キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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恐らく7月最後の更新。


12:暴かれし真実

 俺達は無事に75層の戦いを終える事が出来た。

 

 しかしその要因のほとんどは、リランの進化後の姿による圧倒的な攻撃と、ヒースクリフの防御力に頼り切ったようなもので、全くと言っていいほど達成感などを感じず、俺はボス戦を終えてフィールドが解除された事によって、本来の姿に戻っているリランに凭れ掛かっていた。

 

 シノンとアスナも、緊張の糸が切れたかのように俺の隣に並んで、リランに凭れ掛かりながら床に腰を下ろしているし、周りの者達も、立っている者はほとんどおらず、地面に膝を突いたり、座り込んだり、仰向けになって倒れている者がほとんどだった。

 

 あの骸鎌百足がその身体を爆散させて、ボス戦攻略成功を祝う文字が出てきても、誰一人喜んだりできなかったし、歓声を上げる事もなかった。

 

 その最中、俺の近くでしゃがみ込んでいるクラインが呟くように言った。

 

「今の戦い……何人やられた?」

 

 クラインと同じく俺の近くで、武器を投げ出し仰臥しているエギルが顔だけをこっちに向けてきた。数えてくれという意思表示だろう。

 

 俺はマップを開いて、表示されている緑の点を数えた。最初にいたのは70人で、現在の数は、58人。――12人、殺されていた。

 

「12人、殺されてる」

 

 自分で数えておきながら、信じる事が出来なかった。ここに集まっている皆は、この75層まで上り詰めてきた歴戦のプレイヤー達だ。

 

 離脱や瞬間回復行為が出来なくたって、生き残る事を最優先に考えて行動していれば、そんな簡単に死ぬ事なんかない。なのに、こんな数字が叩き出されてしまっている。

 

「嘘だろ……」

 

 ディアベルが、この状況を信じられないような顔をする。ディアベルも必死になって指示を下し、その時その時で作戦を考えて実行し、プレイヤー達を立ち回らせた。だというのに、これだけの被害を出してしまった。

 

 そんなディアベルに続くように、クラインが呟く。

 

「あと、25層もあるんだよな……?」

 

 この層で最後の節目、4分の3の地点。それでこれくらいの被害が出てしまった。約6000人のプレイヤーがいるとしても、最前線で真剣に戦っているのは、僅か400人程度。

 

 1層ごとにこれだけの被害が出る――いや、多分これからはモンスターの強さなどが上がって行って、1層1層のボス達が節目のボスのように強くなり、被害が更に大きくなり続けていくかもしれない。

 

 そうなってしまえば……最終ボスのところに辿り着くのはたった1人のみなんて言う状況になってしまいかねない。

 

「こんなんで……俺達、本当に天辺まで辿り着けるのかよ……?」

 

 エギルの言葉を耳に挟みながら考える。天辺に辿り着くのは恐らく、あいつだろう。そう、皆が打ちのめされている中、石像の如く背筋を伸ばして、じっと立っている男。血盟騎士団団長ヒースクリフ。

 

 勿論ヒースクリフだって無傷ではなかった。HPがかなり減ってしまっているけれど、全くと言っていいほど疲れている様子を見せていない。あいつは最初、骸鎌百足の骨鎌を一人で抑え込み続けていたけれど、次第にプレイヤー達がそこに加わって、攻撃を防ぐようになっていたから、ダメージを分け合うような事になり、あまり深刻なダメージを受けずに済んだ。

 

 しかし、それでもあれだけの攻撃をずっと抑え込み続けていたのだから、疲労困憊していてもおかしくはないはずだ。

 

(でも、あいつは疲れてない)

 

 今の悠揚なヒースクリフの姿からは、精神的疲労などという言葉は連想されなかった。まるで自動人形や永久機関をその身に宿している究極の生体戦闘兵器。そんなヒースクリフの顔を、俺はじっと眺めていた。

 

 彼の者の表情は、どこか穏やかだった。それこそ、周りに倒れ伏している連中を慈しんでいる――慈父のような、そう、神のような穏やか表情で。

 

 

――一般プレイヤーにはあり得ないような事をやっていたりするような奴が居たら、もしかしたらその人が茅場さんである可能性がある――

 

 

 頭の中で、言葉が響き渡った。発言者は、茅場晶彦と同じアーガスのスタッフの一人であったイリス。そのイリスが初めて俺達に自分がアーガスのスタッフである事を伝え、同時に茅場晶彦がやっていそうな事を教えてくれた時の事が鮮明に思い出される。

 

(……!!)

