛び出した。

 

 黄金の甲殻に身を包み、天使のように白い翼を背中から、大剣のような形状の角を額から生やし、更に身体のあちこちから剣状の棘を突き出させている。白金色の毛並みと人の頭髪のような金色の鬣を持った、狼の輪郭をした紅い目のドラゴン、リラン。

 

 俺の頼もしい相棒であり、クォーターポイントのボスとほとんど同じくらいの強さを持ち、今まで俺達の事をずっと支えて来てくれた最後の希望。

 

 俺は咄嗟にその背に飛び乗り、跨った。身体の下で大きな生命の温もりを感じるようになり、視線が5メートルほど高い位置に移動する。目の前には、新たな獲物の出現に興奮しているかのように身構えている、骸鎌百足の姿が見え、同時に周りのプレイヤー達が骸鎌百足から遠ざかって行くのも確認できた。

 

「それでリラン、一体何をするつもりなんだ」

 

 声をかけた次の瞬間、リランはいきなり身震いし始めた。突然揺すられる事を想定していなかった俺はリランの背中から転がり落ちて、地面に激突してしまった。

 

 せっかく人竜一体したのに主を身震いして振り落すと言う、今までやる事など無かった行為に及んだ相棒に驚いていると、リランは大理石の床を思い切り蹴り上げて、一気に骸鎌百足へ襲い掛かった。

 

「リランッ!?」

 

 突如として独自戦闘を開始したリランに戸惑った直後に、シノンが駆け寄ってきた。

 

「キリト、どうしたの!?」

 

「リランがいきなり俺の事を振り落したんだ。あいつ、何か秘策があるみたいな話をしてたけど……」

 

 周りを見てみれば、普段リランと話す事の多いアスナも、その周りの連中も、リランの行動を瞠目しながら見つめていた。

 

 その中でリランは大理石の床を砕きながら骸鎌百足の身体に飛びかかったが、骸鎌百足は突如姿を現した竜の姿に興奮しながら自慢の鎌を振り下ろした。先程からかなりの数のプレイヤーの命を奪っている鎌の刃、それがリランの首筋に当たろうとした次の瞬間、リランは咄嗟に首を振り回して、額の剣を鎌にぶつけた。

 

 鋭い刃同士が衝突し、鋭い金属音と火花が散り、狼と骸の顔が赤く照らされる。それはまるで、俺とヒースクリフが戦い合った時のように思えた。

 

 しかし、その鍔迫り合いは長くは続かず、骸鎌百足がもう片方の鎌を振り上げ、目の前で抵抗を続ける狼竜の甲殻に突き刺した。骸鎌百足の命を刈り取る鎌は《笑う棺桶》の刃を跳ね返した狼竜の甲殻を貫通し、中の皮膚と筋肉に突き立てられ、狼竜はごぁあっという悲鳴を上げ、同時にアスナが叫ぶ。

 

「リランッ!!」

 

 いつのならば、リランは自分の身に何かが起きたとしても《大丈夫だ、心配するな》等と言ってこっちを落ち着かせてくるけれど、今のリランはそうじゃない。何も返さずに、ただ骸鎌百足の身体に飛び付いて斬りかかっている。

 

 普段なら使いまくるはずのブレスだって撃たないで、ただ爪と角と牙だけで、骸鎌百足の身体を切り裂くだけだ。しかし骸鎌百足の人骨を思わせるその身体はまるで鋼のように硬く、ボスモンスターの鎧や甲殻すらも貫通するリランの爪、牙、角の侵入を許さない。

 

 そして逆に、それよりも鋭利だと思える鎌で立ち塞がる狼竜の身体を鎌で斬り裂いていく。斬られるたびにリランの身体中に生える剣状の棘がへし折られ、俺の《HPバー》の下部に表示されているリランの命の残量が目に見えて減っていく。

 

 リランのHPは俺達よりもはるかに多く、155000という凄まじい数字になっているのだが、骸鎌百足の鎌はそんなリランの命を見る見るうちに奪い尽くしていく。普段なら回復結晶を使ってリランのHPを回復させる事も出来るけれど、このボス部屋全体に張られている結晶無効フィールドがそれを妨げる。

 

 リランは自己回復する事も出来るけれど、骸鎌百足の攻撃はその数値を上待ってしまっているから意味をなさない。ポーションを飲ませたとしても骸鎌百足の攻撃が上だろうし、何よりあいつ自身攻撃に夢中になって、ポーションを受け取ろうとはしないだろう。もはやリランのHPが減ったとしても回復させる手段がない。――頭の中にリランが死ぬ瞬間が映し出されて、腹の底から震えが来る。