 

 俺の意識は一気に覚醒していった。頭の中心から足の指先まで、熱が消えて冷えていく。

 

 ヒースクリフのあの視線と穏やかな表情は、プレイヤーがするものではない。あんな慈父のような表情で、傷付いた仲間達を眺めるはずがないのだ。

 

 あいつは、俺達と同じ場所にはおらず、もっと別な、いや、俺達よりもはるかに高いところで、俺達の事を見ているのだ。それこそ、人の世界よりもはるか上にある天の国から俺達《人》を眺めている《神》のように。

 

(あの時……)

 

 ヒースクリフへの疑問が渦巻く頭の中で、この前のデュエルがフラッシュバックされる。あの時、ヒースクリフは俺の時間を奪ったかのように動いていた。いや、SAOプレイヤーでは絶対に出来ないような速度で動き、俺の事を倒して見せた。

 

 それにアスナから色んな話を聞いてきてわかったが、ヒースクリフは血盟騎士団のボスでありながら、ほとんどの動きをアスナに任せていて、自分は滅多に出撃する事が無かったらしい。

 

 あれは部下を信頼していたのではなく、一般のプレイヤーでは知りえない事柄を知っているものであるが故の自制のようなものだったのではないのだろうか。

 

 完全に一般プレイヤーからは乖離したプレイヤー。もしかしてリランやユイ、ユピテルのようなAIなのではないかと思ったが、彼女達のような超高性能AIよりも、ヒースクリフは高性能な動きをしている。あんな動きや思考が出来るのは、人間だけだ。

 

 NPCでもプレイヤーでもないならば、導き出される答えはただ一つだけ。しかし、それをどうやったら出す事が出来るだろうか。今この場で……そんな事が……

 

(……出来る)

 

 俺は咄嗟にヒースクリフのHPに着目した。過酷な戦いを生き延びたため、量は大きく減少しているが、警戒を示す黄色へと変色するところにまでは達していない。

 

 俺とデュエルをしていた時にあの異様な動きをしたのは、HPが黄色になってしまうと何か都合の悪い事が起きてしまうからだったのではないのだろうか。何か、起きて欲しくない事を、俺が起こしてしまいそうだったから、それを恐れてあんな事をしたのではないだろうか。

 

 そして今なら……あいつのHPを黄色に突入させる事が出来る。

 

 俺はノックするように、リランの身体を叩いた。数秒足らずでリランは俺に顔を向け、《声》を返してきた。

 

《どうした》

 

「リラン、俺にだけチャンネルを合わせろ。お前の《声》を、俺にだけ届くようにしてくれ」

 

 小声で言ったが、隣にいるシノンとアスナに聞きとられてしまい、二人は首を傾げて声をかけてきた。

 

「キリト、どうしたの」

 

「キリト君? リランにそんな事を言って、どうかした?」

 

 俺は二人に「シッ」と言いながら自らの口元に指を立てて二人に声を出さないようにさせてから、リランに小声で言った。

 

「リラン、顔を下げろ。お前にだけ言いたい事が、いや、頼みたい事がある」

 

《なんだ、言ってみろ》

 

 リランはそう言って、俺の口元が耳に届くくらいの高さにまで顔を降ろした。

 

 俺は静かに立ち上がって、リランの耳元へ向かい、手で筒を作って、リランにだけ声が行くようにし、言った。

 

「ヒースクリフにブレスしろ。それも、灼熱ビームブレスの方」

 

 リランが驚いたように目を見開く。

 

《何を言っているのだ。あいつは敵ではないぞ。我がブレスを吐く理由はない》

 

「いや、あるんだよ。あいつは俺達と同じプレイヤーじゃないんだ」

 

《お前達とは違うだと? 何がどう違うのだ》

 

「あいつはこれまで、俺達じゃ出来ないような事を沢山やって来たんだ。この前のデュエルで俺が負けたのも、ほとんどそれが理由だ。あいつはHPを黄色にされる事を嫌がっているんだ」

 

《だからあいつに攻撃を仕掛けてみろと?》

 

「そうだ。今のあいつに攻撃を仕掛けたところで、はっきりする事があるはず。それをお前に確かめてもらいたいんだ」

 

《そういう事か。ならば攻撃してみるのもありかもしれぬが……もし、お前の予測がはずれていたら?》

 

「その時は……どうなるだろうな。だけど、俺はあいつが本当のプレイヤーだとは思えないんだよ」

 

 リランは小さく喉を鳴らしながら、言った。

 

《……わかった。何が起きても知らぬぞ》

 

「大丈夫だ」

 