 

「だけど……」

 

 リランは俺の持つ人竜一体ゲージを消費しながら元の姿に戻っているから、人竜一体ゲージを使い切れば小さくなって戦えなくなる。今のリランを助け出すには人竜一体ゲージを使い切るしかないのだが、いつもならばぐんぐん減っていくはずのゲージがかなりゆっくり減っていっている。減る速度が遅くなっているのだ。

 

「……!?」

 

 リランは人竜一体する前に、人竜一体の時間が長くなっていると伝えていたが、その効果がこれなのだろうか。これではリランが中々小さくならず、この戦いから退く事が出来ない。普段、もっと人竜一体の時間が長くならないかなと思っていたが、今は完全にその逆を望んでいる。

 

 早く終われ、早く終われと心の中で呟くが、その度にゲージが減る速度が遅くなって行くように錯覚する。その中で耳元にひときわ大きな悲鳴が聞こえてきて、俺は我に返って目を向けるが、そこで唖然としてしまった。

 

 リランは今、骸鎌百足の右手の鎌にしがみ付きながら噛み付いて、引き千切ろうと頭を動かしていたが、そのリランの身体に骸鎌百足が巻き付き、無数の刃状の足を突き刺しているのだ。しかも骸鎌百足の鎌に斬られてしまったのか、リランの翼は右の方が消失してしまっていた。

 

 甲殻も傷だらけで鬣も乱れて、身体中に生えていた剣状の甲殻もほとんどが折れていた。これまで見た事が無いくらいの満身創痍。その姿に俺は叫ぶ。

 

「リラン、もうやめろ、下がれ!!」

 

 リランは止めないし、《声》を送ってこない。ただひたすらに、骸鎌百足の右手を引き千切ろうとしている。身体に骸鎌百足の足が突き刺さろうとも、翼を斬られようとも、全身から血のように紅い光を垂らし続けようとも、骸鎌百足の右手を決して離さない。いつものリランならば、あれだけの傷を追えば、立っている事すらも出来ないだろうが、そんな状態でリランは動き続けている。

 

 今のリランを突き動かしているのが、リランの中に確かに存在している意志と執念、気力である事が、一目見ただけでわかった。そしてその執念は、意志は、骸鎌百足の忌々しい鎌をへし折ろうとしている。

 

 そんなリランの姿を恐れたのかはわからない、骸鎌百足は恐れに近い鳴き声を上げながら、左手の鎌をぶんぶん振り回し、何度もリランの身体に突き刺し、そしてリランの頭に突き立てた。それがリランの角にかすった瞬間――ばきんっと言う音と共に――リランの額の角が折れ飛んだ。

 

 今まで折れる事無く、様々なモンスターを葬ってきたリランの大剣のような角。ガタが来ていたのかどうかはわからないが、骸鎌百足の鎌の一撃によって、とうとうその角は折られてしまった。同時にリランの命の残量が危険を示す赤へと突入して僅かな量となる。

 

「リラン――ッ!!」

 

 骸鎌百足は角の折れた狼竜を嗤うような声を上げた。しかし、それでも尚狼竜は噛み付くのをやめず、骸鎌百足の鎌を引き千切ろうと力を込める。

 

 いったい何故、そこまでしてあの骸鎌百足の右手を狙うのか。全ての攻撃を放棄して、右手に喰らいついているのか――頭をフル回転させて要因を探す。

 

 確かリランはボス戦の後、いや、特定のボス戦を終えた後、ボスの身体の一部を喰らう事で――……。

 

「まさか……」

 

 すぐさま、リランが骸鎌百足の右手を狙う理由がわかったような気がした。確かにこれならばこの戦況を覆せるかもしれない。だけどそれを成すのには、リランの力だけでは足りない。

 

 この場にはヒースクリフとアスナを含めた血盟騎士団も、ディアベル達聖竜連合も、クラインもエギルも、そしてシノンもいる。生き残った全員で総攻撃を仕掛ければ、リランの作戦を成就させる事が出来るかもしれない。俺はすぐさま頭の中で作戦を考えて纏め、叫ぶように言った。

 

 次の瞬間に、リランが地面に骸鎌百足の右手を押さえつけた。

 

「全員、スカルリーパーの右手の付け根を狙え!!」

 

 俺の言葉に全員が驚いて、こちらに目を向けてくる。俺は構わずに骸鎌百足を指差す。今のリランの狙いは骸鎌百足の右手、恐らくあれを引きはがせるのはリランと、俺達の力を合わせた時だけだ。

 

「あいつの右手の付け根!?」

 

 ディアベルの言葉に俺は頷く。

 

「そうだ。恐らくあいつの鎌は、破壊可能部位だったんだ。それを失えばあいつは大幅に弱体化するはずだ! あの最強のボスに勝つには、それくらいの事をしないと無理だ!」

 

 ヒースクリフが納得したような顔をする。

 

「なるほど、あの竜は我々よりも早くその事実に気が付き、実行に移しているという事か。確かにあの百足を弱体化させれば、一気に状況は好転するな」

 

 ヒースクリフは剣を構えて、周りの者達に叫ぶように指示を下した。

 

「全員、突撃! キリト君の示した、スカルリーパーの右手の付け根を攻撃しろ!!」

 

 その声が響くと、それまで休みつつ狼竜と骸鎌百足の戦いを目にしていたプレイヤー達が立ち上がり、武器を構えて突撃を開始した。その中に俺も、クラインもエギルもディアベルも、アスナも、指示を下した張本人であるヒースクリフも加わる。狙いは勿論、骸鎌百足のぼろぼろになっている右手の付け根だ。

 

「どぉらぁぁぁ!!」

 

「はあああああっ!!」

 

 ほぼ60人による一斉攻撃を仕掛けても、骸鎌百足の鋼のように硬化している骨は全く切れる様子を見せない。それでも、俺達は諦めずに攻撃を続ける。こいつの腕を斬りおとすのは、こいつを弱体化させるのと、リランを助けるのと同義だ。その思いが伝わっているかのように皆も全身の力を込めて、武器をぶつけ続ける。

 

 攻撃を当てられるたびに骸鎌百足は悲鳴を上げて左手を振り回すが、丁度リランの身体が邪魔になって届かない。しかし、既に赤色に変色しているリランのHPが完全に危険を示す点滅に変わり、その量も5cm程度にまで減ってしまっている。

 

 骸鎌百足の右手が千切れるか、リランのHPが尽きるか。まさに瀬戸際、時間との戦い。俺は焼けてしまうくらいに頭をフル回転させてソードスキルをぶつけた。同時に周りの皆も一斉にソードスキルを発動させて、骸鎌百足の右手の付け根に叩き付けた。

 

「今だリラン、引きちぎれ――――――――――ッ!!!」

 

 様々な色が混ざり合った、虹色の光が爆発し、辺りを照らしたその時に、とうとう、骸鎌百足の右手が、ちぎれた。次の瞬間、リランは目つきを変えて走り出し、引きちぎるように骸鎌百足の身体を引きはがして、よろけながら骸鎌百足と距離を置いた。その口には、俺達が攻撃を加える事でちぎれた、骸鎌百足の右手が咥えられており、骸鎌百足はそれを驚いたような、疲れたような眼で睨んでいた。

 

 その直後に、リランの口に加えられていた鎌付きの右手は金色の光となり、やがて球体上に変化。その光の珠を、リランはその大きな口の中に入れ、そのまま呑み込んでみせた。突然の光景に驚いたクラインが声を上げる。

 

「お、おいおい、あいつ、呑み込んじまったぞ!」

 

 いや、いいんだ、あれで。

 俺の想いに呼応したように、リランの身体は凄まじい光を放ち、プレイヤー全員が目を覆わずにはいられないくらいの強さとなった。そして、その光が止んだ時に、一部のプレイヤーが唖然とし、俺を含めた一部のプレイヤーが、息を呑んだ。

 

 光が収まった頃に姿を現していたのは、とても豪勢な鎧のような白金色の甲殻に身を包み、背中からは天使のそれを思わせる純白の翼を四枚、腕や手先、脚や足先から白金色の毛を生やし、耳の上部に複雑に枝分かれした大きな角を、頭から地面についてしまうくらいに長く美しい金色の鬣を生やして、尾と額から、聖剣を彷彿とさせる神々しい剣を生やしているうえに、自らの近くに6本の巨大な白金色の聖剣を浮遊させている、狼の輪郭を持つ、紅い目のドラゴンだった。

 

「あ、あれは……!?」

 

 まるで神竜が降臨したような光景に皆が唖然とする最中で、俺はステータスウインドウを開き、リランのそれを参照した。

 

 リランのステータス数値は先程の3倍以上に膨れ上がっており、HPも全快して、名前も変わっていた。――その名は、《Rerun(リラン)_The()_ Empress(エンプレス) Dragon(ドラゴン)》。

 

「女帝龍……リラン」

 

 俺の言葉に答えるように、新たな姿となったリランは力強く咆吼し、俺のすぐ隣にまで駆け寄ってきた。まるで転生して再び現れたかのようなリランの姿に、俺は驚きを隠せなかったが、同時に納得もしていた。