 リランは頷くと、ゆっくりと立ち上がり、静かに足音を立てながら、身体をヒースクリフの方へ向けた。いきなり動き出したリランにシノンとアスナが驚き、周りのプレイヤー達が軽くざわめくが、ヒースクリフはリランが動いている事に気が付かなかった。恐らく考え事でもしているのだろう。

 

 そして、リランは身構えて、口元から炎を滾らせる。ごぉごぉという炎の音が近くにいる俺達に聞こえ始めた次の瞬間に、リランはかっと大きな口を開けて、身体の奥から灼熱の光線を照射した。リランの口より迸る灼熱の光線は、熱風を吹き荒れさせながらヒースクリフへ瞬く間に直進していった。

 

「――ッ!」

 

 ヒースクリフはリランが光線を照射し始めたところでようやく気付き、こっちに身体を向けて、防御の姿勢を取ろうとしたが、その前にリランの光線が到着し、ヒースクリフはその中に呑み込まれた――。

 

「え!?」

 

 そのはずだったのに、リランの光線は壁に当たっているかのようになった。まさか、こんなに早く防御を展開する事が出来たのか。ヒースクリフの反応速度はそこまでのものだったのか――いや、それでもリランの火力をまともに受け止めたならば、HPはたちまち黄色になるだろう。今のヒースクリフのHPは、確実に黄色になっているはず。

 

 そんな事を考えていると、やがてリランが光線の照射をやめて、ヒースクリフの姿がプレイヤー達の目に映しだされた。――その刹那に、俺達は驚愕する光景を目の当たりにした。

 

 ヒースクリフとリランの間に、六角形の巨大な壁が出来ている。ただの壁ではなく、紫色の光で出来た壁。そこには赤い文字で、《Imortal_Object》と出ている。

 

 そう、ユイがモンスターからの攻撃を防ぐ時に使用した、ゲームマスターのみが使用できる光の壁だ。

 

「キリト君、リラン、貴方達、何をして!?」

 

 吃驚したアスナが俺とリランの近くへ寄ってきたが、その時にヒースクリフを守る光の壁を目の当たりにして、驚愕したような表情になった。ほぼ同時に周りの者達も光の壁に釘付けになったが、その中でシノンが小さく言った。

 

「あれは確か、ユイを守った光の壁……システム的不死を意味する壁……!」

 

 アスナがシノンへ顔を向ける。

 

「システム的不死? ど、どういう事なの。どういう事なんですか、団長」

 

 ヒースクリフは黙ったまま何も言わない。もはや気付かれてしまって、何もかもを諦めてしまっているかのような表情を顔に浮かべている。

 

「これが騎士団長の無敵伝説の正体だ。ヒースクリフのHPは何があっても黄色以下にならないように、システムに守られているんだよ」

 

 勿論、普通のプレイヤーがそんな仕様を手に入れる事など出来やしない。そんな事が出来るのは、ゲームマスターである存在ただ一つのみだ。それに俺には、ずっと前から疑問に思っていた事があった。

 

「俺はずっと気になってたよ。今、茅場晶彦はどこにいて、俺達の事を見て、世界を管理しているのかなって。でも冷静に考えてみたら、すごく単純な答えが導き出せた。どんな子供でも分かる答えをね」

 

 俺はぎりっとヒースクリフを睨みつけた。

 

「他人のプレイしているRPGを傍から見ている事ほど、つまらないものはない。自分もそこに加わって、一緒に冒険したり、戦ってみたり、暮らしてみたくなって仕方が無くなり、そこに入り込もうと思い始める。そうだろ、茅場(かやば)晶彦(あきひこ)

 

 俺の言葉が大理石の部屋に木霊すると、周りの連中が凍り付いたようになった。クラインも、エギルも、ディアベルも、そしてアスナも、驚愕しきってしまって、言葉が出せなくなっているようになっている。その最中で、紅衣の騎士団長は口を開いた。

 

「何故そう思ったのか、参考までに教えてくれるかな、キリト君」

 

「最初に異変を感じたのは、《笑う棺桶》との戦いのとき。あの時のあんたは異常なまでに早かった。そして2回目はデュエルの時だ。あんたは俺の時間を奪ったみたいに早く動いて、俺の事を打ちのめして見せただろう。あんな事が普通のプレイヤーが出来るわけない」

 

 最後に、俺は決定打を話す。

 

「それにな、このゲームにはあんたの部下が来ているんだ。その人は俺と話し合って、色んな事を教えてくれた。《もし普通のプレイヤーがどう頑張っても出来そうにない動きをする奴がいたならば、それが茅場晶彦である》ってね」