 

「これが狙いだったんだな、リラン!」

 

 リランは頷いて、俺に《声》を送ってきた。

 

《我は進化要因を手にする事によって、進化する竜だ。あの百足の身体の一部を取り込む事が出来れば、進化できるのではないかと思ってな。やってみたところ、案の定というところだ》

 

 俺は咄嗟に人竜一体ゲージに着目した。ゲージはまた全快に戻っており、減る時間もかなりゆっくりになっている。この部屋限定の効果なのかは知らないが、今ならあのスカルリーパーも一気に弱らせる事が出来るはずだ。それこそ、今のリランのステータスは先程よりもはるかに高い数値になっているのだから。

 

「行くぞリラン! 人竜一体だ!!」

 

 俺は勢いよく地面を蹴り上げて、新たな姿になったリランの背に跨った。大きさこそあまり変わりないが、近くには巨大な翼が4枚確認でき、前よりも強い生命の脈動が感じられる。なんだろう、あいつはとんでもなく強いボスなのに、全然負ける気がしない。

 

《しっかり掴まれよ、キリト!!》

 

「わかってるって!」

 

 次の瞬間、女帝龍となったリランは大理石の床を蹴り上げて走り出した。狙いは勿論、目の前にいる骸鎌百足。正確には、右手を失ってしまった隻腕の骸鎌百足だが。

 

 しかし、隻腕になっても尚骸鎌百足は力強く吼え、残っている方の鎌でこちらを切り裂こうとしてきたが、鎌は俺達に到達する前にその動きを止めた。視線を送ってみれば、リランの周囲に浮かんでいた聖剣が2本ほど俺達と鎌の間に割って入り、骸鎌百足の鎌を受け止めているのだ。リランの意識と同調し、同じ動きをする聖剣による攻撃と防御。これまでになかった戦法に、俺も他のプレイヤー達も驚きの声を上げた瞬間、リランは《声》を出した。

 

《ソードダンスデュオ!!》

 

 リランの叫びの直後、周囲の4つの聖剣が高速回転し、骸鎌百足の身体を切り刻んだ。、しかもあとから鎌を受け止めていた2本の双剣も加わり、俺の《二刀流》が霞むくらいの攻撃回数となって、全く傷付かなかった骸鎌百足の身体が傷だらけになり、HPが目に見えて減って行ったのが見えた。そこでようやく、進化したリランの強さが恐ろしくも頼もしいものである事を自覚する。

 

「すげぇ……!」

 

 心の中が一気に熱くなり、胸が高鳴る。自分の相棒が、先程まで死にかけていたのが嘘のように動き回り、自分を追い詰めていた敵を追い詰め返しているという、完全な形勢逆転。人間側の逆襲。しかも相棒が、これまでにないくらいの強さを手に入れて、凄まじい攻撃を見せつけている。これに興奮しないでいられるか。

 

「いけぇ、リラン!!」

 

 胸の高鳴りのまま叫ぶと、《剣の女帝》のようになった相棒は咆哮し、そのまま骸鎌百足に突っ込んだ。同時に、聖剣達がリランの前方に集まり、次々骸鎌百足の身体を貫いていった。そのうちの一本が骸鎌百足の足に突き刺さると、骸鎌百足は一気に姿勢を崩して倒れ込んだ。同時にHPも一気に減って行き、ついに赤色へと変色を遂げる。あそこまで減らせれば……いける!

 

「全員、突撃! 骸鎌百足に止めを刺せ――ッ!!」

 

 叫びと共に俺はリランの背中から飛び降りて、そのまま骸鎌百足の身体に剣を突き立てた。その行動を皮切りにしたかのように、皆が咆哮しながら、骸鎌百足に一斉に突っ込み、そして一斉に、ソードスキルを炸裂させた。再び始まった虹色の光の爆発と衝撃。剣の女帝龍の怒涛のような剣撃の後に続く、暴風雨のようなプレイヤー達の意志の斬撃。

 

 それを全身に受けた骸鎌百足は姿勢を崩し、地面に崩れ落ちたが、俺を含めた全員が、もはや攻撃以外の事を考えずに、剣を振り、ソードスキルを発動させ続け、光と剣撃を爆発させまくる。

 

 そして、今一度ほぼ全員が呼吸を合わせてソードスキルをぶつけ、虹色の光の大爆発を起こしたその次の瞬間、骸鎌百足はついに断末魔を上げて地面に横たわった。そのまま、忌々しき骸鎌百足の身体は水色のシルエットとなり――無数のポリゴン片となって爆散、消滅した。

 

 


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