 

 紅衣の男は納得したような顔をした。

 

「私の部下……思い付くだけでもかなりいるが、君達と話し合う事が出来る、即ち話す事が得意な人という事は、きっと芹澤君だろうな」

 

 俺の隣で、シノンが驚いたような声を出す。

 

「あんた、愛莉先生を……」

 

 やがて、紅衣の男はふふんと笑んで、得意そうに言った。

 

「そしてキリト君。あの時は君や《笑う棺桶》の者達に威圧されて、ついついシステムのオーバーアシストというものを使ってしまったんだ。あの速さはそれによるものだよ。そしてそれは、一般のプレイヤーでは絶対に出来ない事だ」

 

 そして、男は宣言するように言った。

 

 

「確かに私が茅場晶彦だ。正確には、このアインクラッドの頂上で君達を待ち受けるはずだった最終ボスだ」

 

 

 とうとう口を開いた男は、自らが創造主であり、そしてこの世界に1万人のプレイヤーを閉じ込めた張本人である事を語った。その語り口は予想できたが、最後の部分を俺は予想していなかった。

 

「なるほど、最強のプレイヤーとしてみんなを支えた奴が、最後には最悪の敵になって立ち塞がるってパターンか。趣味がいいとは言えないぞ、創造主」

 

 紅衣の男――茅場晶彦は、髪の毛を掻いた。

 

「本当は95層の辺りで正体を明かす事にしていたのだけれど、まさかこんなに早く気づかれてしまうとは思ってもみなかったよ。と言っても、君が《二刀流》を手に入れた時から、薄々君が私の正体を悟ってしまうのではないかと予想していたのだけれどね」

 

 茅場は続ける。

 

「《二刀流》は全てのプレイヤーの中で最も高い反応速度を持つ者にのみ与えられるものであり、それを手にした者が、魔王を倒す勇者の役割を担う事になるという筋書きだったのだけれど、私は君を見た時から、君が《二刀流》を手にするのではないかと思っていたよ。そして今言った通り、君は見事に《二刀流》を手にしたうえに、こんなに早く私の正体を看破した。実に見事だ」

 

 茅場は淡々と続けるがどれも俺に関する話ばかりだった。それほどまでに、俺のみに起きた事は、茅場の想定を外れまくった事柄だったらしい。

 

「一番の驚きは、君がドラゴンなどというものを従えていたという事だ。本来、《ビーストテイマー》はドラゴン並みの強いモンスターはテイムできないはずなのに、君はそれをテイムしてしまった。しかも、このゲームは原則として進化するドラゴンなどいなかったはずなのに、そのドラゴンは階層を進む毎に進化し、強くなった。一体どういう仕組みなのか、私にもよくわからないよ」

 

 その言葉に俺は驚く事になった。茅場は今、リランの話をしているようだけれど、開発者である茅場自身も、リランが何者なのかを理解していないらしい。それほどまでに、この男は他のスタッフ達との交流や情報交換が疎かったのだろうか。だけど、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

「でも、君は実に面白いよ、キリト君。二刀流とドラゴンの両方を手にするとは、私も全然想定していなかった。まぁ、想定外の事が起こるのが、ネットワークゲームを運営する上での醍醐味みたいなものだけれどね」

 

 茅場の話を聞き続け、その余裕差を見ていると、心の中に怒りが突き上げて来るのがわかった。この男は約1万人のプレイヤーを閉じ込めて、デスゲーム開始を宣言して、プレイヤー達を恐怖のどん底に突き落とした。その結果、実に4000人ものプレイヤーの命が失われてしまった。

 

 しかし、デスゲームであるこの世界に生き続けた結果、この世界は実によく出来ていて、もう一つの現実である事を実感できるようなところである事を俺達は感じるようになった。

 

 その事から俺は、茅場晶彦はこの世界をさぞかし特別な存在であると考えて、そこらのゲームと同一視はしていないだろうと思っていたのに、この男自身はこのゲームをただのゲームと同一視している。プレイヤーの命がかかっているゲーム、いや、もう一つの現実世界のはずなのに、こいつはこのゲームをただのゲームだと思っている。

 

 その怒りを腹の底から口へ移そうとしたその時に、近くにいた血盟騎士団の騎士の一人が立ち上がって、ハルバードを構えた。まるで俺の怒りを代弁しようとしているようにも見えた。

 

「貴様……俺達の忠誠を……俺達の希望を……よくも、よくも、よくもぉぉ――――ッ!!!」

 

 騎士は叫びながら駆け出し、忌まわしきデスゲーム主催者に斬りかかった。

 

「ふむ」

 

 しかし次の瞬間に、デスゲーム主催者こと茅場は、左手を動かして見た事のないウインドウを操作し、ボタンをクリックした。直後、茅場に襲い掛かっていた騎士は突然姿勢を崩して倒れ、そのまま大理石の床にうつ伏せになってしまった。ほぼ同時に周りのプレイヤー達も突然動かなくなっていく。

 

「な、なんだ」

 

「あ……き、キリト……」

 

 咄嗟に振り返ると、シノンがいきなり力なく倒れてきた。その身体を抱き止めた次の瞬間に、近くにいるリランとアスナも、シノンや他のプレイヤー達と同じように力なく地面へ倒れた。一体何が起きたのか――そう思ってシノンの簡易ステータスを確認したところ、麻痺のアイコンが付いているのがわかった。

 

「麻痺だと……?」

 

 茅場の方へ顔を向けると、俺の言いたい事を察したかのように、茅場は言った。

 

「何をしたかって? この部屋の全員に麻痺を付加させてもらった」

 

「そういう事か……全員の動きを封じて何をするつもりだ。まさか、ここにいる全員を殺して、自分が茅場晶彦だってことを隠蔽する気なのか」

 

 茅場は首を横に振った。

 

「そんな事をするつもりはないけれど、ばれてしまっては、もう仕方がない。

 90層のモンスター達を相手にしても大丈夫なほどに育てた血盟騎士団や、それに追いつこうと頑張ってくれた他のギルドを捨ててしまうようで名残惜しい限りだが、私は100層の紅玉宮にて、君達の到着を待つ事にするよ」

 

「お前はもう、完全にこのゲームのラストボスって事か」

 

「そういう事だね。だけど、ただ待つだけではつまらない」

 

 そう言って、茅場は盾と剣を構えた。

 

「キリト君。君には私の正体を看破した報酬を与えたい。――チャンスを与えよう。

 ここで私と1対1で勝負し、勝ったならば、ここでゲームクリアという扱いにして、君達プレイヤー全員を、解放しよう。無論不死属性は解除するよ」

 

「なんだって……?」

 

 主催者自らの、世界終了宣言。ここで、こいつを倒す事が出来れば、全てのプレイヤーがこの世界から解放されるという、滅茶苦茶な提案。一瞬、頭の中が、糸が縺れたようにぐしゃぐしゃになる。こいつは一体、何を考えてこんな提案を……?

 

 だが、冷静になって考えてみれば、ここで勝つ事が出来れば俺達は、全てのプレイヤー達が解放される。皆、デスゲームから解放されて、現実世界に帰る事が出来る。本当は100層まで行って、こいつを倒さなければならないが、今なら75層でこいつと戦って、この世界を終わらせる事が出来るのだ。これ以上ないくらいの、好条件だ。

 

「……滅茶苦茶な提案だな」

 

 ふと呟くと、アスナが叫ぶように言った。

 

「罠よキリト君! 団長は……この人はキリト君を排除するつもりなんだわ!」

 

 確かにそうかもしれない。《二刀流》だけではなく、ボスモンスターと並ぶ力を持つドラゴンであるリランを使役しながらも心を通わせており、血盟騎士団長級の権限を持つ俺は、茅場から見れば明らかにバランスブレイカー、危険因子的な存在だろう。プレイヤーを解放するという条件を突き付けて、俺を排除しようとしている可能性は大いにある。

 

 しかし、ここで勝つ事が出来れば、6000人のプレイヤー全員を解放する事が出来る。シノンも、アスナも、この場に居はいないリーファも、ユウキも、リズベットもシリカも、クラインもディアベルもエギルも、みんな揃って、現実世界に帰る事が出来るんだ。こんなにいい取引は、他にないだろう。

 

「アスナの言う通りだわ。キリト、こいつの提案を呑み込んでは駄目……」

 

 俺はシノンの不安そうな顔を、その黒色の瞳を見つめた。

 こんな賭けに乗るのは間違いだと言えるだろう。もっと強くなる事を優先して、100層を目指して、やがて辿り着き、そこで茅場を倒す方が安全かつ確実な方法だ。

 

 しかし、俺はシノンとずっと一緒に過ごしたいと思う中で、この娘を早く現実に帰してやりたいと強く願っていた。今、ここで茅場を倒す事は出来れば、その願いを叶え、シノンを、詩乃を現実に帰す事が出来る……。

 

(……やるしかない)

 

 

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